夜来
マスター名:昴響
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/30 16:53



■オープニング本文


「あ、絵師さん。お風呂もう少しで入れますから……あら、それは?」
「描き損じたものです。釜にくべてもよろしいですか? あとは私が火の番をいたしますから」
 絵師を誘拐した賊を捕縛し、翌朝、開拓者たちが神楽の都へ帰って行ったその日――鎌市の娘・みはなは絵師のために早朝から風呂を沸かしてくれていた。
 彼女は『あら、助かります』と笑って釜の前をあけ、絵師と交代した。
 彼は丸めた大量の紙をぽいぽい火に入れる。紙は勢いよく燃えあがり、あっという間に灰になった。
「いいのかい。せっかく描いた『絵』だったんじゃねぇのかい」
 ふいに、背後から面白がるような老人の声がした。絵師は振り向き、鎌市に軽く笑む。
「なに、失敗作など持っていたところで何の役にもたちませんよ」
「……ちげぇねえ」
 いつも憮然とした顔の鎌市にしては珍しく、可笑しそうに笑うと顔を洗い、仕事場に入っていった。



 小船に乗り、刀を抱えて座っていた男は日の位置を確認した。約束の刻限は過ぎている。いつもならこんなに待ちはしない。
「おい。様子を見て来い。俺は先にお方様へ報告へ向かう」
 漕ぎ手の一人に言うと、男は頷き、小船から岸までの一丈ほどを跳躍すると走り去っていった。小船はゆっくりと向きを変え、岸から離れていく。
 シノビの報告を待たず、その理由は『主』からもたらされた。現在、捕縛された盗賊一味は取調べを受けている、と。
「消せ」
「はっ」
 『主』は一言いい放ち、衣擦れの音とともに御簾の向こうへ消えた。



 番所の取調べは何故か遅々として進まず、惟雪は見張りに金を掴ませて浪人と対面した。
 死んだ絵師とのつながり、旅の絵師を拘束するまでの経緯などを聞きだす。船に乗った男の話を持ち出すと、乗せろ乗せないで問答になったと言うが、惟雪は信じなかった。
「ふうん……で、その船の男ってぇのは、どこのもンだぃ?」
「……知らん」
「まぁ、いいや。あの図面がなんなのかは知ってんのかい」
「神殿の図面だ」
 浪人の応えに惟雪は大仰に驚いてみせた。
「おいおい、あれのどこが神殿の図面だよ。どう見たって規模が違うだろうが!? 保護した絵描きは、元の図面も『写し』だろうって言ってたぜ。お前さんたちが妙な気を起こさねぇように、いろいろ空欄だったんだな」
 とたん、浪人の顔色が変わった。
「……殺される……! 助けてくれ、殺される!」
 これまで幾人もの命を躊躇もなく奪ってきたであろう男が命乞いか……惟雪は吐き気がこみ上げてくるのを堪えた。
「刑罰についちゃ、俺に権限はねぇからな。取調べであらいざらい吐いちまや、死罪はまぬがれんじゃねえか……運がよけりゃな」
 惟雪が言ったとき、見張りの男が時間を知らせてきた。仕方なく彼は立ち上がる。それを追いかけるように浪人が悲鳴のように叫んだ。
「……助けてくれ! あの男は雇われの用心棒だ! 俺たちは用心棒から指示を受けてたんだ!」
「わかった。とにかく取調べまで待ってろ」
 惟雪は振り向いて浪人に言うと、牢を出て行った。そして、浪人の取調べの日時を早めるよう陳情して番所を出たのだったが――

