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■オープニング本文 ● 絵師は額ににじんだ汗を手ぬぐいで拭くと、網代笠を外し道端の岩へ腰を下ろした。黒い裁着けはあちこち擦り切れ、色褪せて長旅を思わせる。後付行李は背負ったまま、腰にぶら下げた竹水筒から少し水を飲んだ。 おもむろに首からぶら下げている帳面を開いて、筆筒から筆をとるとさらさらと絵を描き始める。――この男はいつもこうだ。 年の頃は三十前後といったところか。すっきりと整った顔立ちだが何となく印象に残りにくい。それは彼の持つふわりとした雰囲気とあいまって、どこか煙のように掴みどころがない感じだ。 絵師の背後は岩壁がずっと上に伸びており、既に忘れ去られたような寂れた狭い街道の脇は深い森が広がっている。 国境を越え、石鏡に入って数日。のどかな国であることは聞いていたが、ここまで絵心をくすぐられる国も初めてだった。ために、彼は珍しく機嫌がよい。神の使いと呼ばれる『もふらさま』も見てみたい。巨大な三位湖も見てみたいし、そうそう、古い時代に神託が降りたという神殿も‥‥。 と、そこで絵師は我に返る。 このあたりはまだ辺境のためか獣や盗賊に襲われる危険が高い。とりあえず人里に入るまでは油断してはならない。 「さて、まいりますか」 絵師は小さく呟いて立ち上がり、南へ向かって歩き始めた。 ● 日も暮れかかった頃、絵師はふと立ち止まった。 声が聞こえたような気がしたのだが―― 気のせいか、と歩き始めたとき、今度ははっきりと聞こえた。 「‥‥だれか‥‥っ!」 切羽詰ったような子供の声だ。絵師は街道から薄暗い森へと足を踏み入れた。下生えを踏み分け、声がするほうへ走る。 「どこに‥‥あ!」 ほどなく、樹木をぬって必死の形相で走ってくる小柄な少年と、その倍以上もある巨大な、蜂に似た蟲が目に入った。絵師は咄嗟に懐へ手を突っ込むと苦無を放った。それは過たず、蟲の頭部に命中した。 「急いで、こっちだ!」 絵師は子供の手を掴むと同時に小さなその身体を肩に担ぎ上げると、全速力で街道に走り出た。 南に街道を駆け下りていくと突然森が途切れ、視界が開けた。 田畑が広がり水車が回っている。数十軒ばかりの、のどかで小さな村落だった。夕餉の支度か、ちらほらと人の姿も見える。どこかで牛が鳴いた。 小さくはあるが美しい村だ。 絵師は帳面に手を伸ばそうとして、はた、と気付く。子供を担いでいたのだった。 「‥‥坊や、大丈夫か? 君の家はあのへんかい?」 だが、少年の返答はなかった。どうやらあまりの速さに目を回しているらしい。苦笑した絵師はそのまま村へと入っていった。 「ごめんください。どなたか、こちらの坊やの親御さんをご存知ありませんか」 絵師は近くに居た女に声をかけた。女は旅装の絵師をちょっと警戒するように見たが、担がれている少年の着物でわかったのか、素っ頓狂な声をあげた。 「あら、俊坊! また山に入ったんだね!? あ、旅の人。ちょっとお待ちくださいな」 そう言って慌てて駆けていく。ぽつねんと取り残されたように立っていた絵師に、目を覚ました子供が感嘆したように言った。 「おじさん、助けてくれてありがとう。足、すっげえ早いんだね! おいら目ぇ回っちゃった」 「すまなかったね。ケガはなかったかい? あれに刺されたりはしてないだろうね?」 絵師は苦笑しながら子供を下ろしてやると、それとなく聞いた。似餓蜂というアヤカシは捕食対象に卵を産み付けて里へ帰すとも聞いたことがある。ただ、さっきのは似餓蜂とは少し違うようではあったが――。 「うん。どこも刺されてないよ‥‥あれ? これ‥‥」 ぱたぱたと着物をはたこうとして、子供は帯にへばりつくようにしてくっついている二寸ほどの奇妙な蟲を見下ろした。 「っ! 触ってはだめだ。