【鈴蘭】探風
マスター名:昴響
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/17 21:33



■オープニング本文

●石鏡からの招待状
 その日、五行王・架茂天禅(iz0021)は石鏡からの勅使が来たと知らせを受け、隣国とは言えそうあるわけでもない事態を鑑み五行国の警邏隊総指揮官である矢戸田平蔵を伴って面会に赴いた。
 ――が、勅使と紹介された『彼女』の顔を見た途端に五行王の眉間の皺が増えた。
 平蔵に至っては目を丸くした後で五行王を見遣り、思わず吹き出しそうになってしまって慌てて顔を背けるという状態。
 五行王は問う。
「……此方が勅使か」
 そう彼に伝えた役人は頭を垂れて「はっ」と肯定の意を示すが、王の様子がおかしい事には気付いていた。何か問題があっただろうかと内心で戦々恐々としていた彼に、王は深い溜息の後で告げた。
「隣国の王の顔ぐらい覚えておけ」
 役人、固まる。
 再び溜息を吐く五行王に、勅使――そう自ら名乗った女性はとても楽しそうに笑った。
 石鏡の双子王が片翼、香香背(iz0020)。その背後では側近であり護衛でもある楠木玄氏が強面に呆れきった表情を浮かべていた。


 役人達を下がらせ、五行王と石鏡王、平蔵と玄氏が向かい合って座す応接間。
「王自らのお越しとは火急の用か」と尋ねた五行側に対し、石鏡は「『あの』五行王が可愛らしくなられたと聞いたので直にお目に掛かりたくて」と笑顔。ゆえに場の空気はピリピリしている。……五行王が一人で不機嫌を露わにしているだけなのだが。
 おかげで話は彼を除く三人で進められていた。
 真面目な話をするならば、石鏡側は先の戦――五行東を支配していた大アヤカシ生成姫との大戦において様々な傷を負った五行の民を、数日後に控えた『三位湖湖水祭り』に招待したいというのだ。
 もちろん招待と言うからには石鏡側で飛空船を準備し送迎を行う。
 これから開拓者ギルドにも話を通し、当日の送迎警護や現地警備を依頼して来るつもりだ、と。
 それ故に五行王の許可を得るため石鏡王は自らやって来たようだ。
「湖水祭と言えば三位湖畔に咲く彩り鮮やかな花の美しさも見どころの一つでしたね」
「ええ。今の時期は、特に鈴蘭の慎ましやかな美しさが湖の青と合わさって……」
 平蔵の言葉にそう返した石鏡王は、しかしふと気付いたように意味深な笑みを覗かせた。
「そういえばこんな話を御存知? 鈴蘭は恋人達に幸せを運んでくれる花なのですって。五行王も矢戸田様も意中の方がいらっしゃるのでしたら、是非」
 十四と言う幼さで王になった娘もすっかり年頃の娘になったかと思いきや、他人をからかう笑顔は一端の女性である。
 平蔵が笑って誤魔化す傍らで、五行王はふんっと鼻を鳴らして一蹴だ。

 ――その後、生成姫の消失によって起きた異変。
 一度は石鏡の貴族、星見家の助力を得た事への感謝や、調査の進捗状況。神代に関しての話題もありつつ、王達の会談は恙なく終了したのだった。


●三位湖湖水祭り
 石鏡を天儀において尤も豊かな国とした最大の恵み――それが国土の約三分の一を占める巨大な湖、三位湖である。
 毎年6月の上旬に催される湖水祭りでは、水辺を散策してその恵みに感謝し、特設舞台では音楽隊や踊り手達が楽しい演舞を披露する。
 また、首都安雲から安須神宮へと掛かる橋の上、巫女達が舞い踊る中央をもふら牧場の大もふ様をはじめとしたもふら様達が大行進するという。
 例年は石鏡の民が楽しむための行事だが、今年は五行の民にも笑顔をという願いを込めた招待状が送られたことで、この警備、警護の依頼が開拓者ギルドに張り出された。


