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■オープニング本文 ● 『誰か』の指示で旅の絵師を誘拐し、『遺跡の図面』を模写させていた実行犯である用心棒たちは捕縛された。 だが、以前のように、口封じのために牢の中で殺害されるという懸念が拭えなかった惟雪は、その日の役を終えると用心棒が捕らわれている牢へ忍び込んだ。 「……たかが警邏番風情がシノビの真似事か」 用心棒は天井から音もなく飛び降りてきた惟雪にそう言った。 「趣味だ。気にすンな。一つだけ教えてくれ。あの『図面』、出所はどこだぃ?」 惟雪の質問が意外だったのか、あるいは別に思うところがあったのか、それはわからない。 用心棒はふんと鼻で嗤い、一言―― 「骨董屋をあたってみろ」 ありがとうよ。惟雪はそう言って牢から出て行った。 用心棒が密かに処刑されたのは、その翌日のことである。 惟雪がそれを知ったのは十日もたった後だった。そしてそれは、まったく思ってもみなかった者から伝えられたのである。 ● 伊堂は古い街だ。 神託が降りたといわれる『神殿』があるおかげで、観光客も多いが盗賊も多い。 伊堂で生まれ育った惟雪も古くからある骨董屋などは知っていた。だが、『大祭』前後で人と物の激しい流入出によって、様相がだいぶ変化している。 何件かの骨董屋を回ったあと、惟雪は茶店で一服した。 (骨董屋、ねぇ……そういやあ、こないだ開拓者の誰だったかが、古地図とか古本とか言ってたか……) 骨董屋も店によって陶器が専門だったり、鉄器が専門だったりとさまざまだ。 「ふむ……」 呟いて立ち上がった時だった。 「警邏番の惟雪ってな、お前さんかい?」 「へ?」 間抜けた声を出して見下ろすと、小柄な男が自分を見上げていた。 柔らかな微笑みを浮かべた男は三十か四十か……年齢がよくわからない。着流しに羽織り――どこぞの金持ちのようにも見えるが―― (……隙がねぇな……) 「そうだが、お前ぇさんは……?」 「おれは嶌田泰蔵ってんだ。ひとつよろしくたのむ。たのみついでにお前さんに頼みがあんだ」 「へ? ちょっと、おい……」 男は頭二つ分も大きい惟雪をぐいぐい引っ張っていった。 嶌田が奢るというので、行きつけの飲み屋に連れて行った。 「あら、惟さん。いらっしゃい! ……新しいおともだち?」 女将が尋ねるのへ『むう』とも『ぐう』ともつかない声を出しだ惟雪の傍らで、嶌田は人の好い笑顔でよろしく、と挨拶した。 「へえ、いい店だなあ。女将も美人だしなあ」 嶌田は猪口に口をつけながら、女将に愛想を振りまく。惟雪は、垂れ目の奥で警戒しながら相手の話を待った。 「……お前さん、警戒心が強いな。わかったよ。単刀直入に言うよ」 その様子を見てとったのか、嶌田はため息をついて、ごくあっさりと言った。 「さる貴族の屋敷に夜襲をかけてほしいんだ」 「ぶっっ!」 惟雪は盛大に酒を吹いた。 「ああ、ああ。もう。……ほら、拭いて」 嶌田は懐から手拭いを出すと惟雪に押し付ける。 ひとしきり咳こんで、吹き飛ばした酒を拭いてから、惟雪は改めて嶌田という男を眺めた。 「……絵師を誘拐して殺害した下手人……開拓者ギルドに要請してとっ捕まえた浪人は、牢の中で殺されたね」 「…………」 「その後、助け出した絵師と開拓者の協力で、浪人を使っていた用心棒を捕まえたわけだが、そいつもこないだ極秘裏に処刑された」 「な、なんだって……ッ?!」 危うく大声を出しそうになって慌てて口を押える。 