【浪志】胎動
マスター名:安原太一
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/02 19:35



■オープニング本文

 遭都――。
 近衛兼孝。二十九歳の若手貴族である。頬骨の張った顔つきに短髪。邸宅で歌を詠んでいるよりも山野の散策などを趣味とする、貴族らしからぬがっしりとした男である。上流階級故に気前がよく、サバサバとしている一方、どこか読めないところがあった。
 朝廷の中でも高位にある大貴族で、全体的な凋落傾向にある貴族の中でも一定の経済力を持ち、それを背景に兵を囲って朝廷の警備などにも従事している。
 しかしその一方、兼孝はそうした高位にありながらも、保守的な藤原保家や穏健的な大伴定家とは距離を置き、若手を中心に独自のグループを形成していた。
 その兼孝の邸宅に、最近になって浪志組を結成した東堂俊一(iz0236)が出入りしていると言う話を、藤原家の芦屋馨(iz0207)は聞きつけた。
 芦屋は藤原家の側用人で上級の役人ではあるが、あくまで役人であり、貴族の兼孝と会うにはそれなりの理由が必要である。主の保家はこの件に何とも反応せず、考えを巡らせて歩いていた芦屋の目に、ある集団が目に入って来た。
「あれは……」
 それは浪志組で東堂派の幹部となっていたチェン・リャン(iz0241)の姿であった。
 向こうも芦屋に気づいたらしく、芦屋をじっと見据えている。
「チェン殿、近頃噂になっておりますが、また東堂様は近衛様とお会いになっているのですか」
「芦屋馨、か。まさか、俺と世間話しようと言うわけじゃあるまいな」
 芦屋はチェンに駆け引きは通じないと見て、言葉をぶつけた。
「ではお聞きしますが、あなた達は遭都で何をしているのですか?」
「東堂先生は何かと準備に追われてるんだ。森や真田とは違う。大局を見ておいでなのだ」
「…………」
 それ以上、チェンは何も話さなかった。

 神楽の都、開拓者ギルド――。
 相談役の橘鉄州斎(iz0008)は、報告書に目を落としていた。そこへ、アシスタントの森村佳織がやってくる。橘が顔を上げると、娘の橘あかりも一緒だった。
「何だ二人して。やけに楽しそうだな」
 佳織とあかりは顔を見合わせて笑みをこぼすと、後ろに持っていたチョコレートを差し出した。
「はい橘さん! ハッピーバレンタイン!」
「お父さん、私もチョコレート作ったんだよ! 佳織さんに教えてもらったんだよ!」
「何だお前ら揃いも揃って」
 鉄州斎は、複雑な表情でぽりぽりと頭を掻いた。
「良かったわね橘さん! 寂しい思いをしなくて済んだでしょう?」
「良かったねお父さん!」
「ま、まあ……ありがとな」
「もうちょっと素直に喜んだらどうなの? 心のこもった手作りチョコなんてくれる人いないでしょう?」
 言いつつ、佳織は鉄州斎の反応を見て楽しんでいた。これが予想通りだったのでまた面白い。戦場では無敵の鉄州斎も、こういう時は素朴な青年に見える。
 ――と、そんな時だった。芦屋がカウンターに現れる。
「あら、芦屋さん。橘さんにご用ですか?」
 佳織が駆け寄る。
「まずは、鉄州斎殿にこれを渡したく思います」
 芦屋が取り出したのは、可愛らしい形のチョコレート。
「まあ、芦屋さんまで? 橘さん、今日は幸せな一日になりそうね!」
「あのな……」
 橘はカウンターに歩み寄ると、芦屋からチョコを受け取った。
「一番乗りかと思ってましたが、先を越されたようですね」
 芦屋は笑顔で言った。
「いや、ご馳走様です馨殿」
「それはともかく――」
 芦屋は、話題を変えると、遭都での一件を切りだした。
「東堂が大貴族と接触……? まあ、あの男、確かに尋常ではないところがありましたが、野心家ですね。浪志組の幹部で終わるような奴ではないか……」
「感心してはいられません。独立派の近衛が、何の企みも無しに東堂と接触しているとは思えません」
「と言って、相手は大貴族です。遭都に乗り込むわけにもいかぬでしょう」
「鉄州斎殿、浪志組を探ってもらえませんか?」
 芦屋の言葉に、橘は「なるほど」と頷く。
「丁度、浪志組からも隊士の募集依頼が来ています。浪志組もだいぶふるいに掛けられているようですからね。今では最初から都の巡回に参加させて、実力を見ようと言うことになっているようです……こっちは確か、リャンからの依頼が来てましたね」
「リャンと言えば、東堂派の幹部です。好都合ですね」
「分かりました。どっちにしても、人手を集めて、浪志組に向かいますか。芦屋殿からの依頼と言うことは伏せておきましょう」
「宜しくお願いします」
 芦屋は言って、お辞儀した。
 橘は頷くと、佳織に言って、早速開拓者を手配するのだった。


