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■オープニング本文 ●畜生働き 暗闇に、白刃がきらめいた。 小さな呻き声を挙げて初老の旦那が事切れる。強盗が、男の口元から手を離す。彼の手にはじゃらじゃらと輪に通された鍵が握られていた。 「馬鹿め。最初から素直に出しゃあいいものを」 男は蔵の鍵を部下に投げ渡す。 うっそりと籠った熱を抱いたままの暗闇は、夜明けにはほど遠く。日中は繁華な賑わいが軒を連ねる街も、今は濃厚な夜の静謐に包まれていた。――あるいは、凶行に関わるのを恐れ、雨戸の向こうでひたすら息を殺して災厄が去るのを祈っているかもしれない。 待つ程なく、蔵の中から千両箱を抱えた部下たちが次々と現れる。ずいぶんと物慣れた手際の良さが、彼らの非道を如実に物語っていた。 夜陰を埋める濃い血臭にさえ気に止める風もなく、男たちは辺りに転がる死体を跨ごうが平然とした風で屋敷の門へと向かう。後に残されるは血の海に沈んだ無残な遺体の山のみ。――「つとめ」とも呼べぬ畜生働きである。 ●孤月 見下すは、孤天に掛る細い月、ただひとつ。 一方的な殺戮と強奪への高揚に「つとめ」を終えた充足感が入り混じり、気が緩んでいたのだろう。 あるいは、恐れるに足りぬ輩と見なしたのかもしれない。街路に踏み出した兇賊は、幽き月影に浮かんだ人の姿に僅かに双眸を細めただけで、「彼」を誰何することさえしなかった。 刹那、 暗闇に、銀刃がきらめく。 恐るべき速さで鞘より抜き走らされた刃は蒼い月光を刀身に纏いて濡羽玉の闇に美しい弧を描き、身構える暇さえ与えず千両箱を担いだ賊を下段より切り上げた。 何の意図をも感じさせぬ澄んだ殺意は躊躇なく血肉を切り裂き‥‥斬られたことさえ認識できぬままコト切れた男の肩より千両箱が大きな音を立てて滑り落ち、夜陰に盛大な音を響かせて黄金をまき散らす。 新たな血臭が、ふうわりと遅れて届いた夜風に乗った。 ●兇賊の行方 「‥‥仲間割れ?」 未だ血臭の漂う凄惨な光景に尻込みしつつ現場に立ち会った書生は、検分役の呟きに首を傾げる。 先日の凶行と少しばかり様子が違うような気はしたけれど。ちらり、と。彼は庭先に敷かれた茣蓙に並べられた遺体に、痛ましげな視線を向けた。 主人夫婦と使用人たち――身代の大きさよりも気持ちのよい商いをすることで評判の良い店だった――そして、家人とは思えぬ風貌の男が3人。浪人、あるいは、開拓者崩れといった装いの‥‥節の太い堅い手に残る年季の入った竹刀だこは、およそ、商家の身内には相応しくない。 最近、用心棒を雇ったという話は聞いていないのだけれども。 「家から金を持ちだしたところで斬り合いになったようだ」 ほら、と。 顎をしゃくった検分役につられて視線を向け、その血に塗れた惨状に書生は思わず顔を背ける。 利益の配分、あるいは、「つとめ」に不手際でもあったのだろうか。 三人を切り殺し‥‥点々と街路に落ちた血の跡を見ると、他にも酷い手傷を負った者がいそうだ。拾う余裕さえなく逃げたのか、血の海にばら撒かれたままの黄金が、なんとも不吉で。 「‥‥でも、仲間割れならもっと時と場所を選んでやるんじゃ‥‥」 「連中の考えることなんて、所詮、この程度だろう」 「まあ、それは否定しませんけどね」 ちらりと茣蓙に包まれた遺体を見つめて、書生は小さな吐息を落とす。 しょんぼりと肩を落とした書生を気の毒そうに眺め検分役は気持ちを切り替えるように、声を発した。 「でも、まあ? 今回はかなりツいているんじゃないかい?」 点々と滴る血の跡と、凶行の肩棒を担いだと思われる男たち。――死者を尋問することは叶わぬが、彼らの素性を洗えば行きつけの場所や、仲間を特定することもできるだろう。 押し込みに加わった者を捕まえることこそ、最大の弔いになるのだから。 大至急でまとめられた報告は、その日のうちに《開拓者ギルド》に張り出されたのだった。 |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
