|
■オープニング本文 ● ――兄さん。 ――おう、なんだ。 ――本当に、家をでるの? ――ああ。 ――開拓者になれば、魔の森のアヤカシにも対抗することができるし、物語の主人公みたいなことになるらしいぞ。 ――だから……父さんと母さんをよろしく頼む。 それは、随分昔にした懐かしいやりとり。 「……夢……」 ぼんやりと宙を仰いで、少女は寂しげにつぶやいた。 ● 「皆さんにはいつもお世話になっています」 来風(iz0284)は頭を深く下げる。 いつもと少し様子が違うのは、依頼の内容のせいだろう。 『尋ね人』――。 彼女の依頼にしては、少し珍しい。 「わたしが今回みなさんに探して欲しいのは、わたしの兄、風牙です。私よりも前に志体持ちであることが判明して、都に出たのですけれど……わたしがこちらに来るよりも少し前くらいからでしょうか、ふっつりと連絡が途絶えてしまって。ギルドの名簿にはまだ名前がありますし、都の中にはいるのだと思うのですが……」 来風は少し、歯切れの悪い口調で言葉を紡ぐ。 「家族はやっぱり心配しているんです。だから、せめて居場所を探したいと思って……お願いします」 まだどこかに幼さを残した少女は、ペコリと礼をした。 ● そんな来風の依頼が、ギルドで話に上がっている頃。 「あ、フーガにーちゃん! 今日は何で遊ぶ?」 「今日はなにかおいしいものある?」 都の一角、貧しい暮らしをしている子どもたちのもとに、その青年は訪れていた。 「ん。今日は久しぶりに肉を手に入れたんだ。細切れだけどな。焼き飯でもするか?」 茶色い髪に、ピンとたった茶色い耳、くるんと巻いた茶色いしっぽ。服装はまだまだ冷えるというのに、派手な着物をまとい、綿入れは身につけていない。 フーガと呼ばれたその青年は、ニンマリと笑う。しかしその胸の奥で、こんなことも考えていた。 (そういや、妹が都に来てるって聞いたけど……あいつ、なにしてるんだ?) ● 風の交差は、始まろうとしている――。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ヴィユノーク(ic1422)
20歳・男・泰
葛 香里(ic1461)
18歳・女・武 |
■リプレイ本文 ● 来風(iz0284)の兄、風牙。 唐突な捜索願だったかもしれない。しかし、開拓者という身分の若者たちにはなにかピンとくるものがあったようだ。 とりあえず、来風から聞き出せるだけの情報は出来る限り聞き出して、開拓者たちは捜索に出発した。 ● 「まずは、都のギルドで聞き込みをしてみましょうか」 ずっと便りがないままというのはさぞ心配だろう――菊池 志郎(ia5584)はそう呟く。確かに開拓者ということならギルドに登録されているわけで、情報を手に入れることも難しくはないかもしれない。 「風牙、ふうが……ああ、この人かな。理穴出身の犬耳の神威人で、砲術士ってなってますね」 じっさい『依頼なので』という言い分を通したところ、情報がもう少し鮮明になった。理由付けはやはり大事らしい。 砲術士。絵姿などはないが、随分人物像が絞られてくる。記録によれば長身の、ちょっとしたいい男らしい。まあ、主観がかなり入っているだろうが。 「あと、同一人物かはわかりませんがね。昨年の終わり頃に、似た風体の人物が依頼を申し込んだっていう記録が残ってますよ」 「えっ」 思わず驚きの声を上げてしまう。詳しく聞くと、依頼人は『フーガ』と名乗り、貧しい子どもたちと鍋をしたり遊んだりという依頼を持ちかけていたという。偽名というか、少し発音を変えた程度だが、これではすぐに気付かれなかったのも道理かもしれない。 「……案外、街中で立ちまわってますね」 これは開拓者としての本能的な行動なのだろうか。弱者を見過ごせない――そういうことなのだろうか。 「それにしても、」 同じくギルドで聞き込みをしていたヴィユノーク(ic1422)は思う。 「身近な人間が行方しれずっていうのは落ち着かないだろうな。……俺も似たようなもんだから、なんとなくわかる気がする」 アル=カマルの実の親とは生き別れ、ジルベリアの養父母にさまざまなものを与えられた青年は、言葉少なにそう呟いた。 ● 『ふうが』という音は『フーガ』に転ずる。 