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■オープニング本文 ● 石鏡陽天の南に位置するもふら牧場――九霄瀑泉から流れる川が牧場内を緩やかに通り、それは三位湖へと注ぐ。また点在する清らかな泉のいくつかは、もふらさまたちの憩いの場所となっていた。 『ふう〜暑いのう。瓜介、はよう帰ってかき氷を食べようぞ』 体長六尺近い巨体に淡藤色のもふらさまを『磊々さま』(iz0278)という。豊かな襟毛と長い尻尾は、冬はともかく夏は暑そうだ。しかも、もふらさまは水に浸かれない。水を弾いてプカプカ浮いてしまうのだ。 「かき氷には少し早い気がしますけど……何か冷たいものを探してみましょうか」 牧童の瓜介は苦笑して応えた。 前年に比べ雨が少ない気もするが、川の水は満々として流れ、これはとりもなおさず九霄瀑泉の恵みの豊かさを物語る。 『磊々殿〜瓜介殿〜』 『おや? カワウソ殿ではないかえ』 磊々さまが向こうから黒光りする生き物を見て呟いた。 『いや〜お暑うございますなあ〜お二方ともお元気そうでなによりでございまする』 カワウソは小さな手をぱたぱたさせて言い、磊々さまが首を傾げて尋ねる。 『そなたも息災そうで何より。して、今日はいかがした?』 「はい! それですが、わが九霄瀑泉では蛍が多く羽化しましたので、磊々殿にもご覧いただこうとお持ちした次第でございます』 『蛍とな!』 磊々さまが歓声をあげる――いつのまにやら、カワウソの後ろに十匹のお供が小さな虫篭を持って立っていた。虫篭の中には蛍が十匹ずつ入っている。 瓜介が虫篭を覗き込んだ。よく見ると蛍の黒い前胸に雫のような金の斑がある。 「珍しい模様の蛍ですね」 『その蛍は『悲恋蛍』と申します』 「……悲恋、蛍……」 ぽつりと呟いた瓜介に、カワウソは由来となった蛍のおとぎ話を教えてくれた。 昔、一匹の蛍の精が一人の人間の男に恋をした。 闇に舞う自分を男はたいそう喜び、慈しんでくれたからだ。 そんなある日、男は恋人を連れて現れた。 蛍の精はあまりのことに激しく動揺し、悲しい思いを抱いた。 そんなこととは知らない男は、闇に向かって蛍に呼びかける。蛍の精は深い悲しみにどうしても体が動かなかった。 けれども、男の寂しそうな顔を見て羽を広げると川面に向かってふわりと飛び立った。 恋人たちはその美しい蛍の姿をほめ、いつまでも眺めていた。 大満月の夜、蛍の精は心を悲しみでいっぱいにしたまま、その命を終えようとしていた。 そこへ月光とともに降りてきた精霊が、蛍の精のけなげな美しい心を讃え、命を吹き込んだ。 その瞬間、蛍のからだがふるふると震え、ふわりと飛び立った。 精霊に命を吹き込まれた蛍は、まるで小さな紅色の蓮華のように光り輝いたという。 『……ですから、この悲恋蛍は、別名『緋蓮蛍』とも申します。……もう数日もすれば大満月……この中のどれかが緋蓮蛍に変わるかもしれませぬな』 カワウソはそう言ってニンマリと笑うと、 『しばしこちらに放ちまして、五日後迎えに参ります故、それまで蛍の舞をお楽しみくだされませ』 一礼してお供達と一緒に帰って行った。 ● 百匹の蛍が闇の中で舞う姿はそれは美しく、牧童たちも大喜びでその美しさを楽しんだ。 そして、三日目の夕刻、瓜介が異変に気が付いた。 「……あれ? 磊々さま、何か蛍の数が減ってませんか?」 『む? ……そう言われれば……昨晩に比べると半減しておるな』 「ですよね……どうしたんでしょう……?」 そこへとことこ駆けて来た小さいもふらさまが言った。 『ライライサマ、きのうの夜、誰かがホタルをつかまえてたもふ……』 「えっ!?」 『それは真か、チビ?!』 『まこと、もふ。