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■オープニング本文 開拓者ギルド――。 ギルド相談役の橘鉄州斎(iz0008)は、文に目を落としていた。それは武天国の香呂の里からの便りであった。かつて依頼でアヤカシを退治してから、里長からは時折こうして文が届くようになっていた。今日届いた文には、里で開かれる年忘れの宴会へ招待したいと書かれていた。 「‥‥‥‥」 橘は苦笑して文を閉じた。そこで、報告書をまとめているアシスタントの佳織の姿が目に留まる。 「そうだ、佳織、香呂の里へ行ってみないか」 「え? 何ですか?」 佳織は顔を上げると、歩み寄って来た。 「これ。里からの忘年会の招待状なんだ。相談役が忘年会でよその里へ出向くわけにはいかないだろ。いつ重要な依頼が入るかもしれないんだし」 「ふーん‥‥それで私に行って来いって言うんですか?」 「嫌なら別にいいよ。ただ、一応公式の宴だし、相談役の代理として出席するなら俺の方から里長へは話も通しておくし。宴会じゃあ霜降りのしゃぶしゃぶとかすき焼きが出るんだろうなあ」 「嫌だなんて言ってないでしょ」 「それじゃ行くか?」 「もちろんよ。橘さんが恥ずかしくないように、今では立派なアシスタントが付いてるんですって言っとくわ」 「自分で言ってりゃ世話ないよ」 「じゃ、行ってきま〜す!」 香呂の里――。 里は武天の中では小さな里だが、歴史ある名門の黒沢奈家が代々里長を継いでいた。里は森と山と湖に囲まれた豊かな自然の中にあって、穏やかに時間が流れていた。 佳織は神楽の都暮らしが長かったので、旅行気分でちょっと浮かれていた。まずは里長に挨拶をしなければ。 「すいません。橘鉄州斎の代理で来ました、森村佳織と申します」 「ああ、神楽の都の。どうぞ」 里長の武家屋敷を訪れた佳織は、黒沢奈家の秘書に取り次いでもらうと、里長の黒沢奈昭信と対面する。 昭信は三十代半ばの偉丈夫であった。質実剛健を旨とする男で、典型的なサムライのイメージに近い男であった。 「森村です。橘の代理として参りました。橘からよくお伝えしておくようにと言付かっております」 「佳織殿と申されたな。まあ堅苦しい話は抜きにしよう。こちらこそ、忙しい中、もてなしを受けてもらって嬉しいですよ」 昭信は言って、大きく笑った。 「せっかく来たのですから、誰かに里を案内させましょう。橘にもよろしくお伝えください」 「ありがとうございます」 ――と、その時である。兵士が一人慌ただしく駆け込んで来る。 「お屋形様! 大事です! 森からアヤカシの集団が攻撃を掛けて来ているとの報告が入っております!」 「何だと? 以前討伐してから、もう長らくアヤカシは出ていなかっただろう。どのくらいのアヤカシだ」 「はい! 屍人や怪骨、幽霊などの大軍が里を北側から東に掛けて取り囲んでいる模様です!」 「下級アヤカシの中でも低級の雑魚か。被害はどのくらいだ」 「はっ、防御施設が一部損傷しておりますが、言われるようにアヤカシは低級です。数は百、もしくは二百を越えるでしょうが、幸い大きな被害は出ておりません」 そこで、屋敷の中で叫び声が上がった。悲鳴と怒号が交錯する。 「何だ?」 現れたのは返り血を浴びた黒装束の若者。手に持った長刀から血が零れ落ちている。その者は呆気にとられる兵士を一撃で切り捨てた。 「何だ貴様は」 昭信は壁際の刀を手に取って抜いた。 次の瞬間、黒衣の若者の肉体から、緑光の瘴気が吹き出した。その瞳が金色の光を帯び、口許からは牙が生えて来た。 「まさか貴様は‥‥」 当然、昭信は緑光の瘴気をまとう長刀使いのアヤカシの名を聞き及んでいた。だがその上級アヤカシはこれまでこのような形で潜入して来た例はない。 「禍津夜那須羅王か!」 「さすがは里長。敵の情報はしっかりと頭に入っているようだな。いかにも、私は禍津夜那須羅王だ。混乱に紛れて、ちょっとした変身で身を隠せば、こんなことも可能だがね」 禍津夜那須羅王はそう言うと、佳織に刀を向けた。 「そこの女。ギルドの関係者だな。丁度いい。風信機の場所まで案内してもらおうか」 佳織は懸命に頭を働かせたが、正直どうしていいか分からなかった。