兀洞
マスター名:昴響
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/22 23:00



■オープニング本文


 村は石灰岩を有する山の麓にあり、村人はその石灰岩を都で売って生計を立てていた。
 その彼らが絶対に手を出さない場所が一か所だけある。
 『鬼神窟』と呼ばれるそこは巨大な鍾乳洞となっており、四方八方に伸びる洞穴のあちこちに美しい水晶の結晶群が存在していた。
 運び出された石灰岩に混入している水晶を見て、その美しさに結晶を欲しがる好事家や加工職人もいたが、昔から水晶を守る鬼神が棲むと言われており、村人は頑として首を縦に振らなかった。
 ある夜、その水晶の噂を聞いた街の男が、こっそり『鬼神窟』へ入ったまま戻ってこなくなった。
 翌朝、その洞窟の前に誰のものかわからぬ衣服が落ちているのを村人が見つけ、彼らは鬼に喰われたのだと噂した。
 百年以上も昔の話である。



「……なるほど。それでこうやって祠を建てたんですね」
 旅の絵師は小さな鳥居の前で手を合わせた後、案内してくれた村長に微笑んだ。
 皺に埋もれた小さな目をさらに細めて老人は笑う
「まあ、実のところ鬼に喰われたのか、単に迷って出られなくなったのかわかりませぬがのう……さて、では鍾乳洞にご案内しようかの。『鬼神窟』ほどではないが、それなりの洞窟じゃよ」
「ありがとうございます」

 物珍しい話を聞けばつい足を運んでしまう絵師だが、此度は絵を描いているときに村人に声をかけられ、この鉱山夫の村へ入った。
 村長曰く、鉱山の村といっても、産出量は多くない――というより、乱掘しないよう昔から村の決まりごととしてあるようだった。
 だからこそ、山の恵みは長くもたらされているのだろう。
 とりとめもない老人の昔話を聞きながら、絵師はふと視線を上に向ける。
 山々は少しずつ秋の色を見せ始め、抜けるような空の青との対比が美しい。
 そしてごつごつした岩肌が多く見受けられるようになった頃、前方から小さな子供が転がるように駆けてきた。
「あっ! おさのじーちゃん!」
「どうした、六太?」
 年のころは五つか六つの男児は村長の顔を見るや、わっと声をあげて泣き出した。
「ほれほれ。泣いておってはわからんぞ……」
 老人が小さな背を叩きながら子供に言うと、六太はしゃくりあげながら『さくが、さくが』と言うばかり……。
 そうこうするうちに、子供が駆けてきた方からどやどやと数人の村人が駆けてきた。
「あ、長! ちょうどよかった! 平太んちの『さく』が、鍾乳洞に入ったっきり出てこねぇんだ」
「なんじゃと?」
「だからあれほど奥へは行くなと言ったのに!」
 六太の父親らしい男が息子を叱りつける。子供は大泣きしつつも反論する。
「おらは行くなってゆったもん! 後ろ見たときはもういなかったんだもん! 何回も呼んだけどさくの声はしなかったもん」
 拳を振り上げた父親とさらに大泣きする子供の間に、村人が『まあまあ』と割って入る。
 村長はその鍾乳洞へ足早に向かう。
 絵師はまるで影のようにそれへ付いていった。

