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■オープニング本文 ● 「うめ、久しぶりの空は気持ちいいか?」 朱真(iz0004)は駿龍『うめ』の背で風を受けながら相棒に訊く。うめは少しこちらに目を向け『是』と伝えてきた。 「伊堂から遠くもないけど、近くもない距離だしな。船で行くよりお前に乗ったほうが速いもんな」 朱真は笑いながら眼下の三位湖を眺める。 落ちないように括り付けた荷物を確かめ、目指す半島の岬を見据えた。 数刻前。 鋳物屋・鎌市の娘みはなとお茶を飲んでいたら、鎌市から使いを頼まれた。 場所は伊堂から南西にあたる――三位湖に張り出した岬にある村。鎌市の古馴染みに頼まれていた物を届けてほしいという。 こちらへ連れてきていた駿龍の運動がてら、朱真は荷物を預かって空へ飛んだのだ。 「あそこか……あれ?」 上空から岬を見ると何やら櫓のようなものが建てられている。しかも、近辺の家はまるで押しのけられたように突き崩されていた。 岬の先端からずっと南下すると安須神宮がある。上空の朱真にはそれが小さく見えていた。 「……どう思う、うめ?」 朱真の問いにうめは警戒音をたてる。『うん、変だよな』呟いて、彼女は一旦そ知らぬ風を装って岬を通り越した。 ● 大きく旋回して村の裏にあたる山中へ降りた朱真は、うめの手綱を持って歩きながら、 「うめ。し、な?」 人差し指を立ててみせると、うめは小さく喉を鳴らして応えた。 朱真は木の陰に身を隠しながら村の様子を窺う。 人はいる。だが、村人がいない。 いかにも山賊か何かだと思われる屈強な男たちがうろついて、造られている櫓は物見か、あるいは風信術用の塔か、今のところ判然としない。 「……どういうことだよ……」 鎌市から預かった荷物を抱えてうめの傍まで戻ると考え込む。 まさか、鎌市はこのことを知っていたのだろうか? 賊の一人にこの荷を届けろと? 否。 あの老人の店に出入りする者は千差万別だが、賊のような者が来たことは一度もない。 ならば村人はどこかに身を隠しているのか……。 さんざん歩き回って見つけたのは小さな神社だった。 最初、駿龍を連れた朱真を見て飛び出してきた村人は、 「……なんだ……」 そう言ってがっかりした顔をした。 「なんだってなんだよ……」 朱真はむっとしたように顔を顰めたが、目的を思い出して声をかけた。 「あっ、おい。ここに早夜那ってひとはいるか?」 「さやな? ああ……」 「あたしよ」 神社から出てきたのは予想外に若い、妖艶な女だった。 「……ごめんよ。やっと兵が来てくれたのかと勘違いしちゃってね。じゃ、これ。鎌市さんに渡してね、代金」 早夜那は微苦笑を浮かべながら朱真に言うと、彼女の手に巾着を乗せた。 その重みに思わず目を見開いた朱真に、早夜那は笑う。 「嫌だよ、このこったら。あの人の仕事だもの。これくらいは当然よ」 ――ならば、この品はやはり『店の品ではない』のだ。 「わ、わかった。……あの……村のことだけど……」 「ああ、見たのかい?」 早夜那の問いに朱真は頷いた。 十日ほど前、二十人ほどの賊がいきなり村へ襲い掛かり、略奪を始めた。 年寄と女子供を優先で村から逃がして男たちは応戦するが、いかんせん相手は屈強な岩のような体躯の男たちである。返り討ちにあい大怪我を追った者は近隣の村へ運ばれた。 賊の討伐を要請するために役所へ行ったのだが、なんの報せもない。二度、三度訪ねて行くが、今に至っても兵が差し向けられる様子がないのだという。 「なんだ、そりゃ……」 「おかしいだろう? どう見たってあいつらは山賊か盗賊だよ。