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■オープニング本文 ● 三位湖に浮かぶ小島が見える。そこは石鏡のもっとも重要な場所、安須神宮――双子王の御座所である。 その安須神宮の門の前、体長五尺の淡藤色のもふらさまと青年の姿があった。 『わらわは磊々と申す。此度、お世話係と共に安須神宮に参詣に参った。こちらの牧場におわす大もふ様に一度お目通りかないませぬか、警護兵どの』 一言二言ぐらいの言葉を億劫そうに喋るもふらさましか知らなかったらしい警護兵は、ちょっと面食らったように磊々さまを見つめたが、はっとして背筋を伸ばした。 「はっ。磊々殿にはたいへん申し訳ございませぬ。折角のお越しではございますが安須神宮内、および牧場へは大祭の折しか開場が許されませぬ。何卒ご寛恕賜り、お引き取りいただけますよう伏してお願い申し上げます」 警護兵は格式ばった物言いで、深々と磊々さまに一礼する。 『左様か。残念じゃが仕方ないのう。ではお世話係、安雲見物と参ろうか』 磊々さまはそう言って瓜介を促す。青年は『はい』と、警護兵にペコリと頭を下げて磊々さまと並んで歩きだした。 「あっ。もし! ちょっとお待ちを!」 警護兵は何かを思い出したようにふたりを追って来る。 「なにか?」 彼は少し声を落とし、多少くだけた口調で言った。 「あの……磊々殿のようにご立派な体格であれば大丈夫だとは思うのですが、念のために。……近頃、街のもふらさまが姿を消しているんです。誘拐だと言う者もあるのですが、まだはっきりと判りません。事あっては大事です。どうか御心に留め置きください」 瓜介は磊々さまと顔を見合わせ、警護兵に頷いた。 ● だが、事件はその数刻後に起きた。 光と闇が交差する黄昏時は逢魔ヶ時ともいわれ、人の顔もよく見えぬ――とはいえ、一緒にいたのは体長五尺の大きなもふらさまである。 ついさっきまでそこにいたはずの巨体が……。 「磊々さま……? あれ? 磊々さまーっ! どこですかあ?! ほら味噌餅ですよー?! ……あれ?」 瓜介は味噌だれの串餅を両手に、あちこちの食べ物屋を覗いてみた。けして地味な色合いではないし、あれだけの巨体である。だれか見た者もいるかと声をかけてみたのだが…… 「まさか……!」 あることに気づいた彼は一気に顔色を失い、味噌だれ串餅を握り締めたまま開拓者ギルドへ全力疾走した。 「…………おい。なんでぇ。そのデカイもふらさまは?」 安雲から歴壁へ向かう街道を少し外れた小屋――中にいた二人の男は、小さいもふらさまを抱えた仲間の後ろに居る巨大な淡藤色のもふらさまに目を丸くした。 「……いや、自分も連れて行けっていうから……」 『大もふさまもふー』 『違うと言うておろうが、ちびすけ。わらわは磊々じゃ……中もふさまとでも呼ぶがよい』 小さいもふらさまが言うのへ磊々さまが面倒臭そうに応える。 「だ、大もふ様だと……っ?!」 「なんだってそんな大物がここへ……?!」 騒ぎ始めた男たちを見て『こやつらも聞いとらんのう……』と磊々さまは嘆息する。 小屋の中にある鉄檻に小さなもふらさまが二十ほどひしめきあっていた。 「……ど、どうすんだよ。こんな大きなもふらさま、これにゃ入らねえぜ?」 一人が檻を差すのへ、もう一人が男の頭をはたいた。 「あほか! それ以前の問題だよ! 大もふ様を売っ払ったことが知れりゃ、俺達の命はねえ!」 「けどよー。大もふ様が自分も連れて行けって言ったんだぜ?」 「そうは言っても、大もふ様なんて引き取っちゃくれねえぜ、あちらさんも……」 男たちはあーでもないこーでもないと相談を始める。 