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■オープニング本文 ● 伊堂の鋳物師・鎌市の娘『みはな』は、出来上がった鋳物を客に届けて門を出たところで声を掛けられた。 「お前ぇさん、鎌市の娘だな」 「……ええ」 知らない顔だ。みはなは男に『奸物の相』を見てとる。 「……太刀を五振り頼みてえんだが、口添えしてもらえんかね」 男はみはなに言った。 太刀を、とは鎌市の裏の仕事を知っているということだが、それなら「店」に行くなりすればいい――それをわざわざ彼女にに口添えしろということは、鎌市が一度仕事を断ったということだ。 「太刀……? すみません、うちは鋳物屋ですから、そんなものは作ってませんよ。鎌市違いでございましょ」 みはなは困ったように笑うと、一礼してついと向きを変える。 彼女の行く手を阻むように、数人の男が立ち塞がった。 「……なんの真似です?」 「口添えしてもらえねぇんなら、無理矢理でもしてもらうまでだ」 男は険しい声でそう言うと、顎をしゃくった。ばらばらと五人ほどの男が彼女を取り囲む。 いずれもそれなりの技量を持っていると踏んだ。相手が一人ならなんとか吹っ切れるだろうが、六人ともなると命が危うい。また、逃げたとしても住所が知れている以上あまり意味がない。 「……私に指一本でも触れたら、父との交渉はできないと思ってもらうわ」 みはなの言葉に、男は頷いた。 ● 「みはなが戻らねえ?」 惟雪は素っ頓狂な声をあげた。 「昼にできた鋳物を持って行かせたが、もう二刻だ」 「みはなも子供じゃねえし、どっか寄ってんじゃねえのかい?」 惟雪はそう言ったが、鎌市は首を振った。 帰りにどこかへ寄るなら必ず告げていく。しかも今日はすぐ帰って片付けたい仕事があるんだと言っていた。 そして、鎌市が懸念するのは、つい先日断った『客』の存在が引っ掛かっているのだという。 「……なんだぃ、またろくでもないのが来たのかい」 惟雪は顔を顰めた。 「ああ……どこで俺の名前を聞きつけてきたのかしらねぇが、太刀が欲しいと言ってきやがった。しかも大層な拵えの鞘を出してこれに合わせろだと」 鎌市は忌々しそうに呟き、紫煙を吐き出した。 「ふうん……大層な拵の鞘ねえ……盗品かい」 「そんなとこだろうよ」 鎌市は鋳物のほかに、武器も作る――無論これは裏の仕事だ――彼の武器は『業物』として名が通ってしまっているため、良きにつけ悪しきにつけ、その存在が知られてしまっているのだ。 おまけに気に入らない客の仕事は頑として突っ撥ねるため、嫌がらせを受けたりもし、命を狙われるようなことも幾度かあった。 「あれもお前ほどじゃねぇが、それなりの技ぁ叩き込んである。滅多な事じゃ命を落とすこたぁねぇが……」 鎌市は気難しげな顔で黙り込んだ。 惟雪にシノビの技を叩き込んだのは、誰あろうこの鎌市だ。その彼が『それなり』と評すなら、みはなもそれなりのシノビだということだ。 だが、鎌市の心配はもっと別のところにあるのだろう。 「〜〜ったく! てめぇがいつまでもふらふらしてっから、みはなが落ち着かねぇんだ!」 鎌市は白髪の蓬髪を掻きむしると、首にかけていた手拭いをべしりと惟雪に投げつけた。 「てっ! 俺のせいかよ!!」 それからほどなくして、一人の子供が店を訪ねてきた。 「あのね、なんか怖い顔したおじさんが、鎌市さんに届けてくれって」 鎌市が子供から手紙を受け取る。 「そうか、ありがとよ、ぼうず。……どのへんでこれをもらった?」 惟雪がしゃがんで子供に訊くと、『あっち』と、西の方を指差した。 「ぼうず。送ってくぜ」 「ううん。おれんちすぐそこだから。じゃあね、警邏番のおじちゃん」 「おう。気ぃつけて帰れよー」 子供を見送って店に入ると、鎌市が険しい顔で紙面を睨んでいた。 惟雪が受け取って読んでみると、みはなの『手』で交換条件が記されていた。鎌市が懸念したとおり、みはなを拘束したのは先日の男とその仲間らしい。 