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■オープニング本文 遭都の上町にほど近い宿の一室で、花映は石鏡からもたらされた書簡を手に、襲い来る失意と闘っていた。 「……柿田、これはまことなのですか……?」 震える声で問う花映に、柿田は、はいと応える。そして、手渡された書簡にざっと目を通し、間違いないと認めた。 手紙の主は石鏡伊堂の高官役人、嶌田泰蔵。 そこには夫と息子の犯してしまった罪が明らかにされており、またそれは午蘭家の陰謀に加担させられてしまった面が強い事、故に両名及び家臣たちは嶌田が預かる事などが淡々と綴られていた。 「……自害することは、許してはいただけないのでしょうね……?」 「御前様!」 花映が言い、柿田が諌めるような声をあげる。 それに応えたのは静かな声。 「はい。あたらお命を散らすことのないようにと、くれぐれもそうお伝えするよう言いつかっております」 この、嶌田の部下で田之上と名乗る涼やかな目元の青年は、宿へ訪れた時も、今も、花映や柿田に対して態度や物腰は変わらず静穏だった。だが、彼らが自身を害そうとすれば、瞬時に制止できるだけの力量を持ち合わせていることは想像に難くない。 しばらくうなだれていた様子の花映だったが、貴族の夫人らしく心を決めたのだろう。 「わかりました。夫と息子のことは嶌田様にお任せすることにいたします。わたくしは、これからの時間を祈りに捧げることにいたしましょう」 「御前様……」 静かに告げた花映の言葉を聞き、柿田の声が微かに震えた。 田之上は黙って頷くと、夫人のために文机を用意した。 墨の香りとさらさらと紙面に書きつける音だけが、束の間、流れる。 「嶌田様に」 「確かにお預かりいたします」 花映の手から、田之上の手へ書簡が渡される。 「……御前様を寺院にお送りしましたら、私も嶌田様のお屋敷に参ります」 柿田の言葉に、田之上は押しとどめるよう片手をあげた。 「いえ。それなのですが……花映様をお送りするのに柿田殿だけでは危険です。午蘭家から花映様の身柄を拘束する手勢がこちらへ向かっていると連絡が入りました」 「……まさか……?」 柿田が半信半疑に呟く。 石鏡の五家に連なる大貴族が、何のために遭都に居る一貴族の夫人を…… そこまで考えて、はたと顔をあげる。 「まさか、嶌田様預かりになった殿や若をおびき出す為に……?」 「はい、おそらくは。下世話な言い方をしてしまいますが、警邏隊預かりであれば隠密に処刑することは可能でございます。ですが、今回は嶌田様個人の裁量によるものでございますゆえ、いかな午蘭家といえど手を回すことは不可能でございましょう」 田之上はさらりと告げる。 柿田は、その意味するところを考え……思い直すように首を振った。自分が考えたところで、仕様のないことだ。 「では早急に」 それまで黙って聞いていた花映がきっぱりと言う。 田之上は頷き、筋道を説明した。 「はい。花映様の護衛には開拓者ギルドから数名参ります。武装集団ですと天護隊の目もあり危険ですが、此度はそれを逆手にとって、上町へ入り御所の前を通過して寺院へ護送いたします。その際、皆様には『僧侶』となっていただきます」 「……僧侶……」 柿田が目をぱちくりさせる。 淡々としていた田之上の目に、初めて愉しげな光が浮かんだ。 「仮装でございますね。上町を出るまでは天護隊、上町の警邏隊の目がありますから、午蘭家の兵たちは手を出しては来ないでしょう。おそらく、彼らの妨害が入るのはその後……寺院の門に至るまでの山林ではないかと思われます」 「……な、なるほど……。して、その午蘭家の手勢はいかほど……?」 「遭都に入るのは、二十名は居りません。開拓者数名と私、そして柿田殿で十分対処できる程度と思います」 田之上はそう言って、目元に微笑を浮かべた。 |
