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■オープニング本文 武天国、龍安家が収めていた土地、鳳華……。 この地の治安が崩壊してすでに半年近くが経過していた。天承城への攻撃があった後、たび重なるアヤカシの波状攻撃を受けて、龍安軍は大きく後退していた。 民は離散し、今ここに残っているのはほとんど戦闘要員だけだった。 昼夜を問わず本丸へ入って来るのは、不厳王麾下のアヤカシ、そして凶賊「紅」の攻撃の知らせだった……。 上級アヤカシ真沙羅姫は、頻繁に天承城下に侵入し、兵と交戦していた。「彼女」は神出鬼没、兵を弄ぶかのように、次々と強力な魅了術で無力化していく。 「撃て!」 弓術士と砲術士が真沙羅姫を撃つ。矢と銃弾は、美しき上級アヤカシに当たったが致命傷を与えず、地面に転がった。 真沙羅姫は悠然と立ち上がると、すうっと手を持ち上げた。 「わしの魅了から逃れられると思うな。永遠に狂え」 直後、真沙羅姫の腕が弾け飛んだ。 「お前は……」 真沙羅姫は目を剥いた。 そこにいたのは、黄泉より這い出る者を放った芦屋馨(iz0207)であった。 「なぜここに……」 真沙羅姫が後退すると、芦屋の脇からするすると志士たちが進み出る。 「全ては聞きました。あなたの正体を。鳳華が生み出した怨念」 「くだらん。いまのわしは人を食らう者。だがこれだけは確かであろう。『沙羅』は確かに龍安家を滅ぼした」 「まだ滅びてはいません、アヤカシ。アヤカシ以下でも以上でも無い」 芦屋は侮蔑を込めて言った。これくらいのことは私にもできる。お前に何が分かる? 真沙羅姫の顔がどす黒く染まった。 「わしを怒らせたいか、下郎」 真沙羅姫は術を解き放った。 「む」 芦屋は軽く腕を持ち上げて退いた。 「ふん……貴様には通じぬか……まあよい。いずれ決着はつけてやる……芦屋馨!」 真沙羅姫は跳躍して空中で消えた。 凶賊「紅」の首領、紅牙は、龍安軍に向いた宝珠砲に点火しようとする部下達を制した。紅牙は望遠鏡を覗きこんでいた。 「白旗?」 紅牙は白旗を持って歩いてくる甲冑姿の男に目を止めた。 男――開拓者の橘鉄州斎(iz0008)は、凶賊たちの陣中に単身入っていくと、刀を放り投げた。 「良い面構えをしているな。サムライか?」 紅牙の問いに、橘は「そうだ」と答えた。 「それで? 龍安兵が何の用だ」 「降伏勧告に来た」 「何?」 「お前と戦いたくない」 「ほう」 紅牙はずいっと身を乗り出すと、橘に顔を近づけた。 「それは誰の言葉だ」 「誰だっていいだろう。まあ、少なくとも俺が言ってるんじゃない。俺は傀儡だ」 「俺は口八丁な奴は信用できん。分かるよな」 紅牙の残酷な笑みに、橘は吐息した。 「俺は……元開拓者ギルド相談役、橘鉄州斎だ。分かってくれないかね」 「反吐が出らあ! 公僕なんざあ! お前たちが何をした! 俺たちを切り捨て、自分たちの都合のいいように国を動かしている! アヤカシに食われちまえ!」 「あの人はお前が武士の本懐を遂げることを祈っている」 「ふざけるな! 今更辞世の句でも読めってのか!? 言っておくがな! 俺は奴とは何の関わりもない! 今更!? おい、俺を舐めんなよ」 紅牙は抜刀した。 「お前の首を返してやるぜ。この馬鹿が。生きて帰れると思うのか?」 「無論――」 橘はバックステップで紅牙から離れると、舞い降りてきた愛騎のスルトスに捕まって脱出した。 「ふん……」 紅牙はそれを見送る。 「やめやめい! いったん退くぞ! 頭に来た! 