|
■オープニング本文 ●お世話係と磊々さま 『今日は心地よい天気じゃの。のう、お世話係』 地力を奪う雑草を丁寧に取り除いていた瓜介は、手をとめて振り向いた。 視線の先に丸長の巨大な塊――温かい陽光と涼やかな風を受けてふわふわとそよぐ淡藤色の体毛が、牧草の鮮やかな緑に映えて美しい――『もふらさま』が寝そべっている。 「そうですねえ、磊々さま」 ここは陽天から南方に位置する『もふら牧場』の一つで、たくさんのもふらさまがいる。 体長五尺の磊々さまは昔、ふらりとやってきて牧場に住み着いたのだが、それ以前は放浪していたのか、謎の経歴があるという一風変わったもふらさまである。磊々という名も、『わらわのことは磊々さまと呼ぶがよい』と、自分で名乗ったのだそうだ。 だから、この牧場の者は淡藤色のもふらさまを『磊々さま』と呼ぶ。 瓜介は牧場に来て三月ほどの新米牧童だが、なぜか磊々さま直々に『お世話係』を任命されるほど気に入られているらしい。 「あれ?」 瓜介は立ち上がり、森のほうを見た。ぼんやりとした影のようなものが見えた気がしたのだ。訝ってしばらく眺めていると、真っ白い牡鹿が姿を現した。 『どうしたのじゃ、お世話係』 「あそこに白い牡鹿がいます。やあ、珍しいですねえ」 瓜介の言葉に、ごろごろしていた磊々さまは、がば、と跳ね起きた。 『あれは‥‥嶺さまでないかえ!?』 「リョウさま??」 首をかしげた瓜介には応えず、磊々さまは巨体を揺らしてそちらへ駆けて行った。 「わあ‥‥磊々さまがあんなに速く走るのって、初めて見たかも」 呆気にとられて思わず呟いた瓜介だったが、慌てて磊々さまの後を追って走り出したのだった。 ●嶺伯のねがい 磊々さま言うところの『嶺さま』とは、村人に嶺伯と呼ばれている山神であるらしい。大きな角も、しなやかな体躯も純白の美しい牡鹿である。修行を積んでいない一般人の瓜介でさえ嶺伯の言葉が解るのであるから、高位の精霊ではないのだろう。 どうやら、その嶺伯と既知であるらしく人間にはエラそうな態度で接する磊々さまが、今はしずしずとおとなしやかに座っている。 『お元気そうでなによりだ、磊々どの。驚かせてしまって申し訳ない』 『何を仰る。再びお会いできてわらわは光栄ですわえ。‥‥したが、山を離れることのない嶺さまが、こんなところへいらっしゃるとはよほどのこと。何ぞ、ございましたか』 磊々さまが気遣わしげに問えば、嶺伯の慈しみに溢れていた黒い瞳に哀しみが浮かんだ。 『左様。今回ばかりは山の者どもにもどうすることもできぬ‥‥とうとう、里の者が数人、犠牲になった』 「まさか、アヤカシ‥‥?」 思わず呟いた瓜介に嶺伯は頷いた。 嶺伯が守護する山はこの牧場よりさらに南にある。さほど大きくはないが豊かで穏やかだった。季節ごとに落葉樹や花が山を彩り、葉が落ちればそれは獣たちの暖かな寝床となり、やがて山の滋養となる。その滋養が山菜や茸を育て、人々に恵みを与える――付近には小さな里が一つ。彼らは山の恵みを受け取りながら、慎ましく生活していた。 その平穏が破られたのはつい先日のこと。 狼に似たアヤカシがまず一匹現れ、山をうろつくと消えた。翌日になるとアヤカシの群れが山に入り込んで手当たり次第に荒らしてゆくので、嶺伯は山の獣らにそれらを払うように命じた。 しかし、アヤカシの身体から生えた剣によって、熊や猪などでさえ傷だらけで斃れてゆく。見かねた嶺伯が一旦は蹴散らしたものの、それらよりさらに二周りほども大きなアヤカシが現れたのである。 