見たもふ』 「牧場に忍び込んで……? もふらさま、何人くらいでしたか?」 『んっとー、大きいのが五人、ちょっと小さいのが一人』 『痴れ者共め! 精霊からの預かりものを何と心得るっっ! わらわが成敗してくれるわっ!』 磊々さまの怒髪天をつく大絶叫が牧場に響き渡る。 「落ち着いて、磊々さま。とにかく今夜はこのあたりで番をしましょう。……でも、盗まれた蛍たちを早く取り返さないと死んでしまうかもしれません」 瓜介が心配そうに言う。 蛍を盗んで行った者たちがどちらの方向へ逃げたのかはわからないが、売るつもりなら陽天へ向かうかもしれない。 また、その日、陽天に使いに行った牧童が街道辻で蛍売りを見掛けたという。買って帰ろうかと思ったが珍しい蛍のせいかとても高額で諦めたのだと言った。 『たわけめ! それはこの牧場から盗まれた悲恋蛍じゃっっ!』 磊々さまの二度目の怒髪天に牧童は仰天する。 ひょっとしたら十や二十の蛍は既に誰かが買って行ったかもしれない。その場合、残念ながら買い手を追う事は難しいだろう。 『よいか! わらわとお世話係でその蛍売りを取り押さえ、陽天の開拓者ギルドへ行って参る間、残りの蛍を護りゃ! 一匹たりとも盗まれるでないぞ!』 爛々と目を光らせ、牧童たちに指令を下した磊々さまは、瓜介の馬車でまずは辻の蛍売りが居たという場所へ急行したが、そこにはすでに何もなかった。 『ぬう、忌々しい……。わらわの張り手を喰らわせてやろうと思うたに!』 「磊々さま、ギルドへ急ぎましょう! 開拓者の方に協力してもらえば、少しでも多く取り戻せます」 『うむ!』 瓜介が叫び、磊々さまが馬車に飛び乗るや否や、馬車は全速力で駆け出した。 |
■参加者一覧
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
華角 牡丹(ib8144)
19歳・女・ジ
一之瀬 戦(ib8291)
27歳・男・サ
紫ノ宮 莉音(ib9055)
12歳・男・砂
一之瀬 白露丸(ib9477)
22歳・女・弓
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 張り出された依頼を前に、紫ノ宮莉音(ib9055)は憤慨する。 「盗人だなんて、許せませんね。それも命あるものを軽々しく……捕まえて懲らしめなくっちゃ!」 ちゃんとお仕事をして……そしたら磊々様、蛍を見せてくださらないかしら? と彼は心中で呟いた。 天野白露丸(ib9477)も、事件を知って嘆息する。 「蛍を盗むとは……困ったものだ」 「……蛍って見た事ないけれど、随分風流な虫だそうだね」 ジョハル(ib9784)が言うと、ギルド職員は『闇の中で見る蛍は美しいですよ』と頷いた。 (悲しみで満ちたまま生き永らえるというのは、幸せなのでありんしょうか……恋なぞしなければ、そのまま生を終える事も、悲しみを背負いながら生きる事も無かったでありんしょうに……) 華角牡丹(ib8144)は悲恋蛍のおとぎ話に思いを馳せた――それは彼女が『花魁』であるからこそなのだろう……。 ● 陽天の一画にある高級宿の受付で、ディスターシャ姿の燕一華(ib0718)が、一泊分の宿泊料六百文を支払った。一般の宿に比べて二倍以上の料金である。 彼の後ろに泰然として立っていたのは極彩色の羽飾りのついたクーフィーヤにガラビア姿、胸元には宝石の首飾りと『アル=カマルから来た御曹司』然としたジョハルだった。 「どうぞ旦那様。ご案内いたします」 給仕が恭しく促すのへ、ジョハルは鷹揚に頷く。 そして、彼らに用意されたのは、ゆったりと広い間取りに手入れの行き届いた高級調度で揃えられ、窓からは陽天の町並みが見渡せる一等部屋だった。 