 入口は大人一人が通れるほどの大きさの穴だが、階段状になった岩を伝って降りると冷んやりとした巨大な空洞になっていた。
 ゆるゆると垂れさがった鍾乳石の肌は見た目に反してざらりとした手触りだ。
 長い年月をかけて形成された鍾乳石は、なるほど奇岩と称されても不思議はない。
 岩壁の脇をちょろちょろと水が流れ、触ってみると非常に冷たい。
 幾人かの者が洞穴から戻ってくる。
「おまえさん、さくは……?!」
 子供の母親らしき女が一人の男に勢いこんで尋ねるが、男は表情を曇らせ首を振った。
「……右にはいなかった」
「左もだ」
 彼らは見知っている洞穴に入り、子供を探したが見つからなかったという――とすれば、立ち入ることを禁じた場所へ柵を越えて入った可能性もある。
 居てもたってもいられなくなったのだろう、母親は男たちが出てきた洞穴へ走りこもうとした。
「……さく!」
「待て! 闇雲に入って見つかるわけがないだろう!」
「だって! ……鬼が連れてったんだわ……! 鬼が……わたしのさくを!」
 引き戻され、半狂乱で泣く女をなんとかなだめようと、夫は背中をさする。
「やっと、やっと授かった子なのよ……」
「大丈夫だ、きっと戻ってくる」
「……この奥は、案内がなければ進めないのでしょうか?」
 低い静かな声に、人々は初めて絵師の存在に気が付いた。案内していた長でさえ、今の今まで忘れていた。
「……あんたは……?」
 訝しげに尋ねた村の男に、絵師は『絵描きです』とだけ応える。
 そして、絵師の問いに村長が応えた。
「案内がなければ難しかろう……柵を設けた場所は地の割れ目があったり、とかく足場の悪い場所かさらに枝分かれする洞穴への入口じゃからの」
 村長の言うように、幾筋もの道に枝分かれする鍾乳洞を捜索するのはそう容易なことではない。足を踏み外せば奈落の底という場所もあれば、体を横にしなければ行けない場所など、どうしても危険が付き纏う。
 そうですか……と、絵師は少し考え込む。
「これは提案なのですが……開拓者ギルドで捜索する手伝いを申請されてみてはどうですか」
「開拓者ギルド……?」
「ええ。彼らにはさまざまな能力がありますから、洞穴で人を探せるような者に協力してもらうのです。もちろん、行けるところまでの案内はあなた方にお願いすることになると思います。とはいえ、彼らが必ず坊やを探し出せると断言することはできませんが」
 母親は縋るような目で長老と絵師を見つめる。
 痛ましげにそれを見遣った長老は頷いた。
「そうさな……少しでも探せる範囲が広がるなら、願い出てみよう」


■参加者一覧
巳(ib6432
18歳・男・シ
落花(ib9561
14歳・女・巫
ファラリカ=カペラ(ib9602
22歳・男・吟
大谷儀兵衛(ib9895
30歳・男・志
カルマ=G=ノア(ib9947
65歳・男・陰
ジーン・デルフィニウム(ib9987
22歳・男・ジ


■リプレイ本文


 鍾乳洞への入口となる洞穴の中、鍾乳洞内部の簡単な説明を聞いた開拓者たちは松明や装備の点検を行う。
「幼き子供が、こんな所に一人で……さぞ不安な事でせう。一刻も早く、見つけてあげませんと……」
 不眠症の青白い相貌を曇らせて言ったものの、落花(ib9561)の本心は別にある。
(だから子供は嫌なんだよ。もー……親もちゃんと見とけっての。まぁ仕事受けた以上はやりますけどね)
 長身を折り曲げるようにして洞穴から鍾乳洞を覗いていたファラリカ=カペラ(ib9602)は、心配そうに呟いた。
「暗いところで、お一人は寂しいでしょうね……早く探してあげないと……」
「無茶をするのが子供の仕事、尻を拭うのが大人の仕事だ」
 荒縄を点検しながら言った大谷儀兵衛(ib9895)は、一尺以上も背の高いファラリカを見上げた。
「一雨ごとに寒さが増しております。体調を崩してしまう前に、救出いたしましょう」
 カルマ=G=ノア(ib9947)が言う。背筋のぴんと伸びた姿は猫背のファラリカとずいぶん対照的で、ジルベリアの上品な紳士然とした風貌は、こんな洞窟にいるのが不思議な感じがする。
「全く……鬼が出ようと出なかろうと、鍾乳洞なんて危ない所に赴くとは、おバカさんですね」 
 白に近い銀髪を邪魔にならないようまとめながら苦笑したジーン・デルフィニウム(ib9987)に、旅の絵師が微笑む。
「まったく……と言いたいところですが、私もこういう場所は入ってみたい衝動に駆られる人間ですので、ちょっと耳が痛いですね」
 ジーンがちょっと目を見開き、くすりと笑ったが、ふいに思案するように呟く。
「鬼とは……本当に『鬼』なのでしょうか。複雑な地形の中を吹く風の音が鬼の呻きに聞こえたとか、地下の熱変成作用によって大理石となった石灰岩の乱獲を防ぐ為とか……」
「……さ。そのあたりの真相はどうでしょうね……。私も少し興味があります」
 絵師は鍾乳洞の闇を見透かすように頷く。
「へぇ……お前が旅の絵師様ってぇやつか」
 す、と近寄ってきた青年――巳(ib6432)は、村長から聞いたのか、肯定した絵師を真っ直ぐ見据える。
「なら、いつか俺の絵姿も描いてくれよ。……お前が見る俺の姿ってぇのをな」
 朱を施した金の目を細めてにたりと笑う青年を、絵師は束の間じっと視線を注ぎ、ふ、と微笑した。
「そうですね。いつか、是非」
 開拓者たちとは別の入口から捜索に加わる絵師は、村人に呼ばれて踵を返す。それへ巳が声をかけた。
「一つ聞いていいか? はいか、いいえだけで応えてくれ。……お前は志体持ちか?」
 絵師は立ち止まり、彼の真意を計りかねたものの、『はい』と頷いて村人たちのほうへ歩いて行った。


