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■オープニング本文 ● 石鏡・陽天は殊に国際色豊かな街である。天儀は無論、ジルベリア、アル=カマルから輸入された品々が集まり、それだけに出入りする人々も多彩だった。 陽天の一画にある富豪の館――ジルベリア風の館はこの界隈では人形屋敷と呼ばれ、部類の人形好きな男が館の主だった。 だが、これほどに広い屋敷だというのに召使は一人もおらず、枯れ木のような古めかしい燕尾服の老執事が一人いるのみ。 そして、館の主には不気味な噂もあった――この屋敷に入った女が二度と出てこないのは、人形にされたからだ、と……。 「こちらはいかがでございましょう。ジルベリアの人形兵でございます」 ジルベリア風のくたびれた外套を纏った老人が富豪の男に見せたのは、身長五尺のジルベリアの騎士服を着た人形だった。 鼻が高く目はぱっちりと、薄い茶色の髪に騎士の帽子を乗せた、六体は片腕に装甲、もう片方の手に剣を持っている。さらに三体はマントや徽章などをつけたもので、衣装もきらびやかだった。 富豪は目を輝かせて数体の人形をためつすがめつ眺めた。そして、ふと人形の顔に変わった文様を見つけて尋ねる。 「ほほう……これは見事な。人形屋。この三体の額にある模様は?」 「詳しくはわかりませぬが、何でも契約の紋章と言われる刺青だと聞いております」 老人はにっこり笑ってそう嘯いた。 ● 館の明かりが壁や床に置かれた人形たちを不気味に浮かび上がらせ、時折、揺らめいた灯が人形の顔に表情のような陰影を作り上げる。 「お前はもうよい」 酒を飲んでいた主が手を振る。老執事はだまって酒瓶を卓に置くと、一礼して部屋を出て行った。 彼には主がどこへ行くのか、手に取るようにわかっており……深い溜息を落として自室の扉を閉めた。 地下へと続く階段を、主が人形兵を抱えて下りてゆく。さまざまな人形がずらりと並んだ細い廊下の奥に扉がひとつあった。 鍵を差し込み、開ける。 そこに、美しい女が居た――否、それはいかなる者がいかなる技で造り上げたのか想像もつかぬほどの――人間と見紛うほど精緻を尽くされた『人形』だった。 主は満面に笑みを浮かべ、妻の名を呼ぶ。そして、抱えてきた人形兵を見せてやった。 「ご覧! 立派な兵士だろう? 今日からお前の部屋の前に立たせる護衛だよ」 主はうっとりとしたように『妻』の頬に手を触れる。 婚礼衣装のような純白のドレスを纏った貴婦人の目は、恥じらうように少し伏せられ、紅を差した唇にはかすかな微笑みを浮かべ、艶やかな黒髪はくるくると美しい円を描いて白い胸元に柔らかく落ちている。 彼の最愛の妻だった女性――人形が好きだった彼女が亡くなってから、彼は狂い始めた。 ここにいる『妻』は、彼の狂気が造り上げたもの――。 彼女さえいれば、彼は満たされる――。 ここに居さえすれば――。 ボーン、ボーンという時計の音で、何故か老執事は目を覚ました。 いつもはこんなことはないのに……何だろう、この胸騒ぎは……。 彼は起き上がり水を飲もうと寝台から足を下した。 そのとき、ボンという何かが爆発するような音と地響きが伝わってきた。 「――っ!? 旦那様!?」 老執事はガウンを纏いながら部屋を飛び出した。煙が立ち込め始めた階下を主を求めて走る。 おそらくまだ地下にいるはずなのだが……。 その地下への階段から凄まじい煙と熱気が噴出していた。 咳き込みながら主を呼んでみるが返答はない。 消火が先と考えて振り返ったとき、煙の中に数人の人影があった。 「――?!」 彼は訝しんでよくよく目を凝らし、驚愕に目を開く。 昼間、主が買った等身大の人形兵たちではないか! 呆然とする老執事を、人形兵の目がキョロリと動いて捉え、片手の剣を振り上げるや真っ直ぐに切り下す。 彼は咄嗟に身を引いてかわすと、身を翻し裏口へ向かって走り出した。剣を振り上げ、目を光らせて追ってくる人形兵たちを振り切り、屋敷の外へ飛び出す。 