用心棒みたいなのが二人ほどいたようだけどね……。お上はこんな小さな村一つどうってことないのかもしれないけど……」 早夜那が言うとおり、岬の村は小さな村だ。だが、賊の占領を許しておくのはどう考えてもおかしい。 役所の管轄が違って手続きに手間取っているだけなのか、別の理由があるのかは判らないが。 「……ギルドに応援を頼んでみらどうだ? 兵が来るのを待ってるより断然早い……まあ、ちょっと金がかかるけど……」 顔をあげ、申し訳なさそうに言った朱真に、早夜那は笑う。 「実はさ、それもちょっと考えてたんだよ。でもほら、こんな辺鄙なところだろ? 来てくれるのかねって躊躇してたんだ」 「大丈夫だ。待っててくれ。鎌市にこれ渡したら応援要請かけてくる。必ず」 ● 「うめちゃん、おかえり。お使いご苦労様」 鎌市の店の前でちょこなんと座っている白黒斑模様の駿龍にみはなが声をかける。 うめはきゅるると喉を鳴らして嬉しそうに鳴いた。そして、ふと視線を転じるので、みはなもつられてそちらを向く。 「あら、惟さん」 「……賊に占領されてるだあ?!」 この寡黙な老人にしては珍しいほどの驚愕である。 朱真は早夜那から聞いた話と、自分が見てきたものを詳しく話した。 「……妙な話だなぁ……」 突然背後から声がして振り向くと、惟雪が立っていた。 「十日もそんなのを放っとくってなぁ、なあ……」 「そう、だよな?」 「……で? お前はどうすんだ」 訝しげに考え込んでいた朱真へ、いきなり惟雪が訊く。彼女は『えっ』と顔をあげた。 「お前はどうしたいんだ、って訊いてんだ」 惟雪は朱真に向かって指を差す。 朱真はほんの少し逡巡を見せたが、きっぱりと言った。 「俺は、ギルドに申請出したら、すぐ早夜那のとこへ行きたい。ギルドの応援が来るまで探りを入れておくくらいはできるし」 惟雪は『まあ、そう言うだろうと思ったけどな』と呟くと、 「ギルドには俺から申請しといてやるから、お前は準備して行け。うめも連れてくなら、餌と掛け布も忘れんなよ」 「……! うん、行ってくる!」 朱真はぱっと顔を輝かせて頷き、鎌市の店から飛び出して行った。 「お嬢一人で大丈夫かよ? まあ、早夜那がいるぶん心配ねえとは思うが」 鎌市はすっ飛んで行った朱真を見送り、惟雪へ顔を向ける。 「一人で突っ込んで行くわけじゃねえし、平気だろ? 仲間が来て突撃となりゃ、本領発揮すんじゃねえかな」 「……そうかよ。……しかし、面妖な話もあったもんだぜ」 鎌市は、惟雪の指導姿勢に呆れたようだったがそれについては何も言わず、おかしなことになっている村に首を傾げる。 「ふむ……俺もちっと探ってみるか……。じゃあ、ちょっとギルド行ってくらあ。巧くすりゃ、役所から金が出るかもしれねえからな」 「おう」 出ていく惟雪へ声をかけると、鎌市は何事もなかったかのように再び仕事に没頭した。 |
■参加者一覧
空(ia1704)
33歳・男・砂
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
フォルカ(ib4243)
26歳・男・吟
イーラ(ib7620)
28歳・男・砂
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
祖父江 葛籠(ib9769)
16歳・女・武
ネロ(ib9957)
11歳・男・弓
角宿(ib9964)
15歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 一足早く着いたらしいイーラ(ib7620)が駿龍の世話をしている朱真を目ざとく見つけ、彼女の頭にぽんと手をのせた。 「お? また会ったな朱真の嬢ちゃん。今回もよろしくな」 「……イーラか。嬢ちゃんって言うなって言っただろ」 朱真はむすっとしてイーラを見上げる。彼は軽く笑い、社の正面へ回りながら、『地理を教えろ』と人差し指をくいと折り曲げて朱真を呼んだ。 早夜那と朱真、村の主だった面々と共に地図を作っているところへ五十君晴臣(ib1730)と角宿(ib9964)が到着する。それから続々と開拓者たちが揃った。 「いやあ、ホントに来てくれたんだねえ。ありがとうよ」 早夜那は紅唇をほころばせて礼を言った。 村の出入り口、櫓の場所、用心棒たちがいるらしい家などが地図につけられている。 奇襲は夜明け前。 「……じゃあ、この出入り口に『地縛霊』を仕掛けておくよ。用心棒のいるあたりをもう一度『人魂』で見ておこう……少ない人手だからね、頼りにしてるよ。呪術武器がないなら短刀貸すよ?」 地図をじっと見ていた晴臣が思案しつつ言い、次いで朱真に目を向けた。 「大丈夫。符は足りると思う。『人魂』使うと練力とられて多くは飛ばせなかったんだけど……」 開拓者たちは村の様子を聞いて怪訝そうに首を捻る。 「お役人の腰が重いってのはよくある話だが、村まるごと見捨ててるようなもんだからな……賊に弱みでも握られてるのか、繋がりでもあるのか……」 フォルカ(ib4243)が愛用のバイオリンを抱えて言う。 「普通、山賊とかって略奪したらすぐに逃げるよね……何か村に居ることに意味があるのかな?」 祖父江葛籠(ib9769)は小首を傾げた。 「これから冬なのに……お家がないと、大変。早く取り戻して……お家もどうにかしないと……ね」 黒猫の面を被ったネロ(ib9957)が、神社の中に身を寄せ合うようにしている村人をみてぽつりと言う。 「櫓を建てたりとか、どうもただお金を集めているのとは違う動きが気になるわ……」 捕縛して終わりとはいかなそうね――そう、熾弦(ib7860)は心中で付け加えた。 「……? よくわかんないけど、まずは盗賊を捕まえないとだね」 世知辛い世のことには疎いのか、角宿は首を傾げて言う。 「だな。考えたところでわからねぇ。……占領から十日以上……あんたらもそろそろ限界だろ。どうにか、しねぇとな」 角宿に賛同したイーラは早夜那へ言うと、す、と視線を村の方角へ向けた。 ● 早夜那から借りた望遠鏡を覗いていた空(ia1704)は、 「随分と粗末な櫓だなァ。ま、高いトコに居りゃ安全だとは……思ッて貰ッちャ困るねェ……」 ぼそりと言って目を離す。だが、あの櫓ではせいぜい一人だ。 今回の依頼は捕縛が主要となるため、首だけ持ってくるというわけにはいかない。彼は面倒臭そうに、やれやれと呟いた。 角宿は地図を見て手薄になる場所へ移動し、縄を木の根元近くに張り巡らせ罠を仕掛けると、その付近に撒菱を撒く。 熾弦はできるだけ村に近い場所に潜み、『超越聴覚』で音を拾っていた。明け六つに見張りが交代することを掴む――予定通り夜明け前の奇襲は効果的だろう。 一方、神社では葛籠が毛布を引っ張り出していた。 「何人かずつ交代で少しでも休んでおいたほうがいいかな? 毛布あるよー」 「ボク、少し借りようかな、毛布」 弓の弦を調整しながらネロが言った。 夜明け前の全き闇の中、開拓者たちは村の前に立っていた。 晴臣が『地縛霊』をいくつか仕掛ける。 交代前で眠そうな見張りが二人――フォルカが一人に『貴女の声の届く距離』を放つ。 「あんた、背中ががら空きだぜ」 ぼそりとした声が間近で聞こえた賊は、咄嗟に声をあげようとする。