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■オープニング本文 ●漂着物 水面に瀟洒な弧を描く観楊橋は目抜き通りへと続く足周りの良さと疎水に沿って等間隔に植えられた柳の景勝で、近隣住民たちの間ではよく知られた場所だった。 橋向かいの餅屋《祥亀堂》の塩大福が評判だとかなんとか‥‥天気の良い日にはたもとに露店が立つこともあり、日中は人通りが絶え間ない。 悲しいかな中には不心得者もいるワケで。 観楊橋より少し下った先にある舟宿《五十鈴》の船着き場には、時折、奇妙なモノが流れ着く。 手拭い、編笠はまあ良くあるとして、 履物、簪、巾着など――うっかりだと思えなくもないけれど――少しばかりそそっかしいというか、落とし主も困っているだろうと思えるモノまで。 襦袢に下帯‥‥引き千切れた小袖が流れ着いた時には、さすがに皆して驚いた。 とはいえ、界隈に身投げの噂は聞こえず、また、土左衛門が浮いて来ることもなく半月余り。――そわそわと落ち着きのない秋風に、神楽の巷にもいつになく冷ややかな漣が寄せていた。 ●観楊橋の怪 賑やかな人垣の向こうで不意に挙がった不穏の声に緊張が走る。 蝮党による凶行は《開拓者ギルド》の旗振りもあって世情の不安は鎮静に向かったかに思えたが――武天の騒乱を経て――いっそう強く、根ざした影を市井に浮かび上がらせた。 拭えぬ怯懦は未だ心の底にあり。‥‥些細な騒ぎにさえ、人々は思わず身を竦ませる。 「ひったくりだぁっ!!」 白昼に人混みに掠れ裏返った火急の報せに真田悠は顔を上げ、油断なく周囲へと視線を投げた。 無意識に身を引いた人々の間をこちらに向かって、風体の良くない男が駆けてくる。――小脇に抱えた紗の風呂敷包が破落戸の風貌に如何にも不似合いだ。 闇雲に振り廻す右の手に握られているのは、匕首だろうか。時折、秋口の淡い陽射しに鈍くきらめく。 考えるより先に身体が動いた。無鉄砲だと小言をくれる仲間もいるが、そういう性分なのだから仕方がない。 「待て!」 前方より響いた鋭い一喝に、足を止められ勢いに押された男は蹈鞴を踏む。 傍目にも良く鍛えられていることの覗える逞しい長身に、いかにも腕に覚えのありそうな精悍な面差しの――抜刀こそしていないが、とても叶う相手ではない――武らしい青年の覇気に怯み、本能的に踵を返そうとした破落戸の視界を白々と冷たい光が遮った。 いつの間にか、退路が消えている。 肩越しに破落戸を指差し被害を訴える町人に煩げに顔をしかめながらも、抜刀した男。――こちらは覇気というよりは気配さえ希薄な静謐に奥の見えない怖気を感じた――感情らしい感情を伺わせぬ虚ろな視線が賊を射抜いた。 「‥‥く‥っ」 「もう逃げられんぞ、大人しく縛につけ」 思わず零れた男の苦渋に、真田はゆっくりと歩を詰める。 その覇気に圧され、じり‥と後退った破落戸の背後で抜き身の銀刃に淡い光がさゆらいだ。切っ先より伝わる剣気は、既に牽制ではない。――通りを駆けて汗ばんだ背中に、今度は冷たい冷気が這い寄る。 退路を求めて泳いだ目に、鮮やかな丹塗りの瀟洒な造りの欄干が飛び込んできた。 午下がりの疎水は穏やかに深い水色を湛え。――橋の周囲に舟を繋ぐ船着き場はなく、往来する物売りの舟も今は見当たらない。 「‥‥っく、しょう‥っ!!」 「何っ!?」 起死回生の身軽さでもって、男は欄干に手を掛ける。 引きとめようと伸ばされた手を匕首で牽制し、引き寄せられるまま重力に身体を預けた。薄汚れた着物が、ふうわりと風を孕んで翻る。 白く雲を吹き流した高い秋の青空に、澄んだ水音が響いた。 