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■オープニング本文 ● 陽天を出た絵師と修羅の子供・緋獅は、進路を南にとった。 街道には陽天へ向かう者、陽天から各地へ行く者と人の通りは多い。やがて見えてきた広大な草原に、緋獅が歓声をあげた。 「おじちゃん、あそこ何?」 「もふら牧場だね。もふらさまがたくさんいるはずだ」 「……もふらさまって、もふら形焼きの『かがり』みたいな?」 『かがり』は、もふら形焼きの老人と孫が大事にしているもふらさまだ。 緋獅は牧場の柵の間際まで駆けて行き、のんびり過ごしているもふらさまたちを眺めた。 牧舎では職人が玻璃窓をはめ、めり込んだ壁などを修理している。 (はて、何かあったのか……?) そう思いながら、緋獅の方へ歩いて行くと、大きな淡藤色の塊が見えた。傍らには農具を担いだ牧童が一人。 緋獅は無邪気に『おーい、おーい』と手を振っている。すると、大きな塊――淡藤色のもふらさまが興味を示したのか、こちらへやって来た。 「おじちゃん、どうしよう。ほんとにこっちに来るよ……!」 緋獅はちょっとどぎまぎしたように絵師を見上げてくる。 「こんにちは。旅の方ですか?」 巨大なもふらさまと近づいてきた牧童の青年がにこりと笑った。 「こんにちは。絵描きです」 絵師は微笑み、軽く会釈した。 『ほほう、絵描きとな。して、この童は弟子なのかや?』 淡藤色のもふらさまは緋獅をまじまじと見つめる。子供はあんぐりと口を開けて、乗れそうなほどのもふらさまを見上げていた。が。 「……あ、ううん。おれは……えと、緋獅、です……。大きくなったら開拓者になるんだけど、今はおじちゃんと旅してるんだよ」 緋獅が言うと、もふらさまは笑ったように目を細めた。 『緋獅か。そなたによう似合う名じゃの。わらわは磊々と申す。『磊々さま』と呼ぶがよい。して、これはわらわのお世話係で瓜介じゃ。よしなにの』 何だか一風変わったもふらさまのようだ。 「そういえば、牧舎の窓が割れているようですが、何かあったのですか?」 絵師が問うと、瓜介が『鬼面鳥』なるアヤカシに襲われたのだと言った。 これには絵師も驚く。普通は戦場などに現れるアヤカシだからだ。 『まったくのう。開拓者らのおかげで事なきを得たものの、わらわの牧場に襲来するとは不届き千万じゃ』 「五行にアヤカシの大群が現れたと聞きましたので、たぶんその一部がここに来たのではないかと……正確なところはわかりませんが」 磊々さまの言に継いで、瓜介が首を傾げながら言う。そして、こう付け加えた。 「何でも大アヤカシが動き始めたとかで、それに乗じてあちこちでアヤカシの襲撃が増えているようなんです」 「アヤカシが……」 むこうから牧童を呼ぶ声が聞こえた。瓜介は振り向き、『すぐ行きます』と声を張り上げると、絵師たちに申し訳なさそうに一礼した。 「すみません。私はこれで。どうぞ恙ない旅をお祈りします」 「ありがとうございます。お仕事中に申し訳ありません。では」 絵師もまた一礼して子供を促す。 『よい旅をな』 「さよなら、磊々さま」 頷き、豊かな尻尾を翻して去っていくもふらさまに、緋獅はちょっと残念そうにお別れを言った。 ● 街道をさらに南へ下った頃、異変に気付いたのは絵師だった。 「待ちなさい、緋獅」 前方に漂う濃い霧が、まるで壁のように街道と両脇の森に立ち塞がっている。その霧の向こうから人が歩いてくる様子はない。 空は青く、雲一つない。こんな日に霧が出るはずがないのである。 距離を取り、霧の全体を観察していた絵師の眼に、巨大な顔がゆらりと形作られたのが映った。 「これは……」 呟いた絵師は子供をつれ、急ぎ先程のもふら牧場まで引き返した。 「申し訳ありませんが、しばらくこの子を預かっていただけませんか」 牧場主に事情を説明し、子供の食事代としていくばくかの金銭を差し出す。 『霧とな……ふむ。煙々羅というアヤカシなら知っておるがのう……』 扉の隙間から立ち聞きしていた磊々さまが口を挟む。さらに遠くから『あっ! もう磊々さま、覗き見しちゃだめですよ』と、瓜介の声がした。 振り返った絵師は少し瞠目し、微笑んで頷いた。 「よくご存じですね。