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■オープニング本文 ● 絵師は小皿に溶かした絵具を使い切ってしまうと、竹水筒の水で軽く筆と皿を洗い流して水気を切り丁寧に道具袋に仕舞いこんだ。首からさげた帳面には古めかしい建造物と、三位湖の『伊堂』の風景が色鮮やかに描かれている。 「……美しいところだ」 彼は赤味を帯びてきた空と陰を濃くしてゆく緑を眺め、目を細めて呟く。日暮れ前には街へ入れるだろう。だが、伊堂は盗賊が多いと聞く。彼は網代笠をとると歩調を速めたのだった。 ごく小さな宿屋の二階に入った絵師は旅装を解き、軽い夕餉のあと部屋の障子をあけて月を眺めていた。 伊堂は三位湖の北に位置し、石鏡一の古い都市である。いにしえ神託が降りたとされる神殿が今でも残っていて、そこにまだ眠っている宝物があるのだそうだ。盗賊被害が多いのはこのためだろう。 今日、山間から見た古い建造物がそれなのかどうかはわからないが。 そんな歴史ある古都に住む人々は、安雲や陽天とは違い、静かで敬虔な人柄の人間が多いといわれている。 整然とした町並みの屋根が月光に照らされているのを眺めながら、彼は小さく笑みを洩らした。 「もっとも、本当の宝を隠すための目くらまし、かもしれないが……」 本当の聖地や不可侵の『宝』から人の目や意識を反らすために、仰々しく華美なものを近くに設置してそれを守るということは、いずこでもなされてきた。伊堂の神殿にしても、ひょっとしたら古の守護者たちによって『本当の神殿』はいまだ隠されているのかもしれない――そんな憶測をめぐらせながら眺めるのもいい。 明日は神殿へ絵を描きに行ってみようか……。 翌朝、絵師は街へ散策に出た。通りを突っ切ったら一気に視界が開けた。 三位湖――国の半分ほどを占める巨大な湖。石鏡はこの湖の豊かな恵みを受けている国なのである。 水面がきらきらと日に煌き、風が起こしたものか岸には小さな漣が打ち寄せている。この湖のずっと南に安須神宮の小島があるのだろう。 絵師は帳面を開き、筆を出すとさらさらと写生し始める。 そうして結局その日一日、湖の辺りを歩きながら無心に絵を描いていた。 日も暮れ、さすがに宿に帰らねばと帳面を閉じようとしたとき、ふいに横から男が声をかけてきた。 「うまいもんだね。絵描きさんかい?」 浪人風の男が人懐こい顔で笑いかける。 (気配が……) 絵師は一瞬、男の顔を見つめたが、すぐに微笑を浮かべる。 「ありがとうございます。あちこち絵を描いて回っております」 そういうと、男は、へえ、と言った。 「兄さん、その腕を見込んで頼みてえことがあるんだ。……まあここじゃなんだ。一杯奢るから来てくれねえか」 絵師の目が一瞬眇められたが、男は気付かなかったようだった。 「……絵を御所望ですか」 「ああ。まあ、ちっと難儀な絵だがな」 そう言って軽く笑いながら歩いていく男と自分を窺う目があることに、絵師は気付いた。 (囲まれているな) 確定はできないが、状況的に見てあまりよろしくない客のようだ。 さて、どうしたものか…… ● 警邏番を終えた惟雪は着流しに着替えると通りへ出た。 鍛え上げられた体躯は、その長身と相まって彼を大きくみせる。だが、垂れ気味の目のせいで愛嬌があり、それが威圧感を払拭させていた。 「あ。いけねえ。鎌市の親父んとこへ行かなきゃ」 思い出したように独りごちると、まばらの人通りをひょいひょいと歩き、馴染みの鋳物屋へ入った。 「親父、いるかい」 声をかけると、中から二十半ばの女がひょいと顔を覗かせた。 「あら、惟さん。……お父さん、惟さんよ」 女が奥に向かって言うと、おう、というしわがれた声が聞こえた。惟雪は店の奥へ入っていく。