鵺襲
マスター名:昴響
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/01 16:52



■オープニング本文


 自らの命を削って一時的に式の力を増大させる、陰陽師が『式』を操る術の中でも異端といわれる術がある。
 だが――
「……それではつまらん。……所詮、式は式。アヤカシとは違う……」
 呟いた老人の足元には一丈ほどもある『鳥』がうずくまっていた――否、巨大な翼を持つそれは、猿の頭部、体躯は虎、うねる尾は蛇の――異形のモノ。
 老人は小昏いかぎろいにも似た狂気を目に、たったいま己が施した『術』の出来栄えを確かめる。
「のう、鵺よ……儂と一緒に来い。そうすれば、旨いものがたんと食えるぞ。儂の嫌いな人間をお前が食う。お前は腹が満たされ、儂も満たされる……一石二鳥だと思わんか?」

 『鵺』は目を開けると牙を剥きだし、わらった――老人は己の『術』が成功したことを確信した。



 馬車はのんびり進んでいる。
 ここのところ、すっかり陽天への使いは瓜介(iz0278)の仕事になっている。牧場主曰く、瓜介に頼むと『これじゃなくて〜』という事がないのだそうだ。
 無論、お出かけとなれば磊々さまもくっついてくる。
『今日はなんぞ旨そうなものがあるかのう』
 磊々さまは馬車の荷台に寝転がって暢気なことを言う。
「駄目ですよ、磊々さま。今日は急いで帰らなきゃいけないんですから」
 瓜介は振り返りながら苦笑する。
『焼きもろこし〜甘辛餅〜甘酒〜饅頭〜』
 ごろんごろんしている磊々さまの声を背中で聞きつつ――馬車は陽天の街へ入っていった。

 牧場主がくれた書きつけを見ながら買い物をしていると、何やら店の外が騒がしい。
「……?」
『なんじゃ?』
 磊々さまが店の戸口に向かったときだった。

 化け物!

 誰かの絶叫。そして、いきなり落雷のような轟音が響き渡ると同時に耳をつんざくような悲鳴があがった。
「磊々さま!」
 外へ飛び出した磊々さまを追って瓜介も店から走り出る。
 蒼白になって逃げていく人々――落雷のあったらしい方向を見ると黒い煙が上がっていた。
「……晴れてるのに、雷……?」
 瓜介が訝しんで呟くと、ぐるりを見回していた磊々さまが声をあげた。
『鵺じゃ! なにゆえあれがこんなところに……?!』
「ぬえ……?」
 瓜介が上を見上げると巨大な鳥が翼を広げていた。だが、それが旋回して急降下してきたとき、その異形が嫌でも目に入った。
「……っ」
 愕然とする瓜介の耳に、さらなる悲鳴が遠く聞こえた。
 鵺に続くように数羽の猛禽が突っ込んで行く。
『人の念が渦巻く街中とはいえ、いきなり鵺などが出るわけもない……誰ぞがここまで……』
 磊々さまが緊迫した声音で低く呟く。
 そのとき、別の方向から羽ばたきが聞こえた。
 塔の上から巨大なものが飛び立った――その背に乗った人物は……
「……っ! 屋台のおじいさん……?」
 瓜介が呆然と呟く。

 鷲頭獅子に乗った老人の狂気にゆらめくその目が、地上から見つめる磊々さまと瓜介を認め、ニタリと三日月形に細められる――かれは、あっという間に飛び去って行った。


■参加者一覧
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
一心(ia8409
20歳・男・弓
燕 一華(ib0718
16歳・男・志
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲


■リプレイ本文


 陽天の一画は鵺の落雷により火災が発生、それらアヤカシにより消火活動も救援活動もままならない状態だった。
「あんじょうよろしゅう。こんな事するモンは、ささっと片してしまいましょ」
 駿龍の『倚天』を連れた雲母坂 優羽華(ia0792)は、おっとりと言った。豊満な肢体を巫女衣装が包み非常に艶やかだ。
「何故こんな所で鵺が出現したんだ? そんなに簡単に出てくるものでもないはずだが……」
 街の様子と、上空を旋回する禍々しい影を見上げ、砲術士のゼス=M=ヘロージオ(ib8732)は、黒い体躯に銀の瞳が美しい駿龍『クレースト』の首に手をあてる。
(……瘴気を作り出す。もしくは瘴気を内包したナニかがあったのか? ……いや、いずれにせよ今は目の前の敵に集中しよう)
 主の心を感じ取ったか、物静かな龍は彼女の頬にそっと鼻面を寄せた。
「鵺ですか……これ以上住民に被害が出る前に何とかしなければいけませんね。……しかしあの雷は……少々厄介そうですね」
 弓術士の一心(ia8409)は呟いて上空を見上げる。その視線を追うように駿龍『珂珀』の琥珀色の瞳が空へ向けられた。白く美しい爪が、空へ飛びたそうに音をたてる。
 上空、集まった開拓者たちをまるで威嚇するように鵺は放電し、そのまわりを鴆鷙がけたたましい声をあげて飛び回っていた。
「古くは宮中にて策謀を巡らす者達を『得体の知れない化け物』と皮肉り、鵺と呼んだらしいが……」
 志士・皇 りょう(ia1673)は、眉をひそめて呟く。主の言に、老武士姿のからくり『武蔵小次郎』は頷いた。
「ガッツリ具現化しておりますの。伝説の姿そのままに」
 武蔵は二刀を扱い種々の武器をこなす剣客だが、なぜかその目は鵺ではなく、巫女の優羽華に向けられていた。
「アヤカシとしてのそれとは私も何度か戦ったことがありますが、街中に突然現れ人々を襲っているという点に悪意のようなものを感じますね。……武蔵、どこ見てるんです」
「はっ。いや……左様でございますな、姫様」
 りょうの突っ込みに武蔵は慌てて首肯する。
 おかしな主従の会話を聞きながら、志士・御凪 祥(ia5285)は甲龍『春暁』の青い装甲を改めて締め直す。
(街に鵺を呼ぶ、その意図はなんなのだろうな……捕まえたら話してみたい気もするが、街を恐怖に陥れた罪は重い……)
 此度、祥は砂迅騎の御調 昴(ib5479)と共に鵺に最接近して十字槍を振るう――鵺の雷を喰らう覚悟で臨むのだ。春暁はその危険な役割も主から聞いているはずだが、騒ぐこともなく泰然と佇んでいた。
「ほんとに……町中でこんなアヤカシなんて……。いえ、迷っている間にも被害が広がる状況です。原因は目の前の問題を解決してから考えましょう」
 空を見上げていた昴は視線を戻す。小柄な体に翼を持つ彼は両の手に七尺近い魔槍砲を携え、戦天使さながら。

 鵺に激突する面々に、優羽華は『神楽舞「護」』を付与する。彼女の豊かな胸が、舞いにつれて魅惑的に揺れた。
(いかん。鼻血が……)
 りょうは鼻と口を覆い、武蔵にいたっては釘付けである。
「これであんなモンに負けたりしまへんえ。あんじょうお気張りやすぅ」
 優羽華はほわり笑う。彼らは口々に礼を言い、龍に乗った。
 昴は更に自分と鷲獅鳥に『保天衣』を使用し、『カザークショット』を発動させる。
「いくよ、ケイト!」
 鷲獅鳥『ケイト』は昴の掛け声に少し身を屈めた――昴の『弱気』を感じると容赦なく彼を振るい落とすほど厳しい面を持つが、それだけに頼もしい存在である。
 陰陽師の成田 光紀(ib1846)も、最終的な装備点検を終え、自らの炎龍に跨った。最接近まではいかずとも、符を放つには鵺に近づかねばならない彼らもまた、落雷の危険にさらされている。
「精霊様、どうか皆さんの笑顔をお守り下さいっ」
 今回、ゼスとともに鴆鷙を引き受ける燕 一華(ib0718)は懐にある、銀粉を纏う橙色の鱗『月精鱗』に手を当て、祈る。
 まだ若く小柄な駿龍『蒼晴』は、首から下げたお気に入りの、一華手作りのてるてる坊主を揺らしながら『早く飛ぼう』と主を覗き込み金の瞳を輝かせる。
 一華は蒼晴に笑んで、その背に飛び乗った。
「さあさあ、大空の演舞を始めましょうかっ!」



