蠱血鬼
マスター名:昴響
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/04 05:45



■オープニング本文


 豪奢な館はこの界隈でも随一といわれるほどの富豪の家らしく、置かれた調度は金銀をふんだんに使用した一級品ばかり。足元にはジルベリアからわざわざ取り寄せたという敷物が惜しげもなく敷き詰められていた。
 なかでも特筆すべきは壁のいたるところに飾られた数々の『武器』であろう。それこそ天儀はおろかジルベリアや泰の物までがこれみよがしに飾ってある。
 アル=カマルから来たと言う老いた商人はそれらの武器に驚いたようだった。
「はっはっはっ。こう見えても昔は腕自慢で鳴らしたものさ。中でもあの円月刀が得意でな」
 富豪は豪快に笑って見せると、背後にある大きな円月刀を示した。
「もう、あなたったら……!」
 隣に座っていた夫人が、卓に広げられた宝石を手に取りながら窘めるふりをする。
「おお。あんな長大な刀を! さぞ見事なお姿でございましたでしょうな」
 商人は感心したように何度も頷き、富豪は自慢げに笑う。そして昔の武勇伝を語って聞かせた。ひとしきり喋ると喉が渇いたのか、召使に酒を持って来るよう言いつけた。
 館の台所で酒の用意をしながら召使がぶつぶつこぼす。
「旦那様ったらまた自慢話。あんなぶよぶよの体で刀なんか使えるわけがないわ」
「いいじゃない。商人だって儲かるんだから、聞き流してるわよ」
 召使たちはひそひそと嘲笑を交わすと、仕事に戻っていく。
 酒を盆に乗せて主人と客のいる部屋へ入ろうとしたとき、
「アル=カマルの秘薬?!」
「し。旦那様、お声が大きゅうございます。……秘薬、というより仙薬と申したほうがよろしいでしょうか。呪術者が己の身体能力を高めるために調合された薬です。かの地では延命薬とも言われております」
 主人と商人のそんな話し声が聞こえた。
 富豪夫妻は大喜びで商人が持ってきた大きな翡翠とともに、その秘薬なる怪しい代物までも購入した。
(ただの栄養剤か何かでしょうに……うちの旦那様って、ほんとバカね)
 召使は肩を竦めると、すました顔で部屋へ入り主人の前に酒を置いた。
「ありがとうございます、旦那様。それではわたくしはこれにて」
「うむ」
 商人が恭しく一礼するのへ、富豪は『下がれ』というように手をひらひら振った。

 各地の特産品が集まるという陽天は、物が集まるのと同じに人間も集まる。毎日が祭りのような賑わいをみせ、人と物、双方の出入りが激しいために他人のことにはあまり関心を示さない。
 老いた商人はひとけのない路地裏に入ると、頭に巻いていたターバンのような布をするすると外し、速やかに着替える。
 そして、何かを剥がすような仕草をした。すると路地の壁が消え失せ、たたまれた屋台が現れた。
「どんな怪物を飼っているものか……見物だな」
 老人は喉の奥で、くつ、と笑うと屋台を引きながら陽天の雑踏の中に消えていった。


 その日の夜、陽天の一画で陰惨な事件が発生した。
 館の主人に切りつけられた召使が血まみれで助けを求め、役人が駆けつけた時にはすでに虫の息だった。
 彼女の途切れ途切れの言葉をまとめると――

 夜、奥方と酒を飲んでいた館の主が、急に暴れだした。駆けつけた召使は、切り殺した奥方の喉笛に喰らいついているのを目撃し、絶叫して逃げ出した。
 それをものすごい速さで追ってきた主に背中から切りつけられたが、他の召使たちが大勢で主を抑えようと組みかかった。
 だが、肥満体の主とは思えぬほどの怪力で彼らは弾き飛ばされ、次々に切り殺されていったのだという。
 その召使は、じりじりと後退しているとき、死んだはずの奥方が幽鬼のようにふらふらと歩いているのを目にし、とにかく必死で館を抜け出したのだ。
 息を引き取るとき、彼女は言った。
 あの怪しい秘薬のせいだ、と――