煙々羅には亜種がいると聞きます。……あのあたりに村などありませんか」 「小さな村があったと思います」 絵師の質問を受け、牧場主が地図を出しながら頷くと、磊々さまが前足を机に掛けて伸びあがった。 『霧吹き岩の村じゃの……はて。あの岩は精霊力が強かったように思えたがのう……?』 その村は森の中に存在し、村からほど近い場所に岩座が鎮座していた。苔むした巨岩には常に霧を吹いたような水滴がついているため『霧吹き岩』と呼ばれており、昔からご神体とされている。 「その、エンエンラっていうのは何です?」 牧場主が首を傾げる。 磊々さまは尻尾をひとつ振った。 『ちと厄介なアヤカシじゃ……』 煙々羅とは、人の顔をした煙アヤカシで、半径五十五間に煙を広げ、その中に迷い込んだ人間の精神力(練力)を奪って衰弱死させる。しかも蟲寄せ香を発し、蟲アヤカシをおびき寄せる能力もある。 本体は一尺弱の琥珀色の球で攻撃などはしてこない。物陰など狭い場所に身を潜めているのが常だが、煙の中では自由に動き回ると言われている。おそらく、蟲を呼ぶのはこの本体を攻撃した時ではないかと思われるが、煙自体が瘴気であり、その中に足を踏み込めば例外なく力を奪われていくのだ。 磊々さまの説明に頷きながら、絵師は低く呟く。 「……村がどうなっているのか分かりませんが……ひょっとしたら村人だけではなく、霧の中には旅人の多くもさ迷っている可能性があります」 『ふむ。鬼面鳥だけではなかったか……また開拓者に世話にならねばならぬのう』 磊々さまが大きく息をつき、ふと緋獅の方へ目を向けた。 『そなたはアヤカシ討伐がすむまでここに居や。悪党などの人間ならいざ知らず、此度のアヤカシは力や技でどうこうする前に、そもそもの身体能力が高うなければ討伐などのぞめぬ代物じゃ』 着いて行きたいことを見抜かれた緋獅はちょっと首を竦めたが、こっくりと素直に頷いた。 |
■参加者一覧
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
ゼス=R=御凪(ib8732)
23歳・女・砲
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
桜森 煉次(ic0044)
23歳・男・志
麗空(ic0129)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 「きょうは、ちっさい子いないの〜?」 麗空(ic0129)が辺りを見回して絵師に訊くと、男は微笑みながら頷いた。 「今はもふら牧場にいますよ。後で会ってやって下さい」 開拓者たちはアヤカシの『霧』よりやや手前で集まっていた。中に何人の一般人が閉じ込められているかわからないが、早急に連れ出さねば命が危うい。 「磊々さま達が暮らす牧場も襲われたらしいですし……被害が広がらないように、早く解決しましょうっ」 燕一華(ib0718)が広げた地図から顔を上げ、元気よく言った。 「つい最近アヤカシが出たばかりだと思えば、これか。何か憑いているのかと思える程におかしな事が続くな……」 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)が溜息混じりに呟く。彼女は先日、その牧場に現れた鬼面鳥を討伐したばかりなのだ。 彼らは村の位置、霧吹き岩の位置と、今立っている街道や目印になりそうなものを確認し、合図の取り方などを決める。 「俺は霧の外周から回っていく。一周したら霧の中に入る」 桜森煉次(ic0044)は地図から顔を上げると、霧に覆われた街道と森を見渡す――その上空で巨大な『顔』が形作られ、それはまた霧に溶け込むように消えてゆくのが見えた。 「霧とか、遠距離専門の私にはなかなか厄介な相手だわね」 設楽万理(ia5443)は呟きつつ、弓弦の調整に余念がない。 「……アヤカシが好き勝手するなんて、ご神体に何かあったのかな?」 皆とは少々違う見解を持って首を傾げたのはケイウス=アルカーム(ib7387)である。 「そうだな……何かあったのかもしれない。……霧か。万理の言うように、実態も手応えも感じないのは少し厄介だな」 ゼスが友人に頷いて同意を示し、背後を振り返った。 