あまりに瘴気濃く、自身さえ危ういと判断した嶺伯は人々に窮状を伝えるため、里に降りた。 アヤカシの本来の目的は里の人間たちであろうから。 里の者たちは山神の出現に驚いたものの、長老以下、すぐさま一番近い村に避難することを決定した。だが、働き盛りの若い衆は成す術もないことを容易に納得できなかったのだろう。嶺伯や長老の諌めもきかずに山へ入り――そのまま、戻ってこなかった。 『小さき山と里のこと、アヤカシどもに対抗する力もなく‥‥あれらを跳ね返せなんだ我も不甲斐ないことよ‥‥辺境なれば窮状を訴えるにも、人の足では時がかかりすぎる。だが、人にも獣にも山が必要なのだ。そこで、磊々どのにお智慧をお借りしたく参じた』 嶺伯の自嘲するような告白に、瓜介はしんみりとした思いで磊々さまに目をやる。案の定、どこか人間臭いところのある磊々さまは身を捩じり、うるうると目を潤ませていた。 『なんと、慈悲深き嶺さま! 不甲斐ないなどと仰せられまするな! 解り申した。この磊々、いかようにも嶺さまのお力になりますぞえ! ――瓜介!』 「はいっ!」 いきなり名前を呼ばれて、瓜介は直立不動の姿勢をとった。 『そなたも聞いたであろう。疾く開拓者ギルドへ赴き、速やかにアヤカシどもを退治するよう頼んでまいれ! 小さき村のことなれど放っておけばアヤカシどもは増長するばかり、果ては国の大事じゃ! 今こそ、この磊々のお世話係の腕の見せどころぞ! さあ、走るのじゃ!』 お世話係の腕というのはこういうところで見せるものではないと思うのだが、と一瞬疑問に思った瓜介だが‥‥ 「はいっ!」 根が純朴な青年のこと、神の使いと謂れるもふらさまと、山の神の頼みごとともなれば――彼は一目散に駆け出した。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
式町 一成(ib3025)
19歳・男・陰
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
御凪 縁(ib7863)
27歳・男・巫
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志
呂宇子(ib9059)
18歳・女・陰
一之瀬 白露丸(ib9477)
22歳・女・弓 |
■リプレイ本文 精霊門から出発する開拓者と嶺伯を見送りに来た磊々さまと瓜介。ふたりを見た途端、青い髪の巫女・柚乃(ia0638)が歓声をあげ、磊々さまにぎゅっと抱きついた。 「あのね。お留守番している八曜丸もね、藤色のもふらなの。もふもふなのです。もふもふ」 『ほほほ。わらわと似た色のもふらかえ。可愛らしい巫女殿じゃわいな』 愛らしい少女に抱きつかれ、磊々さまのご機嫌もよろしい。 『嶺さま、頼もしい方々のお力添えだわえ。きっと、お山はもと通りにおなりになりまする』 磊々さまの言葉に、嶺伯は感謝の意をこめて深く頷き返す。 「山を荒らされ、さぞ大変だったろう‥‥」 黒漆の弓を背にした天野白露丸(ib9477)の呟くように洩らされた言葉は、起伏の少ない声音ではあったが情に溢れていた。嶺伯が微笑むように目を細める。 『なに。こうして開拓者殿らが集まってくれた。すぐに山の者も、里の者も元気になろう』 純白の牡鹿を見上げながら、礼野真夢紀(ia1144)は小さな拳を握る。 「女神様を祭る家の娘として、山神様のお願いは絶対にやり遂げたいですの」 『かたじけない。