 役人は首を傾げながら、数人を引き連れてその館へ行った。
 この界隈でも有名な富豪の家だ。
 豪奢な門はぴたりと閉じられ、耳を澄ましても今はなんの音も聞こえない。凄まじい絶叫が響いていたせいか、近隣の家々も扉や窓をぴったりと閉め、息を殺しているかのようだった。
「気をつけろ」
 部下にそう告げ、自らも剣を引き抜く。
 表門は閂がかけられているらしく、彼らは裏口へ回る。
 あの召使のものなのか、扉にはべったりと血糊が着いていた。
 役人たちはそろそろと館の中に入っていく。
 ――と。
 ふらふらと歩いてくる人影が見えた。肩から腹にかけて斜めに切られ、血まみれだった。
「お、おい、大丈夫か!」
 歩いているのが不思議なほどの大怪我に、思わず役人が声をかける。
 それは、濁った目を見開き口角を吊り上げ三日月型に口を曲げると、両手をあげてゆらゆらとこちらへ向かってきた。
「ひっ……屍人だ……」
 誰かがぞっとしたように口走る。それが引き金となって、役人たちは恐怖に駆られ館を飛び出した。そして、屍人が出てこれないよう裏戸口に外からつっかい棒をかませた。
 どん、どん、と扉を叩く音が響く。
 役人たちは青ざめ、及び腰になったが、責任者らしき男はなんとか勇を奮い起こし、てきぱきと指示を出した。
「近隣から板切れと大工道具を借りて来い! お前は確か足が速かったな!? 開拓者ギルドへ応援要請を出せ!」
「かっ、かしこまりましたッ!」
 役人たちは背筋を伸ばすと駆け出した。
「……怪しい秘薬だと……?」
 責任者は剣を構え、冷たい汗を感じながら呟いたのだった。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
煌星 珊瑚(ib7518
20歳・女・陰
香(ib9539
19歳・男・ジ
フランベルジェ=カペラ(ib9601
25歳・女・ジ
黒澤 莉桜(ib9797
18歳・女・武
陽葉 裕一(ib9865
17歳・男・陰
シオン・ライボルト(ib9885
17歳・男・砂


■リプレイ本文


 様々な店が並び旅人や業者が往来する陽天は、毎日が祭りのような騒ぎだ。
 フランベルジェ=カペラ(ib9601)は香(ib9539)とともに『富豪』について調査にまわっていた。見目麗しい踊り子たちの質問に、たいがいの者は快く応えてくれる。
 だが、屋敷内部を知っているものはほとんどおらず、かわりに出てくるのは悪評ばかりで、かなり汚い商売で成り上がった男らしい。
「強欲が身を滅ぼすって言うのかしら? こういうの……」
 カペラは呆れたように呟く。
「姐さん、もうエェんちゃう? なんぼ叩いても臭いホコリしか出てけぇへんわ、これ」
 香の身も蓋もない言葉に苦笑しつつ、調査は切り上げた。

 今回の依頼主である役所にはすでに開拓者たちが集まっていた。
 女性にしては背が高く『七支刀』を提げた武僧の黒澤莉桜(ib9797)は、屋敷で働いていた人数などを確認しつつ、独りごちる。
「……秘薬によってアヤカシになってしまった、ですか。万が一にも大量に出回っていたら大変なことになりますね」
 彼女の独り言を耳にした魔術師・鴇ノ宮風葉(ia0799)は、辟易したような口調で洩らす。
「ゾンビに吸血鬼、魔法のお薬。……なーんか、タチの悪い小説読んでる気分……」
 役人が、以前富豪の屋敷で働いていた者を探し出し、簡易な見取り図を作成していた。『屋敷』といわれるだけあってかなり広い。石造りのその館の北側は昼間でも薄暗いため、いつも火が灯されていたという。
 それらを鑑みて松明と、カペラの要望で全員分の呼子笛が用意されていた。
 屋敷の見取り図を見ながら、志士・杉野九寿重(ib3226)は足場などの質問をいくつか役人に投げ、その返答に小さく頷いている。
 使用人は十人ほど。最初の犠牲者は奥方――おそらく、屋敷の中は凄惨な有様だろう。
(館の外にだけは出さないよう……どこまでやれるかわからないけど)
 裏口の守備に立つことになった陽葉裕一(ib9865)は、再度、符と剣の確認をする。その陽葉の前衛として裏口を見張るのは、彼と同じ陰陽師の煌星珊瑚(ib7518)。
「ほな、富豪のお宅訪問始めんでー」
 香が無表情に開始宣言の一声をあげた。


