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■オープニング本文 神楽の都、開拓者ギルド――。 アシスタントの森村佳織は、深呼吸してギルドの門をくぐる。佳織は、先日依頼が掛かった香呂の里で遭遇した上級アヤカシ禍津夜那須羅王に命を脅かされた。奇跡的に開拓者たちによって救われたのだが、ショックは残っていた。自分が回復することを佳織は知っていたが、アヤカシによって故郷を滅ぼされた過去の記憶が蘇る。 「おはようございます」 佳織はデスクに着くと、いつものように相談役の橘鉄州斎(iz0008)のスケジュールを確認し始める。デスクの上の書類に、素早く目を通して仕分けて行く。 「ちょっと待った、それ、何だ?」 いつの間にか、橘が佳織の後ろに立っていて、コーヒーカップを片手に書類を覗き込んでいた。 「これは……武天の里に中級アヤカシが一体出たみたいね。討伐隊も派遣されてる」 「そこは香呂の里に近いな……気になる。調べてみてくれるか?」 「構わないけど……討伐隊で十分間に合ってるみたいよ」 「一応探りを入れてくれ」 橘はそう言ってコーヒーをずずっと飲んだ。 「分かった」 佳織はてきぱきと仕事を進めて行くが、やがて手を止める――。 「橘さん――」 「何だ」 「朝からそうやってしかめっ面で後ろに立たれてると、怖いんだけど」 「気にするな。部下を指導するのは上司の仕事だよ」 「そうやってかれこれ二週間近くになるでしょう。私なら大丈夫だから。重要案件が来たらそっちへ回すわ」 「そうかりかりするなよ」 橘が自分のデスクに戻って行くと、受付係の娘が歩み寄って来る。 「橘君たら相当あなたのこと気にかけてるみたいじゃない。あなたが帰って来てからしょっちゅうあの調子でしょう」 「怖いのよねえ。私が死んでたらどうなってたのかしら」 「橘君はあなたを危険な目にあわせたことに責任を感じてるのよ」 「私のせいだって言うの? 殺されそうになったのは私よ」 「あなた運が良かったのよ。今こうしているだけでも奇跡だわ」 「言わせてもらいますけど、私は橘さんのアシスタントとしてこのギルドで誰よりも彼を理解してるわ」 「そう。私も余計なこと言っちゃったみたいね。ごめんなさい」 受付係の娘は佳織に謝って立ち去った。 ――と、佳織はまた手を止めた。風信機で先ほどもたらされた情報に関するメモが入ってきたのだ。発信者は芦屋馨(iz0207)、武天の鳳華からの急報だった。佳織は内容を確認し、立ち上がった。 「橘さん、これ、仕事が来たみたいよ――」 天儀本島武天国、龍安家が治める土地、鳳華――。 首都の天承城に緊張が走っていた。先の戦闘において、魔の森から出現した死人アヤカシ軍「万覇軍」の攻勢をどうにか持ち越えた龍安軍であった。しかし、事態は悪化する。魔の森から、万覇軍と死人の増援部隊が確認されたのである。あの竜神――在天奉閻との戦いから一年、年を越す前に再び巨大な危機が鳳華に訪れようとしていた。 「北部の里の状況は――」 家長の龍安弘秀は、卓上の地図を睨みながら言った。 「成楼、小羽侯、璃王が攻撃を受けています。敵の総数は千を越える巨大な軍勢です。我々も、総力戦を覚悟しませんと」 筆頭家老の西祥院静奈が言うと、続いて最高軍事顧問の山内剛が口を開く。 「我が軍も十個軍団の投入を決定しました。第一、第七、第十三軍団はすでに先行して迎撃に向かわせました」 「空の様子はどうだ」 それには家老の水城明日香が答える。 「死骸龍と万覇軍龍騎兵が展開しています。総数数百に及ぶと報告が入っています。