荒井一徹(ia4274)
21歳・男・サ
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
アイリス(ia9076)
12歳・女・弓
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
万里子(ib3223)
12歳・男・シ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 都の気風が怯懦に揺らぐ。 《蝮党》を名乗る兇賊の横行は神楽に住まう人々の心胆を冷やし、連なる不穏は街そのものの活気をも委縮させんと不可視の暈を天に広げて‥‥夏に似合わぬ逼塞感が、そこかしこに蔓延していた。 連日の如く積み重ねられる凶行の報とその凄惨な爪痕への憤りと無力感。悪しき事態の打開と解決を願う心の表れかもしれない。――先立って現場を訪れた開拓者に向けられた視線は、平素以上に期待と憂いの込められたものだった。 「‥‥これはまた随分な下衆達が現れたもんだ。命じられたのが捕縛で無かったら、斬って捨てたいくらいだねぇ」 「こんな酷い事をするなんて、許せないのですよ」 部屋中に散った拭いきれぬ血の痕に、九法 慧介(ia2194)は腹の底に生まれた本音をのんびりと呆れで包む。微かに残る金臭さにアイリス(ia9076)は小さな身体を震わせた。 殺さねば良いというものではないが――いかなる理由があっても盗みは罪だ――金を目当てに押し込んだ上に命まで奪おうというその業の深さに、恐怖よりも憤りが湧く。見た目は幼くとも、矜持は立派に開拓者なのだ。 「力のない者を標的にした上に、皆殺しですって」 やり方が本当に汚くて、蝮の如く狡賢い。 苛立たしげに呟いた海月弥生(ia5351)と肩を並べた荒井一徹(ia4274)も、その力の使い方を間違えた外道への怒りと嫌悪に眉を顰めた。この非道の代償を支払わせぬことには、落ち着くものも落ち着かぬ。 忍犬・かぷれーぜに残された血の匂いを覚えさせようと現場を歩きまわっていた万里子(ib3223)は、残された亡骸の検分をする鷲尾天斗(ia0371)の表情に小首を傾げた。 「何か判った、かな?」 「いや」 何の躊躇もなく一閃された刀傷。 脇腹から胸へと――いわゆる、逆袈裟という――文字通り骨をも断ち切る刀捌きは見事という他はなく‥‥相当な手練であることは想像に難くない。 覚えがあるような、ないような。 迷いなく。ただひとつを見据えるどこまでも透明な濁りのない太刀筋には、確かに覚えがあるのだけれど。 「赤の他人を裏切るならまだしも、仕事の現場で仲間を裏切るんじゃ、ほんと、畜生以下だぜ」 侮蔑を込めて小さく吐き捨てたアルバルク(ib6635)の言葉に、また迷う。脳裏を翳めた記憶の欠片‥‥はっきりと思い出すことさえできぬあえかな人物が纏う気配は、その何れにも嵌りそうで該当しない。 剣術の腕だけならば、申し分なし。だが、たとえ一時といえど、兇賊ごときと徒党を組む理由が見当たらぬ。 「朗報と言って良いのかどうかは判りませんが――」 手掛りを求めたトカキ=ウィンメルト(ib0323)に、検分役は気味が悪そうに筵に包まれた引き取り手のない遺骸へと視線を向けた。正確には、その傍らに置かれた小さな包みへと。その形と大きさに漠然と中身を覚り、アイリスは先刻とは異なる理由で悪寒を払った。 「‥‥誰のものか判らない左腕がひとつ‥‥」 「それって、もしかして‥‥腕を切り落とされたヤツがいるってこと?!」 