薄いのにタンポポの綿毛のような白い蓬髪の老人が、ぎょろりと彼を見ると、何も言わずに布包みを押しやった。 惟雪は黙って受け取り、包みを開く。 出てきたのは苦無。彼の体格に合わせて造られたそれは、通常の物より大振りである。その分細身だが、この老人の作なら粘りのある強靭な刃となっていることだろう。 惟雪はにっこりと笑った。 「ありがてえ。じゃあ、代金はここへ置くぜ」 惟雪の言に、老人は振り向きもせず『おう』と言ったきり仕事に戻った。いつものことで彼は気にもせず鋳物屋を出た。 ――無論、鎌市の打つ得物は店には置いていないものである。 (なんか妙なのが出張ってやがるな……) さらっと視線を流して、素知らぬ顔で惟雪が入ったのはいつもの店。 「あら、惟さん! いらっしゃい」 わあわあと客が騒ぐなか、女将が愛想よく笑って席を勧める。 惟雪はいつもの所へ座る。ここは中の様子がざっと見渡せ、かつ向こうからは見え難いという場所なのだ。 そして酒を待っているあいだ、彼はふわりと視線を泳がせたあと手元の茶に戻す。 (見かけねえのが四人いるな……) 一人は黒い裁着けの優男。その向かいに浪人風の男が酒をついでやっている。少し離れた席に、二人の男が話もせずに黙々と酒を飲んでいる。 「はいお待ちどう」 女将が熱燗と、ちゃっかり自分の猪口まで持って惟雪の横に陣取る。 「繁盛してるな。新しい客までいるじゃねえか」 酒をついでやりながら言うと、女将は何やらピンときたのか、にんまりと笑った。 「……惟さん。また先にやっちゃって出世ができなくても知らないよ?」 惟雪はちらりと女将を見ると、べつに俸給は今のまんまでいいや、と肩を竦める。 女将によれば、浪人風の男がこの店にきたのは一週間ほど前から。その前は通り一本隔てた店に出入りしていたらしい。 伊堂は大きな街だ。人の出入りは星の数ほどある。浪人風の男がいたとてどうということはない。普通は。 だが、惟雪はどうしても、あの四人が気になってしようがないのだ。 そして、彼は自分のその『勘』を信頼している。 「……そういえばねえ、北真知の奥様がね絵を習ってるんだけど、その絵描き先生が急逝されたんですって。数日前まで元気だったってのにねえ」 女将が惟雪に酒をつぎながら、思い出したように言った。惟雪が片方の眉毛を器用にあげて問い返す。 「数日前までって、なんだぃその間は?」 「数日間、行方がわからなかったんですってよ。で、なんだかぼろぼろになって帰ってきたと思ったら翌日、ぽっくり」 「へえ……ボケかな」 惟雪が酒を口に運ぶ。 「女将、勘定」 「はあい。まいどありがとうございますー」 浪人が声をかけると、女将は愛想を振りまいてそちらに行った。そして、もう一組の男たちも席を立ち上がる。ぞろぞろ店を出て行くのを眺めていた惟雪はふと、黒い裁着けの男と目があった。 (――!) ――その目が、惟雪に頷いていたのだ。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
山奈 康平(ib6047)
25歳・男・巫
ギイ・ジャンメール(ib9537)
24歳・男・ジ
永久(ib9783)
32歳・男・武
明神 花梨(ib9820)
14歳・女・武 |
■リプレイ本文 ● まだ日も出ていない早朝、惟雪は精霊門から現れた開拓者たちを出迎えた。とはいえ、街をぞろぞろ歩けば誰かしらの目にとまってしまうだろう。とりあえず門の傍にある建物に入った。 惟雪は開拓者たちに名乗ると、礼を言って頭を下げた。 「自分たちはまず情報収集から入ろうと思いますが、一つ教えてください。『なぜ』誘拐されたのが絵師さんなんです?」 口火を切ったのは人形のように整った相貌の志士・和奏(ia8807)。 それへ、尤もだ、と頷いた惟雪は経緯を話す。 