 役人に案内されたのは外側から打ち付けられた屋敷の裏口。石壁に囲まれた一辺を見る限り、確かに豪邸である。
 昼間ということもあり、興味深そうに彼らを覗き見する住人たちも多数いたが役人たちに追い散らされる。
 今回が初の依頼参加だという砂迅騎のシオン・ライボルト(ib9885)は、石壁の向こうの建物を見あげ、緊張気味に鴇ノ宮にペコリと一礼した。
「館ってここか……鴇ノ宮さん、今回はよろしくお願いします、頼りにしてますよ。……って、鴇ノ宮さん、笑顔が恐い、ような……」
 つるりと落ちてくる冷や汗を感じつつ、ライボルトの笑顔が固くなる。
「しっかり守りなさいよ? なんたってあたし、か弱くてちっぽけな可愛らしい女の子なんだからね?」
 ベテランの域に達している鴇ノ宮はニンマリと笑みを深くした。その実、今回組むことになったこの駆け出し開拓者は自分が守らねばとも思っているが、そんなことはおくびにも出さない。
 裏口に打ち付けられていた板が一枚、二枚と外される。
 『心眼』を発動させていた杉野が刀を抜き放つ。
「その裏口の向こうに一体いますね」
 役人は、ひっと首を竦めると、慌てて裏口から飛び退いた。
 それぞれの得物に手をかけ、いつなりと戦闘に入れる体勢をとる開拓者たち――煌星は裏口の取っ手を握り、陽葉に目配せした。無論、彼女自身もすぐ式が放てるよう準備している。
 一匹たりとも出したりしない! ――陽葉は頷き、黒死符を放った。
「呪縛符、招来!」
 現れたのは白黒の縞模様の蛇。そして、煌星が扉を開けたと同時、凄まじい腐臭を放った屍人が現れた。その足へ蛇が絡みつき動きを封じる。
「斬撃符、招来!」
 更に白と黒の刃がもがく屍人の眉間へ突き立ち、泥人形が崩れるように落ちると瘴気となって消えた。
 見ていた役人たちから『おお』という声があがるなか、開拓者たちは裏口をくぐって中へ入っていく。
「俺も負けてられないな!」
 ライボルトは陽葉へ笑うと、鴇ノ宮を追って駆けて行った。
「俺もしっかり役目を果たすよ」
 陽葉はそう応えると、『地縛霊』をあちこちに仕掛けていく煌星に声をかけた。
「あー、悪いけどあたしの名前、珊瑚で呼んでくんないかい? 苗字はどうも照れくさくてさ――おっと、裏口へは行かせないよ!」
 陽葉へひらひら手を振っていた煌星は、屋敷の庭を徘徊していたらしい屍人を見つけて『霊青打』を打ち込む。
「このままくたばんな!」
 痛烈な一撃に、言葉通り、屍人は瘴気となって消えた。
 一方、またひとり、裏口へゆらゆらと向かってくる屍人を陽葉が相手取る。
 動作は遅く、掴まれさえしなければどうということはないが、腐りかけて首を捻じ曲げたままゆっくり近づいてくるようなモノは、見ていて気持ちのいいものではない。
 こんなものが街へ出たら大混乱に陥る。
「来い! 返り討ちにしてやる! 斬撃符、招来!」
 いいざま、陽葉は式を放った。

 瘴索結界を張っていた鴇ノ宮が言った。
「ライボルト、二匹いるよ」
「はい!」
 屋敷の二階にある書斎や私室の探索に入った鴇ノ宮とライボルトの前に、無残な姿の屍人が襲い掛かる。
 ライボルトはすれ違いざまにダマスクブレードを振るった。腹部を深く切られていた屍人の上半身が宙に浮く――地に落ちる前には霧散していた。
「よし!」
 ライボルトが拳を握る。
「手のひらサイズの猛吹雪っ……『寒い』で済むレベルと思うなっ!」
 もう一体を相手取った鴇ノ宮の手から放たれた氷の刃が屍人の胸部へ刺さり炸裂した。それは屍人を深く裂いていったあと、激しい冷気とともに瘴気となって消えた。
「鴇ノ宮さん、恐るべし……いや、あっちもすごい……」
 感嘆の呟きを洩らし、ちらりと中庭の煌星にも目をやる。先刻の強力な一撃を目撃してしまい、ライボルトは冷汗をたらした。
(これからは珊瑚姐さんと呼ぶべきか?)
 瘴索結界をめぐらせ、二人は富豪の書斎と思われる部屋へ入った。
「さてさて、吸血鬼はどんな男だったのでしょーか? ……なんて、きょーみないけど」
 造り付けの棚にぎっしりと詰まっている帳簿を開いてみる。
「……ここ、高利貸しだったんですかね……?」
 覗きこんでいたライボルトが呟いた。

