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■オープニング本文 ● 神楽の都は相も変わらず賑やかだ。 いまは正月とあってか、着飾った紳士淑女が多く見受けられる。 「あ、お嬢さん。人気投票は是非、五行王にお願いします!」 ぶらぶら歩いていた朱真(iz0004)に、中年の男が似顔絵を描いたびらを渡す。 「……人気投票??」 相変わらず世俗に疎い朱真は、不思議そうに首を傾げ、架茂天禅の似顔絵をしげしげと眺めた。 中年男は王様総選挙についてぺらぺらと喋り始める――彼はどうやら五行出身らしい。 故意か欲目か知らないが、えらく男前に仕上がっている似顔絵だ。 「……ぷっ。五行王の嫁探しはこの似顔絵使ったらいいんじゃないか? 肖像画よりよっぽど……」 朱真は吹き出しつつ、五行王の仏頂面を思い浮かべる……ちら、と別の顔も過って、慌てて頭をぷるぷるさせた。 (なんであいつの顔まで出てくるんだよ!) 「……五行王をご存じで?」 不思議そうな顔をした中年男に、朱真はあいまいに頷く――親しいわけではないが、知らぬ仲でもない。 「それは頼もしい!! 五行王のためにも手伝ってくださいませんか!? この似顔絵を配って下さるだけでいいんです!」 途端、中年男は顔を輝かせて朱真に頭を下げた。 「なんでそんなに五行王を推したいんだよ……?」 朱真が不思議そうに言えば、中年男も不思議そうに目をぱちくりさせた。 「なんでって……そりゃあ、自国の王が一番になったら嬉しいじゃありませんか」 「……うんまあ、それはそうだよな。いいよ。紙を配るだけでいいなら手伝う」 「ありがとうございますっ!」 喜色満面、男はいそいそと【男前に描かれた】架茂天禅の似顔絵の束を朱真に手渡したのだった。 ● 「さて、と。どこで配ろう……」 朱真がぐるりを見回した時、大きな物音と悲鳴に次いで、男のだみ声が響き渡った。 「……こんな似顔絵なんざ配りやがって」 「目障りなんだよ!」 朱真が駆けつけたとき、『見るからに山賊』の男たちがひとりの青年を突き飛ばした。 「おい、やめろ! ……大丈夫か? ……あれ。お前もびら配りだったのか」 朱真は飛び出し、ひっくり返った青年を覗きこんで彼の手にある【男前に描かれた】架茂天禅の似顔絵に気づく。 「は、はい……?」 青年は蒼ざめ、小さく頷いた。 「なんだぁ!? ……痛ぇ目みたくなきゃ引っ込んでな」 山賊たちは、いきなり飛び込んできた朱真に鼻白んだものの、若い娘とわかって脅しをかけてくる。 朱真は緑の目に強い光を浮かべ山賊を睨みつけると、立ちはだかるように正面に向き直った。 「嫌だね。たかがびら配ってただけでいちゃもんつけられるなんて、納得いかないな」 「はっ、は……! なんだ、てめぇも五行王を応援してんのか! 残念だったなあ! ここいらのもんは全員、石鏡の双王に投票するぜ」 山賊の一人が歯をむき出して哂うと、他の男たちも嘲笑する。 「総選挙は石鏡の双王が勝つに決まってるだろ、なあ?」 「石鏡の双王……?」 山賊の言葉に朱真は怪訝そうな顔をした。すると、後ろの青年が声を潜めて言ったのだ。 「石鏡の双王を推す組が山賊を雇ってるんですよ。それで、この前からあちこちで妨害を……」 「……石鏡の双王を推薦する組が、こいつらを雇ってるだって……? 何かの間違いじゃないのか?」 ますます怪訝そうな顔をした朱真に、だみ声がかかった。 「おうさ! 俺達ゃ石鏡の双王組に雇われてるのさぁ!」 山賊たちは頷きながらニヤニヤと嫌な笑いを浮かべたり、ケラケラと嘲笑を放つ。 朱真は少し考え、言った。 「わかった。じゃあお前らとは話しても無駄だな。たかが、雇われた山賊じゃあな。お前らの雇い主を教えろ。俺が話をつけてくる」 「何だと、小娘……」 むっとしたような山賊たちと朱真が真っ向から睨みあう。 そこへ、のんびりとした男の声がかかった。 「おいおい。こんな道の真ん中でケンカされちゃあ、通行人の邪魔だぜ?」 