ただ言われるがままに立ち上がる。 「何をする気だ」 昭信は刀を向けたが、正直、ここで禍津夜那須羅王を相手に出来るとは思っていない。 「これからショーを始める。とっておきの観客を呼ぶ必要があるだろう」 禍津夜那須羅王は軽く笑うと、佳織と昭信を人質にとって風信機の場所へ向かう。 佳織が風信機を起動させると、ギルドと繋がる。佳織は、橘を呼んだ。 「佳織か。里には着いたのか。いいところだろう香呂は」 風信機の向こうの橘は明るい声で言った。 「た、橘さん‥‥わ、私‥‥」 「ん? どうしたんだ」 そこで、禍津夜那須羅王が割り込んだ。 「もしもし、私は禍津夜那須羅王だ。たった今、黒沢奈家の武家屋敷を制圧したところだ。里は今攻撃を受けている。急いだ方がいいぞ相談役。のろのろしていたら、里が全滅してしまうだろう。ショーに間に合わなくなるぞ」 「‥‥‥‥」 橘は衝撃を受けてすぐには言葉が出なかった。 「那須羅王‥‥貴様‥‥一体どうやって!」 「よく考えてみるんだな。私は逃げも隠れもしない。ただし、時間制限は付けよう。明日の夕刻までに間に合わなかったら、香呂の里は地上から消滅する」 「ふざけるな!」 「相談役、冷静に考えてみろ。私が何者か良く思い起こして見るんだな」 そう言うと、禍津夜那須羅王は通信を切った――。 「佳織――! 佳織――!」 橘の声は空しく風信機の向こうに響き渡る。 「橘さん急がないと」 風信機担当の女性が切迫した声を出す。 「分かってる」 橘は思考を巡らせ始めつつ、動き出した。 近郊の里と連絡を取りつつ香呂の情報を集めるように指示を出すと、自ら開拓者たちを手配する。精霊門が開くのを待ってはいられない。確保できる最速の高速船も手配する。 「禍津夜那須羅王の奴、やってくれるじゃないか。こっちも本気で行かせてもらうぞ。人間をなめるなよくそアヤカシが」 それから橘は佳織のことを思い出す。 「無事でいろよ‥‥頼むから‥‥必ず助ける」 望みは薄い。アヤカシが約束を守るとも考えられない。今は、祈ることしかできなかった。 |
■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫 |
■リプレイ本文 高速船は神楽の都を飛び立つと、もの凄いスピードで武天国の上空を駆け抜けて行く――。 「何や、折角、龍安家お抱え芸人のうちの出番かと思いやしたのに、宴やないんどすか。早よ、片づけて皆で宴会しやしょう」 と、歌舞伎役者の華御院 鬨(ia0351)は、橘に愚痴を云いながら安心させる。鬨は仕事で女形をしていて、常に修行のために女装し、そこいらの女性よりも女性らしい雰囲気を醸し出している。今回は京美人の女装をしていた。 「……鬨、さすがに今日は宴会は無理だろう。こんなことがあった後では」 橘は、そう言って吐息した。 「何や橘、あんさんらしくないどすな。いつものあんさんなら、こんな時でも凄い気迫と集中力を見せとるやないどすか」 「俺が勧めたりしなければ、佳織はこんなことにならなかった」 「自分を責めなさんな。あんさんのせいやないやろ。そう思いつめるもんやないどす。笑えとは言いませんが、まだ望みはあります」 「そうだな……」 焔 龍牙(ia0904)は思案顔で口を開く。 「今度は人質と篭城か? 何を企んでいるのだ。何はさておき、人質の救出が最優先だな」 それにしても、と橘に問いを向ける。 「鉄州斎殿、今回の那須羅王の行動をどの様に見ますか? 那須羅王の力を持ってすれば、里は簡単に襲撃できたはず、それなのに我々を呼び出すとは。何か意図がある様な気もするのですが……」 「まず考えられるのは、実際は俺たちが到着する前に里の民を皆殺しにしておいて、広く見せしめとするため、だろう」 「それでは……間に合わないと?」 「普通に考えればそうだな。正直望みは薄い。しかし――」 「しかし?」 「これは相当穿った見方になるが、わざわざ俺達に知らせたのは、これは何かの予行演習か囮で、実は本命は他にあるとしたら……そう考えることも出来るんじゃないかな」 「なるほど……では俺たちとしては後者であることを祈るしかないですね」 「確かにそうだが……それはそれで後が怖い気がするがな。