|
■オープニング本文 ● ハチミツは、おおかたの養蜂場では飼育した蜜蜂――肢体が黄色と黒の縞模様――から作られる。一種類だけの花の蜜、あるいはさまざまな花の蜜『百花蜜』とが採れる。 その養蜂家は野生の蜜蜂の蜜を採取していた。 野生の蜜蜂は全体的に黒っぽく、体も小さめである。彼らが作るのは『百花蜜』。春の花の盛りに山野を飛び回った蜜蜂たちが持ち帰った花粉は、たっぷりの滋養を含んだハチミツになる。 黄金色のそれは爽やかな酸味と甘味が絶妙で、微かに山の花の香りがするのだ。面白いもので、同じ百花蜜でも野生種とそうでない蜜蜂とでは、できるハチミツの味も香りも違う。 もちろん、野生の蜜蜂のハチミツはその希少性から高値で取引されるのは当然ともいえた。 日よけの帽子をかぶり、雑草を抜きながら瓜介は実家の家業の話をする。 淡藤色のもふらさま――磊々さまは、五尺の巨体を木陰にしどけなく伸ばしてくつろぎながら聞いていた。 『野生の蜜蜂のハチミツとは……一度食してみたいものじゃのう』 「そうですねえ。子供の頃は手伝いのごほうびに一匙だけ食べさせてもらいましたけど」 『なんと、一匙とな。そなたの親御はケチなのかや』 磊々さまの言葉に、瓜介は声をたてて笑った。 「確かに子供の頃はそう思っていましたけど……ものすごく手間がかかる割に、採れる量が普通のハチミツに比べてぐんと少ないですからね。家の者で食べてしまっては商売ができません」 『なるほどのう……それでは一匙でも文句は言えぬの』 ちょっと残念そうに呟く磊々さまだった。 もふら牧場はいつものようにのんびりとした時間が流れている。草原のあちらこちらに遊んだり昼寝したりしているもふらさまが見える。今日も穏やかに一日が過ぎると思われたのだが。 「……坊……! 瓜坊、おーい!」 牧舎のほうから中年の男が駆けてくるのが見えた。 「あれ、太造さん」 瓜介は草抜きの手を止め、男のほうへ走っていく。 「どうしましたか?」 太造はぜえぜえ言いながら、握っていた紙を突き出した。 「お前の親父さんが……、山で事故にあったと……!」 「えっ!」 『なんじゃと?!』 瓜介は手渡された紙を開く。その脇から磊々さまも覗きこんだ。 風信術士から届けられた内容はごく簡単で、瓜介の父親が山の中に設置していた蜜蜂の巣箱を回収しているとき岩の塊に襲われたとだけあった。 「……岩の塊に、襲われる……??」 瓜介が首を傾げると、太造は不思議そうに言った。 「落石か何かじゃないのかい?」 「……ああ、なるほど……。でも……」 それなら『襲われる』とは言わないだろう。 『……憶測をめぐらせても解決にはならぬぞ。お世話係、疾く用意しや』 「えっ?」 磊々さまは牧舎に戻りながら振り返る。 『そなたの実家に参るのじゃ、急げ。……というわけじゃ、太造よ。牧場主にはそのように申し伝えるがよいぞ』 「へい」 太造は軽く一礼する。瓜介はおろおろと太造と磊々さまを交互に見ていたが、太造に『行って来ます。よろしくお願いします』とぺこりと頭を下げると、磊々さまを追って駆け出した。 ● 馬車で半日以上、日もとっぷり暮れたころに瓜介と磊々さまは、山間の村にある実家についた。 「瓜介!」 家から飛び出してきた母親が、馬車を降りた息子に駆け寄る。そして、荷台に乗っていた巨大なもふらさまを見て『まあ!』と声をあげた。 『母御かや? わらわは磊々と申す。以後よしなにたのむぞ』 「まあまあ、息子がお世話になっております。さ、どうぞ」 お世話しているのは自分なのだが、と思った瓜介だったが、賢明にも口にはしない。そんな息子の内心など知ろうはずもなく、母親は嬉しそうに磊々さまを家の中に招き入れた。 「まったく、たいしたことはないと言ったのに……」 休んでいた父親は、母親が風信術士に瓜介へ連絡を頼んだことを咎めていたようだったが、それでも久々に息子の顔を見て少し安堵したらしい。 ぽつりぽつりと状況を話し始めた。 瓜介の父は野生の蜜蜂の群れを追って山へ入り、巣箱を置く位置を見極める。 山の何箇所かにそれは設置され、うまく巣箱に入ってくれれば蜂はそこへ蜜を運んでくる。だが、まったく見向きもされないときもあれば、うまく入ってくれても、スズメバチや他の動物に攻撃されることもあるという。 