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■オープニング本文 ● 緋獅と絵師が神楽の都に来て数日――絵師が絵を描いている間、子供が広場で棍の稽古をしていると…… 「ほう、上手だね、坊や」 微笑ましく眺めていた修羅の老夫婦が緋獅に声を掛け、二言三言、言葉を交わしたのが最初だった。 既にギルドを引退した夫婦は、聡明さと穏やかさを併せ持ち、為人は子供を預けるに申し分のない人々だ。 その彼らから緋獅を引き取りたいと打診があったのは十日ほど前。絵師は彼らならば、と思ったがしばらく時間をもらい老夫婦の元を訪れる子供の様子を観察した。 そうして先日、絵師は言った。 「緋獅。ご夫婦がお前と暮らしたいと仰っている。お前はどうだい?」 緋獅は嬉しいような、不安げな表情を見せ、しばらく考えた。そして、ぽつりと尋ねる。 「おじちゃんは……?」 「私は旅に戻るよ」 「もう会えないの……?」 絵師は『そんなことはない』と応え、 「早く開拓者になって、私に何かあった時に来てくれると助かるね」 そう悪戯っぽく笑った。 「……っ! うん!」 緋獅は目を輝かせて頷いた。 老夫婦と暮らし始めて数日―― 緋獅はすぐに馴染んだが、ふいに寂しく思う瞬間があった。 その日も、緋獅は夜明け前に目を覚まし、そっと起き上がると通りを駆け、港へ向かった――そこは、先日まで絵師が絵を描いていた場所である。 「……おっきい船……」 緋獅は係留されている飛空船の中で、ひときわ目を引く大型飛空船を見て呟いた。無論、他にも大型飛空船はあるが、何故かその船が一番気になったのだ。 誰もいない港は波止場に打ち寄せる静かな波音と、揺れる船のきしむ音だけだった。 緋獅は大型飛空船の傍へ来て見上げる。 この船はどこから来て、何を運んできたのだろうか……? そして、波止場に積み上げられている木箱の傍で何か光る物を見つけた。 一寸大の、磨かれた美しい珠だ。透明な水晶体の中に金の炎のような光がちらちら揺れている。 緋獅は何となく宝物を発見したように思い、嬉しそうに笑うとそっと手の中に包み込んだ。 ● 神楽の都に立ち並ぶ大店の一軒――その奥座敷で店の主人と売人らしき男が額を突き合わせて箱を覗き込んでいる。 「……ふむ。この璞(あらたま)は使えそうだな……これは……? 剣についていた宝珠か。剣はちゃんと始末しただろうね?」 「勿論です。旦那様。とっておきがありますよ。陰陽師の屋敷にあったもので、七星陣と言われているものです……」 売人がにやりと笑って上等な布包みを広げると、真ん中に一つ、周辺に六つの窪みがある玉石の円盤を取り出す。そして、もう一つの包みから一寸弱の六色の宝珠を出し、窪みに乗せていった。肝心の真ん中に配置する宝珠が無い……。 「宝珠が足らないよ」 売人が背後の手下に振り返る。 「え……? それはひとまとめに……」 「探しておいで。見つからなければ、お前の首は胴体とおさらばだよ」 売人は静かに恫喝し、その玉盤を脇に置いて別商品で商談に入った。 手下は顔を青くすると、退出し、持ってきた荷物を調べ始めた。 大店に持ってきた荷は全て調べ終えた。だが、あの玉盤の真ん中に乗るはずの金の宝珠はどこにも見当たらない。 彼は、大店を出て通ってきた道を港まで戻ってみたが、目を皿のようにしても宝珠は見つからなかった。 目の前には乗ってきた大型飛空船がある――略奪と窃盗で集められた『商品』を運んできた船が。 (おれ……殺される……) 彼は恐怖で真っ青になり――その後、行方がわからなくなった。 ● 「こんにちは、翠天さん! 早霧さんはお元気でらっしゃいますか? そういえば、最近小さな子を引き取られたとか。赤い髪の可愛らしい男の子ですよね?」 掃除していたギルド職員が、通りかかった修羅の壮年に明るく声を掛ける。 「こんにちは。ご苦労様です。妻は元気ですよ……しかし、緋獅のことまで耳に入っているとは、さすがですね」 「当然です! ギルドには都中の噂が集まって来るんですから!」 翠天は笑いながら、久々にギルドの中に入り、張り出されている依頼を眺めてみた。陰殻の動乱による波紋と思われるようなものが多い中、盗賊被害も頻発しているようだ。 「……陰陽師の大家の家宝を取り戻せ……?」 首を傾げた翠天の後ろから、職員が『ああ』と嘆息混じりに言った。 「どうも、玉盤に宝珠を乗せて置くものらしいんですけど……ええと、七星陣とか言うそうです。七色の宝珠だそうですよ! ……窃盗といえば、怪しい商人がいるんですけど……」 「ああ……中元堂ですか」 「そうですー。なかなか尻尾を捕まえられなくて……」 職員はもう一度大きく嘆息してぼやく。 中元堂は以前からあこぎな商売をすることで悪評が高い。だが、怪しい噂だけでは、開拓者たちに踏み込ませるわけにはいかないのだ。 翠天は一言声を掛け、ギルドを出た。 昼食後、翠天と緋獅が庭で剣術の稽古していると、子供の懐から水晶玉が転がり落ちた。 「あっ!」 緋獅は木剣を放り出して珠を拾う。 「これ。戦闘中に武器を放り出してはいかん。……何だい?」 翠天は軽く木剣の先を緋獅の首に当て、注意する。そして、子供が大事そうに持っている珠を覗き込んだ。 「ごめんなさい……あのね。港で見つけたんだ。きれいでしょ!」 緋獅は言って珠を翠天に手渡す。 彼はそれを手に取って見……そして、気が付いた。 宝珠だ。 「……緋獅。これを港のどのあたりで拾ったんだい?」 翠天はしゃがみ、緋獅と目を合わせて尋ねると、子供は不思議そうにしながら拾った時のことを彼に告げた。 「そうか……。緋獅、これを探している人がいるんだ。返してあげよう?」 翠天の言葉に、残念そうに珠を見た緋獅だったが、やがてこくりと頷いた。 その後、訪れた翠天と緋獅の話を聞いたギルド職員が、 「これぞ天の配剤っ!」 と絶叫したのは言うまでもない。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
乾 炉火(ib9579)
44歳・男・シ
葵 左門(ib9682)
24歳・男・泰
麗空(ic0129)
12歳・男・志
蔵 秀春(ic0690)
37歳・男・志
庵治 秀影(ic0738)
27歳・男・サ |
■リプレイ本文 ● 「俺はサムライのルオウ! よろしくなー」 集まった仲間にルオウ(ia2445)が元気よく挨拶する。 「おぉ、よろしくなぁ」 庵治秀影(ic0738)が応え、皆それぞれ挨拶を交わす。 葵左門(ib9682)はギルド調査の確認を行った。 中元堂の立地や間取り。そして、一般的な大型飛空船の構造。 ギルド職員は黄ばんだ和紙を広げた。それは屋敷の見取り図で左上に【潮路や】と書かれてある――つまり、中元堂はその店を乗っ取り今に至るということだ。 