 翌日、見張り番が牢の中で浪人とシノビ六人が死んでいるのを見つけた。


 みし、という微かな音に、絵師はすっと目を開けた。次の瞬間、天井から黒い影が落ちてくる。
 絵師は横転して白刃を避け、手刀でシノビの肘間接を打った。相手が一瞬ひるんだ隙に体勢を立て直し身構える。
 シノビは匕首を逆手に持ち替え、跳躍と同時に横薙ぎに切り払う。が、絵師の苦無が甲高い音をさせて受け止めた。
「……! 貴様、シノビか! 図面はどこだ」
 シノビは驚愕に瞠目し、さらに憎悪を込めて絵師を睨みつける。彼は笑ったのか……微かに目を細め、静かに言った。
「私はただの絵描きですよ。それに、いま図面はありませんよ」
「嘘をつくな……っ!」
 シノビが匕首を持つ手に力を込めたとき、ふいに勢いよく飛び退いた。それを追って鋭い風切音と何かを打ち付けるような音が立て続けにおこる。シノビは障子を開けて外に飛び出すと跳躍し、闇の中に消えていった。
 部屋は再び、しん、と静まりかえる。
 絵師は梁に突き立った苦無を引き抜き、戸口に立っている老人に苦笑してみせた。
「……如何、とはお聞きしないほうがよろしいようですね」
「お互いにな……」
 鎌市は暗がりの中で同じように苦笑したようだった。絵師は苦無を老人に返しながら、さて、と呟いた。
「……いつまでもここにいるわけにはいきませんね……裏があるにせよ、せめてあれらだけでも片付けておかねば面倒です」
「開拓者に頼むのか?」
 家を寄り合い所にされた鎌市は、またか、と憮然とする。絵師は軽く笑ってごく低い声で言った。
「はい。彼らの協力が得られれば大きいですし。でも次は外でやりますから、ご安心ください。……『図面』も用意しましょうか」
「……おぃ、あの図面は……」
 鎌市は怪訝そうに言いかけ、絵師の顔を見てやめた。
「大丈夫ですよ」
 そう微笑を浮かべた絵師に、食えねぇ男だな、と鎌市は苦笑した。

 再び開拓者ギルドへ応援要請が出されたのは翌朝のことだった。


■参加者一覧
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
五十君 晴臣(ib1730
21歳・男・陰
羽紫 稚空(ib6914
18歳・男・志
ライナー・ゼロ・バルセ(ib7783
17歳・男・騎
ギイ・ジャンメール(ib9537
24歳・男・ジ
永久(ib9783
32歳・男・武
明神 花梨(ib9820
14歳・女・武
雪邑 レイ(ib9856
18歳・男・陰


■リプレイ本文


 鋳物屋の娘・みはなが店を開けると、白塗りの杖を持った明神花梨(ib9820)がにっこり笑っていた。
 ほんの数日前に見た顔だ。みはなは笑って少女を招き入れると、絵師を呼んだ。
「久しぶりやな」
 尻尾をふさふさ揺らして絵師に言う。絵師は少し驚いたようだったが、『数日ぶりですね』と笑った。
 もう一人の同行者を待ちながら、明神は牢の中で殺されていた浪人たちに対してこう言った。
「……念仏あげとくな。どんな人でも、死んだら精霊さんのとこへ行くんや、きっと。アヤカシになるなんて絶対あかん! せやから、うちは弔いを希望するねん。そこは、僧侶として譲れん部分や」
 耳を伏せながら話す明神を、絵師は黙って見つめている。
「あ。でも、仲間がやっつけられる心配はしとらんで、皆強いもん♪ ただ誰も、血に染まって欲しくない思うねん。うち深く考えるんは苦手な方やけど……そう願ってしまうんや。……あー、今、甘い思ったやろ? ……それでも祈ってしまう。うちも、武僧のはしくれやもん……」
 そう願わずにいられぬほどの修羅場をくぐってきたのだろうか、絵師には開拓者として生きる少女の内情を知る由もなかったが――
「よろしいと思いますよ。誰に甘いと言われようとも、貴女がご自身の心に正直である限り、それは大きな力となっていくでしょうから」
 そう言うと、明神は二、三度まばたきし、次いで莞爾と笑った。
 そこへ、惟雪に案内されて羽柴雅空(ib6914)が絵師の部屋へ入ってくると、ぴょん、と何かが飛び出した。
「わ!」
 羽柴は驚いて一歩退き、明神も突然の訪問者にのけぞる格好になった。
 鼠はちょろちょろと絵師の膝元へ近寄ると、くわえていた紙を落とす。絵師はそれをつまむと辺りを窺うような仕草をした。それに気付いた羽柴が『心眼』を使って怪しい者の気配を探った。鎌市の家が見張られていることは先刻承知である。幸い、この家の中に怪しい者の気配はなかった。
 絵師はさっと紙に目を通し、さらさらと書付をして細く折る。鼠はそれをくわえて身を翻した。
 惟雪が珍妙な顔で訊く。
「なんだい?」
「陰陽師……五十君さんの式ですね。道筋と時間、永久さんからは図面のことを」
「なる……。あ。そういや。茶店でこないだの泰拳士の姐さんに会ってな、暇らしいんで頼んでみたぜ」
「それはそれは」
 絵師は軽く笑うと、『図面』の準備を始めた。