「蟲を寄せるなどとは便利なアヤカシではないか……倒すのが勿体ない……む、駄目か?」 成田光紀(ib1846)の言葉に、一同思わず目を剥く。それへ、陰陽師らしい言葉だと絵師がくすくす笑った。 「再会を喜ぶ時間もないか……。淡烟殿、よろしくお願いします」 慌ただしく移動する中、宮坂玄人(ib9942)が生真面目に挨拶し、絵師もまた目礼を返した。 「よろしくお願いします。宮坂さんも、どうかご無理なさいませんように」 ● 「きり〜? けむり〜? もくもく〜」 麗空が漂う霧の壁を見上げる。 一華に乞われた絵師は、街道から耳を澄ませた――街道に数人の呻き声。そして、森の中ほどで甲高い声が聞こえると告げる。 光紀は傍の木に荒縄を結び、その端を後ろ手に持つ。 一緒に踏み込もうとした開拓者たちを練力温存のために一旦止め、まずは光紀と絵師が霧の中に足を踏み入れる。その際、一華から岩清水と節分豆をいくつか預かった。 「……これはまた……」 じわじわと力を奪われていく感覚に、二人は先を急いだ。 四丈も行かぬうちに、数人が街道上に倒れているのを発見した。 「本職ではないが、こんなものでもあるだけありがたく思うのだな」 光紀が『治癒符』で出血した男の足を治療してやると、式で治療を受けたのは初めてだったのか、男はえらく感動したようだった。そして、彼らを霧から離れた場所へ避難させる。 開拓者たちは森の中にある村近くまで移動しつつ、霧の『顔』がある場所を見下ろしていることに気が付いた。 万理が『鏡弦』を使用し、アヤカシの存在を探る――と、彼女は首を傾げた。 「……顔の下には別のアヤカシの気配はなさそう……?」 「あの辺りって霧吹き岩……ご神体の方じゃないかな?」 ケイウスが地図と付近を見比べながら呟く。 「……あ、待って下さい。物陰に動かないモノがいます」 万理が霧々羅の本体らしきアヤカシを察知した。距離からして村の物陰に潜んでいるものと思われる。 一華の『心眼』の射程にはかろうじて二体の存在が確認され、村人かもしれないため、まずはそちらへ向かうことになった。 「では私たちはここで待機します。何かあれば笛を。……それから、麗空さん。念のためにこれをお貸しします。無いよりはマシ程度の物ですが」 絵師は持っていた涼風扇と符水を麗空に渡す。 「おうぎ〜? ありがと〜」 「俺は誘導用に呼子笛か横笛を奏でていよう」 光紀が言い、霧の境目に目印代わりの『結界呪符「黒」』を出現させ、救助用の縄を木に結んでおく。 麗空、一華は近くの木に縄を結び、端を持つ。 彼らは霧の中に足を踏み出した。 一方。 「しかし薄気味悪い霧だな……どうもこの手のもやもやっとした奴は苦手だぜ。ぶった切れないからな」 仲間とは逆方向から回り始めた煉次は、霧の境近くを歩きながらボヤく。 どうやら霧は楕円に細長くなっているらしい。 ぐるりと回って街道を横切り、しばらく歩いた前方に霧から上半身を出した態で男が倒れていた。 「……っ! おい! しっかりしろ!」 煉次が抱え起こし、霧の中から引っ張り出す。頬をはたいても目を開けない男に符水を飲ませると、やっと薄目を開け、掠れた声で言った。 「……子供……、子供、が……」 「子供?!」 霧は乳を流したように濃く、体に纏わりついてくるようだった。 「見えないね〜まっしろ〜」 麗空の声がする。 (同士討ちや一般人への攻撃は絶対に避けなくては……) 白い闇の中、玄人はアヤカシの襲撃に警戒しつつ慎重に進んだ。 『心眼』を使う一華の援護のため、『精霊集積』を使用していたケイウスだが、何とも言えない体感覚に眉を顰める。 (霧の中に入ってから少し体が重い……村が心配だな。……ゼスは大丈夫かな?) そんな彼の心を読んだかのように、ゼスが声を掛けてきた。 「それにしても厄介な霧だ。微かに力が奪われていく感覚があるな。……ケイウスは大丈夫か?」 「……まあ、この程度ならなんとか……」 そこで突然、霧が晴れた。 正確には、そこだけが霧に侵されることなく存在していたのである。 「なんだ……?」 「あ。霧吹き岩……?」 苔むした巨岩は、名前の通り霧を吹いたように水滴を湛え、静かに鎮座していた。 「……! んと〜、良いひと〜? 