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■オープニング本文 ※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。 ● それはまだ、どこか夏の熱気が残る夜のこと。 「起きなさい、起きなさい」 寝ぼけた来風(iz0284)の耳に、そんな声が聞こえてきた。 来風と一緒に暮らしているのはもふらのかすかのみ。けれど、かすかはもっと鈴を転がすような声をしているし、それに何より妙に懐かしさを感じる声なのである。 「来風、起きなさいってば」 そう言われて、来風はガバっと顔をあげた。 ……この声、もしかして。 おそるおそる、周囲を見渡してみる。 「久しぶりだね、来風」 声の主は――ここにいるはずのない、曾祖母であった。 ● 「どうして大ばあちゃんがここにいるの?」 来風は尋ねる。 曾祖母の身体はうっすら透けていた。当たり前だ、曾祖母はもう来風が五歳の頃になくなっている。 (幽霊……?) 盆どきじゃあるまいし、まさかとは思う。でも、そうとしか考えられなくて。 「他の儀ではね、この時期に亡くなった人がかえってくるそうだよ。なら、私がここにいたっておかしくはないだろう?」 そうか。ぼんやりした頭で、来風は納得する。 「それよりも来風、ばあちゃんも都を見物してみたいよ。案内してくれるかい?」 そう尋ねられて、来風は思い出す。曾祖母は、幼いころにそのまた母親を、アヤカシに殺されていたことを。志体持ちのひ孫のところにやってきたのも、それがひとつ、あるのかもしれない。 「うん。きっと他の人も、大切な人が戻ってきてる気がするの。みんなに会いに行こう」 来風は幼いころに戻ったように、無邪気に笑った。 |
■参加者一覧
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
銀鏡(ic0007)
28歳・男・巫
昴 雪那(ic1220)
14歳・女・武
ライラ(ic1280)
26歳・女・砂 |
■リプレイ本文 陰と陽とが入り混じる、摩訶不思議なその日。 開拓者たちは、出逢った。 己の『大切な人』に。 ● (あり得ない……彼がこの街にいるなんて) ライラ(ic1280)は自分のことをじっと見つめている青年を一目見て、そう思った。 「あんた、なんでここに……!」 そう思わず声に出すけれど、青年の方はただニッコリと笑うだけ。 ――きっとこれは、夢だ。 あの街にいて無事でいられるわけがないもの。そう、ライラは考える。 奴隷だった自分の逃亡を助けてくれた、幼なじみの青年。金色の瞳を持った黒猫のアヌビスなんて、そうそうお目にかかれない。間違いなく、「彼」だ。 ――あの時彼が助けれくれなければ、自分はとうに命を落としていたはず。でも、その代わり……。 そう。これは、夢。 ライラはもう一度、自分に言い聞かせる。 (そうよ、これが夢なら遠慮をすることはないわ。いつも振り回されていたぶん、今日はこっちが振り回させてもらうわ!) ……とは言いつつも、昔からの関係性がそう変わるはずもない。 ライラは案の定というか、はじめての神楽の都に興奮する青年を追いかけるのでいっぱいいっぱいになってしまった。 「ほら、ぼーっとしないで! あの店の菓子が美味いんだとさ、行こうぜ、観光観光♪」 青年はまるでそんな過去があったことをライラが忘れてしまいそうになるくらい、青年は楽しそうにはしゃぐ。もういい年齢の大人なのに、そんなのを忘れてしまうくらい。 「ちょっと待ってよ。折角ならあたしは向こうのお店も見てみたいわ!」 けれどライラも、楽しくて仕方なかった。幼い頃からの記憶が脳裏をよぎっていく。そう、いつも彼はライラの隣にいたのだから。 夢と現の区別の付かない薄暗い街のなか、二人のアヌビスはまるで幼子のように走り回った。 「でも都ってすごいな。そもそもアル=カマルとは随分違うし」 青年とライラは、屋根の上で一息つく。見物も一段落だ。 「そうね。開拓者っていうのは、そういう意味では面白いよ」 世界のあちこちを旅できるしね、とライラは笑った。