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■オープニング本文 ● 「アヤカシと化すとはのう……」 耶摩鳴(やまなり)は、老いて掠れた声で溜息とともに呟き、目前に平伏する父子を見遣る。 先日、三位湖にアヤカシが現れ、開拓者数名により討伐された件だ。 「面目次第もございません」 平伏した男は畳に額を押し付けるように、くぐもった声を出す。 「……アヤカシとなったはそちのせいではあるまい。……だが、引き上げられた遺体がどこぞの貴族らしいと、警邏隊の方で捜査が始められたようじゃ」 耶摩鳴の言葉に、平伏していた父子の肩がびくりと震えた。 伊堂の警邏隊は侮れない組織力と機動力を持っている。自分たちがあの三人に手を掛けたことを突き止めるのは時間の問題だろう。 そうなれば、お家再興はおろか、罪人として扱われるのだ。 ――逃げよ。 耶摩鳴の一言に、父子は思わず顔を上げた。 「石鏡から出るのじゃ。此度の事、お方様のご構想を実現させるためにはどうしても排除せねばならなかった。だが、こうなった以上、そちの身が危うい。警邏隊の手が及ばぬうちに、石鏡を出るのじゃ」 ● 「父上……私達は石鏡を出ねばならぬのですか……」 耶摩鳴家別宅からの帰り道、青年が呟く。 「致し方あるまい……。捕われれば、罪人だ」 「……母上は、ここを離れることを悲しまれるでしょう……。この三位湖を愛し、先日のアヤカシ騒動の折には御堂に籠もられ、三位湖の精霊に祈りを捧げておられましたから……」 悔恨と慚愧の入り混じった青年の声に父は応えない――否、応えられなかった。 石鏡を出て何になろう? 自分たちが耶摩鳴に言われるがまま三人を殺害し、三位湖へ投げ捨てた事実は、どこへ行ったとて変わりはしないというのに……。 だが……。 母は、何も知らないのだ―― 写経していたらしい夫人に、青年が声を掛けた。 「母上。気晴らしに三位湖から遭都へ、船旅などされてはいかがですか? 父上と私は用事を済ませてから追いかけようと思います。――供には柿田が参ります故、ご安心下さい」 青年は母の手を取り、旅費を手渡す。 「まあ、船旅……そなたらはいつ頃?」 「数日後には合流できますかと」 「そう……楽しみですね」 微笑む母に、青年は明るい笑顔で頷いた。 船の準備に向かう途中、柿田が苦渋に満ちた声音で呼びかける。だが、青年は前を向いたまま、静かに言った。 「若……」 「柿田、母上を頼む……」 「……身命にかえましても」 主君の決意を知り、巨漢のサムライは深々と頭を下げた。 ● 番を終え、いつもの店で軽く一杯やっている惟雪の肩を叩く者があった。 「あらぁ、嶌田さん! いらっしゃい!」 惟雪が顔を上げる前に女将の声があがり、相手が誰だかわかってげんなりする。 嶌田泰蔵は気にした様子もなくからから笑った。彼は伊堂の高官役人だが、今日は着流しに羽織姿でどこぞの若旦那のような風体だ。 「そう嫌な顔しなさんな。……妙な龍匠も現れなくなって良かったじゃねぇかい」 おかしな『間』に――三位湖の死体のことではなく、子龍の話を口にしたことが、だ――惟雪はちら、と嶌田を見遣る。 案の定、にこにこ笑っていた嶌田の目が一瞬、すっと眇められ背後に注意を向けた。 惟雪は立ち回る女将をみるように、嶌田の後ろから入ってきた見慣れない男を確認する。 (……シノビ……?) それから、嶌田は熱燗を一本空ける間、実に他愛もないことを喋りたて、惟雪は面倒臭そうに相槌を打っていた。 そうこうしているうちに嶌田の手から銚子がつるりと滑り、慌てて両手で掴む。 「おっとと……あああ、こぼれちまった。覆水盆に返らず、しかしだ、受け皿がありゃ……」 そう言って小皿にこぼれ落ちた酒をくいとあおった。 惟雪はぶつくさ言いながら卓にこぼれた酒を拭きとる。 「……ってと、おれはそろそろ帰ぇるぜ。今日は、おれの奢りだ、とっといてくれ」 そう言って卓の上に置いたのは銭入れまるごと。 「……ありがとよ。遠慮なくもらっとくぜ」 惟雪は呆れ半分、苦笑しながらそれを懐に仕舞った。 店を出て、自分の長屋に戻った惟雪は耳を澄ませ、後をつけて来た者がないか、また、潜んでいる者がないかを確認した。 銭入れから出てきたのは一両と一通の手紙――。 彼はそれを見比べ、嫌な顔をした。