『うぬらにもふらを誘拐するよう唆した『あちらさん』とは誰じゃ?』 「そりゃ、遭都の……」 一人がうっかり口を滑らせ、男たちがはっとしたように顔をあげる。一旦、磊々さまへ視線をあてたものの『いや、まさか』と辺りをきょろきょろする――そのとき。 『このたわけどもが! わらわを『もふもふ』しか言わぬそこらのもふらと同じにするでないわ! えぇい、控えおろうっ!!』 磊々さまは怒りに目を爛々と、『喝』とともに主犯格の男に『張り手』をくらわせ、吹っ飛ばした。 男が激突したはずみで檻がひっくり返り、開いた扉からもふらさまたちがぴょこぴょこ飛び出てくる。 『でれたもふー』 『おなかすいたもふー』 「あわわ……」 どうしていいのかわからずオロオロするばかりの二人の男と、わらわらと好き勝手に動き回るもふらたちへ、 『静まれ、ものども!』 磊々さまの鋭い一喝に、小屋の中はぴたりと動きが止まった。 『ちびども。もうしばらく辛抱しや……して、誘拐犯どもに尋ねるが……』 磊々さまの質問に、三人の男は経緯を離し始めた。 歴壁あたりで盗賊をしていた三人に、ある人物がいい仕事があると持ちかけてきたのが発端。 もふらとは天儀特有の精霊であり神の使いと目されているものである。特に石鏡は巫女王が統治する国でもある通り、精霊力も強い――ゆえに、その国で生まれた精霊である『もふら』を欲しがる者がいると。飛空船が発達してきたゆえ、ますます需要は高まるだろう―― そうして集めたもふらさまと代金を引き換えにするという。 『面妖な話じゃの。子供の戯言でもあるまいに』 磊々さまは少し考え込む。 もふらなど天儀のどこでも生まれる。それを、わざわざ石鏡と指定したところが気に入らない……人心の不安を煽るようなやり方が。 そうして、しばらく黙りこくっていた磊々さまは顔をあげ、 『うぬら、ちとわらわに協力せよ。さすれば警邏に引っ立てられたとて大した罪にはなるまい』 「えっ。ほんとですかい」 不安そうにしていた男たちの顔がぱっと明るくなる。 磊々さまはニヤリと笑った――ように見えた。 早朝、開拓者ギルドの職員が掃除していると、白い大きな毛玉が転がりこんできた。 「……?」 目をぱちぱちさせてよく見れば、小さなもふらさまが口に何か咥えている。 職員は手紙らしきものと、手のひらに乗るような巾着袋を受け取った。薄い何かが入った巾着には『磊』の字。 手紙にはお世辞にも上手とはいえない文字が並んでいる。 『もふら磊々さまのお達しにより、この誘拐をそそのかした者どもを捕縛するため助力をお願い申しあげる。手紙に不審あれば、この巾着を牧童の瓜介どのにお渡しいただけますよう 云々』 「……瓜介……あーっ、昨日の味噌だれ串餅の人!」 職員は手紙と巾着を見比べ、思い出したように叫ぶ。 『お手紙もふー。中もふさまのお使いしたもふ。ごはんください、もふー』 小さなもふらさまはお使いを果たし、達成感満々で職員に言った。 「はいはい、ちょっと待っててくださいね、もふらさま! だれかー、このもふらさまにごはんをあげてくださーい! えーと、瓜介さんのお宿は……」 職員は奥に向かって叫ぶと、瓜介の書置きをひっ掴み、手紙と巾着を握って外へすっ飛んで行った。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
中書令(ib9408)
20歳・男・吟
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂
