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■オープニング本文 ● 「ヤギだぁ?」 警邏番の惟雪は素っ頓狂な声をあげた。 ここのところ世間を賑わしている『ヤギ』――この伊堂でもじわじわとその恐ろしさが広まってきていた。 高級な紙を扱う店、甘味屋が体長一尺から三尺に及ぶ『ヤギ』の集団に襲われ、商売あがったりの気の毒な事件が続いていたのだが、とうとう上役から神殿の宝物――特に、貴重な巻物や書画、書物を損失することのないよう警備を強化する旨の通達が降りてきたのである。 見たところぬいぐるみのようで、その実、精霊に属するらしく『討伐せよ』ではなく『追放せよ』とある。 『ヤギ』はもふらさまと同じく美味しいものなら何でも食べるらしいが、紙までたいらげるとなれば迷惑なことこの上ない。 やれやれ、と仲間たちと溜息をついたとき、番所の戸がガラリと開いた。 立っていたのは赤い髪の娘――小具足をつけているところを見ると開拓者のようだが、伊堂では見かけない顔だった。 「何か用かい?」 戸口の近くにいた一人が声をかける。 「これ。泥棒」 娘はぶっきらぼうに言うと、襟首を掴んでいた男を番所の中に放った。 警邏番たちはわっと男を取り押さえる。 「ありがとうよ、嬢ちゃん。ちなみに、これどこにいたか教えてもらえるかい?」 不意に頭上から声が落ちてきてぎょっとしたようだったが、真っ直ぐ惟雪を見上げて応えた。 「神殿、ていうの? そこの裏の山」 「そうか……あああ……そっちもあったか……」 惟雪はげんなりして掌を額に当てた――そして、ふと尋ねてみる。 「嬢ちゃんはヤギ騒動を知ってるかい? ぬいぐるみみてぇなヤギの精霊が大量に出てるってぇ話なんだが」 赤髪の娘はこくりと頷く。 「知ってるよ。ジャック・オ・ランタン捕まえてヤギを追っ払おうって、あちこち躍起になってる」 「ジャック……なんだって?」 「ジャック・オ・ランタン。南瓜のお化け……っていうより、精霊らしいよ。それを見せるとヤギが逃げてく……ここはまだ出てないのか?」 首を傾げた娘に、惟雪は簡単に説明してやる。そして、独り言のように呟いた。 「まあ、ぶっちゃけ、神殿内の巻物が喰われたところで痛くも痒くもねえんだが……これに乗じて盗賊どもにやられたんじゃあ目も当てられねえからなあ……」 すると。 「ごめん」 娘がいきなり謝る。きょとんとして見ると娘は少しバツの悪そうな顔をしていた。 「その……泥棒の仲間が、あと何人かいるみたいで……逃げられた」 惟雪はしばらくまじまじと娘を見ていたが、いきなり笑い出した。 「なんで笑う! 俺だって武器がちゃんとしてればあのくらい……」 娘はむっとしたように頬を赤らめ、惟雪へ食ってかかる。男の方は『いやいや』と手をひらひらさせた。 「すまねえ。馬鹿にしたわけじゃねえのさ。神殿を狙う盗賊の類は十人や二十人じゃきかねえ。一人でどうこうしようなんてえのは骨折り損だぜ――けど、嬢ちゃんは腕っぷしに自信があるみてえだな?」 「……ちょっとは……俺は、陰陽師だし」 数人を捕まえられるとほのめかす割に、こたえは何となく心もとない。 惟雪は首を傾げ、そして娘の手にある変わった手甲に目を止めた。陰陽師なら術を使用することで仕事を果たそうとするものだが、この娘はどうやら違うらしい。 少し鎌をかけてみることにした。 「その武器とやらは壊れてるのか――陰陽師なら術で仕事するもんじゃないのかい」 「みんなそう言う。でも、俺はそれじゃ嫌なんだ。後ろで式を放つだけなんてのは」 意外にもはっきりとした答えが返ってきた。 変わった陰陽師もいるものだ。 それ以上に、娘の持つ潔さと素直さは惟雪には好ましいものに思えた。 だから、あえて口にした。 「なるほど……じゃあなおさら、自分の落ち度を武器のせいにするような真似はしねえでおくんだな」 とたん、娘は顔を真っ赤にして眉を吊り上げる。