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■オープニング本文 ● 「色んなことがあったねぇ」 来風(iz0284)は、今更のように声に出す。 手元には、山となった紙の束だ。 来風が神楽の都に来て早二年と少し。 気づけば彼女の周りには、これだけの事件があった。 無論、事件だけではない。 ちょっとした喜び、悲しみ、そんなものを分かち合う――そんなささやかな日々のほうが当然多いわけで。 そんな日々の積み重ねが、この紙の束だ。言ってみれば、日記のようなものでもある。 (いまの気持ちはずっと残しておきたい。でも、時は過ぎる、風化してしまう) 来風は少しばかり感傷的な気分に浸る。 (それなら……そうだ) 昔何かで読んだものを、ふと思い出した。 ● 「たいむかぷせる?」 聞き慣れぬ単語に、開拓者たちは首をかしげる。来風は楽しそうに頷いた。 「うん、思い出の品とかをね、密閉して土に埋めるんだって。そうして五年とか十年とか、時間がたってからあけるの。当時の思い出を、そのときに出すように、ね」 今という瞬間を記録に残しても、いつかは風化する。 だから、このささやかな時間を閉じ込めておくのだ――いつか自分たちがもっと年齢を重ねた時に、懐かしさに触れられるように。 「わたしは、これに……今までの日記をいれようと思っているの。もし良ければ、皆も一緒にやってみない?」 目を細める少女の顔は、初めて神楽にやってきた時よりも遙かに大人びて。 けれど、その瞳の輝きは変わらぬままで。 さあ、皆なら何を入れようと思う? |
■参加者一覧
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)
48歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 思い返してみれば、来風(iz0284)も故郷をでて二年半。 神楽の都の開拓者ギルドでは、『時折愉快な依頼を持ち込む開拓者』ということでそこそこ名前は知られているようになっている、気がする。 もとより戦闘を好まぬ彼女が何故開拓者の道を選んだのか――それは彼女の持ち込んだ依頼を思えばわかること。 そしていま、そんなこの二年半ほどの思い出を忘れないために、忘れてもいつか思い出せるように、たいむかぷせる、という方法を取ることに決めた。 呼びかけに応じた開拓者は四人。 いずれも、来風やその兄風牙(iz0319)と浅からぬ縁の持ち主だ。 「今日はどうもありがとう」 そう言えば、横にちんまり座っている彼女の相棒、もふらのかすかもペコリとお辞儀。その有り様はやはりどこか可愛らしい。 「皆さん、今日は入れたいものを持ってきてくださいましたか?」 来風は、楽しそうに目を細めて尋ねた。 ● 「もっちろんよ♪ たいむかぷせる、なんて、なんだか面白そうだしね♪」 そう笑うのは桃色の髪を風になびかせた美女、御陰 桜(ib0271)。『わんこますたぁ』たる彼女の連れは今日も今日とて真面目なしばわんこ、闘鬼犬の桃である。むろんそれだけではなく、最近又鬼犬へ進化を果たしたその弟分の雪夜も連れている。いつもの光景だ。 「ナニ入れようか悩んだんだけどねぇ? でも、何年か後に振り返るのなら、いまの家族に関するものをと思って、こんなものを作ってみたの♪」 そう言って『ほら』とばかりに見せるのは、以前習得した編み物技術を活かしたあみぐるみ。 それも、六体だ。 「うわぁ、かっわいい〜!」 脇で見ていたリィムナ・ピサレット(ib5201)が、思わず身を乗り出してまじまじと見つめる。かなりの出来栄えだ。 「あみぐるみ自体に特別な思い出はないけれど、暇なトキを見てちょこちょこ作ってたのね。