■参加者一覧
弥十花緑(ib9750)
18歳・男・武
紫乃宮・夕璃(ib9765)
20歳・女・武
八塚 小萩(ib9778)
10歳・女・武
永久(ib9783)
32歳・男・武
天青院 愛生(ib9800)
20歳・女・武
久郎丸(ic0368)
23歳・男・武
国無(ic0472)
35歳・男・砲
神楽 蒼夜(ic0514)
20歳・男・武 |
■リプレイ本文 ● 「やれ……穏やかじゃないね」 依頼を受けた時、永久(ib9783)は微苦笑とともに呟いた。 「力弱きものを質とし、人を誘き寄せようとは許し難い事にございます」 天青院愛生(ib9800)も同意し、心中を固める。 (実際に手を出してくる者は末端に位置するものでしょうが……思う様に事を運ばせなど致しません) 一方、久郎丸(ic0368)は、 (あの、罪人の、家族、か……。ま、護る事に、抵抗は、無い、が……彼らを捕えた事、う、恨まれては、いないだろうか……) どう接していいのかわからない――そう、思いつつも彼はこの依頼を受ける事にした。 (貴族の……) 依頼内容を確認していた弥十花緑(ib9750)は、ふと脳裏に過った母の姿を払うように手首をひらと返した。 花映たちの宿へ行くのは早朝になろう。それまで遭都の開拓者ギルドで打ち合わせと準備にかかる。 「フフ、似合うかしら?」 国無(ic0472)は紅地の豪奢な僧衣に袈裟を掛け、数珠を持って掌を合わせてみせる。砲術士の彼は無論、僧衣など持っておらず、此度の依頼のために新調したようだ。 紐を通した呼子笛を手首にはめながら、弥十は軽く笑む。 「国無さん、新調の仕立て、似合っとりますね」 「ありがと。……それにしても、田之上という人、なかなかの策士ね」 国無はふふ、と笑いながら短筒を袈裟の中に隠しつつ、思い出したように言う。 鬼面をつけた神楽蒼夜(ic0514)が呟き、既知に声を掛ける。 「むう……これが本当の僧侶の姿か。……何かと、顔を合わすな国無」 「よろしくね。……本当の僧侶の姿かって、あなた武僧でしょ」 笑って言った国無に、神楽は首を振る。 「いや、ちゃんとした寺で修行した訳でなくてな……旅先で出会った武僧としばらく行動を共にしたくらいなのだ。だから、寺に行くのが初めてだな」 どうやら彼が武僧となったのは、出会った武僧の影響らしかった。 (ふむ、これだけ武僧が揃うというのもなかなか。というか、俺よりもちゃんと僧な感じの者が多いな……俺はどうなんだろうか……まあ、何はともあれ己を鍛えん事には、な) 「……己こそ、己のよるべ。己において、誰によるべぞ」 神楽は口中で呟いた。 ● 宿の一室、花映を挟んで僧侶姿に仮装した田之上と柿田が開拓者たちを迎えた。田之上はともかく、柿田はどこかぎこちない。 「武僧、紫乃宮・夕璃と申します。宜しくお願い致します」 紫乃宮(ib9765)が丁寧に一礼する。 順に挨拶していく開拓者の、鬼面の神楽に柿田が訝しげに声を掛けた。 「この面は、わざと視界を狭くして周りの気配を精霊の力を借りて探知するという修行の一環なのだ……あと、顔をあまり曝したくない……」 神楽は苦笑を含んだ声音で言いつつ、外した鬼面の下から現れたのは細い、中世的な顔立ちだった。 面をつける理由も人さまざまだ――そう思ったのだろう。 「これは失礼した」 柿田は潔く謝罪する。 「此度の道行、ご同行させていただきます。弥十花緑と申します。……そや。今流行りの染めの手拭いだそうで、お使い下さい」 一礼した弥十は、先行の別働隊の行動を記した手帳を包んだ布を差し出す。 