だが、男の言葉は正しいと思い至ったか、彼女は開きかけた口を引き結んだ。 (若ぇってなあ、いいよなあ……) えらく年寄くさい感想を洩らして、まだ顔を真っ赤にしている娘を見下ろした。 「嬢ちゃん。伊堂にいるついでに名誉挽回していかねえか?」 惟雪の言葉に、娘はきっと彼を睨みあげる――この男には何の痛痒も与えてはいないようだったが。 「ヤギだの盗賊だので大忙しだ。俺達警邏番だけじゃ、それこそ手が足りねえ。特に神殿周りはてんやわんやになる。俺はこれからギルドへ行って応援を頼むつもりだが、それにお前えさんも加わってくれねえか?」 娘はしばらく惟雪を睨んでいたが、ぼそりと言った。 「……俺は盗賊の捕縛にまわる」 「ありがとうよ――っと、そういや、嬢ちゃんは名前なんてぇんだい? 俺は惟雪ってんだ」 「……朱真」 「シュマか。よろしくな」 むっつりと応えた朱真(iz0004)に屈託なく人懐こい笑みを向けた惟雪は、応援要請を出すため番所を出て行った。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
イーラ(ib7620)
28歳・男・砂
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 ● 番所で惟雪たちと盗賊・ヤギの対処について話していると、からりと戸が開いた。そこに立った小柄な人物を見て朱真(iz0004)は驚いた。 「あ! 朱真ちゃん、久しぶり!」 柚乃(ia0638)は嬉しそうに言って、朱真に駆け寄るとぎゅっと抱きしめる。 「久しぶり! 柚乃……怪我してるのか?」 懐かしい顔に朱真は顔をほころばせたが、柚乃の腕に包帯が巻かれているのを見て覗き込むように訊いた。 大丈夫、と笑う彼女の後ろから青年が入ってきた。 「おっ。五十君さん、来てくれたのかい……って、何だぃ、その荷物……?」 惟雪は五十君晴臣(ib1730)に軽く手をあげ、彼が持っている袋に目を止める。 晴臣は携帯汁粉を出して笑った。 「またこれの出番かと思ってね。どうでもいいけど……何ていうか騒動に好かれてるね、惟雪?」 「俺もそう思う……」 惟雪は腕を組み、げんなりと言った。 そうして――集まった開拓者たち八名に、惟雪は伊堂の簡易地図と、盗賊捕縛班には神殿周りの地図を渡した。 ヤギに襲われそうな甘味処や、紙を扱う店には印がつけられている。 (ヤギのお化けにカボチャのジャック? ……妙な催し物があったものだ……) ジョハル(ib9784)の脳裏には牧場にいるようなヤギが浮かんでいるらしく、訝しげな表情で惟雪の説明を聞いている ――そして、これは催し物ではなく、『事件』である。 (ヤギと盗賊か。どっちも厄介だなぁ、色んな意味で) もともと商人のイーラ(ib7620)は被害にあった商売人たちに同情的だった。 ヤギ騒動の依頼は二度目だというフェンリエッタ(ib0018)は、地図を見て頷く。 「無数のヤギが相手では埒が明かないし、先ずはジャック・オ・ランタンを探しに行きましょ……カボチャも精霊らしく浮いたりして、そこが可愛いのよね♪ ヤギ避けにもなるし、欲しいなあ……うちも紙物多いから」 持ってきた大量のお菓子をバスケットに詰め込みながら、思わずぽろりとこぼす。 「ないよりはまし……だろうか?」 そう言って南瓜の提灯を差し出したのはラグナ・グラウシード(ib8459)。大柄で八尺近い剣を扱ういかつい青年だが、その大剣と一緒に背にあったのはぬいぐるみの『うさみたん』である。 「おお、ありがてぇ。じゃあ、神殿の前に置かしてもらおうか」 惟雪は、どうにもそぐわない彼と『うさみたん』を見て、世の中にはいろんな趣味を持つ者がいるもんだ、と思いながら提灯を受け取った。 南瓜の精霊を捕まえるのに街を走り回りそうな気がした晴臣は、『人魂』を飛ばしておいて軽く準備運動を始める。 『同業者』だと惟雪から聞いたのだろう、彼を見て不思議そうに首を傾げた朱真へ、微苦笑を返した。 