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■オープニング本文 ● 五行の空にアヤカシの大群が現れ、集っていた陰陽寮の寮生たちが迎え撃つために集結したころ―― 大群の中から十匹ほどのアヤカシが離れて行った。 鬼面鳥と呼ばれるそれは人間の胴体に鳥の翼を持つもので、人面鳥と同じく屍を喰らうアヤカシである。 通常、戦場跡などを飛び回るそれが、なぜ上級アヤカシが率いる群れから外れたのか。餌にありつけぬと思ったか、はたまた風に煽られはぐれただけか……理由は不明ながら、それらは五行から石鏡へ入りこみ、あろうことかもふら牧場へ向かったのである。 ● 『……なんか、来たもふ……』 小さなもふらさまが空を見上げてぽつりと呟く。 『黒いヒトじゃないね、もふ……』 もふらさまの言う『黒いヒト』とは、九霄瀑泉の精霊であるカワウソ氏のことだ。十二月、『さんたくろうす』の橇に乗って空から来たことがあるが、かれは精霊の道を通って牧場の池から現れるのが常だった。 『ライライサマに訊くもふ』 牧場に散らばっていたもふらさまたちは、迫る鳥影を背に磊々さまの方へと向かい始めた。 『また温泉行きたいのう。のう、お世話係よ』 体長五尺の淡藤色のもふらさま・磊々さまは大欠伸をしながら瓜介に言う。 「そうですねえ。また叔父さんに頼んでみましょうか」 瓜介は笑う。 『ライライサマー』 『ライライサマ。なんかきたもふー』 向こうから小さいもふらさまたちが磊々さまを呼びながら近づいてきた――と思ったとき。 迫った鳥影の一匹が急降下し、鋭い爪で瓜介に襲い掛かった。 「痛ッ……!」 こめかみを引っ掻かれ、体勢を崩した彼は尻もちをつく。 『瓜介! ――逃げよ、鬼面鳥じゃ!』 磊々さまの緊迫した声に、小さいもふらさまたちは飛び上がり、一目散に牧舎へと駆けてゆく。 だが、鬼面鳥はもふらさまには目もくれず、頭から血を流す瓜介だけを狙って襲い掛かった。 「……っ!」 瓜介は鋤を振り回して攻撃を避けるが、鬼面鳥はぎゃあぎゃあ喚きながら次々に舞い降りてくる。 『逃げよ、瓜介! 囲まれるな!』 「はい!」 磊々さまに応え、瓜介は走り出す。 見つけた得物を逃してなるものかと追ってくる鬼面鳥に、瓜介は咄嗟に土を掴むと思い切り投げつけた。 目つぶしを喰らった鬼面鳥はけたたましい声をあげながら、激しく頭を振る。上空にいた数匹が入れ替わるように急降下を始めたが、瓜介と磊々さまは間一髪で牧舎の中に転がり込んだ。 こめかみから血を流す瓜介を、小さいもふらさまが心配そうに見上げる。 「……ああ、大丈夫です。たいしたことはありません」 瓜介はもふらさまたちに笑うと、手拭いで押えた。 他の牧童たちにも知らせなければならない。あれが他の場所に移動すると被害が増えるのは目に見えている。 『何故、鬼面鳥がこのような場所へ……?』 怪訝そうに呟いた磊々さまに、瓜介は先日聞いたことを話した。 磊々さまは忌々しげに鼻を鳴らす。 『五行にアヤカシの大群とな? それはまた面妖な……じゃが、あれらがその群れから外れてきたものというなら頷けもするの。それにしても戦場でもあるまいに、よりにもよってわらわの牧場へ来るとは不届き千万じゃ!』 瓜介は牧場主に鬼面鳥の襲来があったことを話し、磊々さまからは、人間は外に出ぬよう、また玻璃窓を破られぬよう板で補強することを勧められた。 『あやつらは人間を殺して、肉が腐るのを待つからのう……牧舎の中に腐乱死体があちこち転がるのはあまり楽しいものではあるまい?』 