すでに、四個飛行大隊に出撃を命じました」 「そうか――」 弘秀は頷いた。 「では、天承のことは山内と水城に任せる。適時後方支援を頼む。俺と静奈は前線に向かう」 「御自ら戦場に赴かれるのですか?」 上級アドバイザーの芦屋馨は、危険が大きいと弘秀を制止する。 「禍津夜那須羅王の攻撃は始まったばかりです。今の段階であなた様が出向かれるのは早いかと存じます。ここは、今しばらく事態を後方から観察すべきでしょう。天承にいれば安全です。禍津夜那須羅王がそのような機会を見過ごすとも思えません。危険すぎます」 すると、弘秀は口許を緩めた。 「芦屋殿、ここで北部が崩壊すれば、敵勢は鳳華の中枢に攻め込んで来るでしょう。この規模の敵勢、恐らく禍津夜那須羅王も持てる兵力を全て投入している。今ここで私が出向かねば、他に指揮を任せられる者はおりません」 「では……せめて護衛をお付け下さい。私の警護主任の林原をお付けします」 「ありがとうございます。ですが、気持ちだけ頂いておきましょう。林原殿をお借りするわけにはいきません」 「ですが……」 「芦屋殿、龍安家の家長はこういう時のためにいるのですよ。非常事態ある時は、前線に立つのが使命と心得ております」 「……分かりました。お気をつけて下さい」 「ありがとうございます。――では静奈、行くぞ」 「はい」 そうして、弘秀と静奈は、全軍の大将として北部の里に出立する――。 「芦屋――」 彼女に声を掛けたのは、この場に同席していたアドバイザーの朝廷貴族の長篠安盛。 「長篠様……」 「怖いか。そうだろうな。お前は戦闘地域で渦中に立ったことはあるまい」 「確かに、怖くないと言えば嘘になります。ですが……それ以上にこの地を守らねばと、強く思います。禍津夜那須羅王――あの不厳王(iz0156)の息が掛かった上級アヤカシを放置してはおけません。あちこちで禍を振りまいているあのアヤカシを止めなくては……」 「お前も、随分と変わったものだな。ここへ来た当時、お前はそんな感情など持ち合わせていなかっただろうに」 長篠はうなるように言うと、踵を返した。 「…………」 芦屋は長篠の背中を見送って、開拓者ギルドの橘にも連絡を付けたのだった。 ――アヤカシ軍陣中。 美しい若者の姿をした剣士が、緑光の瘴気をまとって立っていた。禍津夜那須羅王である。禍津夜那須羅王は口許を歪めた。 「そうか……さすがに、龍安弘秀が動いたか」 「西祥院静奈も同行している」 その声に、禍津夜那須羅王は「ほう……」と黄金の視線を泳がせた。 「だが、狙いは龍安弘秀だ。お前が情報を拡散させたことで、奴も我々が本気だと知るようになった。礼を言うぞ」 「今回は高くつくぞ。何しろ、今年の総決算だ。俺がいなければ、不厳王の力はまだ弱勢であっただろう」 「よく言えたものだな人間。今ここでお前を切り殺してやってもいいのだぞ」 禍津夜那須羅王は牙を剥いた。 「男」は、笑みを浮かべる。 「我々は運命共同体。そう簡単に絶ち切れるものではなかろう、上級アヤカシ」 「ふん」 まあいい――禍津夜那須羅王は刀を収めた。たかだか人間一人、切り捨てるのはいつでもできるではないか。いざとなれば取り込めば良い。 そして、男――長篠安盛は、燃え盛る里を確認すると、邪悪な笑みを浮かべたのだった。 |
■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
鬼啼里 鎮璃(ia0871)
18歳・男・志
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰 |
