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■オープニング本文 ……魔の森の奥地で。大アヤカシ不厳王(iz0156)は、瘴気のまどろみから覚めた。不厳王の前に、上級アヤカシ禍津夜那須羅王が恭しく頭を垂れる。 「不厳王様――残念ながら、厳存秘教は壊滅いたしました」 「そうか……まあ仕方あるまい。次なる駒を探さねばならんか……」 「一つ、興味深い話を耳にしました。武天の王族で大道寺光元なる男が、近々実早の里へ視察に訪れるそうです」 「実早か……先年魔の森からアヤカシの攻撃を受けた場所か」 「光元は、里の復興に私財を投じて尽力していたようで、民からも厚い信頼を得ているとか」 「それで……どうするつもりだ」 「光元を乗っ取り、此隅の中枢に入り込むのです」 「面白い手だが、簡単にはいかぬだろう。王族の身柄を手に入れるのは、厳存秘教を作りだすのとはわけが違う」 「無論、簡単には行かぬでしょう――」 武天国、王都此隅――。 「は……は……はくしょん!」 大道寺光元は盛大なくしゃみをした。光元は三十三歳のサムライで、武天の王族の一人である。端正な容姿で巨勢王とは近しい親戚に当たり、王を「おじ君」と呼ぶ。困窮した民のために私財を投じて支援するなど民からの信頼は意外に高く、アヤカシには断固たる態度を取ることでも知られていた。 「殿下、風邪でございますか?」 そんな光元の寵愛を受ける美希は、彼の傍で茶を立てながら言った。 「いや……何か寒気がする」 光元は、美希の手を取って持ち上げた。 「あの、殿下」 「失礼します殿下――」 「何?」 光元はどすの利いた声に振り返った。 帯刀した若い女性が二人立っていた。 小柄な方の女性は牧原奈津、大道寺家の側用人でサムライである。光元の理解者である彼女は、冷徹な参謀でもある。 長身の女性は赤城洋子、大道寺家直参の旗本であり、光元の警護を務める番方のサムライである。 「そろそろ実早の里へ、出発の準備をしませんと、洋子」 牧原が言うと、赤城はずかずかと踏み込み、「失礼します」と、光元を引きずり上げた。美希は小さく悲鳴を上げた。 「もう少し主人を丁寧に扱えんのか。洋子、美人が台無しだぞ」 次の瞬間、洋子は光元を背負い投げで投げ飛ばした。日常茶飯事の光景に、牧原は冷静だった。 「殿下、急ぎましょう」 光元はうめき声を上げて立ち上がった。 大道寺光元が実早の里に視察に出向く。それは公表され、開拓者ギルドにも警護の依頼が舞い込むのだった。 |
■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
ウィンストン・エリニー(ib0024)
45歳・男・騎
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
ルカ・ジョルジェット(ib8687)
23歳・男・砲 |
■リプレイ本文 華御院 鬨(ia0351)――。普段女形をしていて、常に修行のために女装し、そこいらの女性よりも女性らしい雰囲気を醸し出している。今回は京美人の女装をしていた。 「うちは歌舞伎役者しとりやす。御贔屓願いやす」 と宣伝も兼ねて大道寺に挨拶する。 「おお、歌舞伎役者か。これはまた見事な美貌だな」 言って、大道寺は鬨の手を取る。 「何とも、美しいではないか」 番方の赤城洋子は、呆れた様子で鬨に忠告する。 「華御院、光元様は気にいった女子は手当たり次第に手元に置きたがる癖をお持ちだ。気を付けた方がいいぞ」 「女子……?」 鬨はおかしそうに苦笑した。 「警護を担当する身としては、殿下には女装とかしてもらうと効果的やと思うんどすが」 と鬨は自分の得意な女装を勧める。 「はっはっは。女装か、面白そうだが――」 「殿下、公式の視察に殿下が女装したなどという話が広まれば市井の良い笑い話です。うつけと思われたいのですか」 光元の側用人の牧原奈津が苦言を呈する。 鬨は、大道寺からは何があっても離れようとしない様愛人の様に連れ添う。 「華御院、警護ならもう少し距離を保ってもらえないかしら。殿下には女子を連れて歩くのは珍しいことじゃないけど、実早の里を慰問するのに、ふさわしい殿下の振る舞いをして頂かねば」 「奈津はん、男のうちが側にいても美希様には怒られることはないどすし、うちは”普通”の男やて、その気はありやせんどす。