父親は設置した巣箱を見回るために、この時期は山小屋で過ごす。必要なものは母親が馬車で運んでいた。 彼はその日、採蜜するための道具を馬車に積み、山の奥に置いた巣箱の場所へ行った。そこは香りのよい花を咲かせる木が多くある場所である。 だが、彼の目の前に現れたのは叩き潰された巣箱と、そして、なぎ倒された木々の無残な姿だった。 「……だれが、こんなことを……」 呆然と呟いて巣箱に駆け寄る。 押し潰された箱がほとんど。ひしゃげた箱には多くの蜜蜂の屍骸……逃れたのは半数以下だろう。 彼は死んだ蜜蜂をそっと撫でる。ハチミツは家計を支える手段ではあるが、彼にとって蜜蜂は家族と同じ、否それ以上、地の恵みそのものだった。 とにかく、巣箱は持ち帰らなければ――形のある箱だけ積み込んだとき、地鳴りのような音がした。雷鳴かと空を見上げるが、雲一つない。 ほどなく、なぎ倒した木々をさらに粉々にしながら現れたそれは、岩の手を振り回してこちらに突進してきた。 彼は転げるように馬車まで戻ると、怯える馬をなだめて飛び乗ったのだった。 「……とにかくもう、がむしゃらに馬車を飛ばして帰って来たんだ。あれは……岩の塊、としか言いようがない。岩を組み立てて手足をつけたような……それが、動いて襲ってきた」 瓜介の父親は自分の見たものがいまだに信じられないという感じだったが―― 『岩人形じゃの』 磊々さまがぽつりと言った。 「岩人形?」 『うむ。岩のアヤカシと言ってよかろう。外つ国ではゴーレムというらしいがの……しかし、あやつらは確か、ごく狭い縄張り内でしか動かぬはずじゃが』 「そうなのですか? って、なんで磊々さま、そんなこと知ってるんです?」 『そなた、わらわを誰じゃと思うておる』 「磊々さまです」 『そうじゃ。……父御よ、その岩人形、放っておいてはいかんぞよ』 ものすごい中途半端に放っておかれた感満載の瓜介を尻目に、磊々さまはかつてないほど真剣に、瓜介の父親に言ったのだった。 |
■参加者一覧
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰
佐長 火弦(ib9439)
17歳・女・サ
御火月(ib9753)
16歳・男・武
永久(ib9783)
32歳・男・武
藤井 宗雲(ib9789)
24歳・男・武
堂本 重左(ib9824)
28歳・男・サ |
■リプレイ本文 ● 「では、蜜蜂の巣箱はこの辺りとこの辺り……合計三箇所だったんですね? 広い場所は無し、と……」 そう言って武僧の藤井宗雲(ib9789)は作成した簡易地図に印をつけていく。 瓜介の実家に駆けつけてくれた開拓者たちは、詳しい状況を確認しながら地図を囲んでいた。 (何ぞ、今回は僧侶らしき者らが仲間に多いのう) 修羅でサムライの堂本重左(ib9824)は思ったが、視点を変えると半数が修羅族だ。開拓者たちがいかに多彩かが窺えるだろう。 蜜蜂の巣箱は山の西側中腹に一箇所、頂上付近に一箇所、そして東側中腹に一箇所置いてある。今回、岩人形に潰されたのは西側だった。岩人形の縄張りはそう大きくはないため、おそらく他の二箇所の巣箱は無事なはずである。 開拓者たちを馬車に乗せて、瓜介の父が使っている山小屋へと向かう途中、荷台に収まった寿々丸(ib3788)は、何やら目をきらきらさせて磊々さまを見つめている。 「岩人形か……堅そうな相手、だな」 そう言ってくすりと笑ったのは金目の武僧・永久(ib9783)。同じく武僧の御火月(ib9753)が一丈以上もある長槍を抱え、神妙に頷く。 「私にはまだまだ油断ならぬ敵ですが、アヤカシを前にして退く理由は無し……討ち果たしてまいりましょう」 一方、瓜介の父が手綱をとる馬車に乗っているのは、藤井とサムライの佐長火弦(ib9439)、そして堂本である。 「ふははっ、岩が動くとはいかにも面妖であるな! 森を荒らす者めを成敗してくれよう」 重装備の堂本は、採蜜用の機材にはさまれて狭そうにしつつも豪快に笑った。瓜介の父も彼の明るさにつられたのか、これは頼もしい、と笑い声をたてた。 中腹にある山小屋まで来たところで、瓜介と父、磊々さまはここで待ち、開拓者たちは岩人形が出現した場所へ徒歩で行くことになった。 ● 山道は馬車一台がかろうじて通れるほどの幅で続いている。 鬱蒼と茂った木々の葉がさわさわと鳴り、鳥の鳴き交わす声に混じって水の流れる音も聞こえてきた。 途中、ガサリと葉を揺らして現れたのは巨大な熊。御火月は長槍の石突を前にして少し構えてみせる。熊はじっとその様子を見つめていたが、やがてくるりと向きを変え、森の中に消えていった。 それ以後、猛獣に会うこともなく、緑に囲まれた道はずっと続くかと思われたが、突然それは消滅した。 下生えは無論、木々さえも砕かれて残骸のように散らばっている。 その無残な光景に息を呑む中、永久は目を眇めて呟いた。 「……自然が還る為には、どれだけかかるものか……逞しくも、脆いものだな」 森は十年、二十年でできあがるものではないが、破壊されるのは一瞬なのだ――彼の言葉はそのことを改めて感じさせるものだった。 荒らされた場所は、遮るものが無くかなり広範囲に見渡せるが岩人形らしき姿はない。 「蜜蜂の仇……取らせてもらいますぞ……!」 寿々丸は決意をこめて呟きながら『人魂』を召喚させる。それはふわりと飛んでいった。 「先ず見つけねば始まらんのだなあ……」 堂本は言いながら恐れ気もなく岩人形の縄張り内に入ると、転がっている石などを槍で突っついてみる。どこかあっけらかんとした彼の言動は、仲間の少し沈んだ気持ちを浮上させる力があるようだ。 「岩人形に遭遇したら『咆哮』を使いますね」 佐長はくすりと笑いながら言うと、堂本を倣って足場のよさそうな場所を探す。 「私も、どこか誘き寄せるのにいい場所がわかれば、『天狗駆』で誘導しましょう」 御火月が言い添え、寿々丸のほうへ視線をやる。 『人魂』が映す光景を見ているのか、視線を遠方にやっていた彼は、しばらくして、あっと声をあげた。 「河原におりまする! ……やはり、この辺りしか戦える場所はありませぬぞ」 「出おったな賊めが! 神妙にせい!」 堂本は言うや、槍を掲げて下方に見える河原めがけて走り出す。 「待て、堂本! 足場が悪い。こっちへ引き付けよう」 「……む、まずいのか」 永久の静止に堂本は素直に従い、引き返してくる。 佐長は自分の身長と同じくらいの緋色の野太刀を鮮やかに抜き放ち、攻撃力を込め『咆哮』を放った。 河原で他の岩と混じっていたそれがみるみる形を成していく。そして地響きをたてて猛然とこちらへ突進してきた。彼女は真っ直ぐにその姿を捉えて、太刀を構えた。 それを庇うように永久が立つ。 「流石に、女の子一人に任せてはおけないさ」 常に微笑を絶やさない長身の男を見上げ、佐長はにっこりと笑った。 「精霊よ、来たれ!」 藤井は二刀を抜き放ち、『荒童子』を発動させる。次いで、御火月も『荒童子』を発動させた。 核を破壊せねば岩人形は何度も蘇る。彼らはまずそれを探るところからはじめなければならない。 出現した精霊の幻影は、向かってくる岩人形の左足と右手をそれぞれ攻撃した。その衝撃に岩人形が崩れる。藤井は間髪いれず、さらに『荒童子』を右足部分に放った。 だが、割れた岩は磁石に吸い付くように元に戻り、岩人形は怒り狂って彼らを叩き潰そうと両腕を振り回す。 二人の武僧は天狗のように身軽に回避しながら、攻撃を繰り出して核を探った。 「細かいことはわからん! 堂々相対するのみよ!」 仲間に弱点を見定めてもらえればいい――堂本は槍を構えて前面に立つと槍を突き出す。だが、岩の腕が唸りをあげて横合いから彼の鎧を掠めていき、その衝撃で後ろへ吹っ飛ばされた。 岩の足が堂本目がけて踏み出されたとき、地面から生えてきた白い壁がその衝撃を受け止め、ずううん、という音をたてた。 「大丈夫でございまするか!? ここは寿々が……!」 寿々丸が堂本に呼びかけ、今度は『氷龍』を呼び出した。 白銀の龍から一直線に吐き出された息が、岩人形の胴を中心に凍らせていく。河原にあったためか、ふんだんに水分を含んでいたのが幸いした。 動きの鈍った瞬間を永久が見逃すはずもない。笑みを浮かべたままの彼の目は鋭く、狂伐折羅の真紅の刃が凍って脆くなった岩の胴部へ打ち込まれた。 岩人形が音をたてて崩れ落ちていく。 