 石鏡王宮の一画、国賓の間から三位湖を望めば、湖畔に咲き誇る鈴蘭が見える。それは緑の絨毯に真珠をちりばめたようだ。
「ほう、見事だな」
 平蔵が呟くと、五行王が面白くもなさそうに言った。
「鈴蘭か……ふむ。あの赤毛の娘……朱真といったか。探して来い」
「……朱真を? なぜ」
 怪訝そうな顔をした平蔵には見向きもせず、五行王は思案しつつ呟く。
「ああ、丁度いい。この際だ。あれもそろそろ……」
「……お前、人の話聞いてるか?」


●安雲へ
 朱真(iz0004)が、三位湖湖水祭りに五行王と五行の民が招かれたというのを聞いたのは歴壁の温泉宿だった。
 五行王が石鏡に来るなら、側近である平蔵も来るだろう。
(ちょうどいい。久々に顏を見にいってやるか)
 ――というわけで、朱真は歴壁からまっすぐ安雲へ飛んだのである。
 安雲はすでに祭り気分で浮足立っており、設営の準備やら屋台の準備やらで人々は駆けずり回っている。目を転じれば、いち早く飛空船から降り立った五行の人々が三位湖の巨大さに感嘆の声をあげたり、安雲の風景を楽しんだりしていた。
 朱真はそこで、はた、と足を止めた。
(……来たのはいいけど、平蔵ってどこにいるんだ?)
 以前会ったのは、五行の白虎寮――それは彼がギルドを通して朱真を呼び出したからである。
 今の今まで忘れていたが、五行王は『王』であり、その側近である平蔵も警邏隊総指揮官という大層な肩書を持っている。つまり、おいそれと会える人物ではないのである。普通は。
 彼女は警備の依頼を受けたらしい開拓者を掴まえて、尋ねてみた。
「五行王が泊まってる宿とか知らないか?」
 開拓者は目を丸くして朱真に言う。
「宿じゃなくて王宮じゃないのかな? 五行王は国賓だろうから」
「……そうだよな、やっぱ……」
 朱真は情けない顔をした――彼女が石鏡王宮の門を叩いて平蔵の友達(?)だと言ったところで、門衛が信じるわけがないのである。かといって王宮に忍び込むわけにはいかない。
 けれど、せっかく安雲まで来たのだ。このまま帰るのはもったいない気もする。
 うーん、と腕組みして唸った朱真に、開拓者の一人が言った。
「国賓なら石鏡の王と祭りを見に、どこかへ出てくるんじゃないかな?」
「そうか……。王様たちが祭りを見に来る場所ってわからないか?」
 朱真の問いに、彼らは首を振った。
「……? 五行王に会いたいの?」
 一人が面白そうに問う。
「え? ああ、いや。平蔵……矢戸田平蔵って奴だよ、側近の。まあ、会えなきゃしょうがないか……」
 朱真のぞんざいな言葉に開拓者たちは呆れ返ったが、別の一人が首を傾げた。
「その側近てあんたの『男』?」
「……?! ち、違う……っ!」
 とんでもない発言に真っ赤になって抗議した朱真に、開拓者たちはにやにや笑う。
「よし、わかった。あんたの恋路に協力してあげるよ」
「警備だけなんて退屈してたとこだしね」
「ちょ……、待て! 俺は何も……!」
 開拓者たちは嬉々として相談を始める。朱真は大慌てで誤解を解こうと懸命に言葉を探した。
「いーからいーから。俺達に任せとけって。ちゃんと側近殿に合わせてやるからな」
「……おい。だから……」
「まずはルートを探るトコからか?」
「連絡手段はどうする?」
 半ば呆然とする朱真をよそに、開拓者たちは矢戸田平蔵を探す算段を立て始めた――


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ヴィクトリア(ia9070
42歳・女・サ
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
サフィリーン(ib6756
15歳・女・ジ
天青院 愛生(ib9800
20歳・女・武
アリム(ic0501
14歳・男・ジ