「……気に入ったよ」 ジョハルが言うと、給仕は深々と一礼して退出していった。 「ボクも街中を歩いて露天商さんなどに蛍を探している旨を伝えて回りますねっ」 「よろしくね」 そう言ってくるりと向きを変えた一華をジョハルは見送った。 一方、商店の立ち並ぶひと際賑やかな一画、きゃっきゃと騒がしい店にふらりと入った一之瀬戦(ib8291)は、たちまち娘たちに囲まれてしまった。 「……なぁんか俺の雇い主が珍しい蛍の売人探してて、俺までソイツ探すの手伝わされてんだよねー。俺ぁ唯の用心棒でそういうの向かねえし、人助けだと思って『道楽の金持ちが珍しい蛍を欲しがってる』ってぇ話、広めておいてくんねぇ?」 「任せて!」 戦の美貌にうっとりしつつ、娘たちは『武勲』を期待して外へ飛び出して行った。 戦とは別方面へ噂を流しに来た莉音もまた、『珍しい蛍を欲しがっている者がいる』と触れ回る。 また、一華は宿からほど近い場所で、露天商の主に声をかけた。 「私の主人が見かけた光る虫……蛍を大層気に入りまして。雫のような金の斑を持つ蛍なのですが……ええ。蛍です」 露天商の主は首を傾げ、隣の露天に声をかけるがこの近辺では聞かない話のようだった。彼はもしわかったら知らせてほしいと、宿の名を告げそこを離れた。 そうして――二刻ほどが過ぎたころ、二人の男が戦に声を掛けてきた。 「……珍しい蛍を探してる色男ってな、あんたかい?」 そう言って手に持っていた小さな籠に被せていた布をちらりと外し、中にいるモノを示す。 「……ああ。けど、俺は探せって言われてるだけで金持ってねぇし、雇い主に合わせるぜ」 戦は二人を連れ、ジョハルと一華が泊まる高級宿へ向かった。 その接触を目にした莉音は二人の顔をしっかりと覚え、待機している白露丸と牡丹へ知らせに走った。 部屋の戸口には護衛として戦が立ち、天鵞絨のソファにゆったりと腰掛けたジョハル、その脇に控えるように立つ一華が二人の売人と対面していた。 暗い虫篭の中で小さな光を放つ蛍を見て、ジョハルは溜息をついた。 「……繊細で美しいね……アル=カマルにはない、この美しい光を故郷に持って帰ったら、さぞかし喜ばれる事でしょう……。家族や友人にもプレゼントしたい。……もっと頂けませんか。お金ならここに……」 そう言ってジョハルは一華が用意した金をちらつかせる――彼の半顏を覆う仮面に不審げな色を見せていた売人たちだったが、十万文という見たこともない大金に目の色が変わった。 「旦那様、すぐご用意できるのは二十匹程度でして……ああ、少しお時間いただけましたら、あと五十ほどご用意いたします」 猫撫で声で言った男に、ジョハルはおっとりと笑ってみせた。 「そうですか。わかりました。ではまず二十匹分のお代だけお支払しましょう」 「へへー。ありがとうございます」 高級宿から踊るような足取りで出ていく二人の男を、一華が丁寧に見送る。建物の影に身を潜めていた白露丸と牡丹は、一華に小さく頷くと男たちを尾行して行った。 牡丹は霧の精霊を纏って気配を消しつつ男たちとの距離を詰めていき、それより少し後方から白露丸が追った――尤も、男たちは尾行されていることなどまったく気づいていないようだ。 やがて、陽天のはずれにある一件の廃屋へと二人は入って行った。そこがアジトらしい。 「……天野はん、見張りをお頼もうしんす」 「はい」 牡丹は言って、くるりと踵を返すと仲間の元へ駆けて行った。 廃屋の出入り口は一か所。二人の男が入ってから更に二人が入って行ったと、到着した仲間たちに白露丸は告げた。 「犯人は志体持った人だったりするのかしら? 普通の人なら少し気を付けなくちゃ……」 莉音がおっとりと呟く。 