再生を防ぐため、佐長が『地断撃』で転がった岩々を粉砕する――しかし、砕かれた岩はまるで糸で操られるように、ふらふらと浮き上がると破片のまま岩人形を形作っていった。 その様子をじっと観察していた御火月の目が、ある一点を捉えた。 「首、ですか」 言いざま、『荒童子』を岩人形の首めがけて放つ。一尺弱の大きさの岩が削られ、中から鈍い光を放つ『核』が覗いた。 さらに藤井も『荒童子』を岩人形の首へ放つ。堂本の槍が追うように核の一部を破壊した。 岩の片足がばらばらと地に落ちていく。なおも腕を振り回す岩人形へ寿々丸は再び『氷龍』を召喚し、核を攻撃した。 永久の『宝蔵院』が凍りついた核に亀裂を刻み、佐長は大きく足を踏み込み、渾身の力で野太刀を突き放った。 ぱん、と玻璃が割れるような音が響く。 操り糸がすべて切れた人形のように、大小の岩石は地に落ち――再び形を作ることはなかった。 ● 山小屋で開拓者たちの帰りを今か今かと待っていた瓜介と父、そして磊々さまは、林道を歩いてくる六人を見つけて外に飛び出した。 「お怪我はありませんか?」 瓜介が声をかければ、六人は笑って大丈夫だと言う。 『おお。おお。ようやってくれましたのう。さすがは開拓者殿らじゃ』 磊々さまは満足そうに頷きながら目を細める。 「巣箱界隈のお手伝いなど、手が必要であれば気軽に言ってくださいね?」 佐長が気さくに言えば、堂本がうむ、と頷く。 「アヤカシを討つのもこの為と言えば、これも依頼の内といえる」 「……しかし、かなりの重労働ですよ? それに報酬も少ないですし……」 恐縮したような瓜介の父へ、佐長は屈託なく笑った。 「小さくて頼りないと思われるかもしれませんけど、これでも修羅ですしサムライでもありますから体力には自信ありますから!」 同意するように頷いた藤井は父子に向かって笑った。 「こうして修行になる上に、感謝されるというのは十分な報酬ですよ」 こころよく手伝いを申し出てくれた開拓者たちの手を借り、頂上付近の巣箱から順に遠心分離機を使って採蜜作業をおこなった。 幸いにも二箇所の巣箱は無事で、野生蜜蜂も十分な蜜を蓄えてくれていたようだ。 戦いの疲れが多少なりとも軽くなってくれればと、分離機から出てくる黄金色のハチミツを、少しばかりだが味わってもらう。 甘味と酸味が絶妙にからみあい、後味がさっぱりするのが野生蜜蜂のハチミツの特徴でもある。 『ほう……これは旨いのう、わらわは気に入ったぞえ。お世話係よ、おかわりをたもれ』 磊々さまも瓜介に食べさせてもらい、満足そうに呟いた。 永久は、山小屋の戸口に置かれてあるひしゃげた巣箱を持って、修繕がかなうか見ている。 「……その箱はもう無理でしょう……。また来年、新しいものを作ります」 瓜介の父は少し寂しげに彼に言った。 その手元を覗き込むようにしていた寿々丸が、耳と尾をしょんぼりとたらして呟く。 「一生懸命作っておりましたのに……父上殿も蜜蜂も、可哀想でする……」 「大丈夫、生きていれば何とかなりますよ。日はまた昇るのですから」 そう言って笑った藤井の脳裏には、蜜蜂と森の姿が浮かんでいたのだろうか。それとも彼の故郷が重なっていたのか…… 山はゆっくりと再生していくだろう。 長い時をかけて……。 別れ際、見送る磊々さまに寿々丸は意を決したように言った。 「磊々殿」 『? なんじゃ、寿々丸殿?』 開拓者たちや、父子が見つめる中、寿々丸は大きな淡藤色のもふらさまの前で少しもじもじしたが……。 「……宜しければ、その……ぽふんってしても宜しいでするか?」 目を輝かせ、尾をぱたぱたと振って磊々さまを見あげた。 子犬を思わせるようなあどけないその姿からはとうてい、彼が陰陽師であるとは想像もつかないものだったが。 『ほほほ。お安い御用でおじゃりますぞ』 磊々さまにとっては彼が何者であるかなど関係のないことである。ころころ笑うと、ほれ、とばかりに胸を張ってみせた。 寿々丸は嬉しそうに磊々さまに飛びつき、『ぎゅっ』と抱きしめた。 その無邪気な姿に開拓者たちも苦笑を洩らす。 『ほほほ。よしよし。可愛らしい方じゃの』 磊々さまは機嫌よく笑うと、しばらく彼の好きにさせておく。 陽はゆっくりと彼らの影を長くしてゆき、穏やかな夕べの訪れを告げていた。 了 |