雪刃蚩
マスター名:昴響
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/28 11:13



■オープニング本文


『風が冷たいのう……こんなときは温泉にでも行きたいものじゃ。のう、お世話係よ』
 体長五尺の淡藤色のもふら・磊々さまは、ふっかふかの襟毛を風になびかせてそう言うが、まったく寒そうには見えない。
「温泉って……磊々さまはそもそも水の中に入れないじゃないですか」
 瓜介は笑う。
 正確には入れないのではなく、もふらさまは例外なく浮いてしまうのである。
『潜れぬでも入りたいのじゃ〜』
「なんですか、もう。駄々っ子みたいに」
 ひっくり返って四肢をばたばたさせる磊々さまを見て困ったように笑いながら受け流していると、
「瓜坊〜! 実家から連絡が来てるぜ〜!」
 もふら牧場の牧舎から牧童の一人が駆けてくる。
 瓜介は作業をやめ、慌ててそちらへ向かう。
 以前にも父親がアヤカシに襲われ、風信術で連絡が来たことがあるため、一瞬冷やりとする。
「ありがとうございます!」
 瓜介は受け取った紙を開き、読んでほっとした表情をしたのも束の間、気難しげに黙り込んだ。
『どうしたのじゃ? また父御に何かあったのかや?』
 磊々さまが前足を瓜介の肩に掛け、手紙を覗き込む。
「あ、いえ……叔父が、何かに襲われたようなんですけど、開拓者の方に救ってもらったと……」
「怪我を負ったとかじゃないんだな?」
 牧童もほっとしたように言ったのだが、瓜介の気難しげな表情は晴れない。
「開拓者ギルドに依頼して、その何かを退治してほしいと……」



 瓜介の叔父は石鏡と陽天の国境近く、山の中にある温泉宿を経営していた。小さな宿で宿泊も十人がせいぜいだが、良質の温泉と叔父の素朴な山菜料理は常連を作るに十分だった。
 また、立地も街道から少し奥まった場所で、大きな街道ではないが、利便性が高く山賊の襲撃も少ないことから行商人の交通が多いのだ。

 瓜介はまず、連絡をよこした父親の話を聞くために実家に戻った。
 無論、磊々さまも一緒である。
『早速じゃが、その温泉宿の話を聞かせてたも』
「磊々さま。それはあとで、です」
『おう。そうじゃった。退治せよというモノは何なのじゃ?』
 磊々さまの問いに、瓜介の父親もどう説明したものか、と悩んだようだったが、聞いた話をそのまま伝えることにした。


 瓜介の叔父が営む温泉宿は、標高のせいか石鏡では珍しいほど雪が深い。
 そこは雪さえ留まれぬほど切り立った岩山が南北に走り、その下に広大な平原が街道や森へと続いていた。
 彼は、その日来るはずの宿泊客のために猟銃を持って出たのだが、雪はありえないほどに深く、猟どころではない。
 まずは道を整備しなければと、かんじきを履き、『雪おし』を持って宿の周りから除雪していった。そして、街道を埋める雪をせっせと除けているとき、妙な音を耳にした。
 波が打ち寄せるような――否、船で渡るときのような、ざざ、ざざ、というような音である。
 訝しんでじっと耳を澄ませていた彼は、雪原の向こうで雪の中を泳ぐようにうねる『何か』を見た。
 兎にしては大きすぎる……彼は雪原に足を踏み入れ近づいていく。
 遠くに見えていたそれが、突如、深い雪の中から伸びあがるようにして目前に飛び出てきた。
 氷で作られたような巨大な蚯蚓――彼は咄嗟にそう思った。
 目らしきものはなく、直径七尺はあろうかという巨大な口穴には無数の牙が蠢いている。
 彼は声を出すこともできず、雪おしを投げつけるや逃げ出した――かんじきでは思うように走れず、かといって脱げば雪に埋もれる――絶体絶命の恐怖に心臓をわし掴みされた。