「よし、じゃ行くか」 戦は散歩にでも行くような気軽さで声を掛け、すたすたと歩いて行く。斜め後方から矢を番えた白露丸は、戸口に狙いを定めた。 がらりと戸を開けて入ってきた開拓者たちに、五人の男は一瞬ぽかんとする。 「さっきのにーさんじゃねぇか……」 そこへするりと入った牡丹が、虫篭についと寄り、意味深な流し目をくれた。 「あきんせんなあ……この蛍は大事なもの、返しておくんなんし?」 その言葉に、盗人たちは弾かれたように立ち上がった。 逆上して牡丹に襲い掛かった男を、彼女は素早く躱し、くすりと笑いながら撫でると手刀を撃ちこんで昏倒させる。 「逃げろ……っ!」 叫びが上がる。 莉音は素早く接近して軽くショーテルを斬り付け、男を転倒させた。 戦も、アヤカシ相手ならいざ知らず志体でもない人間に大槍をふるうことは避け、石突で突っついて転ばした。 ジョハルは無言のまま、短銃を男に突きつける。 「〜〜〜」 男たちは観念したように両手をあげた。 一方、かろうじて戸口から飛び出した男の足元に、どすりと矢が刺さり、ひっと声をあげて飛び上がる。 ロングボウを構えた白露丸が淡々と言った。 「動かないように。痛い目をみたくないなら」 男の首筋に、一華のシャムシールが不気味な輝きをもってあてられていた。 難なく、荒縄で縛り上げられた男たちを前に白露丸が呟く。 「他の蛍は……もう、売ってしまったか?」 男たちは気まずそうに頷き、買い手のことはわからないと首を振った。 そして、彼女はふと首を傾げる。 「……子供はいないのか……?」 「……? ガキはいね……いや、おりませんです……」 もふらさまが見たのは『大きいのが五人、ちょっと小さいのが一人』ということだったはずだ。 そもそも―― この男たちが何故、もふら牧場に忍び込み、蛍を売ることを考えたのか。 彼らはこの近辺で盗みをしていた者達で、あの夜、小柄な人影が光を両手で包むようにして走っていくのを目撃したのだ。酒に酔っていたこともあり、彼らは何気なく人影が来た方に向くと小さな光点が無数に飛び回っているのを見、牧場に忍び込んだのだという。 「それで、こう……捕まえて売りゃ金になるだろうって……」 陽天の警邏隊に引き渡す際、一華は悲恋蛍を買い取って行った者を探してくれるよう頼んだのだが……。 「……買い戻したりできるかしら? 高値だから難しいかも……」 莉音の言葉に一華が頷く。 「でも、可能な限り買い戻したいですねっ」 そして、彼らはもう一人の蛍盗人を探して回り――その人物の家を突き止めたのは日もとっぷりと暮れた頃だった。 ● 「ご、ごめんなさい……っ!」 居並ぶ開拓者を前に、痩せた少年は真っ青になって頭を下げた。 「そんな……神様からお預かりしてた蛍だなんて……僕、知らなくて……ごめんなさい!」 「盗みもだけど、牧場への侵入は警邏隊に訴えられても文句は言えないんだよ?」 ジョハルが静かに言うと、少年は両手を握りしめ、か細い声で言った。 「ごめんなさい……でも、妹に見せてやりたくて……歩けないから……だから、蛍を一匹だけ連れて帰って……」 彼らの両親は既になく、大病を患った彼の妹は歩くことができなくなったのだという。 昔、家族で見た蛍の乱舞――あの美しい光を見れば、また元気になって歩けるようになるのではないか。 少年はそう思ったのだという。 開拓者たちは言葉を失い、顔を見合わせた。 すると、家の中からかすかな声が聞こえ、少年は飛ぶように中へ入って行く。 「おにいちゃん……」 「どうしたんだ?」 「……蛍……死んじゃった……。ごめんね……ごめんね蛍……とってもきれいだったのに……」 痩せ細った少女の手の中で、一匹の蛍がぽつんと転がっている。 少女の目から大粒の涙が零れ落ちた。 