いまのみんなに似せたものだから、取り出したときにきっとイロイロ思い出せるんじゃないかしら、って♪」 桜は言いながらにっこり笑った。そしてそれぞれのあみぐるみの名前を紹介する。 「こっちから、さくら、もも、めのう、ぷらむ、ゆきや、さき。あたしと、今一緒にいてくれる相棒がもでるね♪」 桃色のロングポニーがトレードマークの『さくら』。 可愛らしい柴犬の『もも』。 蒼い空龍の『めのう』。 長い金髪と碧眼の少女型からくりがモデルの『ぷらむ』。 まだまだ幼さの残る黒白の柴犬『ゆきや』。 そして若草色の髪と瞳の羽妖精『さき』。 「コレを開けるころには髪型も違うかもしれないけど、やっぱりあたしのとれ〜どま〜くよね、ろんぐぽに〜は」 髪の毛に軽く触れながら、彼女は笑う。 かぁ〜い〜♪ と感情を溢れさせる雪夜に対し、感慨深げな桃。 (再び共に見ることはできるでしょうか……) ヒトと相棒の年月の違いを思ったのだろうか。 「それと、桃は本当に頼もしい相棒に育ってくれたわね♪」 「桜様にそう言っていただけると嬉しいです」 桃はそう言って嬉しげに尾を振る。 「雪夜も。いつも元気だけど、きょうだいと一緒だと特に元気よね♪」 「みんにゃげんききゃにゃあ?」 覚え始めたばかりの人語を使って、雪夜は小さく首を傾げる。 「きっと元気よ♪」 そう言って雪夜をなでなでする桜。 むろん、ここにいない瑪瑙にも、プラムにも、咲希にも、大切な思い出は山のよう。 そんな思い出の時間を閉じ込めるようにして、あみぐるみは静かに佇んでいた。 ● 「ふむ。わしが入れるのはテラドゥカス・ドクトリン……世界を征服・統一し、圧制による平和を実現するための基本原則をまとめた書物だ。政治・外交・軍事は言うに及ばず、日々の生活や習慣についても細々と記してある。むろん、書いたのはこのわしだ」 そう誇らしげに言ってカイゼル髭のようなパーツを撫でる仕草をするのは、からくりの「破壊大帝」こと鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)。 「は、はあ……」 テラドゥカスの言葉が色んな意味で混沌たる有り様なため、そういう気抜けをした相槌くらいしか打つことができないでいる来風。しかし、テラドゥカスの言葉はまだまだ続く。いや、妄言とも思える言葉だが。 「このたいむかぷせるが再び開かれるまでに、わしは世界統一国家『テラドゥカス』の皇帝となっておるはずだ。この教書……テラドゥカス・ドクトリンを元に、必ずや世界を手に入れてくれよう。その決意を込めて、これを埋めるのだからな」 満足気に笑うテラドゥカスの手には、埋めるものとまったく同じ装丁の書物がある。どうやら既に何冊も写しが存在しているらしい。しかし、それをははん、と笑ったのは相棒の羽妖精、ビリーことビリティスだった。 「なんだよテラドゥカス、お前まだそんなこと言ってたのか! もうやめとけって、お前ってばすっかり『強面だけど実はいいやつ』って評判になっちまったんだからさ!」 そう言うと、またケラケラと笑う。 実際、現実的な話でないのは事実だ。 「大体、合戦でお前がたてた作戦って、負傷者の回収・治療に重要拠点の防衛、敵ボスの大規模範囲攻撃に対する予測と対処とか、世界征服しようって奴にしちゃあおとなしすぎるだろ。圧制だかオットセイだかしらねえが、そういうのには向いてないんだって!」 ビリティスはなんだかんだで長く付き合ってきた相棒だ。テラドゥカスのことを一番理解しているのは、本人よりもビリティスなのかもしれない。しかしテラドゥカスは素知らぬ顔。 「ふん、お前ごときに我が真意がわかるものか。ところでお前は何を入れようとしているのだ?」 そう尋ねられると、ビリティスはボロボロになった何かの包み紙らしきものを取り出した。 