今回で奴を倒すことが出来れば全て解決だろうが……」 すると、玲璃(ia1114)が口を開いた。 「橘様が狙われる理由は私達が知りたい位です」 橘は頭を掻きつつぼやいた。 「まあ……俺に限らず、アヤカシにターゲットにされる人間は幾らでも居るからな。手の込み行ったことを好む連中もいるからな。珍しい話じゃないだろう」 「それにしても、こう言っては何ですが、橘様は相談役と言う立場上、アヤカシ側からしてみれば旨味があるお方ではないですか? 考えすぎかもしれませんが、あなた様の周りには実際アヤカシ側の姦計が張り巡らされていたような時期がありますよね?」 「俺が狙われていた……としても、そうだな……そのせいで亡くなった者がいるかも知れない」 橘は吐息して、過去に思いをはせる。 「例えばですが、橘様が敵に回ったりしたら、私たちは何も感じないわけではありませんよ。橘様は私たち開拓者にとっては顔の広い友人知人でもあるのですからね。そもそもアヤカシが付け狙うのも、そう言うところに理由があるのではないかとも思ったりするのですが」 「……過去にそう言う奴は何人もいた。というか良くある話だよ。姦計を張り巡らせるアヤカシの思惑はそう言うところにあったりするからな」 「橘殿は自分のせいでと思っているだろうが悪いのは那須羅王だ」 滝月 玲(ia1409)は言って、橘の肩を叩いた。 「この手口、橘殿も人界の伝手を危惧していたがまさか……今は救出の事だけ考えよう」 「すまんな滝月。余計な心配をかけるぜ」 「まだ終わったわけじゃありませんからね。望みがある限りは、と言われましたよね。必ず里を救うことが出来ると信じましょう。今は」 「ああ。そうだな……」 「佳織さんはきっと助かりますよ。助けて見せます。橘さんを待っているはずですよ彼女は。風信機で連絡を取って来たんですから、あなたが来ると信じているでしょう」 「佳織の奴、今怖い目にあってるだろう。何と言ったらいいか……あいつ、家族も無くしたけど、ようやくギルドで働きだして元気になっていたのに」 「那須羅王の手から里を救いだすまでは、彼女を救いだすまでは、諦めちゃ駄目ですよ。俺達に出来るのは――俺たちにしか今は間に合わないんですから」 「俺はサムライのルオウ! よろしくな」 赤毛の熱血ルオウ(ia2445)は、橘に言葉を投げた。 「相談役のおっちゃんは久しぶりー……ってやってる場合じゃねえみたいだな。救い出せる様にがんばるぜぃ!」 「よおルオウ。お前さんが来てくれるとは心強い」 橘は、ルオウ少年の元気な声に笑顔を見せた。がしがしと赤毛を撫でまわす。 「何だよー、相談役のおっちゃん、しんみりしてたのに俺にはガキ扱いかよー。ほんとは佳織姉ちゃんのことが好きなんだろー、心配なんだろー」 ルオウは言いつつ、橘の手を掴んでもがいた。 「こいつ、お前な〜、ガキが何言ってるんだ」 橘は、がしがしとルオウの頭を撫でまわすと、首を羽交い締めにした。 「てててて……! おっさん! 本気になるなよ! いてて……!」 「まあ……と言ってもルオウはギルド屈指の剣客だし、希望の星だからな。ほんとに助かるぜ」 ルオウは、髪を整えると、吐息する。 「佳織姉ちゃんが助かったら、きちんと自分の思いを伝えなよ。こんな機会はもうないかも知れないんだぜ」 「はっはっは」 橘は面白そうに笑って、ルオウの頭をぐりぐりかき回した。 オラース・カノーヴァ(ib0141)はそんな様子を見やりつつ、煙草のパイプをふかしていた。 「まあ橘、おまえさんの心中は察して余りあるものがあるが、アヤカシどもの非道は今に始まったことじゃないからな。今回は全力を尽くすのみだな。俺は目の前の依頼に全てを注ぎこむまでだよ」 「よろしく頼むオラース。お前さんの機知には頼りにしてるぜ」 「よく言うぜ。そんなことよりも、自分の身辺に注意を払った方がいいな。確かにアヤカシは非道だが、お前さん少し狙われ過ぎだな。何と言うか……気をつけた方がいいぜ。弱点を狙われたら、幾ら相談役と言えども、無力だからな。