また、飛空船の構造については、商船と戦闘艦では構造が異なってくるが、緋獅が見た大型飛空船を売人のものと考えると、戦闘艦に近いのではないかと言う。小型飛空船の着艦が可能であり、おそらく動力部も折衷型といわれる造りだろう。 ギルド職員は言った。 「売人はたいてい用心棒三人を交代で連れ歩いています。中元堂ほか何軒かに足を運んでいましたが……飛空船操舵などの手下は十名のようです。……木箱ですか? あれは港の物のようです」 葵は了解したと頷く。そして【漆】を用意するよう頼んだ。 「……やっぱ世の中そう悪い事は続けらんねぇもんだな!」 そう豪快に笑ったのは乾炉火(ib9579)。 「悪い人は、ばーんってしなきゃね〜」 麗空(ic0129)が絡踊三操を玩びながら言えば、職員が『はい』と頷いてみせ、付け加える。 「ほんの少し、手加減していただけると助かります」 「? わかった〜」 橙の目をくるりと動かして応えた麗空だが、果たして職員の意図が通じているかどうかは疑問だった。 「ここで逃すわけにはいきませんよね。悪い人……必ず捕まえましょうっ」 柚乃(ia0638)はこくりと頷く。 「ふむ。使用している船の特定か……茣蓙を敷いて露天商でも演じてみるか」 本業が簪職人だという蔵秀春(ic0690)が呟いた。 彼らは二班に分かれた。 中元堂へ入るため、取引に行くと言った羽喰琥珀(ib3263)の案に、職員が難しい顔をする。 何故なら、彼が「子供」だからだ。中元堂がただの子供と真面目に交渉するはずもない。だが、開拓者として交渉に行くのなら話は変わってくる。 彼らはしばらく検討を重ね、中元堂と飛空船へ乗り込む頃合いを決めた。 柚乃は一般人を装い、中元堂の裏道を歩いていた。隣接する店や建物の間を細い道が網の目のように伸びている。 『超越聴覚』で店の様子を窺ってみれば、表では一般客を相手にごく普通の商売が行われているようだ。 一方。 「どうだい、そこの人。一品見ていかないかい?」 蔵は茣蓙に簪を並べ、通りかかる人に声を掛ける。そうして覗いた客と他愛ない会話をしながら係留されている大型船に触れた。客は笑いながら、あれは大店と取引している商人の船だろうと言った。 「ふむ。羽振りのいい商人の船か……自分もあやかりたいねぇ」 蔵の言葉に客も同意した。 ルオウは港に来ると風景を眺めるように大型飛空船を観察する。そして波止場を離れ、身を隠すようにして望遠鏡で眺めた――大型船の両隣の飛空船は港へ入ってきたばかりなのか、船員が荷を担いでひっきりなしに出入りしている。それらの荷物は一旦倉庫に入れられるか、直接取引先へ持ち込まれるようだ。 麗空もまた人ごみに紛れながら船を観察し、乗船口、そして小型飛空船の格納庫などの見当をつけていた。 ● 「お頭。草吉が見当たりません」 「……逃げましたか……」 中元堂から『欠けた』七星陣を一旦持ち帰った売人は、苦々しく呟く。 金の宝珠を探しに行かせた手下が戻ってないと知り、彼は用心棒と数人の手下を放って探させたのだが……宝珠を見つけ出せず、恐怖して逃げ出したのだろう。それだけならよいが、何らかの形でそのことが露見した場合、自分たちの身が危うくなる。 売人は思案して小さく吐息すると、すぐさま決断を下した。 「七星陣はこのまま中元堂さんに買い取っていただきましょう。その後、すぐ出発しますよ。泰へ飛びます」 「へい!」 手下らは一礼し、出立の準備を始めた。 西の空が徐々に赤く染まってゆく。 