■リプレイ本文 戦場に到着した開拓者たちの姿が、龍安軍の軍議にあった。 「よろしいでしょうか――」 口を開いたのは戦略の将とも呼ばれる将門(ib1770)であった。 「まず三つの里の内、敵軍の少ない成楼、璃王に友軍を集中し、小羽侯は守りを固めるのがよろしいかと存じます。成楼、璃王の敵軍を撃破して小羽侯に移動。敵軍の包囲殲滅を目指す、これが基本方針です」 「包囲と言うが、我が軍は少ないのだぞ」 「続けよ」 弘秀は口を開いて、将門を促した。 「は……唯一の懸念は禍津夜那須羅王です。現れたら即座に狼煙か、伝令で以って所在を知らせるべきでしょう。成楼、璃王に居た場合は在軍の開拓者が抑えている内に他所の開拓者が集合。また当初の予定を破棄。王が居ない方の友軍は敵軍撃退後、王の居る戦場に急行すること。その上で王を撃破撃退してから小羽侯の敵軍の後背を突き殲滅するのです。小羽侯に居た場合は開拓者だけ集結。王を撃破または抑える。その間に成楼、璃王の友軍は予定通り敵軍を撃破して小羽侯に移動。包囲殲滅します。なお、制空権確保後、王が空路にて逃亡した場合、その乗騎に集中攻撃を掛けるべきです」 「ふむ……」 諸将はうなった。機動力を以ってアヤカシを凌駕するのは龍安軍の得意とするところである。将門の戦術は可能だろう。 「そのための兵数配分案を提案します」 将門は言いつつ、地図上の駒を動かしていく。 小羽候に志士50、砲術士50、巫女30、陰陽師30、シノビ10、弓術士30、サムライ大将5、龍騎兵50――。 成楼、璃王に各、サムライ250、巫女10、陰陽師10、シノビ5、弓術士10、サムライ大将10、龍騎兵100――。 これらを龍安弘秀に提案する。予備兵力の確保など必要なら修正を願う。 「ふむ……小羽侯が薄いのが気がかりだが」 「そこは後ほどコルリスから補足があります。私からは陸上戦術において、成楼、璃王について提案があります」 「申してみよ」 「投石器と焙烙玉攻撃で先制。決戦兵力としてサムライ五十を残して敵が立て直す前に弓の援護を受けつつ万覇軍を標的に突撃。万覇軍は初期の混乱時に多対一で少しでも減らします。敵が建て直し混戦になった瞬間に決戦兵力を敵の最も乱れている部分に突撃させ、後は奮戦あるのみですね。空戦はコルリス案を採用します」 「分かった、ではコルリスの案を聞こうか」 弘秀は、コルリス・フェネストラ(ia9657)に視線を向けた。 「私からの提案は将門さんの作戦を支持した上でのものとなります。そこで補足案を奏上いたします」 コルリスは言った。 「まず、小羽候では重点的に勾配を利用した数重の塹壕網と敵の進撃や射撃妨害用の逆茂木等妨害物を多数構築。掘伐した土で各塹壕前後に土塁を構築し塹壕網を通り味方が分進合撃可能な塹壕防御で迎撃します。続いて、戦闘では砲術士、弓術師を集中運用。空では四指戦法と味方の対空射撃高度に誘いこみ、退治する空陸連動戦法と共に万覇軍の駆る龍達を優先撃破し、万覇軍を強制的に地上に落とす形で空から万覇軍を駆逐いたします。地上ではその間、できるだけ多くの投石器と焙烙玉と盾を用意し、サムライ達に配布。塹壕網の中からサムライは投石器で焙烙玉を投擲し、敵射撃より遠距離から敵を迎撃します。最後に、敵が塹壕を突破すると想定し、塹壕防戦が難しくなったら味方は後方塹壕へ退避。敵を放棄した塹壕へ誘い込み、後方の塹壕から支援射撃と連携で反撃し、塹壕奪還の形で敵と継戦します。最終的な敵軍撃破の戦いは将門さんが言われた通りです」 弘秀は思案顔でコルリスの話を聞いていた。 「それから、敵の狙いは総大将である弘秀様の確率が高いので、各部隊に龍安様の影武者を用意し、敵の狙いを分散させるのは如何でしょう?」 