大祭以後、何故か絵師が行方不明になる事件が続いた。昔から神殿の宝物を狙う賊はいたが、それに関連して身元のわからない死体の、口の奥から丸められた紙――図面らしきものが出てきたことで、確信したのだという。 「……亡くなった絵師さんも、捕まってる絵師さんも災難だったな」 惟雪の話を聞いてジプシーのギイ・ジャンメール(ib9537)が溜息まじりに言えば、少女のような風貌の天河ふしぎ(ia1037)が憤然と頷く。 「人を浚っての悪巧み、正義の空賊としては放っておけないな! それに、命の危険があるなら、早く助けなくちゃ」 「……なんか面白い裏話がありそうだな」 巫女の山奈康平(ib6047)がぼそりと呟く。 「旅の者ならいつ消えたところで誰も不思議には思わねえからな……ただ、神殿の見取り図なんて……いや。とにかくこれがその四人の人相書きだ。あと数人シノビがいるはずだが、顔はわからねえ。こっちが伊堂の簡単な地図だ」 惟雪は苦笑しつつそう言うと、店で見た四人の絵と簡易地図を彼らに渡した。 「あれ?」 ギイが面白そうな声をあげる。そして同じように『ふむ』と呟いたのは武僧の永久(ib9783)だった。 「この絵師、知ってるかも……。志体持ちでシノビの術を使うくせに……」 「……絵しか描かない」 ギイの呟きに苦笑まじりの永久が引き継ぐ。驚いたのは惟雪のほうだ。 「何はともあれ、情報収集が第一かな。敵を知り己を知れば百戦危うべからずっていうでしょ?」 陰陽師の五十君晴臣(ib1730)は穏やかに笑いながら人相書きを懐にしまう。傍らでそれをじっくり見ていた武僧の明神花梨(ib9820)は、ぱたりと尾を振った。 「ほっとけへんな……惟雪さん、力をかしてや」 惟雪は笑ってもちろんだ、と応える。それへ泰拳士の銀雨(ia2691)が訊ねた。 「その浪人が出入りしてる店の女将に話聞けるかな。浪人の来る時間がわかれば店で待ち受けようと思うが」 彼らは二人ずつ情報収集に出ることにした。惟雪は、集合場所を『鋳物屋』に指定する。居酒屋は危険だと判断したらしい。 ● 街は太陽が昇るにつれて活気づいていく。 大店が軒を並べる通りを過ぎ、天河と銀雨は浪人たちが出入りし始めたという店の女将に会った。惟雪の名を出すと、わかっているというように頷く。 「あの浪人ね……毎日じゃないのよ。でも、来るとしたら暮六つあたりよ」 天河はその間にも『人魂』で式を放ち、辺りを探った。 その後、二人は死んだ絵師の家まで歩いてみる。閑散とした場所だった。 (神殿が関係しているなら、アジトはその近辺なのかな?) 思いつつ、天河は通りかかった老人に、ここに住んでいた絵師のことを聞いてみるがこれといった情報は得られなかった。 店に入ってきた山奈を見て道具やの店主は笑った。 「面白い巫女さんだねえ。……絵を描く? ああ、前にもいたかな……」 「へえ、けっこういたんだ、そんな絵描き」 手にした全円儀の穴から覗いた山奈に、道具屋は、一人だけだと笑った。 一方、近辺を歩いていた永久は近所の子供に聞いてみる。 「ここら辺で、何か気になる事とかは無かったかな?」 しゃがんで目線をあわせ優しい笑みを浮かべた男に、子供はすぐ警戒をといた。彼はあっという間に子供に囲まれ、中の一人がこんなことを言った。 「あのね、船に乗ったおじさんと、刀差したおじさんが怖い顔して話してるの見てたら怒鳴られた」 「そうか……怖かったな」 永久はそう言って子供の頭に手をのせた。 和奏と明神は途中まで惟雪と一緒に出た。 ふと、惟雪の懐にある苦無を目にした明神はこそこそっと訊いてきた。 「惟雪さんもシノビなん? クナイやろ、それ?」 「……目ざといな、狐耳の嬢ちゃん。でも内緒にしててくれ」 惟雪が苦笑すると明神は頷いた。 和奏の『おのぼりさん』風の雰囲気は伊堂の人々をさらに親切にするようだった。 