|
■オープニング本文 石彫り師の樋熊(ひぐま)は一心不乱に石を彫っていた。 というのも、納期が大幅に遅れてしまったのだ。 原因はいくつかあるのだが、大きな要因は良い石がなかったことである。 これは先方も理解を示してくれて、納期が遅れても良いということになっている。 だが、それでも少々遅れ気味だ。 「あ〜、つまらん」 口では不満を漏らしているが、そこは職人というか、正確にのみが打ち込まれ、石を削り、形が整えられていく。 「何がつまらんて、男の像というのがつまらん」 彫られているのは力士像、いわゆる仁王像というものだ。 精霊の加護を力強い姿で現したものなのだから、信心を込めて作るものだ。 「師匠、お客さんの納品先はお偉いさんなんですから、ちゃんと作ってくださいよ」 師ののみを研ぎながら釘を刺すのは、幼い面影を残す十五、六の少年、理央(りお)。 「この前の酒飲んで両方尻尾の亀作って『頭隠して、ごかんめん(ご勘弁)を』なんてつまらないシャレは、もう聞きたくありませんよ」 「うっせえ!それでも売れたんだからよかったじゃねえか!」 前の作品を話題に出されて手元が狂い、危うく深く削りとるところだった。 樋熊の腕はいい。ただの石から、躍動感あふれる作品へと生まれ変わらせることが出来る。今回のものもただの力士像には見えない。既存の力士像のような筋肉が太くあふれたようなものではなく、きりっと引き締まった体を現し、肉体美が見え始めている。振り上げた拳は今にも振り下ろされそうな勢いである。 だが人間何かしら欠点がある。 樋熊に関しては、お調子者なところである。何でもかんでも調子よく引き受けてしまうのだ。それを後から後悔し、ぶつくさと文句を言いながら石を彫るのだ。 この前の尻尾亀も、ぶつくさ文句を言いながら、挙句の果てに酒を飲んで作ってしまったのだ。だがその作品も甲羅の作りが上手く、いつの間にか前から生えている甲羅が後に向かって生え、両方尻尾になっている。 それがまた良い作品で、今にも動き出して左右から押し合いしそうな亀の像になっているのだから始末に悪い。金を持っている者には、こうゆう作品を求める者も多いのである。 こんなことだから、弟子は理央一人しかいない。 「とにかく、真面目に作ってくださいね」 もう一本と釘を刺す理央であった。 数日後。 石像はほぼ形になったといっていいだろう。 後は細かい彫りを加え、最後に表面を滑らかに研けば完成だ。 樋熊はぶつぶつ文句をつぶやきながらも、真剣に細かい彫りを加えていく。 「‥‥今、なんか揺れなかったか?」 石像が揺れたような気がした。 別の部屋で石像の表面を研く砂を用意していた理央は、そんなものは感じなかった。 「いえ、別に。地震ですか?」 天儀のよく分からない現象に地震がある。噂では陰陽師が地下で行っている実験が原因だとされている。 ぐらりと石像が揺れる。 台に乗っていた樋熊は、ごろりと台から転げ落ちる。 「な、なんだ?!」 石像が倒れてきたのではない。一歩前へ足を踏み出したのだ。 「地震じゃねぇ!」 石像はギロリと樋熊を睨むと、頭上に掲げた拳を振り下ろしてきた。 石像の拳は樋熊を外したが、地面に深くめり込んでいた。 「理央、開拓者呼んで来い!」 状況を理解した理央は開拓者ギルドへと駆け出していった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
花脊 義忠(ia0776)
24歳・男・サ
ラフィーク(ia0944)
31歳・男・泰
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰 |
■リプレイ本文 剣桜花(ia1851)は困っていた。 開拓者ギルドに張り出されている依頼書に、桜花が求めている依頼が無いのだ。 信念というほどのものではないのだが、戦う依頼は遠慮したい。 再び依頼書とにらめっこ。 だが新しい依頼が張り出されない限り、内容が変わることはない。 と、そこへ以前見たことのある少年が開拓者ギルドに飛び込んできた。 「あら理央君、お久しぶり〜元気してた?」 桜花は飛び込んできた少年、理央に思わず声をかける。 「あ、桜花さん‥‥!」 理央が声をかけられた方を向けば、そこにはにこやかに笑うが、胸元を大きく開けた、かなりきわどい格好をした女性。 その姿は年頃の少年にはきつく、理央は顔を真っ赤にして下を向く。 だがすぐに本来の目的を思い出す。 「こんなことしている場合じゃない!