と提案する。 「分かった。それにしても良く考えたものだな。どうだみな、二人の意見に異論はないか。俺は良い案だと思う」 「異論はありませぬ」 諸将たちは頷く。 そこで、華御院 鬨(ia0351)が言った。 鬨は女形をしていて、常に修行のために女装し、そこいらの女性よりも女性らしい雰囲気を醸し出している。今回は京美人の女装をしていた。 「前回の戦では、公演でこれまへんでしたが、いずれこの地でも公演したいもんどす」 と感想を云う。 「それではうちは、成楼、璃王の制圧を行い、残りを挟撃する作戦に従い動きます」 鬼啼里 鎮璃(ia0871)は頷き、言った。 「今回が正念場ですね。どうにか持ち堪えて、叶うなら倒してしまいたいですが……そこまでは無理でしょうか。何にせよ、やるからには全力で行きます! 僕は成楼を担当しますね。地上戦で前衛、が主な行動ですね。敵の行動を乱す為にも、指揮官を優先して狙っていきましょう」 焔 龍牙(ia0904)はいつものように気迫を前面に出した。 「万覇軍か、厄介な相手だが勝つのは俺達だ! 俺は璃王撃破と禍津夜那須羅王討伐を目的としての参加です。璃王から小羽候で那須羅王を撃破出来れば最上。将門さんとコルリスさんの作戦に従い、仲間と協力しつつ攻撃を行いますよ。那須羅王を確認出来れば、騎龍して急行し仲間と協力して那須羅王を攻撃していきますが、決して無茶な戦いは禁物ですね」 朽葉・生(ib2229)は思案顔で口を開いた。 「作戦は決したようですね。私は小羽候の防衛に回りますね。敵の射撃を防ぐ手段としてアイアンウォールで塹壕網の防壁を多数設置すると共に、塹壕が突破される事を想定し敵の攻撃から身を守る形に見せかけつつ、塹壕内に入った敵を包囲する形にアイアンウォールの防壁を設置しようかと思います」 「主旨は了解した。よろしく頼む」 弘秀が言うと、朽葉は軽くお辞儀した。 「塹壕が突破されたら味方に退避を指示し、敵をアイアンウォールの壁で囲まれた塹壕網に誘き寄せ、そこへ空からメテオストライクを放ち、塹壕内の敵を全て爆破します。ただ塹壕も爆破される為、塹壕網再構築が必要となります」 「連携が必要だな。コルリス、頼むぞ」 「承知いたしました」 鳳珠(ib3369)は、仲間達に配分の提案をする。 「あの、みなさん、成楼、小羽候、璃王への開拓者の割り振りを3:2:3としてはどうでしょうか。兵力の配分に応じて、また禍津夜那須羅王がどこに来ても耐えられるように」 「そうどすな。将門さんも璃王に行かれるようでは、うちは成楼に回りましょうか」 鬨が言うと、鳳珠は頷いた。 「では……私は璃王へ回りましょう」 長谷部 円秀 (ib4529)は、最後に言った。 「相手が本腰を入れて来たなら、こちらにも好機。勝利して、奴の首級をあげましょう。最低限、敵の撃退、できれば敵の殲滅、我の健在、王を討ち取ることでしょうか」 それから長谷部は続ける。 「私は成楼へ。主力は施設及び山、木など地形を利用して特に敵の遠距離攻撃と空からの攻撃に注意しつつ防御ですね。遠距離戦力を早期から発揮し、陣前まで敵を減殺し勢いを落とさせること。陣前には突撃を止めるに最小限の近距離戦力を伏せさせておき、敵の接近にあわせて衝突し衰えた突撃を止め、正面以外の戦力を側背から攻撃させます。一部の兵力は予備として保持し、敵の陣形の中で壊れたところに増援して流れを持ってくる、我の持ちこたえられないところへの増援、敵撤退時の追撃に使用します。敵撃退後は小羽候への増援に急行。