笑った、つもりだった。 けれど、なぜだろう。眦から、涙が零れる。 「……もうすぐ、夜明けだな」 青年は穏やかな声で呟いた。それが引き金かのように、青年の気配が希薄になっていく。 「んな顔すんな。消える瞬間までそばに居てやる。俺が消えたその後も、永遠に君を照らせるように。俺の名前は……光を意味するからな」 ライラは頷く。そして笑顔を作って手を伸ばした。 「ごめんね……そしてありがとう。また会いましょ?」 「お前が俺のぶんまで人生を満喫してからな」 ――夜明けとともに、青年は消えた。 「さようなら……あたしの大切な、友人」 ライラは、眩しそうに目を細めて小さく微笑んだ。 ● 「――」 青嵐(ia0508)は本名を呼ばれて一瞬目を丸くしたが、かすかに笑った。 「その名前で呼ばれるのは久しぶりの気がしますよ、師父」 そこにいたのはかつての家庭教師であり、魔術師としての師匠。一言で言うと、喧嘩するほど仲がいいというような関係だ。 「アンタみたいな我の強い人が早々昇天とかありえないでしょうが、どうします? おとなしく冥府に戻りますか?」 すると師匠は笑った。 「流石にこのくらいで驚くような弟子ではないね。と言うか、やはりわかるかい」 「経緯はどうあれ、その姿を見れば見当は。付き合いも長いですし。それよりもしよければ、一杯どうです? 薬なんて盛りませんよ、効かないでしょうし」 伊達に長い付き合いではないといったところか。 「そうだな、いただこう」 用意したのは紅茶とブランデー、そして軽食。 「亡くなった要因とかは聞きませんよ。そんなのは知ってもしょうがないですし、大体判っていることですからね」 紅茶に手を付けながら、青嵐は微笑む。 「それよりアンタが亡くなった後の出来事の話でもしましょうか。どうせ暇なのでしょう? 一晩程度は付き合いますよ、死後の愚痴も含めてね」 「おやおや、我が弟子は随分と機嫌がいいようだ」 師匠はそうやって柔らかく笑う。本当の表情が見えにくい笑いで。 「まあ、俺も成長してますからね。師父も現世は久々でしょうに」 まるで腹の探り合いのようにお互い笑う。 「いや、でも本当に色々あったのは事実ですよ。だからこそ、今俺はこうしているのですし――」 温かい紅茶と、ほんのり漂うアルコール臭。 それにクッキーやサンドウィッチがあれば、話も弾むというものだ。 「……そう言えば、最後に聞いてみたかったのです。貴方は、自分の生きた結果に後悔がありますか?」 青嵐は尋ねた。 「後悔なんかするわけがないでしょう? 何故そんなことを」 師匠は頷く。 「いえ。貴方の息子も同じようなことを言っていたのです。彼は今、俺の弟としていますよ。貴方の記憶こそありませんが、言動がやはり親子だからでしょうね、よく似ています」 「そうですか。それを聞いて、少しだけ安心しました」 オレは君の中に生きているのだと思って。 そう言って、彼の師はふっと掻き消えた。 ● 言葉が出ないとはこういうことを言うのだろう。 以心 伝助(ia9077)は目の前にいる男性を見て、何も言えなくなってしまった。 「何怖い顔で睨んでいるんだい、伝助。それよりも飲みに行かないか、子どもと酒を飲むのが夢だったんだ」 優しい口調でそういうのは、彼の育ての父であり、シノビの師匠。穏やかで懐の深い人物だったが――伝助は胸が痛くてたまらない。 彼を殺めたのは、他ならぬ伝助自身だったから。 酒場で二人、酌み交わす。 いつにも増して賑やかなような静かなようなその酒場は、同じように『あわい』にあるがゆえの不思議な空気をはらんでいた。 暫くたってから、ようやく伝助は言葉を発した。 「……怨んでいるっすか?」 それは、彼がずっと抱えてきた負い目が生んだ言葉。しかし、師匠はゆっくりと首を横に振った。 「あの時はそうしなければ二人とも死んでいた。私はね、お前が今も生きてくれていて嬉しいんだよ」 そう言って優しく目を細める。彼の言葉は続いた。 「そして一番嬉しいのは、お前が今は自分の意志で『生きたい』と思ってくれていることだよ」 師匠の目は穏やかだった。 「あの時約束させたのは、そうしなければお前が自ら命を絶ちかねなかったからだしね」 伝助は頷く。 