じっとして!」 絵師は鋭く言って、蟲を叩き落とすと、すぐさま踏みつけた。途端、瘴気が飛び散り、そこには屍骸も残っていなかった。 絵師は少し笑う。 「坊やは、重い農具を持ってよく畑仕事を手伝ってるんだね」 「へ? うん。‥‥おじさん、あれは何?」 半ばあっけにとられたような子供に、絵師は生真面目な表情で言った。 「たぶん、鉄喰蟲だ‥‥。聞いたことないかい? 普通は山奥の、鉄分の多い洞窟なんかにいるはずのアヤカシなんだ。人を襲うときは群れで襲ってくる」 「ええっ? おいら、洞窟なんか入ってないよ! 行ったのはいつもの茸採りの場所だもん! その‥‥ちょっと奥に小さい滝はあるけど‥‥でもそっから奥は行ったことないよ! ‥‥あそこであんな、でっかくて怖いものに会ったのは初めてだ」 青ざめた少年は何となく言い訳がましい口調になったが、絵師は頓着しなかった。ただ、気掛かりそうに呟く。 「そう、さっきの蜂に似た蟲といい‥‥」 たいがい似餓蜂は数匹で連携して襲ってくるといわれる。今日は幸いにして一匹だけだった。それは似餓蜂とは違うからなのか、たまたまなのか判然としない。だが、苦無程度で消滅することはあるまい。 群れで行動するであろうアヤカシが二種。たまたま遭遇したものと見過ごすにはあまりに危険ではないだろうか? おそらくは、取り逃がした子供と自分を探し、そう長くも待たずこの村に到達するだろう――群れをなして。そうなれば、こんな小さな村はひとたまりもあるまい。 何よりも、『美しいもの』を愛する彼の思いが、これを看過することを許さなかった。三位湖のめぐみ豊かな、巫女王が治めるどこか牧歌的な美しい国――小さな村一つとはいえ、これを見逃せばアヤカシは黒い染みのように国を侵食していくのだから――。 基本的に『商売』以外では人と関わろうとせず、素通りの多い絵師だが、美しいものが破壊されていくのはどうにも我慢がならない。 だから彼はごくあっさりと決断した。 「俊坊といったかい。村長さんか、長老のような方はどちらかな? これは一刻も早く手を打たないと、村が危ないかもしれない」 「‥‥どうするの‥‥?」 「村長さんに開拓者ギルドに応援を申請してもらおう。絵描きの私と村の人たちだけであんな、ばかでかい蜂みたいなのや、どこかにうじゃうじゃ隠れてるかもしれない鉄喰を退治するなんて、百年かかっても無理そうじゃないか?」 冗談めかしたような絵師の言い方がおかしかったのか、少年はクスッと笑うと、こっちだよ! と駆け出した。 |
■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
ニノン(ia9578)
16歳・女・巫
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ
仁志川 航(ib7701)
23歳・男・志
ギイ・ジャンメール(ib9537)
24歳・男・ジ
高見 醒鋭(ib9619)
22歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 開拓者たちが村に到着したのは早朝のことだった。出迎えた村長らと絵師、そして母親を振り切って出てきた俊坊。開拓者に会うのが初めての少年は目をきらきらさせて六人を見ている。 村長宅で絵師から簡単な経緯を聞いたあと、温和な相貌の巫女、菊池志郎(ia5584)が言った。 「似餓蜂と戦ったことはありますが、それに似た蟲もいるのですね。村に被害が出る前だったのは幸い‥‥速やかにアヤカシ退治を」 なるほど、やわらかな雰囲気に似合わぬ全長三尺弱の忍者刀を帯びているのも頷ける。 それへ、ひときわ異彩を放つ竜獣人のギイ・ジャンメール(ib9537)がおっとりと頷いた。 「数百から千程度の蟲の群れに、自分と同じくらいの大きさの蜂かぁ‥‥なかなか難儀しそう。