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■オープニング本文 月の鏡池――その池は古くからそう呼ばれていた。 清らかな水面に映る月の影を愛でた豪商が、小さな社を建て池を囲むように松や楓を植樹して、それは一服の絵のように美しかったという。 やがて長い年月の間に池も忘れ去られた。いつの頃からか『鬼が出る』と囁かれるようになり、現在にいたるまで付近の村の者は絶対に立ち入らない場所となっている。入った者は二度と戻ってはこないのだ。 あるいは、戻るつもりのない人間が入っていくのか‥‥ 今夜も、月が天空にのぼり青い光を地に落とす。 うつろな目をした男は、ふらふらと池に近寄る。その辺りに漂う不気味な気配もなにも、彼には感じられないようだった。 「‥‥どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって‥‥」 男の口から漏れたのは怨嗟。 どんよりと濁った水面に映るのは月の影と、闇の陰。男の目は、その闇に吸い寄せられるように釘付けとなる。 闇がゆうらりと立ち上り、おいでおいでする――纏わりつくような泥水の中へ、彼は入っていった。 翌晩、鎧を来た巨大な鬼が幽霊を伴って村を襲うという怪事件が発生した。 ● 絵師は茶屋の女将の話に耳を傾けつつ、団子をひとつ口にする。 伊堂まであと二日というところ。腹ごしらえにと立ち寄った街道傍にあるこの茶屋で鬼の話を聞いた。 「‥‥それで、その事件はいつ頃のことですか?」 絵師が尋ねると、女将は大きな目をくるりと動かして言った。 「つい二、三日前のことですよ! 襲われたのは小さな村だって言ってましたけど、難を逃れた人たちは別の村に逃げたんでしょうかねえ‥‥」 「なるほど‥‥。どうも、ごちそうさまでした」 「はい。まいど!」 絵師は立ち上がり茶代を渡すと、伊堂へと続く道を歩き始めた。が。 「ふむ‥‥月の鏡池、ですか‥‥」 呟き、彼は少し寄り道することを決めた。 村は人っ子ひとりおらず、粗末なたたずまいだけが取り残されていた。昼とは思えぬほどの薄暗さはなんだろうか‥‥。 絵師は歩きながら観察していく。村の中央を走る十字路に差し掛かったとき、まるで竜巻でも通っていったかのような惨状が目に入った。ところどころに散っているのは血痕か。 絵師はそれが来たのであろう方向へ歩いていく。 村の外れへと目をやると、あきらかに造園された場所だとわかる木立が見えた。その荒れた姿は寒々しいものがある。 (あそこに池が‥‥) そちらへ行こうと一歩足を踏み出したとき、後ろから太い声が呼び止めた。 「そっちに行ってはいかん。鬼に食われるぞ!」 振り向くと、髭面の恰幅のいい壮年が太い眉を吊り上げて絵師を叱りつける。彼は気を悪くした風もなく微笑んだ。 「では、やはりあそこに月の鏡池があるのですね」 「‥‥今は鬼が出る異界のような場所だ。とりあえず、こんなところをふらふら歩いていてはいかん。すぐに日が暮れる。来なさい」 絵師の旅装を見てとった壮年は、そう言ってすたすたと歩き始めた。 連れられて来たのは、先の村よりも大きかった。近隣の村が鬼に襲われたとあって、柵を設けたり警備を強化するなど対策をしているようだ。 鬼から逃げてきた人々は、村の端にひとかたまりになっていた。 「あ。然堂先生! やじろべえ、作れたよ!」 不安そうに座っている人々の中から、元気な子供の声が聞こえた。然堂と呼ばれた男は、『おう。後で持ってきてみな』と言って笑う。子供は嬉しそうに頷いた。 「先生‥‥というと、塾か何かの?」 