■リプレイ本文


(同じ精霊の助けを借りる者、という事では巫女と武僧は近しいですが、華やかなこういった祭りを成す点では東房とは少々違いますね。やはり魔の森の有無は大きいのでしょうか……)
 天青院愛生(ib9800)は、『湖水祭り』に湧き立つ街の雰囲気を感じ、独りごちる。そして、警備の詰所へと赴く途中で朱真たちに会った。
「朱真お姉さん、温泉楽しかったよ。ありがとう! 会いたい人がいるの? じゃあ一肌脱いじゃうね!」
 サフィリーン(ib6756)は歴壁の温泉から直行でこちらの警備に来たらしい。朱真に嬉しそうに言う。
「見つかるといいですね……頑張りましょう」
 同じく歴壁からきた柚乃(ia0638)も、どんどん増えていく街の往来を見て自分が迷子にならないようにせねば、と思った。
「そかそか、恋しい奴に逢う前に温泉で肌磨いて来たんだな〜」
 羽喰琥珀(ib3263)がにやにや笑って朱真をからかうと、
「誰が恋しいんだ!」
 彼女は琥珀の片頬をむにっとつまんで逆襲する。
(おやおや、随分と面白そうな話になっていますね。会いたいというなら会わせてあげるのが人情というもの……まあ、人が幸せになれそうならなおのことね……)
 彼らの会話を聴いていた長谷部円秀(ib4529)も加わった。
「私も一肌脱がせてもらいましょう……野次馬根性ではないですよ?」
 柔和な微笑みを浮かべて言い添える円秀だが、本音のところは『面白そう』なのだからたいして変わりはないだろう。
 ヴィクトリア(ia9070)は人出が増えてくる通りを眺め、
(まあ、賑やかしい祭りの最中であるし、偶にはその騒がしさに身を委ねて思い思いに浸ればいいと思うさね。増してや惚れたはれたは若人同士の世の習いという奴で……あたいはもう既に枯れた身の上だけども)
「なーに、心配しなさっても大丈夫さよ。色々皆がついてるさに!」
 明るく言って朱真の肩をバンバン叩く――どうやら彼女も誤解しているようだ。
 尤も、みな警備の合間を縫って協力してくれるのだから、遊び半分でいてくれるほうが朱真としても気は楽だ。……そう思うことにした。



 『湖水祭り』での開拓者たちの警備は、石鏡警邏隊に比べると格段に自由がきいた。警邏隊は要所の定位置に居らねばならないが、開拓者たちには自由に動き回って曲者を抑えてもらう方がいい――そういう考えでもあるようだ。
 今回はギルドではなく、警備を請け負った開拓者たちの詰所を拠点として動く。また、ここには石鏡の双王が祭りを見に来る道順が記された地図もあった。しかし、詰所に常駐する警邏隊の男は苦笑して『有って無きが如し』だと教えてくれた。つまり、その気まぐれ故に石鏡王がそこに来るかどうかはわからないのだ。

 矢戸田平蔵――五行軍(警邏隊)総指揮官。三十二歳。サムライ。身長六尺六寸。筋肉質のがっしりとした体形。鼻梁高く引き締まった精悍な相貌。おそらく五行国の平服……狩衣を着用していると思われる。

 捜索に加わった菊池志郎(ia5584)は、柚乃の描いた矢戸田平蔵の似顔絵を見ながら驚いたように言う。
「偉い人だったんですね……じゃあ平蔵さんじゃなくて矢戸田様とお呼びすればよいでしょうか……」
 常識的には彼の言う通りだが、平蔵の性格からして呼び方にこだわることはないだろう。
 一方、アリム(ic0501)は賑わい始めた通りを眺め、今日は他の掏摸も仕事をしたくなるだろうと思った――何故なら、彼も掏摸だからだ――今回は同業者を捕まえつつ人探しが仕事だ。
 彼らは二班に分かれて警備と聞き込みに行くことにした。
 志郎が朱真へ問う。
「朱真さんは、どちらかの班と一緒に動きます? 時間と場所を決めておいて、後で来て下さっても。……お任せしますね」
 微かに笑って愛生が言い添えた。
「じっと待たれる性分でもございませんか……落ち合う場所はこちらの拠点でどうでしょうか。……念のため、ここにも矢戸田殿の特徴、顔立ち、背格好などを書いたものを残しましょう」
 朱真はちょっと考え込む。一緒について回ってもいいが、それでは彼らの仕事の邪魔になる。
「着いて行くのはやめておく。その代わり、定期的にここへ戻るようにするよ」
 サフィリーンが詰所の警邏番に警備の行動範囲を申告し、『じゃあ、見回り行って来ます』と声をかけた。
 詰所を出ていく際、琥珀が朱真を呼び止めてこっそり聞いてくる。
「実のとこ、朱真は平蔵のことどう思ってんだ?」
 からかっている風ではないので、朱真は困ったように笑った。
「好きか嫌いか訊かれたら、嫌いじゃないし……今回も単に、久々だから顔を見てやろうと思っただけなんだけどな……」
 琥珀はしばし朱真を見つめると、頷いて警備に駆けて行った。