「…………」 少年は今にも倒れそうなほどに蒼ざめ、ゆっくりと開拓者を振り返った――それは、どんな罰も受ける覚悟にも見えた。 その時、破れ窓から月光が差し込み、少女と蛍を白い光で浮き上がらせた。 ぽ…… 「……あ……」 少女が声をあげる。 その手から、紅い光がふわりと飛び立った。 それは、小さな紅い蓮にも似て―― 白露丸はその『色』にぎくりとして、思わず戦に近づき震える手で彼の腕に手を掛けた。 (まだ、赤が好きだとは言えない……けれど……) 「……綺麗……だな」 呟く彼女の目に映る蛍の『紅』は、悲しみを想起させる。 「……綺麗だけど、ヤッパリお前ぇには似合わねぇな」 戦はぼそりと言った。 緋蓮蛍は少女の手から飛び立ち、彼らの前をふわりと飛ぶと、窓の外へと消えて行った。 その光をじっと見つめていた牡丹が小さく呟く。 「……あんさんは、幸せでありんしたか……?」 緋蓮蛍。蓮華の花言葉は―― 「……そう。きっと、幸せにありんしたな……」 ● 「カワウソくん久しぶり」 磊々さまも、とジョハルは磊々さまを抱き締めた。 『久しぶりじゃの、ジョハル殿。……しかし、此度も変装かや?』 アル=カマル風の衣装に身を包んだジョハルの後ろから、同じようないでたちの一華がにっこり顔を出した。 「磊々さまっ、お久しぶりですねっ」 『おお? 一華どのまで変装とは……』 『皆様、お久しゅうございます。此度は蛍をお助け下さりありがとうございました』 カワウソが磊々さまを押しやるようにして丁寧に一礼する。 開拓者たちは、虫篭に目をやり、何となく顔を見合わせるようにすると、ぽつぽつと今回の顛末を離し始めた。 『なんとのう……妹を思う兄の心に感応したのか、妹の涙に感応したのか……』 磊々さまがしんみりしたように呟くのへ、カワウソが注釈を入れる。 『磊々殿。緋蓮蛍は、大満月の時でなければ現れませぬ。……此度はそれらの条件が重なったのでござりますよ。……そして、悲しみを抱いたまま緋蓮蛍となったのではなく、生まれ変わったのでございます』 そう言って、牡丹に目を遣ると微笑むように細めた。 「蛍を気に入って大切にされる方が多ければ、そのまま差し上げてもいいのかなって思うんですが……駄目ですかっ?」 小首を傾げて尋ねる一華に、カワウソは束の間、目を閉じ、言った。 『買われてしまった蛍は仕方ございません……ただ、悲恋蛍は九霄瀑泉の蛍でございますゆえ、そこを離れれば命は短こうなりましょう。……蛍は水に左右されますゆえ。……それはともかく、今宵、蛍を連れ帰りますので、皆様最後の光をお楽しみくだされませ』 仲間のもとに戻った蛍が嬉しそうに合流していく。 満月は雲に隠れ、闇の中、蛍の光の軌跡が幻想的な模様を作り出す。 ジョハルは言葉を失い、そっと手を伸ばした。 (……これは……以前、九霄瀑泉で見た主の鱗のようだね……。……人の命みたいだ。傍においておきたくなる気持ちも分かるな……) 掌にとまった蛍は鮮やかな緑の光を放ち、強まったり弱まったり点滅を繰り返す。 数十匹の蛍の乱舞が開拓者たちの目を奪う。 「蛍は……子供の頃以来だ……」 嬉しそうに目を細めて手を伸ばす白露丸の傍ら、戦は低く言った。 (……悲しみの果ての紅い華なんざ、似合わせて堪るかよ……) 「お前ぇは俺のもん、だろ?」 唐突に言った戦を見上げると、手に留まった蛍の光がかすかに微笑みを照らしている。白露丸もまた微笑み、そっと彼の肩に額をつけた。 「……あぁ。私は……戦殿の、傍に…………ありがとう……」 夜風が冷たくなる頃、カワウソたちは悲恋蛍を虫篭に入れ、九霄瀑泉に戻って行った。 雲間から大満月の光がもふら牧場にふり注ぎ、牧舎へと戻る彼らの足元を明るく照らした。 |