お二人がそうする方が問題と違いやすか。これはあくまで護衛である旨と、敵に悟られないためどす」 「男……? 貴方男だったの?」 「今まで気付かれんとは、うちの変装も大したもんどすな」 「お、男?」 大道寺は、ぎょっとして鬨の手を離した。 「残念どすな〜殿下」 「むう……信じられん」 それを面白そうに眺めていた葛切 カズラ(ia0725)。 「何処の誰が仕掛けに来るか解らないのよね〜〜。取り合えず注意はしときましょ」 大道寺は、次なるカズラに目を止め、手を取る。 「そなたは男ではあるまいな」 「ええもちろんですわ殿下」 「おお、何とも美しいではないか。名は何と申す」 「葛切カズラと申します殿下」 「カズラ……妖艶なる響きよの〜。武天に戻ったら私の元に来ぬか」 「そうですわねえ……プライベートでしたら、無償奉仕も考えないでもないのですけれど。王族の方を相手にするのは初めてですわね」 カズラは言って、大道寺の手に手を重ねた。 「私は武天の富の半分を持っている。悪いようにはせんぞ」 「それは言い過ぎでしょう。巨勢王(iz0088)に叱って頂きましょうか」 奈津が言うと、光元は吐息した。 「いちいちおじ君の名を出さんでも良いだろう」 「大道寺光元殿――」 赤い瞳の若者が口を開いた。「焔龍」焔 龍牙(ia0904)である。 「魔の森も近いし、いつアヤカシが出現しても、おかしくありません。緑茂の里での焼き討ちでも、那須羅王が出てきたところです。今回も、出てくる可能性が無いとは申せません」 「ふむ……禍津夜那須羅王か。何かと情報は届いておるがな」 大道寺は言って、カズラの手を離した。 「龍安家家臣であり、開拓者の焔 龍牙と申します。俺達も万全の体制で警護にあたりますが、気をつけてください」 「ほう。龍安家の。では、あそこの西祥院静奈を知っておるか」 「ええ、存じておりますが」 「あ奴の父、西祥院真禅は武天の老中でな。おじ君の信任厚き男よ。静奈は、名門西祥院家の令嬢でな。それは十年も前は美しかった。今でも元気にしておるか」 「ええ。お元気なようですね」 焔は笑った。 「身を削り復興をなすか、王族の中にも立派なお方はいるものだな。ならばなおの事失う訳にはいかない守り抜くぞっ」 赤毛の若者が言った。こちらは「炎帝」滝月 玲(ia1409)。 「大道寺様、よろしくお願い致します。開拓者の滝月です。殿下の志には、いたく感銘を受けております。武天の王家というものを、俺もよく知りませんでしたが、あなた様のような志高きお方もいるのだと、今更ながらに王家のお方に畏敬の念を覚えます」 「ふむ……開拓者と言うものを、私は昔から見てきたが、ここ最近の活躍は目覚ましいものがあるな。私も感銘を受けておる。大アヤカシ炎羅を撃破したのを皮切りに、瘴海、弓弦童子、そして魔神牌門を撃破し、アル=カマルへの扉を開いた。修羅との和議も開拓者無くして為し得なかったであろうしな」 「恐れ入ります」 「それにしても、朝廷の秘密主義が影を落とす中、お主らはよくやっておるよ。真よ。天儀朝廷は今だに影でこそこそと動いておるようだしな。気にいらん。本当に世を憂うるならば、行動を起こすべきだ。尤も、そんな力も無いのであろうがな」 「さすがに、俺には何とも」 「はっはっは、許せ。私の戯言だ」 コルリス・フェネストラ(ia9657)が口を開いた。大道寺光元護衛の流れは牧原奈津、赤城洋子や仲間達も交えて相談する。 「牧原様、赤城様、私に考えがあるのですが、暗い場所でも目立つ色の塗料を頂けないでしょうか」 「塗料? 何をするつもり?」 「私は弓術士です。自分の矢に順次塗料を塗り、色付矢を揃えます。アヤカシを感知できましたら月涙で撃てば、確実にアヤカシを射る事ができますので矢が敵の目印になるかと思います」 と言って判断は任せる。 「なるほどね……月涙か。それならば、迎撃には使えるわね。洋子、船には塗料はあったかしら」 「そうですね。倉庫を探せば、何かしら代用できそうな気はしますが」 「手配して頂戴」 「ありがとうございます」 「コルリス・フェネストラか……開拓者には美貌と知性を備えた美人が揃っておるな」 大道寺は、コルリスの手を取って、吐息する。 「あの、殿下、困ります……」 コルリスは言って、大道寺にお辞儀する。 「おや、すまないな。