【風の絆】風は予感を含み
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/29 23:05



■オープニング本文


「――というわけで、めでたしめでたし」
 そう言ってニヤッと笑うのは、来風(iz0284)の兄、風牙(iz0319)。
 いつものように、何かと気にかけている子どもたちの元へ遊びに来たのだが……今日は来風が作った『おはなし』を、披露してみせた――というわけだ。
「面白かったか?」
 風牙が問えば、子どもたちはにこにこ笑って頷く。
「俺の妹は、ああ見えて天儀で一番の物語を作りたいって思ってるんだぜ。また何か、面白い話が聞けるか、探してみるさ」
「ほんと? フーガ兄ちゃん」
「ああ」
 そう言って笑う風牙の顔は、少年っぽく。
(ああ、この子どもたちにもっといろいろな物語を教えてやりたい)
 そんなことを思えるだけの、屈託ない笑顔に。
 青年は、胸の奥でそう思った。


「そんなわけでさあ」
 来風も何かと世話になっていたギルド職員に、風牙が言う。
「あいつに、なにか恩返し――ってわけじゃないけど。あいつも知らない、『ものがたり』ってやつをさ、集めてみようかと思って。ずいぶん、あいつも頑張ってたらしいのは、聞いてるしな」
「ああ、なるほど。……似たもん兄妹ですね」
 ギルドの職員はクスッと笑う。
「そうですね、それなら手始めに来風さんのやっていたようにやってみるといいんじゃないですか? お題はもちろん、風牙さんの好きなものにして」
「なるほどな……場所は、ここ借りてもいいか? 菓子のたぐいは持ってくるからさ」
 楽しそうに言う風牙に、ギルドの職員は苦笑をする。
「――もちろん、喜んで」


 そして翌日、壁にはられていたのはこんな簡潔な文言だった。
『出会いの話、募集します』


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

 ――風が吹く。
 新たな季節の始まりを喜ぶかのような、優しい風が。


 風牙(iz0319)は、集まった面々を見て目を丸くした。
 はじめこそ慣れない種類の依頼に戸惑っていた彼であったが、蓋を開けてみれば羅喉丸(ia0347)や鈴木 透子(ia5664)など見知った顔も多く、随分と(助かった)と思うことができたからだ。
 彼が店で買ってきたクッキーを食しながら、面々をぐるりと見渡す。
「今日は俺のために集まってくれてありがとな! と言っても、こういう依頼は慣れてないから、みんなに頼るところもあるかもしれねぇけど、まあヨロシク!」
 風牙が言えば、ぱちぱちと拍手が起こる。
「来風(iz0284)さんのお兄さんなんですってね? はじめまして、風牙さん。私はフェンリエッタ(ib0018)と言います、よろしくね」
 そう挨拶をしたのは後ろにからくりを控えた、快活そうな女性。しばらく風牙の顔をまじまじと見ると、くすりと微笑した。
「……ふふ、本当に兄妹ね。私は来風さんのご依頼で何度かこうしてお話をさせてもらったわ、今日はどうぞ宜しく」
 フェンリエッタの視線にわずかに頬を染めながら、風牙は頷いた。
「……んー? てことは今回の参加者、そういう奴が多いのか?」
 風牙がふと浮かんだ疑問を口にすると、何人かが頷く。
「そういえば、来風殿と親しくなるきっかけも、こういう形の依頼だったな」
 懐かしそうに呟くのは黒髪の修羅、宮坂 玄人(ib9942)。連れているのは金髪碧眼の人妖、輝々である。
「しかし、再会出来てよかったな。俺の兄もこれくらい真面目なら……いや、そんなことを考えてもしょうがないか」
 彼女は幼いころに生き別れになった兄がいる。下の兄とは奇跡的に再会出来たが、もう一人の兄はいまだに生死すらわからない。その名をあえて名乗ってはいるが……。
「玲璃(ia1114)と申します」
 一方、そう礼をしたのは美しい女性――と見まごう男性だった。風牙が用意したのがクッキーということを知って、飲み物や菓子も用意して振る舞ってくれる。そのそばには、すごいもふらの温が座り、もふもふしたい人へどうぞとばかりに笑った。すっかり癒やしの空間の出来上がりだ。
「こゆき、あまいものすきぃ♪」
 と、牛乳に浸したクッキーを嬉しそうに食べているのは、礼野 真夢紀(ia1144)の相棒である猫又の小雪。
「……それじゃあ、そろそろ始めましょうか。まゆのお話するのは……この小雪の、お母さんの話です」
「?」
 小雪は真夢紀の言葉に一瞬目をパチクリさせたが、すぐにまた食べ始めた。子猫は子猫なりにせわしないものなのである。