「……夕嵐!」 朱真は長身の男を見て素っ頓狂な声を上げた。 「よう。久しぶりだな、朱真」 立っていたのは【茶道楽】の夕嵐――開拓者であり、朱真とも顔馴染みの男だった。 依頼を終えた帰りなのか顔や腕には切傷があちこちついており、マントや鎧は泥だらけ、使い込まれた大物の武器も大活躍したのだろう――この、『見るからに開拓者』が現れたことで、山賊たちに動揺が走る。 「……と、とにかく、だ。ここいらでびら配りなんざするんじゃねえ、わかったな!」 そう言い捨て、山賊たちはそそくさと立ち去っていった。 ● 「すまない、お嬢さん。山賊のことは知らなくて……」 中年男がすまなそうに言った。 「いや。まあ、仲間も来てくれたし……」 朱真が慌てたように言えば、 「……五行国警邏隊総指揮官の嫁候補にケガなんかさせられねえからなあ」 どこか面白がるような声音で夕嵐が口を添える。 「えっ! 警邏隊総指揮官の嫁候補!?」 その場にいた人々はびっくり仰天し、朱真は「違う!!」と叫ぶ。夕嵐はにやりと笑って言った。 「だって、こないだ矢戸田殿と三位湖でデートしてただろ?」 「あ、あれは……! って、なんでそんなこと知ってんだよ?! ていうか余計なことを言うな!」 動揺する朱真を見て夕嵐は呵呵と笑う。 「と、とにかく! 王様選挙なんて【お遊び】だろう? お遊びに山賊を雇うなんておかしいだろ?」 朱真は話題を戻すようにしかめつらしく表情を改める。 話によると、山賊たちは少し前から現れるようになり、妨害を受けているのは五行王を推す彼らだけではないようだった。 「儂も石鏡出身の知り合いに事情を聞こうと思っても、そそくさ逃げられちまってさ……」 びら束を持った老人は困ったように溜息をつく。 「ふむ……。山賊が目をつけたのがたまたま石鏡を推す連中だっただけ、だとは思うんだが……まあ、石鏡と五行が仲良くするのが気に入らねえ連中も、少なからずいるからなあ……」 胡坐に頬杖ついて、ぼそりと呟く夕嵐。 朱真が腕組みして考え込む。 「うーん……俺一人で山賊五人は、やっぱちょっと難しいよなあ……」 「そりゃやめとけ。万一、厄介な連中が関わってた日にゃ、それこそ石鏡と五行の問題になっちまうからな」 開拓者二人の話に人々は半ば呆然と見守るばかり……。 夕嵐は頬杖を解き、人々に向き直った。 「……お前さんたちもこのままじゃ楽しくないだろう? 妨害を受けた他の連中とも話してみてさ、山賊退治をギルドに依頼してみちゃどうだい?」 そう提案された人々は夕嵐から、何故か朱真へと視線を移す――無言の意見を求められた彼女は、しっかりと頷いた。 「うん、俺も夕嵐の意見に賛成だ」 |
■参加者一覧
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
ソウェル ノイラート(ib5397)
24歳・女・砲
香(ib9539)
19歳・男・ジ
永久(ib9783)
32歳・男・武
昴 雪那(ic1220)
14歳・女・武 |
■リプレイ本文 ● 開拓者ギルド。 朱真は改めて簡単に状況を説明する。 永久(ib9783)は微苦笑を浮かべて言った。 「やれやれ……楽しい祭りに、無粋者もいたものだね。……お祭り騒ぎには、こういう騒動はつきもの……かな? 朱真、騒動があった場所を案内してくれるかな」 「うん」 頷く朱真の傍らで、五行王の似顔絵を眺めていた胡蝶(ia1199)が呆れ半分、可笑しそうに言う。 「妨害が無くとも、架茂王が双王に人気で勝るとは思えないけどね。……これ、本人が見たらどんな顔をするかしらね」 「……だな」 朱真はぷぷ、と吹き出して彼女に同意した。 依頼書をざっと確認していたソウェル ノイラート(ib5397)は、 「つまんない事してる奴がいるもんだね。……お祭り騒ぎは好きだけど、どこの王様が一番とか全然興味ないし、必死になって売り込む気も分かんないけど、頑張ってるのを妨害するって根性は好きになれないよ」 だから手伝うと言う。 