 夏の着物をさらりと着こなした五十君晴臣(ib1730)は、旅装の永久(ib9783)とともに茶店に座っていた。そこへ式が手紙をくわえて戻ってくる。拾い物をするように身をかがめた五十君は、そっと手紙を掌に収めると立ち上がった。
「さて、神殿へご案内しましょうか」
「頼む」
 一見、旅の僧を案内するように歩き始めた五十君に永久が続く。
 鳥居をくぐり、杜を抜けると神殿が見えてくる。警邏に立っている衛士に中へ入れないか聞いてみたが、先だっての盗賊騒ぎにお上から立ち入りを禁止するよう命じられたのだという。
 仕方なく二人は神殿のぐるりを回ってみる。
 ――ここに一体なにがあるのか……まったく、片付いたかと思ったら上っ面の草を刈っただけとはね
 心中で呟いた五十君は『人魂』を飛ばして周辺を確認したあと、絵師からの手紙を開いた。
「……なるほど」
 呟いて、永久にそれを渡す。紙面にあった短い文面に、彼は金の目を見開き、思わず苦笑をもらした。
「やれやれ……随分、厄介事に好かれている人だね……」

 夕刻、鋳物屋へふらりと入ってきたのはギイ・ジャンメール(ib9537)だった。
「いや〜なんかさぁ、あれで終わりって感じじゃなかったよね〜。絶対裏にいそうだったもんなあ」
 そう言って苦笑すると、絵師を見て悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「今回は絵師さんも戦わないとだめかもね? 一緒に頑張ろうねぇ」
 絵師は珍しく眉間に皺を寄せると、深い深いため息をついた。ギイは軽く笑い飛ばすと、また後でね〜と店を出て行った。

 月が昇り、伊堂の街も眠りにつきはじめる時刻。
 絵師は黒い裁着けに後付け行李をかつぎ、図面を抱えて立ち上がった。
「そいじゃ、俺も一肌脱ぐか! 俺も一緒に囮になってやる。敵の注意それれば仲間も攻撃仕掛けやすくなるだろうしな」
 羽柴が景気よく言って立ち上がる。明神もそれへ続いた。
「……絵師さんよ。餞別だ」
 鎌市がぶっきらぼうに差し出した包みを受け取り、その重みに瞠目する。
「……これは……」
「お父さんの趣味よ。ね?」
 鎌市の後ろからみはなが笑う――なるほど、鋳物屋の『奥の客』が多いことがやっと理解できた。
「まあ、咄嗟の払いくれぇには役に立つだろうさ。達者でやれ」
 そう言って仕事場に戻っていく鎌市に絵師は深々と一礼したのだった。

 一方、別行動をとっていた騎士のライナー・ゼロ・バルセ(ib7783)は伊堂から延びる街道の林の中に潜んでいた。
「……さて。そろそろかな」
 バルセは呟き、闇に沈む街道の向こうを透かし見るようにする。おそらく物陰には陰陽師の雪邑レイ(ib9856)がいるはずだ。二人とも別々に伊堂へ入り、街を見て回ったあと、戦闘区域となる街道へ出てきた。
(シノビか……やっかいだな。そろそろ絵師の動きを知っておくか……)
 雪邑は『人魂』を放つと、事前に知らされた鋳物屋あたりの様子を探った。
 そして、惟雪に引っ張り込まれたらしい銀雨(ia2691)は、暗闇の中、街道の出入り口付近に潜んでいた。彼女の目的は相手の伏兵だが、いなければいないでいい――淡々と手甲の紐を締めなおした。


 月明かりの下、明神の持つ松明がゆらゆらと揺れる。
 羽柴の『心眼』が闇の中に潜む仲間らしき気配と、前方から両脇へ散らばる気配を感知した。同時に、五十君の梟と雪邑の白狐もそれらを捉えた。
「その図面、渡してもらおうか」
 絵師たち三人の前に用心棒と三人のシノビが立ちはだかった。
 羽柴と明神が絵師を庇うように前へ進み出る。
 用心棒が『やれ』と顎をしゃくると三人のシノビが襲い掛かってきた。羽柴が『瞬風波』を放ち、風の刃がシノビたちを牽制した。
 用心棒が刀に手をかけたとき、横合いから松明が飛んでくる。刀で弾き飛ばした次の瞬間には、凄まじい速さで赤い刃が迫っていた。刃がぶつかり甲高い音をたてる。
「手合わせ願おうか」
 永久は金の瞳を光らせながら、口元に薄い笑みを刷いた。