「もともと小雪はお姉様のお友達の朋友のお子さんをいただいたわけなんですけど……そのお母さん猫又が朋友になったきっかけ、ですね。元々そのお姉様のお友達というのは、同じ小隊で一軒家を借りて行動している方たちで。季節はちょうど春だったそうです。『誰も住んでいないはずの廃屋で話し声がしたり、店の商品がなくなったりする。若い者が様子を見に行っても話が不明瞭でどうにも不気味なので対処して欲しい』という内容だったそうで」
 開拓者に持ちかけられる、という意味ではよくあるたぐいの話ではある。そして話を持ちかけられ、偵察のために朋友の猫又に見に行ってもらったところ――
「中でその猫又が見たのは……同族の猫又と寝込んでいる小さな女の子、そして大人二人の遺体だったそうです」
 しん、と重い空気が落ちた。
 少々ややこしいが、端折って説明するとこうなる。少女の両親に恩を受けた猫又が、その少女の両親が亡くなった後に人間の利己的な部分ばかりを見て、少女以外を信じられなくなっていたところでとどめとばかりに少女が攫われてしまい――その犯人を猫又は探しだして殺したものの、少女は心身ともに疲れ果てて倒れてしまった。しかし人間に頼りたくもなく――という事情だったそうだ。なんとなく納得はできる。
「で、結局その方は、彼女の信用を得るためにも採算度外視して依頼を解決したそうです」
 そういう事情ならそういうこともあるだろう。貧しい少年少女と交流のある風牙には、少しほろりとさせられるところがあったようで、目を潤ませている。案外涙もろい。
「女の子の方はどうなったんですか?」
 そう尋ねたのは透子。真夢紀は頷くと、
「その小隊の皆様のうちのご夫妻が養子にされて、小雪のお母さんはその恩返しということで……そちらの方の一人の朋友として登録されてるそうです。ちなみに最初に偵察に行ったのが小雪のお父さんです。なんでも、『こいつが偵察から帰ってきた時にえらく相手の猫又を擁護してたからやることになったんだよな』だそうです」
 めでたし、めでたしということであった。


「相棒との出会い……か」
 玄人はむう、とうなる。
「どうかしたんですか?」
 柚乃(ia0638)が不思議そうに尋ねると、
「ああ。いや、俺が話そうとしたのも、こいつと出会った時の話だったからな」
 そう言って、人妖の輝々をちょいと突く。
「僕と玄姉ちゃんが出会った時のお話?」
 ああ、と玄人は頷き、話し始めた。
「俺が輝々と出会ったのは半年近く前だ。訓練から戻ってきたら子どもが行き倒れていてな……それが輝々だった」
 しかしいきなり「力の歪」を食らわせられ、驚かざるを得なかったという。
「だって……てっきりお店の人が追ってきたのかと思ったんだ」
 どうやら、見世物小屋に売られたところを逃げ出してきたらしい。
「その後、気絶した輝々を保護することにしたんだが……最初のうちは警戒してこちらに近づこうともしなかった。飯にしても他の相棒が持っていったものを食べたりな。心を開いてないのはすぐにわかったから、俺もできるだけ話しかけたり、おやつを与えたり、色々と出来る限りのことをして、信じてもらえるように努力したんだ」
 様々な理由で人間を信じられなくなる相棒は多いだろう。先ほどの猫又しかり、この輝々しかり。けれど、そんな者達もやがては心を開くものだ。
「そんなこんなで一ヶ月ほど経った頃だったか。買ってきた相棒用の装飾品を与えたら、『もっと女の子らしいものがいい』と言われてな。それをきっかけに、自分から好みなどを言うようになってきた」
 そう言うと、輝々は小さく頷いて、照れくさそうに顔を染めた。
「うん……僕、知ってたから。一緒に依頼に行くときは、僕を気遣って、戦闘の関わらない依頼を選んでたってこと……本当にありがとう」
 家でも言われたのだろうが、ここでもまたそう言われると、普段は冷静な玄人もわずかにそっぽを向く。
「ああ、うん。だからこれからも他の相棒ともども、輝々の主として過ごしていきたいと思っているんだ」
 玄人の言葉は、どこか晴れやかだった。