大型飛空船の乗船口が開き、中年の男と荷物を抱えた若い男、その後ろに用心棒三人が桟橋を渡って降りてきた。戸口では二人の男が見送っており、ざっと周囲を確認して扉を閉めた。 ほどなく――乾、庵治、ルオウ、蔵、麗空の五人が集まり、黄昏の陰影の中、密かに大型飛空船の桟橋を渡る。 蔵は『心眼』で乗船口付近に三人ほどいると告げた。 乾がトントンと叩く。 「お忘れ物で? ……ぅぐ!」 乾は片手で相手の口を塞ぐと間髪入れず鳩尾に拳を突き込み、船内に飛び込むや奥にいた一人を昏倒させる。 蔵は角にいた一人に長巻の柄を突き込んで倒した。 船内は宝珠によるものか、仄明るい光が通路を照らしている。 三人まとめて手早く荒縄で縛り上げ、猿轡を噛ませると船室の一つに放り込んだ。 乾は飛空船の構造を思い浮かべながら真っ直ぐ操舵室へ向かい、蔵もそれに続く。 麗空は階段を駆け上がり、格納庫へ向かった。 「さぁて、悪い子はいねぇかぁってな。くっくっく……一働きするかねぇ」 庵治は独りごち、仲間たちとは別方向へ足を向けた。 ルオウは脱出を図る者がないか警戒にあたるため、外梯子から甲板へと駆け上がる――と、作業をしていたらしい手下と目が合った。 「……っ!」 男は仲間を呼ぼうとくるりと身を翻した。 ルオウが素早く回り込み、殲刀を突きつける。 「どこ行くんだよ?」 少年とは思えぬほどの威圧感を放ち、凄みをきかせると、男は裏返った声で『助けてくれ』と懇願する。 「武器を置いて後ろを向け」 ルオウはギルドから持ってきた縄で男を縛りあげ、猿轡を噛ませた。 「ん〜と、コレはじゃま〜」 麗空は格納庫に入ると、まず滑空艇の片翼に棍を叩きつけて破壊した。さらに小型飛空船へ入り込むと、動力部の宝珠を破壊していく。 激しい物音に駆け付けた手下が、小型飛空船から出てきた麗空を見咎めて怒鳴った。 「このガキ……ッ」 男は掴みかかるように腕を伸ばす。 「む〜、じゃま〜っ」 麗空はひょいと飛び跳ね、三節棍が唸りをあげて薙ぎ払われると男の体は人形のように吹っ飛んだ。 それを縄で縛り上げた麗空は、あたりの気配を窺いながら格納庫を飛び出した。 庵治は足音を消すため裸足で船内を歩いていた。と、横合いから拳が飛んでくる。 反射的に身を躱した庵治はチッと舌打ちし、 「勘の鋭ぇ野郎だ」 言いざまに大きく足を踏み出して軽く突きを放った。くぐもった声を洩らした船員は体を二つに折って尻もちをつく。かなわないと思ったか、逃げ出そうとするのを庵治が押さえつけた。 「足掻いても無駄だ。大人しくしやがれっ。…………よぉし。お前さん等の親玉も仲良く並べてやるからなぁ」 両手足を縛られ猿轡を噛まされた男がむぐむぐ言うのへ、庵治はにやりと笑った。 操舵室に居たのは三人の手下と用心棒一人。 飛び込んだ乾は、真っ先に操舵手と思われる方へ襲い掛かる。 「何だてめぇら……っ」 用心棒が怒声を上げ、乾へ切り掛かるのを蔵の長巻が遮った。 「さぁて、暴れさせてもらうかね」 蔵が薄い笑みを浮かべて呟いた途端、長巻が紅い燐光に包まれた。 用心棒は怒声を発し、長巻の間合いを縫うように平突で猛然と襲い掛かった。 切っ先が蔵の手の甲を切り裂いたが、かまわず、相手の刃を押さえつけるようにして勢いを削ぐと、押し返すように突きを繰り出す。 「紅い紅葉を味わってみるかい? ……紅蓮紅葉!」 言うや否や、蔵は長巻を大きく振り、紅い燐光とともに用心棒の手から刀を弾き飛ばした。 中元堂から売人らしき男たちが現れ、港へと歩いて行く。 