伊堂でも物騒なのは空き屋敷が多い場所だという。その場所を聞くと、死んだ絵師の家があった近辺だとわかった。 神殿に来たギイと五十君はぐるりを見渡してみる。なるほど、盗賊が多いだけあって警邏もあちこちに配備され、中には入れないらしい。 五十君は『人魂』の式を神殿に送り込む。そして人相書きの一人が森に潜んでいるのも見つけた。 ギイはナハトミラージュを使いながら男に近寄っていった。 「神殿を侵そうなんてこの不埒者ー! というほど信心深くもないんだけど、他人巻き込むなんてトコトン迷惑な人達」 いきなり現れ、こんなことを言いながら襲い掛かってきたのである。男は仰天したものの、さすがにシノビだけあって反転攻撃も素早かった。 匕首が斜め下から襲い掛かる。ギイの衣が羽のように広がり、凶刃を回避した。そこへ五十君の『斬撃符』が容赦なく襲い掛かった。 もんどりうったシノビに反撃を許さず、ギイは急所に強烈な一撃を放つ。白目を剥いて気を失った男を荒縄で縛る前に、隠し武器がないかくまなく確認した。 「念入りだねえ」 「こないだ捕物したとき隠し武器で縄切られて逃げられちゃったんだよ〜」 唖然としたような五十君にギイは苦笑を返す。軽く笑った五十君だったが、ふと生真面目な表情で神殿を振り返った。 「……あの神殿って図面がいるほどのものかな」 警邏隊がやっと異常事態を察知し、神殿の方からすっ飛んできた。 集まった開拓者たちに、鋳物屋の娘は目を丸くし、鎌市は『まったくあいつは』とぶつぶつ言いつつも、彼らを奥まで通してくれた。 ギイと五十君が捕まえた賊から隠家を聞き出してきた惟雪が戻ってきたのは、しばらく経ってからだった。 ● 暮五つ。 日は西に傾きつつあり、影は長くのびている。昼間でさえあまり人通りはない界隈である。 鈴の音も賑やかに、山奈と明神はある空屋敷の周りをぐるぐる回っていた――かと思えば少し離れた場所に移動する。 荒れ放題の屋敷にいた三人の男の一人が舌打ちすると、傍らの男へ顎をしゃくる。 不機嫌そうな男は乱暴に門脇の出入り口を開けた。ふいに、脇から凄まじい速さで飛んできたものが喉元にピタリと吸い付く。男は反射的に動きを止めた。 (……っ?!) 冷たい刃の感触に冷や汗が流れる。気配さえ感じられなかったことに衝撃を受けながら横目で見ると、信じられないほど美しい青年が言った。 「街中での切り合いは避けたいのですけど」 浪人はふと足を止め、そろりと刀に手をかけた。 日は山入端に沈みかけ、あたりをぼんやりと包み込んで視界を乱す。黄昏のなか、いつの間にか女が立っていた。 「あんたがわるいひとさらいか? やっつけにきたぜ」 浪人は相手が軽装で武器も持っていないことに、鼻で嗤った。 対する女――銀雨の目が笑みに細められた。男がそう知覚したときには、『瞬脚』で間合いを詰めた彼女の拳が鳩尾に入っていた。 「ぅぐっ!」 浪人がくぐもった声を発する。だが、男もまた鍛錬を積んできた者だ。すぐさま離れて体勢を立て直すや、怒声を発して切りかかる。 するりとかわした銀雨が楽しげに笑った。 「我流かぁ。面白いな。……でも、我流は防御が弱いって言われるな」 言いざま拳を放つと見せかけ、体をずらして足払いを食らわせた。転んだ浪人に、彼女はうっすらと笑む。 「それは、我流はやられて学ぶ経験ができないからだ」 乱暴な喧嘩型が混じる戦い方でも、正規の流派で学んだからこその言葉だったろう――哀しいかな、自尊心に凝り固まった浪人の耳には届かなかった。 浪人の周囲にいたシノビ二人を相手取ったのは五十君、明神と山奈である。山奈は明神と五十君に『守護結界』をかけ後衛に回る。 『荒童子』で一人を土塀の上から落とした明神は、 「うち、あんまり攻撃得意とちゃうねんけどな……狐は虎の威を借りるんや♪」 にっこり笑い、七尺ほどある戟を容赦なく振り回す。