た、大変なんです!せ、石像が動いて!襲ってくるんです!」 その悲痛な叫びに、依頼を物色していた羅喉丸(ia0347)も割り込んできた。 「お、そいつは見過ごせないな。場所を教えてくれないか、俺も行くぞ!」 開拓者ギルドは早急に開拓者達を集めた。 その中に羅喉丸と桜花がいた。 「おぉう、こりゃ凄い。立派な石像だ。迫力あるなぁ、今にも動きそうっていうか、動いてるもんなぁ」 まずは工房内を覗いてみた九法 慧介(ia2194)。 動いているのは、よく寺社で見かける腹の太い力士像ではない。身近なものでたとえるなら、筋骨隆々のサムライといったところだ。筋肉は多すぎず、かといって無駄な肉は見当たらない。頭から足までの背丈は、慧介より頭半分ほど大きいくらいといったところだ。 肉体美を誇る石像が動いている様は、感動を覚えるかもしれない。その石像の体から瘴気が漂ってさえいなければ、だが。 「仁王様は、精霊様を祀るものだから、少し、気が咎める、けど。でも、仁王様を、アヤカシに汚させるわけには、いかない」 淡々とした様子だが、桔梗(ia0439)のその目は怒りの感情に吊りあがっている。 その目で工房内の様子を探る。工房内には道具が多く散乱しているが、暴れている石像以外の品は、ここには無いようだ。 「今日がはじめての戦う依頼なんですよー楽しみですー」 桜花は自分の背丈よりも柄の長い大斧を持ち出している。 「とりあえずこれで殴ればいいんですよね?」 大斧の刃がきらりと光る。 そして工房の壁には一人の男性。出入り口から顔を出して石を投げては石像の注意を引き、引き付けては別の出入り口に駆け出す。 「師匠、大丈夫ですか?!」 「いや、もう勘弁。あいつ、足が遅いから何とかなったけど、こっちがもうへとへとだ」 理央の師匠である樋熊だ。石彫りの様々な作業で鍛えてあるが、さすがに開拓者ほどではない。足がもつれてきている。 「理央殿から話は聞いた。私達が対処するが、良いな?」 樋熊に近づいた篠田 紅雪(ia0704)が、理央の依頼を請け負ったと伝える。 「ああ、あいつを何とかしてくれ!」 緊張で憔悴した表情の樋熊が叫ぶように答える。 (「対処といっても、壊すことくらいしか思いつかないのだがな」) 紅雪は、せっかくの石像が破壊される樋熊のことを少々気の毒に思った。 「よっしゃあ!気合い入れて行くぜ!」 大声を上げて威勢良く工房内へ飛び込んでいった花脊 義忠(ia0776)だ。 その手には鉄球連接棍、フレイルだ。扱いは難しいが、安価で、何より刃こぼれの心配がない。 力を込めてフレイルを振るう義忠。 「花先生、援護します!」 義忠の後から大型の機械式の弓を抱えてついていく夏 麗華(ia9430)。 機械式の弓は、その構造上装填に時間がかかるが、その威力は並外れて大きい。 麗華は工房の隅の物陰に隠れると、懸命に弦を引き上げ、矢を装填する。 そして麗華が精霊の加護を祈ると、機械式の弓は装填された矢ごと炎を纏う。 義忠の大声に振り向いた石像に向けて、麗華は炎の矢を打ち込むのであった。 「うーん、壊すのが勿体無いけど、人に迷惑をかける前に壊しちゃおうか。良い作品だけどねぇ」 慧介が、精霊の力を借りて青白く輝く刃を石像に向けて振るう。 ブゥーンと音を立てて刃が叩き込まれると、バリバリと細かい破片が飛び散る。 続けて、光を失った刀を水平に構えて、鋭い突きを打ち込む。 「硬い‥‥刀が折れそうだ。大槌でも持ってくれば良かったか」 打ち込んだ突きは刃があまり通らず、打ち込んだ勢いがそのまま自分に返ってきたようであった。 「巫女?それおいしいですか?アヤカシは断固粉砕あるのみですよ?」 桜花は石像へ無造作に大斧を叩きつける。 本来桜花は巫女氏族の出であって、武器を上手く扱うようには鍛錬していない。 それでもかまわず、氏族で学んだ技術を使うこともしないようだ。 「うふふふふふ、愉しい、ですねっと。ストレス解消にはさいこーですぅっ!」 戦う依頼に出るというだけで、それほどストレスが溜まっていたのか。猟奇的な笑みを浮かべ、大斧を振り回し続ける桜花。 「あれ?」 目の前に石の拳が見えた次の瞬間には、桜花の体は宙を舞っていた。 「石、だな」 紅雪は石像との間を一気に詰めると、刀での一撃を与える。刀から手に伝わってくるゴリゴリとした振動は、刀にとってはあまり良いものではない。 「ふむ‥‥やはり、硬いな」 桜花を吹き飛ばした石像の拳が紅雪に振り下ろされる。 