 どん、どん、という太鼓の音が響く。そろそろ安須神宮の橋の上をもふらさまたちが大行進するというので、大もふ様の姿を一目見ようと人々は押し合いへし合いだ。噂に違わぬ人の出で、うっかりしていると人波に攫われてしまいそうになる。
 女性にしては長身のヴィクトリアは人々の頭の上から湖畔を視認する……が、屋台の立ち並ぶ道もさることながら、鈴蘭の咲き乱れる湖畔も大勢の人で賑わっているため、ここからではそれらしい人物を見分ける事はできなかった。 
「おじさん。このあたりでこんな人見なかった?」
 サフィリーンは柚乃が描いた平蔵の似顔絵を屋台の男に見せる。
「へえ、男前だねえ! うーん、俺は見てないけど……体格はいいのかい? それなら目立ちそうなもんだが」
「そう……ありがとう。こっちには来てないのかな……?」
 サフィリーンの呟きはいきなり上がった怒鳴り声にかき消された。
 喧嘩騒ぎか、人の輪ができている。
 サフィリーンは『ナハトミラージュ』で近づくと、鞭を振るって両者の膝に一撃ずつ加えた――二人は原因不明の痛みにぎゃっと叫び、膝を抱えて座り込む。
「折角のお祭に喧嘩はよくないよ?」
 サフィリーンはにっこり笑って二人を見下ろした。そこで初めて彼らは少女の存在に気が付いたらしい。
「なんだ、お前……」
 鞭を持つ少女に喰ってかかろうとしたものの、大勢の見物人たちが面白そうに成り行きを眺めているのを見て言葉を飲み込んだ。
 二人の男は互いに悪態をつきながら、衆目から逃れるように逃げ出した。
 開拓者ギルドへ立ち寄った柚乃は職員に伝言を頼む――無論、ここはこっそり『ヴィヌ・イシュタル』の効力に頼らねば。
 職員は平蔵の似顔絵を見て、『あっ』と声をあげた。
「この方でしたら少し前に、朱真さんが今どこにいるかと訪ねてこられましたが……」
「本当ですか。なにか言伝はありますか?」
 柚乃は勢い込んで尋ねたが、職員は『いいえ、なにも』と、首を振った。
(……二人が再会できますように……)
 柚乃は幸運の女神に祈りを捧げた。