「して、姫様。我ら主従は如何様に動きまするか?」
「だから『姫様』と……もういいです。後顧の憂いを断ちます。避難誘導を主に、被害者がいれば救出を。次いで、地上より空の主力と連携して攻撃を」
 武蔵の『呼びかけ』に対しては嘆息しつつ、りょうはてきぱきと行動指針を出す。その間にも、彼らは火災で燻っている一画へ踏み込んでいる。彼女に続いて救出作業を行う役人たちも入ってきた。
「かなり不利な位置関係ですな。だからこそ燃えてくるものもありまするが。――活動は手分けして?」
 尋ねる武蔵へ頷き、鴆鷙の存在も示す。
「広く動けるようにしておくべきでしょう。我等の役目は街の守り。主な攻勢は空に任せ、補助に回るべきかと」
 りょうは、助けを求める声を聴きつけ、そちらへ走った。
「と仰いながら、その目は『隙あらば武勲はもらう!』との気合に満ちていらっしゃるようですがな」
 振り向いたりょうは、その銀の瞳に笑みと光を浮かべた。
「勿論」
 街並みは雷から逃れる目隠しとなる。アヤカシが高度を下げるなら、気配を消し、斬りかかる――。
 武蔵は走りながら大きく頷いた。
「それでこそ姫様! 拙者もこの鎖分銅で援護させてもらいますぞ。からめとってしまえばただの鳥ですじゃ」


 鵺が放電とともに落雷を落とし、轟音が響き渡った。
 一華は鵺への道を作り、鴆鷙を引き付けるため、蒼晴に『高速飛行』をさせて近づき、薙刀を振るって手近な鴆鷙に『瞬風波』を放つ。
 風の刃に羽毛を散らし、もんどりうって落下した鴆鷙だが、宙で体勢を立て直すと怒りもあらわに一華に向かって猛進した。
「頼んだぞ、クレースト。お前は当たりさえしなければ良い。……ただそれだけの仕事を信頼している」
 『騎射』を発動し続けながら、ゼスは龍に語りかける。クレーストは首をもたげ『是』と伝えてきた。
 ゼスは軽く龍の首を叩いてやり、青緑色に輝くロングマスケットを構えると一華に襲い掛かろうとする鴆鷙へ発砲した。翼を打ち抜かれた鴆鷙は喚きながら落下し、さらに砲撃を浴びて霧散する。
 それを機に、鵺の周りにいた鴆鷙は一斉にゼスと一華に向かって突進してくる。体長二尺の猛禽アヤカシとはいえ、その羽には毒があり十羽近い獰猛なそれらにたかられれば、いかな開拓者といえど無事ではすまない。
 クレーストと蒼晴が飛行速度を上げ、大空に綾をなすように交差しつつ鴆鷙の目を引き付けた。
 また、その動きは鵺の気をも向けさせ、唸り声をあげて牙を剥くと身体を反転させた。――が。
 その目が、急接近してくる数騎をとらえてぎらりと光る。

 一華が作った『道』を、昴と祥が平行に距離をとって急接近する。その後方、散るように光紀と一心が、そして鵺の落雷の射程外に優羽華が待機した。
「倚天はん。この位置から近づき過ぎひんかったら、アヤカシに攻撃しても構いまへんよってな」
 優羽華はそう言ってにっこり笑う。倚天は少しこちらに顔を向け、了解を伝えてきた。
 倚天には回避を優先に、攻撃は火炎と通常攻撃をするよう裁量をまかせている。仲間の治癒で援護せねばならない彼女がたおれるわけにはいかない。
 光紀は『眼突鴉』を放てるよう準備し、ぎりぎりの距離を保つ。一方、一心も鵺との距離七七間を維持して下方から大きく右に回りこみ、接近の間合いを計っていた。