「私はそんなに体力あると思えないし、滅多に全力疾走とかしないからね。ぐきっとか、足挫いてたりとか笑えないよね」 朱真がくすっと笑った。 「走り回る陰陽師は俺くらいだと思う」 ● 玖雀(ib6816)と宮坂玄人(ib9942)は神殿についての偽情報を吹聴して回った。 玄人は適当な通行人を捕まえると、 「神殿にある宝が避難の為に運び出されるって聞いたんだが……」 「えっ、ほんとかい?!」 「いや……俺も人から聞いて、お宝が拝めるならと思ったんだ……」 そんな具合である。 ジョハルは神殿の側面・背後の森に鈴のついた紐で『鳴子縄』を仕掛けていた。 神殿の扉はピタリと閉じられており、警邏番が要所に立っているだけで静かなものだ。その真正面に南瓜の提灯がゆらゆら揺れ、南瓜の精霊用にと、晴臣が携帯汁粉を二十五個置いていった。 「よーく思い出してくれな、嬢ちゃん」 イーラに盗賊を捕まえた時のことを訊かれて話した朱真は、最後に付け加えた。 「俺には朱真って名前がある」 「さっき惟雪さんも『お嬢』って呼んでたろ?」 「あいつはおっさんだから」 よくわからない理屈である。 「ふーん。ま、いいや。あ。頭に血ぃ上って暴走するなよー」 そう言ってイーラは朱真の頭にぽんと手をのせた。心当たりがあるのか、彼女は顔を赤くして口をつぐんでしまう。 二人の後ろから玖雀がくすくす笑いながら言った。 「好きに動けよ、援護くらいはしてやるさ……さて、と」 『超越聴覚』を発動させ、あたりを窺う――神殿を囲むように、玄人、ジョハルが潜んでいる。 南瓜の精霊――ジャック・オ・ランタンを捕まえるため、地図を頼りに甘味処を中心に散らばった開拓者たち――。 商店が並ぶ界隈はまとまっているので仲間の姿も見えていた。 大量のお菓子を持ってきた柚乃は、賑やかしに横笛を吹いてみる。通りを歩いていた人たちが面白そうに立ち止まった。 「ヤギさん見ませんでしたか? 愉しくて不思議さんなのです。ヤギさーん……え、あっ、八木さんですか? ……ジャックはおらんだー! ……え?」 ぽ、と空中に何かが現れた。 神殿の方からの騒ぎはなさそうだ。 フェンリエッタは甘味処の近くで菓子のバスケットを抱えて楽しげに唄う。不思議な薄緑の燐光が散って、通行人たちがやんやと喝采した。 楽しげな声に引き寄せられるように、それは現れた。 「まあ! さっそく来てくれたのね!」 フェンリエッタは嬉しそうに笑った。 「……五十君さん、それ、ホントにやるのかぃ……」 警邏ついでについてきた惟雪は疑わしそうに訊く。 晴臣は真面目に頷き、広げた天幕に持ってきた菓子を真ん中に置くと周囲に汁粉三個分を撒いて罠を仕掛けた。 南瓜の精霊が現れたところを天幕で包んで担いでいこうと目論んだのだが―― 『お菓子やぎー♪』 どこからともなく現れたのはヤギのほうだった。 「げっ!」 「あれ?」 焦る惟雪と首を傾げる晴臣――ここに、お菓子争奪戦が勃発した。 「すまないな、かぼちゃさん……よかったら私たちに力をかしてくれ。……あれは……」 お菓子を振り振り、空中に浮いている南瓜の精霊を誘導していたラグナは、道端で展開されているヤギとのお菓子争奪戦に出くわした。 惟雪と晴臣、そして通行人までまじって騒いでいるなか、白黒大小とり混ぜたぬいぐるみのようなヤギがぽこぽこ飛び跳ねている。 「ふあああっ、かあいいっ! かぁいすぎるうううっ!」 「あっ、ラグナ! ちょうどいいところに……えっ」 ラグナの後ろにいる南瓜の精霊を見つけた晴臣はホッとしたように言ったのだが、彼は、連れてきた南瓜も仲間も忘れ去ったように、もこもこのヤギの中へ身を躍らせた。 「……来たぞ」 『超越聴覚』を発動させていた玖雀が、じりじりと近づく者たちの足音を聞き取った。 『心眼』を発動させていた玄人、『バダドサイト』で裏山から神殿へ近づいてくる数人の男の姿をイーラとジョハルも捉える。盗賊たちは二手に分かれた。 