自分が誘拐されたこと、相手が太刀を五振り所望しており、それと引き換えに身柄を渡すことなど……。 日時と引き渡し場所が記されてあったが、そのあとに自分の身の上を嘆く物悲しげな『歌』が記されていた――みはなが書いたこの手紙を確認した賊にはそう見えただろう。 その『歌』は、いわゆる彼らの『隠語』だった。 自分はまったくの無傷であること、賊の正確な人数と手練れが揃っていること、町はずれのあばら家に拘束されていること、そして、鎌市が自分のために太刀を打つことは望まないことなどが記されてあった。 「……五振りをこの日時に持って来いってなぁ、ちっと無理があるな……数が足りねぇのを足掛かりにもっと作らせようって魂胆か? ……どうする、親父?」 惟雪の問いには様々な意味合いのものが含まれている。 鎌市は即判断を下した。 「どうもこうもあるか。みはなと太刀五振りなんざ交換条件にもなりゃしねえ。日時まで大人しく待ってるつもりはねえぞ……責任もっててめぇが迎えに行って来い」 「俺の責任なのかよ!」 師父である老人に目を剥いてから―― 惟雪はしばし考えたあと、開拓者ギルドへ足を向けたのだった。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
巳(ib6432)
18歳・男・シ
烏丸 琴音(ib6802)
10歳・女・陰
唐州馬 シノ(ib7735)
37歳・女・志
楠木(ib9224)
22歳・女・シ
佐藤 仁八(ic0168)
34歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 「人質を用意するなんて……! そっちがその気なら、私たちだって遠慮しないで捕まえちゃうんだから!」 楠木(ib9224)は依頼書を見るなり憤慨した。 (……人質取られて力づくで取り返せとは、また気の短ぇ話だ……尤も、それが注文ならこなすだけだが) 唐州馬シノ(ib7735)は、心中で呟きながら気怠けな表情で依頼内容を眺める。 「……捕縛して引き渡せ……か。頭に血が上ってなくて、いい具合じゃね?」 飄々と言ったのは崔(ia0015)。 「人質の人はきっと怖い思いをしてるのです。だから盗賊の人達も怖い思いをするといいのです」 烏丸琴音(ib6802)が天儀人形を抱き締めながら呟いた。 一方、久々にギルドを覗いたらしい龍牙・流陰(ia0556)は、 (さて、依頼を受けるのはいつ振りでしたか。一年以上かけた修行の旅で得たものが生かせるか無駄になるか……それをはかるのにちょうどいい相手ですね) そう判断し、参加の手続きを取ったのだった。 精霊門をくぐり、ひっそりと寝静まる伊堂の闇の中、鋳物屋に八名の開拓者が訪れる。 「お。久々だなぁ。来てくれたのかい」 惟雪は佐藤仁八(ic0168)と楠木の顔を見つけて人懐こい笑みを浮かべた。 「女子供を盾にするてえのぁ、あたしぁ一番嫌えなんでえ」 佐藤の、相変わらずの傾奇者らしい様相と言葉に、惟雪の笑みが深くなる。 「姫様の救出にゃあ王子がつきもんだが……この【王子様】はちぃと老けすぎてやしねぇか?」 「老け顔はほっとけ」 けたけた笑う巳(ib6432)に、惟雪は憮然として返す。 「でも本当に……女性を盾に取るなど、刀差す者の風上にも置けませんねぇ。少々痛い目を見ていただかなくては……ともあれ、みはなさんの救出が最優先です」 美しくおっとりとした雰囲気にも関わらず、手厳しいことをさらりと言った六条雪巳(ia0179)に、佐藤がまったくだと頷いた。 「惟雪さん。こちらの行動をみはなさんに伝える術はありませんか。あなた方の間でのみ通用するような……伝えたからといって何か大きく状況が変わるわけでもないでしょうが、惟雪さんが近くにいると分かれば少しは不安も和らぐのではないですか?」 龍牙の提案に、惟雪は『ふむ』と呟き思案する。 「さーて、機嫌を損ねちまう前に助けに向かうとするかぁ。