そして偶然か必然か、志郎たちが聞き込んでいた『フーガ』という人物の依頼に聞き覚えのある開拓者が、来風の知己にも何人かいたのである。 「えっと……その人、もしかしてあたし会ったことあるかも!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)は目を丸くする。そして同じようなことを思ったのは他にもいて、礼野 真夢紀(ia1144)とその友人である玄間 北斗(ib0342)も同じように心当たりがあったらしい。同姓同名だというし、おそらく二人の指している人物は同一だろう。 「……でもあの人だとしたら、以前親はいないって話していたそうですの……なにか事情があるのかも……」 「親は、いない……?」 真夢紀の言葉を来風はおうむ返しにして、そしてひとつため息。 「……それ、もしかしたらわざとかも知れません。理由は、わかりませんが」 来風が思う理由は、家のしがらみを考えたくないからではないか――との事だったが、それだけでは少し弱い気がする、らしい。夢を持って行動する、良い兄なのだと少女は言った。 「風牙兄さんは面白い人なんです。でも、都の水が肌に合いすぎているのかもしれませんね」 来風は兄のことを思い出したのだろう、くすりと微笑む。 「とりあえず、おいらたちはあの時のババ様たちに会いに行ってくるのだぁ〜。あの子たちのこと、気になっていたからちょうどいい機会なのだ」 北斗はそう言って、いつもの様にふわぁと笑う。 「よろしく、お願いします……!」 来風はぺこりと、礼をした。 ● 「おやまあ、久しぶりだねぇ」 先日大雪の降った都の郊外。貧しい子どもたちが『ババ様』と慕うトシ刀自は、見覚えのある開拓者たちを目にすると、顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。 「ええと、真夢紀ちゃんに、北斗さんだったかね。揃ってどうしたんだい?」 「おばあちゃん、久しぶりですの」 真夢紀らはおみやげに、と持ってきた菓子などを並べる。 「実は、フーガさんについて聞きたいのですの」 「おや、今日のお目当てはフーガかい」 真夢紀にそう言っておどけるトシ。 「と言うか……フーガさんの妹さんらしい人に会ったのだぁ」 北斗はやはり土産を渡してにぱぁと笑う。依頼のことは、あえて口にしない。 「住んでる場所などは、知りませんか?」 真夢紀と北斗は、同じように首を傾げる。すると、 「そうかい、妹さんが……。やっぱりそういうことかい」 トシはそう言って、クスリと笑った。 「どういうことです?」 真夢紀が問うと、 「ああ。あの子がね、いろいろあたしらにも隠しごとしてるのはなんとなくわかってたさ。聞いてたのは、故郷には帰りたくないようなことだね。なんでかいって聞いたら、会う人もいないって言ってたけど、違うね。合わせる顔がないんだと思うよ」 「合わせる顔が、ない?」 来風も言っていたが、家族というのはそんなにも重いしがらみだったのだろうか、彼にとって。 「あと、開拓者っていうのが思っていたよりもきつかったんじゃないかね。アヤカシ退治やらでちやほやされるのは数えるほどだしねぇ……命あっての物種だし。でも、家族には無事を伝えなきゃねぇ、やっぱり」 「……」 彼らは開拓者だ。 戦いに背を向けることは、したくないと思っている。でも、戦いばかりが開拓者の仕事ではないことも、彼らはよくわかっていた。 「開拓者の仕事はしばらく休んでいるとして、理由をもっとはっきりさせたいですね」 真夢紀が呟く。北斗も、 「……このままでは、いけないのだ」 こくりと頷いた。 そう、来風にとっても、風牙本人にとっても。 「おや、リィムナちゃんも来たのかい?」 街での捜査を終えてから、真夢紀たちと入れ違いにやってきたのはリィムナ。所在を調べたが、今ひとつ芳しくなかったらしい。 「こんにちはババ様! フーガさん、元気にしてる?」 同じく土産物をどっさり持って話を聞きに来たが、聞けたのは真夢紀たちとほぼ変わらないこと。でも、とリィムナは思う。 「もしかして、開拓者ではない生き方を選んで、それで家族に言いにくくなってるのかな。