だが、その時には『ダナブ・アサド』で急接近したイーラによって昏倒させられた。 もう一人は『ナハトミラージュ』で近づいた熾弦が『夜の子守唄』で眠りを誘い、頸部を打って完全に気絶させた。 「……所持品には注意しないとね」 言いながら、晴臣は猿轡をかまされている賊の隠し武器を探りあて、しっかり抜き取った。 「仕事柄、隠密行動ってのはやりにくいぜ」 吟遊詩人のフォルカは苦笑しつつ、用心棒が居る家に向かう。 巡回している賊の持つ明かりがちらちらと見える――東の空が青く変わり始めたが、まだ闇は深い。 物陰に隠れつつ近づいたイーラは『ダナブ・アサド』で一気に間合いを詰め、魔槍砲を振るって昏倒させると、手早く縛り上げて猿轡を噛ませた。 ネロはダガーを構え、巡回している賊の鳩尾に真っ直ぐ柄を突き込む。賊はくぐもった声を発したが、葛籠の八尺棍が素早く襲い掛かり、ばたりと地に倒れた。 巡回者の最後の一人に『ナハトミラージュ』で近づいた熾弦が囁くような歌声で『夜の子守唄』をうたう。そこへ駆け寄った朱真が、男の頸部に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。 用心棒たちが居座っている家から大きな鼾が聞こえてくる。 戸口に撒菱を撒き、裏に回った晴臣は家の窓下に『地縛霊』を仕込んだ。 賊が眠っているらしい家々の付近に身を潜ませた開拓者たちは、一斉に戸を開け放った。 「……なっ……?!」 「ようやくこいつの出番だな――人様の家で何勝手してやがる」 用心棒たちが飛び起きた瞬間、フォルカはバイオリンで『夜の子守唄』を奏でる。 起き抜けに抗えぬほどの睡魔に襲われ、ふっと意識を飛ばした用心棒へ、 「悪い子はみんなお仕置きだからね!」 葛籠が『覚開断』で一人を突き崩し、ついでに棍をくるりと回転させて男の尻を容赦なく打ち据えた。 「もう一回ねんねしとけ」 フォルカが『スプラッタノイズ』に切り替える。 凄まじい雑音が脳を刺激し、用心棒は耳を押さえつつ刀に手をかけた。 「他の子も……逃がさないよ!」 葛籠の威勢よい声が響き、凄まじい速さで用心棒の手を打ち据えるや『烈風撃』を放つ。衝撃波で壁に叩きつけられた男の鳩尾へ深々と棍を突き立てた。 居合も虚心もどこへやら……強烈な神経攻撃に耐えかねたらしい。尻を叩かれた用心棒が逃げ出そうと戸口を一歩出た途端、撒菱を踏みつけ、喚いて飛び上がる。 「こら、逃げんな」 フォルカは咄嗟に近くにあった鍋を掴むと、用心棒の頭めがけて投げつけた。見事に命中した鍋は軽い音をたてて跳ね返る。 それでも逃げようとする用心棒へ、『奔刃術』で近づいた空の魔槍砲が襲い掛かる。だが、刃は男の着物を切り裂いたのみ、紙一重で躱された。 頭の痛くなるような音から解放され、多少理性を取り戻したらしい用心棒はすぐさま間合いを取り、刀に手をかけた。 空がにやりと笑う。 「ッヒヒ、少しばかし遊んでやるわ」 言うやいなやの斬撃――魔槍砲の長さを利用して縦横無尽に襲い掛かる刃を、用心棒は刀を抜いて止めねばならなかった。それでも抵抗し、一閃させる。 「おいおい、現実ぐらい見ようぜ、視力だけは良いんだろ?」 空は皮肉げに笑うと、槍を反転させ用心棒の手から刀を跳ね飛ばし、さらに八の字を描くように石突を鳩尾に叩き込む。 用心棒はうめき声をあげ、尻もちついた。 「さてさて。足・手、どッちが要らんかね? おッと悪いな、悪気はあるんだが」 向けていた槍鋒をわざと滑らせ、用心棒の首筋からすうと血が流れる。 後ろから駆けてきた葛籠が、用心棒を手早く縛り上げた。 用心棒たちが襲撃された直後、寝ていた賊も飛び起きた。 