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■オープニング本文 ●七祭 五行、石鏡に広く伝わる七祭。 7月の上旬になると、精霊に秋の豊作を祈り、同時に人々の穢れを祓う為に開催される祭りである。 この季節に現れる蛍は、淡い輝きを放つことから精霊の遣いであるとされ、来訪する精霊の遣いを迎えて祀り、帰って行くのを見送るという風習がある。 闇夜の中、星のように輝く蛍は幸せを運んでくれるとか――。 また、石鏡では精霊の化身であるもふらさまに願いごとを書いた短冊を飾って祈ると、願いが成就するという言い伝えもあり……。 更に今年は、生成姫が齎した災厄を吹き飛ばそうと、各地の街や村が華やかに飾り付けを施し、銘々工夫された飾りつけは、どれも見事なのだそうだ。 いつも以上の盛り上がりを見せている七祭。 蛍に祈りを。もふらさまと夜空を渡る流星に願いを――。 開拓者の皆さんも、仕事の合間に訪れてみませんか? ●花火師 石鏡伊堂の警邏番たちは『七祭』の巡回・常駐警備の打ち合わせでてんやわんやである。 無論、惟雪(iz0283)も祭りを楽しむ暇などありはしない。巡回経路の確認と班を決めて今日の番はあがり。着流しに着替えてふらりといきつけの店に入ると、見知った顔を見つけた。 「よう、智明じゃねぇか。珍しいな、こんなとこで」 「ああ、惟さん……」 応えたのは惟雪より十ほど若い男で花火師・鉤屋の新当主で智明という。 「なんだい、湿気たツラして」 惟雪は智明の向かいに腰を下ろすと、女将に銚子を一本頼んだ。 「いや……今年の七祭、辞退しようかと思ってさ……」 「おいおい。鉤屋の花火は祭りのしょっぱなだろ? お前えさんとこが上げなきゃ、祭りは始まらねえだろ」 惟雪の言葉に、智明は嬉しいような困ったような笑みを洩らすと、ぽつぽつと話し始めた。 花火師・鉤屋の先代が無くなったのが昨年の冬。 鉤屋は昔からの作り方で花火を作ってきた――硝石、硫黄、木炭を原料としたもので、赤橙色一色。 智明も父の元で花火職人として修行してきていたが、何かと古臭い父親とぶつかってもいた。 彼は、もっと華やかで鮮やかな花火を作りたいと思っていたのだ。そう先代に話しても、鉤屋の伝統に反するの一点張りで許してはもらえず、そしてそのまま、頑固な父親はあの世へ旅立った。 鉤屋の一人息子である智明は父親の葬儀のあと自動的に当主となったのだが、古くからいる職人たちにも智明の新しい花火に賛同してはもらえず、みな鉤屋から去ってしまったのである。 「そいつぁまた……」 惟雪もどう言っていいものやら、それだけ言うと智明と自分の猪口に酒を注ぐ。 智明は『ありがとう』と、酒を呷った。 「伝統はね、もちろん素晴らしいと思うよ……。でも、僕は、花火はもっといろいろ変化させられるものじゃないかと思うんだ。いろいろ試作してみて、橙だけじゃなくて、真っ赤や青や黄色も出てくるってわかった。それに知り合いからちょっとした物を買い取ってね、彼に手伝ってもらってそれを混ぜ込んでみたんだ。そしたらね、とても楽しいことになったんだよ!」 話しているうち、智明の表情は明るく楽しげなものになる――が、またしょぼりと肩を落として自嘲気味に笑った。 「そのちょっとした物を混ぜ込んで二尺の『星』を三つ作ったんだけどさ……」 花火の打ち上げにはそれ用の円筒を使うが、一人で操作できるものではない。ひと筒に数人がかりで一発の花火を打ち上げるのだ。 七祭での鉤屋の花火は二尺玉が三つ、連続で打ち上げることになっている。つまり、円筒が三台ということだ。 「……ふうん……その玉はちゃんと花火になんのかい?」 頬杖ついて尋ねた惟雪に、智明は難しい顔をした。 「……試作の小さな花火はね……でも、二尺となると、正直、打ち上げてみないとわからないんだ」 原料の配合如何によって出来は大きく左右される。小さなもので成功したからといって二尺玉の花火が成功するとは限らないのだ。しかも、打ち上げ筒に収めるまで、取り扱いには慎重に慎重を期さねばならない。 