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■オープニング本文 戦さの噂は、常に絶えない。 前線への供給に直結するジェレゾの職人街はもとより、森と丘陵に囲まれた長閑な田園地帯でも決して無関心ではいられない話題であるようだ。 北方での向背部族やアヤカシの討伐だけでなく、先年は南方でも大規模な反乱が世間を騒がせている。 幸にも早々に終息を見たが、当然のことながら無傷というワケにはいかない。――戦火が奪って行くものは、1年や2年で元通りになる類のものではないのだから。 「‥‥でも、皆さんの負担になるのでは?」 「ンにゃ、無理ではねぇっす」 「んだ。あのくれぇなら、手分けしてやりゃあ大した手間でもね」 頑なに首を振られて、返答に窮す。 畑仕事などしたことはないのだから、当事者に「そうではない」と言われれば、返す言葉もない。ただ、彼らが口を揃えて表現するほど容易い作業ではないことも知っていた――ひと袋の小麦の相場が、1年の労働に見合っているかと問われれば、絶っ対に「否」だと思う――平然と今年の納税をいくらか上乗せしろと通告してきた厚顔な徴税役人の首を絞めてやりたい衝動に駆られても思うだけなら罪にはならないはずだ。 と、いうか。禾倉に回す分を少し減らせば何とかなりそうだったので、領内の人々には黙っていようと思っていたのに‥‥いったい、どこからバレたのだろう。 村の西側に広がる荒れ地を開墾したいという村人の申し出の是非は、正直、判断がつき兼ねた。 渡りに舟で「じゃあ、よろしく☆」と丸投げできるほど肝の据わった人間ではないのだから、大挙して決断を迫るのは止めて欲しい。 「余った分はジェレゾさ持ってって売りゃあ、ちったぁまとまった金になんじゃあねぇかい?」 「まぁ、それなりに‥‥」 「それに、こねぇだご領主さまが手ぇさ加えてくださった鋤の具合ぇがえれえエエもんで、こっちの畑もいつもより早ぅ作付が終わりそうなんだわ」 冬の間、本当にやることがなかったので農具の手入れを手伝うついでに、思いついていくつか改良――と、いっても木製の鋤刃を金属にしたとか、ふたつを連動させて稼働範囲を広げたとか、その程度だ――を試みたのだった。 実用面で優良と出たのは喜ばしいが、作業効率を上げたのは決して仕事を増やす為ではない。いやいや本末転倒だと説いて回りたかったが、あまりにも純粋な労働意欲と期待に満ちた視線を向けられてキリキリと胃が痛む。 ■□ 意欲に満ちた開墾計画に問題が発生したのは、3日目。 西の野原――森との境界にあり、夏の数日間、家畜を放牧する以外は特に使われていない荒れ地――を開墾していた農夫たちが、野原の真ん中に巨大な切り株が埋伏していることに気が付いた。 地上に出ている部分だけでも3mはありそうな‥‥根っこや埋まっている部分も併せれば10mは越えようかという残っていればさぞかし立派な巨木であっただろうと思われるモノの残骸である。 土に埋まって風化するでもなく、むしろ、長年にわたって土中の成分を取り込んだのか、半ば石のように硬化してしまっているらしい。――樵の斧を弾き返したというから、大した強度だ。 とりあえずは、その切り株を避けて開墾することにしたのだが、これが意外に広範囲に根を張っていて何かと作業の邪魔になる。やはり、取り除いた方が良さそうだという結論に達したらしい。 畏まった様子で領主館を訪ねてきた村の代表者たちを前に、ラーヴル子爵――ディミトリ・ファナリは、粛々と半ば諦めの混じった表情でジェレゾの《開拓者ギルド》へ依頼を出すことを承諾したのだった。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
