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■オープニング本文 ピーヒャラピーヒャラ。 トンツクトンツク、トントンツク。 チキチンチキチン、チキチキチーン。 冬の気配が漂う山の中から祭囃子が聞こえてくる。 秋の祭りにしては遅い気もするが、どこか近くで村祭りがあるのかと思い、行商人は山の中へ続く細い小道へと足を踏み入れる。 うまくいけばちょっとした稼ぎになるかもしれない、そんな考えが頭をよぎり、そっと顔をほころばす。 山では良くあることだが、囃子の音は近づいたかと思うと、また離れて聞こえる。 行商人は谷に峰に積もった落ち葉を踏みしめ、ともすれば見失いそうになる細い山道を伝う。 日も傾き、山が闇をまとい始め、不安に心をつぶされそうになる頃、ようやく前方にゆらゆらとゆれる灯りを見つけた。 囃子の音は途切れることなく道々聞こえていた。 間に合った、まだ祭りをやっているのだろうと思い、行商人は背の荷物を背負い直すと灯りへと足早に近づく。 その足元には、すでに道はなかった。 一つの灯りを中心に三つの人影が見える。 どうやら囃子の者のようだ。件の音色にあわせて影が揺れている。 「祭礼はまだ終わってないようですな、よろしければ私も品をお売りしたいのですが」 行商人が声をかけながら三つの影に近づいていく。 焚き火が一つだけとここに至って、行商人はようやく不自然さに気づく。 村もない、家もない。 行商人の声に振り向く三つの顔。木の幹に眼と口の切れ込みを入れたような顔だ。 いや体だって木の幹のような体だ。 「ば、化け物ー!」 叫びを上げ踵を返す行商人の目の前には、ゆれる炎の塊。 「あつ!」 顔が焼ける。 「ぎゃ!」 細い棒で腕を叩かれる。 二本の棒で足を取られる。 金属の塊のような物で頭を叩かれる。チーンと音が鳴った。 行商人は荷を捨て、死に物狂いで山の闇の中へ走り出した。 灯りから離れたく、先の見えない闇の中を走る行商人。 木に体をぶつけ、藪に足を取られる。 それでも少しでも低いところへ、山の外へと走る。 不意に踏み込む地面がなくなり、前のめりに転がり落ちる。山の急斜面に出たのだ。 木々に体をぶつけながらようやく回転が止まる。 痛みと疲労で、もう体は動かなかった。 翌朝、沢に倒れている行商人が見つかった。 「お、お囃子のアヤカシだ‥」 重傷の行商人が最後に発した言葉だ。 |
■参加者一覧
柚月(ia0063)
15歳・男・巫
ゼロ(ia0381)
20歳・男・志
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
蘭 志狼(ia0805)
29歳・男・サ
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
鴇ノ宮 楓(ia5576)
21歳・女・シ |
■リプレイ本文 お囃子アヤカシ退治に集まった開拓者達。 「お囃子でござるか。拙者、見たことも聞いたこともないでござる」 鴇ノ宮 楓(ia5576)がなんとも世間知らずな感想を述べる。 「いやいや、村でも祭囃子くらいあったじゃないか」 「そうでござったか?拙者は知らないでござる」 楓と同郷だという海神 江流(ia0800)がやれやれといった感じで返すと、楓は不機嫌そうな態度で返す。 二人の間に何か因縁めいたものが見え隠れする。 「そういえば俺もはっきりとは聞いたことがないな」 蘭 志狼(ia0805)は、サムライとしての鍛錬に明け暮れ、自由の少なかった幼少時に聞いた、遠くの囃子の音を思い出していた。 「シローもやっぱりアヤカシのお囃子、気になるよね!どんな感じなんだろ?すっごーく聞いてみたいっ!」 志狼と顔見知りである柚月(ia0063)が元気に答えると、 「おっとユズ、おまえさんもいたか」 劉 厳靖(ia2423)が横から口をはさんできた。 「げー。おっちゃんと一緒なのー?」 こちらもなにやら因縁めいていた。 どちらも反抗期のような、気がしないでもないが。 まずは情報を集めることにした開拓者達。 件の行商人が見つかった沢の近辺の村で話を聞いてみる。 「山には猟師小屋があるくらいだ。ただこの時期の獣はおっかねーから、夜、山に入るやつはいないな」 餌を探して凶暴になっている獣もいる。そのような事情のためか、大人から聞いた話はあまり重要なことはなかった。 だがゼロ(ia0381)は子供から面白そうな話を聞いた。 「おいら知ってるよ。あのおっちゃんが見つかる前の晩、山ん中でちろちろする灯りっぽいもの見たよ」 「おっちゃんって、あの行商人のことか。