「襲撃だ!」 どら声が響き、怒声があがる。 屋根の上にあがっていたネロは、仲間の奇襲を逃れた賊が逃げ出すのを見つけた。『鷹の目』『六節』『会』を順次発動させ、正確に足を狙い打つ。賊は悲鳴をあげ、もんどりうって倒れた。 さらにもう一人。 「逃がさないよ……」 昇ってきた陽の光に白銀の弓が反射する――ネロは呟き、矢を放った。 仕掛けた縄に足をとられ、かつ落葉に交じっていた撒菱を踏んで盛大に怒声を撒き散らす賊へ、 (ごめんなさい) 心中で謝りながら、角宿は手裏剣を放った。 膝を切り裂かれて転倒した賊へダガーに持ち替えた角宿は素早く襲い掛かり、峰打ちを見舞う。手早く縛り上げると、猿轡を噛ませた。 団子になって逃げだそうとする賊に、晴臣が『斬撃符』を立て続けに放つ。足を切り裂かれてばたばたと転ぶ賊へ走り寄ろうとした朱真だったが…… 「まて、嬢ちゃん。俺のヒートバレットが火を噴くぜぇ! 背中に気を付けるんだな!」 言うやいなや、イーラは魔槍砲を賊めがけて撃ち放った。熱気とともに襲い掛かる砲撃に数人がまとめてひっくり返る。 やけに楽しそうだ。 「……お前、人間相手でもけっこう思い切ったことすんだな……」 呆れているのか感心しているのかわからない口調で言った朱真に、傍で聞いていた晴臣が小さく吹き出す。 「あぁ? そりゃ褒め言葉か?」 もう一発お見舞いしておいて、イーラがこちらへ顔を向ける。 「……うん。そういうことにしておく」 朱真は頷き、賊の捕縛に走った。 これ以上砲撃を許したら村のあちこちに穴があいてしまう。 ● 捕縛されたのは総勢二十数名――それらは櫓の近くにひと纏めにして縛られていた。 早夜那や村長など数名も呼ばれた。 ネロが用心棒たちが居座っていた家を探してみると、高級そうな袱紗があった。彼らのものではあるまい、と持ち出してくる。 「さて。話を聞かせてもらおうか。櫓を建ててるのはどうしてかな? おっと、下手な動きするとコレで殴るよ? 気を付けてね」 晴臣はえらく分厚い革張りの本を掲げ、にっこり笑ってみせた。何かしら不気味な感じのする本だ。 「おじちゃん達はなんで逃げなかったの? お役人が来ちゃうよ?」 「あっちはあっちで捜査の手が伸びてるから、自白したほうが得よ?」 角宿の問いに付け加えるように、熾弦が暗に役人との繋がりをほのめかす。 「俺たちはこの二人にいい金が入るってぇ言われて来ただけだ。役人が来る心配はねえって……」 賊の一人が言えば、用心棒が『黙れ、馬鹿!』と怒鳴る。 「言わないなら、足くすぐりの刑だよっ!」 葛籠は用心棒の履物をぺいと剥がし、草の穂先でこちょこちょしはじめた。 「ぎゃ……っ! はっ……や、やめろ……っ」 動くに動けず悲鳴をあげる用心棒。 「知ってることは吐いて貰おうか……いつ口封じされるかわからないしね……」 晴臣の言に何やら不気味なものを感じとったのか、盗賊たちは顔を蒼ざめさせた。 「周りのもの壊してまで……何の用なんだ? 宝珠でも仕掛けられてるのかねぇ……」 櫓を見上げていたイーラは、ひょいと手をかけ、身軽に昇っていく。 「……要所でも見えるのかね」 それを見上げながらフォルカが呟く。 櫓の上に登ったイーラは『バダドサイト』で三位湖を見渡す――そして、安須神宮の島影を捉えた。 「物見ってえより、風信術か……?」 呟いてするすると降りていく。 下では足くすぐりの刑に根をあげた用心棒が、ぜいぜい言いながら事の顛末を話しはじめた。 身分の高そうな男が用心棒たちに声をかけてきた。 三位湖に張り出すこの村に風信術師を置くのだが、村人が居座って動かない。