それほどに繊細なつくりをしているものなのだ。そして何より重要なのは、それは『火薬の塊』であるということだ。 「……だけど、迷ってんだな……?」 惟雪は小さく笑う。 これだけのもの、一人で打ち上げすることなど土台無理なのだ。にも関わらず、この青年は『迷っている』。 つまり、打ち上げてみたいという情熱があるということ。 智明は己の諦めの悪さに恥じ入るように俯いた。 「……智明よ、その打ち上げにゃあ玄人じゃなきゃ務まらねえのかい」 惟雪の問いに、智明は少し思案した。 「確かに慣れは必要だけど……勘のいい人なら一日、二日で手順は覚えられるよ。……ただ、ぶっつけ本番になるけど……」 智明が不思議そうな顔をしたので、惟雪は開拓者に頼んでみるのはどうか、と言った。 案の定、智明は素っ頓狂な声をあげる。 「ええっ、開拓者に?! できるの、そんなこと?!」 「わからねえ。……けど、頼んでみる事は出来るだろ。花火の打ち上げなんてやったことのある開拓者はいねぇとは思うがな……そこはお前ぇさんの指導に関わってくるな。大砲打つより神経使うだろうが、普通の男どもを雇うよりよっぽど安心だと思うぜ?」 「…………」 しばらく、智明は猪口を睨むようにして思案した。 今となっては、打ち上げが失敗したとしても面目を失うのは自分だけだ。 智明は意を決したように顔を上げ、言った。 「ありがとう、惟さん。開拓者に頼んでみるよ……あ、それと、うちの花火の時だけ警備員として立ってもらう事もできるかな……?」 「……? 俺ら警邏隊のじゃなく?」 「うん。安全な場所から打ち上げるけど、飛び散った火が見物人の傍に落ちたら騒動になると思うんだ……だから、もしそうなった時の誘導をお願いしたいなと思って」 「……飛び散った火って……花火の中に何が入ってんだぃ?」 怪訝そうな顔をした惟雪に、智明はくすりと笑って声を低めた。 「うん……雷と風の宝珠の小さな破片をね、混ぜ込んであるんだよ。上空で弾けて花が開いたら、流星のように流れ落ちるはずだ。……彼の術式でうまくいけばね」 智明曰く、宝珠の効果は専門家の手によって初めて活きてくる。そういう宝珠が粉々に割れたとしても、ある程度は力を持っているものなのだそうだ。故に、宝珠の欠片もまた市場で取引されている。 だからといって、単に欠片を花火の火薬に混ぜても宝珠は効果を発揮しない。これにはどうしても専門家の技術が必要なのだ。 今回は智明の知り合いである【宝珠の専門家】が、二尺玉に宝珠の欠片を封じ込めた特別なもの……とはいえ、こんな使い方をして成功するかどうかはやってみなければわからない――ある意味、無謀な挑戦ともいえた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 佐上 久野都(ia0826) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 菊池 志郎(ia5584) / 和奏(ia8807) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 玄牙(ib0357) / 羽流矢(ib0428) / 緋那岐(ib5664) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / ジョハル(ib9784) / 平野 等(ic0012) / カロン(ic0091) / 曽我部 路輝(ic0435) / 蔵 秀春(ic0690) / 庵治 秀影(ic0738) / 奏 みやつき(ic0952) / 羽留華(ic1028) |