お前、その灯り、どの辺だったかわかるか?」 「うん、あの辺だった」 子供が指差した辺りを村の大人達が確かめる。 「ありゃ、猟師小屋より山ん中だぞ。人なんかおらん」 その頃、瀬崎 静乃(ia4468)は村に来ていた行商人から話を聞いていた。 「手間をかけてすいません。あの、『お囃子で誘うアヤカシ』の話をお聞きしたいのですが」 「ああ、先日聞いたよ。あの街道を通るときは気をつけろってね」 ギルドが周辺に警告を発したのだろう。行商人が注意を受けたのは、例の件の後のことのようだ。 「それ以前に噂か何かは‥‥」 「うーん、聞いてないなあ。今回のこともいきなりだったし」 行商人も幼い静乃相手にどこかきまりが悪そうだった。 「あんたら、開拓者なんだろ?早く安心して通れるようにしてくれよ」 翌朝、開拓者達は山へ入る道を村人から教わり、落ち葉に消え入りそうな小さな山道へと足を踏み入れた。 早くから山に入り、日のあるうちにアヤカシと対決する作戦だ。 冬に近いとはいえ、静か過ぎる山道を少し行くと、山肌に隠れるように小さな小屋があった。村人が言っていた猟師小屋だろう。 「うまく隠れるようにしてありますね。ではここから先は私と楓さんで先行しますね」 猟師小屋を調べ出ていたペケ(ia5365)は楓と二人で先行する。二人とも村の子供が指し示していた位置を大体把握している。 柚月達が後からついていくこと数刻、獣道のような細い山道を伝い日も中空を過ぎた頃、楓が前方から戻ってくる。 「お囃子らしきものが聞こえてきたでござる。皆、気をつけるでござる」 と、同時に風に乗って囃子の音がかすかに聞こえてくる。 「うわー。ホントにお囃子だっ‥‥でもなんか変だね」 「なんかまだ、遠いんじゃねえのかい?」 わずかな音に、つい不安な一言を漏らす柚月と厳靖。 「いやおそらく、あの峰の向こう側かな。直にこちらへ伝わらない分、反響で遠くに聞こえるんだ」 あちこちを放浪していたおかげで身に着いた知識を披露するゼロ。 なるほどと頷く江流に対して、楓が口を挟む。 「そんなことも知らなかったでござるか。海神どのは修練不足でござるな」 反論しようとする江流に、志狼が割って入る。 「では楓、ペケの所へ案内してくれ。柚月も準備しておけ」 まずは柚月の笛の音でアヤカシを誘い出してみようと開拓者達は考えていた。 江流の反応を期待していたが気勢の削がれた形となった楓は素直に頷くと、ペケの所へとを走り出した。 駆けていく楓の背中と、それを仕方ないといった表情で追う江流を交互に眺める静乃。 (「なんかいろいろと複雑そうです」) そして笛を構える柚月。 「そろそろ僕の出番だね」 ペケを追って峰を越えた楓は、すぐにその符丁を見つけた。ペケの印だ。仲間に手で静止を促し周囲をうかがうと、手招きするペケが見えた。 「ペケ、見つけました」 小さくささやくペケの視線の先には、遠目だがゆらゆらと揺れる炎と怪しい影が三つ。 ピーヒャラピーヒャラ、トンツクトンツク、トントンツク、チキチンチキチン、チキチキチーン。 周囲には少し調子の外れた囃子の音が響いている。 まるっきり素人の演奏である。確かに囃子の音に聞こえるが、お世辞にも上手いと言えない。 「誘い出すにも、この辺りでは上手く戦えそうにないな。奴らの所へ乗り込んだほうがよさそうだ」 ゼロが周辺の状況について判断を下す。灯りが見えるとはいえ、樹木が多いと刀であろうと満足に振るえない。 「じゃあ、笛の出番はなしかあ‥‥」 がっくりと肩を落す柚月だが、静乃は笛の囮を提案する。 「でも、笛の音で注意を引きつけられません?」 「お、静乃譲ちゃん、いいこと言うねえ。アヤカシと一緒に祭囃子演奏なんざ、なかなか見れねえしな」 厳靖がいつもの調子で賛同する。 「よし、これ以上時間をかけても日が暮れてしまう。全員で静かに近づき、柚月の笛で注意を引いて奇襲でよいな」 志狼が作戦をまとめると、小さくガッツポーズするペケ。 「ペケ、頑張っちゃいます!」 中央で小さな火の玉が宙で揺れて、その周りを三つの影の主が取り囲んでいる。 その影は人のようにも見えるが、酷く歪んでいる。 影ばかりではない、その影の主も歪んでいた。 木の幹のような体に、そのまま頭がついているが、首の部分を捻って振り向くことも出来るようだ。 顔には横に切れ込みを入れたような目と口があるだけ。体からは枝のような腕と足が生えている。 出来の悪い人形にしか見えない。 アヤカシだ。 一つは左手に笛を生やし、それを口にあてて吹いている。 一つは下腹部に歪んだ太鼓を生やし、そのままバチの両手で叩いている。 一つは左手が丸ごと鐘になっており、棒のような指で叩いている。 