「これはこれは。ありがとうございます」 田之上は一礼して受け取り、中の手帳に気づくとしばらくあたりの気配と音を探った――布を広げ確認する。 「いい染めですね」 「……お心遣い、感謝申し上げます」 花映、柿田もそれを確認し、丁寧に礼を返した。 ――町から寺院までの道のりで戦闘が起こる。それによって花映の心象を悪くするわけにはいかない。 「先行し、寺院へご挨拶に行って参ります。ご迷惑を掛けぬよう最善を尽くす旨をお伝えします」 天青院は仲間たちにそう告げた。 「任せるよ、気を付けて」 永久は頷き、彼女を送り出す。 「お、俺は図体もでかいし、何より、こ、この顔だ。あまり、夫人に近いと、わ、悪目立ちする、と思う。あ、編笠は常に、深く、被る、が……」 久郎丸の複雑な心情はともかく、永久は屈託なく穏やかに頷いた。 「旅は道連れというだろう? 二人でいたら、心強い」 こうして、三人が花映たちとは別働隊として動くことになったのである。 「参りましょうか」 紫乃宮が花映に微笑んで促す。 「両脇を田之上さん、柿田さん。お願いできますやろか。俺は僭越ながら前にて失礼します」 弥十が軽く一礼して立ち上がった。 修験者、高僧、尼僧、虚無僧のごちゃまぜの一団が通り過ぎるのを、上町の通りを行く貴族たちも、わざわざ牛車を止めて珍しげに見送る。 花映の背後に立つ神楽は、深編笠の下から周囲の状況を観察していた。 御所を囲む石垣の等間隔で天護隊が警備についている。先頭を行く弥十は警護している兵へ小さく一礼し、彼らは長い石垣の中ほどまで進んだ。 さすがにここまで来ると、僧の一段も旅行者の集団に紛れてしまうようだが、それでもやはり天護兵の注意は引いてしまったらしく、声を掛けてきた。 笠の下から鋭い眼光を放ったのは国無。 「愚僧、朱藩より諸国雲水行脚の途中に候。名高き遭都の寺に修行の為、一問答参らせと思い参じた処……こちらのご婦人がお困りとあったので、同道しているところね」 重々しい声音を放ったあと、なよやかな言葉で微笑む。 問答を仕掛けられるのかと幾分仰け反っていた天護兵だったが、尼僧姿の花映に目を向けた。彼女は小さく目礼を返す。 「……な、なるほど……。では、気を付けて参られよ」 街中ならいざ知らず、盗賊山賊なども跋扈する世の中だ。 天護兵は二度ほど頷き、先を促したのだった。 一方、永久と久郎丸は花映を護衛する仲間の少し後ろを旅僧を装って歩いていたが、御所に差し掛かるころ上町の外へと進路を変更した。 「さて、行こうか。夜になる前に寺に着きたい」 「あ、ああ」 声を掛けた永久へ、久郎丸は頷く。 久郎丸は花映らを見張る者がないか全体を見渡すように探るが、不審な動きをする者を見つける事はできなかった。 だが、必ずどこかに午蘭家の見張りが居るのは間違いないだろう。 ● 上町から一団が出てくるのを確認した永久と久郎丸は、さりげなく彼らを先導する形で歩き始める。 寺院への山道が見えたころ、久郎丸が駆け出して行った――『天狗駆』で飛ぶように行く姿は山駆けの修業ともとれる。 「そろそろ、山道に入りますね……」 紫乃宮の呟きに仲間の頷きが返った。 (フフ、どこまで旅僧のフリができるかしらね) 国無が笠の下で小さく笑む。 「大丈夫でございますよ、御前様」 数珠を握り締めた花映に、柿田が低く言った。 「……ええ、そうね」 山道の両脇は鬱蒼とした森が広がりっている。 駆け上がっていた久郎丸は、茂みの中にきらりと光るものを視界の端に捉えた。それを通り過ぎた時、寺院から戻ってきた天青院と会う。 久郎丸は無言で伏兵がいるらしい場所を示すが、相手方のシノビにはこちらの動きを知られている可能性が高い。 