|
■オープニング本文 ● ジルベリアから天儀に来て間もない彼は、深い森を見て自分の求めるハーブがあるのではないかと思い、奥へ奥へと入っていった。気候の違いなのか、土壌の違いなのか、ここにはハーブはなく、少しがっかりして立ち上がった。 ふと、視線に気づいて顔を上げると恐ろしく巨大なケモノがこちらを見ていた。 「おお……まさか、大もふらさまですかー?」 天儀でもこの国――石鏡には3メートルにもなる巨大な神のお使いがいると聞いて、一度会ってみたいと思っていたのだ。 巨大なケモノは彼の言葉を解したのか、光る目を『笑み』に細め、ニャーと応えた。こんなところで会えるなんて、と彼は感動で頬を赤くしながら近づいていくと、そっと手を伸ばしてみる。 ケモノはぺろりと舌なめずりして、いきなり彼の手にガブリと噛み付いた。 「おう!」 声を上げ反射的に手を引っ込める。ケモノの牙が腕を切り裂いたが構ってはいられない。ぼたぼたと血が溢れる手を押さえ、彼は蒼白になってケモノを見つめる。 なんと、自分が見ていた『もふらさま』とは似ても似つかない姿に変わっているではないか! 彼は混乱した。その様子をほくそ笑むように眺めた巨大なケモノは、牙を剥きだし、彼に飛びかかろうと身をかがめる。 そのとき、彼の後方から『大丈夫か?!』という声がし、次いで、矢がケモノに向かって放たれた。するりとそれをかわしたケモノは彼の後方へ唸るが、雨のように降ってくる矢に、身を翻し森の奥へと走り去っていった。 ● 伊堂の片隅にある小さな薬屋は、『薬屋婆』と呼ばれる老婆と、その孫娘の斗季がほそぼそと営んでいる。山の薬草を摘んで薬湯や丸薬を作っている程度の、いわゆる『ご近所の薬屋』なのだ。 そんな薬屋へ珍客が訪れた。 大きな弓を背にした男が、片腕を血だらけにした金髪の男を担いで入ってきたのである。森の奥で巨大なケモノに襲われたらしい。 小さな子犬――ワンコが鼻をひくひくさせて彼らを確認している。 「ちょ……待ってよ! うちは薬屋よ?! 医者じゃないのよ?!」 斗季は言ったが、怪我人を連れて来た男は、その医者が留守だったのだと言った。持っていた止血剤で応急処置はしたが、このままではよくない。困り果ててどこか治療をしてくれる場所を聞いたら、薬屋婆のところへ行ってみろと言われたのだという。 腕を血だらけにして蒼白になっている者を追い出すわけにもいかず、斗季は老婆の指示で男を寝かせた。 男は開拓者で、依頼へ赴く途中だったようだ。この金髪の男を襲ったケモノのことを簡単に説明して『よろしく頼む』と言うと、慌しく出ていった。 腕の傷はかなり深いが、開拓者が止血剤を使ってくれたおかげで血は止まっている。薬屋婆は薬棚から薬草をいくつか取り出し、摺りつぶしたものをあてて様子をみることにした。 蒼白だった男の顔にいくぶん血の気が戻ってくる。 「斗季、金髪さんが目を覚ましたらこの薬湯を飲ませておやり」 老婆は鉄瓶を少し火から離し、そう言うと奥の部屋へ入っていった。 「はあい」 斗季は火を確認しながら薬草の書物を開く。そこには見たこともない薬草がたくさん載っていて、どんな効能があるのかも書かれている。彼女は一人前の薬師になったら薬草を探しにいろんな場所へ旅してみたいという夢を持っていた。 「……う……さ、ま……」 「あ……! 何? 何ていったの?」 男が掠れた声をあげ、斗季は書物を卓の上に置くと耳を近づける。 「もふ……ら、……ごめ……」 「……もふら?」 斗季は首を傾げる。と、男が目をあけた。 「……あ、ここは……?」 青い目が天井をさまよい、傍らに据わっている斗季に定まる。 「薬屋よ。開拓者の男の人があなたをここへ連れて来たの」 斗季がいうと、男は、『おう……』と呟き、片方の手で顔を覆った。 「私はもふらさまの怒りを買ってしまったのです……きっと罪深い私をお怒りなって悪魔のような姿に……」 彼は片手で顔を覆ったまま、小さく震えながら謝罪の言葉を何度も呟く。斗季はちょっと首を傾げながら見ていたが、きっぱりと言った。 