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■オープニング本文 ● 細い山道を旅装の男が歩いている。 使い込まれた網代笠、色褪せ擦り切れた黒い裁着けに後付行李。腰には竹水筒と、右側に筆筒。首からぶら下げているのは帳面らしい。 笠の下の顔はすっきりとした面立ちで、三十前後と思われた。 彼は、網代笠をちょいと上げ、辺りを見回す。 「なんとも、このあたりは奇岩が多い……。さすがに、鴻飛岳と呼ばれるのも頷ける」 鴻飛岳――自然に彫刻された不思議な形の岩山が連なるなか、ひときわ威容を誇る。昔から大鳳が舞うと言い伝えられており、土地の者はその岩山をそう呼んでいるのだとか。 大鳳とは、鷲や鷹のようでもあるが光の粒を纏い、大人二人が両手を広げてもまだ大きいという。 絵師が伊堂へと向かう道をまたも反れたのは、神の化身が舞う岩山を見たかったからである。 「……運よく、大鳳も見られると嬉しいのだが」 そう呟きながら、彼は絵を描く場所を探しに鴻飛岳の方へと向かっていった。 林道を抜けるとゆるやかな丘が現れ、そのずっと先に岩山がそそり立っている。荒々しい岩肌にしがみつくようにして木や草が生えていた。 その植物の生命力に目を細めながら、絵師は気に入った位置に立つと筆筒から筆を出して帳面を開く。 しばらく無心に絵を描いていると『きゃあっ』という子供の声が耳に入ってきた。その直後、彼の真上を巨大な鳥の黒い影が通り、その足に赤い着物の子供が掴まれているのが目に入った。 「――っ! 大怪鳥?!」 絵師は咄嗟に筆をくわえ、走りながら苦無を放った。それは大怪鳥の足に命中し、耳障りなけたたましい声を上げて掴んでいた子供を落とした。 彼は降ってきた子供をしっかり受け止めると、そのまま森の中へと走り出す。それを追って、一旦は上空へ飛んだアヤカシは旋回すると、真っ直ぐこちらへ襲い掛かってきた。 気を失った子供を抱えたまま、早駆で森の中へ逃げ込む寸前に大怪鳥めがけて煙玉を投げつける。顔面で破裂した煙玉の衝撃に驚き、ギャアギャアと喚きながら上空へ逃れていった。 「……おおとりはおおとりでも大怪鳥とはね……」 苦笑しながら呟き、少し足を緩めた。高い木々が密集したこのあたりならしばらくは大丈夫だろう。 ゆっくりと下ろした子供を見れば、三つか四つの幼い女の子だった。 絵師は竹水筒を子供の口にあて、少し傾ける。女の子は小さく咳き込みながら目を覚ました。 「……よかった。お嬢ちゃん。どこか痛いところはあるかい?」 尋ねると、女の子は首を振る。 「おじちゃん、あの鳥さんは……?」 その問いに絵師の苦笑が深くなった。 「お嬢ちゃん、残念ながらあれは鳥ではないよ。恐ろしいアヤカシだ。……さて。いつまでもこんなところにへたり込んでるわけにはいかない。お嬢ちゃんの家はどっちかわかるかい?」 女の子はんー、と考えるように辺りを見回し、木々の間からのぞく切り立つ鴻飛岳を指してこう言った。 「あのね。いつもあのお山の向こうからお日様がのぼってくるの」 幼子とは思えない聡明な言葉に、絵師の面に笑みが浮かぶ。 「なるほど。ではとりあえず行こうか。歩けるかい?」 女の子は頷いたものの、困ったような顔をした。腰が抜けて立てないらしい。 絵師は女の子を抱き上げると、鴻飛岳と太陽の位置を確認する。そして、はた、と気がついた。 「……私は子供を助ける星まわりなのかな……?」 呟くと、不思議そうな顔をした子供が絵師を見つめたのだった。 ● 子供を捜しているのか、騒ぎが木々の向こうから聞こえてくる。 森を抜けると、小さな小さな村が眼下に現れた。村というより里といったほうがいいかもしれない。二、三十軒の家々と、少しばかりの田畑。数頭の牛ともふらさまがいっしょに山に抱かれるようにして存在していた。 「これはまた……」 絵師は目を細めると、手帳を取ろうとして子供を抱えていることに気がついた――既視感とともに。 「あっ、おかあちゃんだ! おかーちゃーん!」 絵師に抱きかかえられていた女の子が、高台から手を振る。