絵師の問いに、男はいやいや、と手を振る。 「ただの医者だよ」 村の中ほどにその家はあった。村人の家とたいした差はなく、多少広いという程度だ。 然堂の知り合いだという村の長老は、絵師を見て『ほう』と声をあげた。 「お前さん、只者ではあるまい」 好々爺然とした相貌の垂れ下がる白い眉毛の下から、興味深そうに絵師を見つめる。 「いいえ。私はただの旅の絵描きです」 絵師の返答に『左様か』と言った長老は、それ以上彼を詮索することはなかった。ただ、気遣わしげに問いかける。 「して、お前さん、また何だってあの池へ行こうとしたんだね?」 「まさか、身投げじゃあるまいな!?」 横から然堂がぎょろりと睨むが、絵師は軽く笑って否定した。 「死ぬつもりなどこれっぽっちもありませんよ。ただ、見てみたかったのです。月の鏡と呼ばれるほど美しい池を――描いてみたかったのです」 絵師の言葉に偽りはない。それが判った老人と医者は顔を見合わせ、ため息を落とした。 「‥‥ひと昔前はな、そりゃあ美しい所じゃったよ‥‥いつ頃からか、入水する人間が増えて、地が穢れてしもうた‥‥」 「古い言い伝えのように、池が干上がってくれれば入水も何もできないんだがな‥‥」 然堂の言葉に絵師が反応する。 「干上がる‥‥?」 「うむ。子供の頃に聞いた話だが、何百年か昔、池の周辺の地が穢れたとき水が一滴残らず消えたそうだ。水の神の怒りだとか、精霊がいなくなったとか‥‥まあ、いろいろ伝わってはいるんだがな」 「そんな言い伝えが‥‥でも、鬼が出たのは今回がはじめてなんですね?」 思案しながら絵師が呟けば、長老が深く頷いた。 「昔から鬼が出るとは言われておった。鏡池の水面は月影を映し、同時に見る者の心を映すという‥‥裏側をな。清らな者は月影の輝きに目を細めるだけじゃが、邪な者は闇を見る。じゃが、それは人の心に巣食う『鬼』じゃな。その鬼が、とうとう本当の鬼を呼んでしもうたのじゃ‥‥」 人の心に巣食う、鬼―― 絵師は、長老の言葉をなぞるように呟き、す、と目を伏せる。 「‥‥では、もう開拓者ギルドへの要請はお済みなのですね?」 「無論だ。そろそろ使いの者がギルドへ飛び込んでおる頃だろう。間もなく開拓者たちが来てくれるはずだ。‥‥まあ、とりあえずお前さんは、今日は長老の家に世話になって、出立は明日にしたほうがいい。夜は物騒だ」 然堂と長老の気遣いに、絵師は礼を言って深々と一礼した。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
玉櫛 狭霧(ia0932)
23歳・男・志
カメリア(ib5405)
31歳・女・砲
ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)
48歳・男・志
リリアーナ(ib7643)
18歳・女・魔
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志
秋葉 輝郷(ib9674)
20歳・男・志 |
■リプレイ本文 昏い闇の中で、ソレは一度目を覚ます……そして、おもむろに手を伸ばし、一番手近にあった『幽霊』を掴むと、喰らった。 瘴気が吸収され、ぐ、と腕が盛り上がる。 本能的に危険を察知した四体の幽霊が逃げ惑うがそれには構わず、ソレはまた目を閉じた。 ● いくつかの篝火を手にして、然堂と長老が先に立ち開拓者たちを杜へと案内する。中天にあるはずの陽は雲に隠れ、原っぱは枯れた草が多く、彼らの足を止めるほどではなかった。 (駆け出しの身、先達の足を引っ張らぬようにせねば……) 雲行きの怪しい空を見上げ、神弓を背にした秋葉輝郷(ib9674)は心中呟く。