全速力で裏門向かうと、鍵を引っ掴む。 人形兵たちががちゃがちゃ音をさせながら裏口から現れた。 老執事は裏門から外へ逃れ、門を閉めて鍵をかけた。はあはあと肩で息をしながら、辺りを見回す。 人形が襲ってくるなどと…… 「……開拓者……開拓者ギルドへ行かなければ……」 彼はうわごとのように呟き、駆け出した。 ボン、という爆発音が耳に届く。 屋根の上、鷲頭獅子に乗っていた老人はにやりと笑った。 「欲深い金持ちを一人掃除してやったぞ……くくっ」 老人は可笑しそうに喉の奥で嗤う。そして、裏口から飛び出した男に気づいた。 「……おや。あの執事か……。役所にでも行くか? ……ふむ。開拓者ギルドか。それは妥当だが厄介だな、消しておくか……」 そう呟いて鷲頭獅子に乗ったまま老執事を襲わせようとしたが、ふと、考え込む。 「……そう……毎度毎度、開拓者には儂の邪魔をしてもらっておるからのう……此度は、挨拶くらいはしておこうか?」 老人はニタリと笑うと、屋敷の庭に下りた。 |
■参加者一覧
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
ゼス=R=御凪(ib8732)
23歳・女・砲
呂宇子(ib9059)
18歳・女・陰
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
桃李 泉華(ic0104)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ● 燕一華(ib0718)は館とその付近に火災が広がらぬよう、消火用水の準備を役所へ手配したあと、館の間取りなどを尋ねた。 老執事はあらかじめ作成しておいた見取り図を差し出す。 二階建の館は一階層に十以上の部屋がある。そのほとんどは使用されておらず、鍵をかけられたままだ。 なかでも大広間は舞踏会などが開けるよう、かなりの広さがある。 「……こちらが大広間、そしてこちらが地下室への入口です」 老執事は枯れ木のような手で地図をなぞり、召使などは自分以外一人もいないと告げる。館内には奥方が亡くなってから買い集めた人形がいたるところに置かれているらしい。 (大の大人……それも男が人形遊び等とは酔狂な――) そう思いつつ、御凪祥(ia5285)が主人の為人と人形を売った老人について尋ねると、老執事は哀しげに首を振った。 「……旦那様は奥様が亡くなられてからすっかり変わられてしまいました……御酒を召されたあとは、必ず地下へ……」 彼は最愛の妻を亡くし、彼女の面影を追い求めるように、『妻の似姿』を作ることに血道をあげた。深い悲しみが彼を歪め、変質させていったのだろう。 だが、人形を売りに来た老人については、あれが初めての来訪で面識があったわけではない。 (私怨……それとも何か目的が? ……わからんな) 祥は老執事の話を聞きながら、黙然と目を閉じた。 「売った人はそれがどんな人形か知っていたのかな……?」 ケイウス=アルカーム(ib7387)がぽつりと呟くと、友人であるゼス=M=ヘロージオ(ib8732)は微かに眉を顰めた。 「どうだろうな。分かっていたのであれば尚更性質が悪い……なにやら裏がありそうな気もするが……」 この間の鵺の一件と似た何かを感じる――胸騒ぎを感じつつ、懸念が思い過ごしであってほしいと密かに願う。 「なぁんやきな臭いわぁ……何の為に、そないな物騒な人形持って来よったんやろか?」 桃李泉華(ic0104)は肩に乗せた白い小猿を撫でながら、可愛らしく顔を顰める。 「何だか商人の方や好事家の方ばかり事件に巻き込まれてる気がしますね」 一華が心配そうに言った。 呂宇子(ib9059)は妹から聞いた話を思い出す。 (そういえば、どこかの好事家が鬼面に憑りつかれたって……その事件も陽天だったような……偶然、で片付けていいのかしら……) ● 館へ向かいながら思案していたゼスは、ふと友人を見る。 