■リプレイ本文 ● 菊池志郎(ia5584)が智明の元を訪れたのは七祭の数日前だった。彼は智明に花火制作の見学と手伝いを申し出た。 智明は喜んで迎え入れ、仕事場へ案内する。いま作業しているのは打ち上げ花火ではなく線香花火だったが。 「打ち上げの『星』は作り置きはできませんからね……」 言いながら、智明は簡単に作業工程を説明する。そして、鉤屋が造り続けてきた花火も残し、一方で新しい花火も作り出したいと話した。 志郎は鍵屋を出て行った職人が気になると言って住所を聞き、職人の家を訪ねた。 「智明に頼まれて来たのか?」 鉤屋の先代の右腕と言われた老花火師は最初、胡散臭そうに志郎を見ていたが―― 「いいえ。俺が話をしたかったんです。……智明さんはいろいろ試して出来た変化を『楽しい』と言っていました。でも一人ではやはり限界があります。花火の楽しさを一緒に広げて頂けないですか」 志郎は自分と智明の思いを伝えると、当日の花火を見て考えてくれ、と言って立ち去った。 七祭の二日前になると、打ち上げを手伝う開拓者たちが続々と鍵屋に集まってきた。 「弟子にできる師に対しうる最大の恩返しとは、師の教えを発展させ、越えることだと思う」 羅喉丸(ia0347)はそう言って智明を励ます。 花火はもともと好きだという御樹青嵐(ia1669)は、幼馴染の弖志峰直羽(ia1884)とともに参加した。二人は打ち上げの手伝いとともに怪我の治療に立ち回る。 「挑戦する心意気に惚れました。全力を以てお手伝い致しましょう」 青嵐の言葉に智明は恐縮したように照れ笑いをして、彼らに礼を言った。 「おぉ! 花火は祭りの華ってなぁ! 打ち上げをさせてもらえるってぇのは嬉しいねぇ。こいつぁ漢の見せ所って奴だな」 威勢よく言ったのは庵治秀影(ic0738)。 「見る方は何度かご招待していただきましたが、打ち上げる側は初めて……開拓者の役得ですね」 和奏(ia8807)は同意するように頷いた。 明王院浄炎(ib0347)、明王院玄牙(ib0357)は親子で――これは父・浄炎の、息子に職人の生き様を見せてやりたいという思いと、智明という職人を支えてやりたいという思いが今回の参加につながった。 玄牙は十五歳という年齢にしては六尺を超える長身で、シノビの技を活かして父と共に危険な役割を担当したいと告げた。 「小隊員として雇ってる羽流矢と、合戦以外で共にするのは初めてだね。楽しみだよ」 佐上久野都(ia0826)は傍らの青年に穏やかに微笑む。 「……久野都さんに引っ張られてね。打ち上げ手伝うよ」 羽流矢(ib0428)は久野都の視線を受け、智明に小さく笑って言った。 「花火の話を聞いた時、すごくわくわくした。新しい事を受け入れるのは簡単じゃない。でも、実際に花火を見れば、絶対に気持ちが動くはずだよ」 ケイウス=アルカーム(ib7387)は目を輝かせ、智明に頷いてみせる。 「未知のものっていいね。……大丈夫。火薬は失敗してもお客にはバレないさ。俺達がちょっと大怪我するだけだよ」 そう言って智明の肩を軽く叩き、くすくす笑ったのはジョハル(ib9784)だが、智明は何と応えていいものやら困ったように笑う。 (先日見た蛍の光とは全く違うんだろうね……そういえば、祭りの夜に見られるという蛍は、カワウソくんの蛍とは別物なのかな?) 花火を見るのが初めてだというジョハルは、そんなことをつらつらと思いつつ、わくわくしているようだった。 「伝統ねえ……もっと綺麗に打ち上がるんなら、それに越したことない気がするけど……雨、降らないといいね」 依頼書を思い出していたのか、奏みやつき(ic0952)が空を見上げながら呟くと、 「……大丈夫です。当日はちゃんと晴れますよ」 『あまよみ』で天候を読み取った志郎が微笑んだ。 智明はまず通常の花火玉について説明をする。 『星』とは厳密には玉の中に入っているたくさんの火薬玉のことをいう。その『星』こそ、花火師の技量と個性を現すものなのだ。 丹念に作られた『星』を椀のような玉殻に詰め、二つを合わせて球体にする。その上に紙を何枚も貼ってゆき、乾燥させ、転がして空気を抜き、また乾燥させる……という工程を経る。これも職人の個性が出る大切な要素であり、また、花火が美しく花開く――花火師の言葉で『盆』というが――ために欠かせない作業なのだった。 今回はその花火玉に宝珠の欠片を封じてあるのだ。 (宝珠を使った花火……銃は本体に宝珠が使ってありますが、星に宝珠とはまた興味深い……) 久野都は興味津々といった態で智明の説明を聞いている。 それから、打ち上げの説明に入った。 打ち上げ用の筒は、今回の二尺玉の大きさに合わせたもので、小柄な者ならすっぽりと収まってしまうほど巨大だ。それを竹の「たが」に填め固定する。 筒の底には発射薬を敷き、玉の導火を開いて縄通し(竜頭)に縄をかけ、静かに底までおろしてゆく。 ここで準備完了となる。 『落とし火』を筒の中に落とすと、わずかな火の粉でも発射薬に着火するので爆発とともに花火が宙高く打ち上げられるのだ。 「くっくっく。せっかくの花火だ派手にやろうじゃねぇか。にーさんたち、筒は任せたぜ。俺がしっかり点火してやらぁ」 秀影が楽しげに笑う。 「怪我の一つや二つ、構わんさね。思いっきり火の粉を浴びてやろうじゃないの。自分は筒を押さえる」 蔵秀春(ic0690)もまた、にやりと笑った。 「火薬の扱いは慣れてる方だろうから、星を筒に入れるの手伝おうかな。連続で打ち上げるんでしょ? もたもた遅れたりしたら興ざめだね……アヤカシの目の前で銃に弾込めるよりは気楽……でもないか」 みやつきが立候補しつつ独り言のように言うと、智明は首を振った。 「いえ大丈夫です。今回は一筒、一筒ゆっくりと落ち着いてやってください」 まずはこの花火が、こうして来てくれた開拓者含め、人々に楽しんでもらえるように――そう言ってにこりと笑った。 その後、役割を決める。 まず筒を支えるのを、浄炎、玄牙、羅喉丸、直羽、ケイウス、秀春に。 花火を筒に収めるのを、久野都、みやつき、青嵐に。 点火をジョハル、羽流矢、秀影に。 和奏と志郎は補助に付き、最初の筒には智明が指導と補助に入ることになった。 彼らはそろって三位湖畔の打ち上げ場所を見に行き、筒の設置場所やあたりの風景をよく見ておくことにした――昼間と夜間では見え方が違ってくるからだが、久野都の夜光虫、玄牙と羽流矢の暗視は、土地勘のない開拓者たちにとって大いに助けとなるだろう。 そうして祭の前日には警備として立ってくれる開拓者が到着した。 「お祭りっていうからには、楽しまんとのぉ」 曽我部路輝(ic0435)が配置する簡易地図を見ながら笑う。 カロン(ic0091)は行方を捜している者の手掛かりがないかと参加したものだが、 「あ、カロンさん、超おひさー☆」 平野等(ic0012)の朗らかな美声に振り向いた。 「む? お前は……確か平野だったな! こんなところでも会うとはな……! しかし今日は一時休戦といったところか」 「うん。依頼頑張ろうよね!」 「仕方ない。依頼達成のために協力してやるとするか」 明るく応えた等に、カロンは頷いてみせた。 一方、空を見上げて切実に言ったのは緋那岐(ib5664)である。 「どうかもふらは降ってきませんように!」 目をぱちくりさせたのはもふらさま好きのジョハル。 「もふらさまが苦手なのかい?」 「悪い、反射的に魚バットでクリティカル。もふらさま流星になる。……もふら漢祭りじゃなくてよかった……石鏡だったら有り得なくないから。もし香香背が聞いたら実行しそうだ……てどんな祭りだよ……あ。妹のもふらは平気。あれはもふらと思わないことにした。うん」 応えているのか、独り言なのか判然としない緋那岐を、ジョハルは呆気にとられて眺めていたが、やがて大きく吹き出し、声を立てて笑い始めた。 「面白い子だね」 そう言ったジョハルをきょとんと見返した緋那岐だったが、はたと思い出したように。警邏隊はどこかと尋ねた。 「警邏隊? それならここを出て左に真っ直ぐいったところにあるよ。……警邏隊に何を?」 応えた智明がちょっと首を傾げる。 「当日、迷子預かり所を設置できないかと思って。そうすれば親が探し回らずに済むんじゃねぇかと」 「はあ、なるほど」 感心したように頷く智明らに背を向け、緋那岐は警邏隊へと走って行った。 ● 当日は朝から屋台が並びはじめ、街の人々もそわそわと落ち着かない。 昼過ぎ、鉤屋では全員が揃いの法被を着て、神棚に花火の成功を祈ると、智明がくるりと向き直った。 