冷水でも被らねえと脳みそが爆発しそうだ!」 かつてこの地の領主であった龍安弘秀は、側近の西祥院静奈とともにいた。今は、荒廃した戦地と瓦礫の城と、残った数百人の部下達の主である。本丸の天承城が彼の最後の砦であった。 弘秀は、今日も大アヤカシ不厳王(iz0156)が送りこんできた幻影と会話していた。 「この期に及んでまだ抵抗を続けるのか龍安弘秀。わしが見るまでも無く、お前たちの敗北は明らかではないか。煌びやかな奇跡は色あせ、古兵の夢のあと。間もなく、この地は落ちるだろう。弘秀、誰にも止められなかったことだ。わが身に溢れる大瘴気、魔の森。これはお前のせいではない。わしは最後にお前に慈悲をくれてやろうと言うのだ。戦士に敬意を表してな。何度も言わせるな。――逃げろ」 「何度も言わせるな。断る」 「わしが誰だか分かっているのか? 正気とは思えん」 「お前は倒すべき敵だ。俺たちにとっては国を奪った仇。この報いは必ず受けさせる」 「お前たちがそうして来たように、わしは力で奪った。人間だけが特別ということはあるまい」 「お前と哲学を語る気は無い、アヤカシ」 「わしは、お前と心を通わせたいと望んでいるのだがね……くくく……」 不厳王の幻影は消えた。 弘秀は吐息して疲れたように眉間を押さえた。 「一方通行の会話はしんどいな。不厳王のモルモットにされるのは御免だ」 弘秀が顔を上げると、静奈は「そうですね」と思案顔だった。静奈の顔に疲労は無かった。彼女は常に冷静だった。 「鳳華を掛けた戦いでは、不厳王はほぼ勝ちました。ですが、龍安家はまだ負けてはいません。私たちの瓦礫の城はここにあり、私たちはまだここに立っています。不厳王は、私たちの心を消し去ることは出来ないでしょう」 「だが恐るべきは不厳王だ。奴の力は無尽蔵とも思える瘴気。俺たちが何を言ったところで負ける気はせんのだろう。人間など虫程度にしか思っていない」 今、不厳王の魔の森は、鳳華の東部と北部、南部を覆い、西部をも飲み込もうとしていた。大アヤカシが終わりを近いと思うのも無理は無い。武天では一部国軍が出動して、鳳華の周辺を万が一に備えて警戒態勢に当たっていた。 ギルドで、依頼の斡旋を行う森村佳織(iz0287)は、集まった開拓者達に状況を説明していた。 「……まあそんなわけで、魔の森は増えてしまって不厳王は強力になっているんですけど、私たちに出来ることは、まだあります」 佳織は、言って続けた。 「敵はますます強大になっています。でも風は吹き、雲は流れ、そこに世界はあります。世界が終ろうとも、風は吹いているでしょう。私たちに世界を変えることはできないかもしれません。元には戻せないかもしれない。でも、ほんの少しなら変えられるかもしれません。望みを捨てないで。この危機に瀕してなお、今を生きる、あの人たちのために」 すると、開拓者の一人が笑って言った。 「あんたも口が達者になったな。だがまるで、辞世の句じゃないか」と。 そして、開拓者達は歩きだした。一路鳳華を目指して。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 「よお、来たな」 橘鉄州斎は開拓者達を出迎えた。 開拓者達は、瓦礫と化した天承を橘の後を歩いて行く。著しい損壊が見られる。半年の出来事を、橘は歩きながら話してくれた。かなりはしょって。 不厳王の攻勢は激しくなり、東部の戦線は厳しくなっていた。北部と南部の魔の森は再稼働した。龍安弘秀は民を避難させることを決断し、人々は鳳華の地に別れを告げる。