アイリス(ia9076)
12歳・女・弓
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
クラウス・サヴィオラ(ib0261)
21歳・男・騎
サニーレイン=ハレサメ(ib5382)
11歳・女・吟
湯田 鎖雷(ib6263)
32歳・男・泰 |
■リプレイ本文 青い空を流れる白雲―― 麗らかな春の風はほのかに甘い花の香りを運び、巣篭もりの伴侶を捜す小鳥たちの囀りがやわらかな萌黄を纏う春の森を賑やかに彩る絶好の開拓日和。 心まで軽やかに浮き立つこの春の良日に、気遣わしげな憂い顔は似合わない。開墾の手伝いに呼ばれた助っ人たちを出迎えた農民たちの屈託のない笑顔の中、ひとりだけどこか具合でも悪いような硬い顔をしていれば嫌でも目に付く。そこまで畏まって出迎えてくれなくても良いのだけれど。 貴族のくせに相変わらず無駄に腰の低いご領主とは都合3度目の顔合わせとなるアイリス(ia9076)は、白亜の鱗を撫でる春風に気持ち良さげに双眸を細める駿龍・柚木の背の上で小さく吐息した。 「歴史と風格の有る切り株が相手ですか〜〜 精霊武器の素材に転用し易そうな相手ですね〜」 あらあら、うふふ♪、と。白い駿龍の上にちんまりと騎乗する青い髪の小柄な少女をちらちらと視線の端に留めつつ、細い双眸を更に細めたサーシャ(ia9980)は歌うように言葉を紡ぐ。――アイリスをはじめ、サニーレイン(ib5382)にルーティア(ia8760)と。今回の同行者は、小柄で可愛いモノに目のないサーシャのコンプレックスを眩しく照らす。うっかり飛び掛ったりしないよう、自制の限界に挑戦しているような気分だ。 「しかし、大きな切り株だな」 開墾予定地の真ん中で開拓者たちを待っていた巨大な切り株をしげしげと眺めやり、シュヴァリエ(ia9958)は感慨深く腕を組む。未だ倒れずこの場所で枝葉を茂らせる存在であれば、畏敬の念さえ抱いたかもしれぬ。 「きっと立派な木だったんですね」 もはや、見る影もないけれど。 ほう、と。感嘆を紡いだアイリスの言葉に肯きはしたもののシュヴァリエは感傷を拭って毅然と顎を上げ、あちこち掘り返されて土の匂いを燻揺らせる広い野原を見回した。 「だが、これも世の為人の為、開墾の為だ。新しい世を生きるものの為、古きものは退場してもらおう」 否というなら、力づくでも。静かな決意を宿したシュヴァリエの言葉に、一見、無表情に見えるサニーレインもこくりとその綺麗な顔に自信のほどを滲ませる。 「あいてにとって、ふそくなし。――もちろん、働くのはテツジン、ですが」 私は、非力ですから。 そう悪びれる風もなく土偶のテツジンに力仕事を押しつけたお嬢さまの隣で、もうひとりのお嬢さま‥‥ルーティアは張り切って陰陽狩衣の袖を捲った。ぐぐっとリキんで肘を折った豊かな二の腕に、ちからこぶが盛り上がる。 「陰陽師が部屋で研究ばっかりしてると思ったら、大間違いだぜ。自分はバリバリマッチョのアウトドア派だ。力仕事はまかせろ!」 巷に満ちる陰陽師へのステレオタイプを覆す問題(?)発言。陰陽師だって、行き付くところへ行ってしまえば体力勝負‥かも、しれない。 『‥‥やれやれ、また奥深い迷言が生まれちまったな‥‥』 ぼそり、と。女の子の視線を意識し、哀愁を込めて呟いたチャールズも、怠けもの揃いだと評判のもふらさまの中では例外的に働きものである。