「じっさい、あの言葉がなければそうしてやした」 そっと、あの時の証とも言える己の頬の傷に触れながら。 「……あっし、御師さんには心配かけてばっかりっすね」 伝助は苦笑するしかない。けれど、その笑いはいくらか吹っ切れたような爽やかさも含んでいた。 「そう言えば、あれからはどうしているんだい? ここにいるってことは開拓者になったようだけれど」 ようやくお互いの心のわだかまりが溶けたのが嬉しいのか、今度は師弟としてではなく血が繋がってこそいないものの親子としての会話を始めた。 はじめの張り詰めた気持ちは、もう伝助の中に残っていなかった。 そうするうちに、彼らのもとにも夜明けが訪れる。 二人はどちらからともなく手を差し出し、握手を交わした。 「ありがとう。私の自慢の息子であり、弟子だよ。伝助」 「御師さん、こちらこそありがとうっす。会えて良かったっす」 二人は笑いながら、別れの言葉を告げる。素直な気持ちで。 師匠はそうして、光に溶けていった。 ● 央 由樹(ib2477)が自宅に戻ると、懐かしい顔があった。 「由樹、おかえり」 それはもう亡くなって久しい祖母だった。由樹の思考は一瞬硬直する。けれど、小さく首を横に振る。 夢でも幽霊でも構わない。言わなくてはならないことがあったのだ。 「ただいま……久しぶり、やな。元気にしとったかいな?」 すると祖母はくすりと笑う。 「せやなぁ。血の池地獄は思ってたよりええ温度やったで」 「なんやそれ」 のんびりした祖母の言葉。そのやりとりに、ああ間違いなく祖母だと思う。思わず由樹は苦笑したが――頭は恐ろしく回転していた。 言えばきっと悲しませてしまう。けれど言わなければならない。 己の罪から、逃げてはいけないのだ。 「なあおばば。俺は……『不殺』の誓い、守られへんかった。俺を追ってきた大切な友達を……一人どころやない、皆この手で殺した。俺が」 唇を噛む。微かに、声が震える。 しかし、祖母はそんな彼の俯く頭に、優しく手をおいた。幼い頃と同じように。 「やっぱり、由樹はええ子やなぁ。おばばの自慢の孫やわ」 「え……」 由樹は顔をあげた。祖母は優しく微笑んでいた。 「確かにアンタは人の命を奪った。それは許されへんことで、一生背負わなければならん罪や。おばばはそれができへんかった……罪から逃げて、もっと罪を重ねていくばかりで」 息ができなかった。祖母の言葉は、彼にとって何よりも重いから。 「でもアンタはその罪を背負って、それでも前を見て歩く覚悟を決めたんやろ?……おばばはそれで十分や。立派になったなあ、由樹」 祖母は由樹の頬をそっとなでた。その暖かさ、心身とものぬくもりに何かが溶けたような気がした。 すうっと、頬を涙が一筋伝っていく。覚えている限り初めて流した涙だ。涙を流した覚えのない彼にはそれが何を意味するかわからなかったけれど、ひどく救われた気がした。 由樹の涙を祖母はそっと拭い、そして優しく微笑む。 「由樹や。今あんたが握ってるその手は、絶対離したらあかん。誰よりも幸せにさせたりや。そしてあんたも、誰よりも……幸せになりや。おばばとの約束やで」 「うん……約束するで、おばば。今度こそ必ず、守るから……」 そして祖母と孫は語り合った。沢山、沢山。 ● 銀鏡(ic0007)の場合、それは宿で煙管をふかしていた時に唐突に現れた。見覚えある幼い修羅の少女。五歳ほどだろうか。 「銀鏡、遊びに来たのよ?」 鈴を転がすような声。無邪気な笑顔。 「な、何じゃ……?」 銀鏡はつい煙管を取り落とすが、窓から見える光景が普段とどこか違っていて、そしてゆっくりと理解していった。 間違いない。これは、妹だ。 彼岸と此岸の入り混じる今宵、昔と寸分違わぬ姿で現れた妹。 それが意味するのは―― 「……そうか……そうか」 幼い妹は彼を兄と思っていなかったし、彼が住んでいた集落のしきたりなども知らなかった。女子が家督を継ぐことも、そのために彼が半ば幽閉されていたことも。無邪気に話しかけ、そして彼が生贄とされると決まったことに嫌気が差して出奔するときに手助けをしてもらい――恐らくは、彼の身代わりとして―― 「……っ」 ぎゅ、と幼い妹を抱きしめる。 