 安須神宮の橋の上で巫女たちが舞っている。
 愛生の錫杖が澄んだ音を響かせ、仲間を誘導するように進んだ。彼女もまた視認で平蔵を探すが、何せこの人出である。
 錫杖をつくたび、涼やかな音色が広がっていく――この音が平蔵の耳にも届けば、と思う。
(……巫女の聖地にて武僧の象徴である錫杖が鳴る……)
 これもまた不思議な縁といえるかもしれない。
 琥珀が尋ねた警邏隊の一人が、半刻ほど前に平蔵らしき男が湖畔に向かっているのを目撃していた。
 アリムはふと、前方からするする近づく人物に気づき、獲物となる者も同時に察知する。掏摸が女連れの男にぶつかり、財布を抜き取った瞬間、アリムの手が掏摸の手首を掴んでいた――。
 掏摸を取り押さえたアリムは警邏隊に引き渡し、ほどなくもう一人を連れて来た。開拓者とはいえ小柄な少年が玄人掏摸を二人も連れてくるのに警邏隊員たちは目を丸くした。
「蛇の道はへ……こほん。それはそれとして、矢戸田さんを見掛けませんでしたか。掏摸を捕まえていて気付いたことを、直接お耳に入れたく」
 アリムはおっとり笑ったあと、重大事でもあるかのように声を低める。
 警邏隊の面々はいくつかの地点でそれらしい人物を見掛けたと教えてくれた。
 一方、志郎は人ごみの中から子供の泣き声を耳にする。見渡すと、屋台の途切れた場所で、擦りむいたらしい膝を抱えている少女を発見した。
「大丈夫?」
 志郎が覗き込むと少女は傷だらけの顔をあげた――どうやらこの人ごみの中で転んで通行人に引き摺られてしまったようだ。
「これはひどい……」
 傷を見た志郎は小さく眉を顰めて呟き、『神風恩寵』で怪我を治してやると、少女はびっくりしたように膝を覗き込む。
「……すごい、治っちゃった! おにいさん、ありがとう!」
「どういたしまして」
 ぺこりと頭を下げた少女に手を振って、志郎は人の波に戻っていった。
 
 時間的に、一度拠点に戻らなければならないだろうと思いつつ、湖畔を見渡す面々……。
 愛生の錫杖がシャン! と鳴り響いた時、群生する鈴蘭を見ていたらしい人々の中、頭一つ抜きん出た男が振り返った。
「……! 矢戸田殿……?」
「あーっ! いたーっ!」
 愛生の呟きと重なって、琥珀の叫び声が響き渡った。
 平蔵は見知った顔――愛生と琥珀だ――を見つけて、気軽に『よう』と手を上げた。



 初対面の志郎、アリムと簡単に挨拶を交わし、朱真が平蔵を探していると言うと『何かあったのか?』と訊いてきた。
「歴壁で五行王と平蔵がここにくるのを知って、顔を見に来たんだと」
 琥珀がさらっと言う。それへアリムが付け加えた。
「朱真さんは詰所の辺りにいますよ」
「そうか。丁度いい。俺も探していたところだ」
 詰所へ向かう道すがら……
 琥珀が平蔵の袖を引っ張って、なぜ朱真を探しているのかと尋ねると、平蔵は五行王に言われたからだと応える。
「……もし、王が朱真に何かを強制したら、平蔵はどうする?」
 琥珀の問いに、平蔵は面白そうな顔をした。
「あの娘が王の命令を素直に聞くと思うか? ……神代の娘に降りかかった難が納得できなくて御所にまで忍びこむような娘だぞ? ……まあ、ハラハラすることもあるが、見てて面白い奴だな」
「……知ってたのかよ」
「無論。……同行した中に、お前と天青院殿が入っていたこともな」
 琥珀の呟きに平蔵はにやりと笑ってみせる。
 ――そして、彼らは詰所へと辿り着いたのだった。

 別班の四人が平蔵を伴って詰所へ戻る少し前。
 一足先に戻っていたヴィクトリアや円秀は地図を見ながら得た情報を記していく。
 そして。
「朱真ちゃん、折角のお祭りだし浴衣とかどうですか? 一人浴衣がイヤなら、柚乃も一緒に着ますっ」
 柚乃の提案に、サフィリーンが目をきらきらさせて言った。
「私も着たい! 朱真お姉さん、一緒に着ようよ! 髪も編み込んで星屑のヘアピンでアレンジしたら綺麗だよね!」
 きゃっきゃとはしゃぐ少女二人を前に、朱真は苦笑とともに頷いた――浴衣を着て戦闘するわけではないしな、と思いながら――。

「……宿の浴衣より窮屈だな……」
 朱真はきっちりと締められた帯を触りながらぼそりと言った。
「あれは寝間着ですから」
 柚乃が笑う。
「みんな、よく似合ってるさよ」
 待っていたヴィクトリアは娘三人に目を細めて笑う。そして、平蔵が見つかったと告げた。