「参りましょう」 天青院が頷き、山道を登ってくる永久の姿をみとめた。 「このあたりで休憩なさいますか? ……まだ花が残ってますね」 弥十が花映の身を慮って声を掛け、散りかけた山桜の濃い桜色を指した。 「まあ……」 花映は声をあげ、足を止める。 桜の巨木が深い緑の中、灯火のように浮かんで見えた。 そのとき、 「そこの女をこちらに渡してもらおう」 両脇の森から武装兵の一団が行く手を遮るように現れた。 「ふむ……嫌な感じだ」 神楽がぼそりと呟く。 シャラと金輪が音たて、弥十は錫杖を構えつつ、手首の呼子笛を吹き鳴らした。 印を結び『戒己説破』で意志を固めた紫乃宮は、仁王立ちにすらりと短刀を抜いて言い放つ。 「何者であろうと、この方には指一本触れさせません!」 「貴様ら、はやりただの坊主ではなかったか……!」 武装兵は戦闘の構えを見せた開拓者らを睨みつけた。 木の上から飛んできた手裏剣を田之上が編笠を盾に防ぐ。 煌びやかな袈裟が翻り、素早く短筒を抜き放った国無が樹上のシノビの姿を捉え、銃撃した。 響き渡る呼子笛に、永久は呟く。 「やれやれ……やはりか。さて、こちらも負けるわけにはいかないな」 『天狗駆』で山道を下った三人の前に、二人の武装兵が現れ、抜刀した。 振り下ろされる凶刃をふわりと躱し、永久と天青院が『烈風撃』を放って弾き飛ばす。 ぐんと距離を詰めた永久の薙刀が襲い掛かるのを、兵は間一髪で避け、手首を返して横合いから切り込んでいく。 永久は『雨絲煙柳』で受け流しつつ、さらに攻撃に転じた。 「ぐ……」 「恨みも無いが、此処で退く訳にはいかないさ……武力に物を言わせるなら、それ相応の反撃も……当たり前だろう?」 穏やかな笑み浮かべて告げる永久の金の目が鋭く光り、間近から放った『烈風撃』の衝撃波から追撃して兵を昏倒させた。 「さ、先に行け」 「……では」 久郎丸が天青院に声を掛け、彼女が弾き飛ばした兵へさらに『霊戟破』を浴びせる。放たれた衝撃に抵抗できず、兵は気絶した。 「短銃を使う僧がいても良いじゃないか」 神楽は花映を背に庇うように、もう一人樹上にいたシノビの手を撃ち抜いた――『卑怯な』というお門違いな台詞に、淡々と返したのが先の言葉だ。 「奇襲する人って、あんまり奇襲に備えがないのよね。貴方たちはどうかしら?」 国無は言いざま、『フェイントショット』で木の向こうからこちらを狙っていた兵の手を撃ち、刀を弾き飛ばした。 咆哮を放とうとしていた兵を捉えた弥十は、錫杖を掲げて瞑目する。と、火炎を纏った鬼童が現れ、兵に襲い掛かった。 仰天して思わず刀で幻影に切りかかったところへ、更に『烈風撃』が放たれ、衝撃波にひっくり返った兵の鳩尾へ、弥十の錫杖の石突が深々と突き込まれた。 紫乃宮は地断撃を用いようとしている兵へ向け、独鈷杵を掲げて『荒童子』を放つ。精霊の幻影に襲い掛かられ、抵抗するまもなく、昏倒した。そして、彼女は次々に『荒童子』を放ち、武装兵たちを撹乱する。 切り掛かる兵の斬撃を受け止めた柿田の脇から、更に一人が切り掛かる。 そこへ駆けつけた天青院が『烈風撃』を放ち、ひっくり返った兵へ手刀を突き込んだ。 早業に瞠目している花映に、天青院は合掌した。 「卑劣な輩の手に渡す事など致しません。ご安心頂ければと思います」 「……ありがとうございます」 幾分蒼ざめていた花映の相貌に、笑みが浮かぶ。 奇声をあげて切り掛かってくる兵に、神楽は『霊戟破』で迎撃する。思わぬ衝撃にぎゃっと声をあげて体勢を崩した兵へ、国無が天狗礫を連投した。 礫とは思えぬほどの威力に、兵は悲鳴をあげてもんどりうつ。 衝撃刃と飛び道具を使用する彼らに、刀を持つ兵たちは迂闊に近づけぬ――武装兵たちは、じりじりと後退し始めた。 