「でも、やっぱり相棒との話が多いんだなぁ」
 風牙がそう言いながらクッキーを頬張ると、仲間たちはクスクスと笑う。
「そうですね、相棒はやっぱり私たちに欠かせないからじゃないですか?」
 そういったのは透子。
「出会いって聞いて、いろいろ考えたんです。お師匠様や、青龍寮の仲間たち。渡世の方々もですね。でも難しく考えるのはやめて、私も相棒の話を、と思って」
 そばにいるのは羽妖精の白梅。しかし、ここにいない相棒たちとの出会いだって、印象的なものは多い。二人で解説していく。
「たとえば、いまや嵐龍の蝉丸との出会いは市場でした。見た目はそこそこなのだけど、自惚れ屋でズルっ子で可愛くないところがあったので、厄介払いみたいな安値で手に入れることになったのですが……」
「……しばらくの間は本当に軽く見られていたと思います」
「まあ、今だってシャキッとはしていないのですが」
 想像するだけでなんだか面白い。
「闘鬼犬になってしまった遮那王は、元は楽第犬でした。小さくて、将来の期待もあまりされてませんでしたし。だけど、いつも良い方に物事を考えたり、変な勘違いをしたりとでいつも元気なんです。小柄だから散歩と食事が楽そうと思って選んだのだけど、取り上げた時は残された兄弟犬たちに胸を張ってエッヘンって、してました」
 これも楽観的な発想の賜物なのだろう。
「戦馬の蔵人は元々ジルベリア貴族の馬で、市場に馴染めてなかったんですよね。気難し屋の割に強がるところがあって、体の汚れをわざと落とさなかったり、とか。あと、蝉丸とはよく張り合うケンカ友達みたいですね……」
「ええ、お互いイヤミは伝わるみたいで」
 その言葉に、話を聞いていた仲間たちもつい苦笑する。
「からくりの天邪鬼は……この子は良くわかりません。でもどこかの家の子じゃなかったのかなと思います。いつも遊んでばかりですけど」
「そう考えると、随分愉快な相棒たちなんですね」
 端正な顔立ちの青年、Kyrie(ib5916)が、そっと顔を綻ばせる。後ろでは彼の土偶ゴーレム、ザジがマイペースに踊っているが、多分気にしてはいけないだろう。
「外れ者や根無し草ばっかよね」
 白梅はそう言って笑みを浮かべるが、この白梅だって迷子だったりするわけで。自分は蚊帳の外を気取っているが、そんなわけなかった。
「まあ、いつもこんなかんじです」
 透子は苦笑した。


「じゃあ、次は私が」
 フェンリエッタが頷くと、口を開く。
「ある日、私は深い闇の中を彷徨っていたわ。幾日も幾日も……気の遠くなるくらいの時間。そうして、出会ってしまったの。まるで何か……そう、声に導かれたように。それは血や泥で汚れていたけれど、私はその時、彼の中に眩い光を見た気がしたの……」
 そしてスラリと光輝の剣を取り出し、皆の目に触れさせる。
「ええ、うちの武器庫の掃除をしていたら出てきた古いものなのだけど、たしかに精霊力も感じるし、なかなかの掘り出し物だったみたい」
「なるほど、確かに良い剣だな」
 剣術は心得としてはあまりないが、熟練の開拓者ともなれば目が肥えるもの。羅喉丸が頷く。
「そうね。でも私は刀とかは細身で軽いものが扱いやすくて好みだし、普段持ち歩くにもこれは向かないから……身形はとても立派だけど、大味で気の利かない感じがして……ね、ツァイス?」
 フェンリエッタはそこで後ろの相棒、からくりのツァイスに声をかける。暗に、この剣の印象がからくりの印象と同様なのだと――そう言いたいようだ。
「で、その後、この剣の半身だというからくりも押しかけて来ちゃって、この通り」
「いえ……すみません」
 押しかけたからくりことツァイスは体を縮こませる。
「ふふ、でもまあ……旅は道連れ、ですものね」
 フェンリエッタはそう笑うと、ツァイスは一層身を縮こませた。