それと入れ替わるように、羽喰が長い包みを抱えて店に入っていくのを柚乃と葵が遠目に確認した。 (いつぞやの焼き菓子の時のような手癖でも出たかね……それが縁にも手柄にもなるのもまた面白いものだ。……さて、悪徳の間引きでもしようじゃあないか) 葵は、緋獅と最初の出会いとなったある一件を思い出してくつりと喉の奥で哂う。そして、ゆるりと店の裏へ移動した。 「いらっしゃいませ、お坊ちゃま。今日はどのような御用で?」 慇懃な態度で羽喰に声を掛けたのは番頭らしき老人だった。 「……こいつを買い取ってもらいたい。ただ、ちょっと訳ありだから、店主と話がしてーんだ」 包みから出されたのは殲刀【朱天】――つまり、羽喰の刀だ――番頭はそれを見て、表情を消す。 「お坊ちゃま……いえ、失礼しました。お客様は、開拓者で……?」 羽喰が頷くのへ、番頭は『少しお待ちを』と言い置いて、奥へ入っていった。そして、ほどなく、彼を奥座敷へと招いた。 羽喰は『心眼「集」』を何度か使い、シノビの存在を探る――奥に行くにつれ、主人にほど近い場所に動かない存在が感じられた。 「いらっしゃいませ」 中元堂の主がにこやかに笑って座をすすめた。 『超越聴覚』で中元堂の中を探っていた柚乃は、羽喰が奥座敷に入ったことを確認し、葵に合図を送る。 そして、彼らは裏口から入りこんだ――まだ表の方では店の者が帳簿をつけたりなどの作業をしているようだ。 「……むしろ、自分達以外全員……がいいでしょうか」 柚乃は呟いて、ゆったりとした音調の曲を唄いはじめた。 葵は真っ直ぐ奥座敷へ踏み込んでいく。 シノビが動く気配があった。 商談の途中、聞こえてきた少女の歌声に、中元堂の主はガクリと首を垂れる。 羽喰は素早く中元堂の手から殲刀を取り戻し、天井に突き立てるように匕首を放った。 くぐもった声が聞こえ、掌から血をしたたらせたシノビが飛び降りつつ、苦無を振るって上から切り掛かってくる。 羽喰はその攻撃を躱し、二撃目を殲刀で受け流す。 「貴様、やはり……!」 「オメーら、俺達に協力しねーか? 中元堂の不正の証拠集めてくれんなら、このまま俺達にやられた振りして撤退してくれりゃいい」 羽喰の言葉にシノビの目が一瞬、中元堂に向けられた。 中庭から入った葵に手裏剣が放たれる。が、強烈な眠気がシノビの意識を奪ったのと同時だったのか、葵の元まで届くことなく庭の苔を抉っただけだった。 葵は一気にシノビの元まで踏み込み棍を突き込む。間髪入れず拳を叩き込んで昏倒させた。 さらに、廊下奥から匕首で切り掛かってきたシノビは左右に薙ぎ払うように攻撃を仕掛けてくる。 葵は軽い足取りで数歩後退しながら凶刃を躱す。シノビの腕が外に大きく振られ大きく開いた。彼は回転させた棍を脇から叩き込み、その勢いを利用して強烈な突きで鳩尾を穿つ。 シノビは体をくの字に曲げて地にくずおれた。 柚乃が奥座敷の障子戸を開けようと手を伸ばしたとき、からりと開いた奥から男が一人、這い出てきた。 座敷の奥では羽喰とシノビが刃を交わらせている。 柚乃はローブをひらめかせ、流れるように中元堂に近づくと、小柄な少女とは思えないほどの力で一撃を加え、男を転倒させた。 「……いざとなれば、時の蜃気楼で証拠を暴くことだってできるんですからね?」 痛みに顔を歪めていた中元堂は、柚乃の言葉にさっと青ざめる。 羽喰と対峙していたシノビは消え、代わりに彼の手に『欠けた』七星陣が残っていた。 