それなりに頼りにしてんぜ、【王子様】?」 巳がけらけら笑いながら身を翻した。 「目が少しぱちぱちするけど頑張るのです」 烏丸が言いながら、とてとて後に続く。 「では、急ぎましょうか」 六条が促すように立ち上がった。 「……よろしく頼む」 闇の中へ出ていく開拓者たちへ、鎌市が一礼する。そして心中で呟いた。 (……あいつもそろそろ、死んだ嫁のこたぁ忘れてもいい頃だろ……) ● 半月の青白い光の中、数軒のあばら家の影がくっきりと浮かび上がっている。屋敷とまではいかずともほどほどの広さを持つ建物群である。その一角に入る前に、惟雪は小さな土笛を吹いた。まるで梟の鳴き声のような音が静かに響き渡っていく。気絶でもしていない限り、みはなの耳には届いたはずだ。 巳は『超越聴覚』を発動させ、不審な動きがないかを探る。 彼らは物音を立てぬよう、また風下を選んで歩みを進めた。 寂れた廃屋が立ち並ぶなか一軒だけ灯火の明かりが漏れ出ており、探すまでもなく、そこが賊の居場所と知れる。 烏丸の手から鼠の『人魂』が飛び出して行った。 賊は二間続きの板張りにてんでに寝転がっている。みはなは部屋の隅に四肢を拘束され、彼女にほど近い場所で首謀者らしき男が刀を抱いたまま眠っていることなどが伝えられた。 待つだけという状況に歯がゆさも感じつつ、合図があるまではと身を潜める六条。 そのほど近い場所に龍牙が、また、唐州馬が潜んだ。 一軒の廃屋に潜んだ佐藤は、念のためと『心眼』を発動させる。 佐藤は、賊が取引場所だけしか伝えていないつもりなら、警戒する理由もないだろうと踏んでいたが、その見当は当たっていたらしく、あばら家の外に見張りは一人もいなかった。 「侵入経路は如何ほどかねぇ……。すんなりいきゃいいんだが……」 巳が低く呟く。賊の無防備さは拍子抜けするほどではあるが、気は抜けない。 空が白み始める―― 「でわ救出開始なのです。頑張るのです」 烏丸はぐっと小さな握り拳を作り、もう一度『人魂』の鼠を放つとみはなと賊の距離を確認した。そして、惟雪に抱き上げてもらうと崩れかけた格子窓から視認できるギリギリまで近づき――中の明かりが幸いした――『結界呪符「白」』をみはなと賊たちの間に出現させたのである。 烏丸が頷いたとき、巳と崔の呼子笛の高い音が夜明けの空気を切り裂いていく。 崔は裏戸を蹴破り入ると同時、手近な賊へ『瞬脚』で間合いを詰め、七節棍で突き崩す――まずは陽動と、派手に立ち回る。 「なにもんだ、てめぇ?!」 「おい、なんだこの壁は!?」 七節棍の中央を柄にして両端は鎖で連結され、まるで二匹の蛇のような自在の動きに、賊の驚愕と怒声が入り乱れた。 一方、みはなの拘束を断ち切った巳が軽く笑う。 「気分はどうだ姫様よぉ。王子のお出ましだぜ? 形だけでも感謝しとけ?」 「ありがとう……ええと……ひめ……?」 みはなは礼を言うと不思議そうな顔をした。そこへ楠木が駈け込んでくる。 「みはなちゃん、助けに来たよっ! 無事でよかった……さ、早く帰ろ?」 「ありがとう……」 人懐こい笑みを浮かべる楠木に、みはなも笑顔を返す。そして、懐かしい顔を見つけてさらに笑みを深めた。 「……無事でよかった」 惟雪はほっとしたように一息つくと、『立てるか?』と手を差し伸べる。 『超越聴覚』で周囲の動きを追っていた巳は忍刀を抜き放ち、壁のこちらに回り込もうとしていた賊の一人を牽制した。 「おーう、お前さんらは先行っとけ。くっきー、てめぇもシノビの端くれなら護衛はしっかりとなぁ?」 どこか面白がるような響きを含んだ巳の声に、楠木は『任せて!』と元気よく応えた。 呼子笛が鳴り響くや否や―― 佐藤は全力疾走で飛び出した。 望んでねえ相手に望んでねえ方法で刀を打たせんなら、望んでねえ形で刀を頂戴する覚悟くれぇあんだろうな―― 「出てきやがれ。刀をご所望と聞いて届けに来てやったぜ。手前等の脳天にな!」 ヴォトカを一口――すら、と長巻直しを抜く。 そこへ、表戸を蹴り倒すように崔が飛び出し、賊数人がばらばらと駆け出した。 