すると、こちらに気付いた女が叫びながらこちらへ駆け出し、人々が歓声をあげた。 女の子の家に招かれた絵師は、一服の茶をご馳走になった。 「ほんとによく無事で……。本当にありがとうございました!」 「ありがとうございました」 女の子の両親がそう言って何度も頭を下げる。 「いえ。もうお手をあげてください。私はたまたま通りかかっただけで、お嬢さんの運がよかったのです」 そう言って笑った絵師に、傍にいた長老らしき老人がはて、と首を傾げる。 「しかし、こんなところを通りかかるお人も珍しい」 「はは。そうかもしれません。私は、大鳳が舞うという鴻飛岳を描きに参りました」 老人は納得したように頷いた。だが、すぐにその面は曇る。 「言い伝えではのう……じゃが、ここのところ人を攫う黒い大鳥がそうだとは……」 「いえいえ。あれは大鳳ではありませんよ。大怪鳥というアヤカシだと思います。おそらく、鴻飛岳のどこかをねぐらにしているのでしょう」 絵師がそう言うと、集まっていた人々が顔を見合わせる。 「アヤカシ……」 「……この前は松んとこの子供が攫われたんだ……。その前はスエの息子だ」 「では、あれらが現れたのはごく最近なのですね?」 頷く人々の顔を眺めながら、絵師は思案する。 アヤカシが人を襲うのは食べるためだ。それ以外にない。 なのに、その場で食べることなくねぐらに持ち帰ろうとする、というのはどういうことなのだろう? 『溜め込む』という習性が大怪鳥にあるのかどうかわからない。いつぞやのように『似た』アヤカシなのかもしれない。どちらにしても攫った人間を溜め込んでいるのなら、幾人かは生きている可能性もある。 だが、その人々の無事も時間の問題だ。 「……ならば、早いうちに討伐の手を打たないと……アヤカシは、人間が近くに居てどこかへ移動するなんてありえませんから」 「討伐って、どうやって……?」 驚いたことに、ここの人々は開拓者ギルドの存在を知らないらしい。逆に言えば、それだけ平和だったということなのだろう。 絵師は苦笑を止めると、長老たちにギルドへの要請の方法を教えた。 |
■参加者一覧
美空(ia0225)
13歳・女・砂
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
ウィンストン・エリニー(ib0024)
45歳・男・騎
ゼス=R=御凪(ib8732)
23歳・女・砲
ディラン・フォーガス(ib9718)
52歳・男・魔
永久(ib9783)
32歳・男・武 |
■リプレイ本文 ● 開拓者たちが相棒の龍とともに村に到着すると、村人が珍しげに集まってきた。 「ルエラと申します。よろしくお願いします」 赤い髪の志士ルエラ・ファールバルト(ia9645)が、開拓者たちを代表するように長老に向かって一礼した。 「遠いところ、かたじけない。……おお、こんな小さな嬢ちゃんも開拓者とな! どうか、ご無理なさらずにの」 老人は、ずらりと並ぶ開拓者たちの中に曾孫のような年頃の少女が混じっていることに驚いたようだった。 炎龍を連れた美空(ia0225)は宝珠銃を叩いてみせ、笑った。 「大丈夫なのであります。子供をさらう悪い鳥さんにはお仕置きなのであります」 長老は『よろしく頼みますぞ』と相好を崩し、絵師を振り返った。 「絵師殿」 「はい。皆さんを鴻飛岳までご案内します」 そこへ只木岑(ia6834)が、ねぐらの位置を確定するため肉塊で怪鳥をおびき寄せられないか、という提案をしたのだが、長老は苦笑して首を振った。 どうやら、開拓者たちが来る前にやってみたらしいのだが、獣に喰われてしまうばかりで効果はなかったようだった。仕方なく、目撃情報を集め、だいたいの位置を確認したのだと言った。 「なるほど……でもねぐらが判ったのならよかった。一刻も早く子供を救出しましょう」 岑に同意するように騎士ウィンストン・エリニー(ib0024)が頷くように首を垂れる。 一行は鴻飛岳の麓、 アヤカシのねぐらの真下に到着した。 