磊々さまが恐ろしいことをさらりと口にし、牧童たちは互いの顔を見合わせるや、すぐさま部屋を飛び出した。 「……開拓者ギルドへ行きたいのに……」 瓜介の悔しそうな声に、磊々さまはちょっとふんぞり返って応えた。 『任せるがよい。最短距離でわらわが行って参ろう……そのかわり、二十文くりゃれ』 「……二十文? 何をするんです?」 不思議そうに首を傾げた瓜介に、磊々さまは鼻息も荒く言ったものだ。 『ギルドからの帰りに蜜餡饅頭を買うて帰るのじゃ!』 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
パニージェ(ib6627)
29歳・男・騎
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
ゼス=R=御凪(ib8732)
23歳・女・砲
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂
鬼嗚姫(ib9920)
18歳・女・サ
法琳寺 定恵(ib9995)
17歳・男・武 |
■リプレイ本文 ● 「さってと……ここだな?」 劫光(ia9510)は炎龍・火太名を連れ、もふら牧場の入口に立った。すると、牧舎の扉が開かれ、磊々さまが彼らを手招きする。 『おお。よくぞ参られた。ささ、こちらへ』 開拓者たちが中に入ると、牧場主はじめ、牧童たちがほっとしたような顔で迎えた。 彼らとはすっかり顔なじみのジョハル(ib9784)が穏やかな笑みをみせ、ちらりと磊々さまを見遣る。 「やぁ、瓜介。傷は大丈夫かい? 勇敢だったそうじゃないか。やるね。……それに引き替え、磊々さまときたら……蜜餡饅頭とやらは買えたのかい? 瓜介に『頑張ったで賞』として渡してあげるといい」 『蜜餡饅頭はもうわらわの腹の中じゃわえ』 ジョハルは返ってきた言葉に、『やれやれ』と呟きながら磊々さまを撫でた。 後ろから進み出てきた鬼嗚姫(ib9920)が丁寧にお辞儀する。 「きおは……鬼嗚姫……。宜しく、お願いします……。大きいもふら様……きお、初めて見たわ……」 『きお殿。よしなにの』 珍しそうに見つめる鬼嗚姫に、磊々さまは『ほほほ』と笑う。 そして、まだ血の止まっていない瓜介に、ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)が止血剤を差し出した。 「……鵺の一件以来か。今回も災難だったな。後は任せろ」 「ありがとうございます。よろしくお願いします」 瓜介が笑って礼を言う。 ゼスはありえない場所に現れたアヤカシと聞き、謎の老人のことを懸念したのだが、そうと決めるには材料が足りない、と自身を戒める。 「ところで、鬼面鳥は怪我をした人間を優先して狙うのだろうか?」 『どうであろうの? 血の臭いに引き付けられることはあるだろうのう……』 ゼスの問いに答えたのは磊々さまである。が、彼女がジョーカーナイフで浅い傷をつくろうとしたのは止めた。 『ヒトが八人も外へ出るのじゃ。鬼面鳥にとっては同じことゆえ、あえて傷をつけぬでもよいと思うぞえ』 そうか、と呟き、ゼスはナイフを仕舞った。 「五行に現れたアヤカシが、何故このような所まで……? ともあれ、牧場の皆さんが御無事で何よりです。後はお任せくださいませ」 疑問を口にしつつたおやかに微笑った六条雪巳(ia0179)に、牧童たちがぽうっと見惚れている――あとから磊々さまに『男』だと聞かされて慨嘆したのは言うまでもなかった。 ● (……何が変わった訳ではない。無いが……だが、今は死ねないな……) 護るべき人を思ってか、パニージェ(ib6627)は広い牧場を見渡して騎槍を握る手に力を込める。 (もふらか……アイツは困った顔を浮かべそうだ) 興味津々の様子で覗きに来る小さいもふらさまたちを見遣り、苦笑する。 「ちゃっちゃと片付けてやろうか。……なあに、こんだけの面子が揃ってんだ。心配なんざ微塵もねえ」 『九字護法陣』で自身の抵抗をあげた劫光は、わらわらと集まりつつあるもふらさまたちに微笑んだ。背後から磊々さまが『開拓者の邪魔をするな』と、もふらさまたちを呼び戻す。 「今回は雪巳がいるし、俺等も安心して無茶が出来……ごほん」 にやりと笑いつつ言ったのは玖雀(ib6816)。気心の知れた友人が集まったせいか、むしろ楽しんでいるようにも見える。 「うーん、綺麗なお姉さんに狙われるなら大歓迎なわけだけど、生憎鬼は守備範囲外なんですよ、俺。ってことで大人しく消えてもらおうかなー。あ。暁月ー、空に上がったお嬢さん方の手助けは任せたからな」 のんびりと言って法琳寺定恵(ib9995)は、炎龍・暁月を上空へ飛ばした。 「……お空を飛ぶ鳥……でも、敵なら……落とさなくちゃ……。赤華も敵を上から攻撃して、降下させてね。お願い、するわね……」 鬼嗚姫は炎龍・赤華の鼻先を撫でながら言う。龍は承知を伝え、空へ舞いあがった。 「囲まれるなよ。お前の力を信用しているぞ、クレースト」 ゼスは駿龍・クレーストの首を軽く叩く。騎乗と同時に『騎射』を発動させ、上空へ飛び立つ。 一方、ジョハルも炎龍・リリに騎乗し、まずは低空位置で、また、劫光も上空にいる者と地上の中間地点に陣取り、鬼面鳥の出現を待った。 囮を買って出た雪巳は駿龍・香露とともに上空へあがり誘うように旋回する――ほどなく、黒い鳥影が現れた。 距離を保ちつつ、雪巳はアヤカシをおびき寄せる。飛ぶ速さに関しては群を抜く駿龍は、速度をあげ、『呪声』攻撃を仕掛けてきた鬼面鳥を巧みに避けた。脳に響く不快な『音』に、雪巳は秀麗な眉を寄せたものの、すぐさま『白霊弾』を放つ。白光弾は鬼面鳥の角を弾き飛ばし地上へ落下させた。さらに、二発目。 もんどりうって中空を転がるように落ちるアヤカシに、ジョハルは『アルデバラン』を発動させ、立て続けに発砲して撃ち落とした。そして、リリを上昇させるや、『急降下』で体当たりさせ、別の鬼面鳥を地面に叩きつける。 かろうじて攻撃を免れた鬼面鳥の一匹が、方向転換して離脱をはかった。 「おっと……デート中によそ見は厳禁って教わらなかったかい?」 リリに『急襲』させたジョハルは曲刀に持ち替え、擦れ違いざまに鬼の首を刎ねた。 ゼスはロングマスケットを構え、雪巳にほど近いアヤカシの片翼を撃ち抜いた。鬼面鳥は喚き、ばたつきながら落ちていく。 「リロード中は次に備え多くの敵を撃ち落とせるよう……ある程度引き付けておけ、クレースト」 主の要求に龍が『是』と応え、鬼面鳥を挑発するように大きく旋回してみせる。 怒り心頭のアヤカシがけたたましい声をあげ、クレーストに纏わりつこうと躍起になったところへ、ゼスの『フェイントショット』が一匹の頭部を撃ち抜き、瘴気となって霧散した。 上空に残った数匹の鬼面鳥が散開する。 「疾く! 来れ、猛襲の竜!」 劫光の呪(じゅ)とともに現れた巨大な蛇型の竜が牙を剥き出し、凄まじい勢いで一匹へ喰らいつく。絶叫し、それらは組み合ったまま落下した。 一匹が雪巳の死角から回り込んだのに気づき、劫光は火太名を間に割り込ませ、 「煌めき舞え、氷雪の竜!」 白銀の竜から一直線に吐き出された冷気によって、二匹の鬼面鳥が凍りついたまま落下した。 劫光が大地に目を向ける―― 友の視線を受け止め、玖雀は落下してくるアヤカシに『早駆』で迫った。