■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
ティンタジェル(ib3034
16歳・男・巫
サラファ・トゥール(ib6650
17歳・女・ジ
ルカ・ジョルジェット(ib8687
23歳・男・砲


■リプレイ本文

 開拓者たちは、浪志組の屯所を訪れると、東堂派の幹部のチェン・リャン(iz0241)と会う。
「よおリャン、久しぶりだな、元気だったかい」
 言ったのは浪志組隊士の華御院 鬨(ia0351)。今回は気さくな浪人風に男装――変装しないと女性にしか見えないため――している。
「華御院か……少しは腕を上げたのか」
「おいおい、言ってくれるね。そりゃまあ確かにあんたには敵わないかもしれないがな」
 華御院の言葉に、リャンは笑った。
「陰陽師の宿奈 芳純(ia9695)と申します。本日はよろしくお願いします」
「ふむ……」
 リャンは頷き、ティンタジェル(ib3034)に目を向けた。
「お前は確か……選抜試験の時の」
 ティンタジェルは頷き、にこりと笑った。
「お久しぶりですチェンさん」
「今日は応募に来たのか」
「いえ、別件です」
「別件?」
「後で話しましょう」
 それから、ダークエルフの娘が口を開いた。
「ミラーシ座舞妓のサラファ・トゥール(ib6650)です。今日はよろしくお願いします」
「ああ。ミラーシの。それではクジュトが世話になっているようだな」
「いえ、とんでもない。クジュトさんにはこちらこそ世話になりっぱなしです」
 それから、ルカ・ジョルジェット(ib8687)が言った。
「やあ、ミーはルカ・ジョルジェットだね〜。シニョーレがリャンかい〜? よろしくだね〜」
「よろしく」
 それから、リャンは部下に言うと、他の隊士たちを連れてこさせる。みな剣気を隠そうともしない猛者たちである。
「この中に隊士希望の奴はいるのか」
 リャンの問いに、一同肩をすくめる。
「橘、どうなっているんだ」
「俺に言われても。まだ様子見の奴が多いんだろう」
 橘鉄州斎(iz0008)は言うと、同じく肩をすくめた。
「まあいい……では行くぞ。都の巡回は、民を守る隊士の基本的な仕事だ。神楽の都の治安は、俺たちが守る」
 一同巡回に出発する。