聞けば、それは惟雪が牢へ忍び込んで用心棒と言葉を交わした翌日である。 「……お前さんも糸を引いてるのがどんな人間かくらいは想像ついてるだろうが……馬鹿だねえ……わけのわからない図面でよしときゃよかったのに、ご禁制のモノにまで手を出しちまって」 嶌田は微笑を浮かべたまま淡々と喋る。 「ご禁制……? お前ぇさん、いったい何もンだ……?」 隙のない所作といい、極秘裏の処刑を知っていることといい、怪しいことこのうえない。 「うん……すまないが今、明かすことはできねえんだ。……そうだな……まあ、お前さんたちとは別で動いてるもんだって考えといてくれ」 嶌田の言い分に、惟雪はますます胡散臭そうな顔をした。その顔を見て嶌田の苦笑が深くなる。 嶌田は、今回の件に関しては、『自分たちは』動けないのだと言った。動けば『名』を公表せねばならない。 どうしても、それだけはできないのだと――。 とある大貴族の子息がいる。 骨董などの器物蒐集がことのほか好きな男なのだが、ある骨董屋から古い図面を買う――これが、件の絵師誘拐事件に発展していくわけだが、さらに、嶌田のいう『ご禁制の品』にまで手を出した。 それを発見したのは母親だった。 息子を告発し、己の侵した罪を自覚させたいと思うのと同時に、『家の名』が地に落ちることは何としても避けなければならなかった。 母親は、隠密裏に息子を捕縛するにはどうすればいいのか、ある人物に相談したという。 屋敷にいる多数の用心棒やシノビを、ごく少人数で抑えられるのは開拓者しかおるまい。だが、その要請を『こちら』で出せば『お上』に不審が残る―― 「……で、開拓者ギルドに要請をかけ、捕り物が行われて公儀録が残ったとしても、ほかの案件に紛れこんで永遠に埋没する――そんな素晴らしい立ち位置にいたのがお前さんなわけさ」 嶌田は人差し指をたてて、にっこり笑った。 「何が素晴らしい立ち位置だ。いい捨て駒じゃねぇかよ」 惟雪は壮絶な仏頂面で嶌田を睨む――もっとも、相手は痛くも痒くもなさそうに笑っているだけだが。 「……で、そのお家一番のお袋さんはどうしたんだぃ。尼さんにでもなったのかい」 「――亡くなったよ」 嶌田の言に、惟雪の手が止まる。 そこで初めて、嶌田の顔色が『白い』ことに気が付いた。 「……自害したのか……?」 「そう……。……大貴族というのは、不便なもんだね」 そういって猪口を口に運ぶ。表情は微笑みを浮かべたままだ――この男は無意識でもこんな『顔』を張り付けるようになったのだろうか……? 惟雪は苦く、大きく息を吐き出した。 「はー……やだやだ。これだからお貴族様ってのは……。……嶌田さんよ、ギルドに打診するなあ、俺がやってもいい。だが、今回ばかりは来てくれるかどうかはわからねえぜ。それに、ギルドは独自に記録をとってる。そこに残るってこともわかってるな?」 「わかっている。よろしくたのむ」 嶌田は猪口を置いて、軽く一礼した。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
サナトス=トート(ib8734)
24歳・男・騎
中書令(ib9408)
20歳・男・吟
永久(ib9783)
32歳・男・武
明神 花梨(ib9820)
14歳・女・武 |