手には柵用の白っぽい棒切れの束と槌。 「鎧鬼、ですか。村人さん達、怖かった……でしょうねぇ。頑張ります、ですね」 おっとりと口を開いた砲術士のカメリア(ib5405)は、はふ、と吐息した。 「よろしく頼みます。……しかし、三人も美人さんが来てくれるとは思ってなかったなあ」 然堂は、カメリア、魔術師リリアーナ(ib7643)、そして巫女の六条雪巳(ia0179)を見て、がはは、と豪快に笑った。途端、だれかが『ぶっ』と吹き出した。不思議そうな顔をする然堂に、ヴァレリー・クルーゼ(ib6023)が気難しげな顔で訂正を入れてやる――案の定、愕然とした然堂は、六条の美しい顔をまじまじと見つめたのだった。 「はい。私、男ですよ……?」 六条は苦笑して頷くのだが、 「……気持ちはわかる。あれが男だと……? いまだに信じられん」 ぶつぶつ言ったクルーゼ自身も、実は地味に衝撃を受けていた一人だった。 杜に入ったところで秋葉と玉櫛狭霧(ia0932)が『心眼』を使って生体反応を探ったが、自分たち以外の者を見つけることはできなかった。 「見る者の心を映す、月の鏡池……か。水面に映る月影は、さぞや美しかったのだろうが……心の闇まで映ってしまうのでは、穢れやすくもなるか」 お手玉を玩びながら、小さく苦笑を洩らしたのは玉櫛。リリアーナが杖を胸元で握り締めながら小さく頷く。 「月の鏡……とても美しい場所だったのでしょうね……」 「今はすっかり、寂しいばかりですが……。私はどんな風に、映るですかね……」 カメリアはリリアーナに賛同したあと、くすっと忍び笑いを洩らした。 打ち捨てられた杜は荒れ果て、植樹された木々も枯れている。満々とたたえられた水は黒く濁り、往時を偲ばせるものは何もない。 池のほとりに建っている小さな社も、かろうじて形を保っている程度。秋葉がそっと扉を開いてみたが、何も祀られてはいなかった。 久々に来たのだろう然堂も長老も、そのありさまを悄然と眺めていた。 「水鏡……絵巻や物語の題材にはうってつけですけれど……怨嗟の声がアヤカシを呼んだとあっては放って置くわけにもいきませんね。恨みつらみとともに空へ還って頂きましょう」 やさしげな相貌に憂いを浮かべて六条が言えば、眉間に皺を寄せたままのクルーゼがぶつりとこぼす。 「果たして心に鬼が住まわぬ者など居るのだろうか。妬み、怒り、悲しみ……誰しもがそんな名の鬼を飼い、どうにか折り合いながら生きているのだから」 (……そうだ。誰の心にも鬼は棲む。俺の心にも……。誰もが聖人君子という訳ではない。……だが、人間には良き心もある。一面だけを見て判断する事はできない) 藤田千歳(ib8121)もまた、池を見つめながら思う――だからこそ、彼の理想と、浪志組の義が、こんなアヤカシを放っておくことを許さないのだ。 それぞれで戦闘区域になるあたりを整備し始める。 そんななか、鎧鬼と幽霊が次に狙うとすれば、おそらく然堂たちが身を寄せている村になるであろう――然堂とクルーゼは枯れた杜から出た原っぱで何やら話していたが、鎧鬼を落とし込む穴の位置を決めたようだった。 杜の枯れ木に荒縄を張って足止め用の罠を作っていたリリアーナが、果敢にも穴掘りに立候補したが男連中に押し止められた。 縦横四尺弱の穴は玉櫛、秋葉、藤田と交代で掘りすすめ、クルーゼが時々腰を伸ばすのを六条が心配した。 「大丈夫だ。これしきのこと、心配には及ばない」 「……志体を持っておるからといって、腰痛を甘くみてはいかんぞ」 然堂の医者らしい言葉に、クルーゼは『む』としたものの、戦闘を控えている身でもある。