「しまった!」 欄干に取りつき疎水を見下す人々の目の前でぷかりと水面に浮かんだ破落戸は、流れに従い泳ぎ始める。景勝だと囃される景色の中に彼を止める縁は見当たらず、追いかけて飛び降りるほど無謀にはなれなくて‥‥ 「へへ‥、ざまぁみやがれ!」 勝ち誇ったような哄笑が川風を揺らし、やはりと丹塗りの欄干に手をかけた真田の視線の先で水面が騒いだ。 ふぃ、と。流れに任せる男の周囲で水色が凝る。雲の翳が水面に落ちたかのような‥‥ごく淡い変化は唐突に吹き寄せた風が刻んだ漣に紛れ、気がついた時には境界さえも曖昧で。 ‥‥ぱ、しゃ‥ん‥‥ 虚ろな波音を響かせて、刹那―― 男の姿は、疎水の面よりかき消えた。ゆるゆると広がる波紋だけを水に刻んで。 水に呑まれた。 あるいは、吸い込まれるようにも見えたという。――それが、観楊橋の近隣に住まう町人たちが流れに潜む異変に気づいた顛末だった。 ●水妖 奇異に思えば、全てが怪しい。 そういえば、鯉の姿が見えなくなった。――三日と空けずに庭先に通って来た野良猫がもう半月も姿を見せない。――疎水の畔で客引きをしていた年増の夜鷹は、何処に行ったのか。 受付係の胡乱気な視線に、真田は気まずく目を逸らす。 「どこまでが本当なんですか?」 「わからん」 どれも関わりがありそうで、なさそうな。 馬鹿正直に吐露して肩を落とした志士は、それでも、と生真面目に口許を引き結んだ。 「あそこに何かいるのは確かなんだ」 「まあ。調べるのは吝かではないでしょうけど。――それにしても、続きますね」 独言めいた受付係の小さな声に、真田も渋面のままこくりと首肯する。――蝮党の脅威は消えたが、神楽に落ちるアヤカシの影は明らかに増えていた。 「‥‥後手に回って大事とならないうちに、何とかできれば良いんだが‥‥」 アヤカシに故郷を追われる痛みは、今でも真田の胸の裡より消えることはない。 戦う力を欲したのも、日々の鍛錬を欠かさぬのも‥‥いつかアヤカシを討ち果たし、奪われた故郷を取り戻したいその一心からのこと。 抗じる力を手に入れて尚、及ばぬ無力に、真田は忸怩たる思いを噛みしめた。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 肌寒さを誘う秋風が滔々と流れる水面を揺らした。 乱反射する光が邪魔をしなければ橋の上からでも水底が透けて見えそうな澱みない流れの中――毎日、大勢の人間が往来するその足元に――アヤカシが潜んでいるという。 「呑まれて消えた、ねぇ」 三笠 三四郎(ia0163)が水面に投げた「浮き」の動きを目で追いながら、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は川風に靡く髪を抑えた。《瘴索結界・念》は橋の周辺に強い瘴気の存在を感知している。確かにアヤカシだと断じる手段はないが、この場所にアヤカシ以外の存在を疑う理由も見当たらなかった。まったくの無色透明というワケではないらしい。擬態、迷彩。喩える言葉はいくつか思い浮かべることができたが、とりあえず気持ちの良い相手ではなさそうだ。 「何と無く水中に適応した粘泥っぽい物を思い浮かべますが‥‥」 竿の先を軽く上下させて仕掛けの具合を確かめつつ、釣竿を握った三笠もリーゼロッテの言に想像力を働かせる。――目下のところ、水中の疑似餌にアタリはない。そろそろ、「餌」を変えてみようかと思い始めたところだ。 時間を測り視線を上げると、三笠が釣り糸を垂れたポイントより少し上流に位置する観楊橋から秋空を背に疎水を見下す仲間の姿が目に留まる。 