胴丸で受け止めたが、思った以上の衝撃が、ズドンと伝わってくる。 紅雪も桜花のように吹き飛ばされる寸前に、羅喉丸がとりあえず細くなっている石像の手首に向けて長槍で打撃を与える。 横からの衝撃に石像の拳は、紅雪の胴丸の表面を滑りながら紅雪の脇の下へと抜ける。 手首への打撃が深く貫けなかったことを感じ取った羅喉丸は、他の技へと変える。 「点滴岩をもうがつ。頑丈だというのなら砕けるまで叩くまでだ」 掌に気を溜めると、グッと拳で気を握り締め、握り締めた気を石像に叩き込む。 気はほとんど抵抗なく石像の体へ叩き込まれ、その表面は気の衝撃でバラバラと砕けていった。 空を舞った桜花の体を精霊の風が癒していく。 攻撃を外した石像の拳が弾き飛ばす道具等の雨の中、桔梗が盾でかわしながら放った精霊の加護である。 「気が、ついたか」 桔梗が声をかけると、頭を振りながら桜花は上体を起す。 「桜花、前に、出すぎだ。出るなら、歩法を使って、避けろ」 桜花は年下から当然の注意を受ける。 さすがにこれ以上の負傷は危険だ。回復の手段すら用意してこなかった桜花は、大斧の柄を杖にして後方へと下がる。 桔梗が手に持った杖に念を込めると、杖の先に清浄なる炎が生まれる。 「えい!」 桔梗は杖の先端の炎を石像に向けると、その炎は蛇のような残像を残し石像へと吸い込まれる。 ビシッ! 石像の全身に入るひびが少し大きくなり、ひびの中から炎の光が漏れる。 すでに機械式弓に精霊の炎は宿っていなかったが、それでも麗華が石像のひびに向けて矢を撃ち続けている。 「花先生、今です!」 石像全身のひびがさらに大きくなったところで、麗華は義忠に声をかける。 義忠は、当たる当たらないも運だとしていたが、それでも石像の拳をいくつか貰っている。 「うおおおおぉ!」 義忠の渾身の力を込めたフレイルが石像の胸を打ち砕く。 石像の動きが止まり、全身のひびが大きくなる。 義忠はフレイルを引き戻し、後ろを振り返る。 「成敗っ!!」 気合と共に足元に鉄球を叩きつけると、義忠の背後で石像はバカンと砕け散った。 「終わった、か」 砕けた石から瘴気が霧散してゆく様を見て、紅雪はようやく一息つく。 「いや〜、お前さん達、すまねえな」 やけにすっきりした顔つきの樋熊が開拓者達に声をかける。 「こっちこそすまない。せっかくの石像を壊してしまった」 樋熊に向き直った紅雪は深々と頭を下げる。 「いやいや、いいっていいって。気が乗ってなかったんだし、壊れちまったことで俺の気分もすっきりしたよ」 紅雪の謝罪を慌てて手を振って止める樋熊。 「‥‥壊れてしまったけれど、凄く格好良い、仁王様、だった。アヤカシでなく、精霊様が、宿っても良いくらい、だったと思う」 桔梗は瞳をきらきらさせて樋熊に言う。 だが樋熊にはちょっと複雑な思いだったのか、あいまいな笑みを浮かべただけだ。 「さて、中を片付けるかな。理央、石と道具、外に運び出せ」 「樋熊殿、私達も手伝おう」 樋熊が理央に声をかけると、紅雪も手伝いを申し出る。 皆も一緒になって工房内を片付ける。 「あれ?もふら様は?」 工房の中や外をキョロキョロ見渡していた桜花だが、年末に出会ったもふらさまがこの工房の付近にいないことに気づいた。 「ああ、あのもふらさまですか。荷車含めて、荷運び用の借り物ですよ」 ひしゃげたのみなど壊れた道具をより分けていた理央が答える。 「残念、折角鞭持ってきたのに‥‥。後で理央君に大人の遊び教えてあげるね?」 鞭がぴしりと地面を叩く。 「い、いえ!け、結構です!」 工房の中を片付けている間、女性陣はなんとなく視線を感じていた。 主に桜花と麗華の二人は特に感じたが、視線の元には樋熊がいるような気がした。 ほとんどの道具が壊れていた。 壊れていない物も見えないところが壊れているかもしれない。 「道具は職人の命だというのに、本当にすまない」 改めて紅雪が深々と頭を下げる。 「いや、ほんと、いいって。偉い書道家は筆を選ばないっていうじゃねぇか。それにこれが全部じゃねえんだ」 (「え、全部じゃない?」) 樋熊の言葉にもやもやしたものが湧いてくる紅雪。 「樋熊殿、それはどういう意味なのだろうか」 「俺はもう一つ工房を持ってて、そこにも道具は揃えてあるんだよ。仕事が出来ないってわけじゃないんだ」 紅雪には何かが引っかかっている気がした。 「これで理想の女性像が、ついに完成するぞぉ!」 「その前に、注文が破棄されてんだ!いい加減、真面目に仕事しろ、師匠!!」 |