 鵺に向かって一直線に向かう昴とケイト、そして祥と春暁。
 昴は『龍進』を、ケイトは『飛鷲天陣翼』を発動させ、凄まじい速さで鵺に迫る。
 鵺の体が一瞬大きく膨れ上がったかに見えた。その瞬間、巨大な稲妻が走る。
 ドーン!
 昴とケイトに直撃した『落雷』が宙空に爆音を轟かせる。『保天衣』により衝撃は免れたものの、耳をつんざく轟音に耐えるよう歯を食いしばった。
 更に瘴気斬が放たれたが、春暁の勘がその真空の凶刃をすれすれにかわした。
 昴とケイトが『飛鷲天陣翼』を発動させたまま鵺と擦れ違い、真空の刃が鵺の前足を切り裂いた。
 鵺の絶叫が響き渡り、昴とケイトへ憤怒の形相を向ける。そこへ、祥の『瞬風波』が襲い掛かり、羽毛と瘴気が散り飛んだ。
「そろそろですね……よし……接近する! 珂珀、頼む!」
 一心は『弦月』をいつでも放てるようにしながら、珂珀へ声をかける。龍は高速で飛び、一気に二七間の距離まで詰め背後へ回り込むよう鵺に接近――そして、鵺の注意があちらへ向けられた瞬間、神弓から矢が放たれた。
 鵺の蛇の尾に矢が深々と突き立ち、思わぬ方向からの攻撃に激怒してそれを振り落すように尾を振り回す。
 そこへ、光紀が放った『眼突鴉』が襲い掛かった。


 一華とゼスは鴆鷙を引き付け、鵺から引き離す。
 大きく旋回するクレーストと蒼晴――薙刀の間合いに入った鴆鷙を一華は鮮やかに瘴気に変えていく。
「減らせるだけさっさと減らしてしまいたいが……さすがに引き付けるだけでは限度がある」 
 呟いたゼスは、急上昇した蒼晴を追おうとした鴆鷙の一団に向け、『閃光練弾』を放った。
 凄まじい光の攻撃に鴆鷙は一瞬、視力を失い中空でばたつく。そこへ蒼晴が急降下し、一華は『瞬風波』、さらに『葉擦』を発動させて薙刀を振るった。数羽が瘴気となって散る。
 逃れた鴆鷙の数羽が、避難誘導している人間を襲うべく地上へと方向転換した。
「蒼晴っ! あのアヤカシさんを行かせちゃダメですっ!」
 一華の叫びに、龍はしなやかに体躯を翻した。

 りょうと武蔵を筆頭に、陽天の役人たちは逃げ遅れてまだその区画に残っていた人々の避難誘導と救助、および消火活動に駆けずり回っていた。
 途中、何度か轟いた鵺の落雷に『ひっ』と声をあげてうずくまった人々は、毅然と立ち上空の仲間を見上げる開拓者の凛々しい姿に心を鼓舞され、安全な場所へと駆けていく。
 そして、頃合いを見計らったりょうは、役人に言った。
「貴方がたも一旦避難を。あとは討伐が終わってからお願いします」
「は、はい。どうぞよろしくお願いいたします」
 役人たちは鵺の雷におびえながら、りょうに一礼するとその場から逃げ去っていく。
「姫様。こちらから上へあがれますぞ」
 武蔵が上階への階段を見つけて声をかけた。
 りょうと武蔵が建物の屋根に立ったとき、上空から数羽の鴆鷙と青い龍が目に入った。
「武蔵!」
「はっ」
 りょうは太刀を抜き払い、武蔵は鎖分銅を構える。
 急降下する蒼晴の背から、一華の薙刀が煌めきながら弧の軌跡を描く。
 下方から飛んできた鎖分銅が一羽に巻きつき、屋根に叩きつけた。
 りょうは『白梅香』を発動させ、嘴と爪を向け襲い掛かってきた鴆鷙を鮮やかな一刀のもとに切り伏せた。
「姫様、お見事!」
 称える武蔵に微苦笑を返し、鎖分銅に巻きつかれてもがく鴆鷙の首を刎ねる。
「りょう姉ぇ、ありがとうございますっ!」
 そう言って再び上空へ戻る一華を見送り、りょうは片手をあげた。

 ゼスの目が、群れの中にいるひときわ大柄な鴆鷙を見留めて光を放つ――ロングマスケットの銃口を向け、『弐式強弾撃』を撃ち放った。
 ギャアッ
 撃ち抜かれた鴆鷙は絶叫し、落下の前に霧散する。群れの『頭』を失い、目に見えてもたつく数羽の鴆鷙を逃すはずもない。
「消えてもらう」
 ロングマスケットから放たれた銃弾は、残った鴆鷙をことごとく打ち抜いた。