森の中から切り立つ岩山を見上げれば、上空に黒い鳥影が舞っていた。 絵師によれば、ねぐらは中腹あたりの岩棚の上らしい。 「子供たちはまだ無事か……? 早く恐怖から開放してやりたいものだが」 ロングマスケットを手に、ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)が気遣わしげに上を見上げれば、武僧の永久(ib9783)も、常は微笑を絶やさない金の瞳が、今は憂いを浮かべている。 「……安否が心配だな」 「デカいほうのは二羽か……浚われるのは、子供ばかり。大人より浚いやすいってのもあるんだろうが……」 ディラン・フォーガス(ib9718)は筋肉質の腕を組む。長大な斧を背にしたキース・グレイン(ia1248)もまた、首を傾げた。 「ケモノであれば、雛でもいるのかと考えるところだが。アヤカシにそのような習性はあるんだろうか……? 実際、蟲アヤカシの卵のようなものも存在した以上、在り得ない話ではないんだろうが」 「そうですね……多様化しているのかもしれませんが」 絵師も彼女に同意して頷いた。 岑は弓の弦を鳴らし『鏡弦』を発動させてアヤカシの存在を探る。一方、ルエラは心眼『集』で生体反応を探っていた。 「……怪鳥? が、十……。上空です」 岑が精神を集中させたまま呟く。ルエラは小さく頷いた。 「岩の上に二つ……ちょっと弱々しい反応ですから、子供ではないかと思います」 大怪鳥はいないようだが、子供は食べるものもなく衰弱しているはず。 そう判断した開拓者たちはすぐさま動き出した。 「囮で気を引いてみようか。血の臭いを染み込ませたぬいぐるみを相棒の尻尾に括り付けて飛ぼう」 ディランはどこか楽しげに、血の染み込んだ、うさぎだのかえるだののぬいぐるみを出して龍の尻尾に括っている。龍はなんとなく複雑そうな表情で後ろを振り返った。 そうして彼は龍に飛び乗ると、 「ご馳走が空を飛んでるぜ、さぁ、かかってこい!」 景気のいい声とともに、血塗れたぬいぐるみたちが空へ舞い上がっていく。 絵師はくすりと笑みをこぼした。 「お茶目な方ですねえ」 「……何と言うか……シュールだな。……クレースト、攻撃に当たるなよ。全て撃ち落とす」 ゼスはぼそりと呟いたあと、龍の首を軽く叩き、『騎射』を発動させて空へ舞い上がる。 「怪鳥が十、大怪鳥が二……少々、数が多いが……いけるな? グレイブ」 キースが相棒に問えば、龍は、是、と返答を返してきた。 次々に空へ舞い上がっていく開拓者たち。 子供の救出に向かうのは美空と永久の二人。アヤカシが仲間たちにおびき寄せられた隙に上へ上がることになっている。 上空ではさっそくディランのぬいぐるみを追いかけまわす鳥影があったが……何故か数が多い。怪鳥に混じってカラスもいるらしく、双方が争ってギャアギャアとけたたましい声が響き渡っている。 人間たちの気配を察したのか、岩山の頂上から二羽の巨大な鳥アヤカシが姿を現した。 キースとゼスの龍が『咆哮』を発動させ、彼女らの盾となってベイルを掲げたルエラ。 アヤカシたちは真っ直ぐこちらへ向かってくる。 (俺は撃破に集中しよう) ウィンストンが弓を構え、心中で呟く。 彼らはぎりぎりまでアヤカシを引き付ける。そして。 「いくら群れようが関係はない。子供の敵は排除させてもらう」 ゼスの呟きとともに、ロングマスケットが火を噴いた。 『天狗駆』を発動させた永久は、切り立った岩山を軽やかに駆け上がる。炎龍に乗った美空も宝珠銃を手に、ねぐらを目指した。 ばさり。 龍の羽が音を立て、岩棚に舞い降りた。 「ひっ……」 突然現れた巨大な龍に、二人の子供は縮こまる。直後、岩場を駆け上がってきた長身の男の姿が現れ、抱き合っていた子供たちは呆然とした。 永久はアヤカシを警戒して薙刀を構えると周囲に目を走らせる。中腹にできた窪みの中に子供はいたが、さらにその後ろに骨の残骸とぼろぼろの布切れが散乱していた。以前の被害者のものだろうか。 龍から降りてきた小柄な女の子が駆けて来る。 「助けに来たであります。