 六太がさくを見失ったあたりは、いくつかの横穴が存在する空間だった。
 松明の炎は抜けていく風によって右へ左へと揺れる。
 横穴へ入る前に、大谷はさっそく痕跡がないか調べたが、揺れる明かりや鍾乳石の凹凸面で非常に見づらく、これといったものを見つけることはできなかった。

 立ち入りを禁止する柵の向こうは全き闇だった。
「さーて。ガキ一人探すだけで六人とは大層だが、行くかぁ……」
 軽い調子で言った巳の目が、発動した『暗視』によって淡く光り始める。そして闇の中へ滑るように入っていった。松明を持ったカルマとジーンが続く。
 彼らが入った『道』は幅が狭く急勾配で、誤って踏み外せば暗黒の底無し――そして天井は鍾乳石の壁が闇の中に消えていた。
 先導していた巳が注意を促す。
「気をつけろ、ここは滑りやすいぞ。……縄投げても、滑ってどっちもご臨終じゃぁ世話ねぇからよ」
 奈落の底のような闇を見下ろし、けらけらと笑う。
「ふむ。これは……落ちるとご臨終したことさえ確認できそうにありませんね」
「……あまり想像したくありません……」
 崖下にちらりと目を遣りさらっと言ったカルマへ、ジーンがややげんなりとして呟く。前方で巳の軽い笑い声がした。
「おっと。横穴か……水の音……川か?」
 危険な崖が途切れ、両脇に白い鍾乳石の柱が立ち並び始めたころ、巳が立ち止まり闇を覗き込んだ。
 かすかにどう、という音が聞こえる。
 カルマの『人魂』が闇の中に入っていく――式の目を通してカルマに見えるのは闇だけだ。それがいきなり進路を遮られる。壁を伝い下へ降りていく途中で『人魂』が消えた。
「深いですね……おそらく、ここも崖になっているのでしょう。巳さんが仰るように、地下水の流れがあるのかもしれませんね。……先へ進みましょうか」
「あるいは鍾乳洞の中に滝があるのかも……」
 ジーンは少し首を傾げながら言い、板に白墨で印をつけ、手元の帳面に地図を書き込んでいく。
 こんなところへ子供が落ちていないことを祈るばかりだ。


 一方。
 落花、ファラリカ、大谷が入った『道』は横穴が多く、しかも上下から鍾乳石の柱が伸びてきているような場所だった。
 松明の光に照らされた奇岩はなんだか妖怪じみて見える。
 彼らはお互いの体を荒縄で繋いて進んでいた。
(く、暗い。寒い……何ここ最悪……うわ! 今足濡れた!?)
 松明を掲げていても光が闇に吸い込まれるように薄暗い。
 どこからともなく流れてくる冷たい水に、落花は思わず飛び跳ねて上から垂れ下がっている鍾乳石と危うく激突するところだった。
「さくー、どこだー」
 松明を持って先導する大谷が呼ばわる――声は四方へ響き渡り、注意深く耳を澄ましていないと方向が判じにくい。
「しかし、暗いですね……さくさんを見逃さないようにしないと……!」
 ファラリカが下から生えた鍾乳石を避けながら呟く。『超越聴覚』を使用し、横穴を一つ一つ探っていくがそれらしい音はなかった。
 大谷は進みながら壁や足元を照らして変わった痕跡がないか見てみるが、鍾乳石を流れている水がてらてらと反射するばかりだった。
(……鬼の可能性はなさそうだが……ん?)
 進むうち、なぜか闇が薄まっていく。
「あら? なんだか明るいですね……」
 ファラリカは呟き、あたりを見回した。
「こっちか! ごふ……」
 大谷は曲がりくねった鍾乳石の隧道を足早に進もうとして腹に縄が食い込み、つぶれた声を出す――数珠つなぎになっていることをすっかり忘れていたらしい。
 三人が明るい方へ進むと、岩壁が崩れ落ちているのか燦々と陽光が降り注ぐこぢんまりとした小部屋のような場所に出たのだった。