それぞれが音を合わせようとはしていない。 おそらくそこまでの考えもなく、ただその姿のアヤカシとしての本能で奏でているのだろう。 そこへ新たな旋律が加わる。柚月の笛の音だ。 ギリリ。 笛の音に気づいたアヤカシ達は首を捻りながら、笛の音が聞こえる方向に顔を向ける。 柚月と彼を守るように立つ厳靖を見つけると、アヤカシ達はそちらへ体を向ける。 同時に隠れていた静乃が放った式が、柚月達に近い笛囃子と鬼火に纏わりつき動きを鈍らせる。 「今だ!」 志狼が笛囃子の前に割り込み、腰を低く落とし槍を構える。 鐘囃子に向かって鎖分銅を投げつける江流だが、それをよける鐘囃子。 「海神どの、不甲斐ないでござるよ!」 江流の背後から楓が現れ、飛苦無に力を込めて投げつける。 ゼロは太刀に炎を纏わせると、太鼓囃子に切りかかる。 「太鼓なんかは木と皮だ、燃えろ!」 切りつけられた太鼓囃子は、燃え移りはしなかったが切り口に焦げ目がついた。 「その程度か?遠慮は要らん、何処からでも打ちかかって来るが良い!」 笛囃子が志狼に左手と一体化した笛を叩きつけたが、気合を込めた肉体にはかすり傷しか与えられない。 鐘囃子は江流に左手の鐘を叩きつける。チーンと鳴ったが、やはりかすり傷だ。鐘囃子は素早いが非力のようだ。 セロに向かって太鼓囃子がバチを叩きつける。ゼロはかわすが、目標を失ったバチは落ち葉の地面にめり込んでいた。 鬼火が柚月達に向かって体当たりをしてきた。 「おっと、あぶねえ」 厳靖が柚月と静乃の頭を押さえて鬼火の体当たりをかわす。ただし本人はかわし損ねたのか、焦げくさい臭いが辺りに漂う。 「鬼火は灯り代わりに最後にしておきますね」 体当たりをかわされ、柚月達の上を通り過ぎた鬼火の背後を取るペケ。 仲間が傷を負うと、柚月は風の精霊を呼び出した。風は次々と傷を癒していく。 「咎無き商人達の命、奪った罪は重い、その身で贖え!」 志狼は構えた槍を笛囃子に突き出す。 笛囃子はそのまま槍で貫かれ、ぐったりと力を失う。 静乃はさらに鐘囃子と太鼓囃子に式を放つ。 今度こそと江流は再び鐘囃子に鎖分銅を投げつけると、式で動きの鈍った鐘囃子の体に鎖が巻きつく。 そこへ楓も飛苦無を投げつける。 ゼロは再び炎の太刀で切りかかる。 また切りつけられた太鼓囃子だが、カウンターのような形でもう一方のバチがゼロを迎え撃つ。肩をかすっただけだったが、しびれるような痛みがゼロの体に走る。さすがは地面にめり込むほどの打撃だ。 「アヤカシども、この俺を倒してみよ!」 志狼が吼えると、アヤカシ達は志狼へと向き直る。 その隙を突いて楓はさらに飛苦無を投げ、刀に持ち替えた江流も炎を纏わせ切りつける。 ゼロがもう一度切りつけると太鼓囃子はようやく沈黙した。 楓が最後の飛苦無を投げつけると鐘囃子も静かになる。 鬼火は志狼に体当たりしようとしたが、その間には運悪くペケがいた。鬼火の体当たりはペケに当たる。 褌の結び目に焦げ目がついたのか、元々緩かったのか、ペケの褌がはらりと落ちる。 「‥‥キャ〜!鬼火の馬鹿〜!!」 顔を真っ赤にしたペケの手の中に雷光の刃が生まれる。その刃が投げつけられると鬼火は消滅していった。 楓が投げた苦無を拾い集め、ペケが茂みで褌を締めなおしている間に、静乃は天儀酒と人数分の器を用意する。襲われた行商人を弔うためだ。 「皆さんも弔いのために一つ頂いてください」 静乃は一人一人に酒を注いでいく。 「い、いや、しかしだな、君は酒を飲んでも良い歳では無いだろうに‥‥」 志狼は何故か取り乱した様子を見せる。 「そうだな、静乃さんはまだ早いと思う」 志狼に賛同する江流は、そんな志狼の様子に気づいていないようだ。 そんな志狼の背後で、にやりと笑う厳靖と柚月。 「まあまあ、単純に弔いの意を示すってやつさ、そんなに気にすることは無い!」 「そうそう、おっちゃんの言う通り、シローも飲んだ飲んだ」 二人は自分の器の酒を志狼の口に無理やり流し込む。 ボッという音が聞こえたような気がした。 志狼の顔が赤いのは夕焼けの照り返しだけではなさそうだ。志狼の体がぐらりと揺れて地面に倒れこむと、そのままいびきをかき始めた。 いきなり倒れた志狼を見て、目を丸くする江流、そしてその様子を見て笑い転げる厳靖と柚月。 「拙者は飲めるぞー」 飲めることで認めさせたいのか、何杯も要求する楓。 「静乃さんも飲んでもいいですけど、一杯だけですよ」 楓の様子に苦笑しながら、静乃の器に注ぐペケ。 周りの喧騒に苦笑を浮かべたのはゼロも同じだ。 「まだどこかでお祭りをやってないものかな‥‥」 沈みゆく夕日を眺めながら、囃子の音に思いを馳せた。 |