「あなたの言う罪が何のことなのか知らないけれど、あなたの手を齧ったのはもふらさまじゃなくて、アヤカシよ!」 「……えっ……」 「それに、森の奥で大きなアヤカシに会ったところを『たまたま』開拓者に助けられるなんて僥倖、そうそうないと思うわ。謝罪よりあの開拓者に感謝するのが先じゃないかしら……て言っても、名前も聞かなかったけどさ」 ぽんぽん言う少女に、金髪の男は面食らったようにぽかんとしていたが、言われて気付いたのか、ちょっとはにかんで笑った。 「……そうですね。彼には助けられました。いつか会えたら、お礼を言います……そして、手当てしてくれた、あなたにも。ありがとう」 いきなり話の矛先を向けられて、斗季は慌てた。 「わ、私はべつに……薬屋だし、あなたの手当てしたのはお婆ちゃんだし……」 彼は微笑むと、とつとつと喋り始めた。 「……森が、少し僕の故郷の森に似ていたんです。ハーブを探して……どんどん奥まで歩いて……」 「ハーブ?」 聞きなれない言葉に斗季は首を傾げた。男は『薬草』だといった。彼の故郷では、その薬草で茶を淹れるのだと。 「お茶? 薬湯とは違うの……って、あ。そうだ。これ飲んで」 斗季は、はっとして鉄瓶から湯飲みへ薬湯を注ぐと『少し苦いわよ』と言いながら手渡した。 男は湯飲みの中のどろんとした液体を覗き込こんでいたが、決心したように口をつけ――珍妙な顔をした。 斗季がおかしそうに笑う。笑い声が聞こえたのか、奥から老婆が出てきた。 「金髪さん、目が覚めたのかい」 その夜、薬屋はジルベリアから来た客との話に花が咲いた。 翌日、伊堂から程近い森の中で猫に似た巨大なアヤカシが目撃され、『金髪さん』を襲ったものだと判明した。 彼の証言と、彼を救った開拓者が残したアヤカシの特徴などを添えて、開拓者ギルドへ討伐の依頼が出されたのだった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫
佐長 火弦(ib9439)
17歳・女・サ
一之瀬 白露丸(ib9477)
22歳・女・弓
天野 灯瑠女(ib9678)
26歳・女・陰
葵 左門(ib9682)
24歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 開拓者たちは役人からひととおりの説明を受けると、アヤカシが発見された近辺の地図を確認した。 今回、三班に分かれて『猫又』の探索、合流して討伐に臨む。 「呼子笛を貸していただけないか」 そう言ったのは弓術士の天野白露丸(ib9477)。彼女へ、『はい』と差し出したのは砲術士ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)だ。 「あたいは狼煙銃持ってるし、佐長さんが呼子笛持ってるから」 「そうか。では仕事が終わるまでお借りする」 白露丸は微笑んで、呼子笛を受け取った。 そこで、『金髪さん』と斗季が呼ばれる。 「嶽御前と申します。よろしくお願いします」 しとやかに一礼した巫女の嶽御前(ib7951)に『金髪さん』は赤くなりながらぎくしゃくと挨拶する。彼らと挨拶を交わすのを見ていた斗季は、鬼面の青年に気づき『あれ』と呟いた。 「ハハハッ、薬屋の娘はよほど厄介事に好かれるようだなぁ」 斗季を覚えていてくれたらしい泰拳士の葵左門(ib9682)は、相変わらず皮肉気な口調でそんなことを言う。 「……あんまり否定できないのが悔しいけど……」 斗季の言葉に、左門はにやりと笑っただけだった。 『金髪さん』の身振り手振りによる『猫又』の説明が終わると、サムライの佐長火弦(ib9439)が呟くように言った。 「何だか強そうなアヤカシですね」 他の人の足を引っ張らないように気を付けないと、『むん』と拳を握って気合を入れる。 「猫又か……幻覚には注意をしないといけないな」 白露丸の言に、志士・琥龍蒼羅(ib0214)が頷く。 「人語を解すと言う点から考えても、それなりの知性を持つと見るべきか……」 「猫は……優秀な狩人ですし、今回の猫又もまたそうです。