吹き鳴らされる呼子笛。 ジョハルは短銃で一人の足を撃った。ぎゃあ、と喚いて転がる。 「さて、お縄につきな!」 もう一人の襟首を掴んだ玄人は、言いざま当て身をくらわせた。 玖雀、イーラ、朱真も難なく盗賊を取り押さえ、まとめて荒縄で縛りあげる。この盗賊たちは昼間流された嘘の情報にまんまと食らいついたらしい。 神殿に盗みに入るような腐った性根を叩くところから始まり、 「……あんな嘘に引っかかるようじゃ話になんねぇわ。情報元さえ確認してねえってことだろ」 盗賊に向かってこんこんと説教した玖雀は、なぜか論点がずれたまま嘆かわしげに首を振る。 盗賊たちは警邏番たちに引っ立てられていった。 「他に潜んでないかな……」 朱真が裏山の方を見ながら呟き、振り向いた玖雀の懐から何か落ちた。 「おっと……」 『お菓子やぎー』 『いい匂いやぎー』 拾おうとして身を屈ませた玖雀の目の前、白と黒の一抱えほどのぬいぐるみが、ぱくりとそれを食べた。 「…………」 唖然と見つめる玖雀。 開拓者たちの目が一瞬そこへ釘付けになる。 真っ先に息を吹き返したのはイーラだった。 「出やがった……ヤギ班まだか?! ……おい、ジョハル……?」 何故か硬直している親友に目をやり、顔の前で手を振ってみる。ジョハルは瞬きも忘れて白黒のそれを見つめ―― 「……かっ……」 「か?」 「……っかわいい……っ!!」 「ぅをいっ!」 玄人は神殿の境内へ目をやり、参道のど真ん中にある南瓜の提灯がゆさゆさと動いているのを見た。よくよく目を凝らすと、晴臣が残していった携帯汁粉が襲撃されている。 「……これが噂のヤギ騒動なのか……」 感嘆しているのか慨嘆しているのかわからない口調で言って、ひらりと身を翻し、境内へ駆け込んでいく。 それへ朱真、イーラと続き、玖雀も走った。どこからともなく次々に涌いて出るヤギの群れ…… 「くそっ、菓子で外へ誘きだせ!」 玖雀がまだ懐に残っていた菓子を掴み、高々と掲げる。 途端、 『お菓子やぎー』 「え」 一斉にヤギたちの注目を浴び……彼にして、蒼ざめた。 ヤギ襲来――その数およそ数百。 神殿の境内はかつてないほどの大騒ぎとなり、大小のモコモコ市松模様が入り乱れ、人々は発狂寸前だった。 南瓜の提灯はなぎ倒され、無残にもいくつか齧られたあとが見える。 「神殿に入れるな!」 「近寄らせるな!」 警邏番たちは、神殿に近づこうとするヤギを必死でちぎっては投げちぎっては投げと繰り返す。 『美味しいやぎー』 『お菓子欲しいやぎー』 「だぁぁ! 来んじゃねぇよ、あっち行きやがれ!」 掲げていたお菓子をぶん取られ、なおも白黒ヤギにわらわらとまとわりつかれて叫ぶ玖雀。 「お待たせしましたーっ!」 そこへフェンリエッタと柚乃がジャック・オ・ランタンを引き連れ揚々と戻ってくる。 「柚乃!」 ヤギにもみくちゃにされたらしい朱真は、髪をぼさぼさにして友の名を呼ぶ。 柚乃はにっこり笑った。 本物の南瓜の精霊の出現に、『きゃーっ』という絶叫がヤギたちから発せられ、ざあっと引いていく。 『こわいやぎー』 「待ってましたーっ!」 常に持っているキャンディボックスを死守したイーラは歓声をあげ、南瓜の精霊を一つ抱えるとヤギに向けた。 悲鳴をあげてヤギが逃げてゆく。 「う、うう。ヤギさんたち、あんなに怯えて……」 仕事ゆえにジャック・オ・ランタンでヤギを神殿から追い出していたラグナは、ついにはらはらと涙とこぼし始めた。可愛らしいヤギを苛めている自分が嫌になってしまったらしい。 「うっうっ……すまない。私はなんて非道な男なんだろう……よかったら、これでも食べてくれ」 追いやりつつも持ってきた菓子をヤギに差し出す。 『美味しいやぎー』 ほっこり微笑む(?)ヤギを思わず抱きしめ、彼はさめざめと泣いた。 「どうか、頼む……君たちを怯えさせたくない。大人しく別の場所へ移ってくれ……も、もちろん! 私の家に来たっていいのだからな!」 ラグナは泣きぬれた目を期待に輝かせながら言った。