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■オープニング本文 ● 黄昏時の裏通り――大商家が立ち並ぶ界隈だが、そこは商家が運搬用に引いた水路があり、小さな小舟が何艘か揺れいるだけでひとけはない。 物陰に身を隠すように立ち、ぼそぼそと低く交わされる声。 「……行商人風情がこの私の誘いを拒むとは……生意気にもほどがある」 男は肉付きのいい顔を歪めて吐き捨て、袖口から何かを取り出して頬に傷のある、いかにも悪漢と思われる男に手渡した。 「これで……言わなくてもわかっているね? 二度と、この安雲に……いや石鏡に居れなくしてくれればいい……ああ、そうだ。あの男が持っていた『型』は取り上げておくれ。壊さないように」 悪漢は手渡されたそれの重みを確かめ、ニヤリと笑った。 「いいだろう」 ● 「おいしい『もふら形焼き』だよー。もふらさま形の焼き菓子だよー」 安雲はもう目の前――街道脇で子供の声がした。見れば、屋台が出ており老人が鉄板のようなものをひっくり返しながら何かを焼いている。子供は客寄せに大きな声を張り上げていた。 先刻から風に乗っていい匂いが漂ってきていたが、どうやらこの屋台からだったようだ。 彼は物珍しさも手伝って屋台へと近づく。 「いらっしゃい! もふら形焼き、おいしいよ!」 子供は嬉しそうに声をかけた。 「え、えーと一つください」 青年はちょっと戸惑いながらそう言って、はた、と屋台の下に丸まっている白いもふっとしたものに釘付けになった。 「こ、これは、いったい……?」 彼は恐る恐る手を伸ばそうとして、急にそれがぱっちりと目を開いたので飛び跳ねるように一歩下がった。 その様子がおかしかったのか、子供はけらけらと笑う。 「多歌良! お客さんに失礼だぞ! ……金髪さん、はいお待ち。中が熱いからね」 代金を払って受け取ったそれは、掌大の少し平ぺったいものだったが、何かの型になっている。この垂れた耳といい、大きな目といい、丸っこい体にもっさりした尾は、どこかで見たような……。 「あっ! これがもふら様なのですね!」 『もふら形焼き』を手に、彼は声をあげ、あらためてその型をまじまじと見つめた。尾の毛並みの筋まで綺麗に出ている。そして、老人の手元の『型』を興味深そうに眺めた。 今度は屋台の老人が笑い出す。 「金髪さん、そいつぁあったかいうちに食べてくれ。ちなみに本物のもふらさまはそこに寝てるだろ?」 「は、はい。いただきま、ふ……」 彼は『もふら形焼き』にかぶりつく。外側はさっくりとして中にあつあつの餡が入って美味しい。 ふと、足元の一尺ほどのもふらさまと目があった。もふらさまは目をきらきらさせてじっと彼を見上げてくる。 『おいしいもふ?』 憧れのもふらさまに話しかけられた青年は感動して大きく頷く。 「はい! とっても美味しいです……」 『おいしい、もふ?』 もふらさまの視線に気圧されたように動けなくなってしまった青年の前から、多歌良が笑いながらもふらさまを抱き上げて老人の方へ連れて行く。 「駄目だよ、かがり! お客さんのもの欲しがっちゃ!」 『もふぅ……』 青年はくすくす笑いながらそれを眺め、『ごちそうさまでした』と言って屋台から立ち去った。 「さよなら、金髪さん!」 子供の声に、青年は笑いながら手を振った。 ● その日の夕方、安雲の宿をとった青年が街を散歩していると、がらの悪い男たちがゲラゲラ笑いながら歩いてくる。通行人たちは眉を顰めて左右に避けた。 「おっ! 中身まで持って来て正解だな! 焼けたぜ」 一人がそんなことを言って大笑いしながら持っていた鉄板の片方を開けてみせる。 