どれだけ警戒しても足りない程の代物なので覚悟して行きます」 サムライの三笠三四郎(ia0163)が地図を眺めながら言い、役人に向き直ると天候や地形の確認を行った。 一方、どこか浮世離れした雰囲気を持つ天野灯瑠女(ib9678)が陰陽杖をもてあそびながらつらつらと思考をめぐらす。 (手を噛む猫又……? 躾がなってなかったのね。それともアヤカシだから?) そして。 「でかいにゃんこアヤカシ退治だね! 腕が鳴るよ!」 自分の身長より大きな鳥銃を背にした小さな小さな女の子を見て、『金髪さん』は顔面蒼白になった。 「何という事を!! いけません! あれはとても大きな怖い怪物です!」 彼は長身を折り曲げてルゥミを説得しようとした。しかも、同じジルベリア出身ときては、いかな開拓者と紹介されようとも黙っていられなかったのだろう。 「大丈夫だよ! あたい毎日練習してるんだから!」 ルゥミは元気よく応え、難なく鳥銃をくるっとまわして構えてみせた。 「おう……何という事…………わかりました。僕も行きます」 『金髪さん』は何か決意したように握り拳を作ったが、斗季が慌てて引きとめた。 「金髪さん、だめよ! 開拓者の邪魔になるわ。まだ傷も治りきってないのに! それに、薬とハーブティーでどうにかできる相手じゃないのよ!?」 蒼羅の長大な刀や、火弦の身長と同じくらいの野太刀など……開拓者たちは彼らの得意とする技と得物でアヤカシを討伐する。斗季の薬や『金髪さん』のハーブティーでアヤカシを退治することはできないのだ。 斗季は『金髪さん』の腕をぐいぐい引っ張りながら言う。と。 「……ハーブティー? お茶? おいしいの?」 なぜか灯瑠女が反応した。 さて、斗季もハーブティーは飲んだことがない。よって、困ったように『金髪さん』に目を向ける。すると、彼は神々しいまでの微笑で応えた。 「とても美味しくて、疲れがとれますよ」 灯瑠女の耳がふるふると微かに揺れた――とっても、楽しみね……そう呟いて、彼女はくるりと踵を返した。 ● 三四郎、白露丸、左門は全方向に注意を払いながら森の中へと進んでいく。 耳に入ってくるのは自分たちの足音と鳥の声……。 (佯言、佯装とはよく言ったものだ。所詮は紛い物の存在でしかないと思えば、可愛いものかね。仲良く出来そうにもないのは残念だが) 左門は森を見透かすように目を眇めながら、くつりと嗤う。 がさりと音を立てて現れたのは鹿。一瞬、三人は足を止める。白露丸は素早く『鏡弦』で確認した。すると、鹿は撃たれると思ったか、慌てて身を翻して木々の間に消えた。 「……信じる心を利用するっていうのは、性質が悪いな……」 ふ、と息を吐いた白露丸は猫又の『幻覚』に対し、そんな感想を洩らした。 蒼羅と灯瑠女もまた、深い森に踏み込んでいた。 口数の少ない蒼羅は淡々と、だが『心眼』を使いながら猫又を探す。 一方、灯瑠女は小鳥の『人魂』を放ち、木々の間を飛ぶ式と、己の視界に広がる森林を二重に視ていた。 (森……探検……わくわくする) 二人は黙々とアヤカシを探し、奥へと進んでいった。 「あたいは小さくて可愛らしく、弱そうに見えるのでにゃんこアヤカシに狙われやすいと思うよ!」 長大な銃を構えた小さな女の子の言葉は、多少の違和感を伴わないでもないが、確かにその通りだろうとルゥミを先頭に森へと入った。少女の後を火弦、嶽御前が続き、樹上や物陰に注意しつつ進んでゆく。 滅多に人が入り込むような森ではないのだろう。草木は高く伸び、三尺ほどの背丈しかないルゥミの視界は、低木に遮られてしまう。 「えい」 鳥銃につけたバヨネットで、どうしても邪魔な枝だけ切り落としていく。一歩足を踏み出したとき、前方でカサリと音がした。 はっとして鳥銃を構えたルゥミの目に、懐かしい姿が飛び込んできた。 「……じいちゃん……」 ルゥミは大きな目をさらに大きく見開いて呟く。暖かな優しい記憶の中に存在する、自分を育て、砲術を教えてくれた人が、目の前で微笑んでいる。 でも、その人は確かに――。 「じいちゃん。