凍結が解けた一匹が寸でのところで体勢を持ち直し、慌てて身を翻す。玖雀の手から『螺旋』が放たれ、鬼面鳥の片足が粉砕された。一方、地に叩きつけられた鬼面鳥は、すぐさま起き上がり『呪声』を放とうと牙を剥く。が、それより一瞬早く、懐に飛び込んだ玖雀の苦無が鬼の首に深々と食い込み捻り抜かれる。紫の瘴気が花火のように飛び散り、アヤカシは霧散した。 玖雀に足を吹き飛ばされた鬼面鳥が低空飛行で襲い掛かるのへ、パニージェが『パリイ』で受け流し、繰り出された騎槍が深々とアヤカシの心臓へ沈んだ。 翼を撃ち抜かれて落ちてくるアヤカシは、だが、驚異的なまでの戦闘力を見せた。その全てを受け止めるつもりで立つパニージェの盾は、鬼面鳥の鋭い爪を弾き飛ばし、確実に勢いを削いでいく。 弾き返されたアヤカシが『呪声』を放つが失敗に終わり、間合いを詰めたパニージェの騎槍が片翼を刺突する。怒り狂った鬼面鳥が奇妙な『声』を放った。 「――っ!」 『呪封』――咄嗟に判断し、騎槍で突き放しつつ間合いを取る。 その脇をすり抜けていった人影。 「一緒に戦うお姉さんたちにかっこいいところ見せちゃいますよ、と」 駆けてきた定恵の薙刀が走り、飛び散る花のような刃の煌めきとともに鬼の首が高く飛んだ。 上空から戻った雪巳がパニージェに『解術の法』を施す。 「お空を飛ぶ鳥……とても、羨ましくて……妬ましい……」 小さな呟きから、地を轟かすような雄叫びがあがる―― 「さあ……! こちらへ、おいで……!」 鬼嗚姫が大鎌を構え、赤華が蹴り落とした鬼面鳥を『咆哮』で引き付けた。 片翼をばたつかせながらアヤカシが向かってくる。しっかりと得物を握りこみ、『隼人』で一気に間合いを詰めたと同時、大きく足を踏み込んで大鎌を振るった。絶叫を放ち、鬼面鳥の胴が真っ二つになる。 その時、すぐ脇で定恵の不敵な声がした。 「俺の前で女の子に怪我させようなんざ十年早いっての!」 横合いから鬼嗚姫を狙ったものらしい鬼面鳥に、彼は『覚開断』で縦横無尽に薙刀を操り追い詰めていく。片翼を切り飛ばされ、もんどりうったアヤカシは、まるで最後の力を振り絞るように『声』をあげた。 「っと!」 『呪封』を受けた定恵に鋭い爪で襲い掛かった鬼面鳥を、薙刀を振るって牽制する。 駆け付けた玖雀が『影』を発動させ、苦無を捻り抜くと同時に飛び退ったとき、瘴気を吹き上げた鬼面鳥が霧散した。 鬼嗚姫が牧舎の方へ駆けていく鬼面鳥を発見。それを足止めするように、上空から迫った赤華が蹴りつけて再び舞い上がる。鬼面鳥が唸り声をあげ、龍へ向かって翼をばたつかせる。 「駄目よ……。きおが、お相手してあげる……」 鬼嗚姫は鬼面鳥が体勢を立て直すことを許さず、素早く踏み込むと『直閃』を放った。 大鎌の刃は鬼の首を掬い上げるように走り、それは瞬時に瘴気となって消滅した。 『……勇者、もふ』 隠れて見ていたらしい小さなもふらさまが、目をきらきらさせて呟く。 鬼嗚姫は『ふふ……』と小さな笑みをこぼした。 ● 「隠れて残っている敵がいないか確認してまいります。度々このようなことがあっては、牧場の皆さんも休まらないでしょうし……」 雪巳は香露に騎乗し、劫光もまた火太名とともに確認に回った。 幸い、アヤカシはあの十体だけのようで、これといって怪しいものはなく、牧場主や牧童たちは大喜びで外へ駆けだしてきたのだった。 「この面子が揃って呑まないっつー選択肢はねぇよなぁ」 玖雀と劫光が顔を見合わせる。玖雀は用意していた『極辛純米酒』を持ち出し、『花濁酒』を鬼嗚姫に渡した。 