油断せずに一匹残らず駆除しないとね」 それには全員が同意する。アヤカシの全貌が不明なために、開拓者たちも緊張を覚えているようだ。 それをほぐすように、金髪の巫女ニノン・サジュマン(ia9578)がやれやれといった風情で呟いた。 「暑くなってくると虫が活発になるのは、アヤカシでも同じなのかのう。おお、そうじゃ。アヤカシでなくとも蚊に刺されて伝染病に罹ったり、痕がシミになっては大変じゃ。さ、高見殿。女子は特にじゃ」 ニノンはハーブと蜜蝋のお手製虫よけクリームを取り出し、自身に塗りつつ、サムライの高見醒鋭(ib9619)に差し出した。彼女は中性的な相貌を少しほころばせ、礼を言ってクリームを指先に取る。 それはさらに男たちの方へも差し出された。 「そなたらも塗るかの?」 「‥‥咆哮で虫引き付けるのに虫よけ塗ったら意味ないんじゃね?」 長大な野太刀を脇に置いていた匂坂尚哉(ib5766)は、おとなしくクリームを塗りながら紫色の頭を傾げた。 「ありがとう、ニノン。んー‥‥偵察も出せればいいんだけどね。旅の絵師さん、手伝い‥‥無理だよね」 穏やかな表情の裏に何かありそうな雰囲気の志士、仁志川航(ib7701)が絵師に問うと、ニノンがうむ、と頷く。 「そうじゃ。そなた、志体持ちであろう? 少しは手伝ったらどうじゃ。ところで名はなんという? 『旅の絵師殿』では呼びにくいのじゃ」 「‥‥私ことは『絵師』とでも‥‥そうですね、絵描きには道案内と、鉄喰を放り込む穴掘りくらいしかお役には立ちませんでしょう。‥‥では、参りましょうか」 ふうわりと微笑した絵師は、す、と座を立った。開拓者たちは肩をすくめつつ、それへ続く。 外へ出て行く背中を見送りながら、不安げな表情をしている俊坊の頭に大きな手がのせられた。 「ただの虫でもアヤカシでも、安心してキノコ採りが出来る様にするから、ちょっと待っててくれな」 快活に笑った匂坂を見あげ、子供は大きく頷いた。 村人から壊れた鉄の道具などを集めて縄で縛ったものと鍬を担いだ絵師を先頭に、一行はまず鉄喰蟲がいるであろう滝を目指す。樹木の間を縫うように獣道を登っていくと、さらさらと水の流れる音が聞こえてくる。 滝から流れる川は村の生命線ともいえる水源である。故に、これを潰してしまうことはできない。 「実は、あなた方が到着する前にこのあたりを探ってはみたのですが、蜂アヤカシには遭遇しませんでした」 「蜂アヤカシには?」 仁志川が耳ざとく聞きとがめる。それへ、絵師は頷いた。 「はい。鉄喰は移動しているようです。あなた方が鉄くずまでもご用意してくださったことに感謝します。私も同じように考えておりましたから」 (「それでもかなり厄介ね‥‥囲まれないようにしないと」) 絵師の話を聞きながら、眉根を寄せた高見は心中で呟き、周囲に目を走らせる。他の面々も蟲の痕跡がないか目を配りながら進む。森はところどころぽっかりとした空間が開いて、陽光が降り注いでいた。 子供が茸を採っているという地点までもう少しというところで、菊池の身体が淡い光を放ち、瘴索結界が使用された。 一行は慎重に進んでいく。――と。 「‥‥小さいのが一匹‥‥」 菊池の呟きに全員がそちらへ集中する。結界すれすれに一匹掛かったとすれば、その後方に群れがあると見ていいだろう。 「地断撃で割って鉄を放り込むか? ちったあ楽になるだろ?」 匂坂は一行の右手にある空間を指してみせる。若干、手狭ではあるが目の前に鉄喰蟲が迫っている以上悠長にはしていられない。仁志川はそちらへ移動し、類焼を防ぐため下草や枝を刈りはじめる。ギイ、高見らがそれへ続いた。 「絵師さん、危ないですから皆の中にいてくださいねー」 なんだか手を上げたり下げたり不審な行動をとる絵師に、菊池がのんびりと声をかける。