 屋敷の召使たちが使用していたらしい部屋や、調理場はこんな昼間でも薄暗い。
 松明に照らされ、床や壁には赤黒い手形や何かを叩きつけたような跡、こすったような後があちこちについている。幸い、床の血は乾いており滑るようなことはなかったが。
 杉野は『心眼』を用いつつ、黒澤と進んでいく。
「生存者がいる可能性は……」
「……ないでしょうね」
 ぽつりと洩らした黒澤の言葉に、杉野が小さく応える。そして、ふと歩みを止めた。
「……そこの角の右に一人、奥に二人です」
 杉野が言った直後だった。腕のない屍人がゆらゆらとこちらへ向かってきた。
 黒澤は『霊戟破』を発動させ、呟く。
「可哀想に……今安らかな場所へと送りますから」
 七支刀を屍人へ一閃させた。腐敗の始まっていたそれはぼろりと崩れ、衝撃波とともに霧散した。
 生きた人間の気配を察知したらしい。奥に居た屍人が現れる。杉野は松明を廊下の燭台へ突き刺し、『紅蓮紅葉』に重ねて『桔梗』を発動させると刀を一閃させた。強力なカマイタチに屍人は吹っ飛び、紫の瘴気と化した。黒澤が『荒童子』でもう一体の屍人の動きを封じ、大きく一歩を踏み込んで刀を振るった。
「……殺された人がすぐにアヤカシになるほどの瘴気もないはず……何か他に種があるのでしょうか?」
 瘴気となって消えた場所を見つめつつ、腑に落ちないというように首を傾げた黒澤に、杉野もまた頷いた。

 「くっさいわー。臭いが染み付きそうや」
 屋敷内に入って開口一番、香が可愛らしい貌を盛大にしかめる。
 確かに陰惨な殺人があり、それら死体が腐敗しつつも歩き回っているという異常な状態ではあるのだが――それだけではない、この屋敷全体に染み付いているなんともいえない腐敗臭が鼻をつくのだ。
 文句をいいながらも真っ直ぐ客間へと向かう香を見つつ、カペラは溜息をついた。
「ほんと、首輪をつけとかないと駄目かしら……」
 床や壁の血痕は客間に近づくほどに酷くなる。客間の入り口付近で首の取れかかった屍人がふらふらと近づいてきたのを、香があっさりと首を落とす。
 そして、客間に踏み込んで珍しく楽しげな声をあげた。壁に飾られた数々の武器は、富豪が持つだけあって物はよさそうだ。
「こーら、香。好き勝手動くのは良いけど……今は、ちょっと待ちなさいな」
 カペラが言ったときだった。客間の奥でくぐもった声が響いてきた。
『ダ、レダ……ワシノ、タカラヲヌスミニ、キタノカ……』
 豪奢な緞子の向こうから二つの目がぎらりと光った。瞬間、緞子が跳ね上がり、巨大な塊が二人に襲い掛かる。
 香とカペラは同時に『シナグ・カルペー』で回避した。二人が立っていた場所へ、巨大な塊が激突したかに見えた。その衝撃で館は震え、壁に大きな亀裂が走るとぼこりと抜け落ちた。
 呼子笛の高い音が館内に響き渡る。
「あー、傷なんか付けられたら無駄な脂肪切り落としてスリムにしたるわ」
 香は短剣と扇を開くや『バイラオーラ』を発動させる。カペラもまたジプシークロースを広げた。
 呼子笛で駆けつけた仲間たちが見たのは、客間に舞う『華』だった。
 ジプシーたちの攻撃で、吸血鬼の身体には無数の傷ができている。返り血で汚れていた上等の着物は、いまやぼろきれのように彼の肥満した身体に引っ掛かっているだけだ。
「あらあら、これが強欲の果てって事かしら。哀れなこと」
 カペラはくすくすと笑う。
 吸血鬼は憎悪に目をぎらつかせ、唸り声をあげて牙を剥いた。脂肪の塊とは思えぬほどの凄まじい速さで円月刀がカペラに襲い掛かったとき、鴇ノ宮の黒壁がその凶刃を阻んだ。
「こいつなら吸血鬼と距離とって戦える!」
 ライボルトは宝珠銃を構え、『サリック』で攻撃した。吸血鬼は銃弾を受けて吹っ飛んだが、数発食い込ませたまま起き上がり、円月刀を開拓者たちに向かって投げつけた。
「桔梗を使います!」
 後方から杉野が声をかけ、刀を一閃する。舞い散る紅葉の中から飛び出したようなカマイタチは、別の武器へと飛びついた吸血鬼の腕を切り裂いた。
「目玉を狙って飛べ! 眼突鴉 召喚!」
 呼子笛を聞いて駆けつけた煌星が、中庭から叫ぶ。呼び出された鴉が割れた玻璃をくぐって舞い込むと、吸血鬼の目を狙って襲い掛かった。
 すかさず鴇ノ宮が『アイシスケイラル』を放つ。突き刺さり、炸裂した氷の刃は吸血鬼の分厚い肉を裂いて心の臓まで達する。
 吸血鬼は凄まじい絶叫を放ち、霧散した。