「銀鏡どうしたの……?」 僅かに苦しそうにする妹に、慌てて手を離す。そして涙や悲しみを隠して穏やかな笑顏を浮かべた。 「……そうじゃのう……何をする?」 「わぁい!」 嬉しそうに跳ねる妹を、銀鏡は懐かしく見つめていた。 お手玉、鞠、賽子遊びに花札……どれも妹と楽しんだ、思い出の遊び。お手玉の縮緬の美しさを少女は懐かしそうに見つめていた。 普段から肌身離さず持ち歩き、時折近所の子らと遊んでいる遊具。まさかこんな形で妹と遊ぶことになるとは思ってもみなかったが、妹は楽しそうに賽子を振り、お手玉を投げる。 幼いころの思い出がひどく懐かしくなった。 「気が済むまで、付き合うからの」 「ほんとう? うれしい!」 少女は頬を染めて笑った。 「それにしても、お前の髪は綺麗じゃのう」 さらりと、銀鏡は妹の髪に触れる。近くにあった櫛に手を伸ばし、髪を優しく梳いてやる。 「銀鏡もきれいよ? だって、きれいな銀色だもの。名前とおなじね」 「そうか?」 銀鏡はそんな言葉を返しながら、手早く妹の髪を結い上げた。 「ほら、お主はずっと、お姫様じゃよ」 「うん。銀鏡、ありがとう」 妹は嬉しそうに、笑顔を浮かべた。 結局、その日は妹が消えるその瞬間まで遊びに付き合っていた。登場と同じように、消滅も唐突だった。 時間というのは残酷で、戻すことはできない。ついさっきまでお手玉で遊んでいた妹。そのお手玉が力なく落ち、白み始めた空を銀鏡も確認する。 「――!」 声にならない声。大粒の涙を零しながら、がくりと膝から崩れ落ち、何度もしゃくりあげた。 「すまん……本当にすまんかった……」 その言葉だけを、何度も繰り返して。 ● 昴 雪那(ic1220)もまた、呆然として言葉がでなかった。 彼女の前に現れたのは――懐かしい、三十路絡みの男性。柔和な笑顔を浮かべたその男性は、雪那を懐かしそうに見つめ、名を呼んだ。 「驚かせてしまったかな……僕だよ、雪那」 「主、様……?」 彼女の姓はもともと主の名前だ。彼が亡くなって寺院を出たのち、そう名乗ることにしたのだ。 思わず反射で応じてしまったが、混乱するのも無理は無い。 「あの、お久しぶりです。お元気そうで……ええ、と……」 「雪那、無理に言葉を続けなくてもいいよ。それよりも、賑やかな方へ行かないか」 亡くなる前の主は、病魔に侵され随分と痩せ細っていたが、今の彼は患う前の姿らしい。楽しそうに雪那の手を引いて、街の繁華街へと繰り出した。 途中、あちこちで見かけるのは同じように『大切な人』と再会した人たち。 「……どうやら、私達だけではないようですね」 驚きもしたが、それなら問題はないだろう。目に留まるそんな人達の様子がひどく微笑ましくて、笑顔がつい浮かんだ。 (大切な人と会って感じる気持ちは、人もからくりも変わらないのですね……) なんとなく、それも嬉しくて。 茶店で一息をつくとき、買い物をするとき、度々主が問いかけてくる。 「雪那、楽しいかい?」 「はい、楽しいです。ずっとこうしていたいくらいに」 その度に一瞬主が心配そうな顔をしたが、それには気づかないふりをした。ただ、胸がざわめく気がしたけれど。 家に戻ってから、二人は静かに寄り添い合っていた。そうしたいと、雪那が願ったから。 と、主は雪那が身につけている簪に触れた。 「……簪、もっと良い物をつけたらどうだ?」 しかし雪那は首を横に振る。 これは主に初めて贈られた物だ。わかっていてそんなことを言う彼に、雪那はきっぱりと応える。 「いえ、これは大切な物ですから」 これを外すということは主人を忘れてもいいことに繋がる気がして。そのつもりがないことを、暗に示した。……たとえ、主がそれを望んでいても。 「それよりも、お話してください。いつものように」 もっと声を聞きたい。もっと傍にいたい。 後どのくらいこうしていられるかわからないから。そう考えると、胸の奥が重苦しく辛かった。 その気持ちの意味が、彼女にはまだわからなかったけれど。 ● ――かくして夢は終わる。 それが幸せか不幸かは人次第。 しかし誰の心にも、何か訴えるものがあった―― |