「ほう、艶やかだな」
 詰所の椅子に腰かけていた平蔵は、入ってきた朱真たちを見て褒めた。
 実は、琥珀は平蔵にも浴衣を着ろと言ったのだが、『動きにくい』といって嫌がったのである――彼の役職柄、持ち歩いている得物は腰の太刀だけではない。他国の祭に出歩いて万一賊の凶刃に倒れたとあっては軍を預かる指揮官として、否、武人として失格だろう。何より、そんなことにでもなれば石鏡五行の両国間に亀裂が入る事にもなりかねず、それは絶対に避けなければならない――これが本音だ。
「お二人会えたことですし、僕は警備に力を注がせてもらいますね」
 アリムはおっとりと告げ、詰所を出ていく。それへヴィクトリアも続いた。
(これも縁、だから朱真さんには躊躇わずに向かってほしいな)
「……じゃあ、俺も警備に戻ります」
 志郎は穏やかに微笑って外へ足を向ける。
「朱真殿、矢戸田殿。私もこれにて」
「ありがとな、皆」
 朱真は彼らに礼を言って見送った。
 かたや、琥珀は平蔵に何やら紙切れを渡している。
「祭りの名所を聞いてきた。朱真と行ってこい」
「至れりつくせりだな、おい」
 平蔵の軽口に、琥珀は少し考え、言った。
「……いざとなったら朱真を助けてやってくれよな」
 平蔵は軽く瞠目し……微かに笑った。
「ああ……俺のできる限りは」

「この先のために平蔵さんの連絡先、聞いておくと良いよ。次へ繋ぐの大事!」
 サフィリーンの言葉に朱真は二、三度瞬きする……が、『そうだな』と頷くにとどめた。
「……朱真ちゃん。誤解を招く言動には気をつけた方がいいかも……」
 柚乃もまたこそこそっと言い添える。が、実のところはどうなのだろう? と内心、小首を傾げてもいたのだが。
「ん、気をつける……」
「おーい、朱真。せっかくだ。少し歩くか」
 平蔵が屈託ない様子で、『こいこい』と指を曲げるので、朱真は友人たちへもう一度礼を言うと、慣れない浴衣と下駄に苦心しながら詰所を出て行った。


 ――さて。
 平蔵に会いに来たのは確かなのだが、何を喋っていいのか分からないので、とりあえず平蔵が自分を探していた理由を尋ねてみる。五行王に言われたのだと聞いて、陰陽寮に何かあったのかと思ったがそうではないらしい。
 逆に平蔵から問われた朱真はしばし悩んだものの、正直に話すことにした。
「歴壁で五行王と五行の民が祭りに招かれたって聞いたから、久々に顏見てやろうと思って……なんか、思ったより大がかりになったけど……」
 なるほど、と呟いた平蔵は、ちょっと悪戯っぽく言う。
「天禅に会いたいなら、石鏡王宮に連れて行ってやるが?」
「いい! それはいらない!」
 『王宮』と聞いて思い切り首を振った朱真を見て、声を立てて笑った平蔵だったが、すぐさま苦笑に変わる。
「こら。ばたばた頭を振るんじゃない。せっかく結い上げて貰ったのが崩れるだろう」
「…………」


「……ん〜。何気にいい雰囲気になってるか〜?」
 二人から距離をとって後をつけていた琥珀が、物陰に隠れながら呟く。
「よかった」
 柚乃が小さく頷くと、うんうん、とサフィリーン。
「……飴細工、食べたいな……」
 ぽつりと呟いたサフィリーンに、柚乃が『食べましょうか』と誘う。
「わーい、鈴蘭のがいいな♪」
「あ。俺も〜」


 夕暮れになっても人の波はおさまらず、あかあかと連なる提灯が藍の空をぼんやりと明るく照らす。湖から涼やかな風がときおり駆け抜けて、ほんの少し祭りの熱気を静めていった。
 
 石鏡三位湖の『湖水祭り』は例年に比べ賑々しく、また大きな事件もなく穏やかに幕を閉じた。