「それでは皆さん。どうぞよろしくお願いいたします」 志郎の『あまよみ』で天候に心配はないが、風の向きは逐次確認していなければならない。 等は短めの竹竿に細く裂いた布きれをつけると簡易の風見を作った。 カロンは見物場所を念入りに、また打ち上げ場所との距離や、等の風見の布がひらめく方向を確認する。 早々と花火見物の陣取りに茣蓙を持ってきた一般人に、風向きによっては安全のために移動してもらうようになることなどを告げた。 「何事も初期消火って大事」 等は水を張った手桶を用意しながら、うん、と頷く。 湖畔に警邏隊立ち寄り所と迷子預かり所の天幕が張られるのが見える。 路輝は見物客が見下ろせそうな高い場所を探し、そこを警備拠点に決めるとぐるりと見渡してみる――遠く、打ち上げの筒を設置する智明と仲間の姿が見えた。 和奏は手順をもう一度確認し、志郎と協力してゆっくりと星――花火玉を運ぶ。 二尺の火薬の塊は、実際に見ると非常に大きく、そして、重い。いくら志体持ちの開拓者でも、下手をすれば命は無い。 直羽が氷霊結で作った氷を浮かべた桶と手拭いを用意する。 三台の筒が設置されると、発射薬が敷かれた。 今回、筒を押さえる開拓者のため筒の周りに荒縄が巻かれ、一見、巨大な手筒花火を思わせる。そしてそれに合うように調整改良した竹の「かせ」に填め込み、開拓者たちには筒とかせが吹っ飛んでしまわないよう抑えてもらうのだ。 それはとりもなおさず、『風の宝珠の欠片』が入っていることによる。 和奏と志郎は智明の手を真似、慎重に導火を開いた。 みやつき、青嵐、久野都はいくぶん緊張の面持ちで龍頭に縄を通すと、和奏と志郎らに補助してもらいながら、静かにゆっくりと筒の底まで降ろしていった。 気付くとあたりは薄暗く、屋台の光があかあかと連なって見える。花火を見ようとぞくぞくと集まってくる人々の影が、まるで影絵のようだった。 「積み上げてきた努力は裏切らない。後は己を信じ、観客の判断にまかせればいいさ」 羅喉丸のあたたかな言葉に、智明は笑みを浮かべて『はい』と頷いた。 緋那岐は人の多い場所の一箇所に陣取り、『人魂』を飛ばしながら様子を見ている。 一方。 「風は……大丈夫そうじゃ……」 路輝は人差し指をぺろりと舐め、指を立てて風向きを確認した……と。 「わぁーん、おかーちゃーん!」 人ごみと喧噪の中から子供が泣き叫ぶ。 路輝が声を頼りに人の波を掻き分け入ると、彼の『鉤屋』の法被に人々が「おっ」と声をあげ、道を開けてくれた。 「すまんのぉ」 言いながら、人波に押されるようにしてばたついている子供を見つけると、ひょいと掬いあげた。 「ほれほれ、泣くな。皆に笑われるぜよ?」 子供はしゃくりあげながら、路輝を見る。 「わんわんのお耳……」 子供の呟きに路輝はからから笑うと、子供を肩車した。 「おかんも心配しとるじゃろ? はよ見付けてあげんとなぁ……ちぃっと辛抱じゃきに。あ。耳は引っ張んなよ?」 「うん」 頷き、子供が喧噪に負けないほど大きな声で母親を呼んだ時だった。 三位湖畔から光が飛び出し、大爆音とともに巨大な花を咲かせた。 浄炎は屋号が焼印された紋入胴乱に止血剤などを収めたのを確認し、足元には満水にした皮水筒を用意した。 その向かいで父と同様に準備した玄牙は『暗視』を発動させ、あたりに注意を払いつつ、出番を待つ。 「……そろそろですね」 智明が呟くと、ジョハルがケイウスと秀春に声を掛ける。 「火を落とすよ」 「おし。……いっけぇ!」 秀春が声をあげ、ジョハルは落とし火を筒の中に投げ入れた。 筒の中で発射薬に火がつき、衝撃とともに火花を散らして凄まじい勢いで火の玉が駆け上がって行く。 ひゅー…… どーん!! 暗闇に、濃い橙の大輪の花が開いた。瞬間、芯となる部分から白銀の閃光が八方に飛び散り流れ星のように煌めきながら水面に落ちていく。 一瞬の静寂のあと、観客たちの爆発のような大歓声があがる。 どこからか、かぎやー! という叫びが聞こえてきた。 「わ、あ……! やった、すごいよ! 