「? ……いつもの竪琴はどうしたんだ、ケイウス」 「今日は歌ってみることにしたんだ、ほら!」 不思議そうに尋ねる友人へ、彼は『聖鈴の首飾り』を持ち上げてみせた――彼の『歌声』が楽器になるのだ。 「よし、頼りにしてるわよ。いってらっしゃいな」 呂宇子の手から、桜貝の『人魂』が薄桃色の蝶のようにぱたぱたと飛んでいく。それから彼女は『人魂』が時間で消えるたびに飛ばし続けた。今のところ、人形兵の姿も見えず、焼けた人形があちこちに転がっている様子しか見えない。 館の裏門から入った開拓者たちは、全神経を研ぎ澄まして館内へと進む。 「お邪魔しますー。ほんま、だだっ広いなぁ……かくれんぼでけそうやね」 泉華がくすりと笑う。 裏口の場所は、かつて食料品やさまざまな雑貨を仕分けしていた部屋であったため、かなりの広さがある。 (収集していたものに襲われるとは思っていなかっただろうな……いや。とりあえず、今は……) 宮坂玄人(ib9942)は、薄暗く、まだ煙がうっすらと残っている館の廊下を見透かすように目を細めた。 裏門を入った時から『心眼』を発動させている杉野九寿重(ib3226)だったが、今のところ何の動きもない。ケイウスもまた、『超越聴覚』を発動させていたが、自分たちが歩く音だけがあり、不気味なまでに『静か』だった。 窓枠やジルベリア風の箪笥の上には人形たちが並んでいる。 そして、ゼスとケイウスは地下入口に残り、六人は地下室へと降りて行った。 細い通路は爆発の激しさを物語るように焼け焦げ、燃え尽きた人形の残骸が黒い絨毯のように床を埋め尽くしている。 前方にぽっかりと壁が口を開けていた――おそらくそこが部屋の扉だったのだろう。 九寿重は『心眼』で、呂宇子が『人魂』を飛ばして室内を確かめる。中は破れた明り取りの窓から入る光で薄明るい。 「動くものはないように思われますが……」 九寿重が静かに、僅かに懸念を含んだ声音で言う。 呂宇子は思わず息を呑んだ。 「どうしました?」 一華が訊くのへ、呂宇子が沈鬱に応えた。 「……そうね……人形兵は、いないわ……でも……」 警戒は怠らず、彼らは部屋の中へ足を踏み入れた。 「――っ!」 彼らは――彼らにして、呆然と立ち竦んだ。 木製の扉は吹き飛んだものの石壁は残っている。ただ、火の勢いが強かったのだろう、すべてが炭化し原型を留めることもできず、ぼろぼろに崩れていた。そこにあったすべてが……。 それなのに―― たった一つ、髪が焼け縮れた人形の『首』だけが、何故か美しいまま転がり落ちていた。 どんな奇跡が働いたものか、焼けることもなく煤さえついていない。ただ、微笑みを浮かべた白い頬にぽつんとついた赤黒い染みが、ひどく陰惨に思える。 その『首』の下に位置する部分が爆発の元であったのか、炭化した塊がいくつか転がっている。 人形だったのか人間だったのか、また別の器物だったのか、この状態ではまったく判別できなかった。 出来ることなら助けたいと思っていた。だが…… 「……行こう」 深く息を吐きだした祥は、上階へ仲間を促し、歩き始めた。 (アレが何者かの玩具で有るなら、壊せば持ち主が現れるやも……だが、アレの能力を思えばまともな輩でもあるまい……) 彼は先ほど目にした凄惨な現場を思い出し、眉根を寄せる。 「……死ぬ為に、殺す為に作られたやなんて……」 泉華はやっとそれだけを、喉から絞り出した。 仲間を見送り、ゼスとともに地下入口に立っていたケイウスは『超越聴覚』で音を探っていく――無論、地下の仲間たちの様子も捉え、友人にそっと告げる。ゼスは『そうか』とだけ応え、悼むように目を閉じた。 そして、ケイウスはハッとしたように短剣を抜き、呼子笛を吹き鳴らす。 「ゼス、来た! 左からだ」 ゼスはロングマスケットを構え、ざっと周囲に目を走らせつつ、友人にちらりと目を向ける。 「……大丈夫。ゼスの援護があるからね!」 「援護は任されるが。前に出るからには少しは期待してもいいのか?」 ケイウスのあっけらかんとした言葉に、ゼスも軽く言い返す。 