■リプレイ本文 ● 惟雪が開拓者ギルドに応援要請を出すのは三度目である。 既に顔馴染みになった陰陽師の五十君晴臣(ib1730)、武僧の永久(ib9783)、同じく武僧の明神花梨(ib9820)と軽く挨拶を交わし、神楽では秋祭りが催されていると聞いて申し訳なさそうに言った。 「来てくれて感謝するよ。神楽じゃ秋祭りだってのに、すまねぇな」 「ライと申します。よろしくお願いします」 小柄な、シノビのライ・ネック(ib5781)がにこりと笑う。 琵琶を持った中書令(ib9408)が進み出て、柔らかな物腰で一礼した。 「中書令と申します。よろしくお願いいたします」 「お初にお目にかかります。アレーナ・オレアリスと申します。恨み辛みがあるわけでは有りませんけれど、こうして依頼を承ったのも何かのご縁。全力を尽くさせて頂きますわ」 『白薔薇の麗人』の異名をとるアレーナ・オレアリス(ib0405)が優雅に挨拶した。 「やっ、こりゃご丁寧に。よろしく頼むよ」 ジルベリア風の典雅な挨拶を受けたことがなかった惟雪は、面食らったようではあったが、照れながらも挨拶を返す。 そして厭人的な雰囲気のある北條黯羽(ia0072)が目礼し、少し離れた場所に立っているサナトス=トート(ib8734)は、張り付けたような笑みを向けた。 惟雪はサナトスを見て、苦笑する。 「……なかなか、剣呑な感じのにいさんだな」 サナトスはにたりと笑った。 「半端な奴を斬っても面白くないから覚悟がある奴とやりあいたいなぁ……。そいつに紅い華を咲かせてやりたいね。ま、合図があるまでは、大人しく静かに動いてあげるよ」 晴臣がやれやれと吐息する。 「開拓者に何を求められているか把握しておいて貰いたいね」 「僧侶としては、殺生は感心せんけど、戦わなあかんときがあるもんな……」 ぽつりと言った花梨へ苦笑した永久は、ふと気づいたように呟いた。 「今回は、絵師さんはいないようで……何より、かな?」 すると惟雪がふん、と鼻息を吹いた。 「居たらこき使ってやろうと思ってたんだがなあ……まあ、そりゃともかく。何か必要なもんはあるかい?」 それへ、永久は呼子笛を、ライは袋が欲しいと言った。 「袋……?」 首を傾げる惟雪へ、彼女は侵入時に鼠を放って撹乱に使うのだと言った。 そうして惟雪から地図と屋敷の見取り図をもらい、黯羽は屋敷の周りをまわってみると言って出て行った。また、アレーナも望遠鏡を手に、ライは袋を持って街へくり出した。 ● 中書令と惟雪の松明が闇を照らす。 仮面や布で顔を隠した開拓者――頓着しない者もいたが――と、惟雪は密やかに『屋敷』へ向かい、手前で火を消す。 屋敷の内側の灯篭がぼんやりとした明るさを伝えてくる。 黯羽と晴臣の『人魂』が屋敷へ入った。 それによると門の見張りは二人――これはシノビのようだった。 「屋敷の主は奥だな……用心棒が一人と、シノビが二、三てところかな……」 晴臣が呟く。そして黯羽が何を見たのか、くすりと笑った。 「……大量の鼠に手を焼いてるようだね」 ライは即席の流星錘を確かめながら、にこりとする。 二手に分かれ、陽動班五人が鉤縄を使って屋敷内に侵入した。 「……さて、骨董狂は愛する骨董に足を引っ張られるんかねぇ? んじゃま、仕置きの時間さね」 黯羽の呟きに、中書令が頷いて琵琶の弦を弾いた。 『天鵞絨の逢引』を奏で、仲間の知覚抵抗を上昇させる。ともに、見張りが侵入者に気づいた。 「誰だっ!」 「曲者!」 その声に、バラバラと屋敷から飛び出してくる影が見えた。 ライの流星錘が見張りの顔面めがけて飛び、花梨の槍がもう一人を昏倒させた。まずは二人を縛り上げ、猿轡を噛ませる。 中書令は『夜の子守唄』に切り替えた。 向かってくるシノビたちの態勢が崩れる。 