それを支援したのは武天国老中の西祥院真禅であった。龍安家はそれから一般兵も志体持ちも含めた全軍を総動員して不死軍を迎え撃つ。不厳王はその十倍の兵力を送り出し、龍安軍は遂には後退する。この激戦で不死軍も甚大な被害を出したが、不厳王の無尽蔵とも思える瘴気は尽きることなく魔の森を繁殖させ、西部の境界線を突破。戦が一段落するころには、天承城まで数十キロにまで迫ったのである。不厳王の降伏勧告に弘秀は兵士たちの多くを鳳華から離脱させ、天承を枕に覚悟を決めた。その後、「紅」の参戦による砲撃と真沙羅姫らの暗躍で天承は瓦礫と化し、今に至る。 「これで魔の森が無ければな」 龍安弘秀は開拓者たちと向き合い再会を喜んだ。心なしか目じりにしわが増えたように思える。 「久しぶりですな弘秀殿」 北条氏祗(ia0573)が言うと、ルオウ(ia2445)は笑った。 「ちょっと疲れ気味だな〜、弘秀のおっさん生きてるか!」 「北条か。久しいな。ルオウ、ま、何とか生きてる」 「お久しぶりです弘秀様」 コルリス・フェネストラ(ia9657)の言葉に、弘秀は頷く。 「また会えて嬉しいぜコルリス」 「ここが死に場所とは思わん事だな。まだ終わっていないのだろう」 成田 光紀(ib1846)が言うと、弘秀は答えた。 「ああ、正直一度は終わったと思ったが……まだだ」 「元気そうで良かったよ弘秀! あんなホネホネに負けたたままじゃね!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)が言うとライ・ネック(ib5781)が軽くお辞儀した。 「弘秀様、失ったものは大きいですが……一矢報いてやりましょう」 「全くだ。あの骨、毎日毎日幻影を送り込んで来て、俺に降服しろと言う」 「ところで……真沙羅姫とは何者なのですか? この地とはただならぬ関係の様子」 嶽御前(ib7951)の言葉に芦屋馨が答えた。 「それは公には出来ないことなのです」 「そうですか……」 「ここに、故郷を襲った仇がいるかもしれないと、噂で聞いたのですが」 篠崎早矢(ic0072)が真剣な眼差しで語りかけると、西祥院静奈が問い返す。 「仇とは?」 「天儀馬の骨に乗る、朽ちた大鎧を着た骨弓騎兵のアヤカシです。風の便りにここに出没したと」 「そいつなら見たな」 橘が言った。 「いましたか?」 「ああ、数日前城の外で骸骨騎兵を率いていたぞ」 「ありがとう……今日こそ逃がさない」 それから開拓者たちと兵士達の間で作戦会議が行われ、方針が決まるとそれぞれ担当の場所へ向かって行動を開始した。 「お久しぶりです。それではみなさん、よろしいでしょうか?」 コルリスは、武装が行きわたった兵士達を見渡した。 「大丈夫ですよ。コルリスさん……もう、追い詰められて生きた心地はしませんでしたがね。今は不厳王の攻撃を弾くだけで精一杯ですが」 「私にもこれからどうなるか分かりません。ここまで押されるとは、複雑な思いです。今は目の前の出来ることに取り組むしかないですね」 コルリスはしみじみと言った。 「不厳王が次に来る時までに、何か成果を出しておきたいね。あたしも負けるのは好きじゃないよ。もう、これ以上魔の森が広がったら鳳華はお終いだしね」 リィムナは言って吐息した。疲れる。でも負ける気は無い。このまま終わらせはしない。 「アヤカシ軍五百ですか……正直気が重いですが、あいつを見つけることが出来るでしょうか……」 篠崎は宿敵の姿を思い浮かべた。 それから一同出立する。 コルリスは甲龍の山紫に乗って、リィムナは滑空艇のマッキSIに搭乗。