麗空(ic0129)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● もふらの取引場所は、街道からほど近いにも関わらず森深く、馬車であればすぐ歴壁、そして遭都へと繋がる地点である。 「ん〜、いい天気だねえ〜っ」 早朝の森の中、麗空(ic0129)は空を見上げて呟く。散歩がてら潜伏場所を探し、『心眼』で気配を探っているのだが……一方向にぽつぽつと動かない気配がある。 「ん〜と……おなか、すいた〜」 少年は朝ご飯をまだ食べていなかった。 (精霊を私欲のために誘拐しちゃうなんて許せませんねっ。皆さんが安心して暮らせるように、しっかり捕まえないといけませんっ) というわけで、今回もふらの木陽を連れて来た燕一華(ib0718)は、相棒を仲間に託すと山菜採りを装って麗空とは別方向から森へ入った。 さすがに街道沿いの森ゆえ大きな凹凸はないが、太い樹や低木があるため何とか身を隠すことはできそうだ。 安雲内にどんな目があるかわからないため、こっそりと瓜介がいる宿へ行ったジョハル(ib9784)は、真っ青な顔の彼を見て、くす、と笑う。 「だから言ったじゃないか。磊々さまは可愛いから気を付けるんだよって……大丈夫。そう簡単に三枚に下ろされちゃったりはしないさ……いや喩だよ?」 どこか面白がっているジョハルに、瓜介はすでに半泣きである。手紙を読む限り、誘拐犯に着いて行ったのは磊々さまなのだが。 「ちゃんと連れて帰って来るよ。戻ったら甘い物を食べに行こう」 ギルドへ集まった潜伏組の面々は、現場へ展開する警邏隊から渡された簡易地図を囲みながら、事前調査中の仲間の帰りを待っていた。 「もふらさまを商売のタネにするとは……精霊の罰が当たるというものです。少々お灸を据えねばなりませんね」 石鏡の巫女らしい発言をしたのは六条雪巳(ia0179)。 「もふらさまを誘拐するだなんて……絶対に捕まえないと、ですね。今こそ全員の『もふ愛』を結集する時なのですっ」 雪巳へ頷き、ぐっと拳を握りしめたのは柚乃(ia0638)である。彼女は持ってきた『まるごとふらも』を着てみたのだが、残念ながら満場一致で却下されてしまった。 「何か、悪賢いこと考えてる奴がそれなりの数、いる気がする……。ん。さくっと片付けて、消しときましょ。……磊々さまに会えるのが楽しみ♪」 頬杖ついて思索していたアグネス・ユーリ(ib0058)は懸念を含んだ声音で呟いた後、黒い瞳を愉しげに輝かせた。 「さて、では私はちょっとお先に出ます」 中書令(ib9408)は大きな袋を手に軽く一礼する。以前の依頼で功を奏した、小動物で敵方を撹乱させる作戦を実行するようだが、貴族的なたたずまいの彼と大きな袋がどうにもそぐわない――本人は一向にそんなことは気にしていないようだったが。 玖雀(ib6816)は、一華から預かった木陽とともに三人の誘拐犯と磊々さまがいる小屋へ向かう。『超越聴覚』でこちらを窺うものがないか確認しつつ、するりと小屋へ入った。 「よう、磊々」 「なっ……なんだ、てめえ?!」 軽く挨拶する玖雀に、三人は仰天しながら身構える。 『おお、玖雀殿! 助太刀感謝しますぞ……おや。そこもとは……』 磊々さまは見知った顔を見て幾分ほっとしたようだった。そして彼の足元にいる自分と同じくらいの大きな、白と緑のもふらさまに目をとめる。 「一華の木陽だ。そこの小さいのと代わって取引場所に行ってもらう。で、俺とジョハルはこの三人に雇われた用心棒ってことで」 『ほう、それは名案じゃ!』 さくさく話を進めてしまう玖雀と磊々さまを、三人の男が呆気にとられて見ている。 「用心棒って……」 目を白黒させる男たちの後ろから、ジョハルが滑り込むように小屋に入ってきた。 