つぶらな瞳で彼を見上げ、ヤギは言った。 『お菓子、もっとほしいやぎー』 一方、ジョハルは持っていたワッフルセットを差し出して、幸せそうにヤギを抱きしめている。 「俺の家に来るかい? お菓子ならいつでも用意しておくよ♪」 突然、ジョハルの胸の中にいたヤギが怯えたように震えた。はっとして顔をあげると、南瓜の精霊を抱えたイーラが立っていた。 ジョハルは溜息をつく。 「イーラ。そんなもの抱えて……なんて無粋なんだ」 「いいかジョハル。よく聞け。『仕事』しろ。……好みだからって浚ってくるんじゃねえぞ?」 ジョハルは生暖かい目で言った親友を見上げ、『仕事』を思い出したらしい。ヤギを離し、こほんと咳払いした。 「わ、わかってるよ……当然じゃないか」 目を反らした友人を、イーラは疑わしげに眺めた。 「……しかし、ヤギってこんな姿だったか……?」 ヤギに菓子を獲られないよう外へ誘導していた玄人は、ぬいぐるみにしか見えないソレを眺めて首を傾げる。 道端で繰り広げた菓子争奪戦が功を奏したのか、全長七尺のジャック・オ・ランタンを連れてきた晴臣は、警邏番たちから拍手喝采を送られることになった。 「ジャック・オ・ランタンって、こんなに大きいのもいるんだね」 乗れそうなほどの南瓜を見上げて呟く。 今、その巨大な南瓜は神殿の守り神の如くお菓子に囲まれ鎮座している。 伊堂の街から追い出すようにヤギを誘導していったフェンリエッタは、少し可哀そうに思ったのか、持っていたお菓子をヤギへあげた。 「もう悪戯しちゃダメよ?」 『……やぎー』 お菓子をもらって、ヤギはぷつぷつ呟きながら消えた。 甘味処や高級紙を扱う店には捕まえてきたジャック・オ・ランタンを留め置くことになった。これでしばらくはヤギ被害も治まるだろう。 フェンリエッタは傍らにいた南瓜の精霊にもお菓子を差し出し、にっこり笑った。 「あなたにもお礼を。……ね、うちに来ない?」 そのジャック・オ・ランタンが彼女の家に行くことになったのかどうかは、わからないが。 ● 「……疲れた……かつてないほど疲れた……」 番所の机に突っ伏すようにして惟雪が呟く。 「トシだな、惟雪」 「言うな。二十代のお前とは違うんだ」 朱真の言に、げっそりした顔をあげてちらりと睨む。垂れ目のせいで怖くはないのだが。 手作り菓子がよほど気に入られたらしい玖雀は、気の毒に最後の最後までヤギに纏いつかれ、いまは番所の長椅子を数個つなげた上へけだるそうに長身を伸ばしていた。 「……俺も玖雀の手作りお菓子、食べてみたかったな……」 朱真が残念そうにぽつりという。柚乃とフェンリエッタがくすくす笑った。 元気なのは娘たちと可愛いもの好きの青年二人だが、そのうちの一人はヤギを苛めたという自責の念が消えぬらしく、『うさみたん』を抱きしめ、時おり涙を浮かべている。 「ヤギ……可愛かったなあ……」 「…………」 頬杖ついてぽつりと言ったジョハルを、隣に座っていたイーラがちらりと横目で見た。 伊堂のヤギ騒動はなんとか落着したようだった。 「ありがとな、助かったよ。またなんかあったら頼むよ」 神楽の都へ帰る開拓者たちを見送り、惟雪が笑う。 「朱真ちゃんは? 一緒に帰らないの?」 柚乃が訊くと、朱真はうん、と頷き、 「惟雪に体術習うんだ。こいつが使えなくても戦えるように」 変わった形の手甲拳をぽんと叩いてみせた。 「そっか……。また温泉行きましょうね」 「ん。行こうな」 微笑んだ柚乃に朱真も笑い返す。 二人の会話を聞いていた晴臣がこそりと言う。 「……惟雪。あんまり女の子苛めちゃだめだよ?」 「苛めって……。言っとくが、鍛えてくれって言ってきたのはあいつだぜ?」 惟雪は心外そうに言って肩を竦めた。武器に頼るなと言った手前、放り出すのは無責任というものだろう。 軽く笑って、じゃあ、と踵を返す晴臣に片手をあげる。 「お疲れさん」 「またなー!」 朱真は小さくなっていく八人の背に向かって叫び、手を振った。 |