「でも、皆さんの話も面白いですね。出会い……ですか。それなら、私はこの温との出会いを」
 玲璃はそっとそばにいるすごいもふらを撫でる。
 自分と行動を共にしている相棒に優劣は付けられないのだけれどと、そう微笑みながら。
「今だから申し上げられますが、その時は曖昧な気持ちだったかと思います」
 特に何かをしてもらうというわけでなく、ただそばに居てくれるだけでいいと思えるような相棒――たしかにそれなら、もふらは適任といえる。
「まあ、贈り物用にととっておいた食べ物やお菓子をつまみ食いされたりとか、いろいろありましたけど」
 それでも周囲を和ませ、疲れを癒してくれる温は、戦闘の時とはまた一風違うものの――大切な相棒だ。
「長く行動を共にしていてわかったのですが、時々温は私よりもしっかりしたところもありまして……とある都市での依頼では私よりも大人気でしたし」
 だからこの出会いを感謝しているのだと、玲璃は口にする。
「時々思うのですが、私達はこの世界をほんの少し訪れた、旅人なのかもしれません。いつも新しいことがあって、いつも新しい出会いがあります。……ですから私は、新しく体験したこと、感じたこと、出会い……そんな全てに感謝する心を忘れないよう、努めたいと思っているのです」
 含蓄ある言葉に、誰もが唸るのだった。


「出会いは、今まで沢山、沢山ありました。……もちろん、別れも」
 そう口にするのは柚乃。おしゃべりの場だからと、宝狐禅の伊邪那がいかにも楽しそうにしている。
「誰か恋バナしないかしらー♪ 期待しちゃうわよー?」
 そんなことを言うあたり、どこか若い女の子っぽい。
「で、柚乃だっけ。あんたの出会いって言うと何なんだ?」
 風牙が尋ねる。柚乃は少し考えると、話しだした。
「そうですね。開拓者になった日から……外の世界へ一歩、踏み出した日から、私の世界は大きく変わったと思います。神楽の都に住む人々、お世話になっている呉服屋のご夫婦。共に依頼を受けた仲間や、依頼先の方々も忘れられないですね」
 もちろん風牙さんもですよ、と付け加え。
「そういえば、来風さんのお兄さんなんだそうですね。お会いするのは初めてですよね、改めて初めまして」
「お、おう」
 そんなちょっと調子はずれなやりとりについ笑みを零す仲間たち。
「他にも、思いがけず再会した家出した兄様や、いつもそばで見守ってくれている相棒たちもです。沢山で、数えきれないのです……」
 柚乃はそう言うと、小さく笑う。
「……でも、だからこそ私は、出会いの一つ一つが大切で、そして大切にしたいと思っています」
 そばにいる伊邪那も、風牙の妹である来風も。そして出会ったすべての人との関係を――。
 それはとても綺麗な、美しい心のありようであった。


「にしても、やはり相棒の話題が多いんだな」
 羅喉丸は苦笑を浮かべる。
「俺は出会いと聞いて思ったのは師匠のことだな。蓮華のことじゃなくて、俺の泰拳士としての師匠の方」
 天妖の蓮華はふむ、と首を傾げる。
「妾も一度聞いてみたいと思っていたのじゃ。大体の想像はつくが、どのような御仁だったのじゃ?」
「そんなに想像がつくか?」
 言われて羅喉丸は首を捻る。蓮華はため息をひとつついた。
「羅喉丸よ、自覚はないかもしれんがお主はだいぶその御仁の影響を受けておるじゃろう? 見ておればわかるというものじゃ」
「ああ……言われてみたらそうかもしれないな」
 そうして、羅喉丸はゆっくりと語り出す。
「俺は子どもの頃に開拓者の泰拳士に助けてもらったのに憧れて開拓者になったんだが、あの頃はまだガキでな。都のギルドに行けばなんとかなると思っていたんだ」
 世界の広さは、子どもにはわかりにくい。懐かしそうに、羅喉丸は言葉を続ける。
「なんとかギルドまで辿り着いたはいいが、すぐに困った。何しろ、天儀の片田舎から出てきた田舎者の子どもだからな。金もなしコネもなし、志体もちといっても技術があるわけでもなし。だから、すぐに依頼を受けて生計を立てるというわけにはいかなかったんだ」
 確かに最低限の生活は保証されるかもしれないが、それ以上のことができないというのは歯がゆいばかりだろう。似たような境遇は他のものにも記憶があると見え、何人かが頷いていた。
「そんな俺を見かねて手を差し伸べてくれたのが、師匠さ。俺は運が良かったよ、師匠と出会えたんだからな。天佑というのはあのようなことを言うのだろうと思うよ」
 その師匠は、彼が駆け出しとしてやっていけるまで面倒を見てくれることになったのだという。武の基礎を叩きこまれたのはもちろんだが、開拓者に必要な知識も教わったし、思想も影響を受けているだろうと羅喉丸は懐かしそうに呟いた。
「武を持って侠を為す、というのは師匠の好きな言葉だからな。感謝しても感謝しきれない。厳しいが、優しい人だった」
 その羅喉丸も、今はギルドでも歴戦と呼ばれるほどの開拓者となった。きっと師匠もどこかでそれを喜んでいるに違いない。
「もっとも、青山骨を埋ずくべしという人だったから、俺が一人前になった後にはどこかに行ってしまったがな。でも今もどこかで、その拳を振るっているのだろうと、そう思うよ」
 そう、彼らが信ずる道のために。
「素敵なお話ですね」
 フェンリエッタがにっこりと微笑んだ。