「王様も選挙も祭りも興味あらへん。ただ其処に金になりそうな賊が居るけぇ協力するだけや」 ――と、すっぱり言ったのは香(ib9539)だった。 ● まずは下調べ――いかな馴染みある神楽の都とはいえ、開拓者たちとて都の全てを知り尽くしているわけではない。 羽喰琥珀(ib3263)は一足先に下見に出かけていた。 人通りが少なく、山賊たちが逃げられないような塀がある袋小路が理想的だ。 香もまた、流れるような足取りで路地裏を歩いているが、その目はしっかりとあたりの様子を検分している。 一方、朱真はまず自分が山賊に遭遇した場所へ永久を案内した。 「ふむ……できれば男たちの人相も見ておきたいが……他の誰かに絡んでいそうな気もするな」 永久はあたりを一瞥し、静かに呟く。 「んー……今日はこのへんには来てないのか……でもまあ、大丈夫だ。あいつら、一目で山賊だってわかるから」 きっぱりと言った朱真に、永久はくすりと笑った。 持ち寄った情報は仲間たちと検討された。 「山賊をよく見掛けんのはこのへんと、このへんだってさ」 羽喰は簡易地図にいくつか印をつける。 昴雪那(ic1220)は、からくりと判る関節部や頬のスリットが隠れるように手袋と外套を着こみ、びら束をしっかり抱えた。 「自分は念の為、町娘の恰好して賊の誘導にまわるわ。上手く追い込めんかったら面倒じゃけぇの」 言いながら、香は着替えの為に隣室に入って行く。 「……隠れる予定の人数も人数だから……短銃の射程の限界辺りで待機かな。……建物の軒下に消火用の桶とか木箱なんかが積んであるといいんだけどな……」 ソウェルは地図上の待機場所に目を落とす――かろうじて身を屈めて隠れられる消火桶が積まれていると仲間が告げた。 さて、と胡蝶が椅子から立ち上がる。 「無粋な輩には退場を願いにいきましょうか」 ● 「あの……よろしくお願いします」 こういった事をするのは初めてだった昴は、戸惑いながらも通行人にびらを渡す。 「投票は五行王をよろしくー」 元気よく声を響かせたのは羽喰である。 「なんだい、君たちも五行王を応援してるのかい」 通行人は【男前に描かれた】五行王の似顔絵を見て、昴と羽喰に笑いかける。「まあねー」と軽く応えた少年に、男は少し眉を寄せて小声で言った。 「最近このあたりは物騒だ。早くうちへ帰ったほうがいい」 「ありがとうございます。もう少ししたら帰ります」 丁寧に礼を言った昴の言葉に、『山賊が出たらな』と羽喰は心中で付け加えた。 「ここでゴミ配ってんのぁ、誰だぁ!?」 銅鑼声が辺りに響き渡り、通行していた人々は飛び上がるように逃げていく。 現れたのは五人の山賊だった。 「ガキども、誰に断ってこんなとこでビラ配りなんざしてやがる」 「痛え目みたくなかったら、とっとと帰りやがれ」 「お断りします。命令される筋合いはありませんので」 青竜刀をこれ見よがしにぎらつかせて怒鳴る大男たちに、打ち返すようにきっぱりと言い放つのは昴。 「なんだ、小娘。ここいらの連中はみんな石鏡王に投票するんだぜぇ? 断りもなくこんなもん配られちゃ、困るんだよ」 「へんっ、お前らのよーな奴が応援してるって知ったら、双王もがっかりするってもんだぜっ」 「何だとこのガキ……! 歯ぁへし折ってやる……!」 いかにも小憎らしい態度の少年に、いきなり巨大な拳が襲い掛かる――だが、羽喰は難なくそれを躱し、にやりと笑ってみせた。 「折れるもんなら折ってみな!」 言うや否や、羽喰と昴はくるりと身を翻し、駆け出した。 ばたばたと路地裏へ駈け込んだ山賊たちの一人が美しい町娘に目を留め、猫撫で声で聞く。 「ひょう、きれーなねぇちゃん。今二人のガキ……いやチビが走ってこなかったかい」 「え? 子供、ですか? あっちの路地に入っていきましたけど……?」 娘は可愛らしく小首を傾げ、指をさす。 「そうかい、ありがとうよ」 鼻の下を伸ばした大男の背後から怒鳴り声が響く。 