「……あれは……」 何となく端へ避けていた青年だったが、男たちが馬鹿笑いしながら変わった形の焼き菓子を口に放り込んだのを見て、思わず彼らに駆け寄った。 「待ってください! ちょっとそれを見せて! ……これは、あの屋台の……」 「あぁん!? うるせぇ、引っ込んでろ!」 頬に傷のある男は青年を思い切り突き飛ばす。彼の体は吹っ飛び、消火用桶の山に叩きつけられた。 男たちはげらげらと笑いながら行ってしまう。 「う……」 背中を思い切りぶつけてしばらく動けず、何とか体を起こそうとしていると、 「おい、あんた。大丈夫か?! ……あれ?」 通りかかったらしい男が、彼を見て慌てて駆け寄り――そして、素っ頓狂な声をあげた。 「あんた、こないだ猫又に手を噛まれた兄さんじゃないか?」 「はぇ?」 青年はきょとんとして目の前の開拓者を見た。 「……その節は本当にありがとうございました。傷もすっかり治りました。あ、私はジークリード・アモンといいます」 「いや。まあ、治って良かった。……ところで、一体なにがあったんだい?」 開拓者に問われ、ジークリードが簡単にいきさつを話す。 「……その屋台の老人と子供が心配だな……どのあたりだい?」 「あ! 僕も行きます!」 そうして、駆けつけた二人の前には、叩き壊された屋台があり、その傍で子供が泣いていた。 「ぼうや!」 ジークリードの声に子供がはっと顔をあげる。そして、開拓者は倒れている老人に駆け寄り、息と脈を確かめた。 「とにかく、医者に診てもらおう」 そう言って老人を担ぐと、彼らは安雲の街へ戻り医者へ駈け込んだ。 暗がりではあまりわからなかったものの、老人はそうとう痛めつけられたらしく、殴られた顔も赤黒く腫れ上がっていた。 「……いったい、何があったんだい?」 医者がいったん下がって行き、ジークリードが子供に聞く。 「金髪さんが安雲の方へ行った後、夕方ごろに怖そうなおじさんが五人くらい来たんだ……」 男たちは問答無用で屋台を壊し始めたのだという。そして、老人をさんざん殴りつけたあと、あの鉄の『型』を盗んで行ったのだと――。 しばらく考え込んでいた開拓者がぽつりと言った。 「……参国屋の仕業かな……」 「……おそらく……儂が、参国屋の誘いを断ったもんで……」 かすれた声が応えた。多歌良が老人に飛びつく。 「手当をありがとうございました……ちょっと行ってこねえと……。あの型だけは、人の手に渡すわけにはいかねえ」 「おいおい、まだ無理だぜ。それに正面から行ったって、あそこの主人が正直に出すとは思えねえ」 開拓者曰く、参国屋のあこぎなやり方に潰された商売人はけっこうな数に上るのだそうだ。ギルドにも何とかしてもらえないかという相談は来るのだが、踏み込む決定打がなかったのだという。 「悪漢使って屋台をぶっ壊してまで『型』を欲しがったってことかい? 妙な話もあったもんだ」 首を捻る開拓者に、老人はあざだらけの顔で小さく笑った。 「そりゃ、あれほどの鋳物をする人間はそういませんからな……参国屋のような者の手に渡したんじゃ、鎌市さんの名に傷がついちまう……それだけはどうあっても止めなきゃなんねえ」 「鎌市?」 「……伊堂にいる一流の鋳物師でね……あの人にゃ大きな恩があるんです」 |
■参加者一覧
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
フランベルジェ=カペラ(ib9601)
25歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ● まことにきらびやかな一団を前に、ジークリードと、多歌良はもふらのかがりを抱いたまま、ぽかんと口を開けた。 蝶の妖精のような少女が心配そうに声をかけてくる。 「大丈夫? お爺ちゃんの大事な大事な商売道具を……酷いよ。そんなの商売人って言わないんだよ。絶対に取り戻そうねっ」 サフィリーン(ib6756)のきらきらする青い瞳を間近に、少年は真っ赤になって頷いた。 「力に任せて横取りとか、品がないったら。気に入らないわぁ……一泡、吹かせてあげないとね♪」 アグネス・ユーリ(ib0058)が腕輪の鈴をはじきながら、唄うように楽しげに言えば、 「人の物を盗る悪い子には、お仕置きしなくちゃ……ね?」 フランベルジェ=カペラ(ib9601)は紅唇に妖艶な笑みを刷いて、アグネスと見交わし『ふふ』と笑う。 岩の塊のような屈強な悪漢相手に、華のような女性ばかりで大丈夫だろうかと思っていたジークリードだったが、どうやらいらぬ心配らしい。 (甘いものを口にすると落ち着くわね。そういうものを、暴力で奪ったり、それを指示するような人間に扱ってほしくない) 心から楽しめる甘味のために――熾弦(ib7860)は静かに座して心に思う。 プレシア・ベルティーニ(ib3541)は『ん〜』と考え、 「それじゃあ、ボクお店の方に行ってみるの〜。……む゛ーっ、もふら焼き〜! 絶対に型を取り戻してもふら焼きいっぱい食べるよ〜!」 頬をぷうと膨らませ、大きなふさふさの尻尾を更に膨らませた。もふら焼きもふら焼きと連呼するたびに、かがりの目が丸くなっていることに彼女は気づいていない。 「……狐のおねーちゃん、もふら焼きじゃなくて、もふら『形』焼きだよ」 多歌良がおずおずとプレシアに言うと、彼女は大きな青い目で多歌良を見、かがりをじぃっと見つめる。 「ほみ? ボク一口に食べちゃうよ?」 「……ちょっと待て」 立ち上がってどこへともなく行こうとしたプレシアが、いきなりぷらんと宙に浮いた。 「ふに? あ、玖雀さんだ〜!」 周辺を回って戻ってきたところか、プレシアの襟首を掴んでぶら下げた玖雀(ib6816)は彼女を座らせた。 「参国屋に行くんだろ? 髪くらい綺麗にしてけ……少し遅くなっちまったが俺からの誕生祝いだ」 そう言って慣れた手つきでプレシアの髪を結いあげ、『簪「不散菊」』を挿してやった。 「えへへ〜、似合うかな〜?」 プレシアは嬉しそうに尾をめいっぱい振る。 「よく似合うわよ、プレシア。玖雀も巧いものねえ」 アグネスが感心しながら言う。玖雀は『まあ、な』と微かに笑った。 「よ〜し、それじゃあ行くの〜。よろしくね〜!」 プレシアは揚々と部屋を出ていく。それへ続くように開拓者たちは立ち上がった。 ● サフィリーンは参国屋近辺を歩きながら、それとなく情報収集を試みた。 参国屋は大店が立ち並ぶ界隈でもひときわ大きな店構えだ。 「ふわぁ、大きなお店。どんなものを売ってるのかな?」 旅行者と思ったのか、通りかかった女がそっとサフィリーンの腕を引いた。店の傍から立ち去りながらそっと囁く。 「だめよ、お嬢ちゃん……こっちへ」 「……ご店主さんはどんな人?」 サフィリーンの問いに、女は困ったように笑って首を振る。あたりを確認すると声を低めた。 「碌でもない男さ。知らずに入ったらふっかけられてしまうよ」 身なりの良い女性客二人に、店の番頭は愛想のよい笑顔を向けた。 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きで?」 アグネスは上品に笑った。 「ああ……こちら大きなお店でしたから、どんなお品があるのかしらと思って……」 ひやかしの旅行者だと思ったのだろう。