 何度もくり出される瘴気斬に、昴や祥はおろか、光紀も一心も無傷とはいえなかった。
 光紀の『眼突鴉』は鵺の巨大な爪に消えたが、その隙を逃さず、祥は『斜陽』を発動させ――掲げた十字槍が夕日のような紅い光を発し、鵺の気脈を撹乱する。更に『雷鳴剣』を発動させ鵺の翼に雷の刃を放った。
 その攻撃に鵺は喚き、翼を激しくばたつかせて落下したが、体勢を立て直すやいなや雷を叩きつけてきた。
 轟音と衝撃が、祥と春暁に襲い掛かる。
「……くっ!」
 巫女の神楽舞を付与されていてさえその衝撃は凄まじく、祥は耐えるように奥歯を噛む。『硬質化』させている春暁も苦しげに首を振った。
「春暁、こらえろ」
 祥が言うと、春暁はぐるると声をあげた。
 一方、
「この距離なら……はずしませんよ」
 一心は呟き、祥を襲った落雷と同時に『響鳴弓』を放つ。無論、落雷の余波は彼にも及び、びりびりと走る電撃に歯を食いしばる。
「まだ、この程度なら……耐えられます、よ」
 微かな笑みを浮かべ、呟いた一心の声を聞き取ったものか、珂珀が同意するように唸る。
 落雷の大音響を封じ込めたその矢は真っ直ぐ鵺に飛び、肩に突き刺さる――鵺の中で爆発した『音』は、強烈な打撃を与えた。
 鵺の目をかいくぐるように接近した光紀は再び『眼突鴉』を放ち、速やかに距離をとる。
 顔にまとわりつく式を煩げに払う鵺の懐へ、昴とケイトがぶつかりそのまま組みついた。
 『眼突鴉』に片目をつぶされ、怒り狂った鵺の丸太のような虎の足が、組みついているケイトを引きはがそうと爪を立てる。
 ケイトが唸り声をあげた。
「ケイト、ごめん。何とかこらえて!」
 昴はケイトに謝り、両手に持つ魔槍砲を鵺に突きつけ、至近距離から砲撃した。
 ギャアアアッ
 鵺が絶叫を放ち、ケイトと組みついたまま落下する。
 ケイトは蹴り飛ばすように鵺の爪から逃れ、軽やかに大地に着地した。
 鵺の巨体が地に叩きつけられる。
「お疲れ、ゆっくり休んで」
 昴はケイトから降り、友を労う。ケイトは鵺に向かって魔槍砲を掲げ走っていく昴を黙然と見送った。
 一心は下降する珂珀の背から、『弦月』を放ち、鵺の片翼を打ち抜いた。
 炎龍から飛び降りた光紀は『霊魂砲』を放ち、立て続けに『眼突鴉』を放った。
 完全に目を潰してしまえば、落雷の心配は減る。
「まだまだ、この程度でしたら問題ありまへんえ?」
 祥に『神風恩寵』を施した優羽華がにっこり笑う。祥は軽く頭を下げ礼を述べると、身を翻した。

 片翼と両目を潰されてなおも牙を剥く鵺――だが、受けた衝撃は大きく、地を蹴ることさえあたわず……。
 一心は『弦月を』、昴は両手の魔槍砲を、祥は『雷鳴剣』を、光紀は『霊魂砲』を――
 開拓者たちは、その巨大なアヤカシへ一斉に放った。

 ォオオオオオンン……

 鵺の断末魔の声が響き渡り、巨大な瘴気の塊となって霧散した。



「あらまぁ、いっぺんに来ぃはったんどすか? ほんなら、こっちにしまひょ」
 優羽華はおっとりと言い、『閃癒』を発動させ大きく舞う――彼女の蠱惑的な胸の揺れに釘付けな――
「……武蔵。お前は必要ないでしょう」
「いや、姫様。拙者も……」
 一心や光紀に混じってちゃっかり並んでいた武蔵の襟首を掴み、りょうは苦笑してずりずり引っ張る。