篠崎は戦馬の夜空に騎乗した。 前進する開拓者達に対して、アヤカシ達の幽霊や死骸龍らが接近してくる。 コルリスが手を上げて合図を送ると、龍安兵らは四騎一組の四指戦術を展開する。 加速してくるアヤカシらと交錯する。空中戦はコルリスも熟練。戦況を確認しつつ、矢をゆっくりと番えた。 コルリスが解き放った矢はアヤカシを貫く。敵は瘴気に還っていく。 あちらこちらで瘴気に還っていくアヤカシ。 「魂が原初に還る……この音色で!」 リィムナは上空から加速して、フルートを奏でた。演目「魂よ原初に還れ」のメロディーがアヤカシ達を消滅させていく。 やがて――。 「あらかた片付いたかな?」 リィムナは、撤退していくアヤカシ達を見送る。コルリスの側へ機体を近づけると、声を掛けた。 「案外もろいね。前みたいなボスとかがいないしね」 「城の外では不厳王の分身が指揮をとっているそうですから、向こうは簡単には行かないのでしょう」 「不厳王の分身か……あいつ、本当に絞め殺したくなってくる。こう……かーっ! てさ」 「大アヤカシにとって、私たちの存在など眼中にもないのでしょうが。戦士として……でしたっけ? よく言います。本気で言っているつもりでしょうか」 「まあ……そりゃあね、ふざけてるのか、真面目に戦争するのもしんどいけどさあ……あたしら開拓者って言ってもね、心は同じ人間だしね。でも、不厳王はいつかは倒さないといけない壁だよね。壁を倒さない限り、鳳華は前には進めない」 「開拓者稼業も因果なものです」 二人が一段落している頃、篠崎は地上で宿敵と相まみえていた。 「騎兵は左右から回り込み、すりつぶせ! 弓歩兵、全員矢を射掛けよ!」 篠崎の声で騎兵は突進して、歩兵は矢を解き放った。その時だった。 「あ……っ」 乱戦の中、見える、見覚えのある骨武者。ボロボロに朽ちた、黒い脅しのほどけた大鎧、天儀馬の骨に乗る……それこそ、篠崎の家族を奪った、骸骨騎馬武者のアヤカシであった。 「お前は……やっぱりここにいた! 夜空……あいつだ。走れ!」 夜空は疾駆した。 「てえ!」 篠崎はスキル全開で矢を連射した。直撃を受けた宿敵はのけ反り、反撃の一矢を撃ってくる。篠崎は大袖で受け止め、カウンターで矢を撃った。 お互い撃ち合い、やがて骸骨武者は笑った。 『そうか! 分かったぞ! お前はあの家の生き残り! どこかで見た目だ!』 篠崎はアヤカシの言葉は分からなかったが、相手の立ち振舞いで空気を察した。怒りがわき上がって来る。 「夜空」 篠崎は夜空と目配せ。篠崎らは加速した。篠崎が右に目線をやれば夜空が「左に」走る。 『むう――!?』 骸骨武者は逡巡した。その瞬間、篠崎の一射が宿敵の眉間を貫いた。 『が……!』 崩れ落ちる骸骨武者は、瘴気に還っていく。 「やった……っ 敵の隊長を討ち取ったり、総員、刀を抜け、突撃!」 高揚感も入り混じった複雑な感情だった。墓前に報告は出来るだろう。ただ、篠崎にとって、宿敵はやはり特別な存在だったのだろう。そのアヤカシは、もういない。 「……因果なもんだよな」 ライの耳に男たちの声が聞こえる。 「まあ……そうだよな。あの人も、那須羅王の選択次第で、今頃武天のお偉方になってたかもしれねえ」 「それが今や、不厳王について、武天の……いや、人間の敵だからな」 紅牙のことを言っているのか? 「俺たち『紅』がアヤカシに付く理由に、官憲の手から助けられたこと以外に、何かあるか?」 「俺たちは人間だ。だがもう、後戻りはできない。