これを追い出し、とりあえず、簡易でいいので櫓を造ってくれ、と。 そして、次に連絡を入れるまでそこで待機するように、と――。 「風信術師を置く?! 冗談じゃないよ! そんな話ぁ、ひとっことだって聞いちゃいないよ!」 早夜那が憤慨したように言えば、村長も深く頷く。 「その身分の高そうな男ってのは誰だ?」 フォルカの問いに用心棒たちは『名は知らん』と首を振る。 「それって、これ、くれた人だよね……?」 ネロが袱紗を広げてみせる。その端に小さな紋が染められていた――それに対しては、用心棒たちは肯定した。 そこへ入ってきたのは惟雪たち伊堂の警邏番の一団だった。 「よう」 「あれ、惟雪」 朱真が目を丸くする。 「惟さんじゃないか! どうしてあんたがここに居るんだい?」 早夜那は素っ頓狂な声をあげた。 「ちっと調べもんしててな。今回は伊堂が預かることになった……んだけどな。おい、あの村の出入り口に妙なもん仕掛けたなぁ、お嬢か?」 惟雪は早夜那へ片手をあげてみせると、顰め面を朱真に向ける。 「違うよ!」 「あ、私だよ。ご免ご免。誰か引っ掛かったのかい?」 晴臣が軽く笑うと惟雪は、はあ、と嘆息した。 「五十君さんのか、あれ。三人くれえ足とられてぶっ倒れちまったぜ……運悪く志体持ちじゃなかったせいもあんだけどな」 晴臣は『半刻もすれば目を覚ますよ』と明るく笑った。 引っ立てられていく用心棒と盗賊たちを尻眼に、惟雪は開拓者たちにだけ聞こえるように声を落とす。 「どうやら、『上』の馬鹿が動いたみてぇでな……」 「……また?」 思わず問い返した晴臣に、惟雪は苦々しげに頷く。 「と、言っても、今回は伊堂だけの問題じゃねえみてえだぜ……安雲でも不審な事件が起こってるのは聞いたことあるかい?」 それへ、ほとんどの開拓者は首を振った。 石鏡の王は子供だ。王の即位に関しては、下々にはよくわからない――だからこそ、それに不満を持つものが少なからず存在する。 そういった連中が揺さぶりをかけているのではないか、と。 「たとえば、こんなのを……持ってるような、人?」 ネロが惟雪に袱紗を渡す――上等な織布に、紋――惟雪の目がすっと細くなった。 「……こりゃ、貴族の家紋か……。ありがとうよ。これ預からせてもらっていいかい、坊ちゃん?」 ネロは惟雪に頷いた。 聞き耳をたてていた早夜那が美しい顔を顰めて手を振る。 「あー、辛気臭くってやだやだ。どうでもいいんだけど、アレどうすんのさ」 示したのは櫓。 空とイーラが魔槍砲で吹っ飛ばそうかと言ったのを、惟雪が慌てて止めた。 伊堂から次々に到着する警邏番たち――櫓の撤去や崩された家々のことは仲間に任せて開拓者たちを見送りに来た惟雪へ、晴臣が声をかけた。 「なんか月一位で顔合わせるのが当たり前になってきたよね。お互い仕事があるのはありがたい事だけど……そういえば、朱真の修業は進んでるのかい?」 惟雪は『まったくな』と笑う。 「おお。お嬢にゃひととおり教え終わったからな。うめもいるし、どうする、お嬢。このまま五十君さんたちと神楽へ帰るか?」 朱真はちょっと考え、首を振った。 「鎌市とみはなに挨拶してから帰る。うめだって、みはなに別れを言いたいだろうし」 「ふむ、まあ、好きにしな。……とりあえず、今回はありがとうよ。また何かあったらよろしく頼む」 惟雪は開拓者たちに礼をいい、軽く手をあげた。 早夜那が頭を下げる。 「ありがとうねえ、本当に助かったよ。落ち着いたらまた遊びに来ておくれよ。何もないとこだけどさ。美味いしじみ汁をご馳走するよ」 美女の微笑みにドギマギしたような角宿を見て、あら可愛い、と笑った女の頭を惟雪が軽くはたいた。 |