怖がらせるつもりはないのだ。さあさ、元気を出して仕事に当たってくれ。私はお前たちを頼りにしておる――ぞ!」 次の瞬間、大道寺は洋子に投げ飛ばされた。 「大丈夫かコルリス」 「はい。あの……殿下は大丈夫なのでしょうか」 「大丈夫だ。これくらいでくたばるお方ではない。幸いというか、頑健な志体持ちでな」 ぶっ倒れている大道寺に、ウィンストン・エリニー(ib0024)は「士道」でお辞儀する。 「武天の王族足る大道寺光元殿の慰問道中護衛依頼に参列となり光栄にございます。評判を聞くに中々一角の人物とお見受けいたします。それ故に狙われる目標と予見されるだろう故、補完として呼ばれた次第であるし、ならば期待に応えるのみであります。御身に万が一のことあらば影響大であるし、必ずや護ってみようでな(頭垂れ)」 大道寺は、ぶっ倒れたままきらきらとした笑顔を浮かべた。 「う、うむ。そなた、大した身の振る舞い。名は何と申すか」 「浪志組隊士、騎士のウィンストン・エリニーと申します、殿下」 「浪志組か……なるほど」 大道寺は頭を押さえながら立ち上がった。 「では、天下万民のために剣を振るう騎士か。なるほど、大した身の振るまいよな。浪志組の名声は音に聞こえておるからな。さすがと言ったところか」 「恐れ入ります殿下」 「神空拳華」――長谷部 円秀 (ib4529)はお辞儀した。 「殿下、我ら一同、守ると依頼を請け負ったからには、守りきって見せますよ。たとえ、どんなアヤカシか敵が立ちはだかろうと。私たちの目的は護衛の完遂です。依頼を果す、それが私達の義務であるので」 それから、長谷部は卓上の地図に視線を落とした。 「まず、護衛開始の前に経路を確認し、森などの障害、襲撃を受けそうな地点を選定しましょう。そして、そういう地点を遠くから視察できる場所も必要です。事前に敵を見つければ、奇襲を受けにくく、逆にこちらから奇襲もできるのでね」 長谷部は、地図上の各地点に指を走らせながら言葉を進める。 「殿下が移動される間は先行して、警戒及び露払いを行う必要がありますね。先行する班は本隊との距離と連絡を保ちつつ、早期に敵を発見して、護衛を容易にします。事前に警戒すべき地点とした場所は私が心眼『集』で探索を行います」 長谷部は鉄壁の揺らぎも無い口調で言いつつ、地図に指を走らせていく。 「敵を発見した時点で本隊に報告して、殿下にはお下がり頂きます。そして、戦闘態勢をとり、出来れば不意討ちをして敵の先端を挫きます。今回に関しては護衛できれば良いので、こちらに目を引き付けておきたいですね。その為には一気呵成に攻め立てて護衛対象を攻撃する余裕をなくさせることが肝要でしょうか。その間に殿下には迂回して頂き、目的地に向かって頂くのが良いでしょう。十分に距離がとれたと見えたら、地面を叩いて砂煙を上げて目眩ましして、その間に離脱して再度合流します」 大道寺も牧原も、思案顔で長谷部の言葉に聞き入っていた。 赤城は、顎をつまんで、「ふむ」と頷く。 「そんなところだろうな。部下達には徹底させよう。万が一に備える。万が一が起こらないに越したことは無いがな」 長谷部は頷く。 「そうですね。基本的に殿下とは離れないようにしつつ、戦闘地域からは遠ざけ、アヤカシを近づけないことで護衛する、態勢防御でやり合います。常に誰かはついて孤立させないように気をつけましょう」 「では俺は、後方で警戒警護に付こう。周囲のスキル探索は長谷部さんや玲に任せ、周囲の気配に注意するとするか。夜間警護は交代しながらになるだろうか。進入に備え、野営地周辺に鳴子を設置しておき、アヤカシが出現したら呼子笛で知らせる」 焔が言うと、カズラも「はいはい〜」と手を上げる。 「私も思ったんだけど、野営地周囲に鳴子を設置しておいたらいいんじゃないかしら。気休め程度だけど二層ライン構成でね」 「ふむ……そうだな。では、鳴子の設置は行うとして。道中もそれでよし……」 赤城は、地図に目を落としながら確認する。 「では殿下、我々がお守りし露払いは行いますので、里の民には平穏と無事をお知らせ下さい。それが殿下が果たされるべき務めです」 牧原が言うと、大道寺はうなるように答えた。 「うむ。後は真面目にやるさ。これ以上投げ飛ばされたくはないからな――」 光元が里に入ると、民は総出で歓待する。 