今回のようにな」 「手厳しいな……だがもっともだがな」 「俺の杞憂なんざたかだか知れているが、これまでの例から見ても、背後に誰がいるのか知らんが、お前さんを狙っている奴がいるのも確かだろうしな」 「…………」 そこで、白磁の肌を持つ蒼髪蒼瞳の美しい娘が口を開いた。鳳珠(ib3369)である。 「私、負傷回復と戦闘支援は引き受けますが……差し当たり、どういう作戦で行きましょうか? 禍津夜那須羅王が人質を盾に取ると言う前提で動くのと、最悪、里が壊滅しているのを想定しておくことも必要かもしれないかと思うのですが」 鳳珠は仲間たちを見渡す。 「もちろん、みなさん無事であればそれに越したことはありませんんが、相手は上級アヤカシ、ストレートに里の殲滅を狙っているということも考えられますし。橘さんが言われたように、見せしめにするためならば、私たちにも覚悟が必要かと思うのですよ」 「まあ鳳珠の姉ちゃん、きっとみんな生きてるって! 俺だって楽観的になるつもりはないけど、禍津夜那須羅王の奴はきっと何か企んでるに違いないぜ! こんな面倒な手を使うくらいだからな!」 ルオウは言って、拳を打ち合わせる。 「そうかも知れませんが……いかがですかみなさん?」 すると、コルリス・フェネストラ(ia9657)が口を開いた。 「あくまで一案ですが――」 コルリスは、作戦を提案する。 「まず開拓者は屋敷内の人質を救助する救出班と、禍津夜那須羅王の注意を引き付ける陽動役に分担します。その上で、西の湖で船を使うオラース様には湖を旋回し、禍津夜那須羅王の注意を引き付ける陽動を依頼します。あと、私は里の兵力の取り纏めに尽力いたしますので。それから、陽動が機能する間に救出班は屋敷の東側等、侵入しやすい方角から屋敷へ侵入。続いて、侵入後に人質を安全な場所まで護送する護送組と、禍津夜那須羅王を食い止める戦闘組に分かれ、屋敷内で各活動を実施いたします。最後に、屋敷内の人達の避難完了後に、救出班と陽動役は合流し禍津夜那須羅王と戦い撃破します。私自身は外で敵を食い止め、撃退後は掃討戦に移行いたします。――このような流れでいかがでしょうか?」 コルリスの淀みない言葉を、開拓者たちは思案顔で脳裏で反芻し、頷いた。 「そうですね。俺は良いんじゃないかと思います。大きな段取りとしてはそれで問題ないかと」 焔が言うと、滝月も頷いた。 「そうだな。では俺はせいぜい陽動作戦を実施させてもらおう」 オラースは言って、パイプをふかした。 「みな様コルリス様の案でよろしいのでしょうか?」 鳳珠は言うと、一同コルリス案を了承する。 「開拓者のみなさん! もうすぐ香呂の里に着きますぜ――!」 船長の声が伝声管から響き渡る。 「では、行きますどすか。船長――宜しくお願いしますどす」 鬨は、伝声管に向かって言うと、船長の「降下開始します!」の声が返って来る――。 「(こっそりと)がんばってな!」 ルオウは迎撃に向かうコルリスに言った。 「ありがとう」 コルリスは笑みを浮かべると、駆け出した。玲璃も同行する。 里の北東に到着したコルリスは、前線の指揮官と合流し、作戦の概要を説明する。 「了解しました……どうか、殿をお助け下さい。開拓者が頼みです」 それからコルリスは、 「私達開拓者の仲間達が必ず屋敷の人達を救出します。どうかそれまで外の敵を里に入れさせない様防戦に専念して下さい」 とお願いして回り、兵達の指揮を取る。北、東方面の兵士達には防御施設を活用した衡軛陣を取る様指揮し、各櫓間の情報伝達に旗を用いるよう指示する。黒、戦況知らせ。黄、交戦中。赤、苦戦中。青、敵撃破。緑、増援送る――の意味の5色の旗で行う様、旗の用意と活用を各櫓に指示する。 玲璃は、陽動の追加策として北と東から攻めてくる敵軍に苦戦している様に屋敷には聞こえる様、わざと足音や喧噪を大きくしてもらう事を提案する。 「屋敷は禍津夜那須羅王からすれば敵地の中です。外で苦戦していると思わせれば人々の喧噪等は無視する筈です」 「なるほど、了解しました」 「それではコルリス様、後を宜しくお願いします」 玲璃は屋敷へと向かう。 「罠なんだろうけど彼女の笑顔はまた見たいしね」 だが、滝月は怒っていた。 「玲璃さん――」 「遅くなりました」 「屋敷の中は動きなしですね。禍津夜那須羅王の気配はありますが」 鳳珠は、瘴策結界「念」で敵の動きを捉えている。