 ジーンが白墨で印をつけた板を置く。
 途中、『道』が途切れ、進むには跳躍しなければならない箇所があった。
 シノビの巳は『暗視』もあり、一つ松明を受け取って軽々と飛び移ると縄を放ってよこした。
「カルマさん、どうぞ。私は『ラティゴパルマ』でいけますから」
「はい。ではお先に」
 縄を掴んでカルマが飛び移ったあと、ジーンは鞭を太めの鍾乳石へ引っかけるようにして飛んだ。
「……こっちの道にゃガキは来てねぇかもなぁ……志体持ってたとしても、五つ六つじゃ無理だろ」
 巳がぼそりと呟く。
「そうですね……一人では、無理でしょうね」
 カルマは飛び移った距離を見て頷いた。
 思案するような表情で帳面に地図を記したジーンは、崩れ落ちた『道』の底へ視線を転じる。目を凝らしても誰かが滑り落ちたような形跡はない。
 とりあえず、三人はもう少し進んでみることにした。
「さくー、いたら返事しろー。……ちっ、いちいち反響するのが面倒だな……」
 巳があたりへ向かって呼ぶ。が、響き渡る声に舌打ちした。
 右へ左へうねる鍾乳洞は、水の流れる音が遠く近く聞こえる。
 ジーンは細かに記載していき、その都度白墨で印をつけた板を置いて行った。
 松明が揺れたとき、何かきらっと光るものがあった。
「おや? 待ってください。何か光りました」
 カルマは先へ進む巳へ声をかけると足を止め、慎重にあたりを確認してそっと近づいてみる。
 赤黒い鍾乳石の壁に小さな水晶が見事な造形を見せていた。
「ほう、これはこれは」
 カルマの感嘆にジーンも傍へ来る。彼もまたその水晶を見て瞠目した。
「なるほど。水晶に纏わる昔話は、あながち嘘でもないんでしょうね……不純物もなく、好事家が欲しがったのも頷けます」
「……持って帰るか」
 二人の後ろから覗き込み、悪戯っぽく言った巳へ、カルマが冗談なのか本気なのかわからない至極真面目な顔をして首を振った。
「およしなさい。水晶を盗んであなたが鬼に浚われたとあっては、それこそ木乃伊とりが木乃伊になります」
「……木乃伊は勘弁だなぁ」
 一瞬、きょとんとした巳はけらけら笑って踵を返す。
 再び進み始めた三人が大きな岩の割れ目の前を通りかかった時だった。

「……あいたぁっ!」

 別の道をいったはずの仲間の声が聞こえた。次いで、呼子笛が二度吹き鳴らされる。子供が見つかった合図だ。
 三人は思わず顔を見合わせ――。
「……派手にぶつけやがったな……」
 巳はケタケタ笑いながら岩の割れ目へ入っていき、カルマとジーンもそれへ続いた。


 陽光の降り注ぐ小さな空洞は、鍾乳石と植物が共存して不思議な光景を作り出していた。
 落花は入ってきた場所に苦無でしっかりと印をつける。
 そこは、まるで手を広げたようにいくつかの横穴への口がぽっかりと空いていた。もっとも半数はただの窪みだったが。
 大谷、落花、ファラリカは何か手がかりはないかと目を凝らす――と、大谷が一つの横穴付近の苔がこすられたような痕跡を見つけた。
「さくー、いるかー?!」
 大谷が叫ぶ。声は波打つように横穴へ吸い込まれていった。
「リュートを弾いてみます。……さくさんに聞こえますように……!」
 ファラリカは『超越聴覚』を発動させつつ、リュートの弦をつま弾いた――常に猫背の彼が、演奏を始めた途端すっと背筋が伸び、実に楽しげに楽を奏でる。
 陽光の差し込む鍾乳洞と青々とした植物。そして山羊の角を持つ大柄な吟遊詩人の姿はどこか、異国の神話の世界を思わせるほど不思議な光景だった。
 大谷も落花もしばらくその音に聞き惚れる――と、ファラリカが目を開き、何か聞き取るように横穴を注視した。
「――っ! さくさんですか?! そこにいるのね!?」
 リュートの弦から指をはなし、横穴へ呼びかける。大谷や落花には子供の声は聞こえなかった。
「行きましょう、こっちにいるようです!」
 ファラリカは楽器を背にして松明を持つと横穴へと入っていく。
「おう」
 大谷が応え、ファラリカに続いて穴へ入り、落花が追った。
「さく、動くなよ。今そちらへ行く。……動くなよ。お前一人で帰られては俺達の面子が立たん」
 大谷が闇に向かって叫ぶ。
「……確かに……」
 落花が口の中で同意する。
 奥の方からか細い音が聞こえてきたが内容までは聞き取れなかった。
 松明を掲げ、ファラリカは『超越聴覚』で声の方へ進んでいく。そして、高さ四尺ほどしかない小さな隧道に入っていきながら、仲間たちへ注意を促した。
「暗いですねぇ……皆様、お気をつけてって、あいたぁっ!」
 ゴッ、という重々しい音とファラリカの声があたりに響き渡った。
 そして、彼らが狭い隧道から降り立ったそこは、恐ろしく巨大な鍾乳石が林立する、不思議な青い光を放つ泉と水晶が幻想的な世界を造りだしていた。
「……よかった……助けにきてくれて……」
 彼らの足元で、蹲っていた子供がほっとしたように呟いた。