よろしく頼む、小さき巫女殿』 (‥‥山の神ってぇのは慈悲深ぇもんなんだな‥‥この様子ならアヤカシさえ倒せりゃ後は任せても問題ねぇか) そんなやりとりを眺めていた左角が欠けた巫女・御凪縁(ib7863)は心中で呟く。一方、陰陽師の呂宇子(ib9059)はふふっと笑った。 (真白な牡鹿の山神さまと、淡藤色のもふらさまと、そのお世話係の男の子、と‥‥なかなかお目にかかれない組み合わせねえ。なんだか微笑ましいっていうか。それに、今回集まった半数が修羅族ってのも珍しいわね‥‥っと、そんな場合じゃないわね) 「さ。気合入れていきましょうか。これ以上被害が出る前に、アヤカシにはお引き取り願いましょ」 「だな。好き勝手暴れてるそうじゃねえか。さっさと片付けるに限るな。行くぜ」 呂宇子の言を受け、シノビの玖雀(ib6816)が声をあげ、傍らにいた戦友であり親友でもある志士・藤田千歳(ib8121)の腕をぽんと打つ。 (『尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし』‥‥この志を掲げ、俺は戦う。‥‥そう誓ったんだ) 藤田は兄のように慕う玖雀に、大丈夫だと頷いてみせる。先の大戦では彼に心配をかけてしまったけれど‥‥。 (俺は、もう大丈夫だ。俺は、俺の理想を貫く。それだけだ) そして彼らは、アヤカシ討伐へ向かうべく精霊門へと入っていった。 ● 人気のない村は閑散として寂しい。 アヤカシが出たために、放り出された田畑。避難に慌てていたのか開け放されたままの納屋‥‥。 開拓者たちと嶺伯はそのうちの一軒を借り、礼野の持ってきた紙に書き込まれていく山の見取り図を囲んでいた。 「出来るだけ有利な地形で戦えたら良いんですけど。後衛職多いから剣狼がそうそう飛び上がれない段差があるような所とか‥‥」 『ふむ‥‥残念ながら、そんな場所はないが‥‥あやつらは頂上付近の岩座におるはず』 嶺伯が言うには、その岩座は磁場を有しており、ゆえに精霊は無論、アヤカシにも多少は影響を及ぼすようだった。夜は特に。そして、岩座の周りは直径十六間ほどの空間が存在している。 「そこまでは林か‥‥私達にも、敵にも隠れやすい場所だな。注意をしよう」 思案していた天野が呟く。御凪が地図を見ながら言った。 「ある程度場所が分かっちまえば、音立ててこっち呼び寄せてもいいかもしんねぇな。山道は歩きづらいだろうから、ちびすけどもが転ばねぇようにしねぇとな」 「ちびすけ」 呂宇子が首を傾げると、御凪は藤田を差した。彼女はくすりと笑う。 「まあ、ね。こっちは山に慣れてるとは言い難いし、奇襲される事態は避けたいわね。あとは、なるべく風下を通ることかしら」 そう言って煙管に伸ばしかけた手を、天野がやんわりと止めた。 「呂宇子殿。臭いが付くと危険ですよ」 「‥‥あ。そうね。ありがと白露丸」 頷いて煙管を仕舞い込む呂宇子に、天野は柔らかな微笑を向けた。 山は大小の落葉樹のなかに、ところどころ檜や杉の大樹が天高く聳えていて、全体的に緩やかな傾斜をつくっている。踏み荒らされた下生えの間に山菜が混じっていることからも、豊かな山であることが窺える。 そんな山をアヤカシたちは闇雲に荒らしまわったのだろう、無残な瑕があちこちつけられていた。 嶺伯の指示なのか、動物たちの姿は見当たらない。 比較的歩きやすいと思われる獣道を選び、風下を先導していく嶺伯に、とうとうこらえ切れなくなったように柚乃が声をかけた。 「あの‥‥嶺伯さま。お聞きしてもいいですか?」 