物語の主人公みたいにって大志を抱いてたなら、なおさら」 「ああ、それはあるかもねえ。何しろあんだけ元気でどこか傾いた子だろう。なかなか思うように行かないのが、辛かったんだろうね」 刀自はそう言って、微笑む。 「あ、あのときのお姉ちゃん!」 「またこんどあそぼ!」 と、リィムナに気づいたらしい子どもたちがわっとやってくる。 「うん、また鬼ごっこしようね♪」 リィムナはくるりと回転して、それからトシにペコリと礼をした。 ● 「随分情報が集まりましたね」 葛 香里(ic1461)が、言う。頼りがないのは元気な証拠とは言うものの、やはり心配になるのが家族というもの。きっと自分が便りをしなければ、尼寺で親代わりに育ててくれた尼僧たちも心配するのだろうなと香里も思う。 ヴィユノークや志郎とともにギルドでの情報を得た後、目撃情報のある場所やかつての仲間などに情報を求めるため、都のあちこちを歩き回っていた。主に、万商店や彼を見かけたことがあるというめぼしい拠点、食堂などである。そういう場所にいる開拓者たちは御多分にもれずというか、おしゃべり好きであった。 「え、砲術士の風牙? ……ああ、あいつはよくアヤカシ退治の依頼に入っていたみたいだけど、言われてみればここのところ見かけないな」 「あいつ、最近はギルドでも殆ど見ないぞ。ああ、でも鍛冶場でそれらしいのを見かけた奴がいるって話は聞いたな」 「鍛冶場、ですか?」 思わぬ単語の登場に、三人は目を丸くする。なんでももともと朱藩の興志王に憧れる節もあったらしく、それもあって鍛冶場に足を運んでいたらしいのだが、そのうちに細工物の職人と縁ができたとか、どうとか。 「あいつは戦闘に向いてる性質じゃなかったし、そういう方が幸せなのかもな」 戦闘を得手としないなら、確かにそういう生き方もあるだろう。 ふむ。 他の仲間達との情報を合わせれば、発見自体は容易そうだ。 ● (でも、何故音信不通に……?) 家族がいて、親しい仲間もいて。 男性にはありがちとはいえ、鈴木 透子(ia5664)には引っかかることがあった。 「来風さん、お兄さんの言動で気になることってありましたか?」 ぼんやりしているようで、しっかりした問い。来風は一瞬考えたが、 「そうですね……兄さんは、物語がやはり大好きでした。だから、開拓者の素質を見出した時にひどく喜んでいたんです。魔の森のアヤカシにも対抗できる、物語みたいな活躍ができる、と」 理穴はもともと魔の森の広かった場所だ。そう思うのも無理はなかろう。 「……もしかして、なんですけれど」 透子は言おうとして、口ごもる。 アヤカシと戦うのが向いていないのなら。 物語の主人公のようにというのが幻想だと気づいて、身を隠したのなら。 「……来風さんとお兄さん、似ている気がします」 会ったことはないけれど。 けれど、戦いよりも幻想を追うことを願っているというなら、とんだ似たもの兄妹ではないか。 「そ、そうでしょうか?」 来風は目を瞬かせる。透子は苦笑せざるを得なかった。 「さて、皆さんと待ち合わせの時間ですので」 そう言って、ギルドの待合所に向かうのだった。 ● ――結局、情報は断片的なものが殆どではあったが、風牙の足取りをつかむのには十分すぎるものであった。 得た情報は錯綜していたが、結果として、現在の風牙は偽名ともつかぬ「フーガ」という名前を名乗り、貧しい子どもたちと遊んだり、銀細工の職人に弟子入りをしていたり、開拓者らしいか否かわからない生活をしているのがわかった。 もっとも、そういう開拓者は他にも少なからずいるので決して誤りではない。ただ、それを恥とでも思っているのだろうか、家族に連絡を一切入れないのはやはりよくないことだろう。 「フーガさんに、来風さんを会わせる?」 リィムナが問う。しかしこれは仲間の誰もが『会わせたらいい』と認識していたらしいが、まずは来風抜きで住まいになっているであろう場所に向かうことにした。 場所は、鍛冶場街の近くにある貧乏長屋。 しかし場所柄のせいだろうか、実際の生活よりも随分派手な――傾いた印象を受ける。 「このへんはもともと砲術士の住まいが多いですね。興志王の影響を受けたらしい傾いた若者も多いんですよ」 彼の住むであろう街の紹介をしてくれたギルド職員は、笑顔を浮かべていた。 