「やあ、磊々さま。元気そうでよかった。瓜介が真っ青だったよ……月精鱗、預かってきたから」 そう言ってすたすたと彼らの前を横切ると、磊々さまの首へ磊の字巾着をかけてやる。ついでに『もふぎゅ』するのはお約束である。 中もふらだけでは不自然だと難色を示した磊々さまの言に、ジョハルは団子になっている小さいもふらさまたちに声をかけた。 「勇敢なもふらさん募集。勇者になりたい子はいないかい?」 『勇者はごはんいっぱい、もふー』 ぴょこっと飛び出たもふらさまが胸を張る――おそらく、最初のお使いを競って惜しくも選抜からもれたもふらさまだろう。 ジョハルはくす、と笑い、小さいもふらさまを抱き上げる。 「取引中は俺が抱っこしておいてあげる……仕事だよ、そんな目で見るな、玖雀」 無表情半眼で自分を眺めている玖雀へ、ジョハルが微苦笑を向けた。 ● 取引は暮れ六つ―― 草履を布で固定した雪巳は、白い着物を目立たぬようにするため警邏隊から借りた布を纏う。 麗空も布を頭からかぶって決めていた潜伏場所へ身を潜め、 「んむ〜……がまん……」 『心眼』で捕えた気配を感じつつ、しゃがみこんだまま呟く。 「真犯人、自ら姿を見せるでしょうか……」 もふらさまを守って戦線を離脱する柚乃は『超越聴覚』であたりを探りながら、ぎりぎりの場所へ身を隠した。 アグネスも『超越聴覚』を発動させつつ、木の上へ身軽に体を持ち上げる。眼下、少し離れた茂みの陰にいた一華が彼女を見てにこりと笑った。 周囲にちょこまかした動きがあるのは、おそらく中書令が放した小動物だろう。 やがて―― 三人の誘拐犯とその後ろにでんと構える二人の用心棒――ジョハルと玖雀が、大きなもふらさま二頭と小さいもふらさまを連れて現れた。 「……シノビは二十くらいだな……」 『超越聴覚』で探っていた玖雀は隣に聞こえる程度の声で呟く。ジョハルは『了解』と低く応えた。 「時間だ! もふらを連れて来たぞ!」 誘拐犯の頭が声をあげる。 「……大きな声を出されては困りますな……」 森の中から頭巾を被った男と、妖艶な女が出て来る。 「なんだい、後ろの色男二人は?」 「もふらを売った金でお駄賃がもらえるみたいなんでね」 女の問いにジョハルが返す。付け加えたのは玖雀。 「雇われの用心棒ってとこさ、別嬪さん」 「ふふ……うまいこと言っても駄目よ。ん、でもそうね。あんたみたいな色男なら組んでみてもいいわね」 女は艶っぽい目で玖雀を見上げる。彼は『そりゃどうも』と軽く笑った。 「えい、遊んでいる暇はない。さっさともふらをこちらへ渡せ」 頭巾の男が苛立たしげに言うのへ、ジョハルがそれとなく外套から銃をちらつかせ『金が先だよ』と指示を出す。 むっとしたらしい頭巾の男は顎をしゃくって後ろへ声をかけた。 そっと馬車が近寄り、シノビらしき男が箱を持ってくる。 その時。 『超越聴覚』を発動させていた開拓者たちは、『とんとん』という玖雀の合図を聞き取った。 一斉に飛び出してくる開拓者たち。そして、響き渡る琵琶の音――ぎょっとしたように立ちすくんだ頭巾の男へ、 「悪いな。用心棒には違いねぇけど、もふら側の、なんでね」 にやりと笑った玖雀は男の足を払い、すぐさま護衛の女の牽制に回る。ジョハルの瞳が一瞬赤く光り、男の体が傾いだところへ痛烈な一撃を加えた。 頭巾の男は叫び声も上げず、あっけなく白目を剥いて倒れる……この男はどうやら普通の人間のようだ。 (磊々さまが可愛いから自分のものに……ってわけじゃなさそうだね……何が狙いなんだ?) ジョハルは転がった男の頭巾を無造作に取っ払う――欲深そうな顔を見て『全然可愛くないね』ぼそりと呟くと、駆けてきた警邏隊に男を預けて身を翻す。 