廊下の向こうから、剣を振りかざした人形たちが現れた。 幸いと言うべきか――ケイウスが短剣を振るう前に全員が合流し、あらかじめ決めておいた大広間へと駈け込んで行く。 呂宇子が引き寄せるように呼子笛を鳴らした。 ケイウスは唄い、『天鵞絨の逢引』で仲間たちの支援に尽くす。 剣を振りかざし、ばらばらと入ってきた人形兵は、開拓者たちを取り囲むように散開した。 玄人は『フェイント』で一体の注意を引き付けると、すぐさま『炎魂縛武』を発動させ、闘士の肩に矢を放つ――関節部の損壊により人形の腕ががくりと落ちた。駆け寄った九寿重が脇から薙ぎ払うように斬りつけ、人形の腕もろとも胴部を叩き斬った。 祥は『雷鳴剣』を発動させ、雷の刃で一体を吹き飛ばす。衝撃で装甲の腕がちぎれ跳んだものの、人形は剣を振り上げ襲い掛かってくる。それに連なるように新たな闘士が加わり、『瞬風波』で迎撃。素早く踏み込み、一体目は槍の斬撃で破壊した。二体目も『瞬風波』で攻撃、回避して距離を確保するや、『雷鳴剣』を浴びせて『ゲイ・ボルグ』を人形の胴部へ投げつける。槍は人形を真っ二つに破壊して主人の手元に戻った。 横合いから切りかかってきた闘士の斬撃を躱した泉華は、素早く短剣を抜き関節部を一閃するや、思い切り蹴り飛ばす。それへ、玄人の矢が人形の肩関節を的確に射抜いた。 九寿重は常に『虚心』を用い、規則的な動きをする人形の弱点を突いて、確実に破壊していった。 だが。 相手は人形。首を落とされたとしても動くかもしれない――玄人はそう自分に言い聞かせ、油断なく弓を構える。 「さすがに抱擁からの心中てのは勘弁願うわよ……!」 言いつつ、呂宇子は自殺兵へ『呪縛符』のウミヘビを放って足に巻きつかせると、次いで『魂喰』を放つ。宙を素早く泳いだオニオコゼが大きな口を開け、人形の胸部に食らいついた。 突き飛ばされたように動きを止めた人形の肘関節部を、一華の『桔梗』が鋭く斬り付けていく。 ケイウスの『重力の爆音』により動きを抑えられたところへ、ゼスが『フェイントショット』を加えた。 一華は薙刀を振るい、自殺兵の両腕を切り飛ばすと同時に『紅椿』で胴部に突き込み、刃を捻り返す――人形はばらりと崩れ落ちた。彼はそのまま、もう一体の自殺兵に『桔梗』を放つ。 ゼスが『弐式強弾撃』を打ち込み、自殺兵の両足を吹き飛ばした。その衝撃で人形は壁に叩きつけられたが、さらに砲撃を加え、首を吹き飛ばした。 残る闘士を祥が相手取るのへ、ケイウスが『天鵞絨の逢瀬』で支援する。 九寿重と一華も攻撃の間合いを見計らうように、得物を構えた。 かたり、と首と足のない人形が起き上がる――そして、ケイウス目がけ、手を動かし驚くべき速さで近づいてきた。 「――っ! 避けろ、ケイウス!」 ゼスが叫び、首なしの自殺兵に狙いを定める。 人形の手がケイウスの外套を掴んだとき、ゼスのマスケットが砲撃を放った。 ばらばらと床に散らばる人形の部品――そして、衝撃に引っ張られるように尻持ちついたケイウスは、呆然としたものの、友人に向かって礼を言った。 祥の『雷鳴剣』で大打撃を受けた人形兵は、さらに『葉擦』により剣の手を切り飛ばされ抵抗するまもなく、唸りをあげて薙ぎ払われた槍鋒によって上体を切り離され、ばらばらと床に散らばった。 「終わった、か……?」 九寿重、一華が油断なく、静かに得物をおろす。 泉華の肩で、小猿が小さく鳴く――彼女はふと視線を転じ、この場にありうべからざるものを見て眉を顰めた。 「……なんであの人形の首が……」 いつのまにか、地下にあったはずの美しい人形の首が、まるでさらされたように床に置かれている。 泉華は『瘴索結界』を発動させ、驚愕する。 「あかん、瘴気や……!」 「おい! なんか光ってるぞ!」 泉華が呟いたのと、玄人が叫んだのが同時だった。 地下にあった美しい人形の白い額に、白く光る『印』が浮かび上がっていた――首は微笑みを浮かべたまま宙を飛び、祥の足元に転がっていた人形兵にとり付く。 「逃げろ!」 祥が叫ぶ。 