 一華は街へ入り、役人に討伐が完了したことを告げるとそのまま彼らと共に片づけを手伝うことにした。

 祥は再び春暁に乗ると、鵺を呼んだと思われる人物を探したが発見することはできなかった。


「……いきなり落雷があって、外に出てみたらあの怪物が飛んでました。磊々さまが、大きな怪物に乗ったおじいさんを見つけたんですが……」
『……あやつは鷲頭獅子に乗ってどこぞへ消えたがの』
 瓜介(iz0278)の言を引き継ぐように磊々さまが言った。
 鷲頭獅子とは鷲獅鳥がアヤカシ化したものだが、鵺を如何にしてか連れてくるくらいだ。鷲頭獅子も難なく操っているのだろうと思われる。
 ゼスは『ふむ』と考え込み、小さく呟いた。
「何か手がかりでもあればと思ったんだが……」
『ついこの前まで街道の辻で屋台を出しておったが……あのふてぶてしい笑いを見たところでは、おそらくそう簡単には姿を現すことはなかろう……』
 磊々さまがふさふさの尾をばさばさ振って忌々しそうに言う――それもそのはず、磊々さまと瓜介はかの老人と何度か言葉を交わしていたのだから。
 このまま立ち去ってくれればよし……だが、誰もそんな楽観は持てないようだった。
(……老人か……嫌な予感がする)
 りょうは磊々さまの話を聞きながら心中で呟いた。


「皆さん、ありがとうございました。おかげでやっと牧場に戻れます」
 瓜介は開拓者たちに深々と頭を下げる。鵺出現のせいでふたりは陽天に足止めされていたのだ。
 その傍ら、お世話係をほったらかして居並ぶ龍たちを楽しげに見上げていた磊々さま――龍たちのなかにはもふらさまを見たことがなかったものもいたであろう。『なにこれ?』というような顔をして淡藤色の巨大なもふもふのいきものを見つめている。
『おお! 歴戦の勇者を思わせる見事な面構えじゃの!』
 磊々さまはケイトを見上げ、感嘆の声をあげる。ケイトはじっと巨大なもふらさまを見下ろしているだけだ。
 そして、一番小柄な青い龍の前で止まる。
『おや。そなたも鵺討伐に参加したのかや? 若いなりになかなかやるのう』
 青い龍――蒼晴はちょっと首を傾げ、大きなもふらさまに顔を近づける。
『ほほほ。かわいやのう』
 磊々さまは笑って蒼晴の鼻面にぽふ、と前足をのせる。蒼晴は何度か金の瞳を瞬いたが、くるる、と喉を鳴らした。
「帰るぞ、春暁」
 主の声に春暁は首をもたげ、その黒い体躯を少し屈めるようにして顔を突き出した。撫でろと言っているらしい。
 祥は微苦笑を浮かべて友を労ってやる。彼が春暁の喉を撫でてやると、黒い甲龍は嬉しそうに目を細めた。
「クレーストも、ご苦労だった」
 ゼスは静かに佇む相棒を撫でてやる。首に南十字星を思わせる模様があるためその名をつけられた龍は、嬉しそうに銀の瞳を煌めかせた。
「磊々さまに褒められてよかったね、蒼晴っ! さて、どうする? 神楽までちょっと距離があるけど、飛んで帰ろうかっ?」
 一華の言葉に、蒼晴は嬉しそうに鳴く。首のてるてる坊主が楽しげに揺れた。
 その声を聞きつけたのか、一心の珂珀が足踏みして『自分も』と催促しているようだ。
「わかったよ、珂珀」
 一心は仕方なさそうに笑い、相棒の首を軽く叩いてやった。珂珀の金の目が嬉しそうに瞬く。
『御礼申し上げる。空を行かれる方々もつつがなき航行をお祈り申し上げる。また牧場にも遊びに来てたもれ』
「ありがとうございました」
 磊々さまが言い、瓜介はもう一度彼らに一礼する。
 開拓者たちは別れの言葉を投げかけ、陽天を去って行った。




 黄昏の闇にまぎれるようにして、一匹の羽虫が飛んできた。
「ふむ……もう少し対抗できるかと思っておったが……開拓者八人がかりでは、ちと分が悪かったか……」
 言葉とは裏腹に、その声には楽しげな響きが混じっている。
「……いいとも。次はもう少し手ごたえのありそうなものをお目にかけるとしようか……まあ、その前に、あの街の中をいま少し掃除してやろうかの」
 くつくつと喉の奥で嗤う声は、やがて途切れるように闇に消えた。