大人しく交代したのだった。 ● 日が暮れ、月が雲に見え隠れする。村で待機していた開拓者たちは、蓋をしたカンテラの心もとない明りとともに月の鏡池へと行く。 出立前に、カメリアが以前の依頼で幽霊と対峙した時のことを語った。 「……悲しい、アヤカシでした」 そう、ぽつりと言った言葉が、妙に印象に残った。 前衛となる玉櫛、カメリアに六条は加護結界を施した。 雲は完全に月を隠し、揺らめくのは篝火と捻じれるような木々の影――『心眼』を発動させていた玉櫛と秋葉が、同時に『きた』と呟く。 それは、闇の中から闇が凝固して浮かび上がってくる……そんなふうにも見えた。 形作られた闇の塊――鎧武者のいでたちと、その頭部には二本の角――これが鎧鬼。 それに従うように出てきたのは四体の幽霊。 鎧鬼の首がこちらへ向いたときには、玉櫛は景気付けに梅干を口に放り込んで鬼に向かって走りだし、カメリアのマスケットが火を噴いていた。 「浪志組隊士、藤田千歳。参る」 言うや、一斉に向かってくる幽霊に『瞬風波』で一撃を加えた藤田は、駆け抜けざまに一体を消し去る。 藤田の瞬風波で生まれた隙を逃すはずもない。 「死してなお鬼に繋ぎ止められるとは哀れ。自由になるがいい。アヤカシの鬼からも、心の内の鬼からも」 クルーゼは『桔梗』を発動させ、降魔刀を一閃して幽霊を消滅させた。 残る二体の幽霊は迂回して攻撃しようとしたらしいが、低空飛行の足を荒縄に引っ掛けてもたつく。藤田とクルーゼが駆けつける前に連動して『呪声』を発した。不快な音が開拓者たちの耳を打つ――確かにそれは、カメリアが話したように自身に潜む不安と恐怖を煽るような声だった。 そのとき、呪いを跳ね返すような凛とした声が響いた。 「聖なる光の矢よ……貫け!」 リリアーナの言葉が具現化したような輝く光がまっすぐに一体を貫き、秋葉の弓が炎を纏い、放たれた矢が最後の幽霊を貫いた。 六条の神楽舞がほの暗い闇の中で光を放つようだった。舞は確実に仲間の攻撃力を付与している。 巨大な鎧鬼の振るう薙刀が玉櫛の胴に襲い掛かる。咄嗟に『村雨丸』で受け流したが、じん、と手が痺れるほどの威力だった。思わず顔をしかめた彼に間髪いれず鬼の爪が襲い掛かり、咄嗟に身をかわしたものの紅い筋が頬に浮かび上がった。 「……逃がしません、ですよぅ」 追撃するようにカメリアの砲撃が鎧鬼の具足の隙間を打ち抜く。 唸り声をあげた鬼へ、さらに藤田の『銀杏』と『居合』が間接部を狙って繰り出され、右の篭手を断ち切った。ぶん、と重い音とともに、巨大な薙刀が彼の鼻先を掠めていく。 「玉櫛さん、大丈夫ですか」 六条が駆け寄り、怪我を負った玉櫛に『閃癒』を施す。彼はにこりと笑って六条に礼を言い、梅干を口に放り込んで戦線に駆けて行った。 落とし穴の向こう側には秋葉が立てた柵がある。後衛の三人は、杜の外へ移動しはじめる。それを確認した鎧鬼の動きが一瞬止まる。だが、アヤカシの退路をふさぐようにクルーゼが『桔梗』を発動させ、牽制する。 四人の連携により、鎧鬼は完全に杜から出た。篝火が揺らめき、鬼の影法師も不気味にうごめく。 一瞬の隙をついて接近した玉櫛が『雪折』で鬼の脇を裂く。彼を掴もうと一歩踏み出した鬼の足が、穴の中に落ち込んだ。同時に、穴底に撒かれていた撒菱が足裏に食い込む。 リリアーナのが杖をかざし『フローズ』を発動させた。 「これ以上、この地を穢す事は……許しませんから」 鬼の周囲の空気が凍りつく。氷の刃はアヤカシに纏わりついて動きを鈍らせた。 秋葉がすかさず鬼のもう一方の足に『炎魂縛武』で矢を放つ。足首を攻撃されアヤカシの体躯が大きく傾いだ。 