悪いひと〜? むし〜?」 岩陰に影を見つけた麗空が、棍を構えながら問いかける――返ってきたのは、くすくすという子供の笑い声だった。 「むしじゃないよー」 「わるものじゃなーい」 巨岩の下の空間から出てきたのは二人の子供だった。 「……この顔は変わったりはせんのか」 木々の合間から時折現れる霧の『顔』を見上げた光紀が呟く。そこへ、村人らしき男を背負った煉次が駆けてきた。 水と節分豆で何とか精気を取り戻した男が言うには、霧の中に息子二人が取り残されているという。 また、村人たちは歩けなくなる前に村の外にある神社に避難して霧の様子を窺っていたのだと言った。何とか奇怪な霧から逃れたものの衰弱の激しい者が数人いるらしい。まさかアヤカシの仕業だとは思わなかったのだろう。 霧々羅は街道を中心に霧を広げたものの、森の村を感知してさらに広げたために細長い形状になったのだと思われる。また、その時間差が村人の多くを救ったのだ。 村が無人ならば、霧々羅の本体は霧の中に入った開拓者たちの近くまで移動しているかもしれない。 絵師は頷き、立ち上がった。 「では燕さんから預かった水と豆は私が神社へ届けます……成田さん、ここはしばらくお任せいたします」 「了解した」 「便利に使っちまって悪いな。今度奢るぜ。……何かあったら呼べよ。お前さんが怪我でもしたら緋獅の奴が悲しむだろうからな」 霧の中にいる仲間の元へ走りつつ言った煉次に、絵師は苦笑して頷き返したのだった。 ● 霧吹き岩を丹念に調べていたケイウスは無論、この岩の周りにいる仲間たちも霧の『練力減退』の影響から切り離されたことに気づいていた。二人の子供はこの岩の精霊力によって守られていたのだ。 「おにーちゃん、ありがとう」 「いいえっ」 節分豆と岩清水をもらって一華に礼を言った子供に、彼は明るい笑顔を見せる。 そこへ煉次が合流し、驚いたような声をあげた。そして、二人の子供を父親のもとへ連れて行こうとしたときだった。 『心眼』で周囲を探っていた玄人が仲間に注意を促す。 「何か飛んでくる……」 一華は薙刀を構え、叫んだ。 「本体かもしれませんっ! 霧を散らすので、追撃をお願いしますっ!」 すかさずゼスがロングマスケットを構えた。そして、ちらりと友人に笑む。 「お前の歌を頼りにしている。任せた」 「了解! 任せてよ」 笑って応えたケイウスは高らかに謡い始め、『剣の舞』を発動させる。 自身の『心眼』で宙を移動するモノを捕えた一華は、裂ぱくの気合と共に『瞬風波』を放った。 風の刃が、まるで白衣を裂くように一直線に走る。 割かれた空間に琥珀色の球が現れた――その瞬間、ゼスのロングマスケットから『ブレイクショット』が撃ち放たれる。 弾丸は霧の中に隠れようとした球体を掠めて炸裂し、その衝撃で弾き飛ばされる。 更に、一華は『瞬風波』を放って霧を払った。 『単動作』から『ブレイクショット』を準備していたゼスだったが、今度は球体の動きの方が早く、瞬時に霧の中に姿を隠してしまう。 万理が二人の子供に何やら問いかける。二言三言会話して頷くと、弓を構えた。 「……おい、何か妙な臭いがしないか……?」 煉次が顔を顰める。 五感を働かせて周囲を警戒する中、ケイウスの歌声が流れている。その響きに共鳴するかのように、霧吹岩がぶうぅん……と微かな振動を起こした。 やがて、ざわざわという音が聞こえてくる。 「こっち来たら、ばーん! するよ〜!」 麗空は二人の子供を背に庇うように棍を構え、迫りくる不気味な『音』に宣言する。 霧の中から現れたのは巨大なヒル――ぬめりを帯びたそれに、思わずぞっと背筋を震わせた開拓者たちだったが…… 「来るなら……むしにも、てんばつ! ババは言ってないけど〜」 恐れを知らぬ麗空の声が響き、『巌流』が蛭アヤカシを真っ二つにした。 霧の外で待機していた光紀の元にも、巨大な蛭アヤカシは迫っていた。 村人は見たこともないほど巨大な蛭に怖気を振るう。 「む。とうとう蟲を呼んだか……」 立て続けに『霊魂砲』を放って攻撃するが、何しろ数が多い。小さく舌打ちして『結界呪符「黒」』を村人の前に出現させると刀を抜いた。 ――ほどなく。戻ってきた絵師が見たのは、何やらぎこちなく刀で蛭アヤカシを突いている陰陽師の姿だった。 