「これは?」 桜が尋ねると、あめ玉の包み紙だと嬉しそうに答えた。 「まだ会って間もない頃、テラドゥカスに買ってもらった飴玉を包んであった紙だぜ♪ あたしの宝物なんだ! 初めてあたしにくれたもんだからさ。あの時から優しかったよなぁ♪」 ビリティスがそんなふうに懐しそうに笑う。テラドゥカスの顔を思わずまじまじと見るが、あいにく強面は崩れていないように見えた。しかし、彼はひとつため息を付いて、そしてふん、とふんぞり返る。 「まったく羽妖精は懐柔が楽で良いな」 それが照れ隠しというのは誰の目にも明らかで、逆に周囲にいた誰もが笑顔を浮かべたのだった。 ● 「拙者が入れるのは、この黒マスクでござる」 そう言いながら、霧雁(ib6739)がそっと口元のマスクを外す。そしてどことなくいとおしそうに、それを見つめた。マスクを取り去った顔は、端正で、きっとそこらをゆく女性が放って置かないだろう。 「長年、拙者の顔を覆ってきた、いわば相棒のようなものでござるな」 「何だ、もうマスクつけないのか?」 尋ねるのは相棒の仙猫ジミー。それに霧雁は苦笑しながら、 「つけないというわけではござらぬが……実は拙者、彼女ができたのでござる!」 誇らしげにそう言った。ちなみに彼は来風の兄、風牙と泰大学の寮で同室なのだが……来風は心のなかで兄に同情した。 「その彼女というのはヒゲのダンディが好みだというので、拙者も髭を伸ばすことにしたのでござるよ」 言われてみれば、霧雁の顎には申し訳程度だがひげが伸びている。 「彼女に意見を聞いて、その意見次第では、泰の豪傑の如き美鬢を蓄えることになるやもしれぬ……そうなればマスクはつけられないでござるな」 過去の思い出の品として、それならとても適切だろう。 「開けたときに当時はマスクをつけていたな、などと思い起こすことになると思うでござるよ」 「それならいいけど、振られないようにだけはしねぇとな」 ジミーが茶々を入れると、仲間たちも笑った。 しかし、霧雁の目はどこか寂しげだった。なぜなら――彼女は黒蓮鬼、生前の記憶と人格を保ったままにアヤカシに変えられた存在だからだ。彼女と共に生きるには、ヒトの刹那の生では到底足りやしない。 だから――彼は決めていた。自身も同じ存在となって、ともに時を過ごそうと。 アヤカシに寿命は存在しない。ここにいる誰もがいなくなったとしても、霧雁は生き続ける――黒蓮鬼という存在に寿命を与える方法を見つける、その時まで。 相棒の顔にわずかににじむ決意を察したジミーは、ポンっと彼の背を叩く。 「俺もお前に付き合うって決めたんだぜ。うまい飯を食える時間が伸びたんだと思えば、かえってありがたいってもんだぜ」 「かたじけないでござる……」 相棒の、優しい言葉が胸にしみた。 ● 「で、リィムナ殿は何を持ってきたのでござるか?」 霧雁が問うと、リィムナは鼻歌交じりにそれを取り出した。 黒い袖なしの、いわゆるタンクトップ型のシャツ。胸のあたりには、可愛らしいひまわりのアップリケが付いている。 「じゃーん。これはね、開拓者になったばかりのときに着てた服なんだ! 当時は着の身着のままで来たからねー、服も本当に普段着のまんまで。このアップリケは姉ちゃんが縫ってくれたんだ♪」 姉妹仲の良さがそんなところに現れているのだろう。リィムナは嬉しそうに笑うと、どこか誇らしげにそのシャツを見つめた。 「今や最強の美少女開拓者になったあたしが、その第一歩を踏み出した時に着ていた服ってことで、多分、そういうものが好きな人のいる場所に売りに出したら高値がつくんだろうねー♪」 何しろ先日のカタケットでは、リィムナをネタにした本や等身大の木像、さらには寝乱れ姿を描いた抱き枕まで販売されていた上、それを買いに来るものも少なくなかったということで、有名開拓者というのもなかなか難儀なものらしい。 