「……もうだめだと思った時、龍に乗っていた開拓者が急降下してきて、掬い上げてくれたんだそうだ。……足を挫いたあいつの代わりに、その開拓者が連絡をくれたんだがね」
『ほう……間一髪だったわけじゃの』
 父親の言葉に磊々さまが頷く。が、すぐに首を傾げた。
『しかし、巨大な芋虫のう……似たような巨大生物がアル=カマルに生息するというのは聞いたことがあるが……』
 磊々さまが言うのは砂漠に棲む大砂蟲(サンドワーム)と呼ばれる巨大生物だった。これはアヤカシではない。
 長年そこに棲む瓜介の叔父は、こんな怪物は見たことがないと言ったそうだ。
 その開拓者曰く、大砂蟲ならぬ大雪蟲(アイスワーム)とでもいうべきものではないか、と。
 例年にない大雪がもたらしたものなのか、もともとその地に卵のようなものがあったのか判然としない。どちらにせよ、放っておくには危険すぎる代物である故、開拓者ギルドへ退治依頼を出した方がいいだろうということになったのである。
『そうじゃの。せっかくの温泉宿、雪ミミズごときに潰されるのは業腹じゃ』
 磊々さまは重々しく頷いたのだった。


■参加者一覧
雪刃(ib5814
20歳・女・サ
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
玖雀(ib6816
29歳・男・シ
ウーサー(ib6946
26歳・男・砂
ジョハル(ib9784
25歳・男・砂
カルマ=V=ノア(ib9924
19歳・男・砲


■リプレイ本文


 開拓者たちの眼下には一面の銀世界が広がる。山の中から立ち上る湯気――そこが、瓜介の叔父が経営する温泉宿だった。
 舞い降りる龍の羽音を聞きつけたか、瓜介が玄関から出てきた。
「こんな山の中までありがとうござ……わっ! 磊々さま!」
『面白や。しかしつべたいのう……おお。開拓者たちが着いたのかえ』
 積もった新雪の中を泳ぐようにして飛び出た磊々さまが、ぷるぷると雪を振り落す。
「よう。今年もよろしくな」
 炎龍・梓珀から降りた玖雀(ib6816)が軽く手をあげる。次いで、炎龍・リリから降りたジョハル(ib9784)も声を掛けた。
「やあ。元気そうだね、ふたりとも」
『玖雀殿、ジョハル殿も息災で何よりじゃ』
「今年もよろしくお願いします」
 磊々さまが尻尾をふわさ、と振りつつ言えば、瓜介もぺこりと一礼する。
 戸口から宿の主が杖をついて現れ、居並んだ一団に瞠目した。
「これはこれは……」
「各々方、此度は世話になりおる」
 椿鬼蜜鈴(ib6311)が駿龍・天禄の傍らで紅唇に笑みを刷く。
「俺の名はウーサー! ウーサー・カイルロッドだ! よろしくなっ!」
 鷲獅鳥・シュライクを連れたウーサー(ib6946)は、溌溂と言った。
「初めまして。今日は来て下さってありがとうございます」

 開拓者たちは一旦屋内に入り、詳しい状況を聞く。
 宿の主は大雪蟲の姿を描いてみせた。
「砂蟲が天儀にもいるとはね……幼虫が飛空船にでも付いたかな?」
 ジョハルが絵を見て言う。
「大雪蟲か……熱砂の儀にて大砂蟲の相手なればしたことはあるが……動きは大差ないかのう?」
 蜜鈴は煙管の煙をくゆらせ、誰に訊くともなく呟く。
「こんなのがいるなんて今まで知らなかった。まあ大砂蟲とも戦ったことはあるし、大体やり方は一緒かな?」
 雪刃(ib5814)が軽く首を傾けた。
「俺は、機動力も体力もないんでな……最初からメルクリウスと上で待機させてもらうぜ」
 カルマ=V=ノア(ib9924)が、ゆっくりと紫煙を吐きながら、玻璃窓の外をちらりと見やった。



「さぁ天禄。此度は雪蚯蚓の退治じゃ。地には降りぬて存分に空を駆けて良いぞ」
 蜜鈴の言葉に天禄は楽しげな光を目に浮かべる。
「さて……行くかぁ。頼むぜ?」
 カルマは駿龍・メルクリウスの首を軽く叩いて騎乗すると、荒縄で自分の体を相棒にしっかり括り付けた。彼の持つマスケットは凄まじい威力を誇るが、その分反動が大きいのだ。
「女性に囮をさせる事になるとは不甲斐ないばかりだが……彼女が一番適役だ」
 ならば自分は、彼女に大雪蟲の猛威が届く前に押さえつける――ウーサーは決意と共に相棒の背に乗る。
「頼むぞ、シュライク。お前の翼が頼りだ」
 鬣を撫でつける主を振り返り、シュライクは『是』と伝えてきた。