「こんな所にもアヤカシが潜んでいたとは‥‥」 何処から流れ込んできたにせよ、人々の生活のすぐ傍らに影さす忌々しき事態だと氷海 威(ia1004)は危機感を滲ませる。 「こったら人ン多いトコさアヤカシ出るたァ一大ェ事だスよ。 ‥‥それになンぼ引ったくりでも、アヤカシに喰われちまうたァあンまりだス。仇ァ取ったるだスよ」 捨て置くわけにはいかないと大きく首肯し、赤鈴 大左衛門(ia9854)も広い肩を怒らせた。脛に傷を持つ前科者ではあったが、アヤカシに襲われる理由にして良いワケがない。 「これ以上、犠牲者が出る前に消さないと、ね」 まずは、そちらが最優先。 飄々と言葉を紡いだアルマ・ムリフェイン(ib3629)が湛える笑みは明るいが、どこか装った作り物めいて。 追いかけた賊が目の前でアヤカシに喰われたとあっては、周囲の者たちも寝覚めが悪い。‥‥真田悠や水橋恭也にとっても、痛恨だろう。 氷海の自己紹介に「よろしく頼む」と律儀に頭を下げた真田の屈託のなさに幾らか驚いた風ではあったが、水橋も彼に倣って軽く顎を引いた。――真田を人懐っこい大型犬だとすれば、水橋は警戒心の強い猫のようだとふと思う。 穏やかな陽射しが漣にきらきらと乱反射する水面を眺め、エルレーン(ib7455)は思案顔で吐息をついた。 「見えないアヤカシ‥‥ど、どうやって倒そうかなぁ?」 うんと目を凝らせば見えそうな気もするが、揺れる水面が邪魔をする。 目測の効かない相手に攻撃を仕掛けるのは、感覚が鈍るというか‥‥少しばかりやり辛いかも。場所が場所だけに、逃がすわけにはいかないと気負えば尚更。どこか気弱なエルレーンの憂いを帯びた言葉に、笑みを崩さぬ狐の神威人はいっそうその笑みを深くする。――どんな常用においても笑顔を絶やさずにいること。それが、彼の信条だった。 ● 疎水に水を配する水門を閉じるのは難しい。 神楽中に巡らされた水路をひとつ選んで水を堰き止められるほど丁寧な造りではないのがまずひとつ。――物流の主な幹線でもあるから、滞れば商いや日常生活に支障を来すところもあるわけで。 もちろん、アヤカシも脅威ではあるが、商業活動や日常生活もまた大事。――皆が皆、懐に余裕のある生活を送っているワケではない。――近づくなと警告はできても、徹底するのは難しそうだ。国ひとつ滅ぼしかねない大アヤカシであれば、意識も変わってくるのだろうけれど。 「役所間の調整や他の町への根回しなど、もっと時間が必要なのだそうだ」 いかにも事務方らしい町役人の口上に、理解ったような、どこか釈然と腑に落ちない‥‥複雑そうな真田に、リーゼロッテはさほど悲観した風もなく、クールに肩をすくめた。 迅速が要求されるのも、易いようでいて意外に利害が一致しないのも。人が多い繁華な場所ならではの細かな制約に手を焼かされる。町中に潜り込んだアヤカシを相手にするのは、予想以上に面倒くさい。必要に迫られる度、個別に対応していたのではいずれ追い付かなくなりそうだ。 「捕りもンの間だけでも、通行止さしておきてェところだスなぁ。――けっぱって早ェトコ倒すだス!」 「一応、川沿いの家には声をかけて回ってきたよ」 憂いつつ改めて気合を入れなおした赤鈴に、ムリフェインは得意気に胸を張る。 付近に住まう者たちには無視できない話題であったのか、どこかおどおどと頼りないエルレーンの説明にも、とりあえずは納得してくれたようだ。 ふつりと切れた糸の先に視線を戻し、三笠もやれやれと嘆息する。 「もう少し丈夫な仕掛けが必要でしたね」 あるいは、他にも何か能力を隠しているのか。 引き続き警戒は必要だろうが、この程度の簡単な仕掛けで釣り出せせる事が判ったのは収穫だった。