絵師ははっとしたように、はい、と頷いて従った。 匂坂の両隣に高見、ギイ。背後の仁志川の両隣が菊池とニノン。その円陣の中に絵師が守られるように立った。 「匂坂さん。私も地断撃の準備はしておきます」 「おう」 そう言った高見へ、匂坂は笑って頷いた。 「あ、そうだ。絵師さん、これが終わったら絵を見せてくださいね」 「‥‥機会がありましたら」 どこかのんびりとした菊池と絵師の会話が終わらぬうち、匂坂の放った地断撃が地を割いた。すかさず持参した鉄くずやら古コインやらナイフやらが放り込まれる。最後に、絵師は小さな油壺をそのまま中に放り込むと、松明に火をつけた。 次いで森林をどよもす匂坂の『咆哮』が響き渡った。 「くるぞ!」 匂坂の声。全員に緊張が走る。それが合図だったかのように、森林から無数の鉄喰蟲が一斉に飛び出してきた。 「うわ‥‥」 ギイが思わず声をあげる。 開拓者たちの前方に口を開けた大きな穴――鉄喰蟲といわれるとはいえ、アヤカシは人間のほうがより好物であることは間違いない。穴へ落ち込んだ大量の蟲は、鉄に喰らいつくものだの、人間に飛びかかろうとするものだのがごっちゃになって大騒ぎをしている。 「これは‥‥なかなかの、キモ、さ‥‥! さすがにここまで群れなしてると鳥肌が立つなあ」 ギイがなんとも言えない顔をして、手は穴から外れた鉄喰をはたきおとしている。 「‥‥まじクソキモ」 おっとりしたギイにしては珍しい雑言が、唸るように洩らされる。さすがに、彼の『猫』も蟲の気色悪さに剥がれ落ちてしまったらしい。 だが、それは全員の代弁とも言えた。おのおの心中はげしく頷きながらも辟易したような表情を浮かべ、鉄喰を穴に叩き返したり潰したりと忙しい。 「ええい、蟲けらども。巫女じゃからと甘く見るでないわー!!」 仲間の支援や回復に立ち回っていたニノンが杖をぶん回して蟲を弾き飛ばした。 頃合やよし、絵師の松明が穴の中に放り込まれて一気に燃え上がる。続くように、菊池の風神が、ニノンの浄炎が蟲の群れ目がけて集中攻撃を浴びせた。仁志川たちは巫女を守りながら、残っていた鉄喰を虱潰しに叩いた。 濛々と立ち上る煙に混じって紫の瘴気が霧消していく。 「‥‥やった、か‥‥?」 匂坂の言葉を遮るように、菊池と仁志川がほぼ同時にシ、と手をあげた。 ぶう‥‥ん、という唸り声のような『音』――。 開拓者たちは誰ともなく顔を見合わせ、一旦、森の中へと移動していった。 菊池の瘴索結界の中で息を殺しながら耳を済ませる開拓者たち。ぶうん、という背筋がざわつくような音は大きくなったり小さくなったりと、距離や方向が掴みにくい。空地では戦いやすいが、それはつまりアヤカシからも狙われやすいということだ。一匹ずつおびき寄せるのがいいが、果たしてどこに潜んでいるものか‥‥ 「さっきと同じ円陣でいこう。離れないように」 確認をしあう。彼らの後ろにいた絵師がふと、一方向を見つめた。 「どうした、絵師殿」 ニノンの言葉に、彼は前方を見据えたまま応えた。 「今、あちらの枝が揺れました‥‥」 絵師が言う方向は森が深く枝の揺れはわからなかったが、仁志川が足元の小石を取って、大穴が開いている空地へ放ってみた。 ぶん! 小枝をへし折りながら、ひときわ大きな羽音とともに巨大なアヤカシが現れた。なるほど似餓蜂に似てはいるが、さらに大きく奇怪である。そして、その頭部には深々と絵師の苦無が突き立ったままだった。 アヤカシは大きく穿たれた穴の上を少しずつ移動する。 「‥‥これだけ大きいと流石に見た目凶悪だなあ‥‥」 ギイが呟く。その声に反応したか、蜂アヤカシは牙をかちかち鳴らしながらこちらへ襲い掛かって来た。 咄嗟に仁志川の盾が蜂を弾き飛ばし、高見が抜刀と同時に渾身の一撃を放つ。アヤカシの首が跳ね飛ばされ、地に落ちた瞬間、瘴気となって消えた。 