ライは流星錘を操り、シノビの目を眩ませると同時に『奔刀術』を発動させて忍刀を振るった。そして、琵琶を奏でる中書令へ手裏剣を投じようとしたシノビに手裏剣を放ち、懐へ飛び込むと鳩尾を突いて気絶させた。 手早く荒縄で縛り上げる。 「あとはお願いします」 ライは中書令へそう言うと身を翻し、屋敷へ駆けて行った。 黯羽は庭を突っ切り、骨董蔵へ真っ直ぐ進んだ。 「貴様ら……っ!」 シノビが苦無を構えたところへ、黯羽が『呪撃符』を放ち、間髪入れず『斬撃符』で攻撃を封じる。それへ花梨の『覚開断』が襲い掛かり気絶させた。 骨董蔵の鍵を槍で打ち壊した花梨は威勢よく声を上げる。 「ほいほい出て来な、全部ぶっ潰すで!」 言いざま、派手に蔵の扉を蹴破った。 「待て。別に持ち主が悪かったからってぇ言ってモノが悪ぃワケじゃねえだろう。骨董狂のお眼鏡にかなった名品をぶっ壊すのは後の世に悪ィぜィ?」 黯羽が苦笑しつつ言う――そこへ、誰何の怒声とともにシノビが苦無を横薙ぎに払いつつ襲い掛かる。 花梨の『覚開断』がシノビの苦無を弾き飛ばし、黯羽が『呪縛符』を放って転倒させた。 ぶん、と唸りをあげた槍鋒がピタリとシノビの心臓の上で止まる。 「あんさんが『わるいひと』ちゅうやつ? ちゃうん? ほな悪かったで。うちは『やつあたりする、めいわくなひと』ちゅうやつかな♪ ……世の中には『生き地獄』『死んだほうがマシ』ちゅう言葉があるんやって。どういう意味やろな? あんさんが意味を知ったら、いつかうちに教えて欲しいものやで」 花梨の笑顔が段々とうすら寒いものに変わっていく。 ぎらりと光った穂先――だが、シノビの腹深く沈んだのは石突の方だった。 「ほれ、また一人……」 黯羽は呟き、『斬撃符』を放った。 サナトスは大剣を手に、用心棒を求めて屋敷の中に入っていた。 「チョロチョロされるのは嫌いなんだよねぇ……。ほら、かかって来なよ」 呟き、大剣の重量にものを言わせて天井を突き破る。 罵倒しつつ降ってきたシノビが苦無を彼に振り下ろす寸前、サナトスの体が光を帯び、大剣が凄まじい速さで薙いだ。 どさり、という音を背後に聞いた。 「……っ! 貴様……!」 廊下を駆けてきた用心棒が怒声を放って刀を抜く。 サナトスの相貌に壮絶な笑みが浮かび上がった。 「君は死ぬ覚悟と生き抜く覚悟、どっちがある人なんだろう? どっちも抗ってくれるからどっちでも良いんだけどさ」 くつりと笑い、『オーラ』に包まれたと思った瞬間、『スタッキング』で用心棒の懐まで入る。だが、本能的ともいえる動きで逃れた用心棒は、間合いを取って刀を正眼に構えた。 「……」 サナトスは大剣を引っ提げ、笑みを浮かべて用心棒へと歩み寄っていく。 気合を放って大上段から切り掛かる刃を大剣が受け止める。一合、二合……サナトスは避けず、すべて大剣で受けた。故に、用心棒の刀は折れ飛んだ。 サナトスの顔に笑みが浮かび上がった瞬間、大剣は用心棒を叩き斬っていた。 「……の、ケモノめ……」 血を吹きながら床に落ちる用心棒へ、サナトスはくつりと笑った。 「獣? 僕はそんな汚くて弱いものじゃないよ。ただの修羅さ」 中書令の琵琶の音がゆったりと流れ続けている。 晴臣の『人魂』はひっきりなしに屋敷内に飛んでいく。 そして、あちらの方で騒ぎがあがった。 「行こう」 惟雪が鉤縄をかけ、するすると壁を登っていく。晴臣、永久、アレーナと続いた。 「何奴!」 誰何の声が前方から上がり、アレーナが鮮やかに剣を抜き放って『流し斬り』と同時に『手加減』を加えて昏倒させる。 