――奥が深いというか、見たまんまというか‥‥。 嗚呼、若さが眩しい(主に精神的な意味で)。そんな若年組を微笑ましげに眺めた湯田 鎖雷(ib6263)は、そっと握った手綱の先の愛騎めひひひひんに語りかけたとかなんとか。 ●大きなかぶ 念願叶ってようやく手に入れた空賊仕様のスペシャル・アーマー。 X3『ウィングハート』と名付けられた駆鎧の、その記念すべき初陣が荒れ地の開墾‥‥いきなり泥臭いお仕事に駆り出されてしまった気もするけれど。 「‥‥まあ‥アレだけど‥‥平和利用も出来てこそのアーマーだもんね!」 モノは考えよう、気持ちは持ちよう。 そう言い聞かせて気を取り直した、天河 ふしぎ(ia1037)。 野原の真ん中に鎮座する巨大な切り株を確かめるようにゆっくりとひと廻りしたクラウス・サヴィオラ(ib0261)は、挨拶とばかりに力任せに大剣「クラァップ」を振り下ろす。 ガキィ――ッ!! 鈍い音を響かせて腕に跳ね返った衝撃に顔をしかめ、クラウスは次に「クラァップ」の厚い刃を硬化した切り株の表面に押しつけるようにして傷をつけようと試みた。‥‥そして、尻上がり調の口笛を吹いて肩を竦める。 「聞いたのと見るのとじゃ迫力が全然違うな! 大きさも堅さも桁違いだ」 大きい。そして、硬い。 とりあえず、考えなく刃物を振り回したくらいでは表面に軽く傷をつけるのがせいぜいで‥‥本来ならば、歳月と共に土に還るモノ‥‥いったい土中の何が作用すればこんな代物が出来上がるのか。 感心しきりのクラウスの隣で、《超越聴覚》を使って地中の音に耳を傾けていたふしぎは僅かに首を傾げた。 耕作に適したやわらかい土のせいかもしれないが、地中に響いた音は何だか少しくぐもって――比較する事例がないので判断できないというのもあるが――切り株本体とは少し質の違う複雑に絡まり合った根と思わしき巨大な塊があるようだ。 無論、ちょっと押したくらいではぐらつきもしない。 「さあ、出番ですよ、鉄仁十八号。ちからいっぱい、ひっこぬくのです」 『いや、しかしサニー』 がおー、と。口先だけで吠えたご令嬢の号に従い地中より露出した個所に手を掛け2度ほど力を込めた後、ゆるゆると頭を振ったテツジンは、芝居かかった大仰な仕草で愛らしいが風変わりな主人を振り返る。 『いくら私がカッコ良くて力持ちとはいえ、これだけの切り株、そのまま引っこ抜くのは無理というものだ』 虹色の鱗に飾られた弦楽器を両手に抱えたサニーレインは、朋友の訴えにふぃと明後日の方向へ視線を泳がせた。 もちろん聞こえなかったワケではなく。ぼそりと落とされたけっこう辛辣な呟きは、幸い誰の耳にも届かなかった。――サニーレインに代わって、サーシャがにっこり笑顔で応える。 「大丈夫ですよ〜♪ 簡単に引っこ抜けるなんて、端っから思ってませんから♪」 闇雲に引っ張って根っこの一部を地中に残したたまま抜けたりしたら、後々が面倒くさい。 葛藤が苦手であるらしいこちらのご領主さまは何も言わない気がしないでもないが、中途半端な仕事は開拓者の沽券に関わるというものだ。 まずは、定石通り切り株の周囲を掘り下げて全体の形を見極める。 ふしぎのX3『ウィングハート』、シュヴァリエの『ヴァーチュー』、サーシャの『ミタール・プラーティ』、そして、クラウスの『オブシディアン』‥‥アーマーケースより起動された4機の駆鎧が並ぶ姿は、なかなかに壮観で‥‥其々、ドリルにクラッシュブレード、大蟹鋏を装備した居出立ちは、どこかの戦場ではないかと錯覚するほど勇壮だ。 