思わず、どひゃあと声を上げた万里子に、検分役は小さく頷く。 確かに、巫女の神通をもってしても癒し切れぬ傷の存在は、《蝮党》を探しだす大きな標になるだろうけれど。因果応報とはいえ、笑うには聊か生臭い。 吐息をひとつ、トカキはもたらされたその情報を胸に刻みつけたのだった。 ●消された血の痕 点々と地を汚す、因果の証。 いかに狡猾な《蝮党》でも暗闇の中、血痕を拭って逃げるのは不可能で。――とはいえ、周囲は繁華な目抜き通り。いつまでも血の痕を残しておくのも、縁起が悪い。 怖気を払うかの如く、早々に店先より洗い流してしまった商家も多かった。 「血痕は途中で無くなっても、匂いまでは無くならないはずなんだよ」 とは、万里子の持論。 そして、不可視の痕跡を追いかけるのは万里子の朋友、忍犬のかぷれーぜ。 「現場と同じ血の匂いで知らない人の匂い、判るかな? かぷれーぜ」 そこまで複雑な取捨選択は、さすがに無理っす。 口が利ければ、そんな恨みごとのひとつも聞けたかも。万里子の言葉を理解しようと真摯に見つめてくるつぶらな瞳は、ただただ健気。伝わらぬ言葉に心だけでも寄り添おうとする姿に、なにやらちょっぴり胸が痛い。 「この辺に血が落ちていたと思うのですよ。どちらの方向に続いていたか覚えてないですかね」 助けになれば、と。店先で問うたアイリスへの反応は上々で。人々の示す先に残った匂いを追えば良いのだと理解したかぷれーぜも、どうやら調子を掴んだようだ。 ●悪所の奇縁 享楽を求める者の行きつく先は何処も同じ。 ジルベリアもアル=カマルも‥‥もちろん、天儀でも大差ない。 「やっぱこの国にも、あるもんなんだな」 鷲尾と共に、彼の行きつけだという賭場に踏み込んだアルバルクは、形にこそ文化の違いはあるものの良く知る空気に肩をすくめる。 《蝮党》の跳梁は、良し悪しは別として、話のタネにはなるようで。 彼らの標的になる程の大金とは無縁の気易さか――中には、怯えるに値わぬと嘯く剛の者もいた。――真偽はともかく、噂を拾うには格好の場所ではある。 構成員は皆、身体の何処かに《蝮の刺青》を彫っているとか、 無慈悲な《急ぎ働き》が目立つようになった裏には、頭目の代替わりがあったらしい―― 新しい頭目は合戦で死んだと思われている開拓者崩れで、構成員に志体持ちが多いのはその為である等‥‥ 神楽の市民なら誰でも知っているような都市伝説から、悪所ならではの眉唾もののまことしやかな噂話に至るまで。流石に鷲尾やアルバルクを前にして、自分が《構成員》だと名乗り出る強豪と顔を合わせる機会は得られなかったが。 「それで、あんたの探している心当たりは見つかりそうなのかい?」 「それがなぁ」 天儀の装いを物珍しげに見回したアルバルクの問いに、鷲尾は苦い笑みを浮かべてばりばりと頭を掻いた。思い出せそうで手が届かないのは、この手の盛り場とは別の縁であったのか。あるいは、敢えて思い出すまいと識域下で拒絶する奇縁であるのか。 それでも、最近姿を見せなくなった者や、急に羽振りの良くなった者。あるいは、悪所通いの第六感と例えれば聞こえは良いが‥‥とかく、その手の話題には事欠かない。 ●酒場の無粋者 床下貯金なんて地味な蓄財に励む者に、《蝮党》の凶行は似合わない。 人を殺めた憂さ晴らしといった繊細な良心に持ち合わせはなさそうだが、労せずして得た大金だ。後先のことは考えず、気前よく使ってしまう不届き者も多いはず。 荒井と海月が潜り込んだのは、盛り場にほど近い裏筋の酒場であった。 「酒を、ここにいる全員に。俺のおごりだ!」 気前の良い荒井の言葉に、広くもない店内に歓声が湧く。 俄かに喧騒を湛えた空気の中で、ただひとり。