「とりあえずは人通りが多い歓楽街に行きたいな」
 華御院は、自分の願望も含めた意見を云う。
「で、あんたのもっている情報を提供してもらえないか。ある程度は当てをつけて行動しないとな」
「何かそこまでこだわる理由が分からんが……。アヤカシの情報は現場に出てみないと分からん。巡回は各隊士が交代で常に行っている。浪志隊がこの広大な都ですぐに現場へ急行できるのは、二十四時間体制の巡回の効果だよ。歓楽街から回ると言うならそれでも構わん。行くか――」
 歓楽街を巡回する開拓者たち――。
 華御院は、歓楽街をそれなりの格好――遊び人風?――で巡回をする。
 歓楽街は賑やかで、明るい雰囲気の店が立ち並んでいて、この百万都市の表の顔を表している。
「だが、ここが怪しいとは思えないな……アヤカシが出そうなのは、もっと人気のないか、それ風の場所だろう。こっちへ行こう」
 華御院は、数人の隊士と「界隈」に向かった。
「界隈」は、一軒普通の店が立ち並んでいるが、あちこちに怪しい女性や怪しい引き込みがいて、華御院たちを店に誘ってくる。
「僕達は浪志隊だ」
「おや、これは浪志隊のみなさんでしたか! いかがですか? ちょっと息抜きに……」
「どういう意味だ」
「へへっ、それはお楽しみでさあ」
「華御院、行くぞ。時間の無駄だ」
「それは分からんぞ。ちょっと改めさせてもらおう」
 華御院は、客引きの後を囮の様についていく。
「へへっ、こちらでさあ。どうぞ」
 客引きは言って、鬨を部屋に通した。
 鬨はふすまを開けた。ふすまの向こうには、女がいた。女は、「いらっしゃい」と鬨を迎える。
 本物か……? 鬨はゆっくりと腰を下ろした。鬨は本物だったらそれなりに楽しむつもりだった。遊び人として楽しむのも人がどの様なもので楽しむか知るための修行だと思って行動していた。女は、「旦那」と甘い声で鬨に手を掛けた。
 ――と、その時である!
「殿中だもふ! 殿中だもふ! 殿中だもふ!」
 暴れもふら様の大軍がなだれ込んできた! もふら様が何ゆえ暴れているのかは不明だが、暴れもふらたちは怒濤のように鬨を飲み込み、連れ去っていった……。
 閑話休題――。
「華御院、遅かったな? 何だ、服がぼろぼろだぞ。何かあったのか」
「いや、暴れもふら様の大軍が……」
「暴れもふら様? そう言えばさっき、何かが通り過ぎて行ったが……」
「いや、何でもない……。ちょっと着替えて来る……。先に行っててくれ。後で追いつく」
 華御院は、ダッシュで家に戻ると、着替えてからまた巡回に戻った。

「では私は、仲間同士での情報伝達を支援する為、人魂で作成した小鳥に手紙を括り付け、必要な相手に送る伝令役や、アヤカシに対し建物や周囲の人々に被害が出さずに退治する方法として魂喰を活用させて頂きます」
 宿奈は言って、仲間達に軽くお辞儀した。
「よろしく頼む」
 リャンは言って、周囲に目を凝らしていた。
 と、町人が駆け寄って来て、
「浪志隊のみなさんですよね! こっちにアヤカシが出たんですよ!」
 と急報を知らせる。
 一同町人の後をついて駆ける。
「あそこです!」
 人々が、ざわざわと辺りを見渡している。
「どこだ」
「あそこの廃屋に、アヤカシが逃げ込んだんですよ! 犬くらいの獣でした!」
「行こう」
 リャンを先頭に、一同廃屋を取り囲む。
「さて……アヤカシがこんなに私たちの都に巣食っているのは、驚きではありますが……」
 宿奈は、人魂で作成した小鳥に手紙をくくりつけて飛ばすと、仲間たちとの連携を図る。それから、結界呪符「白」でアヤカシの逃亡や住民達への攻撃を防ぐ壁を作り、廃屋を封鎖する。
「行くぞ――!」

 それから、アヤカシを倒した開拓者たちは、人々に終わったことを伝える。廃屋に潜んでいたのは、死人系の獣だった。
 宿奈が魂喰で止めを刺すと、獣は人々の目の前で瘴気に還っていく。
「すごい……アヤカシが出てから十分も経ってない」
「やっぱり浪志隊は凄いな……」