「あら、そっちは何かシら?」 桜が問うと、リィムナは照れくさそうに 「当時穿いてた下着……」 というものだから、上級人妖のエイルアードは慌てて止めにかかる。 「そ、それはやめといたほうがいいんじゃないかな? ……制作失敗した式神とか、そういう危険物じゃなかったのは良かったけど……」 いや、下着も十分問題だろうとは思うが。 「そぉかな。じゃ、これはやめておくね♪」 そう言いながらしまい込む。何かと油断できないところが、ある意味末恐ろしい。 「でもね、あたしはもっともっと強くなるよ! そして、旧世界のすべてと、天空の星々の世界、そしてそのさらに向こうにある、誰も知らない世界の開拓にも乗り出すんだ!」 少女は胸に秘めた夢を語り出す。熱っぽい口調は、いかにもまだまだ子どもだが、しかしその実力はギルドでも有数のレベルであることは間違いない。 「いずれはね、呪本「無名祭祀書」「外道祈祷書」にほのめかしただけで記載されているような、この世界、宇宙、次元……そんなものの真実にたどり着いて、真理を我が物にするんだ! きっとその時のあたしは、神様って呼ばれるやつになっているんだと思うよ♪」 ……どうやらリィムナの野望は、テラドゥカスよりも深かったようだ。 テラドゥカスですらも、少女の野望を見守ることくらいしかできない。 しかしこの世界の未来をあれこれ言うよりも、そんな荒唐無稽な夢を追いかけたいと言葉にできるくらい、この世界は平和になったといえる――のかも、しれない。 ● 「みんな、入れるものは決まったみたいだね」 来風が言うと、全員が頷いて、そしてきれいな細工の施された箱にそれぞれ思いを込めて閉じ込めた。 箱は来風の兄が作った、なかなか凝ったシロモノだ。素材から丁寧に吟味してあるので、土に埋めても腐食したりすることはなかなか無いだろう。むろん、埋めるものたちはしっかりと、何重もの袋詰にしてあるから、問題はない。 「これを掘り返す時ってどんな時なのかなぁ」 リィムナが楽しそうに言えば、 「むろんわしの支配が完了している頃だろう」 と、テラドゥカスは涼しい顔。 その頃の霧雁はどんな姿をしているか、ほんの少し楽しみでもあり。 あるいは桜も、連れている犬が違うかもしれない。 期限は決めない。 誰かが『掘り返したい』と強く願ったときに、きっとその箱は再び日の目を見るのだ。 と、そこで霧雁がひとつ提案をした。 「そうだ、皆さん。この写真機で記念撮影をして、写真も一緒に入れるでござる! きっといい記念になるでござるよ!」 写真は今の姿をそっくり残すことができる。それは確かに魅力的な提案だった。 手元にある練感紙は、二枚。 「拙者とジミーとで交代して撮影すれば、全員はいるでござるな……」 そんなことをつぶやいてみると、リィムナがニッコリと笑って 「それなら写真、二枚目はあたしが撮るよ♪ ほら、ジミーさんと霧雁さんも並んで並んで♪」 そう提案する。 「これはかたじけないでござるな。ではジミーと並んで……」 霧雁もありがたくその言葉を受け取り、早速ジミーと並ぶ。 はい、ちぃず! 誰もが笑顔だった。 誰もが胸にたくさんの夢を、希望を、詰め込んでいた。 思い出は写真になって、他の大切なものと一緒にたいむかぷせるにはいって眠りにつく。 しかし、夢や希望は、そんなことでとどめおくことのできるものではない。 果てない夢を持ち。 果てない希望に胸を膨らませ。 そして誰もが成長していくのだ。 むろん昨日までのおのれと完全に決別するわけではない。 昨日までの自分を大切に思いながら、新しい一歩を踏み出す。 彼らの進む道はまだ先の見えない道だ。 だからこそ、祈りたい。 良き未来へ、続いていることを。 |