積極的に動き回らぬ潜伏型の捕食者の性質上、餓えていることも多いのか。――餌らしきものには反射的に飛びつく。――さほど上等なアヤカシではなさそうだ。 この程度なら、力押しでも負けはしない。 ● 水の中はアヤカシの領域。 手の裡が未知数である以上――人ひとりを丸呑みにしたという目撃証言もあるのだから――用心の意味でも、水の中へ入るのはなるべくなら避けたいところだ。 「足もつかねェ水ン中じゃ碌に戦えねェだス。岸ン上だら無理でも、せめて得物ァ届くぐれェまで寄せてェだスな」 戦場を足場のある護岸に設定するのはもちろんだが、アヤカシの大きさを考えると引き摺りこまれない用心も要る。念の為にと用意した縄の両端を己と手近な柳の木に括りつけた赤鈴は、試しに2,3度、引っ張って縄の強度を確かめた。 「こうすりゃちったァ川ァ踏み込んでも簡単にゃ引き摺り込まれねェだスよ」 流れる水嵩を減らすことが出来ていれば必要のない手間であったのだけれども。――残念だが、ここは準備周到だったと胸を張っておくことにする。 「――水路に血を流すと言ったら、嫌がられた‥‥」 代わりに、と。水橋が調達してきたのは、潰す前の生きた鶏が2羽。 網に包んで投げ込めば、羽も散らない。――アヤカシが人魂や生肉より、活きた餌に惹かれる傾向にあることは、既に三笠が確認済だ。――近くの家の庭先で飼われていたものを譲り受けてきたという。縄で括られぎゃあぎゃあとけたたましい鶏をぶら下げて平然としているあたり、只者ではないというより‥‥さほど深く考え込む質ではないようだ。 「まぁ運が良ければ生き残るんじゃない。‥‥っていうか、今生き延びても近いうち焼き鳥になるんじゃないの?」 結果的にはどちらも同じ。 あるいは非情なのかもしれない現実から目を逸らさぬよう、リーゼロッテはわざと言葉にして自分を納得させる。若く見られることが多いが、目前の事象だけで正義を測るほど子供ではない。 「では、始めますよ」 得物を手にした仲間たちが人払いをした疎水の両岸に付くのを見計らい、鶏を抱えて橋の上に立ったムリフェインもごく軽い口調で。いつもと同じ笑顔で言葉を紡いだ。 返事の代わりに、 バタバタと騒々しい羽ばたきと荷物を投げ込むにも似た水音が空に響く。 ● 陽光にきらめく漣を遮って、穏やかな水面につと波風が立つ。 ばしゃ、ぱしゃと流れに逆らう生き物が紡ぐ不協和音。皆が息を顰めて成り行きを見守る不自然な静謐の中、水面を打って撥ねあがる水音だけが大きく響いた。――それは、待つ程もなく。氷海、そして、リーゼロッテが巡らせた《瘴索結界》の端に掛った瘴気の気配が大きく揺らいだ。 「来るぞ!!」 氷海が発した鋭い警告と同時に、観楊橋から疎水を見下すエルレーンの視界にゆらりと水底から浮かび上がる不定形の影が映る。ともすれば雲の影のようにも見える淡い翳りは、偽りを砕く《心眼》を通しても消えることなく確かな存在として在り続け‥‥ついに実態を持つアヤカシとして、その姿を現した。 「見ィつけただスっ!!」 ゆら‥、と。 膨れ上がった水面が、鶏を呑みこむ。 鶏に巻き付けた綱に強い負荷が掛るその瞬間――アタリ合わせるかの如く――赤鈴、三笠、ムリフェインが三方向から握りしめた縄を引いた。縄から伝わるずしりと重い手応えに、エルレーンは慌ててその先端を欄干に括りつける。 半ば釣りあげられる形で水中より姿を現したアヤカシに、得物を握る手に自然と力が籠った。 「‥‥炎魂縛武‥‥」 噴出した炎が刀身に花を刻んだ「蒼天花」の刃紋を包み、蒼く透き通った美しい光を飾る。 