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■オープニング本文 ここは北面に属する街、源繋。生物への関心が特別に高く、様々な施設が取り揃っている。 開拓者達を呼び揃えた、この地の若き領主。その名を高戸 賢吏(iz0307)と言う。たった一代で力を付け、街を発展させた才能の持ち主だ。 そんな彼が急用で外出することになった。そこで、とある依頼を開拓者に頼むため、彼は研究施設へ彼ら開拓者を呼び出したのだ。 ●ふしぎないきもの 研究施設と言うだけあり、中は無駄にだだっ広い。それでもいくつもの水槽が置かれ、水温、明度はしっかり生物に合わせ、調整管理されている。開拓者はある水槽の前で立ち止まった。 そこには、海洋生物が、水槽で一匹気儘に遊泳している。 「………………………」 じぃ、と三十路越えの若干厳ついおっさんが、ウザいほどに目を輝かせ一匹の生物のいる水槽を眺めまくっていた。 彼が賢吏である。 「オーナー! 皆様集まってますよぉ?」 傍らにいた若いスタッフらしき人に注意され、漸くこっちに気付く賢吏。気を取り直して、今しがた眺めていた生物を紹介する。すっごく今更だが…… 「こいつは、新種の生物と言われる『ふしぎ海老(仮名)』です」 紹介された、それ。大きさは一抱えほどだろうか。しかし、足は無く代わりにヒレと思わしきものがいくつも両端に並んでいる。何よりも特徴的なのは、二本のくるんとした硬い触手に、他の生物にはない丸い口だ。 賢吏はこう説明する。とある新たに発見された島に生息していた生物で、今はまだ研究中、とのことだ。 「実はこのふしぎ海老たん、そろそろ餌のストックが無くなるのです」 餌と言うのは、その海で採取された二枚貝だった。 それも貝殻まるごと。 「すぐに無くなる、と言うわけではありません。そこで皆さんに餌を探すと同時に、ふしぎ海老たんの餌を調べて欲しいのです」 楼港で買い物をし、そこでふしぎ海老の好みを調べて欲しい、とのことらしい。 「実際の所、本当に海老たん、なのかすら不明ですから」 そのついでに、色々自由に調べてみてほしい、との話だ。元々このふしぎ海老(仮名)は、とある島で開拓者が発見したものだと言う。 その為か、研究も開拓者に任せてみたい、と言うのが賢吏の見解だ。 ここで、賢吏が一息をつく。 「護大は消えた。瘴気も減少する。きっと遠い未来、アヤカシから生物の世の中になる。勿論、そこに俺はいねぇけどな」 恐らくこれから生物に関する依頼も増えてくる、彼は開拓者達にそう語る。その時代を目指して、これからも自分は日々研究をしているんだ、と続けてから、改めるように笑む。彼の目には、もう先が見えているのかも知れない。 「出来りゃ、コイツら(生物達)と人間の共存。それに、少しで良い。力を貸してほしい」 |
■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 「賢吏さんこんちわー♪ 面白い海老?だねー」 そう挨拶しながら、水槽を改めて覗きこむリィムナ・ピサレット(ib5201)に対し、賢吏は怪訝そうに眉をひそめる。 「テメェ、大丈夫かよそのケガ」 リィムナが深手を負っていることを、彼は気にしていた。 「ん、大丈夫だよ? 心配してくれてありがとう♪」 「それもあるが、別の水槽落ちて餌になったら、魚たん達が腹壊すだろ」 「あ〜、そっちか」 どうやらこの男の生物への愛情は、間違いなく本物らしい。 「詳しいことはノートに、後はスタッフに聞いてくれ。じゃあ、行ってくるぜぇ?」 「いってらっしゃ〜い!」 研究資料一式をリィムナに渡せば、賢吏はそのまま外出。途中何度も研究室へ振り返り、スタッフに出発を急かされていた。 水槽の周りを上へ側面へ後方へと縦横無尽に眺めるのは、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)だ。 「変わった生き物だ」 先ずは観察、と彼女が始めたのはスケッチだった。