番頭は笑顔を張り付けたまま一礼した。 「左様でございますか。反物から小物まで取り揃えておりますので、お気に召したものがございましたらお声かけくださいませ」 番頭へ頷き、アグネスとプレシアはゆるりと店の中を見て回る。 「どうもありがとう。また寄ってみますわ」 そうして二人は店を出た。 「ふに〜。売ってないね〜? まだ隠してるのかな? 中を調べてみよ〜っと……」 建物の陰に隠れ、プレシアは呟きながら『人魂』のウスバカゲロウを参国屋の中へ放つ。その傍ら、『超越聴覚』で参国屋の『音』を拾っていたアグネスは、微かに眉をひそめた。 「……型はこっちにはなさそうね。まだ悪漢が持ってるみたい……ん……? 帳面でも見てるのかしら?」 「ん〜と、太ったおじさんが、紙に書かれた金額を帳面に写してるよ〜。あ、人魂消えちゃった」 「あら……それきっと、証文か何かじゃないかしら」 プレシアの言にアグネスはぴんときたらしい。そこへ『ナハトミラージュ』で身を隠しながらサフィリーンが戻ってきた。 「参国屋さんの悪評はすごいです」 開口一番そう言った少女に、アグネスはにっこり笑った。 「証拠物件、奪っちゃいましょ♪」 アグネスの『夜の子守唄』がゆるやかに流れ続けている。 参国屋の裏から素早く忍び込み、プレシアが店主のいる庭に面した部屋へ導く。そっと障子を開くと卓の上に突っ伏した男の姿があった。 サフィリーンが鞭を手に、『マノラティ』で鮮やかに卓上の証文を引き寄せた。帳簿の方は店主の巨体が覆いかぶさり断念する。 三人が参国屋を出たあと、目覚めた店主が大騒ぎをしたのは言うまでもなかった。 ● このところ質の悪い五人組が居座るという飯屋へ赴いたフランベルジェと熾弦は、旅行者を装い入っていく。玖雀は気配を消して中を窺いながら、一般人が巻き込まれぬよう目を配っていた。 入ってきた二人の美女にどよめきがあがる。 フランベルジェは見せつけるように闇色の外套をはずした。現れたのは、豊満な肢体を包む深紅のドレス。 熾弦は深雪を思わせる銀髪を揺らして椅子に腰かけた。薄衣を重ねた羽衣は柔らかく揺れ、豊かな彼女の肢体を包んでいる。 五人の悪漢たちは下心を隠そうともせず、目配せした。 注文を受けに来た店の者に、女たちは尋ねる。 「ここいらで珍しい食べ物はないかしら? 出来れば甘いものが良いわ」 フランベルジェの言を受け、熾弦が訊く。 「そういえば、今ここの近くで『もふら形焼き』を売っている屋台があると聞いていたのだけど、どこなのかしら?」 「あ……それなら……」 店の者が言いかけた時だった。 「もふら形焼きなら、俺達が作ってやれるぜぇ?」 男たちは酒臭い臭いをぷんぷんさせて、フランベルジェと熾弦に馴れ馴れしく手をかけた。 「あら」 「あなたがたが作るの?」 二人は警戒する様子もなく小首を傾げる。悪漢たちはてんでに『おうよ』と頷いた。 「ここじゃあ、ちっと無理だ。別の場所じゃねえとな」 男はにやにや笑いながら、フランベルジェの腕を掴んで立たせようとする。見かねた飯屋の主が慌てたように止めに入った。 「うるせえ! お前ぇに用はねえ!」 悪漢は、言いざま主を突き飛ばして女たちを連れて外へ出ていく。机や椅子が大きな音をたてて倒れた。 「……う……あれ?」 主は何故か身体が宙で止まっているのに気付いて上を見上げた。 「すまないな、主。あの二人なら大丈夫だ」 いつの間に入ってきたのか、玖雀は飯屋の主をひょいと立たせると、風のように出て行く。 主は呆然と、陰から見ていた女将の方は『あらぁ、いい男ねえ』と呟き彼を見送ったのだった。 道行く人々がはっとしたように道の脇へ避けていく。 