葦笛の旋律に精霊が集うのを感じたムリフェインも熱を帯びた練力を掌に溜め、アヤカシへと解き放つ機会を測った。研ぎ澄まされた白刃が小さな呼吸と共に鞘走り、秋の陽に白々と怜悧なきらめきを放つ。 釣りあげられ、束縛から逃れようと濡れた巨体をうねらせるアヤカシは噴き上げられた水柱にも似て――弾かれ飛散した水滴が雨のように降り注いだ。 「今です!!」 ムリフェインの声に赤鈴は握りしめた舞靭槍を大きく揮う。 しなやかな緋色の弧を描いて斬撃は清涼なる白梅の香を纏い、リーゼロッテが放った《ポイズンアロー》の禍々しい色の毒矢と共に半透明の身体へと吸い込まれていった。 人為らざる絶叫が大気を揺るがせ、川面を滑る。 容赦なく放たれた攻撃にアヤカシはピンと張りつめた縄を引き千切らんと渾身の力で巨体を捩り、斬撃に切り裂かれた粘膜より血飛沫ならぬ黒い瘴気が噴出した。――血と異なるのは、吹き寄せる川風に払われたちまち霧散する様か。――のたうつ巨体が水面を叩き、撥ね上がり降り注ぐ水滴は氷海が放った《氷柱》の白い冷気に触れるとたちまち凍て付き、氷の鎖となって濡れたアヤカシの身体を縛った。 動きの取れぬアヤカシへただ無心に叩きつけ、斬りつける。さすがに‥‥否、幸いというべきか‥‥《成敗!》を試してみようと思うほど高揚はしなかったのだけれども。 いつしか動きを無くし、ゆっくりとその輪郭を崩しながら瘴気へと変じていくアヤカシを見つめたまま、エルレーンはぺたりと橋の上にへたり込んだ。 倒す端から、アヤカシは沸いて出る。 いったい何時まで続ければ終わりが来るのか。果ての見えない絶望に萎えてしまいそうになる思考を抱え、エルレーンは彼女なりに思案を巡らせた。 「‥‥‥ところてん‥‥」 「はい?」 「ところてん、食べたいなぁ」 穏やかに。 何事もなかったかのように降り注ぐやわらかな陽光の下で、ムリフェインは笑顔を貼り付けたまま小首をかしげた。――これも、食欲の秋なる片鱗‥‥? ● 季節と共に神楽に不穏の影射したのは、招かれざるアヤカシの凶風。 吹き抜ける通りすがりに忌まわしき瘴気の種を撒く。――後手に回ってしまうのは《開拓者ギルド》の性でもあるが――異変の兆しが兇と変じるその前に、察知することができたなら。 魔を祓い、アヤカシと戦う力を持っているのに‥‥否、力を有しているからこそ‥‥歯痒く、己の非力が恨めしい。 芽を出さず潜んだままのアヤカシを見つけ出すのは困難で。 「ぎるどン巫女さぁ全員に頼んで一斉に都中【瘴索結界】張りながら走って貰って、詳しい瘴気地図作ってみるだスか? ンで濃い辺りで兆候の噂ァ調べるだス」 判りやすいが、走らせるには問題の多そうな赤鈴の言にほんの少し逡巡し、それが出来ればと苦笑する。神楽の広さを考えると、必要な手もかなりのものだ。 それならば、開拓者だけではなく神楽に暮らす全ての人々に協力を呼び掛けては、と提案したのは氷海。日頃から常に危機意識を持って当ることが、被害を回避――あるいは、最小限に抑える――最良の方法ではある。 「些細な出来事でも身の回りで不可解な事が起こったら、気易く相談できる場所があれば良いのだが。‥‥例えば、目安箱のようなものを設置して、札を投げてもらうとか」 なるほど、と。 ぱぁと顔を輝かせた真田の横で、水橋は僅かに顎を引いた。異を唱えるというよりは、俯瞰してふと思いついた疑問を口にしたといった口調で。 「――それで‥‥札の検分は、誰がするのだ?」 まずは、そこから。 何を試してみるにも、まずは有志を集め、徒党を組むことから始めなければいけないようだ。――それでも、光明は見えたような気はしたのだけれど。 |