「大した人気どすな……」 鬨は光元から離れることなく、周囲に目を光らせる。警護とは油断の出来ない仕事である。 「大したもんね〜。さすが王族」 カズラも、目を光らせながら、民の歓待を受ける光元を見ていた。そして、光元を見ている者がいないかを見ていた。 コルリスは、後方にて、鏡弦でアヤカシの探査を行っていた。 「……今のところ反応はありません」 コルリスは、サムライ達に伝えると、引き続き探査に当たる。 焔もまた、後方で警戒に当たっていた。 「武天の王族ともなると、こっちも疲れるな。気が張って仕方がない。殿下は安穏としているようだが……」 焔は苦笑しつつ、後方に目を向ける。 「龍牙、俺も同感であるが、殿下の警護に当たることが出来るのは光栄だと思うところであるな」 ウィンストンの言葉に、焔は肩をすくめる。 滝月は、前方から少し後ろで、超越聴覚を働かせながら、周辺の動きを探る。 「敵が来るとすれば……だが、アヤカシか、人か。殿下を狙うほど大それた人間がそうはいるとは思えないが」 その時である。何か人ならざる者の声を聞いたのは。滝月は駆けだした。 「何かが今……魔の森の影を横切りました」 長谷部は、心眼「集」で何かを察知していた。 「本隊に連絡を、殿下には下がって頂くようお願いします」 長谷部は兵士達を率いて、魔の森近辺を周回した。その時である。 漆黒の異形が森から飛び出してくる。 『人間ども……もはや手遅れよ。あの男の命は頂く』 それは、黒い影のようなアヤカシ剣士だった。アヤカシの言葉で何かを言っているが分からない。ばらばらと数人のアヤカシ剣士が現れると、長谷部らは戦闘に突入する。 「円秀――!」 駆けつけたウィンストンは剣を構えると、攻撃に出る。 長谷部らは、一気呵成に攻め立てると、次々とアヤカシを葬り去っていく……。 アヤカシ達は瘴気に還っていくと、静寂が戻る。 大道寺は、その間に別のルートを通って里へ入っていく。 「本隊に連絡して下さい。敵はアヤカシ。直ちに避難することを要請すると――」 ――夜。 だが大道寺は、すぐには帰らなかった。 「この程度の危険は、承知している。だが、ここで私が逃げだせば、復興途上にある民を見捨てたも同然。それこそアヤカシの思うつぼではないか」 大道寺の言葉には、これまでにない厳然たる強さがあった。アヤカシに断固たる姿勢で臨むことでも知られる大道寺は、簡単に引き下がるような人物ではなかった。やはり大道寺もひとかどの戦士の血が流れているようだった。 「今日はご苦労であった。引き続き、守りを固めよ。任せたぞ。里に害を為す前にアヤカシどもを倒せ。奴らの狙いが私ならば、動いてくるだろう」 大道寺はそう言うと、私室に戻っていく。 「中々肝の据わったお方だな。怖気づくかと思ったが、違うのだな……」 焔は言って、吐息する。だがこうなると、開拓者達も思案のしどころだ。本腰を入れて守りを固めなければいけない。 夜の野営地に冷たい風が吹く。と、鳴子が鳴って、開拓者たちは目覚めた。 「敵襲です!」 コルリスは鏡弦で敵の数を察知していた。アヤカシの数は総数30余。 開拓者たちとサムライ達は光元の船を守るように展開した。 やがて、闇の中から、昼に現れた影のような剣士がするすると姿を見せる。 「アヤカシ、前面から来ます! 恐らく敵は陽動と潜伏に分かれ動いていると思われます。大道寺様はじめ皆様をお手元にて守れる様防衛のご指示をお願いします!」 「了解した!」 赤城はコルリスの言葉で船の中へ飛んでいった。 コルリスは、用意していた色付きの矢を月涙で撃ち込んでいく。 鬨、焔、滝月、長谷部、ウィンストンらは円陣を崩さぬ程度に打って出る。コルリスとカズラは遠距離からアヤカシを撃ち抜いて行く。 アヤカシの咆哮が闇に響き渡る。 「奴ら、気配を消せるのであるか!」 ウィンストンは、月明かりの中、不意を突かれて罵り声を上げた。 「側面から来ます! 二時の方向!」 コルリスの声が響く――。 「あれは?」 鬨は、明るい緑色の光に包まれた人型アヤカシを見る。 「禍津夜那須羅王……どすか?」 だが、禍津夜那須羅王は束の間姿を見せて後退する。 それから開拓者たちはアヤカシを撃退し、夜を徹して警護を固めた。 攻撃は後にも先にもこれだけだった。 夜が明けて、大道寺は里への視察を再開する。視察は無事に終わり、開拓者たちは大道寺から感謝の言葉を受けることになる。 |