「砲術士のみんなが傾いてるってわけじゃないですけどね。やっぱり王様は、何かと影響力がありますから」 それは先日の王様総選挙を思えば火を見るよりも明らかだった。各国の王が来て、あれだけ盛り上がったのだから。 こんこん。 長屋の障子戸を確かめるかのように叩く。と、中から出てきたのは来風によく似た耳と尾を持つ神威人の青年。真夢紀や北斗、リィムナは見覚えがあるその風貌。間違いなく『フーガ』であった。そして――確かに来風に似ている。 「フーガさん!」 リィムナが思わず声を上げた。 「ん? たしかあんたは、以前……」 フーガ――風牙は首を傾げる。会ったことはあるが、何故ここにいるのかわからないという顔だ。 「あんたが風牙か? 俺達はあんたの妹の来風って子から人探しを頼まれたもんでね」 ヴィユノークが落ち着いた声で言う。万が一何らかの事情で逃げ出すなんてことがないように、注意を払いつつ。と、 「来風……だと?」 青年の頭頂にある犬耳がぴくりと動いた。 「そうです。来風さん、心配してらっしゃいます」 香里が手土産を携えつつそう言うと、志郎も続けた。 「来風さんは今、開拓者として神楽の都にいるんですよ」 そして言う。来風は子どもたちの面倒を見るという風牙の行動を、自慢に思うだろうと。決して失望などはしないだろうと。 「……そうか。とりあえず立ち話もなんだ。入ってくれ」 風牙はそう言って、開拓者たちを招き入れた。 ● 「あんたらの言う通り、俺が『風牙』だ」 長屋の部屋のなか、青年は改めて名乗る。 来風の兄で、砲術士。見た目はいかにもバラガキといった感じで、やんちゃそうだ。瞳に宿る光も、年齢相応の落ち着きというよりもどこか悪戯っぽさがある。 「前にお会いした時、家族はいないようなこと、言っていたですけれど」 真夢紀が不思議そうに尋ねると、 「あー……うん、家族は確かにいるな、故郷の理穴に。ただ、なんつーか……たぶん心配しているのはわかるんだけど、一人でもやっていけるって言いたかったっていうのもある。あと、……快く送り出してくれたのに、期待にそわないこと、してるからな」 魔の森に長らく侵食されていた理穴を救いたいと思っていたが、自分一人ではどうにもならないと気づいて道を見失ってしまったのだという。 「だから職人に弟子入りしたり、戦闘とは無縁の依頼をこちらから提供したりしていたわけだ」 現実と創作は違うからと苦笑して。 「だけど、親御さんは心配してるのだぁ〜……もちろん、来風さんもなのだ」 北斗が、心配そうに言う。 「それにあんたが逆の立場なら、探さずにいられるのか? せめて無事でいることは伝えて安心させるべきだ」 似た経験を持つヴィユノークも、そう言って促した。 「……そうだな。居場所も名前も割れたしなぁ」 風牙も頷く。もともとここまで大事にするつもりもなかったらしく、指摘されると青年はほんのり耳をしょげさせながらも素直に応じたのであった。 ――その日。 図書館で書をしたためていた来風のもとに、透子とリィムナ、香里が楽しそうに話しかけてきた。何故話しかけられたかのわかっていない来風は、首を不思議そうにかしげて、 「どうしたんですか?」 と尋ねる。と、ヴィユノークと志郎に手を引かれるようにして、今更ながらと照れくさそうにやって来たのは紛れも無く兄・風牙――。 「……よ、よお」 「兄さん!」 来風は、大きく目を見開いて、そして微笑む。 「……久しぶり。元気そうで、良かった」 風牙もポリポリと頬をかきながら、小さく頷いた。 ● 「とりあえずは一件落着なのでしょうか?」 真夢紀は再度礼を言いに、北斗とトシの元へ向かっていた。 「積もる話もあるはずなのだ、様子を見るのがいちばんなのだ〜」 北斗は笑う。二人から今回の顛末を聞いたトシも、苦笑せざるを得ない。 「まあ、フーガも一安心だろ。心の底では気になってたんだろうし」 「です、ねえ」 真夢紀も子どもたちと戯れながら、その顔には笑顔。 来風も後日挨拶に来たいと言っていたと、子どもと遊んでいた透子が付け加えた。 「兄妹……少し、羨ましいですね」 香里の言葉は、風に乗っていく。 胸に吹いた風は、きっとまた世界を変えるだろう。 ――もう、春も近い。 |