智明は最高の花火職人だっ!」 ケイウスは降りかかる火の粉も気にせず、大興奮で叫ぶ。 秀春もまた、子供のように大喜びだった。 「火傷、大丈夫ですか?!」 智明が慌てて声を掛けるが、ケイウスは朗らかに笑う。 「こう見えて俺だってジンなんだから、このくらい大丈夫!」 待機していた志郎がケイウスと秀春に『神風恩寵』で治癒を施し、小さな火傷を完治させた。 隣の筒では、羅喉丸と直羽が筒を押さえ、待っている。 羽流矢が筒へ火を落とした――飛び散る火花から目を庇いつつ、光を追って見上げる。 真っ直ぐに飛び出した花火は、頂点に昇り切り落ちる瞬間、大輪の花とともに白銀の流星を散らした。 またもや大歓声が響き渡る。 ケイウスは観客たちをまねて、『かぎやー!』と叫んだ。 「おう、いい眺めだねぇ……最高だね」 秀春が惚れ惚れと眺めて感嘆の声をあげる。 半ば呆然としたように花火を見上げたジョハルは、そっと翠の月精鱗をかざした。 (……すごい迫力だな。これだけ大きかったら、見えるかな……) 羽流矢は上空を見上げ、小さく呟いた。 「新しいもの……一人じゃ押し潰されていくだけか……」 それぞれのいい部分を見つけられると良いな、と祈るように思うのだった。 大騒ぎの中、最後の筒では浄炎と玄牙がしっかりと筒とかせを押さえる。 秀影は法被を脱ぎ捨て、 「庵治秀影、見参!」 『成敗!』と構えてみせるが何しろ辺りは暗く、轟音に包まれており、みな上空で咲く花に気を取られて気づく者はいなかった。 「…………」 ――のだが、暗視を発動していた玄牙の目にはしっかり映ってしまったのだろう。小さく肩を震わせていたことを秀影は知らない。 気を取り直した秀影は『背水心』と『不動』で心を決め、耳栓をした。 筒に落とし火が投げ込まれる。 轟音とともに飛び散る火花を受けながら、天空で花ひらくさまを感動の面持ちで見上げた。 あちこちから『かぎやー』の声が聞こえてくる。 ふと―― 玄牙は、智明が静かに涙を拭っているのを見た。 同じく『暗視』を発動させていたらしい羽流矢が、黙って彼の肩を叩いていった。 ● 後に控える花火師たちに場所をあけるため、荷車に手早く筒を運び上げた智明と開拓者たちに、他の花火師たちから『若頭領、いい仕事だったぜ!』と声がかかる。 同業者ならでは、鉤屋の状況を知っていたはずだ。 智明は深々と一礼した。 「ありがとうございます!」 一旦、鉤屋に戻った彼らは、法被を脱いで、思ったよりあちこち火傷していたことに気が付いた。 警備にあたっていた四人も戻り、一息ついている。 止血剤や薬草などを持っていた者は仲間たちに使いつつ、また、志郎や直羽も治療にあたった。 「皆さん、ありがとうございました。花火の見物席を作ってありますので、あとはゆっくりと楽しんでください」 智明は言い、浴衣を何着か用意していた。 「あ。借ります」 緋那岐は手際よく着付けを完了すると、さっそく屋台巡りに出ていく。 「僕も浴衣貸してください。お願いします。……この前もお祭り行った気がするけど、気にしたら負けか」 みやつきは呟きながら浴衣を纏い、屋台巡りに繰り出した。 「浴衣で……逆に物々しくないかな」 ジョハルが水色の涼やかな夏着物を見下ろして呟く。彼の右側――半顔を覆う仮面やグローブ、ブーツなどが一種独特な雰囲気に見せているが、大丈夫ではないかという仲間の言葉にこのまま見物席に行くことにした。 ケイウスは着馴れない浴衣の裾に足を取られながら外へ出ていく。 「智明さん。来年も貴方の花火が見たいです……」 黒地に橙の華が鮮やかな浴衣を纏った青嵐は、そう言って微笑むと直羽と外へ出て行った。 「最近は石鏡に縁があるよな。もふらとはなくていいけど」 串を片手に屋台を覗いて歩いていた緋那岐が呟く。 別の一画では等とカロンの姿もあった。 「たい焼きって古代文明の生贄の儀式の名残なんですよ。食べ残すと呪われちゃうから気をつけて」 と、等が嘘八百を言うのへ、手にしているたい焼きを愕然と見るカロン。 「な……にっ! それは本当か……!」 どうやら真に受けたらしいカロンへ、等はにかっと笑った。 