おそらく、この一両は惟雪への手当てだろう(下っ端の警邏番がもらうにしては、法外な駄賃ではある)。それだけに事が大きいともいえるが。 惟雪は手紙を広げた。 まず、 午蘭家 伊堂別宅での『新年会』から、賛同の様子がない嶌田にシノビが付き纏うようになったこと。しばらく泳がせて様子を見ているが、三位湖から上がった死体について急ぎ知らせたい―― 惟雪の目が、ある文字で止まる。 午蘭家―― ここに至って、嶌田は名を伏せる必要を感じなくなったのだろう。 『午蘭家』とは、以前、嶌田が『恙家』として名を伏せた、石鏡屈指の貴族の名である。 当主の名は高省(たかあきら)。 惟雪も嶌田の傍に座っていたので当主の顔は知っている。 嶌田はあれ以来、密かに手を回し午蘭家の周囲をくまなく調べ上げたらしい。無論、あの場にいた貴族らのこともだ。 中でも、午蘭家に代々仕えてきた筆頭家臣に耶摩鳴家というのがある。 いま現在、午蘭高省の意を汲み、耶摩鳴家当主・河渠(かきょ)が実質的に没落貴族たちを動かしているようだ。 殺害された三人は、ごく最近午蘭家に出入りし始めた貴族だった。これらについては殺害した下手人を捕えることにより、真相が明らかになるだろう。 今のところ、耶摩鳴家の指示によるものか、単なる刃傷沙汰であるのかは不明だが、この下手人についても午蘭家に出入りする貴族であろうと思われ、その身元、現在の所在地などが細かに記載されていた。 また、検死録を確認するに、この下手人は相当な手練れと判断する故、油断なきようにともあった。 さらに、惟雪に対して、貴族の『くだらない矜持』がいかなるものか知っているだろう、との確認―― 覆水盆に返らず。 だが、受け皿があれば―― 惟雪は、はたと顔をあげた。 流された血は戻すことはできない。だが、生きているなら―― 「……自害を止めろってか? 〜〜ったく、なんてぇ人使いの荒い野郎なんだッ!!」 惟雪は手紙を掴んだまま長屋を飛び出す。そして、ギルドの夜間番職員を叩き起こしたのは言うまでもなかった。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
巳(ib6432)
18歳・男・シ
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)
41歳・女・魔
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
桜森 煉次(ic0044)
23歳・男・志
島津 止吉(ic0239)
15歳・男・サ
久郎丸(ic0368)
23歳・男・武 |
■リプレイ本文 ●警邏番詰所 「相変わらず無茶いうおじさんだねぇ……。ま、乗りかかった船ってことだし……と。きちんと終わったら、話、聞かせてくれるよね?」 苦笑しつつ言ったのは五十君晴臣(ib1730)である。 これには惟雪も苦笑を返すしかない。何しろ、全体を把握しているのは嶌田だろうから。 「貴族のしがらみとは、時に残酷ですね……」 六条雪巳(ia0179)は、扇子で口元を隠すように小さく吐息する。 「あーだこーだと気にすることが多いってぇのは大変だぁな、貴族様ってのはよ。それにしても、惟雪。何か憑いてんじゃねぇか?」 くつくつ笑ってぷいと紫煙を吐き出したのは巳(ib6432)。 「そろそろお祓いでもしてもらった方が良いんじゃないか? 今なら巫女さんに陰陽師に武僧、魔術師もいるぜ」 そう言ったのは桜森煉次(ic0044)である。 「かもしれねぇなあ……」 惟雪は大きく嘆息した。 「俺は……僧侶で、しかも、孤児の神威人……貴族の考え、など……ま、全く解らん。だ、だが、人を殺め魂と魄とを、辱めた、その行いが、どれ程の、悪か……そ、それくらいは、判る」 久郎丸(ic0368)は、今回集まった開拓者の中で唯一、三位湖のアヤカシの姿を見た者だ。 (……償って、貰うぞ。無論、生きて、だ……) 此度の参加はそうした彼の心情によるものかもしれなかった。 「如何に自身が人を傷つけ、それを悔いて自らの手で裁こうとも、やはり未明な点は明らかにしてこそ、罪に償う道だと思われますが……。