追い込まれたシノビが飛ばした手裏剣を払い飛ばし、間髪いれず一撃を見舞った。 「あんまり仏さんが眉をひそめるようなことしたらあかんで? バチ当たってからやと、もう遅いんや……なあ?」 足元に転がったシノビを見て、彼女は頷いた。 五十君の放った式の隼がシノビを撹乱し、地上に落とした。山奈がすかさず、用意していた水を浴びせ『氷霊結』を発動させ、動きを封じた。 ――かくして 浪人、シノビ二人は開拓者らによって縛り上げられた。 賊の隠家にされていた空屋敷――廊下の角から飛んできた手裏剣を永久は『覚開断』で弾き飛ばす。 「今頃はお前たちの頭も捕縛されているはずだ。命までは取らん。諦めて出て来い」 永久は薙刀を構えながら声を張る。廊下の向こうから男が現れた。 無表情の顔からは意図は窺えない――突如、シノビは跳躍し、匕首を横合いから繰り出した。 永久は素早く薙刀を回し、攻撃を受け止める。その目が鋭く細められた。 「……言葉が通じるのに、戦うとは……獣以下か……」 シノビを昏倒させるのにそう時間はかからなかった。 あらかじめ『人魂』を飛ばしていた天河は、ギイと奥座敷を目指す。 「ここだ」 奥座敷の廊下の片隅にぽっかりと口を明けた地下への階段があった。 階段を駆け下りると、牢屋の中で端然と座っていた絵師が柔らかく笑みを浮かべる。 「もう大丈夫だよ」 天河は言うと、豪快に牢の鍵を壊し、扉を開けて絵師の手を取る。 「ありがとうございます。あ、ちょっと待ってください」 彼はすでに丸めて束ねておいた紙や道具をごっそり抱えて出てきた。 「あーら、お久しぶり」 大仰に眉をあげて笑ったギイに、絵師は驚いたような顔をしたあと、微笑んで一礼した。 美しい風貌に似合わず、和奏の攻撃は鋭く一人残ったシノビを追い詰める。形勢不利と判断したか、男は身を翻して逃げ出そうとした。 「空賊忍法どこでも畳返し!」 天河の声が響き、床から白壁が生える。 シノビが蹈鞴を踏み、振り向いたときには、和奏の刃が真っ直ぐ突きつけられていたのだった。 ● 再び、鋳物屋は賑やかになる。 「絵師さん、お茶飲む? 今までどんな所見てきたん。絵、見せてもろてもええかな?」 明神は懐から桜茶を出しながら、尻尾をパタパタさせた。絵師は微笑んで礼を言いながら、首から下げていた帳面を彼女に渡した。 桜茶の柔らかな香りが奥の間を満たすころ。 「神殿の図面じゃない?」 惟雪は目を丸くしたが、やはりそうか、と呟いた。 絵師は牢の中で書いていた図面を広げた。それは何枚にも及び、つなげていくと巨大な『何か』の図面になるのだが、一枚一枚は非常に詳細に書かれている。彼は測定器類も一緒に持ち出しており、それが正確さを求められた故だとわかる。 彼らが街を歩いて持ち寄った情報――これらは今回の件が何かの一端であることを窺わせる。 山奈が言ったように、『裏』が存在するのだろう。だが、それを炙り出すためにはこの情報を擦り合わせ、調査し吟味していかねばならず、それは惟雪のこれからの仕事だった。 「何はどうあれ、助かりました。ありがとうございます」 絵師はそう言って人々に深々と頭を下げる。 「……それを言うなら俺もだ。あんたたちには心から感謝する」 惟雪もまた開拓者の面々に向かって一礼した。 下っ端役人である自分一人では、この絵師の命を救うことさえままならず、こんな短時間ではとうてい集められなかったであろう多くの情報である。 そして、顔を上げると、にやりと笑ってみせた。 「まあ、また気が向いた時には伊堂へも寄ってくれ。……ご覧のように騒がしい街だがな」 精霊門へ行く途中、開拓者たちは三位湖をのぞむ展望台に立ち寄った。 碧い水面に空を映す湖はただただ静かだった。 |