ヒレ、腹部、尻尾。その細部に至るまで側面や上部、正面までも描いた。 (後は、下から……それと) 「普通に貝入れてもらっていいかい?」 スタッフに頼むと彼は直ぐ、解凍済みの拳大の殻付き貝を水槽に入れた。 「色は黒くてシジミ。けど、大きさはハマグリみたいですね」 貝を眺めていたリィムナの双子の妹、ファムニス・ピサレット(ib5896)が呟いた。彼女はこの後、姉と好い仲にあるサライ・バトゥール(ic1447)と楼港へ餌を探しに行く予定だ。 ファムニスは海老というよりも、この生き物は貝に近いのではないかと思っていた。もし貝なら、名は『ダイダイツバサヒメ』、または『ダイダイツバサヒメガイ』なんて名前はどうだろうか? 泳ぐ姿は飛んでいるみたいで、大きな黒い瞳が可愛いから、というような名を考えた。 さて、ふしぎ海老(仮名)を観察していると貝を見つけて移動し、しゅるしゅると二本の硬い触手を使って掴んで…… バキッバキキィ 殻をかぁるく捻ってヒビを入れて壊し、更に近づくとまんまるのお口に貝を持ってくる。しかし、顎で開閉と言うより、まるでいそぎんちゃくの様に歯を上下に動かし口に運ぶ。そのことに最初に気付いたのは、フランヴェルだ。生体の開口部は、弱点になりうる。これはアヤカシも同じ事が多く、開拓者ならではの観点と言えるだろう。 バキャ、ガグリィ それもまた豪快で、結局殻も身も残さずご馳走様。 「こ……こわいよ」 「ギャップ萌え……えぇー」 ピサレット姉妹の反応は、これである。 (あれ? おかしくないかな) 補食光景を隈無くスケッチしていフランヴェルは、ふとその手を止める。そして疑問に思うのだ。 触手で貝殻を破壊するほどの力があるふしぎ海老(仮名)が、何故貝殻に口でかぶりつく必要があるのだろうか、と。 ● 場は変わって楼港。ピサレット姉妹とサライはこの街でふしぎ海老(仮名)の餌候補を探す。 「じゃあ。アタシは、先に海岸行ってるからヨロシクー♪」 「あ、えっ、お姉ちゃん!?」 (恋仲二人を良い雰囲気にしてあげるなんて、私ってなんて良い姉何だろう♪) という雰囲気を醸し出していて台無しだなぁ、と思うファムニスであった。 ファムニスに、色々な魚が目に移る。市場というだけあり、旬の魚が勢揃いだ。魚だけじゃない栄螺や蛍烏賊等も揃っている。 「どうせなら、活きが良いやつがいいよね」 ふしぎ海老(仮名)が常に食べている貝の殻を借り、同じものがないかと調べるファムニス。しかし、同じものはやはりない。 そんな真面目なファムニスと打って変わって、サライはどこかで少し調査を気もそぞろに行っている。 「サライ君?」 「ふぇ? ああ、何」 「何なら食べると思う?」 「え、ああこれとか、かな」 「……鮪一匹は、大きすぎると思うな」 リィムナは一人、磯で餌探しに勤しんでいた。賢吏の資料によると、ふしぎ海老(仮名)は陸にあがることもあるらしい。 その為に陸地にいる生物を捕まえていた。 「大漁♪ 大漁♪」 額の汗を拭いながら、獲物が沢山入ったバケツを満足げに覗く。そこにはフナムシ、ゴカイ、イソメ、ユムシ、と。人によっては、ウゾウゾうねうねが満載で見るだけで卒倒ものだろう。 そこに市場からやってくるファムニスとサライ。収穫は上々と言ったところだ。 「ひえぇ……」 リィムナの収穫に出たファムニスの言葉が、それだ。サライはと言えば、海に潜る都合か、赤い褌一丁で海岸に現れる。 「ま、まじまじ見られると恥ずかしいなっ」 自ら着替えた癖に照れるサライ。 若干、ファムニスの顔が赤いのは、そのためなのだろう。 「……釣りの餌に少し貰っていい?」 「良いよ〜。でもユムシはあんまり持ってかないでね。後で、食べるから」 そう言って、バケツを指で示す。桃色のブヨブヨが動いている。一瞬固まるファムニスに、リィムナは「わさび醤油で食べると、赤貝かミル貝みたいで美味しいよ♪」と言い放つ。 少しリィムナから離れたところで、ファムニスは釣りを開始した。