刀に手をかけ向かってくる浪人に、ジョハルは躊躇もせず宝珠銃を構え、撃ち放った。 一方、玖雀が足で合図を送ったと同時にさっと身構えたのは磊々さまである。 『木陽、ちびと柚乃の元へ行くのじゃ!』 『うん。また、ね……』 磊々さまへ木陽はおっとりと応え、森の中から『もふらさま、こっちです』と届く柚乃の声に向かって走り出した。 中書令はあらかじめ作っておいた流星錘をいつでも使えるようにしておきながら、『夜の子守唄』を奏でる。 がくりと睡魔に襲われたシノビの一人に、滑るように近づいたアグネスが鳩尾に見事な蹴りを見舞う。翻る花柄の裾が舞い降りる前に、『ラスト・リゾート』で別のシノビの懐へ飛び込むや鋭い一撃を放った。 「もふらさまが酷い目に遭うの、絶対許せないって人、多いのよ?」 足元にのびたシノビ二人に、アグネスはにっこり笑う。 雪巳が『神楽舞「縛」』で数人のシノビの動きを封じた。そこへ一華の『桔梗』が襲い掛かり、駆け寄るやいなや、薙刀が見事な弧を描く。 「くそっ!」 一華の斬撃から免れた浪人が横合いから切りかかる――雪巳の『白霊弾』がそれを阻んだ。 「雪巳兄ぃ、ありがとうございますっ」 一華は言いながら『葉擦』を発動させると、鮮やかに薙刀を走らせ浪人の刀を弾き飛ばした。 柚乃は木陽と小さいもふらさまを抱えながら、『超越聴覚』で追ってくる者を捉えると『貴女の声の届く距離』で混乱させつつ、確実に距離を離し戦線を離脱した。 他所で集められたもふらがいるであろう馬車へ向かった磊々さまの横合いから、シノビが斬りかかってくる。初撃は間一髪で避けたが、手裏剣を飛びのけた隙をついて間合いを詰められた。シノビの苦無が振り上げられたとき、後方から飛んできた流星錘がシノビの手に巻きついた。 『無礼者め!』 磊々さまがシノビに体当たりし、中書令は『夜の子守唄』を奏でる。そこへ、元気な声とともに『ぼくっ』という痛々しい音が響いた。 「……痛い〜? 悪いことするからだよ〜?」 頭をしたたか棍で殴られ気絶したシノビの傍にしゃがんで覗き込むように言ったのは麗空。 「磊々、大丈夫ですか?」 『中書令殿、かたじけない。……また此度は可愛らしい開拓者も来てくれておったのじゃな』 中書令に礼を言い、麗空を見て笑った磊々さまを、少年は大きく目を開いて見つめ返した。 「もふら〜もふもふ〜。……あ、リクあっち手伝ってくる!」 麗空は、ふと玖雀の方を見て棍を構えなおすと、飛び跳ねるように駆けて行った。 警邏隊が馬車を取り囲む。中書令は磊々さまを守るように『超越聴覚』を発動させつつ、琵琶を奏でながら安全な場所へと移動していった。 子供と侮り、二人がかりで攻撃してきたシノビに、 「む〜! あとにして!」 麗空は『炎魂縛武』にかぶせるように『巌流』を発動させ、棍を振り回して蹴散らした。 「……女だと思って、なめんじゃないよ!」 頭巾の男といた女はシノビだったらしい。苦無で鋭く切り掛かってくるのを、玖雀は『どうしたものか』と考えながら、なるべく手荒な真似はせぬよう立ち回っていたのだったが…… 「悪いことしたら、てんばつ!」 頭上から聞こえてきた子供の声。 止める間もなく―― ぼくっ! 玖雀は思わず片手で目を覆った。 ばたりと倒れた女の足元で、麗空がびしっと棍を構える。 「ババが言ってた!」 「……容赦ねぇな、おい……」 玖雀は低く呟き、『ババがここに居なくてよかったな』とは、口には出さなかった。 ● 主犯二人が気を失い自供させることもできず、開拓者たちは警邏隊の馬車に誘拐されていたもふらたちと一緒に乗り込んだ。 