十分に衝撃力を保った上で敵の側面から攻撃し、混乱を引き起こしつつ味方部隊と連携して敵の殲滅を図りましょう。また、増援以外の一部を敵の退路へと迂回させて、退却する敵を待ちうけ殲滅出来れば最上ですね」 かくして弘秀は全軍に出立を命じる。 「最優先は禍津夜那須羅王とし、基本戦術は敵の包囲殲滅。全軍に伝えよ。この戦、鳳華の命運を決すと――」 防御陣を敷いた龍安軍に対して、兵力で勝るアヤカシ軍は、万覇軍も含めてその防御陣を突破するべく突撃を開始する。 コルリスは上空からタイミングを図っていた。望遠鏡を下ろすと、腕を持ち上げ、振り下ろした。 兵士達はそれを確認すると、投石機で焙烙玉を撃ち込み始める。 「よーし撃て!」 一斉に撃ち込まれる焙烙玉がアヤカシ軍に着弾する。吹っ飛ぶ死人戦士。しかし、万覇軍兵士は勢い加速して来る。死人戦士を怒鳴りつけ、突撃を敢行する。 「第二射用意! 撃て!」 再び撃ち込まれる焙烙玉。続いて、砲術士と弓術士が攻撃態勢に入る。 「撃て!」 突進して来るアヤカシ軍の戦列が集中砲火に一瞬乱れた。しかし、直後にはその穴を埋めるように後列のアヤカシが突進して来る。 空のアヤカシ戦力も前進して来ると、コルリスと朽葉は後退した。 朽葉が構築していたアイアンウォールを破壊していくアヤカシ兵士達は、足止めを食らいつつ前進していく。龍安軍は第一線の塹壕を捨てて後退する。 と、朽葉が巧みに築き上げたアイアンウォールの包囲の中へ、アヤカシ兵士たちが押し競まんじゅうのようになだれ込んで来る。そこへ、朽葉がメテオストライクを叩き込む。火炎弾が炸裂し、アヤカシ兵士を薙ぎ払った。凄絶な魔法が塹壕ごとアヤカシを粉々に打ち砕く――。 「今回はあんはんに頼りますんで宜しゅう」 と壱華と会話する鬨。壱華は鳴き声を上げると、羽ばたいた。鬨は壱華に乗り込むと、舞い上がる。 鬨は友軍に合図をすると、編隊を組んでアヤカシを迎撃する。 壱華のスピードを生かして、アヤカシの指揮官を狙いに行く。万覇軍龍騎兵ボスは、鬨の突進を受け止めた。一撃二撃と撃ち合い、鬨はボスの腕を切り落とした。後退するボスに突撃すると、鬨は白梅香でその首を切り落とした。ボスは崩れ落ちて行く。 鬼啼里は防御陣の中から弓で攻撃する。龍安軍は攻勢に出る機会を窺っている。鬼啼里も友軍の中にあって、戦機を図っていた。空を振り仰ぐと、低空飛行で突破を図る人面鳥に矢を叩き込んだ。 「撃て!」 投石機から焙烙玉が撃ち込まれて行く。 長谷部は防戦を指揮しつつ、友軍の投石機や弓での攻撃を撃ち込んでいく。 アヤカシ軍は凄まじい矢の嵐にばたばたと倒れて行く。 「長谷部さん、いよいよですね」 鬼啼里が駆け寄って来るのを、長谷部は頷き、攻勢のタイミングを図っていた。 防御陣の前で失速するアヤカシ軍に、伏せておいた小数のサムライ達を突撃させる。 「では僕も準備に入りますね」 鬼啼里は言うと、友軍と敵の側背に回り込んでいく。 最小の戦力でアヤカシの突進を減衰させ、敵の側背を突くのが長谷部が提案した龍安軍の戦術であった。 崩れかかっていたアヤカシの先陣から中列にかけて動きが止まったところへ、龍安軍は側面から突進した。 「よーしそれじゃみなさん突撃ですよー」 鬼啼里は先陣切って加速した。最初の一撃で万覇軍歩兵を切り捨てた。そのまま突進する。 龍安軍の突進は凄まじかった。アヤカシ軍の戦列を完全に真っ二つに切り裂いたのだ。アヤカシ軍は崩壊する。 鳳珠は諸策結界「念」を張り巡らせつつ、上空から友軍の支援に回る。 「みなさん宜しくお願いします!」 鳳珠は地上の兵士たちを激励し、敵軍に目を向ける。 「撃て!」 投石機から焙烙玉が撃ち込まれて行く。 