 それから、続いて、一行は夜の廃墟に向かった。
「まあ、しっかり巡回するよ〜。まず場所は夜中の廃墟ってところかな〜? いや〜、ホントは賑やかな歓楽街とかがいいんだけどね〜? 人や物があると、存分に動き回れないかもしれないし、やっぱり一番アヤカシが出てきそうなのもここだからさ〜。楽しそうだしね〜?」
 ルカは言って、サラファに声を掛ける。
「シニョリーナサラファ、夜の廃屋は雰囲気があるね〜」
「そうですね……まあ雰囲気は十分ですけども。アヤカシはいるでしょうか」
「どうだかね〜わくわくするね〜?」
 ルカはにこやかに言うと、銃を構えつつ、前進する。
「シニョリーナサラファ、そっちをよろしくお願いしますよ〜」
「了解しました。ルカさんも気を付けて」
 サラファは回り込んでいく。
 そうする間にも、宿奈は、浪志組に飛ばす人魂の小動物のうち、内情を探る際は途中から人魂で鼠を作成して密かに送り、隊士の間でやりとりされている会話や行動、特に近衛につながりそうな言動等がないか、人魂を介し密かに監視し情報収集する……。
「チェンさん、ところで、準備は進んでるんですか? 東堂さんは、近衛とうまくいってるんですか? 桜紋事件のことは……」
「声が大きい。まあ……近衛も一筋縄でいかぬ男だが、問題ない。最終的には、協力を取りつけることが出来るだろう。東堂さんが入念に準備をしてきたのは、無駄じゃない。ここで生かされるはずだ。近衛が協力すれば、ここから浪志隊も劇的に変わる」
「そうですね。正直、巡回ばかりしてると、体がうずうずしてくるんですよね。俺たちはここで足踏みしている感じがして……」
 宿奈は、そのまま監視を続けるが、それ以上の話は聞けない。
「近衛兼孝……何者でしょうか……それにしても桜紋事件と言えばあの……」
 ――と、ルカは、廃墟の中で蠢く白い影を捉えた。
「あれは……アヤカシかね〜!」
 ルカは接近していく。
「アヤカシはこのスリルがたまらないね〜!」
 ルカはそのまま建物を回り込んでいく。
 ゆらゆらと、揺れるように立っていたのは屍人。グロテスクなゾンビである。今はただ、虚ろな表情で立ちつくしている。
 ルカは一瞬その姿を確認して、柱の影に隠れる。
「よーし行くね〜、三……二……一〜!」
 ルカは素早く飛び出すと、引き金を引いた。ドウ! と、銃口が火を吹き、弾丸がアヤカシを貫通、吹き飛ばした。
 ルカはリロードを終えると、銃口を向けたまま駆け寄る。アヤカシは、瘴気に還っていくところだった。
 華御院は、遊び人の振りをしているので、「おいおい、どういうつもりだい」とびっくりしている振りをして攻撃された瞬間に針短剣を取り出して逆に不意を突くように攻撃する。屍人を串刺しにして、一撃で屠る。
 サラファは、他の隊士と連携して、アヤカシの撃退に向かう。
 ナハトミラージュで姿を消し、獄界の鎖が振り回せる位置を確保しつつラティゴパルマでアヤカシに打撃を与える。近接戦闘でも拳布「厳盾」でアヤカシの打撃を防ぎ、拳や蹴りで応戦する。
 隊士が凄絶な一撃で屍人を切り裂く。
「サラファ、お見事だな。ミラーシ座の舞妓と言えども、侮れんな」
「こちらでは舞妓というそうですが、舞妓として旅を続けるにはそれ相応の技術は必要ですから」
 と、サラファは戦う技術を持っている理由を隊士達に話す。
「私はアル=カマルから来ましたが、知っての通り、向こうの世界も何かと物騒ですからね。一人旅を続けて行くのは大変なんですよ」
「ふむ……」
 と、リャンがやって来る。
「終わったか。ご苦労さん」
 それから、一行は巡回中の奉行所の役人たちと遭遇する。
「む、浪志隊か……何をしている」
 役人が問い正すと、サラファがお辞儀して答えた。
「この廃屋はアヤカシの拠点になっておりました。奉行所の方ですね? 後で、周辺の巡回をもう一度お願いします。近所の人たちが安心して暮らせるように、一帯の徹底した巡回をお願いします」
 サラファの言葉に、役人たちはうなるように何事か言って、立ち去った。