 散開したシノビの動きを捉えた銀雨は、
「あんたにするか」
 言いざま攻撃を仕掛ける。シノビは咄嗟に後退するが、『瞬脚』で距離をとらせず『正拳突』を放った。
 咄嗟に鳩尾に力を入れたものの、強力な一撃はシノビの動きを鈍らせた。横飛びに身を翻し、手裏剣を投げ撃つ。
 銀雨は咄嗟に身をかわす。避けきれなかったものが腕を掠めていったが意に介さず、『瞬脚』によって間合いを詰めた彼女はにやりと笑った。
「捕まえたァ。これなら、暗くても関係ねェよな」
 そして、拳を真っ直ぐ叩き込んだ。

 絵師たちの背後に回りこもうとするシノビを捉え、バルセは快心の笑みを浮かべた。
 攻撃あるのみ!
「おっしゃ、任せろ! シノビども、覚悟しやがれ!」
 闇から躍り出ると『ブラインドアタック』でシノビの手首を狙う。太刀筋が読めず、慌てて身を引くシノビに『ポイントアタック』を仕掛ける。だが、それは匕首に阻まれ、弾かれた。シノビは跳躍とともに後退しつつ、手裏剣を放つ。闇の中から襲い掛かる複数の刃すべてを避けることができず、バルセの腕を切り裂いた。
 反撃に移ろうとしたシノビの足に、白狐が絡みつく。
「ぬ!?」
 シノビが苦無で切り払うと、それは微かな唸り声を発して黒い灰となった。
 雪邑は更に青い火の玉――『吸心符』を呼び出し、シノビの体力を奪い取る。よろめくシノビを逃さず、バルセが押さえ込んだ。

 絵師たちの後方から追っていた五十君は、『人魂』によってシノビの動きを確認する。松明の明かりが届かない闇から襲い掛かる手裏剣を『斬撃符』で弾き、更にシノビの手足を狙って放つ。間髪いれず『呪縛符』を放つと、くぐもった唸り声が聞こえた。
 転がったシノビに近づいた五十君は、荒縄で捕縛しようとして、
「……と、調べなきゃいけなかったね。男の身体を触るのは趣味じゃないけど、そうも言ってられないか」
 苦笑して独りごち、隠し武器がないか手早く確認した。

 ナハトミラージュで姿を隠しながら移動していたギイは、シノビを発見した。
 『喧嘩殺法』で攻撃を仕掛ける。対するシノビの目には目茶苦茶な攻撃に見えただろう。苦無で弾くも、ギイの舞のような動きを見切れない。一瞬を逃さず切り払った攻撃は、『シナグ・カルペー』で鮮やかに回避された。次の瞬間、首筋に強打を受け意識が暗転した。
「シノビの人は油断ならないもんね〜。ねっ?」
 ギイは隠し武器がないか探りながら昏倒したシノビに言うが、無論、返答はなかった。

 永久は用心棒の攻撃をひらりとかわし、絵師に目を走らせて苦笑した。
(守るというのが、仕事だしな……必要ないかも、しれないが)
 絵師は明神に襲い掛かろうとしたシノビへ苦無を放ちつつ、真正面に迫った凶刃を鎌市が餞別にくれた苦無で受け止めた。大振りの苦無は絵師の手に馴染み、シノビの匕首を難なく受け止めてその刃を折るほどの業物だった。
 絵師は図面を躊躇なく放りだすと、シノビの懐に飛び込み、苦無の柄で鳩尾を深く抉った。
 髪の毛をつかまれた明神は小さく悲鳴を上げると、持っていた松明で殴りつけ、ついでに『荒童子』を放つ。間近から攻撃を受けたシノビは衝撃によろめいて膝をついた。
「髪は女の子の命やもん、精霊さんやって怒っとるで、きっと」
 杖を突き出しながら、片方の手で髪をおさえて涙目で抗議する。
 覆面の下から明神を睨みつけたシノビの足へ、雪邑の白狐が纏わりついた。次いで青い炎が張り付いてふらふらになったシノビの頭に、バルセが『げんこつ』をお見舞いした。
「雪邑さん、バルセさん」
 明神はバルセの傷に気付き、慌てて『浄境』を施した。
 羽柴の瞬発力と『フェイント』は相乗効果をもたらし、飛び道具を使わせることなく、シノビの体力を消耗させていった。左右に苦無を薙ぎ払うシノビの攻撃をするりとかわし、攻撃に見せかけたロングソードをくるりと回して柄で峰打ちを叩き込む。
 シノビは声もあげずにばったりと地に沈んだ。
「へへっ、いっちょあがりぃ♪」