俺たちの過去は……闇に閉ざされている」 「所詮……アヤカシも凶賊も、行きつくところは同じか。さらし首になるか瘴気に戻るか」 「紅牙さんも、敵兵の言葉を聞いて激昂したそうだ。無理もないが。今更父親って言われてもなあ?」 「だが……巨大な父親だぜ? 対抗するためには、アヤカシ――不厳王や真沙羅姫の力が必要だ」 「ああ……」 紅のスパイたちが去っていくと、ライは頭を整理した。 「紅牙の父親……?」 隠の絶対嗅覚で追跡する。やがて追いつき、スパイたちが言葉を交わしている場面に遭遇する。 「本丸の防備はどうだ?」 「穴だらけだが……中の龍安兵は士気が高い。この状況で弘秀のために戦う連中だ。離間策を講じないと……」 「真沙羅姫の魅了だけでは確実じゃないか?」 スパイたちは別れていく。 ライは秘術影舞で姿を消した。加速。背後から敵の首に鋼線を巻きつけると、万力を込めて引いた。 「が……! あ……!」 スパイは窒息して意識を失った。 ライはその衣服に手を入れ、懐から書状を取り出した。 「これは……」 書状には、本丸の中の兵の配置や数、また会話などの様子が記されていた。それを仕舞い込むと、ライは成田が送って来たシノビと連絡を取った。 「随分と侵入されていますね」 「弘秀様も御承知かも知れませんが……」 ライはその場でスパイたちの人相書を書いて手渡した。 「……ふむ。こちらの内情は筒抜けか」 成田は報告を受けて少し考えた。 「まあいい。ひとまずこの件は置くとしよう。考えるのは後だ。差し当たり、有象無象を潰してからだな」 成田は兵士達に索敵と戦闘の継続を伝える。 嶽御前は成田の指示を受けると、自分たちの班で索敵を開始し、アヤカシを各個撃破していく。 「真沙羅姫はどこにいるのでしょうか?」 瘴気に還っていくアヤカシを確認しつつ、嶽御前は味方と連携して索敵を行う。自身も瘴策結界「念」を展開した。 見慣れた天承も、今では痛々しい。民が避難したことがせめてもの救いか。一般人が耐えうる状況では無い。嶽御前は暮の鞍上から、現実を見ていた。荒れ地。ここが紛れもなく鳳華であることを、しばし忘れてしまう光景だった……。 北条は不死人を切り捨てた。その上空をルオウの迅鷹ヴァイス・シュベールトが飛んでいく。北条は三十名のサムライを率いて、不死人討伐に当たっている。 「天承も荒廃してしまったか……アヤカシの手からは逃げられないか」 北条は賑やかだった天承を知っている。遠い過去の話だが。北条らは雑魚を撃破しながら前進する。 その時だった、先の方でヴァイス・シュベールトが旋回しているのが目に入って来た。 「北条! 行くぜ!」 ルオウが駆け抜けていく。 「ルオウ?」 「真沙羅姫だ!」 駆けるルオウは、戻って来たヴァイス・シュベールトと友なる翼で同化し、飛んだ。 狼煙が上がった。 「見つけたか」 成田はやや険しい顔で、狼煙が上がった場所を見つめた。ここまで余った兵を率いて雑魚アヤカシを討伐していたが、余裕の時間は終わりそうだった。 「君、仲間たちに連絡を頼めるか」 成田はシノビを放った。 「始まったようですね」 嶽御前は、成田からの連絡を受けて、城下町の討伐を中断した。味方の兵士達に真沙羅姫の包囲に加わるように伝える。 そこへリィムナと、「紅」を爆撃していたコルリスらが合流してくる。 「お二人とも、外はどうでしたか」 「篠崎さんが抑えています。空は大丈夫。少なくとも今は」 「真沙羅姫が見つかったんだよね? 急ごう。あたしの天使の影絵踏みが最大の防御になる」 真沙羅姫の魅了は強力だと聞く。 三人は兵士たちとともに急行した。 