「あほか、てめえ! あそこ走ってんだろが! 油売ってんじゃねえっ!」 「だってよぅ……」 山賊たちは路地の奥へと走っていく。 それを町娘――香――の冷めた目が追って行った。 ソウェルは自分の立ち位置と、仲間の位置を確認し適当と思われる場所を決めた。 人の足音に、そっと銃に手をやりつつそちらを窺う――歩いてきたのは近所に住む者らしい。 ソウェルは声を掛け、しばらくここへ近づかぬようにと告げる。怪訝そうな顔をした相手に彼女は小さく笑った。 「……節分はまだだけど、ちょっと早めの鬼退治ってね」 「朱真、助勢なら感謝するけど、油断して怪我とかしないでよ」 胡蝶がぶっきらぼうに言う。 無愛想な気遣いに朱真は小さく笑って頷いた。 「ああ。……おまえもな」 その長身が嘘のような軽やかさで屋根の上を駆けているのは永久――彼は羽喰と昴、それを追う山賊たちが通り過ぎるのを確認すると、彼らを追うように指定された場所へ駆けた。 「……もう、よろしいでしょうか?」 昴は呟き、フードを脱ぎ捨てると木刀をすらりと構えた。 ● 「へっ、この先は行き止まりだぜ!」 山賊の一人が嘲笑を放ち、一斉に刀を振りかぶって羽喰と昴に襲い掛かる。 昴は凶刃を掻い潜ると同時に木刀を薙ぎ払う――強烈な衝撃波に身体をくの字に曲げた山賊の腹に、彼女の木刀の切っ先が食い込んだ。 羽喰は相手の攻撃を見切り、するりと身を躱すと投紐を放った。狙い過たず、それは山賊の足首に絡みつき、巨体が地に倒れ伏す。 ソウェルは素早く短筒を構え、狙い定めて撃ち放つ。銃声と共に同時に山賊の手から武器が弾き飛んだ。 「な、なんだ? どこにいやがる!?」 山賊たちは動きを止め、辺りを見回した。 「お祭りに血生臭い話は御免だわ。大人しくしてもらうわよ」 胡蝶の凛とした声が響く。 「ギルドの依頼でお前らを捕縛する。抵抗するな」 羽喰の言葉に、山賊たちは驚愕の色を浮かべる。思わず逃げ道を探し、身を翻した先には永久が薙刀を引っ提げ立ち塞がっていた。 「く、くそ……っ! まとめて弾き飛ばしてやる……!」 山賊は歯ぎしりとともに唸り声を上げた。 「させないわよ!」 胡蝶は双鞭を振るう――轟音とともにめくれ上がる地を堰き止めるように、突如、白い壁が出現した。 更に鞭を振るうと蝶の大群が出現し、山賊へ襲い掛かる。ぎょっとしたように目を剥いたその隙に、胡蝶は一方の鞭で山賊の足を絡め取り、もう一方を振るって転倒させた。 ソウェルは、じりじりと塀を移動して逃げようとしていた山賊を牽制するように銃を撃つ。 「……ひっ!」 どこからともなく襲い掛かる恐ろしい攻撃に山賊は飛び上がった。刀同士の戦闘ならまだしも、飛び道具が相手では勝ち目がない。 深紅の刃が青竜刀を受け止める。 永久は微かに唇に笑みを刷いた。 「……さて。大人しくは、してもらえないかな。あまり荒事は得意じゃないんだ」 いかなる状況下でも彼の声音は穏やかだが、金色の隻眼は鋭く、その内に秘められた激しさを物語る。 「坊主め……っ!」 黄色い歯をむき出した山賊は、突き放すように離れるや否や青竜刀を投げ飛ばしてきた。 咄嗟に身を躱した永久へ、両刀で襲い掛かる。 薙刀の柄を回転させるように防御した永久は、相手の刃が止まった一瞬の隙を突いて、凄まじい速さで攻撃を繰り出した。 「……痛い思いはしたくないだろう?」 カエルがつぶれたような声を出して白目を剥いた山賊に、果たして彼の言葉が届いたかどうか……。 こちらでも山賊の一人が乱闘の中、こそこそと逃げ出そうとしていた。 「逃がしません」 昴の木刀から精霊の幻影が飛び出し、山賊を袋小路へと叩き戻す。 「この、ガキ……!」 顔を真っ赤にして怒気を噴き上げた山賊の前に、香がふわりと立ち塞がった。 「……おま……さっきの……! てめえも仲間か……!!」 一瞬の呆けたような顔から、山賊は怒り狂ったように拳を振り上げる――香は軽やかな足取りで攻撃を避けつつ反撃を繰り出す。