何よりそれが本当の黒幕に沿ったやり方なのであれば、隠してこそなのですね……」 バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)が思いに耽るように呟く。 「動機は分からないけど、やった事の責任は取ってもらわないとね〜」 雁久良霧依(ib9706)が至極尤もなことを言えば、島津止吉(ic0239)も同意して頷いた。 「……自害を見過ごす訳にはいきません。今回のお仕事は『下手人を捕えよ』との事ですが……同時に保護でもあると、私は思うのです」 六条の言葉に、惟雪は意味ありげに笑う。 「……そうかもな……。俺は同行できねえが、詳しくは嶌田に訊いてくれ。片付いた頃に、顔を出すだろう」 ●湖畔の屋敷【壱】 五十君は『人魂』を上空に放って周囲を確認する。 船着き場に見張りらしき者は居らず、彼らは逃走の足となる船の破壊工作から着手した。 船は小さなものが三艘。手分けをして櫓や舵を使用できぬようにしていく。 雁久良は船を岸にがっちりと縄で結びつけ、それとわからぬよう隠しておいた。 (……でないと、自害の方向に思考が向くからね……) くすりと笑って船から離れる。 ロンコワは『ムスタシュイル』を発動させ、接近してくる者がないか警戒していたが、屋敷からこちらへ向かってくる者はないようだ。 一方、五十君は『人魂』のヤモリを屋敷内に放ち、様子を窺っていたが、どうやら、自害を図ろうとする主人と幾人かの家臣、それを止めようとする家臣の間で一悶着あったらしい。 屋敷に入るなら今だ。 『超越聴覚』で屋敷内を探っていた巳が唇の端を吊り上げ、嗤った。 「忙しねぇなあ……何を楽しみに生きてんだかな……。ま、理解する気なんざサラサラねぇが……」 人数は父子と、家臣らしきサムライが九名――父子の周りに六名ほどが附き、三名が船の準備のために湖に面した勝手口に向かってくると彼は告げる。 「急ぎましょう」 六条は言い、全員に『加護結界』を施した。 船着き場への門を出たところで、トントンという音に、一人が首を傾げる。 「どうした?」 「先に行っててくれ。確認していく」 そう言って男はこちらへ向かってくる。雁久良が『アムルリープ』を放った――不意を突かれ、強烈な睡魔にがくりと膝を折ったところへ、島津が懐に飛び込み鳩尾を深く突いた。物陰にずるずると運び込まれた男は荒縄できつく縛り上げられ、猿轡を噛まされる。 船の方へ歩いてくる二人のうち、一人が物陰に潜む開拓者らの気配を察知したらしい。 「何奴!?」 険しい誰何の声をあげたとき、ロンコワが立て続けに『アムルリープ』を放った。 突然襲ってきた凄まじい眠気に、咄嗟に拳で足を打ちつけようとする。だが、それより一瞬早く五十君が『呪縛符』で動きを封じ、大声をあげようとした男の口へ巳が恵方巻を突っ込んだ。 いま一人は桜森によって刀を落とされ、組み伏せられたところへ、六条が恵方巻を猿轡代わりに噛ませる。 いきなり巻き寿司を突っ込まれてむがむが言う侍へ、六条は申し訳なさそうに言った。 「……その、ごめんなさい、ね?」 三人をしっかりと拘束した彼らは、屋敷内へ突入した。 「何奴だ!」 屋敷の廊下を歩いていた一人が開拓者たちを発見し、声をあげる。すると、数人の侍たちが駆け出して来た。 六条がゆったりとした神楽舞「防」で前衛に立つ仲間を支援する。 ロンコワが落ち着き払った声で仲間に伝えた。 「近づく者から『アムルリープ』をかけていきます」 いかな剣豪の侍とはいえ、魔術師たちが放つ未知の魔法に抗うのはさすがに難しいようで、襲いかかってきた二人の男は一瞬、がくりと膝を折る。 島津はその瞬間を見逃さず、『示現』を発動させ侍の刀を落とし、身体の小ささを利用して相手の懐に飛び込むや柄頭で鳩尾をついた。 雁久良の『アムルリープ』を喰らった侍の方は完全に意識を失い、眠ってしまう。 「な、なんだ……?!」 見ていた侍たちに驚愕が走る。一気に警戒を高めた彼らは、後衛の彼女たちから潰してしまおうと判断したらしい。二人の侍は速やかに小柄を抜いて足に突き立てた――鋭い痛みに歯を食いしばる。 「どうかしらね……」 雁久良は呟き、『アムルリープ』を放つ。襲いかかった強烈な眠気にくらりとよろめいた侍だったが、そこはさすがに日々鍛錬を積んだ剣豪と言うべきか、驚くほどの抵抗を見せて雁久良に刃を向け、突進してきた。 がっきと金属がぶつかる音が響き、割り込んだ桜森と侍が睨み合う。 