前衛の三人は全力で飛び退り、他の者も互いを庇うように身を伏せた――直後、爆発の衝撃が彼らに襲い掛かった。 ● 爆発と同時に火の手があがる。 彼らは最前線にいた祥、一華、九寿重の三人に手を貸し、庭へ避難する。 重症ではないが、いたるところ出血がひどい。 「ありがとう、何とか大丈夫だ。とにかく火を消そう」 祥は止血剤を使用し、応急処置をとると立ち上がろうとした。 「それは俺たちでやるから、治療しててください」 玄人は言い、用意していた消火用水を取りに駆けていく。比較的軽症だったゼスやケイウスたちもそれに続いた。 「ありがとうございますっ、泉華姉ぇ!」 「ありがとうございます」 「ううん。ほな、うちもちょっと行ってくるわぁ」 一華、九寿重が礼を言い、泉華は三人を『神風恩寵』で治癒してから水を汲みに行った。 「だけど、さっきの人形、なぜ……」 呂宇子が水を運びながら訝しげに呟く。 「……美しい顔だったが……」 ゼスが言えば、 「たぶん、この屋敷の亡くなった奥さんを模した人形、だろうね」 ケイウスが沈鬱に応えた。 「ほうほう。さすが、開拓者だけのことはあるのう。あの爆発でその程度の傷とは!」 いきなり振ってきた老人の声に、開拓者たちは目を上げる。 館のテラスの手摺にちょいと腰かけた老人が、にんまりと嗤っていた。 「……あなたは?」 ケイウスは警戒しつつも、一歩踏み出して尋ねる。 「これは失礼! 儂は傀殃と申す。以後お見知りおきを、開拓者殿」 老人は大袈裟に驚いて見せ、手摺の上にふわりと立つと、道化のように一礼してみせた。 「キオウ……」 ゼスが低く呟く。 一華は老人を見つめた。 (若しかして、以前話に聞いていた方なんでしょうか……?) 泉華がきっ、と睨む。 「……今回のこれ、あんたのせいか?」 「おお! もちろんさね、お嬢さん。人形兵たちはちゃんとお相手できましたかな? もっとも、あの程度ではあんたがたには物足りんだろうがね! この前の鵺かそれ以上じゃないとなあ……おや。そこの三人は鵺の相手をしてくれたのう。こっちの犬耳の嬢ちゃんは、儂の『秘薬』で吸血鬼になった男の屋敷に、別の仲間と来たろう? 赤い髪の嬢ちゃんは、はて……見た気がするが……」 呂宇子は咄嗟に妹だと確信するが、口は開かなかった。 「……見ていたのですか」 九寿重が睨むように尋ねる。 「勿論、見ておったとも! 顛末を知らねば、次にどうやって遊ぶか案も浮かんでこんじゃろ?」 おどけたように言って耳障りな声で嗤う老人を、泉華は手を握り締め、怒りに目を輝かせて睨みつける。 「けったくそ悪い……どっちも被害者やないの……!」 「一体、なんのために……」 祥は怒りに捉われぬよう、平静を保つように声を落として尋ねる。 老人は一瞬目を見開き、次いで、禍々しい笑みを浮かべた。 「……嫌いだからさ! 儂は強欲な人間が特に嫌いでね! ……知っておるかね、この屋敷の主人のやってきたことを? お前さんたちも見ただろう、あの美しい奥方の『顔』を。あれを作るために一体何人の若い娘たちが犠牲になったことか! 可哀そうに! ……そんな人間は居ても邪魔なだけさ。分からんかね? だから消してやったのさ!」 話の陰惨さもさることながら、この老人の放つ禍々しい『気』に、開拓者たちの本能が危険を知らせてくる。 「……邪魔って……分からないのはそっちだ……」 「無駄や! こいつにうちらの言葉は通じへんわ!」 ケイウスの言葉を遮った泉華は『力の歪み』を傀殃に放つ。 「おっと」 老人はひょうっと飛び上がり、その攻撃を躱す。次いで呂宇子が『呪縛符』を放ち、ゼスが『弐式強弾撃』を撃ち放った。 銃弾は確かに老人を貫いたと思った。だが、倒れこみつつ彼の姿はふっと掻き消えた。 「……幻術か!」 ばさり、と大きな羽音がし、老人の声が降ってきた。 「ご名答! ま、今回は挨拶だけのつもりでな、失礼するよ。また会おう」 「くそっ……」 玄人が矢を放つもそれは届かず、鷲頭獅子に乗った老人は甲高い狂笑を響かせながら、いずこともなく飛び去って行った。 |