いつサライが海から上がってきても良いように、焚き火と乾いたタオルを準備しておく。 釣糸を垂らして数分、竿は直ぐに動いた。 釣れる。釣れる。サクラダイや、コハダ等見る見るうちにバケツが水族館と化した。これには、ファムニスも嬉しそうだ。 ザバァ 水に濡れたウサギ耳を垂らし、サライが岸に上がる。その腕には、若布などの海草や海星が、抱えられていた。 (ウミウシ、見つけられなかった) 長い耳の水気を絞りながら、愛しきファムニスのもとへ向かうサライ。海水に奪われた体温は、焚き火に向かうとじんわり戻ってくる。 「あっ、おかえ――」 釣りをしながら、サライへ振り返るファムニス。だが、小さく声を出してから直ぐ様顔を手で覆う。サライも自らの風通しの良さに、察する。 「……わわっ!」 「なんか、可愛いかも……」 「か、可愛いって……ううっ」 ●実験開始 リィムナがいち早く研究施設に帰ると、ガラス机の下に潜るフランヴェルが待ち構えていた。 「やぁ子猫ちゃん」 「何してるの?」 机の不審者に目がいって気が付かなかったが、机の上にはふしぎ海老(仮名)が歩いていた。足が退化しているため、実際はヒレを這うように使用していることから、歩行と言えるかはいささか微妙だが。 「フランさん。餌あげて良い?」 ふしぎ海老(仮名)の裏側をスケッチしていたフランヴェルが小さく頷く。彼女も補食姿を観察したいところだった。 先ずは、と剥き身の貝を試す。先程なら、即座に触手を伸ばしてきたが。 「んー、動かないね」 触手ならずふしぎ海老(仮名)の食指が動かないようだ。続いて殻のみ。 バキッ 今度は直ぐ様触手で捻り潰し、口にもって来始めた。そして、全ての貝殻を口に放り込んだ。またもや、下から覗いていたフランヴェル曰く。 「これは、仮説なんだけどさ……」 先ほど貝そのものをあげた時は、柔らかな剥き身を含む全部食べた事から。貝殻を食すのは食事ではないのかもしれないのではないか、と推論を立てる。首を傾げるリィムナに、フランヴェルは続けた。 「例えば、消化の手助けに貝殻を細かくして使っているのかも知れないのさ」 現に消化のために、石を飲み込む生物は本当にいるのだ。いわゆる『胃石』というやつだ。 「なるほど、賢いんだね♪」 じぃ、とふしぎ海老(仮名)を凝視してから、何を思い付いたかフランヴェルに一言。 「フランさん、試しに指を食べさせてみてよ♪」 「いや流石にそれは……」 ふしぎ海老(仮名)に触手で掴まれ、御無体にされた貝殻を見たのだ。いくらリィムナがキラリン目を輝かせて、無邪気にお願いされたとしても、いくらフランヴェルとはいえ無理な相談だ。 ここで魔法の言葉。 「もしやってくれたら……何でも言う事聞いちゃうよ……?」 「やってみせようじゃないか!」 手のひらをふしぎ海老(仮名)の目の前に差し出すフランヴェル。 ザクッ 試しに、と触手で指を掴むも、口にすることなく離すふしぎ海老(仮名)。賢いなぁと言いながら、リィムナは水槽にふしぎ海老(仮名)を戻す。 これでまた一つ、ふしぎ海老(仮名)の研究は進んだ。 だがしかし、その為に指を捻られた笑顔のフランヴェルの犠牲があったことを忘れてはいけない。 「わああ! フランさん!?」 そこに帰ってくるファムニスとサライ。あわてて手当てにかけよるファムニス。 「おかえり。遅かったね〜?」 「あ……うん」 どこか、顔を真っ赤に口ごもるサライに、まぁいいか、でリィムナは済ませた。 更に実験は進む。先ずは、リィムナの持ってきた磯の生き物虫編だ。水槽の中にうぞうぞとしたゴカイが沈んでいく。 ……食べるどころか、触手を出す気もないらしい。 「全然食べないね」 「まだ、お腹いっぱいにはなってないんだけどね」 他、イソメやユムシも試すが反応はない。 次に試すのは、ファムニスが購入したり、釣ってきた魚だ。なるべく小振りな魚を選んで水槽に落とした。それは釣ってきたサクラダイ。遊泳するタイを見つければ、直ぐ様一直線にふしぎ海老(仮名)は硬質な触手で絡み……あっと言う間に、水槽は赤く染まった 「こ……怖いかも」 「骨から皮まで全部なくなっちゃった」 ふしぎ海老(仮名)の思った以上の大食間に唖然とする。 