彼らは押し合うようにして間合いを取った。侍は、桜森の『フェイント』に掛かったかに見えた。だが、次いで発動された『流し斬り』を寸でのところで躱すと瞬時に間合いを詰め、彼の二の腕を切り裂く。 見計らうように、雁久良が『アイヴィーバインド』で侍の右手を拘束して攻撃を封じ、桜森が足首を斬り付けた。 ロンコワの『アムルリープ』に一瞬ぐらりときた侍だったが、態勢を持ち直したところへ五十君の『斬撃符』で足首を切られ、更に『呪縛符』で動きを封じられる。 ロンコワはもう一度魔法を放つ。その機を逃さず、躍り掛かった島津が侍を打ち倒した。 その間にも、五十君は「口封じ」に放たれた刺客がいないか、『人魂』を飛ばして警戒していたのだった。 一方。 仲間の後から侵入した巳は、『超越聴覚』で父子の動きを探っていた。 「こういう時にゃ、わざわざ面倒事を残していきやがるからなぁ……」 彼もまた、五十君と同じく刺客の存在を警戒していたのであるが、幸いというべきか、今のところそういう存在は居ないようだった。 父子についているのは二人の家臣。彼らは侵入してきた開拓者の目的を十分理解しているものと見える。 四人は船で逃走をするつもりだろう――三位湖の半島を回り込み、西岸に渡ればすぐ武天に入るからだ。 船着き場への門扉の前に巨漢の武僧が盾を構え、仁王立ちで立ち塞がっていた。 「貴様……!」 父子についていた二人の侍が刀に手をかけ、久郎丸に戦闘の構えを見せる。だが、武装は盾を構えたままで刃を向けようとはしなかった――否、侍たちに向ける『刃』を持っていないのである。 「……あ、あのアヤカシを……み、みた。お前達に、殺され、魂を穢された、その、哀れなる、を」 久郎丸の言葉に、青年がびくりと肩を震わせる。 「ど、どうして、あんなことが、で、できる……? 同じ人、同じ立場では、ないのか。……ま、まだ、間に合う。償え。あのアヤカシを、く、供養しろ」 「黙れ! そこをどけ!」 一人が迷いを振り払うように刀を振り上げる。 「やめろ!」 青年が家臣を制止するのと、久郎丸の盾が侍の刃を受け止めたのが同時だった。 (……な、長くは、持たん、な……) 『仁王如山』で防御するも、凄まじい威力に久郎丸は歯を食いしばる。 「剣を引け、加山! もういい!」 「若!?」 「佐馬助!」 青年の声、家臣と父親の驚愕したような声とが入り乱れる。 「……いいえ、なりません! 殿と若には逃げていただかなくては……!」 開拓者の注意を引こうとした侍が、『咆哮』に口を開けた時―― 「ちぃと黙っててくれるか。よく聞こえなくなっちまう」 ふいに現れた巳が、恵方巻を侍の口に突っ込みつつ、面倒臭そうに言った。 「……かくなるうえは……!」 恥辱にか、微かに震えた声で言った家臣の一人は舌を噛もうとしたが、こちらにも恵方巻が突っ込まれ、咽る羽目になった。 巳がけらけらと笑う。 「死ぬくれえなら、旨いもん食って腹の黒いもん吐いちまった方がいいだろ」 「自害なさると、悲しむ方もいらっしゃるのではありませんか。あなた方が死ねば、真相は闇の中……上の方の思い通り、ですね。あなた方は……そんな風に捨て駒のように扱われても、仕方なかったと諦めますか?」 父子の前に進み出た六条の言葉を継ぐように、五十君が問いかける。 「そう……だって、死んじゃったらその後あらぬ罪までなすりつけられるかもしれないんだよ? 正に、死人に口なしってね。あと……『罪人の身内だ』って後ろ指さされる気持ち、わかる? 自分がやった事じゃないのにさ……。……それでも、私は罪人となった父に連座した。父と違って命を失う事はなかったし、母や妹、弟が居たからね。とはいえ、堪ったもんじゃなかったよ」 五十君自身の苦い経験からの言葉は、父子の心を抉ったのだろう。遭都へ向かう一人の女性が脳裏に去来していたことは間違いなかった。 桜森もまた、自身の過去を思い出していたようだ。 「……大切に思う人が居るんなら、無様でも生きて、その人たちのために今からでも出来る事を見付ける事だぜ。生きてるだけでも、誰かを救ったり支えになる事もある。……残されるってのは、なかなかキツイもんだぜ」 久郎丸が念を押すように言った。 「ここで死ぬのは、唯の、あ、甘えだ……。し、真実を、隠したまま、死ねば……つ、償えない。