廃屋の陰から鳥銃を構えていた唐州馬は、冷静に敵味方を見分け、低く呟く。 「間抜けが、いい的だ……」 銃声が鳴り響き、一人がもんどりうって倒れる。外へ出ている賊は三人。これは仲間に任せてもいいだろう。 (相手は剣士として格上。正面からじゃ不利だな) ならば、と彼女は小太刀に持ち替えた。 崔はふと体が軽くなったことを感じ、目を走らせた先に六条が居り、彼が回復してくれたのだと知る。 自分に向かってくる二人の巨漢の一方に目潰しを投げつけ、一方が繰り出す弐連撃を擦り抜けるように回避し、その勢いをのせ、鎖の先の棍が唸りをあげて賊の腹部に打撃を与える。 目潰しを投げつけられた賊は、何とか片目を開き崔に切りかかろうとした。そのとき、あらぬ方向から白光弾が襲いかかった――掌ほどの小さなそれは、だが、術者の能力の高さ故――直撃された賊は抵抗かなわずそのまま昏倒した。 『白霊弾』を放った六条は、すぐさま扇子を翻し、『神楽舞「縛」』を舞う。 弐連撃を繰り出そうとしていた賊は急に押さえつけられたように動けなくなり、獣のような唸り声をあげ、渾身の力で抵抗を試みた。 今が好機と、崔は素早く七節棍を一部連結し、自身の気を身体に巡らせる。途端、彼の腕が『炎』に包まれた。 賊の鳩尾に棍を突き込んだ瞬間、炎が翼のように広がりけたたましい鳴き声を響き渡らせる。 凄まじい一撃にぐうの音も出さず、賊はそのままばったりと仰向けに倒れ込んだ。 「……ま、俺の技喰らったトコロでまず逝けねえから問題なかろ。二度と悪さ出来ない程度にぶっ壊れりゃ、自業自得ってコトで。上々じゃね?」 昏倒した賊を覗き込み、崔は飄々とした口調で独りごちた。 「……ほう、左利きか……」 佐藤の前に立ちはだかった賊は低く呟くと、大太刀をぞろりと抜き放つ。上段に構えるや否や、いきなり地断撃を放った。 「――っ!」 大地を粉砕して衝撃波が一直線に走る。 衝撃波の余波とともに石が礫となって襲い掛かってくるがかまってはいられない。佐藤は咄嗟に横っ飛びに回転して直撃を躱した。そこへ賊の凶刃が躍り掛かる。だが、大太刀は佐藤を掠めただけで地を叩いた。舌打ちして更に斬撃を繰り出す。 間一髪で体勢を立て直した佐藤は、『篭手払い』で二撃目を抑えると、間髪入れず大きく踏み出し片手突きを放った。 避けきれると踏んでいた間合いからの攻撃に賊の反応が遅れた。 佐藤の刃は相手の脇腹を斬り付け、さらに間合いを詰めた彼は含んでいたヴォトカを賊の顔に噴きつけた。 いきなりの目潰しを喰らった賊が吼えるように声をあげて仰け反る。 「きさま……ッ!」 そこへ、佐藤は金的目がけて容赦なく蹴りをくれてやった。 くぐもった呻き声をあげ、賊は白目を剥いて地に倒れこんだ。 「……場数踏んでんじゃねえのか、おい。……あたしの武器ぁ、汚え戦い方なんでよ」 佐藤はにやりと笑うと、刀を鞘に納め、崔や六条とともに捕縛にかかった。 あばら家に乗り込んだ龍牙は、人質を追って出ようとした賊の前に立ちはだかった。 「どけ、小僧!」 賊は龍牙の若さを侮り、怒声をあげると一刀のもとに切り伏せるべく上段から大刀を振り下ろす。 龍牙は柱でその攻撃を防御するようにするりと移動し、直後、『真空刃』を放った。 見えない刃の威力は凄まじく、賊はもんどりうって倒れ、驚愕と衝撃に命の危険を悟る。そして瞬時にこの場から逃げることを選んだ。 だが、龍牙の動きの方が早く、賊が跳ね起きた時には既に間合いを詰められ、目に映ったのは炎を纏った太刀――。 反撃する暇もありはしなかった。 凄まじい剣撃を受け、賊の眼前は暗転した。 屋内で地断撃を使うわけにもいかず、大振りの得物を振るうのは非常に困難らしい――動くに動けない苛立ちを隠そうともしない賊二人を相手に、巳は太刀の攻撃をするりと躱す。 擦れ違いざまに賊の足を斬り付けた。 その動きの先を読むように大刀を振り上げた賊の横合いから、白刃が襲い掛かる。 「……っ?!」 脇を走った刃の跡を追うように、紅い筋が出来上がった。 