 広大な雪原を、かんじきを履いた雪刃が歩き、鷲獅鳥・焔翔が後を飛ぶ。
 上空にいる彼らには龍の羽音と風の音しか聞こえない。眼下の雪原にも異変はないように見える。しかし、どこかに大雪蟲が潜んでいるのだ。
(……頼むぞ、玖雀……)
 ウーサーは心中で呟き、『超越聴覚』を発動させてあらゆる音を聞き取っている友人へと目を向ける。
 玖雀の目が雪原の一点に注がれ、声をあげた。
「雪刃、左前方だ!」
「焔翔!」
 玖雀の声を耳に、雪刃が相棒を呼ぶ。ジョハルが仲間に『戦陣』を付与する――波のような音が聞こえたかと思った瞬間、雪原から巨大な蟲が躍り出た。
「来た! 行くぞシュライク!」
 ウーサーが相棒に声を掛け、大雪蟲へ向かった。
 雪刃を掬い上げた焔翔は、蟲の巨大な口をすり抜け、上空へと一直線に舞い上がる。
「こりゃまた……でけぇミミズだな。こんだけ、でけぇ的だと助かるぜ」
 カルマはぷいと煙を吐き出し、大雪蟲の注意を向けるためマスケットを撃ち放った。
 シュライクの『瞬速』で一気に間合いを詰めたウーサーは、『戦陣「砂狼」』を仲間に付与しつつ、『曲騎』『ダナブ・アサド』を発動させ、魔槍砲で砲撃した。
 大雪蟲は多少のけぞったものの、飛び回る敵を煩げに威嚇する素振りを見せる。
 その背後をとるように梓珀から降り立った玖雀は、印を結び『不知火』を発動――突然立ち上った炎に仰天した蟲は、梓珀を呼ぶ指笛に反応し、身を捻じらせ牙を剥く。
 その注意を反らすように凄まじい速さで迫るのは天禄。
「天禄、おんしの世界の空に居って地を這う蚯蚓などに捕まるで無いぞ」
 蜜鈴は相棒に声をかけ、呪歌を口ずさむ――途端、閃光を放って雷が蟲を直撃した。凄まじい電流に大雪蟲の動きが静止する。
 メルクリウスの胴を両足でしっかりと挟んだカルマは、蟲が静止した瞬間、『強弾撃』を撃つ。弾丸は蟲の鎧と鎧の隙間を穿つように貫かれた。
 大雪蟲は地鳴りのような絶叫を放ち、一度大きく頭をのけぞらせると、あたりを薙ぎ払うように爆氷砲を放つ。その射程に居た相棒たちは間一髪でそれを潜り抜け、距離を取った。バキバキと音立てて崩れ落ちる巨大な氷が深い雪の中へずぶずぶと埋まってゆく。
 玖雀の放った『風神』が蟲の口径に並ぶ牙を破壊して吸い込まれた。間髪入れず、ジョハルが銃弾を撃ち込む。
 長大な胴を苦悶によじらせた蟲が雪中へ身を隠そうとした。
「私の最大火力……大雪蟲の体力とどっちが上か、試させてもらうよ」
 『瞬速』で迫った焔翔が大雪蟲へ飛び掛かると同時、雪原に降り立った雪刃は桜色の燐光を放つ大太刀を平正眼に構え、『隠逸華』の強烈な刺突を放った。
 大雪蟲は一瞬の硬直後、力尽きたように横倒しに倒れこむ。高く舞い上がる雪をかぶりながら雪刃は焔翔に掴まって離脱した。
 だが、深い雪に埋もれるように倒れていた大雪蟲は突如、身をくねらせながら雪中に身を隠してしまった。