「……実は刀を扱うのは初めてでな」 しれっと言った光紀の言葉に、思わず笑みをこぼした絵師は大振りの苦無を振るい、加勢した。 ご神体の発する精霊力の影響か、蛭アヤカシの多くは一定の位置から入ってこようとしなかった。だが、中には貪欲な捕食の本能のままに飛び込んでくるものもいる。 跳躍して飛び掛かってきた巨大な蛭を、玄人は『篭手払』で跳ね除け、返す刀で野太刀を一閃する。 「見つけてしまえばこちらのものだ!」 ……とはいえ、気色悪さはいかんともしがたかったが。 煉次もまた、取りつこうと蠢く巨大な蛭を『フェイント』で牽制しつつ、野太刀を振るって束で叩き斬っていく。 麗空は霧の中に入らぬようにしながら、アヤカシを叩き潰す勢いで長大な棍を振った。 「バーストアローを撃ちこんでみます!」 万理は矢を番え、一華の『心眼』によって浮遊するアヤカシが射程内に入るのを待つ。 ゼスが再びロングマスケットを構え、ケイウスはますます歌声に力を込めた。 「今ですっ!」 一華の合図とともに、矢が放たれる。 衝撃波が霧を押しのけるように空間を作った。 琥珀の球体が、まるで『的』のように浮かび上がる。 「……終わりだ」 ドン! ゼスのロングマスケットから放たれた弾丸は球体に命中し、本体を巻き込んで炸裂した。 砕かれた琥珀が紫の瘴気に変わり、消滅する。 防御力の落ちたゼスへ飛び掛かろうとした蟲がケイウスの目に入る。 「やらせない!」 『重力の爆音』を叩きつけられ、動きを封じられた巨大な蛭たちを、一華の薙刀が薙ぎ払うように斬り飛ばしていった。 霧が薄れ、見通しもよくなってきたのを幸い、万理も『即射』で次々に蛭アヤカシを消滅させていく。 完全に霧が晴れたころ、彼らは百匹近くいたらしい蛭アヤカシを全滅させていた。 ● 二人の子供はへたりこんでいる父親と再会を果たし、神社に避難していた村人たちが戻ってきた。 開拓者たちは、持っていた符水や携帯食を提供し、村人や救出した旅人の介抱を手伝う。 ケイウスとゼスは霧が覆っていた周囲を見回ることにした。 「動けない人が残されていたら大変だからね。……ゼスが同行してくれればすごく助かる、ありがとう!」 「お互い様だ……行こうか」 ゼスは、素直に感謝を表す友人に微笑んだ。 「あっ! りっくん!」 磊々さまと並んで牧舎の前に立っていた緋獅が、緑の髪の友人を見つけて嬉しそうに声をあげた。 「ちっさい子〜、おるすばんできた〜? いい子〜いい子〜」 麗空は跳ねるように駆けてくると、緋獅の頭を撫でる。 「うん。磊々さまと待ってたよ」 緋獅は巨大なもふらさまを見上げる。すると麗空は手を伸ばし、磊々さまの額を撫でた。 「おっきいもふもふも〜。いい子〜」 磊々さまは『ほほほ』と笑うと、大きなもふもふの手を麗空の頭にぽふんとのせた。 『そなたもいい子じゃのう』 「磊々さまっ、お久しぶりですねっ」 『おお。一華殿。『くりすます』以来ですのう……お元気そうで何よりじゃ。……此度は助かりましたぞえ。かたじけない』 にこっと笑った一華に磊々さまも目を細める。そして開拓者たちに礼を言った。 「緋獅はいい子にしてたか? っとそうだ。ほれ。この時期に仲の良い奴に菓子を贈るってのが、どこぞの地方の伝統行事であるそうだ」 煉次は言ってチョコレートを緋獅に渡してやった。 「わあ、ありがとう!」 見たことのない菓子に緋獅は歓声をあげる。それを見て小さく笑んだ彼は、絵師に目を向けた。 「……お前さんもどっかの苦労人と一緒で厄介事に好かれる質らしいな。ま、何かあったら言ってきな。いつでも力になるぜ」 「ありがとうございます。その時は是非お願いします」 絵師は微笑み、軽く一礼した。 神楽の都へ帰っていく開拓者たちを、緋獅は見えなくなるまで手を振って見送った。 『絵師殿らは今宵は牧場でゆるりとされるがよい。……して、明日はいずこへ?』 朱に染まる西空を見晴るかし、磊々さまが絵師に尋ねた。 「さあ……何処、とも決めておりません。……美しい場所へ、と考えております」 『なるほど……それもよろしかろう』 「……冷えてきましたよ。中へ入りましょうか」 磊々さまと絵師の会話の間を見計らって瓜介が声をかける。 もふら牧場に静かな夕闇が訪れはじめていた。 |