「この女……っ!」 賊は先刻の苛立ちをぶつけるかのように怒声を発し、薙ぎ払うように太刀を振る。が、それは白い壁に叩きつけられただけだった。 唐州馬は素早く体勢を低めて躱しざま、相手の肘を斬り付ける。 「自慢の得物は役立たずかい、ええ、サンピン崩れ」 唐州馬の言葉に激怒した男は太刀を振り上げ、両断撃を放った。 その大振りの攻撃をするりと躱した唐州馬は、『炎魂縛武』を発動と共に男の懐に入るや、小太刀の柄を深々と突き入れた。 「逃がさん!」 あばら家から逃げ出そうとするみはなたちを追い、主犯格の男が追ってくる。 「惟雪さん! みはなちゃんの事、ちょーっとお願いします。ここは、私にお任せ! ね? お姫様を捕えてた悪者は、どんな物語だろうと王子様に斃されるっていうのが鉄則だよね? だから、今だけ王子様って事にしてほしい、な!」 悪戯っぽく笑った楠木は、いきなり『三角跳』で中空から膝蹴りを繰り出した。 間一髪で仰け反って躱した男は、忌々しげに呻くと刀を薙ぎ払うが、楠木は躱しざまに手刀を放ち、間髪入れず小太刀を振るった。 みはなの目の前で人を深く斬り付けるようなことはしたくない――楠木のその戦い方をどう受け止めたものか、男は怒りに眉を吊り上げる。 「舐めやがって……っ!」 言うや否や、凄まじい速さで弐連撃を繰り出した。 そのとき、烏丸の元から幽霊が飛び出し、刀を振るう男に憑りついた――斬撃が楠木を襲うより早く、恐ろしい『声』が男の脳内に響き渡る。 「うが……ぅああああっ!」 「……これで怖いのはおあいこなのです……」 絶叫して刀を取り落した男に、烏丸が呟いた。 楠木は暴れる男に素早く近づき、徒手で動きを阻んですかさず峰打ちを叩き込み、昏倒させた。 ● 賊八人は開拓者らによって縛り上げられた。 「やれ、頑丈な相手で参っちまうな……」 唐州馬は呟き、ちらりと人質となっていたみはなの無事を確認すると、用は済んだとばかり賊どもを引っ立てて行く。崔がそれに同行した。 「今回の件、少々疑問に感じることがありますね。あれだけの手練れが揃っていて、単なる賊の一言で片付けていいものか……。それに奴らが持ってきたという鞘とやらについても……まあ、それを調べるのは僕たちの役目ではありませんが」 龍牙の懸念に、惟雪は頷いた――それを調べるのは惟雪であり、警邏隊の仕事だ。 「腹減ってんだろ、食いねえ……危険も顧みねえで暗号伝えんのぁ立派だがよ、手前を大事にすんのも親孝行てえもんだぜ。刺青してるあたしの言うこっちゃねえがよ……。ま、何にせよお疲れさん。待たせちまって相済まねえな」 月餅を渡しながらくつくつ笑った佐藤に、みはなは深々と礼を返す。 「ねね、みはなちゃん。私、カッコよかったかな?」 つつっとみはなの傍へ寄ってきた楠木がこそっと訊く。みはなは、自分よりいくつか年下であろう彼女に『ふふっ』と笑った。 「とってもカッコよかったわよ」 笑いあうみはなと楠木。 やれやれと呟いた惟雪に、六条が控えめに言った。 「差し出口とは思いますが、少しだけ。鋳物屋の裏で刀鍛冶……何か事情がおありとはお察ししますけれど、今回のような事、また起きる可能性は高いです。何かしら対策を立てたほうが宜しいかと思いますよ」 惟雪は困ったように笑う。 「あああ……ありゃあ、ただの趣味なんだよ。確かに六条さんの言う通りなんだが……。まあ、言ってみるよ」 そこへ、とてとてと駆けて来た烏丸が、惟雪とみはなを見上げて尋ねた。 「……シノビの人と人質さんはめでたしになるですか?」 「え……」 みはなは少し顔を赤らめ袖で口元を隠し、惟雪は絶句した。 巳が惟雪の傍ら、ごく低い声で言う。 「機嫌取りにゃぁ、花贈っとくのが一番かもなぁ」 「……おい、巳ぃさん……」 「……ま、花は枯れんだけどな。で、散るんだけどよ」 巳は惟雪にだけ聞こえるように言うと、金の目をにんまりと細めた。 「………………」 ――惟雪の腹が決まるのは、時間の問題かもしれなかった。 |