巨漢五人に挟まれるようにして歩く美女二人は、あらゆる意味でよく目立った。 「どこまで行くの?」 熾弦が一人を見上げる。 「待ちきれないわ。どんなものかだけでも見せてくれない? ね?」 フランベルジェはすり寄るようにして上目使いで頭目らしき男を見つめた。 鼻の下を伸ばした頭目は一人を小突いて出せという仕草をする。懐から出てきたのは変わった形の『型』だった。 「まあ、これ? 見せて?」 言いながら、フランベルジェはさりげなく『ライール』で男の手から『型』を取り上げる。 熾弦も珍しそうにそれを覗き込み――黒い鋳物は三つ同じ模様が並んでおり、それはまぎれもなく『もふら』だった。 フランベルジェと熾弦はにこりと笑いあう。 「おいおい。壊すなよ。商売道具なんだ」 頭目は言いながら『型』を取り返そうとする――そのとき、横合いから吹っ飛んできた消火用桶が男の足を直撃した。 「いてっ! ……てめえかっ」 怒鳴った先に居たのは薄い笑いを浮かべ、ころころと桶を足で転がしている玖雀。 「ほらよ、おまけだ!」 玖雀は桶を思い切り蹴りつけ、同時に『三角跳』で壁を足場に跳躍し、頭目がけて突っ込んでいった。 その隙を見逃すはずもない。 突然、宙に大輪の花を咲かせるように布が翻り、二つの円を描いて悪漢らを弾き飛ばす。 「て、てめぇら……」 「あら、怖い。でも……開拓者なんかに負けないでしょ?」 フランベルジェは挑発するように艶っぽく笑う。が、『型』は我が手にある。これを奪われるわけにはいかない。 彼女は『シナグ・カルペー』で回避に専念した。 「もう遠慮はしないでよさそうね」 剃刀のような黒布が掠めていくたびに悪漢たちの身体から鮮血が流れる。 間合いを見計らった熾弦は微かに笑むと『ノウェーア』から『ラスト・リゾート』へ転じ、男の懐に飛び込むや一瞬の間に拳を突き込んだ。 「もふら焼きの型を返すの〜!」 後方から可愛らしい声が響く――失速できず勢い余ったのかプレシアは無謀にも巨漢に跳び蹴りを入れた。 「いっ……この!」 ふくらはぎをしたたか蹴られた男は、太い腕をぶん回してプレシアを殴りつけようとした。間一髪で避けたものの、髪に挿していた簪が弾き飛ばされる。 「あっ!?」 プレシアは飛びつくように簪を拾い上げた。 悪漢は金髪の小さな頭めがけて拳を振り上げる。視界の端にふっと赤いものが見えたと思った瞬間、横面に衝撃を受けて吹っ飛ばされた。 跳ねあがっていた赤いドレスがふわりと舞い降り、彼女の脚絆を覆い隠す――アグネスの紅い唇がにっと吊り上った。 「ちょっと前まではジプシーだったからねぇ……吟遊詩人だと思って侮ってると、怪我するよ?」 プレシアは菊の飾りが外れてしまった簪を両手に掬い上げ、衝撃を受けたように呟く。 「壊れちゃったの〜……許さないんだから! ふにぃぃ〜!」 怒りに尻尾を膨らませて『蛇神』を放つ。召喚された巨大な蛇が牙を剥いて悪漢に襲い掛かった。 「このっ……!」 頭目が弐連撃で襲い掛かっても、その時には木の葉が舞っているだけ……かと思えば上方から凄まじい威力をもって礫が飛んでくる。自慢の地断撃を放つ間もありはしない。 玖雀はすとん、と男の目の前に降り立ち、にやりと笑う――瞬間、かぱーんという小気味よい音が頭目の顔面から放たれ、鳩尾を深々と蹴りこまれてそのまま、泡を吹いて倒れこんだ。 「フン、武器や技量にばっか頼ってっからそうなるんだ」 そう言ってくすりと笑った玖雀の手にあったのは、彼愛用の『鍋の蓋』だった。 サフィリーンはくるくると舞いながら、襲い掛かる悪漢の攻撃をかわす。 「この、ガキ! ちょこまかと……っ!」 