あたい、じいちゃんの遺言どおり、毎日練習してるよ……」 老人は微笑みながら、ルゥミに手を差し伸べる。少女の足が無意識に一歩踏み出したときだった。 ピィ――――! 甲高い音が森に響き渡る。次いで、紅の野太刀を抜きはらった火弦の『咆哮』が轟いた。 「ルゥミちゃん、しっかりして!」 嶽御前が少女に駆け寄り『解術の法』を施す。 ルゥミの虚ろな、揺れていた焦点が目の前の女性に合った。 「……あたい……」 「よかった! 猫又です! 気を付けて!」 嶽御前のほっとしたような表情に、ルゥミは正気を取り戻して視線を転じる。 そこには巨大な『猫に似たモノ』が、目を爛々と光らせて彼女たちを狙っていたのである。 ルゥミは怒りを爆発させた。 「じいちゃんの真似するなんて――!!」 狼煙銃を天に向けて撃ち放つや鳥銃に持ち替え、『咆哮』でアヤカシを引き付けている火弦を援護するように『空撃砲』を放った。 遠く響いてくる呼子笛の音と、空へ一直線に走り上った光の合図は、木々の間からも確認することができた。 そして、彼らは猫又を引き付けているであろう仲間の元へ急行した。 嶽御前の『神楽舞』が火弦とルゥミの攻撃力を上げているが、猫又は素早い上に妖力もかなり強かった。おまけに木立が途切れた場所であるが故に動きやすい反面、攻撃を受けやすい。 後衛の二人の盾にならんと踏ん張っている火弦は、猫又の『衝撃刃』を『地断撃』で相殺してみようとしたが、余波は避けられず傷だらけになっている。無論、ルゥミも手や顔に切り傷をつくって血をにじませていた。 猫又の口が大きく裂ける。 「――っ! 呪声がくるよ!」 これまでの攻撃を観察し、アヤカシの様子から察知したルゥミが声を張り上げたとき、木々の向こうから風を切る音がした。 白露丸の矢が猫又の鼻先をかすめ、ギャッと声をあげて身を翻す。次いで、三四郎が『咆哮』を放ち、猫又の注意を引き付けた。 「あっ!」 仲間の姿に火弦たちは安堵の声をあげる。 「さ。今のうちに、二人とも!」 嶽御前は火弦とルゥミの二人に『閃癒』を施し、治療した。 「ありがとうございます、嶽御前さん」 「ありがと!」 礼を言う二人に嶽御前が微笑む。 「気をつけろ!」 白露丸が叫ぶ。 飛び掛かってきた猫又の攻撃を、三四郎は『不動』の発動ともに、盾を掲げて受け流した。猫又は地を蹴り、再び跳躍する。 「……チョロチョロと動くな……!」 弓を構えた白露丸が猫又に毒づいた。 左門が『瞬脚』で間合いを詰め、『空気撃』でアヤカシの態勢を崩す。 そこへ、蒼羅と灯瑠女が合流した。 長大な剣を鮮やかに抜き放ち、蒼羅が斬竜刀を走らせる。その恐ろしい刃を間一髪で交わした猫又は、分が悪いと悟ったのか開拓者たちの包囲をくぐって逃走しようとした。 「逃げちゃ駄目。待って」 灯瑠女が『呪縛符』で猫又の足を絡めとる。だが、アヤカシは激しく抵抗して式を振り払うと跳躍した。 「……聞き分けのない子は、嫌い。……可愛くない」 彼女は牙をむく猫又を見て少し眉根を寄せ、『砕魂符』を放つ。 猫又は叫び声をあげ、地に落ちた。怒りに目を輝かせて毛を逆立てる。 「衝撃刃だよ!」 ルゥミが叫びざま、鳥銃を撃つ。銃弾は猫又の前足を打ち抜いた。 だが、すでに放たれていた『衝撃刃』は、見えない風の刃となって仲間たちに襲い掛かる。間一髪で地に伏せたり、物陰に隠れ直撃は免れたものの、小さな傷が無数に作られた。 「狩りそこなったのが運の尽き……」 アヤカシの背後にいた左門は、足を打ち抜かれて動きを止めた一瞬を見逃さなかった。くつりと嗤い『破軍』を発動させて猫又の腹に鋭い一撃を加える。 ギャア! と声を上げた猫又は素早くその場から飛び退ると、開拓者たちが抑える隙も与えず『呪声』を放った。 「くっ!」 脳に直接響いてくるような不快な『声』が襲い掛かってくる。 比較的その影響が軽い三四郎は、顔をしかめながらも『咆哮』で猫又を引き付けた。 蒼羅が『秋水』を発動させ、凄まじい速さで猫又に迫ると両前足を一刀のもとに切り飛ばした。 「斬竜刀の名は……伊達では無い」 低い呟き。 