 束の間、雪原は再び龍たちの羽音と風の音に支配された。
 囮を交代したジョハルがリリにぶら下がるようにして、ふわりと雪の上を歩く。片手には宝珠銃。
「再度隠れれば我らを欺けるとでも? ……仕留めればゆるりとできようて。あと少しじゃ」
 蜜鈴が呟き、相棒に優しく声を掛ける。天禄は頷くようにこちらへ目を向けた。
 玖雀が雪中の中に波音を聞く。
「ジョハル! 前方だ!」
 ジョハルは身軽にリリの背に飛び移る、ほぼ同時に大雪蟲が雪を弾き飛ばして襲い掛かった。回避する龍の背から銃撃を浴びせる。
「おら、てめぇの相手はこっちだ」
 狙いを定めていたカルマが『強弾撃』を撃ち放つ。唸り声とともに蟲が大きく頭を仰け反らせた。咄嗟に回避したメルクリウスのすれすれを爆氷砲が走る。
「とっとと倒れろよ、しぶてぇ奴だな」
 カルマは舌打ちを洩らし毒づいた。
 射程内に味方なし――蜜鈴がアゾットを掲げ、呪歌を紡ぐと頭上に火炎が出現する。
「隠れる雪ごと穿ってやろうてなあ」
 短剣が振り下ろされる。
 火炎は屹立する大雪蟲の氷の鎧を弾き飛ばし、大爆発を起こした。そして蟲を中心に巨大な扇を描くようにあたりの雪もろとも薙ぎ払った。
 胴を大きく抉られた蟲へ、ウーサーのシュライクが『クロウ』で追撃する。
 仲間が接近を開始するのを見計らい、ジョハルが再び『戦陣』を付与した。
 雪刃が放った『真空刃』を、玖雀の『風神』が上乗せするように攻撃を加える。ジョハルは『アルデバラン』を発動させると大雪蟲の鎧の隙間を狙って翡翠の刃を走らせた。
 蟲はもはや爆氷砲を撃つ力もなく、威嚇に口を大きく開ける。
「死への手向けじゃ。刺激的じゃろう?」
 呟きとともに、蜜鈴は焙烙玉を手に、『アークブラスト』と共に蟲の口の中へ見舞った。
 どん、というくぐもった爆音とともに大雪蟲の頭部が吹き飛び、その巨体は意思を失い地に落ちた。



「念の為、近辺も調査してみるよ。一匹とは限らないしね」
 ジョハルはそう言って、囮の時と同じようにリリに掴まってまだ雪が深い場所を歩いてみたが、幸いにも大雪蟲は一匹だけのようだった。
 宿に戻った時、彼は除雪作業も申し出てくれた。
「どうせ龍がいるし。……雪は初体験だからどうやったらいいのか分からないけれど」
「ありがとうございます。……叔父さん、宿までの道と、街道あたりの雪をどかしてもらったらどうかな」
 瓜介がジョハルへ礼を言い、叔父を振り返ると、彼は破顔して頷いた。
「ああ、そうしてもらえるとありがたいな。街道を通る商人たちも助かるだろう」
 そうして。
 ジョハルが相棒たちを先導し、リリとシュライクが積もった雪を両脇へ跳ね飛ばしていく後を、瓜介とウーサーが雪おしで整えた――もっとも、相棒たちにとってはただの雪遊びのようではあったが。
 彼らが雪かきをしている間に台所を借りた玖雀は、里芋を煮て柚味噌をのせた肴を作った。

 食事の前に温泉はどうかと問われ、ウーサーが笑う。
「俺は初めてなんだ、楽しみだな」
「亭主殿には感謝しおる。ゆるりと休ませていただこうて。……天禄と共に入れぬは残念じゃが……」
 蜜鈴は相棒たちが休む牧舎を見て呟く。すると、宿の主がにこりと笑った。
「裏手に動物たちが入る温泉があるんですが、行ってみますか?」
 それは宿の温泉の源泉とは別の源泉で、自然にできたものにしてはかなり大きなものだった。
 もう何度もこの宿を使っている客の馬などは温泉の味を占めてしまって、到着するや否や、まっすぐここへ来るものもあるらしい。
 開拓者たちが相棒を連れて行くと、足を入れかけていた猿が仰天して逃げて行った。
 最初はおっかなびっくりの様子だった龍たちも、どうやら気に入ったようだ――無論、牧舎に戻る前にはしっかり拭き取ってもらい、ご満悦の様子だった。

 
 そして、男湯と女湯の入口の真ん中で――
 男湯へ行こうとしたカルマに、ウーサーが疑わしげな顔をし、さらに瓜介が女湯はこちらだと案内したため、彼は顔を引き攣らせながら笑った。
「……だから、男だっつってんだろ。喧嘩売ってんのか、てめぇはよ」
 そんなやりとりのあと、カルマは無事(?)男湯に浸かっていた。
「あー……体が解れる気がすんなぁ」