「お見事」 言って、惟雪は手際よく隠し武器を見つけ出し、ちゃっかり自分の懐に入れて縛り上げた。 晴臣の先導で『主』がいる奥の間へと走る。 惟雪が天井へ向かって手裏剣を撃った。ムササビのように落ちてきたシノビをアレーナが相手取る。 「邪魔はさせませんわ!」 シノビの攻撃を『ガード』で受け止め、殲刀を翻し、弾き飛ばすやいなやの『流し斬り』。更に、横合いから突き出された苦無をさらりとかわし、手首を柄で殴ってその流れのまま刃を走らせた。 惟雪は先ほどと同じく、武器を取り上げてから荒縄で縛る。 「……逃げる……」 晴臣の呟きに、永久が少し眉根を寄せた。 「隠れる前に何かで誘きだすか……警備の多い方へ向かうか、だね」 骨董蔵が襲われ、逃走に二の足を踏んでいた『主』は、手勢のシノビがほとんど倒されたと知って、用心棒と秘密通路へ走ってきた。 「な、なんだ、あの琵琶は……?」 青白い痩せぎすの――絹の豪奢な着物を身に着けた、屋敷の主だと間違えようもない――男が、訝しげに用心棒に訊く。 「某にはわかりません。賊の戯れかと」 用心棒がぶっきらぼうに応えながら奥座敷の襖を開けると、小柄な女が床の間の前に立っていた。 「行かせませんよ」 ライは手裏剣を構え、秘密通路の入口の前に立ち塞がる。 「貴様……!」 用心棒が『主』を庇って刀を引き抜いたとき、座敷に踏み込んで来た永久は『一喝』を放つ。『烈風撃』で二人を吹っ飛ばすと同時に、狂伐折羅を用心棒に振り下ろした。 がっき、と刃が鳴る。 「さて、お相手願おうかな」 永久は金の瞳に強い光を浮かべ、唇に薄く笑みを刷く――紅い刃が半円を描いて用心棒へ襲い掛かった。 「ぶ、無礼者! ここをどこだと……ち、近寄るな! 撃つぞ!」 ぶるぶると震える手で拳銃を向ける『主』を、晴臣は冷めた目で見下ろす。そして、ぽつりと呟いた。 「……草だけ刈って根は健在だったけど、今度こそ断てるかな?」 何のことかと眉をひそめる『主』にいきなり粉が投げられ、式の白隼が拳銃を弾き飛ばした。 ライがすかさずそれを拾いあげる。 「な、なんだ、これは! ……甘い……?」 『主』は、顔面にかけられた薄紅の粉が目に入ったのか、ばたばたと袖を振った。 「うん……それね。賞味期限が切れたお汁粉――」 しれっと言った晴臣はちらりと永久に目をやる。 「……食べ物を粗末にしたらお坊さんに叱られるか、ちょっとどきどきしてるんだけど……」 用心棒の攻撃を受け止めた永久は、一瞬、目を丸くして苦笑を洩らした。 「では、後で拙僧の説教でも聞いてもらおうか」 言いざま、用心棒へ『烈風撃』を放つ。視界の端に肩を竦めた晴臣が見えた。 そして、衝撃波を受けて障子を破りながら倒れこんだ用心棒の鳩尾を石突で突き、気絶させる。と。 「……惟雪、どうした?」 荒縄で縛り上げようとした永久は、なぜか呆然としたように突っ立っている惟雪に気づいて声をかけた。 「あ、いや……。大丈夫だ。こいつは俺が縛ろう」 惟雪はぶるん、と頭を振ると永久から縄を受け取った。 床の間では、『呪縛符』で『主』の動きを封じた晴臣が、隠し武器がないか確認していた。そして、手早く縄で縛り上げ、猿轡を噛ませる。 「うー、ううー」 唸りながら芋虫のようにごそごそと動いて逃れようとするのを押さえつけた。 「まったく……欲が溢れると、こういうことになるのかな……他者の命をないがしろにしたら……人間もアヤカシと変わらないな」 低く呟いた永久は哀しげに目を伏せる。 晴臣は小さくうなずき、呼子笛を長く吹き鳴らした。 