「ご、午蘭家。お、お前達が、元凶か」 花映を庇うように進み出た久郎丸が問う――これは、『詫び』だと――彼女を守ることは彼女の家族を捕えた自分にできる詫びだと、彼は思っていた。 「…………」 兵たちの返答はない。だが、彼らの顔色が一変したことで肯定したのと同じことだ。 一歩も退かぬ――開拓者らの鉄壁を前に、午蘭家の兵たちが敵うはずもない。 「……ひ、引け! 引け!」 兵を率いていた男は声をあげ、山道を駆け下りる。それへ、兵たちもなだれるように退却していった。 (……口封じ、な。いや……奴らの身を案じてる場合やない) 午蘭家に関わったものの末路を聞いていたのだろう、弥十は心中で呟き、思い直すように錫杖をとん、と突いた。心を切り替え、振り向いて花映に尋ねる。 「驚かせまして……お怪我は?」 「大丈夫ですか?」 紫乃宮も案じるように問いかけた。 「はい。おかげさまで、どこも怪我はしておりません」 花映はほっとしたような様子で笑み、頷いた。 ● 寺院は尼寺ゆえ、男子禁制となっている。 「皆様、本当にありがとうございました」 花映はじめ、柿田、田之上が開拓者らに一礼する。彼女は儚げな微苦笑で言った。 「本来であれば、わたくしも罪人として扱われていたかもしれませんのに……」 「御前様、それは違います。御前様の知らぬところで起きたこと。それゆえ、若は御前様を遭都へお送りされたのですから……。私も、これより罪を償って参ります」 柿田はきっぱりと言う。 寺院の門が静かに開いた。 「……花映様でございましょうか……?」 尼僧が尋ねるのへ、花映は『はい』と頷く。 天青院の先触れのおかげで、尼僧は開拓者たちに一礼して花映を丁重に迎えてくれた。 「それではご婦人……精霊とともにあれ」 「お元気でね、奥方様」 神楽は花映に一礼する。淑やかに一礼した国無とともに来た山道を下り始める。 「皆様も、どうぞお健やかに」 一礼する花映に、それぞれ礼を返して男性開拓者たちは山を下りて行った。 「私は伽藍にて祈りを捧げたいのですが、よろしいでしょうか」 天青院が尼僧へ尋ねると、彼女はにっこり笑って『勿論でございますよ』と招き入れ、それへ紫乃宮も続く。 そうして、寺院の門は再びかたく閉ざされたのだった。 田之上、柿田は開拓者らに改めて礼を述べ、神楽の都へ戻る彼らを見送った。 「……田之上殿、此度は御前様をお守りくださいましたこと、御礼申し上げる。嶌田様には、改めてご挨拶申し上げたい」 柿田は深々と一礼する。 寺院へ入った花映に、もう追手がかかることはないだろう。出家した者へ加害するなど、人非人との誹りを受けるだけである。 田之上は『とんでもありません』と小さく微笑んだが、柿田の同行は否と応えた。 「……何故でございましょうか……?」 「柿田殿には、遭都で暮らしていただくほうがよろしいのではと思います。出家なされた花映様も、遭都に貴方様がいらっしゃれば心強いでしょう。……それと、これは懸念でございますが、しばらくは遭都で此度のような不審な動きがないか、見ていていただきたいのです」 「……まさか、まだ御前様を狙うと……?」 「わかりません……無いとも言い切れぬのが、午蘭家です。石鏡の双王が……というより、石鏡の政を行う方々がお気に召さないようですので、何をしでかすかわからないというのが現状です」 田之上は淡々と言いつつ、唸る柿田をおいて、僧の仮装を手早く取り去る。 「さて。それでは私はこれにて。どうぞお元気でお過ごしください」 田之上はちらりと笑みを向けると踵を返して去って行く。 呆気にとられたように佇んでいた柿田は、遠のく背に深々と一礼したのだった。 |