海月だけが不満気に‥‥お大尽は良いわね、なんて皮肉を口に‥‥安酒をちびりちびりと。 狂騒の中の静なればこそ―― 荒井が煽った酒場の気風に煩げに顔をしかめ席を立った男の姿は、海月の視界にて存在を際立たせたのだった。 「‥‥うるさい‥」 誰に向けるでもなく。己を取り巻く状況の変化を確認するような呟きと共に席を立った青年を制しようと上げた腕を、海月は反射的に引っ込めた。 ちらりと翳めた視線の奥に閃いた怜悧な光は、殺気。迂闊に声をかけるには、途轍もなく危険な。生命を斬捨てることを聊かも躊躇わぬ種類の人間――それも、剣を奮う理由を己の裡に見つける者――が放つ、どこまでも酷薄な死の眼差しにも似た深淵。 ふらりと酒場より立ち去る背中を見送って、海月は小さな吐息を落とす。暑さのせいばかりではない汗に、思った以上に強いられた緊張を自覚した。 ●蛇の道は、蛇 呵責なく生命を土足で踏みにじるような輩でも、己の命は惜しいとみえる。 撒き散らした金どころか斬り落とされた腕さえ拾わず逃げた賊が真っ先に求めるものは、血を止め、傷を癒してくれる者であるはずだ。 手首から先をばっさり。初見でも、目にすれば忘れられない目立つ傷――それも明らかな刀傷だ――を黙って手当してくれるような瘍医は、いかに神楽の街が広いといっても歩けば当るものではない。しかも、慎重を期して時間を掛けるには、負わされた傷は少しばかり重篤で。 積み重なった幾つもの偶然が九法とトカキに味方した。 繁華な奈辺に看板を掲げる施術院を目に付く順に。急な怪我人だと呼び出された瘍医が2日経っても連絡ひとつ寄こさぬと気を揉む弟子を訪ったのは全くの偶然だが、僥倖だった。あるいは、これが天の配剤なのか‥‥《蝮党》の犯した業は、精霊の慈悲を祈るには深過ぎる。 「常連客ではないのですか?」 トカキの視線に使用人は、少し考え込んでからゆるゆると首を振った。 見覚えがあるような気もするが、患者ではないと言う。瘍医や患者の遣いで出歩くことも多いから、あるいは、この近隣で顔を合わせたことくらいはあるのかもしれない。――火急の事態に直面した時、ここに施術院があることを思い出せる程度には。 「‥‥案外、この近くに拠点があるのかもしれないな」 「ああ、その線もありそうですねぇ」 夜に賑わう盛り場と、繁華な目抜き通りのちょうど中間に位置するこの辺りは――生粋の神楽っ子ばかりでなく、旅人や開拓者など――神楽を訪れた多様な人種が最初に集まる地域だ。 見知らぬ隣人への警戒も薄く、悪党が紛れ込むには好都合。通りを歩く人々の姿を眺めて呟いた九法の着眼に、トカキもなる程と微笑んだ。 ●蝮の巣穴 足で集め、持ち帰った報せが、次なる手掛かりへの階を成す。 開拓者たちが探り当てたのは、繁華な目抜き通りと少しうらぶれた下町の境を流れる疎水に面した1軒の古い船宿だった。 「船を使ったのなら、かぷれーぜちゃんでも気づけませんよう」 兇賊の血が完全に途絶えたのは、疎水の畔。 荷運びの猪牙舟が盗まれた船着き場より流れ下れば、苦もなく宿に帰りつく。――報告する万里子の隣で悄然と尻尾を垂れた忍犬を元気づけるようと、アイリスは小さな頭を撫でた。 「確かに素性の良くない連中が出入りするには都合の良い場所だな」 胡乱な輩の出入りが頻繁になったと聞きつけた鷲尾とアルバルク。 荒井と海月のふたりも、ここひと月余りで唐突に客の出入りや仕出しの羽振りが良くなったと確認している。――そして、この数日間、妙に浮足立った空気に包まれていることも。 「まぁ、違っていてもあまり問題はなさそうだな」 「叩けば何かしら埃も出てきそうですもんねぇ‥‥」 いくらか捌けた鷲尾の口調に、トカキも薄く笑って肩をすくめた。 相手は人だが、その所業はアヤカシと大差ない。――人を喰わずには命を繋げぬアヤカシの方が、まだマシであるような気さえする。 