『何か? 巫女殿』 牡鹿の純白の体毛が輝き、黒い瞳がこちらを向く。 「あの‥‥嶺伯さまはどれ程の年月を生きているのかな、って」 一瞬の空白のあと、嶺伯は楽しげに笑った。 『さて、どのくらいか‥‥。もう忘れてしまうほど永く、と言っておこう。‥‥! 瘴気が‥‥』 ふと首をもたげた嶺伯に、全員が気を引き締める。正確な位置を探るため、呂宇子が『人魂』を使い、ふわりと蝶が現れる。 「さ、いってらっしゃいな」 舞うように林の中へ飛んでいく蝶を見送り、天野は矢筒に手を伸ばす。礼野は小さな体に似合わぬ全長二尺六寸の神刀を抜き放ち、もう片方の手にしっかりと霊鈴を握る。柚乃も腕の精霊鈴輪を確かめ、杖をしっかりと握りなおした。 「よし前衛二人、こっちへ来い」 そこへ飄々とした御凪の声がし、まずは藤田の頭にぽん、と手を乗せると少年が一瞬光に包まれる。 加護結界。 次に玖雀に手を伸ばし―― 「いっ、痛ぇだろうがっ! もっと優しく扱えっつーの!」 顔面を掴まれた玖雀は、抑えた怒声とともに御凪の手を引き剥がした。ぷりぷりする友人を放ったまま、御凪は嶺伯に声をかける。 「俺もかつては山に世話になった身だ、なるべく荒さねぇようにすんぜ。それと、犠牲になったっていう里の奴ら‥‥里で弔って貰える様に何か残ってねぇか、時間があったら探してぇな」 『かたじけない』 嶺伯が目をほそめ、頭を垂れた。 「そうね‥‥私も人魂で探してみるわ。‥‥っ! いたわ!」 御凪に同意した呂宇子が、はっとしたように鋭く声をあげた。 ● 向かってくるのは五匹。首領格の剣狼の姿はない。 木立を縫って三手に散開しかける剣狼の、真ん中の一匹を藤田の居合が切り裂く。キャンという悲鳴をあげて飛び退るが、その反動を利用して再び襲い掛かかってくる。彼はアヤカシの動きをしっかりと捉え、刀を一閃した。 一方、玖雀に礫を見舞われ怯んだ一匹へ天野の放った矢が命中し、瘴気となって消えた。 (千歳がいるなら背を気にする必要もねぇ‥‥信頼できる仲間も居るからな) 早駆けで一匹を引き付けた玖雀は、直線上にあった杉の巨木目がけて苦無を放つ。そして間一髪のところで苦無を足掛かりに駆け上がり、剣狼の攻撃を回避した。全速で追ってきていた剣狼は、体から生えた数本の剣を巨木に食い込ませてもがく。 「ふふ。知恵比べじゃ負けねぇぜ」 ふわりと着地した玖雀は、暗い色の苦無で素早く剣狼の喉元を掻き切り、消滅させた。 柚乃の軽やかな精霊舞が木立を彩るようだった。 嶺伯に撥ね飛ばされた二匹に、それぞれ呂宇子が『毒蟲』を放ち、礼野と御凪の白霊弾が攻撃を加える。 毒によって動きが鈍った一匹へ天野が矢を放って霧消させ、もう一匹も礼野の二発めの白霊弾によって消滅した。 残るは首領格のアヤカシのみ――仲間の回復のため、柚乃の『精霊の唄』が静かに紡がれる。 そして、彼らは頂上へと向かった。 岩座付近の瘴気に嶺伯は近づけなかった。 「嶺伯さま、はなれて」 「あたしたちは大丈夫です」 柚乃の言葉に礼野も頷く。嶺伯は巫女たちに従い、影響のない後方へさがった。 「おいでなすったぜ」 御凪の低い呟き。 藤田と玖雀の前方、岩座の上に体長六尺ほどの巨大な剣狼が立っていた。その体から太い剣が数本、爪も牙も――先ほどの剣狼と同じようにはいかないだろう。 藤田は『銀杏』を発動させ、ゆっくりと刀に手を添える。 剣狼は舌なめずりするように喉を鳴らすと、飛び掛るように身をかがめた。 「浪志組隊士、藤田千歳。推して参る」 言うや、藤田は剣狼に向かった。