猫又の絶叫が森に響き渡る。 「アヤカシには死を……」 きりりと弓弦が引き絞られる音を耳に、白露丸が全神経を猫又に集中させる。紫の瘴気を撒き散らしながらのたうつアヤカシの心の臓へ、流星のように飛んだ矢が吸い込まれた。 そして。 「でかいにゃんこアヤカシ、バイバイだよ!」 ルゥミは『単動作』と『又鬼』を発動させ、銃口をアヤカシの額に定めると引き金を引いた。 ゥオオオン…… 遠吠えのような唸りを最後に、巨大な紫の塊と化したそれは、はじけるように消えていった。 ● 「大丈夫よ、金髪さん。皆ちゃんと戻ってくるから、座ってれば?」 斗季は呆れ半分、笑いながら言う。 「はい。そうですね……」 とは言ったものの、やはり気になるらしく、『金髪さん』はうろうろ歩き回って外を確認する。 「……あの小さい子に何かあったら私はどうすれば……」 「まったく……あなたのその思考のほうをどうにかするべきだと思うわよ。それって、あの人たちを全然信用してないってことじゃない」 『金髪さん』の深刻そうな顔を見て、斗季は盛大に溜息をつく。彼女の何気ない言葉に、彼は愕然とした。 「そんな……僕は、信じてないなんて、そんなことは……」 「わかってるわよ。でも、あんまり心配しすぎるのは相手に失礼ってことよ! ……あ、ほら! 帰ってきた!」 斗季が明るい声をあげて指し示す。『金髪さん』は、心底ほっとしたように口の中で何か呟いた。 「これは何? 説明して」 薬屋の中を興味深そうに眺めていた灯瑠女が、囲炉裏のそばに置かれていた道具を指しながら斗季に訊く。 「それは薬研。薬草をすりつぶす道具よ」 「そう。じゃあこれは?」 矢継ぎ早の質問に斗季も目を丸くしながら応えていく――というか、彼女は『金髪さん』のハーブティーが飲みたくて来たのではなかったのか? 「お茶を淹れることはできる? わたくし、喉が渇いたわ。美味しいお茶が飲みたいの」 というので、お礼代わりに『金髪さん』がハーブティーを淹れる、と薬屋に来てもらったのだが……。 ワンコは大勢の『お客』に驚きつつ、一人ひとり確認して回っている。 ちょこまか歩く子犬の頭を、三四郎がよしよしと撫でる。ワンコは嬉しそうに短い尻尾を振った。 「お待たせしました」 『金髪さん』は盆に人数分の湯飲みと急須をのせて部屋へ戻ってきた。 あいにく、ジルベリアのお茶を淹れるにふさわしい食器はないので、ごくありふれた天儀式のものではあるが。 白い陶器の湯飲みに注がれた透明な金色のお茶は、花のような中にもすっと透き通る香りがする。 「ハーブのブレンドティーです」 「花の香りがする……」 斗季が嬉しそうに香りを吸い込んで、それから口に含む。 「いかがですか?」 『金髪さん』が反応をうかがうように訊く。 「美味しい……!」 斗季はにっこり笑った。そして、開拓者たちを見る。 彼らもまた――『金髪さん』のハーブティーを気に入ってくれたようだった。 「みなさん、ありがとうございました」 神楽の街へ帰っていく開拓者たちに、『金髪さん』と斗季はぺこりと頭を下げた。 「金髪さん、お大事に」 開拓者たちは別れの言葉を口々に、微笑んで去っていく。 最後に、左門がくつりと笑ってこう言った。 「……自身に振りかからんように気をつけることだ。闇は何処でも忍び寄ってくる。瘴気もどこに溜まっているかは分からんしな?」 ――哀しいアヤカシとなった女性を知っている。 彼の脳裏にあったのはそれなのかどうかはわからない。だが、斗季にはまだ生々しい記憶として残っていた。 「……アヤカシが出たら、またお願いするわ」 斗季が言うと、左門はくつくつ笑いながら踵を返し、ひらりと手を振ると去って行った。 「……さ! 『金髪さん』も早く怪我を治さないとね!」 くるりと向き直った斗季に、彼はにっこり笑う。 「はい。もうしばらくお世話になります」 「うん……ね! 今度山に行ってハーブを探してみない? もしかしたら、似たような薬草があるかもよ?」 「おう……それは素敵です!」 ゆるやかに伊堂の街が夕闇に包まれていく―― |