「みんな避けて避けて〜っ! このおじさんたちが乱暴なことするの。助けて〜!」 可憐な少女が助けを求める――ここは安雲の都。巫女王のお膝元である。無体なことを放置するわけにはいかないのだ。 「警邏隊を呼べ!」「急げ!」「こっちだこっちだ!」 街の者は大声で呼び交わし、ほどなく警邏三人が駆け付ける。逃げ出そうとする悪漢の足に少女の鞭が絡みつき、見事御用となった。 やんやの拍手喝采。 「騒いでごめんね?」 サフィリーンは踊り子らしく、ひらりと向き直り膝を少し折り曲げてぺこりと一礼した。 悪漢五人は警邏隊に連行され、アグネスたちが奪ってきた参国屋の証文も渡され、すぐさま捜査の手が差し向けられた。 とてとて走ってきたプレシアが、玖雀の顔を見たとたん大泣きする。 「簪壊れちゃったのぉ〜! ボク悪い子になっちゃうよ〜」 「……ああ。これは外れるようになってる」 玖雀は軽く言うと菊飾りを元に戻してやった。 「……ふに? これって元々こうなるんだ〜、はふぅ〜。ボクどうしようかと思っちゃったよ〜。大事にするの〜☆」 尻尾を振るプレシアを見下ろし、鍵開けに活用するにはまだのようだ、と彼は密かに思ったのだった。 ● 「ああ……助かりました。ありがとうございました」 老人は『型』を両手に深々と頭を下げた。 「よかったですね」 ジークリードが微笑む。 「もふら形焼き、焼いてくれる?」 「あ、怪我が痛むなら焼き方教えて?」 アグネスがわくわくしながら問い、サフィリーンが身を乗り出す。老人はくしゃりと笑って『大丈夫です』と頷いた。 屋台は壊されていたものの主要の機材は無事だったようで、老人は手際よく火をおこす。その間に生地と餡を作った。 「よ〜し、もふら焼きをいっぱい食べるぞ〜♪」 待ち遠しそうに言ったプレシアとかがりの視線がばちりと合い、一瞬、奇妙な緊張感が両者の間に漂う。 「……だから、ちょっと待て」 玖雀がプレシアの襟首を掴んでぶら下げると、ひょいとどかす。そしてかがりの傍へしゃがみ懐から『桜のもふら餅』を出した。 「貰ってばかりじゃ申し訳ねぇし……美味いか?」 かがりは目をきらきらさせてもふら餅を食べた。 『う、まー、もふぅ』 良い匂いが漂ってくる。ジークリードは焼ける頃合いを見計らって『もふら形焼き』に合う紅茶を選んで淹れた。 かがりはアグネスの膝の上でうとうとしている。 「いっただきまーす」 外は薄く香ばしく、中の生地はふわりとあつあつの餡との甘さも絶妙に――。 はふはふ言いながら食べている開拓者たちを、老人と多歌良は嬉しそうに眺める。 「よかったね、じいちゃん」 「ん……そういえば、助けてくれた開拓者さんてのは……」 多歌良が笑って見上げてくるのへ老人は頷き、はた、と気づいたようにジークリードへ目を向けた。 「それが……お名前を聞きそこねたのです……僕、二度も助けてもらったんですけど……」 ジークリードはふう、と嘆息した。 「また会えるよ! 二度あることは三度あるって言うし!」 多歌良が元気よく言う。 ジークリードはちょっと悩んだが、にこりと笑った。 「そう、ですね。また出会えることを信じましょう」 神楽の都へ帰っていく開拓者たちに、かがりを肩にのせた多歌良は両手を大きく振る。 「金髪さんにも、ありがとうございました」 「いえ、こちらこそです」 老人はジークリードへ頭を下げる。彼らは三位湖に沿って伊堂へ進む。 「金髪さんは?」 「そうですねえ……少しここに滞在してから、陽天へ行ってみようかと思ってます」 多歌良に微笑み、思いを馳せるように南へ目を向ける。 またお会いしましょう。 彼らはそう約して、手を振った。 |