もう怖がらなくてよいでありますよ」 言いながら、子供の頃に受けた傷のせいで視力の弱い美空は、ぺたぺたと子供の頬に触れて無事を確かめると、先ほど絵師から手渡された水筒を二人に渡してやる。 二日ほど飲まず食わずだった二人は、むさぼるように飲み干した。 「たすけにきてくれたの……?」 薙刀を構えて周囲を警戒していた男は、子供の問いに金の目をほころばせて頷く。子供は何か言おうと口を開きかけたが、永久は、『し』と口元に指をたてた。 「静かに。もう少し、頑張ろうな。美空、一人頼む」 「さ。シャーゲさんに乗るのであります」 美空は永久に頷くと一人の手をとって炎龍に乗せた。永久はもう一人を担ぎ、再び『天狗駆』で下へ駆け下りる。 待っていた絵師とともに、二人の子供を森の中へ潜ませると美空は再びアヤカシのねぐらへ、永久は上空の仲間たちに合流していった。 「……おじさんだれ? あの人たちの仲間?」 子供は絵師を見て不思議そうに聞いたが、彼は苦笑して首を振った。 「私は旅の絵描きだよ。彼らは開拓者たちだ。アヤカシ退治に来てもらったのだよ……とにかく、彼らが戻ってくるまで少し眠るといい。家まで送ってくれるから」 絵師が軽く微笑んでやると、子供はあっという間に寝息をたてはじめた。 『咆哮』でおびき寄せたアヤカシの第一陣の攻撃を、ルエラのベイルが障壁を展開して防いだ。 ゼスの射撃が怪鳥の胴を打ち抜き霧散させる。 キースは長柄斧を、ウィンストンは弓を構えつつ、ねぐらから遠ざかるように低空へ誘導していく。 子供が救出されたことを確認した彼らは、反転攻撃に移った。 岑は曲芸のような飛行で飛び回りつつ、『安息流騎射術』で怪鳥の羽を狙い撃つ。片羽をやられ落ち行くのをディランのホーリーアローが貫いた。 「絶地、火炎!」 ルエラが龍に叫ぶと、向かってくる二体のアヤカシに炎が噴出される。アヤカシが怯んだところへ『駿龍の翼』で突進して『紅焔桜』と『白梅香』を発動させ、消滅させた。 ウィンストンは龍を反転させるや『スカルクラッシュ』で怪鳥に攻撃を加え、矢を放って撃ち落とす。 巨大な影がキースと龍に迫る。彼女は何度か大怪鳥の爪をかいぐくり、長柄斧を構えなおした。龍に『スカルクラッシュ』を仕掛けさせつつ、『払い抜け』で攻撃する。 胴を切りつけられた大怪鳥は、喚きながら羽をばたつかせて地に落ちていった。永久とウィンストンがすかさず龍をかえし、地上へ向かった。 龍から降りたウィンストンは弓から長柄槌に持ち換えると、『騎士の誓約』を発動させる。 地に落ちてなお、その巨大な羽をひろげて鋭い嘴で威嚇するアヤカシに、永久は『宝蔵院』を発動させ、魔力を持つという狂伐折羅を振るった。 「餌に人を選んだのが、運の尽きだな。残念だ」 笑みを浮かべてはいたが金の瞳は鋭く、一閃、二閃と赤い刃が走り、アヤカシの巨体を容赦なく切り裂く。 ウィンストンはアヤカシの死角を狙い、長柄槌をその頭部めがけて突き出した。凄まじい絶叫があがり、襲い掛かる大怪鳥の爪を避けきれず、腿に食い込んだ。一瞬、顔をしかめたものの、彼は槌を握り直してさらに攻撃を加える。 大怪鳥の意識がウィンストンに向いている隙を狙い、永久は渾身の力で薙刀を一閃した。 巨大なアヤカシの首が飛び、紫の瘴気が散った。 岑の射撃を追うようにディランのホーリーアローが怪鳥を消していく。 ゼスの銃撃によって二羽が羽を打ち抜かれる。そして、ルエラの剣が枝垂桜のような燐光とともにアヤカシを消滅させた。 一体の大怪鳥が大きく旋回したとき、怪鳥が『怪音波』を発した。 「わっ!」 いきなり脳を刺激するような『音』に誰かが声をあげる。それは開拓者たちの神経を逆撫でするような不快なものだった。 彼らの一瞬の隙を狙ったものか、大怪鳥は凄まじい速さでねぐらへと反転していたのだ。 「しまった!」 ゼスが叫ぶと同時、ディランが放った光の矢が怪鳥を貫いた。 障索結界を張って警戒していた美空は、ものすごい速さで向かってくる巨大なアヤカシの存在を察知した。 岩棚にすっくと立ち、短銃を構えると『サリック』を発動させて両足を踏ん張る。