アグネスは磊々さまを見て『まあ』と目を輝かす。 「ね、磊々さま。お近づきになれて光栄だわ。失礼でなければ、もふっても良いかしら」 『おお、もちろんじゃ』 美女に言われて否やもない。磊々さまは鷹揚に頷いて快諾した。 馬車には木陽と磊々さま、そして二十ばかりの小さなもふらさまたちがひしめきあっている。 麗空は目をきらきらさせて言った。 「もふもふだね〜。すご〜い!」 「それにしても……妙な話です。大きさや色味に違いはあれど、もふらさまに変わりはありませんし。愛玩用に売るにしては怪しい、何かの労働力にする……には、少々手が込みすぎているような……?」 雪巳の呟きにジョハルも頷く。 「どうもきな臭いな……」 「妙な事件が多いみたいですね……何か悪いことが起こる前兆でなければ良いんですけれど……」 木陽にもたれていた一華が、顔を曇らせて呟く。 『まったく、解せぬ話じゃ……まあ、ここであれこれ言うても仕方ない。主犯の自供で詳しく判ればよいがの』 磊々さまはふっと息を吹き出して、小さいもふらさまたちを押しのけて寝そべった。 『勇者はおなかすいたもふー』 「ああ、腹も減ってるか……俺でよけりゃ適当に作って食わせてやるよ。……ふふ、少しくらい懐かれでもしたら可愛いんだがな」 玖雀は足元に居たもふらさまをひと撫でして言う。途端、目を輝かせた二十数頭の大小のもふらさまたち。 「少しくらい……?」 ジョハルがぼそりと呟き、玖雀はごほんと咳払いで誤魔化した。 『よかったのう、ちびども。玖雀殿の手料理は滅多なことで食せるものではないぞえ』 無論、自分も食べる気満々の磊々さまである。 もふらさまを抱っこしていた柚乃がぱちんと手を打ち合わせた。 「あ、じゃあ、希儀産の葡萄酒を持ってきましたので、お食事と一緒にどうでしょうか」 『葡萄酒とな!』 磊々さまの目がきらきらしく輝いた。 「磊々さまーっ!」 『おお、お世話係よ……ぉふ』 到着を待ちかねたように走ってきた瓜介は、磊々さまが馬車から降りるや、その勢いのまま抱きついておいおい泣いた。 ジョハルたちは笑いながら瓜介の頭をくしゃりと撫でていく。 「よかったね〜」 麗空が瓜介の頭をわしゃわしゃしながら小首を傾げて覗き込む。 瓜介は顔をあげ、『はい』と言ったものの、再び磊々さまに抱きついて大泣きした。 磊々さまは『やれやれ』と呟きながらぽふぽふ青年の肩を叩いてやっていたが、 『……しかし、そなた、なんぞ味噌臭いのう……』 くんくんと鼻をうごめかした。 「あ、すみません。串餅の味噌だれが着いてたままでした……」 『味噌だれの串餅とな!? そなた、一人で食うたのかっ』 警邏隊の詰め所の台所を借り、玖雀の手料理と柚乃が持ってきた葡萄酒に舌鼓を打ったあと、ジョハルが瓜介を甘味所へ連れて行くというので結局全員でなだれ込んだ。 後日、安雲の警邏隊から開拓者たちと瓜介へ宛てて書簡が届けられた。 主犯の男は遭都の商人で、女は雇われた護衛だった。 この一件は商売が傾き始めた主犯の男へ謎の人物が持ちこんだものだということ。奇妙なことに、その人物は分け前を要求することなく、彼らの前から消え去ったのだという。 布で顔を隠し、名乗りもしない。おまけに声も男のものか女のものかはっきり判らないという。 警邏隊は引き続き石鏡全土、特に安雲内での不審な動きがないか入念に調査を続行するということだった。 また、誘拐されていたもふらさまたちは無事、家に戻った。そのうち数頭のもふらさまが警邏隊とギルドから離れなくなったようで、一頭なりとも預かってもらえるなら安雲の警邏隊詰所を訪ねてほしいとあった。 |