玖雀がそれに続く。 藤田の胴に喰らいつこうとした牙をかわし、一閃。アヤカシの剣の根元を狙ったが、跳ね返される。 礼野が花束をなげるように藤田へ『愛束花』を放った。 早駆とともに玖雀の苦無が剣狼の前足を切り裂いた。唸りをあげて上から数本の剣が襲い掛かる。避けきれず一本を苦無で弾いた。 呂宇子の『毒蟲』が剣狼の動きを鈍らせる。すかさず天野の矢が襲い掛かり、片目を貫いた。『毒蟲』はさらに繰り出され、アヤカシが鈍った隙を狙って天野の矢が攻撃を加える。 柚乃の神楽舞が仲間たちの力を増した。 「どっちの式も、ちょーっと見た目が気色悪いのは、勘弁して頂戴ね」 茶目っ気たっぷりに言いながら、呂宇子は式の幽霊を呼び出すと、アヤカシに向かって『呪声』を浴びせた。 剣狼が激しく頭を振り、唸り声をあげる。 その隙に解けた加護結界をかけ直してもらい、梅干を口に入れて再び駆けていく藤田と入れ替わりに玖雀が来た。 「縁、結界解けた。かけ直してくれ。‥‥やさしくな!」 御凪はちらりと悪友を見遣ると、彼の頭にゆっくりと手を伸ばす。 「あ”ーっ! やっぱ今のなし! 想像しただけで気色悪い」 ぶるぶる頭を振る玖雀に、ふん、と鼻で笑った御凪は、いつものようにぐわしっと玖雀の顔面を掴んだ。 「痛っ‥‥てめぇ!」 悪態をつきながら前線に駆け戻って行く玖雀を飄々と見送る。藤田の一閃で剣狼の太い剣が宙に舞うのが目に入った。 御凪は手に白光を出現させ、玖雀の攻撃の直後を見計らって白霊弾を投げつけた。 片目を失い、毒や呪声に抗うように暴れる剣狼が静止するのを、天野の『朔月』が狙っている。 藤田の一撃が剣狼の胴を、玖雀の苦無が喉を切り裂いたとき、アヤカシが一瞬動きを止める。瞬間、天野の強射が過たずその巨大な頭部を射抜いた。 グオオオオン‥‥ 空気を震撼させるような絶叫を放ち、巨大な剣狼の体躯が地に落ちる。その瞬間、紫色の瘴気が破裂するように飛び散り、消えた。 身構えていた藤田が一息ついて刀から手をはなす。 「お疲れ。また腕を上げたか。俺もうかうかしてらんねぇな」 ぽん、と肩を叩かれ、見あげた先に玖雀の微笑があった。 「お疲れ様でした」 藤田も笑い返し、後衛の仲間たちに目を向ける。呂宇子が手を振り、巫女の少女たちも笑顔を返す。御凪や天野の顔にもほっとした色が浮かんでいた。 呂宇子の『人魂』が、アヤカシの犠牲になった若者たちの遺品を見つけ、山歩きには慣れているらしい御凪が玖雀とともに拾いに行った。 彼らの弔いは村人によって行われるだろう。 岩座のもとで、柚乃と礼野が失われた生命へ鎮魂の祈りを捧げる。澄んだ鈴の音が響き渡り、それは岩座から放たれている力と共鳴しながら円が広がるように清められていった。 彼女らに倣うように、仲間たちも静かに手を合わせる。 「おお‥‥!」 後方から複数の声がし、振り返ると村人たちが嬉しそうにこちらへやって来るのが見えた。 拠点へ戻る開拓者たちは、もう一度、精霊の住む山を見上げた。 アヤカシによって痛めつけられてはいたが、ほどなくそれも癒えるだろう。嶺伯と村人がこれからも共存していくのならば――。 「あ! あそこ‥‥」 声を上げた天野が差した方向へ視線を転じると、木々の間から真っ白い牡鹿がこちらを見つめていた。 『‥‥開拓者殿。此度のこと、心より御礼申し上げる』 アヤカシが払われ、嶺伯は新雪のような輝きを放っていた。 見あげる彼らへ、黒い目に感謝と慈しみをこめて頭を下げたあと、かれは光に透けていくように姿を消したのだった。 |