「ありがとう、ございます……」 甘い酒なら飲めるという彼女は、そう言ってお辞儀する。 「ああ、そうそう。ギルドまでのお使い、お疲れさまでした」 雪巳は微笑って『桜のもふら餅』を磊々さまに差し出す。 『おお! これはこれは、かたじけない』 磊々さまは嬉しそうに目を輝かせると、雪巳の手からぱくりと食べた。 「磊々さま、はしたないですよ! ……すみません、六条さん」 瓜介が慌てて雪巳に手拭きを渡す。磊々さまの方は『もふらの面になんとやら』で、旨そうに餅を食べていた。 酒の肴はありあわせのもので賄われた――なにしろ、人間は閉じこもっているしかない状況だったため、買い物になど出れなかったのである。 「……ここはのどかな風景のが似合うだろ?」 玖雀はそう言って友に酒を注ぐ。 くつろいだ雰囲気は周りに伝播する。しばらく極度の緊張状態にあった牧場主や牧童たちも、徐々に強張りがとれてきたのか、宴会に参加し始めた。 『これはわらわの奢りじゃぞえ』 磊々さまが『極辛純米酒』を二本、瓜介に持ってこさせた。 「お。ありがとな」 玖雀が磊々さまへ手をあげる。 飲み仲間らしい彼らに交じって、定恵も上機嫌で酒を酌み交わす。 「……死肉も血もない牧場にアヤカシが来たのは偶然なのかな……? まぁ、これは五行で起きている問題とやらが解決しないと解明しないのかもね?」 張り付けられた板の間から外を眺めたジョハルは低く呟き、傍らにいた磊々さまへ首を傾げてみせる。 『かもしれぬのう……』 「ジョハルー。飲めー」 向こうから呼ぶ声がし、彼は苦笑するとそちらへ歩いて行った。 わいわい楽しげな声につられたのか、小さいもふらさまたちも部屋へ入ってきてころりと転がりはじめる。 一方、 「賑やかなものだな。嫌いではないが……」 もともと大勢に混じって騒ぐ性質ではないのだろう、ゼスは小さく笑いながら仲間たちとは離れた場所でくつろいでいた。 天儀酒は飲めないという彼女に、瓜介が『もふら印の赤ワイン』を持ってきた。あいにくジルベリアの酒がなかったのである。 「ゼスさん。よろしければどうぞ」 「ああ。ありがとう。瓜介は飲まないのか?」 「あ……私は、お酒は弱くて……」 大きな絆創膏をこめかみに貼った瓜介は、困ったように笑う。 『こやつのかわりにわらわが飲んでおるのじゃ』 磊々さまが『龍の鱗クッキー』を頬張りながら頷く。 そこへ、酒にほんのりと頬を赤くした鬼嗚姫が磊々さまの側へすとんと座った。 『おや。きお殿、いかがなされた?』 (もふら様は……兄様、好きかしら……?) 敬愛する兄を思い出しながら、鬼嗚姫は何となく磊々さまのふっさりした襟毛を撫でる――と、瓜介の大きな絆創膏に目が止まったらしい。すっくと立ち上がった。 「瓜介様……お怪我、大丈夫……?」 そっと手を伸ばしてきた鬼嗚姫に、瓜介は仰天して直立不動の姿勢をとった。 「は、はい……っ! だ、大丈夫ですっ……」 妙齢の女性に触れられるのは初めてだったのか、彼は真っ赤になってどうしていいものやらわからず、助けを求めて視線をさ迷わせる。 ゼスは小さく笑い、磊々さまのほうは興味深そうに二人を眺めていた。 「瓜介様が……美味しそうだったのしら……」 次に出てきた非常に恐ろしい言葉に、瓜介の顔面は赤から青へ一転した。 「美味しくないですッ! 私は、ぜんぜん美味しくないですよ……!!」 「そう、かしら……」 「そうですっ!」 瓜介は必死に頷いた。 そして―― 外で待っていた龍たちの耳にも宴会の騒ぎが聞こえてきたのだろう。 この分ではしばらく戻って来ぬと判断したのか、大きなあくびを一つ洩らすと、彼らはてんでに牧草の上に丸くなったのだった。 |