「……まったく、持ち場を離れて何をしてるんだい……」 「何か様子が……」 売人が腹立たしげな口調で言い、用心棒の一人が怪訝そうに呟きながら操舵室に入ってきた時、 「よぉ、待ちくたびれたぜぇ。お前ぇ等で最後だ。諦めるんだな」 庵治が操舵席から立ち上がってにやりと笑う。 売人はハッとして身を翻した――が、その戸口にはルオウが剣気を放って彼らを威圧していた。 庵治が挑発するように笑う。 「逃げ出そうなんてケチな真似せずにかかってきやがれっ!」 用心棒たちが売人を庇い、すらりと大刀を抜き放った。 「んと〜……悪いひと? かってにとってくのは、悪いこと〜」 くるりと棍を回して麗空が構える。 ルオウが咆哮を放ち、一人の注意を引き付ける。 麗空が跳ねるように飛び出し、紅い燐光を放つ棍を、ぶん、と振り回した。 躱し損ねたその攻撃は用心棒の脛をしたたかに打ち付け、ぎゃっと声をあげる。用心棒は歯を剥き出していきなり大刀を逆袈裟に切り上げた。 麗空はひょいとそれを躱すと、尻尾を楽しげに揺らめかせた。 「こっち、こっち〜!」 麗空はちょこまかと走り回り、用心棒を翻弄する。 一方、ルオウは斬りかかってくる用心棒の攻撃を絶妙な間合いで躱す。踏鞴を踏むように相手の流れが乱れたところへ殲刀の峰で首筋を撃ちつけた。 乾は逃げようとする売人を追う。それを阻むように用心棒の刃が繰り出された。 煙管で受け流した乾は身体を反転させて用心棒の背後に回ると、その背を突き飛ばす。 待ってましたとばかりに庵治と蔵が用心棒の前に立ちはだかった。 乾は一気に売人との距離を詰め、懐から拳銃を出そうとしていた手を捻じり上げた。 売人が力いっぱい抗おうとしたところで、乾の強力にかなうはずもない。 「そこまでだ。雇い主がどうなってもいいのかい?」 売人に短銃を突きつけた乾の言葉に、追い詰められた用心棒たちは動きを止め……ちらりと見交わした。 ● 「お前さんたち、あこぎな事をするもんじゃないよ。真っ当に働いて客が喜ぶことを考えてみなって。心底喜ぶ笑顔は、きたねぇ金じゃ買えねえよ?」 蔵は荒縄で縛り上げられた売人一味を見て言う。 庵治は売人、用心棒、手下を数珠つなぎにして立たせ、愉しげに笑った。 「ほら、きりきり歩けよ。俺ぁ早く終わらせて酒が飲みてぇんだ。くっくっく、良い事をした後ってぇのは酒が美味いぜ」 翠天と早霧に連れられてギルドへ入ってきた緋獅が、麗空を見つけて嬉しそうに声をあげる。 「りっくん!」 「ちっさい子だ〜。……んと〜、ひし〜? だっけ。悪いひと、みつけたの〜? えらい、えらい〜。いいこ〜」 そう言って麗空は緋獅の頭を撫でると、緋獅は『へへ』と笑った。 「緋獅クン、神楽にお住まいになったのですね」 柚乃がにっこり笑うと、緋獅はうん、と頷いた。 「緋獅が何度もお世話になったようで、ありがとうございます」 老夫婦はは開拓者たちに丁寧に一礼した。 乾は久々に会った子供と、彼を引き取った老夫婦を見て心から喜んでくれた。 「久々に会えて嬉しいです。……時間があれば一緒にお買い物にいきたいな」 柚乃の言葉に、大喜びした緋獅は麗空も誘い、三人は連れだってギルドを出て行った。 その後。 七星陣は持ち主に返された。 中元堂に警邏隊とギルドの双方で捜査の手が入った。 また、売人の大型飛空船、及びこれまでの取引の履歴などが徹底的に調べあげられ、売人に繋がる闇商人などの割り出しが始まったのだった。 |