 薙刀に刀が敵うはずもないが、数に頼んで甘くみていたのか……用心棒の居合を受け流した永久は、『覚開断』で刀を弾き飛ばすと、大きく踏み込みながら『烈風撃』を放った。
 衝撃波に吹っ飛ばされた用心棒は、うめき声をあげ上半身を起こすと、懐から短刀を抜き放つ。そして逆手に持ち替え、自身に突きたてようとした。
 永久は咄嗟に『一喝』を放って相手の動きを止めると、薙刀で短刀を弾き飛ばした。
「何のつもりだ!」
「……殺せ! どのみち牢に入ったところであの浪人と同じことになる」
 用心棒は永久を睨み上げながらそう言った。眉をひそめた永久の後ろから女の声がした。
「で? シノビを十何人も使い捨てにするそいつらァ、なんなんだ」
 昏倒したシノビを引きずって、合流した銀雨が胡散臭そうな口調で聞く。ギイが賛同するように呟いた。
「俺個人は図面なんかには興味もないんだけど、どういう目的で狙われてるのか、真相は知りたいなあ」
「あれは……」
 五十君は言いかけて絵師を見る。派手に散らかった『図面』を拾いながら、彼はこともなげに言った。
「あの図面は、神殿ではなく『遺跡』の見取り図だと思われます」
「遺跡ぃ?」
 ギイが素っ頓狂な声をあげるのへ、絵師は頷く。そして、縛り上げられた用心棒へ図面を開いてみせる。
「申し訳ありませんが、あれは風呂の火を起こすのに使用させていただきました。私が『元絵』としていたものも含めてね」
 絵師が手にしていたのは紙面に適当に配置された四角形が書かれたものだった。さすがに用心棒も愕然としたようだ。
「……宝の山だぞ……それを……」
「遺跡には宝珠があるといいますね……必要な方は必要なんでしょうけれど、絵描きの私にはあまり興味もありませんでしたので」
 しゃあしゃあと言ってのけた絵師は穏やかに笑う。
「じゃあ、もう図面のせいで死ぬ人はいなくなる……?」
 どこかほっとしたような明神の言葉に、絵師は首を振った。
「それはどうでしょうか。本物の図面はこの方の雇い主がお持ちでしょう。信憑性があるのかどうかは疑問ですけれどね」
 絵師の言葉に、だが、用心棒は無表情に見返すだけだった。
「でも、遺跡の図面なんてどこから……」
 五十君が首を捻る。
「骨董屋だろうか……」
 ふと思いついたように雪邑が呟く。
 やがて警邏隊が駆けつけ、縛り上げられたシノビと用心棒が引っ立てられていった。
「ありがとうよ。世話になったな」
 惟雪は開拓者たちに笑ったが、どこか浮かない表情の彼らを見て不思議そうな顔をする。そして、彼らの懸念を聞いて苦笑した。
「番所へ圧力をかけられるような人間か……。ま、動けるとこまでは動いてみるさ。あの用心棒も無駄に殺させたくはねえが、あの様子じゃあな……また何かあったら開拓者ギルドに応援出すか。そんときゃよろしく頼む」
 惟雪は開拓者たちにニヤリと笑ってみせると、絵師のほうへ顔を向けた。
「……あんたにゃ、もちっと俺を手伝ってもらいてぇなあ……」
「ご免こうむります」
 絵師はにっこり笑って惟雪の言葉をぴしゃりと遮った。
 思わず失笑した開拓者たちに肩を竦めてみせた惟雪は、それ以上絵師を引き止めるようなことはしなかった。
 伊堂へ戻る開拓者たちと惟雪に、絵師は穏やかに微笑んで一礼した。
「それでは私はここで。お世話になりました。どうぞ皆様お健やかに」
 野宿か、との問いに絵師は屈託なく、はい、と頷く。
「まあ、また寄ってくれ」
 軽く手をあげた惟雪に微かに頷き、絵師は踵を返した。


 図面に纏わる事件がこれで終わるのかどうかはわからない。
 だが、惟雪は開拓者たちからもたらされる情報を元に、着実に真相を探っていくだろう。
 絵師はふと帳面を開きかけ……やめた。

 振り向くと、闇の中、うすぼんやりとした明りに伊堂の街が浮いていた。