「あれ? ジョハルさんは入らないのですか?」
 仲間が温泉へと入っていくのを見送っていたジョハルに瓜介が声を掛ける。
「浸かるのはよしておくよ。……酷い古傷があってね。あまり人目に晒せたものじゃないから……ごめんね」
 彼は微苦笑を浮かべて謝る。瓜介は慌てて首を振り、改めて彼の右顔面を覆う防具を見つめる。
「なんだ、入らないのか、ジョハル?」
「え? 玖雀の背中なんか興味はないからいいよ。……雪見酒の酌くらいはしてあげるよ?」
 酒瓶と肴の皿を持って振り向いた玖雀へ、ジョハルはくすくす笑う。
「ぬかせ」
 玖雀はそうとだけ言うと暖簾をくぐっていった。
 それを見送り、ジョハルは瓜介の傍らに居る磊々さまに目を向ける。
「磊々さまはやっぱり女性用に浸かるのかな……洗ってあげたかったけどなあ」
 残念そうに呟くジョハルに、瓜介は至極真面目な顔で首を振った。
「ジョハルさん。無理です。磊々さまは水を弾いちゃいますから、そもそも浸かれ……あ! じゃあ、こっちで入ってもらえばいいのか。ジョハルさん、こっちです」
 急に何を思い出したのか、瓜介は声をあげると手招きした。
『なんじゃ、せわしないのう』
 磊々さまがやれやれと呟く。
 瓜介が案内したのは宿の主が入る浴場で、こぢんまりとした中にも風情がある。無論、湯は男湯女湯と同じ源泉だ。
「いいのかい?」
「はい。せっかくですし、あったまってください。……さ。磊々さま、行きますよ。覗いちゃだめですからね!」
 瓜介はそう言って、磊々さまを抱えるようにして外へ出て行った。
『覗くなと言われると覗きたくなるものじゃがのう……』

 玖雀は持ってきた極辛純米酒に、料理した里芋を肴にウーサーと一杯やっていた。
「美味いな。宿の主人に料理人にってスカウトされなかったか?」
 ウーサーが芋を頬張りながら訊く。玖雀は笑っただけだったが、実はされたのである。
「カルマもよければどうだ?」
 玖雀が軽い口調で声を掛けるのへ、カルマは一拍ほど置き、『じゃあ、一杯』と、泳いできた。

 女湯では雪刃が四肢を伸ばし、蜜鈴が持ち込んだ酒と玖雀から分けてもらった里芋を肴に、雪見酒としゃれ込んでいた。
「……暫く帰りとうないのう……」
 程よい熱さの湯と酒で、冷え切っていた身体が熱を取り戻す。空気は切れるような冷たさだが、この対比が心地よかった。

 捻挫した叔父を手伝い、調理場で奮闘する瓜介に玖雀が助っ人に入ってくれ、その日の料理は彩も豊かに、開拓者たちを楽しませた。

 翌朝。
 開拓者たちと磊々さま、瓜介、宿の主は雪原に行ってみた。
 蜜鈴の火炎に薙ぎ払われ、除雪作業のおかげで横たわる大雪蟲の傍まで行くことができたが、その巨大さに瓜介などはただただ驚くばかりである。
「こんな大きな蟲がいるんですねえ……初めて見ました」
『……これはこのまま土に還すがよいかの……』
 磊々さまが呟きながら、大雪蟲の厚い氷で作られた鎧のような表皮をしげしげと眺める。
「ギルドに報告して、これを研究したいってことになれば取りにくるんじゃないかな」
 雪刃の言葉に、開拓者たちはひどく納得したように頷く。
「ともあれ、今回は助かりました。ありがとうございました」
 宿の主と瓜介が一礼する。
「じゃ、またな」
 梓珀に乗った玖雀が手をあげる。
「瓜介、磊々さまも、またね」
 言いながら磊々さまをぎゅっと抱きしめたジョハルへ、リリが不満そうな声をあげた。彼は苦笑しながら相棒をなだめ、騎乗する。
「みなさん、ありがとうございました」
 次々に飛び立っていく開拓者たちを見上げ、瓜介は手を振って見送った。
『……さ。もう一回温泉に入るのじゃ』
「えー。またですかー?」
『むろんじゃ! はよう参れ』
 ひょいひょいと歩いて行く磊々さまを追って、まだ慣れない雪に足をとられつつ瓜介が追いかける。
 そんな甥ともふらさまの姿を、宿の主は可笑しそうに見遣り、ゆっくりと追っていった。