 大谷が持っていた呼子笛を吹き鳴らす。この巨大な洞穴に無数に空いている横穴のどれかを伝って仲間に届けばいいが……。
「さくさん……ですか? もう大丈夫でございますよ。怖かったでせう……」 
 落花はすぐ子供の怪我を確認する。子供は擦り傷程度で大きな怪我はなかったが、空腹で若干衰弱しているようだった。
 大谷の雛あられと落花の『神風恩寵』で少し元気を取り戻したころ、少し離れた横穴から巳、カルマ、ジーンが出てきた。
「よかった……無事だったんですね」
 ジーンはさくに微笑むと、キャンディを取り出して子供の手に落としてやった。
「ありがとう……」
 さくはぺこりと頭を下げる。
「おやおや……これはまた素晴らしい……」
 今度は別の方向から声が聞こえ、横穴からするりと出てきた絵師は――集まった開拓者や子供を見て微笑んだ。

 さくはジーンからマントを借りて温まりながら、経緯を話す。
 彼が通って来たのは開拓者たちが入った洞穴とは全く別の道で、ファラリカが演奏をした場所へ出て、ここまで来たらしい。
「おれ、あそこで遊んでて落ちたんだ。気が付いたら真っ暗で、呼んでも誰もいなくて……そしたらふわふわする光が出てきて……それについてきたらここまで来てた……帰ろうと思って、穴に入ろうとしたら、光がだめだって邪魔するから……」
 そう言って巳たちが来た穴を指す――もし行っていたなら、おそらく命はなかっただろう。
「……まあ、何にせよ無事でようございました。さ、早く皆のところに帰りましょうか」
 カルマは微笑を浮かべ子供に言う。そして、
「洞窟を出て、家に帰るまでがお仕事です。帰り道も油断せずに参りましょうね」
 まるで教師のように言って、仲間たちを唖然とさせた。
「よし。じゃあ、おぶされ」
 大谷が背を向けると、さくは大人しくおんぶされる。そして、ファラリカの背にあるリュートに目を止め、訊いた。
「さっきの音楽、にいちゃんが弾いてたの?」
 ファラリカは『ええ』と笑う。
「上手だね! あのね。あの音楽鳴ってるとき、光がぴょんぴょん踊ってたよ」
「あら……本当?」
 ファラリカは嬉しそうに首を傾げる。
「それは、是非聞いてみたいですね……こんな場所で美しい音を聞けるなんて、ちょっとないですからね」
 珍しく絵師が口添えし、仲間の同意を得られた彼はリュートを抱えた。
 澄んだ音色が響き渡る――ふ、と風が通っていった。そして青い不思議な光を放っていた泉にさざなみが浮かび上がる。
「あ……ほら!」
 さくは嬉しそうに大谷の背から指を差した。
 鍾乳石と水晶群の間に、ふわふわと光るものが見えた。やがてそれはヒトガタのような形をとると、リュートの音に合わせてゆらゆらと揺れる。

 ――やがて光は消え、巨大な洞穴は再び静寂に包まれた。



 鍾乳洞から出てきた開拓者たちを、村人は大歓声で迎えた。
 六太とさくの両親はすっ飛んで来て、何度も頭を下げる。
「無茶をして大人に迷惑を掛けたなら、その分大人になった時に子供を助けてやれ」
 さくの頭に手を置いてそう言った大谷へ、さくは大きく頷いた。
「無事見つかり、ほんに良うございました」
 口々に礼を言い、別れを惜しむ村人たちに、落花はにっこりと笑う。
 そして彼らに見送られ村を出たとたん――。
(はあ……疲れた)
「……皆さん。家に帰るまでがお仕事ですよ」
 背筋をぴんと伸ばし、こつりと仕込み杖を鳴らしたカルマは、しっかりと仲間たちに念を押したのだった。