また、龍安軍も矢を叩き込む。 アヤカシ軍は咆哮して突進して来る。 「撃て!」 「撃てい!」 「撃って撃って撃ちまくれ!」 地上の猛烈な遠距離攻撃が為される間、将門と焔は上空の敵軍を迎撃していた。万覇軍のボスを後退させ、敵の航空戦力を減退させる。 空の戦いもまた乱戦気味であったが、やがて龍安軍が制空権を確保していく。 「ファクタ・カトラスは蒼隼あっての攻撃、頼んだぞ!」 焔は万覇軍龍騎兵ボスを死骸龍もろとも切り捨てた。 「突撃!」 地上の龍安軍は陣地から飛び出すと、決戦兵力五十を残して突撃した。 この時アヤカシ軍には多勢の龍安兵士を目にして後退する者がいた。 龍安軍は勢い加速して、敵陣に切り込んでいく。死人戦士は打ち砕かれ、万覇軍は撃退されていく。 混乱するアヤカシ軍に、待機していたサムライの決定戦力が突進すると、アヤカシ軍の戦列は瓦解した。 鳳珠は上空を飛びまわり、激戦の中で傷つく兵士達を回復していく。龍安軍とて無傷ではない。兵士達は前線でダメージを受ける。強靭な志体持ちと言えども、回復無しに戦い続けることは出来ないのだ。 精霊の唄を歌い続ける鳳珠。 「鳳珠殿!」 将門が舞い降りて来る。 「狼煙だ! 小羽侯に禍津夜那須羅王が出たぞ! 璃王も勝った、小羽侯のアヤカシを包囲殲滅する。行くぞ!」 「はい――!」 少数の兵で多数の敵を包囲する、それが現実のものとなりつつある。禍津夜那須羅王はそこへ悠然と踏み込んできたのだ。勝利の芽を摘み取るべく。 「いつ、うちの舞を見に来てくれはるんどすか」 「華御院鬨、挑発のつもりかね」 禍津夜那須羅王は長刀を構えた。 ――次の瞬間、禍津夜那須羅王が跳ねた、爆発的な勢いで。 鬨と焔は受け止めた。鬼啼里と長谷部、将門が切り掛かる。禍津夜那須羅王は弾き飛ばす。 「翔!」 コルリスの響鳴弓+月涙の合成射撃が撃ち抜く。 続いて、朽葉のララド=メ・デリタが禍津夜那須羅王に撃ち込まれる。 禍津夜那須羅王は爆発的な衝撃波で開拓者たちを薙ぎ倒す。 龍安軍が矢を浴びせかけると、禍津夜那須羅王は衝撃刃で兵士達を薙ぎ払う。 鳳珠はひたすら精霊の唄を歌い続ける。 長期戦。那須羅王と開拓者、龍安軍の攻防が続く――。 焔の切り札――魔槍砲「瞬輝」+ヒートバレットとストライクスピアによる連続砲撃。 「焔龍、炎真砲弾!」 禍津夜那須羅王の腕が飛んだ。 鬨、将門、鬼啼里、長谷部のスキル全開の連撃が禍津夜那須羅王を切り裂く。 コルリスの響鳴弓が貫通し、鳳珠の精霊砲、朽葉のララド=メ・デリタで禍津夜那須羅王の肉体が半壊した。 吹っ飛ぶ禍津夜那須羅王。やったか? しかし……禍津夜那須羅王は半壊した肉体で立ち上がった。 「信じられん……私にこれだけの打撃を……」 禍津夜那須羅王はうなるように言うと、追撃に衝撃波を撃ち込んで逃げた。 それから龍安軍は小羽侯のアヤカシ軍を包囲殲滅していく。 甚大な被害を受けたアヤカシ軍は、生き残った戦力をどうにかまとめて、撤退していった。 またしても、龍安軍と開拓者はこの危機を乗り切ったのだった。 戦場には大きな傷跡が残る。龍安家はこれから回復作業に当たらねばならない。 「とにかく、ご無事で何よです」 コルリスは龍安弘秀に言った。弘秀は「ありがとう」と頷く。 「禍津夜那須羅王は……どう出るでしょうか」 鳳珠の問いに、弘秀は魔の森を見つめる。 「分からない。いずれにしても、これが終わりじゃない」 弘秀の言葉に、鳳珠は頷く。 「アヤカシに季節の概念はあり得ないでしょうが、春永を待つことはないでしょう」 「春永、か」 弘秀は文人ではないが、その言葉の響きに郷愁を覚えるのだった。 |