庭の一所に集められた用心棒やシノビたちと、屋敷の主――中書令は琵琶を弾いていた手を止めた。 惟雪は屋敷の門を開け放ち、開拓者たちに頷く。 撤退していく開拓者たちの最後、花梨は足を止めて『主』の前に立った。 「……言うとかな、あかん。お頭さんは……平気で人の命を捨てれる人は、母親より、骨董品が大事だったんやろか。お母さんがどないな死に顔やったんか、お頭さんは、知ってるんやろか? 骨董ってそんな価値あるもんやったん?」 自分の背丈より長い片鎌槍を手にした、少女らしき武僧を見上げ、『主』は目を見開いた。 彼は母親が自害したことを知らないようだった。それは無論、彼の母親の要望で知らされていなかっただけのことではある。 だが……。 惟雪はその様子をじっと見つめていた。 「……この一連の事件で亡くなった人、皆、誰かにとっては大事な人やったはずや……」 そう呟いて、花梨は門から出て行った。ちらりと惟雪に目を向けた少女へ、彼は小さく頷き返した。 開拓者たちが撤退して入れ替わるように入ったのは、嶌田とその手勢である。 すれ違いざま、惟雪は不機嫌そうに言った。 「……後で説明してもらおうか」 ● 翌朝、神楽の町へ戻る開拓者たちを惟雪は見送りにきた。 「……ありがとうよ。まあ、こんど伊堂に来るときは遊びに来てくれ」 晴臣が考えこむように言った。 「この先、惟雪に害が及ばないか心配だね……」 「いや……たぶん、もう大丈夫だろう。まあ、どうにもこうにもってことになりゃ、夜逃げでもするさ」 軽く笑った惟雪に、晴臣は苦笑を返す。 「武僧の嬢ちゃんも……帰ったら、思い切り秋祭りを楽しんでくれ」 そう言うと、惟雪を見上げた花梨はうん、と笑って頷いた。 元気で、と言って去っていく彼らを見送ってしばらくして――惟雪は低い声で言った。 「一体、どういうことだか教えてもらおうか、……嶌田さんよ」 振り返り、嶌田の『屋敷の主』によく似た相貌を見下ろした。 「うん。たまげるぐらい似てたねえ……」 予想に反して、嶌田は疲れたように笑う。 「白々しいことを……。どう見たって血縁だろうが!」 惟雪の抑えた怒声に、しかし嶌田は『否』と、きっぱり首を振った。 「……まあ、似ているとは言われてたよ……」 嶌田は『主』の母親とは面識があった。 正月の宮参りで、そこに居るはずもない『息子』が武士のようないでたちで歩いているのを見た夫人が声をかけたのが最初―― 「それがご縁で、たまに屋敷に呼ばれる程度だったんだが……」 今回の依頼も、嶌田の役職を知って駆け込んで来たものだが、『家の名』に縛られた自分には自害するよりなく、それによって嶌田の手を煩わせてしまうことを深くお詫びする――嶌田に宛てられた遺言にはそう綴られていた。 「……じゃあ、本当に他人の空似ってやつなのか……?」 「ああ。……まあ、あれだけ似てると、他人なのが嘘のように思えるけどね。自分で言うのもなんだが」 相変わらず、嶌田は微笑を浮かべたまま飄々と喋る。 惟雪は口を開きかけ、やめた。がしがし頭を掻いて、ひとこと言った。 「今回働いてくれた開拓者たちにどっかで会って得物を向けられても、お前ぇさん、文句は言えねえぜ?」 「そりゃ怖いな。……まあそんときゃ、穏便に理由を言うよ」 白々しく怖がる嶌田をジロリと一瞥し、惟雪は『じゃあな』と言って踵を返す。 「また何かあったら頼むよ、惟雪さん」 「冗談じゃねえ! 二度と俺の前に現れんな!」 怒鳴り返して立ち去っていく惟雪の後姿を嶌田は苦笑しながら見送り、そしてゆったりと踵を返した。 |