「踏ん張りが効かねば武器など振るえないだろう? 思う様に立ち回らせてなどやらぬ」 次いで、藤田の居合が鎧鬼の手首もろとも薙刀を宙に飛ばした。大きく開いた鬼の懐へ入ったクルーゼの刀が、紅い燐光を纏って美しい弧を描く。 紅葉のような燐光が飛び散り、鎧鬼の首が地に落ちる――巨大な瘴気の塊が宵闇に霧散した。 そして、杜で彼らが目にしたのは、完全に干上がった池の跡だった。 ● 村は喜びにわいてお祭り騒ぎである。 開拓者たちと二つの村の村長、然堂含む数人が月の鏡池へ来ていた。 「……見事に、何も残ってないな……」 然堂がぽつりとこぼす。 入水した人の骨があれば引き上げるつもりだったが、池の底には何も残っていなかったのである。アヤカシによって吸収されたのか、はたまた別の理由があるのか、誰にもわからない。 そこにはただ、大きな窪みがあるだけだった。 それでも、ここで命を落とした人間が多くいたことに変わりはない。 「……暖かい土に還ってゆけますように」 カメリアがそっと祈るように呟く。リリアーナが村から持ってきた花を小さな器に差して供えると、静かに礼をした。 「どうか……安らかにお眠りください。苦しむ事の無いよう……静かに、眠れますよう……」 玉櫛と秋葉の提案でここを整備し、きちんと祀ることを決定した村は、開拓者らの立会いの下、二村が共同で管理することも取り決めた。 そして、村人たちとともに、六条の指揮で弔いの儀が執り行われた。 さわさわと風が通っていく。 月は雲の間に見え隠れしていた。 黒い断着けに網代笠の男が夜の原を歩いている。向かっているのは杜――枯れた木々の間を抜けると、小さな社が見えてきた。 開拓者たちがアヤカシを討伐したあと、池の水が干上がっていたのだと聞いた。 池に水を引くといってもここは原の真ん中。汲んで運ぶにしても重労働になるだろう……ひょっとしたら、水の無い窪みのままになるかもしれない。 いずれにせよ、きちんと管理されればアヤカシが集まるようなこともなくなるだろう。 「……残念だが、まあ、それも良いかもしれないな……」 男は呟きながら窪みのほうへ歩いていく。 ふっと、雲が切れたとたん、光が踊った。 「――っ!」 彼は……彼にして、己の目を疑った。 満々とたたえられた透明な水―― 「……これは……」 掠れた声で呟き、池の辺に駆け寄る。 一晩とたたずこれだけの水が満たされるとは……。 やわらかな風が水面に漣をおこす。ゆらゆらと金の円盤が揺れ、波がおさまるとそれは、天空の月をそのまま地に降ろしたような――月の水鏡となった。 彼はしばらく、その風景に目を奪われていた。 ――そして。 水面に落ちているのは木や社のくろぐろとした影…… 突如。 水面で揺れていた闇が、意思あるもののように蠢くと、みるみるうちに形を成して伸び上がる。 ソレは月光を遮るほど巨大化し、牙を剥いて男に襲い掛かろうとした。 ――が。 彼はすっと手を伸ばし、ソレを真っ直ぐに見据える。 「……己の闇がいかに醜い鬼であろうとも、私は目を反らすわけにはいかない。私は……絵描きだから」 彼の指先で、闇は消えてしまった。 しばらく、絵師はその場へ佇み、見たものを帳面へ書き写した。 ふと気付いたように独りごちる。 「……ここは、おそらく……。まあ、もしそうなら非常に稀なことでもある。わざわざ言い立てるような無粋もあるまい」 何事かに気付いたらしいが、楽しげに笑うと然堂がいる村へと引き返した。 池が再生したのは開拓者たちがアヤカシを取り除いてくれたおかげだ。開拓者ギルドへ伝えてもらえれば、またいつか立ち寄ってくれることもあるだろうから……。 了 |