 そして――キリエの番である。
 貴族然とした端正なジルベリア人青年だが、どこか陰鬱で耽美な雰囲気を纏っている。
「私がお話しようと思うのは、妻との出会いですね」
 すると伊邪那が『とうとう恋バナ!』とばかりに目を輝かせた。他の参加者も、つい耳を大きくしてしまう。
「妻の第一声は――『弟子にしてください』でした。そう、玄関先でいきなり言われたのが出会いでした」
 かなり唐突な出会いである。
 事情を聞くと、とある隠れ里にある社を守ってきた巫女の生まれの修羅だという。里では巫女の技はすでに失われており、修羅が堂々と天儀を歩けるようになったのを好機として、巫女の修業をするために京都まで来たのだということだった。
「なかなか度胸と行動力のある御仁だな」
 玄人がそっと褒める。
「ええ。私は当時は巫女に転職したばかり、とても人様になどとお断りしたのですが……どうしても私でなければと食い下がられまして、結局住み込みという形で修行してもらうことにしました」
 勇気ある行動だなと、風牙も思う。
「その方は兎に角よく働く子で、家事の一切を完ぺきにこなすのでむしろこちらが恐縮してしまうくらいで。毎朝優しく起こしてくれましたし、入浴するときは背中も流してくれて……毎日が楽しくなりました」
 どこかの世界でこういうのを『リア充爆発しろ』というのだろうが、ここにはあいにくそういうことを言いそうな人間はいない。静かにその話を聞いている。女性参加者の中には憧れの眼差しのものも混じっているくらいだ。
「そして去年の6月……結婚したかったひとの残留思念を満足させるための擬似的な結婚式を上げるという依頼に一緒に入った際、初めて出会った時からずっと好きだった――と告白されまして」
 キリエは顔を赤くした。思い出したのだろう。
「その時、ようやく気づいたんです。いずれ私の元を巣立つのだから師匠として冷静に見送ろうと、そう無意識のうちに自分の心に蓋をして、思ってくれている気持ちにも、気づかないふりをしていたことを」
 なんとも羨ましい話だ。
「気づかぬうちに、私にとっても彼はかけがえのない存在になっていたんです。もちろん、告白を受け入れ……」
「ちょっと待った、相手は女の子じゃないのか!?」
 キリエの言葉を遮って、風牙が尋ねる。すっかり混乱している様子だ。しかしキリエは涼しい顔で、
「ええ、とても可愛らしい十三歳の男の子ですよ……今では私の最愛の妻です」
 と、微笑混じりにさらりというものだから、反論のしようがない。
(そうか……世界って広いんだものな、こう言うのもありなのかもしれないな)
 そう己に言い聞かせる、同性同士の関係にあまり免疫のないらしい風牙であった。


「でも今日はほんっとうにありがとな」
 ひと通りの話を聞き終え、風牙はニカッと笑う。来風ほどの早さはないが、その話を手身近にまとめ、そしてパタリと雑記帳を閉じたところであった。
「こちらこそ、これからも良い兄妹関係を続けられるといいですね」
 真夢紀と柚乃はそう微笑む。
「ああ。まだまだやることは多いけどな!」
 と、フェンリエッタが微笑んだ。
「形のない贈り物って素敵だと思うの。きっとずっと心に残るから。でも、皆から集めたものだけじゃなくて……風牙さんご自身の出会いの思い出も、きちんと込めなくちゃね。私達の話みたいに綴るのはどうかしら? 来風さんもきっと、お兄さんの話を知りたいんじゃないかって……私はそう思うけれど」
 そう言われ、風牙は小さく頷いた。
「そうだな。改めて、ありがとう――俺達のために」
 その明るい色の瞳はキラキラと輝き、そして何かの予感に満ち溢れていた。


 ――きっと、風は伝える。
 この物語の終わりが、また新たな物語の始まりである、そのことを。