滅多にお目にかかれない駆鎧の雄姿に集まった村人たちは、やんやの喝采。ひとり胃の痛そうなご領主さまは、騒ぎを聞きつけた監察官が飛んで来やしないかと気を揉んでいるのかもしれない。――切り株ひとつ掘り起こすのに駆鎧4機は大事件だと、シュヴァリエは操縦席で苦笑する。 「年輪から察するに南向きに枝を張っていたようだ。――と、すれば、根っこは真逆の北側に伸びていたと思われるが」 より陽のあたる方向へ。 土中の養分が均等であれば、樹木は光を求めて枝葉を広げるものだ。切り株に残る年輪の間隔を確かめて、湯田が掘り進める大凡の位置を慎重に指定する。切り株を取り除いた後は、埋め戻して畑にする予定なのだから。無駄に掘り返しては、後々の作業が増え兼ねない。 「では。みなさま。 がぁーんばぁーりまぁーしょうねー♪」 僭越ですが、と。 優雅に会釈して竪琴を抱え直したサニーレインの何だかちょっと力の抜けたアドリブっぽい《武勇の歌》。それでも、きっちり応えてくれる精霊さんって偉大‥‥ 「斧があったら、さまになったんだろうけどな。それじゃお前の力を見せてやろうぜ、オブシディアン」 クラウスとしてはヴィジュアル的に少し物足りない気もするが、クラッシュブレードとギガントシールドを携えたスタイルもなかな様になっている。 「いけ、ウィングハート! お前の螺旋で地を斬り裂けっ!!」 真新しい機械油の匂いがほのかに残る操縦席から標的を定めたふしぎの号令に、胸部装甲に『夢の翼』の旗印を抱いた駆鎧は小刻みに振動する機械音を響かせながらゆっくりと動き始めた。回転するドリルが大地に突き立ち、大量の土砂を周囲に撒き散らしながら刀身を沈めていく。 『伊達にこいつにあちこち連れまわされたりしてないぜ。アヤカシ退治に比べりゃ楽な仕事だな』 多少、珍妙でも美少女の応援には応えてこそ、漢。 サニーレインの応援に俄然やる気になったもふらのチャールズは、周囲−主に女の子の視界の中に入る角度で−に得意満面の《ドヤ顔》を連発しつつ、掘り出された土を野原の隅へと運ぶ。 同じ作業でも、こちらは粛々と淑やかに。めひひひひんと柚木の2頭はルーティアとテツジンが積み込んだ荷車を運び、湯田の指導を受けたアイリスとサニーレインが土砂に混じった大きめの石や雑草の類を丁寧により分けていく。外回りの力仕事には村人たちも加わったおかげで‥‥駆鎧の作業スピードに置いて行かれることもなく‥‥太陽が天頂に差しかかり、昼を告げる喇叭が響く頃には終わりへの見通しも立ちつつあった。 「やっぱ力仕事すると腹減るなー。メシだメシだー」 『ヒャッハー! 唐揚げゲットだぜ!』 待ってましたと素直な歓声を上げたルーティアとチャールズに、自然と場が和む。 残念ながら鶏飯はなかったが、食後に出された蜂蜜で味付けされたしっとり甘いパンケーキに好物カステラへと通じる焼き菓子のルーツを見つけた湯田だった。 「柚木ちゃん、泥んこですよ〜」 終わったら洗ってあげますね、と。斑になった朋友に笑顔を向けたアイリスに、もふらのチャールズが自分も洗ってくれとにじりよりルーティアにツっこまれる一幕も。土偶のテツジンは丸洗いを断固拒否し、ふしぎもすっかり泥を被ってしまった「ウィングハート」をぴかぴかに磨き上げると宣言する。泥だらけだが、気分は爽快。――ぽかぽかと温かい春陽の下、ちょっとしたピクニック気分を満喫できた少し長めの昼休みだった。 ●大樹の下に‥ 十分に休息も取って、気力も充填。 