資料を確認すれば、日に貝十個はペロリと食べきるらしい。 「海の掃除には、ピッタリだね」 魚は、ほぼ問題なく食べた。主に、白身の魚を好むようだ。 最後に、サライが巣潜りで捕ってきた海星だ。スタッフに聞きながら、毒の無いものを選別し、水槽に入れる。 触手を絡めて、裂く。星形のそれは見事真っ二つになる。 「…………」 何故か、一人顔を真っ青にして股を手でしっかり押さえる男の子・サライなのであった。 ● ふしぎ海老(仮名)が食べられるものを纏めると、白身魚、貝、海星等となる。海草は食べない。寧ろ隠れ家にして、遊び始めた。 フランヴェルのスケッチも終わり、丁度昼頃になった。 「わぁ……」 ファムニスは、水槽を仰ぎ見た。そこには、泳いでいるか、漂っているか微妙な動きの魚、マンボウがいる。 この魚もまた、開拓者に釣られたマンボウだ。その大きさに圧倒され、興奮に彼女は小さな口を開け放ちっぱなしだ。それを傍らで見守るサライ。その人の横顔を見ようと、そうっと近付くと…… 「ファム……マンボウみたいな顔になってるよ♪」 「わっ」 囁きながら小さなファムニスの肩を抱き締める。彼女も満更ではないようで、サライの幼くも角張った胸元に包まれていた。 「へぇ〜、2人はもうそんなに仲良しなんだ〜♪」 ニョッキ、と生えるリィムナ。先程の気遣いはどこへやら。 「あ、あの!」 「うん……仲良しだよっ」 ファムニスの屈託無い笑みに、何かが駄目だと覚り、サライの肩を力なく叩くリィムナ。 「お刺身出来たから食べよう」 「……うん」 ● 陶器の大皿には、綺麗な艶よい桃色が揃えられている。こう見ると鶏肉の刺身にも見えるが、ユムシである。体内の腸は綺麗に取り除かれて、リィムナの手によって柵にされた。 飲み物に緑茶を用意し、いざ立食! 「これはいけるね♪」 「本当、おいしいね♪」 味というよりも、食感を楽しむものなのだろう。コリコリという歯触りが心地よい。 本来の目的に使えなかった為、大量に余ったがスタッフ達には良く知った食べ物なのか、抵抗なく一緒に食べてくれた。そして、ファムニスが箸でユムシを摘まんで、暫し視線をとどめてから一言。 「……サライ君。似てるね、可愛い♪」 ブハッ お茶を吹いた。霧状に吹いた。 「エホッ、ゲホッ……ファム、そういう事言わないでよっ」 赤ら顔涙目なサライに、知らない間に何があったのだろう、と密かに思うフランヴェルとリィムナ。そして、フランヴェルはサライに微笑み、彼の名を告げてから…… 「ファムをよろしく頼むよ♪」 「は、はいっ!」 小姑でも無いのに、固くフランヴェルに畏まるサライであった。 ● ユムシも無事腹の中に片付け、他の餌はスタッフの皆様に研究施設で使用して貰えるようだ。 「と・こ・ろで、約束は守ってもらおう♪」 手をワキワキ。満面の笑みのフランヴェル。それに対して視線を反らすリィムナ。逃走せんと足を踏み出す。 「約束? 何の話〜? あ、あれ?」 重傷は、容易くいつもの行動を奪う。そんなリィムナを、軽々抱き上げるフランヴェル。そして、熱い眼差しと笑顔で見つめる。 「リィムナ……」 「ちょっ……放し……あうぅ」 今までしていたバタ足を止め、赤面するリィムナ。これを肯定ととるフランヴェルは、駆け足で部屋を退室した。 「やった……ようやくリィムナをこの手に……! 今夜は寝かさないからね」 (ま、いいかぁ……♪) 二人が消えたのを見送ると、サライがファムニスに話し掛ける。 「ファム、これからデートなんてどうかな? ユムシだけだとお腹すくし実は、楼港で美味しい料理を出す店を探しておいたんだ♪」 あの時のよそ見は、これだったのか、とファムニスは気付く。だが、それを咎める気持ちは起きない。ただ、その気持ちが嬉しくて、手のひらを差し出した。 「うん……これからもよろしくね、サライ君」 去り行く二人の微笑を、ただ一匹の不思議な生物だけが見つめていた。 |