「……不厳王の力は絶大。あの大瘴気に飲まれて生き残れる人間はいまい……。最終的には、大アヤカシの力が人間を圧倒するのであろうが……」 真沙羅姫は、呟き、息を零した。人を食らうのも飽きた。それでも求めずにはおれないアヤカシとしての性。真沙羅姫は渇きを覚えていた。 「この渇きは……ただ、龍安家を滅ぼして、それで癒されるのか。もっと、奴らの心を深く、抉るような一撃を……不厳王を動かすには……」 真沙羅姫は呪いのような言葉を吐きだした。この身を縛る怨嗟が心地よいほど憎い。 「ん?」 真沙羅姫は千里眼で周辺を見渡す。開拓者達が見える。 「あるいは……この渇きを癒してくれるのは、奴らだけかも知れんな」 真沙羅姫は立ち上がった。 「動き出したか」 成田はシノビから報告を受けると、包囲網を閉じていくように伝える。 「真沙羅姫を逃がすな。無論、今までそのつもりで動いていたとは思うが。他の雑魚は通すな」 成田は結界呪符で道路を封鎖していく。 「円陣の外周は雑魚を足止めし、内部は真沙羅姫を封鎖する。奴は透明化能力を使うようだが、何もかも通り抜けることが出来るわけではあるまい。索敵も怠るなよ」 成田は頭の中に描いた包囲網を完成させていく。 リィムナが最初に仕掛けた。まずは最強クラスの天使の影絵踏み。仲間たちの抵抗を自分と同じにまで引き上げる。 「何じゃその音は……?」 真沙羅姫は言霊を唱え始めた。意味不明の言葉が、開拓者、兵士たちの脳裏に鳴り響く。真沙羅姫は言霊での支配を試みたが、天使の影絵踏みで抵抗する。そうして、開拓者達は術に掛かった振りをして、ゆらゆらと歩き出した。 「そうじゃそうじゃ……もっと近くへ来い」 真沙羅姫は屋根から飛び降りた。空中の瘴気から刀を生み出して両手に装備した。 次の瞬間、リィムナのジェノサイド・シンフォニーが炸裂した。 真沙羅姫は衝撃でのけ反った。 開拓者達は加速した。 「真沙羅姫! 倒れてった皆の無念! 受けとれえええ!」 ルオウが突進。連続攻撃を打ち込む。 「お、お、お、おおおああっっ!!」 ルオウの刀が触れた真沙羅姫の腕や足が散り散りの灰になって霧散する。 「我こそは伊豆州の北条氏祗! 三嶋大社の神の太刀! 受けてみよ!」 北条も連撃を打ちこんだが、真沙羅姫の手足は灰になって霧散して、また元通りになった。 「翔!」 コルリスの一撃が直撃する。これは突き刺さった。 「何でしょう? 真沙羅姫の体は……」 嶽御前はこの現象を観察していた。武器が素通りしてしまうことがあり、あれは利いていないのではないか……。彼女は魅了や言霊に備えていた。嶽御前は上空を暮で舞いながら、兵士達を配置し、真沙羅姫を逃がすまいとした。真沙羅姫の灰の肉体を兵士達の矢が素通りしていく。 ルオウと北条の攻撃をかわしながら、真沙羅姫は刀で反撃して来た。二人のサムライはその刀身を受け止める。 ジェノサイド・シンフォニーを苛立たしげに受け止めつつ、真沙羅姫は体を変化させた。その体が無数の細かい刃に変わると、リィムナに高速で襲い掛かった。 「危ない!」 嶽御前はリィムナの前に立ち塞がり、ベイル「エレメントチャージ」を構えた。無数の刃がその盾に当たって跳ね返った。 真沙羅姫は空中で肉体を再構築すると、距離を保った。 「この渇きは永遠に癒えない。悲しみや痛みを絞り取ったとしてもだ……」 真沙羅姫はさらに上に浮遊していくと、散り散りの灰になって空高く飛び去った。 「勝ったと思うなよ!」 ルオウは拳を突きだした。 そして開拓者達は敵を見送った。猛烈な気迫とともに。 |