深く地中に潜り込んだ北向きに伸びた根の部分を残し、全体の形を露わにした切り株を前にサーシャは満足気にそのやわらかな笑みをいっそう深いものにする。 「さて、と。もうひと息ですね〜」 この分なら、縄を掛けて引っ張れそうだ。――単純に引っ張るには少しばかり大き過ぎ、比例して重量の方も相当なものになりそうだけれど。 「‥‥ふたつかみっつに割った方が良さそうだな」 「残念。形を活かして彫刻にすれば立派なオブジェになりそうだったのに。‥‥まあ、大きすぎるよね」 「手頃な大きさに割っておけば、材木にでも燃料にでも何なりと使い道はあるって」 シュヴァリエの提案に、ふしぎは残念そうに口を尖らせる。 確かにこのままだと立派すぎて、置く場所にも移動にも困りそうだ。 軽くいなしたクラウスの隣で、掘り返された切り株に近づいた湯田は少し時間を掛けて切り株を検分する。――松に類する木であれば上質の燃料になりそうだが、化石化した外皮から推察するに松ではない。しっかりと目の詰まった木目の名残は、どちらかといえばニワトコに近そうだ。 「あら。本当に精霊武器の素材に使えそうですね〜」 地方によっては魔除けにも使われたりもする木である。 湯田の見立てに、サーシャは笑う。他愛ない軽口のつもりだったのだけど。あれこれと想像を逞しく膨らませ始めた仲間に背を向け、ヴァーチューの操縦席に戻ったシュヴァリエは駆鎧を使役するべく錬力を練り始めた。 鋼鉄の手が人の背丈よりも長大な武器を握り、巨大な刀身を滑らかな動きで上段に構える。刀身に付着していた土が引力に従い周囲にパラパラと地面を叩く乾いた音を響かせた。 「巻き込まれないよう下がっていろよ」 対象を叩き折るべく鍛えられたクラッシュブレードの重い刃がオーラを纏い、切り株の荒れた切断面に刻まれた古い亀裂へと叩き込まれる。 ガキィ――ッ!! 駆鎧を通して跳ね返った衝撃――樹木や材木特有の粘りのあるそれではなく、石や鉄材にぶつけるようなもっと硬く隙間のない感触――に負けぬよう強く掌に握り込んで刃を跳ね返そうとする力を抑え込み、更に一歩踏み込んだシュヴァリエは駆鎧の重さを乗せてクラッシュブレードを振り抜いた。 ――メキ‥ッ!! 奥歯に響く鈍い音と共に、土の色が沈着した切り株の暗色の表面に、大きな亀裂が走る。 切り株を叩き割ったクラッシュブレードが穿った真新しい亀裂をさっそく覗きこみ、その威力にチャールズが賑やかな歓声をあげた。 『うひょ〜 すげぇな!!』 「‥‥いや、まだ奥の方で根が絡まってやがる‥‥」 複数の根が何かに絡みつき、瘤のように固まっている。幾重にも執拗に縺れ捩じれた大樹の根は、硬いと言うより重ねられた形状故に、最後まで断ち切ることができなかったようだ。 「ま、これくらいなら駆鎧を使うまでもないぜ」 一見、可愛いようでよくよく見ると結構シュールな《きりんぐ★べあー》を構え、ルーティアは上段に振りかぶる。 発條のように伸びあがった上体ごと使って気合一閃、示現流の奥義《唐竹割》が炸裂‥‥バリバリマッチョのアウトドア派陰陽師の自称は伊達ではない。 ――ガ‥ッ!!! 口許に赤い染みを浮かべた気のない熊が両手に抱えた斧は、絡み合う根を切断し、その奥に抱かれていた粗い石に食い込んだ。 「おっ!? なんだ、これ‥‥」 ガンガンと手斧で叩くルーティアの手元を覗きこみ、クラウスも加勢しようと大剣「クラァップ」を勢いよく突き立てる。何度も加えられた衝撃に脆くなっていたのだろう。今度は弾き返されず‥‥逆に易々と呑みこまれた刀身にふたりしてバランスを崩し、穴の底に尻もちをついたのだった。 「おわっ!?」 「ぎゃああっ! 