仲間達には、全員に加護結界を掛けておく。 「オラースさんが来たようですね――」 仲間たちが西の方角に目をやると、オラースが搭乗する高速船が屋敷の上空に到達する。 「船長、よろしく頼むぜ。危険は承知の上だが。アヤカシどもは俺が迎撃する」 「承知しやした!」 船長は、屋敷に接近すると、上空を旋回し始めた――。 と、屋敷から衝撃波が飛んで来て、船体をかすめる。揺れる船体に、オラースは眼下を見やる。 屋敷の縁側に、緑光の瘴気をまとった剣士が立っている。 「何だこいつ……禍津夜那須羅王の攻撃か」 「行きましょう――」 開拓者たちは、東側の壁を乗り越え、屋敷に侵入する。 するすると喧騒に紛れて、屋敷の中へ入り込んだ。 「人質のみなさんは……」 鳳珠と玲璃は瘴策結界で那須羅王の動きを探知しながら、屋敷の奥へ進んでいく。 「禍津夜那須羅王は……?」 「今は西側に、急ぎましょう」 「こっちだな」 開拓者たちは抜刀して静かに、だが素早く先へ進む。 「待って! 那須羅王が移動を開始……北側から……出て行きます!」 「何だって?」 「行こう、人質が気がかりだ――」 開拓者たちは駆け出した。 部屋へ突入した開拓者たち――。 「何――!」 そこには、斬り殺された里長と奉公人たちが血だまりの中で横たわっていた。 「鳳珠さん! 回復の準備!」 玲璃は素早く遺体に手を当てると、生死流転を掛け始める。 鳳珠は精霊の唄を唱える。 巫女の奇跡の力が、里長たちの命を蘇らせていく。 張り詰めた空気の中で、玲璃と鳳珠は全員の命を救った。 「でも、佳織さんがいない……?」 滝月が言って室内を見渡すと、橘は狼狽したように佳織の名を呼ぶ。 「落ち着け橘さん。那須羅王を追撃しよう。ここは玲璃さん達に任せて行きましょう。みんな、那須羅王を追うぞ!」 滝月は仲間達に言うと、北側から屋敷を出た。 「ん? あれは……佳織さん?」 滝月は、道の真ん中に立つ佳織に目を止めた。 そして、その背後に立つ黒衣の人物に目を留める。 オラースが船から飛び降りて合流して来る。 「そいつは禍津夜那須羅王だ! 屋敷から出るのを見ていた!」 「オラースさん!」 「那須羅王! 貴様、何を企んでいる! 話して貰おうか!」 素直に話すとは思っていないが、焔は時間稼ぎに一歩踏み出した。 その隙に、開拓者たちは禍津夜那須羅王を包囲するように間合いを詰める。 「動くな。女を殺すぞ」 禍津夜那須羅王は言って、開拓者たちの動きを封じる。 「私の目的がどこにあるか、それはいずれ明らかになるだろう。今ここで、お前たちに真相を話すつもりはない。香呂の里が破壊されようとそんなことはさしたる問題ではないがな」 「禍津夜那須羅王! 貴様が本心を話しているとは思えない!」 「ふん、人間に本心を話すかどうかは私が決めること――ん?」 禍津夜那須羅王は、オラースのアイヴィーバインドで動きを阻害され、眉をひそめた。 「てめえ! これでーーーー!」 ルオウがそこで側面から飛び出し、タイ捨剣を叩き込んだ。 凄絶な剣撃を、禍津夜那須羅王は刀を盾に受け止めた。 だが、次の瞬間、滝月が瞬脚で加速すると、佳織を抱き上げて禍津夜那須羅王から離脱する。 鬨は、禍津夜那須羅王の狙いが橘にあると予測して待ち受けていたのだが、どうやらそれは外れたようだ。だが、と鬨は安堵していた。 「うちの予測が外れたのは幸いどすな橘さん。あんさんが狙われると思っておったんどすが……」 「鬨……」 禍津夜那須羅王はルオウを弾き飛ばすと、刀を振り上げた。 ――と、駆けつけたコルリスの矢が貫通する。 「翔!」 月涙+響音弓の合成射撃技が那須羅王の腕を吹き飛ばす。 「今だ!」 焔と鬨は加速し、オラースはアイシスケイラルに続いてアークブラストを叩き込んだ。 よろめく禍津夜那須羅王はしかし刀を足で拾い上げると、焔と鬨の一撃を跳ね返し、全周に衝撃波を叩き込んで開拓者たちを吹き飛ばして後退する。 「ありがとうございます」 佳織は、滝月に礼を言ってお辞儀した。 「佳織さん、あっちに礼を言ってやりなよ」 滝月は、複雑な表情で立ちつくす橘に手を差し出した。 その後、アヤカシ達は後退し、里はどうにか守られたのだった。 |