「チェンさんよろしくお願いします」
 ティンタジェルは言うと、それから後も夜間巡回に同行する。
 実力的にも職種的にも一人というのは無理であったので、浪士隊の誰かかと組むことになるのだが、チェンと組みたいと希望を出すと、あっさり受け入れられた。
 ティンタジェルらが向かったのは、夜間には人通りの少ない市街地である。
 時折瘴索結界を掛け、アヤカシの気配を探りながら進んでいく。
「それにしても……すっかり神楽の都にもアヤカシが……一体どうしてしまったのでしょうか」
「世が乱れている」
 チェンは短く言った。
 ティンタジェルは思考を巡らせつつ、チェンに話し掛ける。
「浪士隊に関るのは……第一次の選抜試験以来ですね。私たち、橘さんと対戦したんですよ。負けちゃいましたけど」
「覚えているさ。お前、すっかり心は決まったのかと思ったが」
「一緒に参加した方々は入隊されました。私は……外から関ってみようと思い、入隊しませんでしたが。迷っていた、というのもありましたけど」
「ふむ。まだ迷っているのか?」
「迷う理由もあります。最近、浪志隊に不安なことを聞きます。近衛さん、ですよね? 東堂さんが最近会われているのは。他の貴族の方々とは少し毛色が違うような風聞を耳にします。そういった方が浪士組と……というのは気になりますね」
「近衛兼孝は、独立派の貴族だ。確かに、何を考えているか分からないところはあるが、俺たちも最初から受け入れられたわけじゃない。大伴殿やと藤原とは距離があるかも知れないが、俺たちが目指すものは、過去との確執に捕らわれないことだ。俺たちは古き慣習を打ち破り、この汚された世界を変える。そのためには、新しい考え方を持つ男、しがらみに捕らわれない近衛のような男が必要なのだ」
「世界を変える……チェンさん達は何を目指しているのですか?」
「お前は本当に今の世が正しいと信じられるか」
「え?」
「この世界、俺にはとても暗く沈んで見える。暗闇の中で、多くの人々が救いを求めているのだ。桜紋事件……それを知れば、お前も東堂さんのことが少しは分かる」
 チェンは、言って、口を閉ざした。

 サラファは、ヴィヌ・イシュタルも使いつつ、隊士達や必要に応じリャンにも隊士になった理由や浪志組の今の強み等を伺い密かに情報収集する。
「……東堂さんの考えは凄い。俺などが及びもつかぬことを、あの人は考えていた。みなそうだ。東堂さんの考えに共鳴し、ひと旗あげてやろうと集まった。今では浪志隊は人々の信頼を勝ち取り、確実に礎を固めつつある。諸国より人材も集まった。そして、俺たちは世界を動かしつつある。なぜだ? 今更お前は気になることがあるのか?」
 サラファは肩をすくめてリャンに答えた。
「お世話になってる人が貴方がた浪志組と関わりある人ですので、少しでも多く浪志組の強みを知り、周囲に浪志組を納得させられる裏付けが欲しかったので」
 と正直に自分の動機を答える。
「ふむ……」
 リャンが思案顔でいると、サラファは続けた。
「舞妓をしている最中に幾つかの酒宴の席で、近衛様という貴族の方が浪志組を自分の手勢として、取り込もうとしているとか、あまりよろしくない風聞を複数耳にした事がございますが、リャンさんや皆様はどうお考えなのですか?」
 と、逆に自分の正直な懸念をぶつけてみる。
「お前は風聞を簡単に信じるのか。これまでの浪志の働き、嘘偽りであるとでも?」
「それは……」
「より強大な悪と対峙するためには、近衛のような男の力が必要なのだ。大義名分だけでは、そのような敵と対峙できない」
「敵……とは?」
「桜紋事件を知ってるか」
「いえ……?」
「あの事件を良く知れば、東堂さんのことが分かる。今一度、覚悟を持って俺からの依頼を受けてみろ。そうすれば、教えてやる」
 そうして、今回の巡回は終わった――。

 依頼終了後――。
 開拓者たちは、芦屋馨(iz0207)に面会した。
「桜紋事件? リャンがそう言ったのですか?」
 桜紋事件とは、十五年ほど前、先代英帝の御世の事。朝廷に忠誠を誓っていた楠木義成が突然御政道を正すと謀叛を起こし、当時現役であった大伴定家が軍や開拓者を動かして鎮圧した。その最中、武帝の弟が病で亡くなり世はますます騒然となった。首謀者の楠木は捕縛前に自刃。従っていた家臣や一党などは捕縛され処刑。お家も断絶になった。それから世は武帝の御世に代わり、英帝は崩御し、大伴も中央から遠ざかりギルドの管理役に収り現在に至る。
「東堂と桜紋事件……何が関わっているのでしょうか?」
「私もそれ以上のことはよく知らないのですが……」
 開拓者たちの問いに、芦屋は複雑な表情ではぐらかすのみだった。だが、芦屋はかすかに動揺した様子を見せていた。