倒れる、埋まる――っ!!!」 ぐらり、と。今度こそ支えを失くして危うく揺れた切り株に、穴の底から上がった悲鳴はひとまず置いて。依頼達成への確かな手応えを感じるサーシャである。 「‥‥準備は良いですか?」 特別な術が封じられた竪琴を抱えたサニーレインが、のほほんと弦を爪弾く。 切り株に巻きつけた綱をアイリスが引っ張って‥‥アイリスをルーティアが引っ張っては服が伸びるだけなので‥‥ルーティアも綱を引っ張ることにした。ルーティアの後ろに、チャールズ、テツジン、湯田にめひひひひん、体格的にアイリスの後ろにつけずちょっぴり傷心の柚木がそれぞれ綱を持つ。ふしぎ、シュヴァリエ、サーシャ、クラウスはそれぞれ駆鎧に再び騎乗して綱を握れば、村人たちも我こそはと嬉々として綱に手を伸ばし、笑顔でずらりと並んだ光景はちょっとしたイベント事のようでもあった。 「がぁーんばぁーりまぁーしょうねー♪」 紡がれる《武勇の歌》のやわらかな旋律に励まされ、呼吸を合わせて綱を引っ張る。 うんとこしょ〜♪ ―――どっこいしょ〜♪ 何やら楽しげな音頭に合わせて引っ張れば、ぐらぐらと揺れた切り株はやがて根負けしたかのようにずる‥と動き始めたのだった。 切断された切り株と、複雑に絡み合った幾本もの根、そして―― 「なんだ、こりゃあ!?」 絡み合う根の中心に、 まるで根っこに護られるように抱えられていた、大きな長方形の石‥‥の、箱‥‥。 振り下ろされた武器に砕かれた個所には、ぽかりと黒い穴が口を開いていたけれど、それが何であるかは判る。お祭り気分は一瞬で吹き飛んで、しんと水をうったかのような沈黙が耳に痛い。――遠くの森より響いていた小鳥の囀りさえ止まった気がする。 「‥‥衣装櫃ってことは、ない‥よ、ね‥‥」 ふしぎの希望的観測に同意する者は、もちろん皆無。 ●石の柩 そこに何があったのか。 切り株の存在すら知らなかった――あるいは、忘れさられていた――のだから、掘り起こしてしまった石柩が誰の者で、何故、あそこに埋められていたのかを答えられる者がいるはずもない。 「まさか、あんなものが出てくるとは‥‥」 素知らぬ顔で埋め戻すのもアレなので、掘り出した石柩を領主館の今は使われていない小さな庵−はなれ−に移した開拓者たちに、ラーヴル子爵――ディミトリ・ファナリは、申し訳ありませんでしたと項垂れる。 「いいえ〜。作業に入る前にもう少し丁寧に調べておけばよかったかな〜とは思いますケド〜」 「さすがにその可能性は考えていなかったからな」 苦笑したサーシャに、シュヴァリエも渋い顔で吐息した。 畑の開墾がふいになるのではと危惧したが、せっかくの計画を中座させるののも後味が悪く‥‥結局、石柩を別の然るべき場所に移して、整地は続ける予定であるという。 「‥‥さすがに今、中を改めるのは怖いので‥‥ジェレゾに人を頼もうと思っているのですが‥‥」 「それがいいと思いますよ〜」 きちんと弔ってもらうのがイチバンだ。 アイリスもこくこくと首を振って同意を示す。――空いた時間は柚木の泥を落としたらゆっくり空の散歩でもしようと思っていたのだけれど。 「あの切り株は、少し細工してお守りにでもするといいかもしれん」 泥を落とし領主館の前庭で乾燥を待つ切り株に視線を投げて、湯田は少し思考を巡らせながら首を傾げた。 墓標の代わりに木を植える慣習のある地方もある。――弔意の証しであったのか、あるいは、魔封じであったのか。今となっては知るべくもないけれど。 やわらかに平穏を謳う春の陽光に、ほんの少し翳が兆したような気がした。 |