 しん、と静まりかえった客間の奥からゆらりと出てきた影に、一同は思わず構える。
 瀟洒な刺繍が施されたジルベリア風のドレスは血で赤黒く染まり、その胸元には大きな翡翠が流れた血の間から光っていた。女は切り付けられ、そして喉を大きく引きちぎられていた。これがおそらく富豪の妻だろう。
 黒澤は哀れなその姿に少し眉を寄せると、すっと近づき、七支刀を一閃して屍人となった女の首を落とした。
 ことん、と落ちたのは血まみれの翡翠ひとつ――。
「……使用人たちがアヤカシになったのは、吸血鬼に血を吸われたからでしょうか……?」
 黒澤の呟きに、そういえば、という声が返る。
「確かに喉の損傷が激しかった気がしますね」
 杉野が思い出すように頷いた。
 そんなものには興味がないとばかりに、香は得物を仕舞うと奥へと踏み込んでいく。
「さっ、邪魔モンの清掃終わったら館内物色や。此処は金の山やし鑑定し甲斐があるわぁ」
「日記とかはなかったけど、貸付台帳みたいなのはあったなあ……。あ。机の引き出しに宝石が入ってたっけ」
 鴇ノ宮が言えば、ライボルトも頷く。
 香は早速上階へ上がっていき、やれやれといった風情でカペラも追った。
 黒澤が客間の床を見渡すと、割れた玻璃扉の下に小さな小瓶が転がっているのを見つけた。
 拾い上げてみると、アル=カマル風の何の変哲もない瓶である。このくらいの意匠なら、陽天ではごろごろしているが――。
 ひっくり返してみると一粒、黒い丸薬がころりと出てきた。
「これは……」
 不思議そうに覗き込んできた陰陽師の二人に目で尋ねるが、煌星も陽葉も困ったような顔をした。
「それは封をしてギルドで調べてもらったほうがいいかもしれないね。普通の薬かもしれないけどさ」
「そうですね……陰陽寮などで調べれば、何かわかるかもしれません」
 煌星の言葉に陽葉も頷く。
 黒澤はそうですね、と言って、丸薬を瓶に入れると蓋も探し出し、きっちりと封をした。

 「姐さんも宝石の一個くらい貰うて行けばエェんちゃう? 本物やったら結構な値ェ張るで」
 などと言いながら、嬉々として館を物色していた香だったが――やがて心底がっかりしたように表へ出てきた。
「あかんわ。どれもこれも……いくら金目のもんでも、あんな気色悪い『気』が纏わりついとったら、売れもせェへんわ。つまらんわー」
 ぷりぷりしながら屋敷を出て行く香の後を、カペラはくすくす笑いながら歩いていった。

 開拓者たちを待ち受けていた役人たちは裏口から出てきた彼らを見て歓声をあげる。
 そして、役所の正式な捜査が決まるまで、屋敷は再び封印されたのだった。



 陽天へ向かう街道の辻は人の往来も多いが、こんなところへ出ている屋台には誰も興味を示さないようだった。
 わざわざ屋台などで買わずとも、ほんの少し先には物が溢れかえる街があるのだから――。
 屋台の裏側で木箱に座っていた老人は、微かな羽音にちらりと目をあげる。
 黄金虫は老人の指にとまると、ふっと消えてなくなった。
 老人は突然くつくつと笑い出す。
「……左様左様。欲深な者は身を滅ぼすものさね……」
 そして老人は屋台をたたむと、楽しげに笑いながら黄昏の中へ消えていった。