そして彼らが一通り屋台巡りを終え、用意された見物席へ入っていくと、仲間たちが花火を見ながら酒を飲み交わしたり、談笑したりしていた。 等とカロンは空いている場所へ腰をおろし、買ってきた酒を飲みつつ上を見上げる。 「……しかし変わった奴だな。人は願望や後悔を背負って生きている者が殆どなのに、お前からはそういったものは一切感じない」 カロンがそう言うと、等は明るく笑うだけだ。 (……その善し悪しは解らんがな) カロンの心中の呟きを聞き取ったわけではないだろうが、等がぼそりと呟いた。 「花火見るたびに思うんですよねー。羨ましいなーって。ぱっと咲いてぱっと散る、跡形もない潔さがさ……」 傍に座っていた仲間と談笑していたジョハルは、上空に上がった花火の光に振り向き、闇の中にふうっと消えていくさまを見つめて小さく吐息した。 (天儀の夏の風物詩は美しいけど、一瞬の煌めきのものが多くて少し悲しくなるね……) 「羽流矢、一杯どうだい」 久野都が酒を勧める。 実は酒をあまり飲んだことがない羽流矢だったが…… 「いただきます……あ、やっぱ辛い……。けど嫌いじゃない」 この喉が熱く焼ける感じが大人は好きなんだろうな、と思いつつもう一口……。 羽流矢の呟きに軽く笑んだ久野都はぽつりと言う。 「陰殻の騒動は思う様に動けばいい。私達は羽流矢の支援に回るから。……里のシノビとして一生を終えるか否か……」 「……国は、アレが当たり前と思ってたからさ……ぼちぼち、な……」 しばらくの沈黙のあと微苦笑を浮かべて言った羽流矢に、久野都は小さく頷いて付け加えた。 「余計なお節介だったね……合戦時の雇い主としては気になるのだよ」 「……ありがとう……」 羽流矢は呟き、しみじみと花火を見上げる――こうしてゆるゆると話し、闇に浮かぶ紅い華を眺めていると、ほんの少し昔に戻ったような気分になった。 「……はい、青ちゃん、焼き鳥。……眺め最高! お仕事頑張った甲斐あったね〜♪」 直羽が買い込んで来た焼き鳥と酒を青嵐に渡す。 「ありがとう」 夜空に花火が咲き、腹に響くような爆音が耳をうつ。 「胸の奥にある花火の音ね……心に刻まれるみたいで、俺好きなんだ」 呟くように言った直羽は花火を見上げ、何をか思い出したのか小さく微笑む。 青嵐は頷き、そして、彼らはぽつりぽつりと互いの幸せについて語り合った。 「少ししたら起こして……」 酔いが回ってきたらしい直羽は青嵐の肩に凭れながら――懐かしい子供の頃の夢を見た。 花火は一刻半もの間人々の目を楽しませたが、地上の「祭り」はまだまだこれからだ。 紫陽花の浴衣姿の秀影は、一人喧噪を離れて静かな場所へ茣蓙を敷くと、どかりと腰を下ろす。 「くっくっく、静かな星空の下一人酒、か。祭りの後の雰囲気ってぇのも悪かねぇなぁ」 そんなことを呟きながら、酒を楽しんだ。 ● 「よう、智明。見事な花火だったぜ!」 鉤屋へ顔を覗かせた惟雪が声を掛ける。 見ると、若手の花火師数人が黙々と作業をしていた。 「惟さん! 今回はありがとう。助かったよ!」 智明は作業場から出てくると、ぺこりと頭を下げる。 「気にすんな。……あのにいさんたちは戻ってきた花火師かい?」 「うん。昨日の花火を見てくれて、自分たちももっと新しい花火を作りたいって言ってくれたんだ」 「そいつぁ、よかったな!」 惟雪が笑う。 智明は何か言いかけ、惟雪の背後を見て驚いたように叫んだ。 「小父さん! 戻ってきてくれたのかい!?」 惟雪が振り返ると、小柄な、気難しげな顔をした老人が風呂敷包みを手に立っていた――数日前、志郎が尋ねた老人であることは、惟雪には知る由もなかったが。 駆け寄った智明に、老人は渋い表情のままぼそりと言う。 「……俺はお前ぇの親父に、智明を頼むって言われてンだ……」 「小父さん……ありがとう……」 智明は深々と頭を下げた。 それ以後、鉤屋はまた活気を取り戻していった。 そして打ち上げる花火も、昔ながらのものと新しいものとになり、花火といえば『かぎや』と言われるまでになっていったのである。 |