炎龍も主人を守るように身構えていた。 「子供達の痛みは100倍返しなのであります。バキューンバキューン」 仲間の援護がすぐ来る。それまで踏みこたえるのだ。 覆いかぶさるような巨大な影が目前に迫る。 大怪鳥の鳴き声が耳を打つ。少女の指が引き金を引く寸前、真上から巨大な光がアヤカシに落ちてきた――ように見えた。 「えっ……」 一瞬、虚を突かれた美空だったが、気を引き締めてアヤカシの黒い影を追う。 彼女の目に映っているのは光の鳥と闇色の鳥の攻防だった。 「……大きな光の鳥さんも手伝ってくれるのでありますね!」 彼女はにっこり笑うと、短銃をアヤカシ目がけて連射した。 巨大な光の鳥の出現に、大怪鳥を追ってきた開拓者たちも仰天したものの、美空の短銃が発した音にはっと我に返る。 彼らは大怪鳥を取り囲むように龍を飛ばす。岩棚に立っている美空に岑が声をかけた。 「美空さん、大丈夫ですか?!」 「大丈夫であります! 光の鳥さんが手伝ってくれたのであります!」 美空は屈託ない笑顔で彼に応えた。 ゼスが『弐式強弾撃』を発動させ、構える。 光の大鳥は空高く舞い上がり、それを追うようにアヤカシが上方へ向いたところを、ロングマスケットの銃弾撃ち込まれた。 しわがれた絶叫を放ち、大怪鳥は宙で霧散していった。 ● 眠る子供達の傍らで上空を見あげていた絵師は、突然現れた燐光を纏う巨大な鳥に瞠目した。 「……大鳳……!」 呟き、彼は無意識に帳面を開くと筆を取り出していた。 隠れ潜んでいた森の中、目を覚ました子供達の傷をルエラが符水で治療する。そして、持っていた甘酒を手渡してやった。 「ありがとう、おねえちゃん」 どういたしまして、と子供に笑って頷き、今度は仲間のほうへ向き直る。 「ウィンストンさんも」 「かたじけないことであるな」 彼はそう言って、ルエラから符水をもらって飲んだ。 「坊主たち、頑張ったな。すぐ家に帰れるぜ」 ディランが子供達の頭をぐりぐり撫でる。そこへ、キースが包みを持ってしゃがんだ。 「おまえたち。食うか?」 包みの中にあったのは神楽之茶屋のみたらし団子と兎月庵の白大福だ。子供は大喜びで飛びついた。 「よく噛んでゆっくり食え。二日も食べてないんだから、急に詰め込むと腹を壊すぞ」 大きく頷いた二人に、永久や岑が微笑みを浮かべる。 「どうだ、いい絵は描けそうか?」 ディランは彼らから離れたところで一心に空を見上げている絵師に声をかけた。 「ええ……おかげさまで」 そう返答があったのはしばらくして、絵師の筆が止まったときだった。 ディランが絵師の帳面を覗くと、鴻飛岳に舞う大鳳の絵が描かれている。空を見上げても、もう大鳳の姿はなかったのだが、絵師の脳裏にはまだありありとその姿が映っているのだろう。 「素晴らしいですね。大鳳が見れるなんて、なんという幸運でしょうか」 興奮気味に呟く絵師に、ディランは豪快に笑った。 「よかったな! いい旅の思い出ができたじゃねえか。……さて、そろそろ坊主たちを村に連れて帰るか」 「そうですね。じゃあ、ボクが一人、扶風に乗せましょうか。もう一人は美空さんでいいですか」 岑が言えば、美空も笑って頷いた。 「絵師殿はどうされるのであるかな?」 ウィンストンの言に、絵師は笑って首を振った。 「私のことはどうぞお気になさらず。このまま旅に戻ります」 野宿も慣れているのだろう。どうやら、まだ絵を描き足りないらしい。 「お元気で」 ルエラが微笑みとともに一礼し、龍に乗って舞い上がる。 「景色を眺めていくのも悪くなさそうだ。……では」 キースが呟き、絵師に一礼する。続いてしっかり子供を自分の体に括りつけた岑がぺこりと頭を下げた。 「子供たちには龍での飛行を楽しんでもらいましょう。それでは、絵師さん」 「絵描きのおじさん、さよなら!」 「さよなら、元気で」 手を振る子供に絵師も片手をあげる。 口々に絵師に挨拶して空へ飛び立っていく開拓者たちを、彼は見えなくなるまで見送った。 そしてまた一頁 彼の帳面に夕日に向かって飛ぶ龍の姿が描かれたのだった。 |