と、取り戻せなく、なるぞ」 「……こういう風に追い込まれる様、思考誘導されてませんか? この件で誰が一番得するか考えて頂けると幸いでしょうか」 思案するようなロンコワの言葉に、父子が何かに思い当たったのか、思わず顔を見合わせる。 「ホントにね……その通りですよ」 いきなり割り込んだ声に、全員の目がそちらに向かった。 「さすが、開拓者の皆さんだねえ。死人が出なくてよかった」 立っていたのは高官役人の嶌田泰蔵であった。 ●湖畔の屋敷【弐】 家臣たちは捕縛されたままではあったが、全員庭に集められていた。 父子と開拓者たち、嶌田は湖に面した座敷で向き合った。 「開拓者ギルドってのは、なかなか旨いもんを出すねえ」 嶌田は自分から口を開く気はないらしく、巳や五十君が持っていた恵方巻を美味そうに頬張っている。なぜかそれは父子にも振る舞われていたのだが。 しばらくの沈黙の後、三位湖を眺め、六条が静かに口を開く。 「良い場所にお屋敷をお持ちですね。三位湖がよく見える……。私も石鏡の巫女です。この美しい土地を、国を思う心は、あなた方も変わりないと……そう思っております。生きていればこそ、見える未来もあろうというもの。口封じを危惧するのであれば、私たちが守りましょう。……あなた方がご存知の事を、どうか話しては頂けませんか?」 佐馬助は深い溜息をつくと、むっつりと黙り込んでいる父親を見て自嘲気味に笑い、口を開いた。 「……当初、我々は『お家再興』のうたい文句につられ、午蘭家に出入りし始めました。……ここに剣術道場を再興したかったのです……。家臣たちは、貴族の子弟に教授できるほどには、腕の立つ者ばかりですからね……」 佐馬助は穏やかに庭の家臣たちに目を向ける。 その彼らの腕を見込んだ耶摩鳴が、ある貴族たちを治めてくれないかと持ち掛けてきたのだ。 耶摩鳴が言うには、その三人は午蘭家が不当な手段で『龍』を集めているなどと言い立て、挙句ゆすりをかけてくるのだという。 折しも五行ではアヤカシとの合戦のさなか。龍はこの石鏡を護る大きな戦力ともなり、五行への助けにもなろう……。 耶摩鳴の言に引っ掛かりを覚えたものの、父子は三人の貴族に会いに行ったのである。 だが話し合いにもならず、いきなり切り掛かられたのだった。 「……制止しようとしたのですが、一人が父を拳銃で狙っていて、咄嗟に……」 佐馬助は苦々しい思いを飲み込むように、口を引き結んだ。 もとより、この父子が午蘭家について知っていることなど皆無だったのである。 「……午蘭家が不当な手段で龍を集めているのはね、本当なんですよ」 嶌田が静かに口を挟む。 「あの方々は、現石鏡王が気に入らないみたいでしてねえ、私兵を整えるのと、あなたがたのような貴族を使って、石鏡の底辺から揺さぶりをかけたいんです。ですからね、石鏡の戦力とか五行の助けなんてぇのぁ、建前です」 さらりと言われた言葉に、父子も、その家臣等も唖然としたように目を見開く。 嶌田は開拓者たちにも目をやり、言った。 「新年会では相手が危なすぎて名前を伏せましたけどね……午蘭家って、石鏡の五家の末端に位置する大貴族ですが」 石鏡の五家――権力構造からいえば、国王、先王の血縁者で占められる要職、そしてこの五家がある。五家と拮抗するのが巫女派閥と呼ばれる特殊な一団であるが、その下に各地の有力貴族や高官、一般役人という『序列』が存在しているのだ。 「……五十君さんは、知っておいでだあね……過去、大貴族に関わって捕縛された者が、牢の中で暗殺されていたのは」 嶌田は五十君に顔を向ける。 「知ってるよ……今回もそれがないとは限らないからね」 五十君は頷いた。 「牢の中で、暗殺……?」 佐馬助が信じられないというように声を洩らす。 「嘘じゃありません。だから、警邏隊ではなく開拓者の方々に協力してもらったんですよ。――ってことで、貴方がたは一旦この嶌田が預からせてもらいます。……ああ、そうそう。申し訳ありませんが、奥方には書状で経緯を知らせました。もう遭都に入られておいでだったようで、沙汰あるまで待機していただくよう手配しております」 嶌田の言葉に、父子は大きく吐息し、深々と一礼した。 そして、彼らは嶌田の手勢に隠されるようにして、湖畔の屋敷を出て行った。 あとには 三位湖の静かな佇まいが―――― |