「それじゃあ、決まりということで」 殲刀「秋水清光」を手に、まるでふらりと風に当りに出かけるかの如く涼しげな九法の言葉に頷いて、開拓者たちは《蝮狩り》へと動き出したのだった。 ●天誅 広い土間に面した上がり框に腰かけて無聊を託っていた男は、おとないもなく踏み込んできた人影に眸を見開く。 抜き身の刀身が僅かな明りに白々と冷酷な光を閃かせ、侵入者の明らかな敵意を彼に教えた。――反射的に得物を探して動いた手に、青白い電流の矢が突き刺さる。 「何だ、きさ‥ま‥」 誰何は喉元に突き付けられた切っ先に封じられ、男は腕に走ったしびれも忘れて絶句した。 驚愕に見開かれた眸に揺れる動揺の中に映り込んだ己の姿を見つけ、九法は満足気に口許を歪め‥‥殊更、獰猛な笑みを作って見せる。 「《蝮党》と知っての狼藉なんだな、これが」 「――――っ!!!?」 男の顔を駆け抜けた衝撃が、《当り》だと告げていた。 図星に怯んだその横面を、横薙ぎに払われた霊剣が力任せに殴り飛ばし――雷霊の加護を付与された漆黒の刀身に刻まれた金色の刃紋は未だ鞘の中に納められていたが――顎を砕いて部屋の端へと弾き飛ばす。 「お前等のやり口だ、文句ねェよなァ!」 鳴り響いた大音量に負けじと張り上げた鷲尾の胴間声に、静から動へ。俄かに膨れ上がった殺気が緊張の糸を絶ち切り、夜陰に満ちた空気を一変させた。 「もっと面白い遊びを教えるついでに悪党の立ち振る舞いッつーのを脳漿に斬り刻んで――」 ‥‥ヒュ‥‥ッ!! 暗闇を貫いた矢が、狂眼を宿して悪態を吐く鷲尾の言葉を縫い止める。 手負いとはいえ、兇賊。追い詰めたのは猛毒の牙を持つ蛇、逃げまどう脆弱な鼠でなかったようだ。――ふうわり、と。微かな血臭が、視覚に代わって鋭敏になった嗅覚に届く。 「‥‥の、野郎‥‥ま、そうこなくちゃ面白くねェよなァ!」 「では、こちらも」 挨拶代わりに、と。 放たれた《アークブラスト》は部屋を揺るがせる轟音と共に、蒼白い電撃の網を闇に潜む蝮たちへと擲った。突き立てられた雷精の牙に、暗がりの方々で呻きが上がる。その気配を追いかけて‥‥刃に灼熱の色を湛えた大剣を従えた荒井、あくまでも穏やかな静謐を刃に刻む殲刀を抜いた九法も、宿の奥へと踏み込んで行く。 「悪いな。喧嘩は専ら大得意でねぇっ!」 切り結ぶその瞬間に溜めた練力を解放し、刀ごと額を叩き割った相手の身体を蹴り飛ばして嘯く荒井の後ろ姿に、弓を構えた海月は思わず眉をしかめた。 「少しは手加減をしてくれないと」 「一応、依頼は捕縛だがよォ。どーせ死罪、ここで逝っても行き着く先は一緒だがなァ」 ケタケタと箍の外れた笑声を返して血道を拓く鷲尾に、閃かせた切っ先で真円を描き暗がりに血を飛沫かせた九法も曖昧な苦笑を零す。 「そう簡単に獲らせてくれる相手でもない‥し、な‥っ!!」 剣戟が響き、ぶつかり合う白刃に火花が飛んだ。 じりじりと傾き始めた天秤に、開いた勝手口から夜陰に身を投げようとした盗賊の足元に、ざくりと白羽の矢が突き刺さる。 「逃がしませんよっ!!」 流れるような動作で夜目にも美しい艶を湛えた漆黒の弓に矢を番え、アイリスは毅然と盗賊の鼻先へと鏃を向けた。その傍らで肘を挙げたアルバルクの手元にも光る投げ矢が無法者の急所を狙う。 「さぁ、観念してお縄を頂戴しやがれ! なーんてね♪」 場違いなほど楽しげな万里子の声が、いっそ酷薄な色を帯び。 気がつけば、剣劇の音は止んでいた。 「‥‥く‥っ」 終局は既に時間の問題。 たとえ投降の道を択んだとしも、彼らに未来はない。――永劫なる地獄の業火に身を灼かれ、己の所業を悔やめばいいのだ――ひと欠片の憐憫すら与えてなどやるものか。 構えた星天弓の向こうで歪む盗賊の顔を見据えて、海月は胸の裡で深く呪いを紡いだ。 |