そして、大きく間合いを取った瞬間、彼の手から何かが飛び出した。 山賊は咄嗟に避けようとしたが既に遅く、微かな風切り音と共に蛇のように襲い掛かった黒い曲刀が両手首の腱を切りつける。 激痛に転げまわる山賊を睥睨し、香は淡々と告げた。 「ちょいと話聞きたいだけやけぇ、大人しくしとり」 ● 縄で縛り上げられた山賊たちは、一旦ギルドの一室に放り込まれた。 昴は仲間はおろか、山賊の怪我までもを治療した。無論、年期の入ったひねくれ者たちが素直に礼など言うはずもないのだが。 「……お祭りを騒がせたいだけの馬鹿者か、それとも他に考えがあるのか……」 永久は小さく独りごちる。 「お前らの雇い主は誰だ? 何のために妨害した」 朱真が問うた。 しばらく何やら思案していた昴が丁寧に一礼する。 「正直に答えて頂ければこれ以上乱暴な事はいたしません。知っている事を教えてください。お願いします」 山賊たちは馬鹿にしたように鼻で笑っただけだ。 「あんまり強情だと、呼び出した『アヤカシ』に尋問してもらうわよ」 胡蝶がするすると双鞭を伸ばす。 「へ、雇い主なんざ……」 幾分、山賊たちの顔色が変わったところへソウェルがつい、と歩み寄り、短銃の撃鉄をカチリと落とす。 「……っっ」 額に銃口を向けられた山賊の一人が冷や汗を吹き出した。 「……ばーんっ!」 「ひぃぃっ!」 ソウェルが大きな声を出すと、山賊たちは肩を竦めた。 香がさらに追い打ちをかける。 「唯のお遊びで血ぃ見たいん? しょーもない理由でも、こっちも仕事やけぇの。殺さんだけ有難く思いや?」 紫の瞳に浮かぶ非情な光は、それが脅しでも何でもない事を告げていた――彼ならば、必要とあれば躊躇わず刃を振るうだろう。 山賊の一人が悲鳴のような声を上げた。 「〜〜〜っ……ほ、ほんとだ。雇い主なんざいねえ!」 「いい金蔓だと思ったんだ……! い、石鏡と五行が騒げば金になるって聞いたから……!」 「……なに……?」 開拓者たちは思わず顔を見合わせた。 単に金が欲しかった山賊たちは、王様投票などという「遊び」に浮かれている神楽の都に入り込んだ。 うろついているうちに、石鏡と五行の間に亀裂が入れば……などという声を聴いたという。これが何を意味しての言葉だったのか、だれが発したものなのか、そんなことは山賊たちには関係なかった。 金が入る――そう踏んだ彼らは、妙な競争意識を燃やして『王様投票』に熱くなっている人々にちょっかいをかけた。 べつに、それが五行王を応援していようが、石鏡王を応援していようがどちらでも構わなかった。先に目をつけたのがたまたま石鏡王を応援する組だっただけのこと。 自分達が五行王を応援している連中を黙らせてやると押しかけ、「仕事料」として金をとっていた。 ごねられれば暴力で黙らせた――完全な恐喝である。 誰彼見境なく拳を振り上げる連中だ。これでは、一般人たちでは手も足も出ないだろう。 「……金蔓ね……短絡的にもほどがあるわね」 胡蝶が侮蔑の色を含ませた声音で呟いた。 また、羽喰が石鏡王を推す人々からも話を聞いたが、山賊たちの話と相違する部分はなかった。 永久は嘆息とともに言う。 「何にせよ、褒められた事ではないのは分かっているだろう?」 「……ほんまにしょーもなかったわ……」 香がとどめのようにぼそりと呟いた。 ● 五人の山賊は警邏隊に連行されていった。 (楽しむためのお祭りのはずなのに、それを利用して何かを企む者も居る……人の世というのは、難しいのですね) 昴は心中で呟き、軽く目を閉じる。 「さて、一仕事終えた訳だし、朱真の良い人とやらを話題に皆でお茶でもどうかしら、と」 胡蝶がしれっと言って立ち上がり、朱真は動揺して椅子を蹴倒した。 「ちょ……っ! い、良い人ってなんだよ!?」 「お。いこーいこー」 羽喰がにっ、と笑って胡蝶に続いて行く。 「おい、ちょっと……待て!」 慌てて追いかける朱真のあと、開拓者たちは仕事の後の一服もいいだろうと外へ繰り出したのだった。 |