そして、それが巨大な蜂アヤカシとの開戦の合図になった。 現れた巨大な蜂アヤカシは四匹。 対して開拓者たちは六人。攻防を繰り返しているうち、いつの間にか絵師の姿は消えていた。 巨大アヤカシは似餓蜂とよく似た攻撃、撹乱を連携させて襲ってくる。だが、その巨体のせいか動きはさほど早くなかった。とはいえ、やはり鋭い牙と毒針は脅威である。 ニノンの神楽舞が仲間の攻撃力をあげる。 仁志川のシャムシールが蜂アヤカシの片翅を切り飛ばして地に落とす。そこへ別の蜂アヤカシが攻撃してきたのを菊池の忍者刀が防いだ。 翅を落とされた蜂アヤカシが地を這ってニノンに襲い掛かろうとする。どこからともなく苦無が飛んできてそれの動きを一瞬止めた。その隙を見逃すはずもない、仁志川の斬撃が蜂アヤカシの首を落とした。 「‥‥つっ!」 長大な野太刀を逆袈裟に切り上げ、蜂アヤカシが瘴気となる寸前に毒針が匂坂の腕を掠めたらしい。 「尚哉殿!」 ニノンは、毒がまわり始め変色してきた匂坂の手をとり、すぐさま解毒を施す。 「ありがとな、ニノン」 「虫刺されは馬鹿にできぬと言ったであろ?」 礼を言った匂坂にニノンはしかつめらしく言うと、彼は屈託なく笑った。 その間にもアヤカシは攻撃を繰り返してくる。 高見の刀が蜂アヤカシの体に深く食い込んだ。身を捩じらせたアヤカシの毒針が彼女を刺し貫く寸前、ギイのシャムシールが毒針を切り飛ばす。アヤカシから刀を引き抜いた高見は、返す刀でその胴体を真っ二つに叩き切った。 撹乱から攻撃に転じた蜂アヤカシの毒針をシナグ・カルペーで回避したギイは、隙を逃さず剣を一閃。それを援護するように後方から仁志川の雷鳴剣がアヤカシの巨体に雷を落とした。 しんと静まりかえる中、再びの攻撃に構えた開拓者たち。 そして‥‥ 「‥‥もう、アヤカシはいないようです」 瘴索結界を解いた菊池が、にっこりと微笑んだ。 ● 日が中天から少し西に傾いた頃、村の入り口付近でしゃがみこんでいた小さな子供が、開拓者たちを見つけて嬉しそうに顔を輝かせた。後方へ向かってなにやら叫んでいる。村長たちを呼んでいるのだろう。 「よう」 匂坂は笑って俊坊に手を上げる。 「開拓者のにーちゃん、ねーちゃん。村を助けてくれてありがとう!」 俊坊はそう言って深々と頭を下げた。 六人は顔を見合わせ笑う。 「山にあいた穴もちゃんと埋めてくれたんでしょう? おじさんがね、だから山が元通りになるのはすぐだって言ってた」 「‥‥俊くん、絵師さんはここに戻ってきたのかい?」 問いかけた菊池に子供の顔が少し曇った。 「うん。でもね、絵を二枚くれてすぐ行っちゃった」 これだよ、と言って差し出された絵とは――彼らが円陣になって巨大なアヤカシと戦っている姿と。 「‥‥なんだこりゃ」 匂坂が頓狂な声をあげたもう一枚には、めくれ上がった大地をならしている六人の姿が、何だか楽しげに描かれている。 あのあと、『近くにきた人が落ちるかもしれないだろ?』そう言って穴を埋めはじめた匂坂を皆で手伝ったのだが‥‥どうやら絵師はそれを写生していたらしい。 絵の左下に小さく入った文字―― 「淡烟? これが絵師さんの名前なんでしょうか」 「タンエンとな‥‥まこと、名前のとおり煙のような男じゃの。まあ、ともかく。山奥に分け入るのは程々にするのじゃぞ。アヤカシでなくとも獣や虫がおるかもしれぬ‥‥そうじゃ。これをやろう」 絵師をそう評価しておいて俊坊に向き直ったニノンは、お手製虫よけクリームを取り出すと子供に渡してやった。 俊坊はクリームの蓋を慎重に外すと鼻を近づけてみる。 「‥‥いい匂いがする! ありがとう、巫女のねーちゃん」 うむ、とニノンが頷けば、仲間たちが笑った。 絵師は足を止めると少しずつ赤くなっていく空を眺め、道を振り返る。 「‥‥お見事でございました」 網代笠を傾け微笑むと、再び歩き始めたのだった。 了 |