幽霊アヤカシを倒せ
マスター名:安原太一
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/06/25 23:33



■オープニング本文

 天儀本島、武天の国、安神の町近郊――。
 しとしとと雨が降っていた。村にとっては恵みの雨だった。ここしばらく降雨が無く、村人達は祈祷師を呼んで雨乞いの儀式を執り行ったばかりだった。畑には水が必要なのだ。
「ようやっと雨が降ってくれたか‥‥」
 村人は家の中から降りしきる雨の様子を見つめていた。ぽたぽたと雨粒がまどの格子から落ちている。
 見れば、家につないでいるもふら様はぼ〜っと雨雲を見上げている。
「この様子でざあっと降ってくれりゃあ、いいんじゃがの」
 男は戸を開けると、縁側に出た。空を見上げて背筋を伸ばす。雨が止むまでは取り合えず農作業はお休みだ。家の中で子供の相手でもしているしかない。
「おっとう、早く雨が止まんかのう。こう雨ばかり降ってると友達と遊べんし、つまらん」
 子供は雨が気に入らない様子だが、父親はのんびり茶でも飲んで一服している。
「村には雨が必要じゃあ。収穫までに雨が降らんかったらどうするつもりじゃ」
「でも‥‥やっぱり雨はつまらん」
 父と子は縁側で空を見上げた。
「良かったですね、雨が降ってくれて」
 言ったのは一家を切り盛りする男性の妻。
 子供はむくれっ面で「つまらん」を連発していたが、母親はただ笑顔で子供の頭を撫でていた。

 ‥‥と、その時である。
「もふもふ! もふもふ!」
 もふら様が騒ぎ出したのは。
「何じゃもふら様が騒いでおるぞ、一体どうしたんじゃ」
 男は不思議そうに「もふもふ」と叫んでいるもふら様の様子を見ようと表に出た。
 そこに、得体の知れないものが浮かんでいた。いわゆる幽霊という奴だ。透き通っていて、ぼろをまとった骸骨のような姿をしている。
 男は仰天して腰を抜かした。
 幽霊は接近してくると、くわっと口を開いた。
 ‥‥こぉ‥‥ろぉ‥‥すぅ‥‥。‥‥こぉ‥‥ろぉ‥‥すぅ‥‥。
「こ、殺す‥‥!? ぐ‥‥ぐあああああ!」
 男は絶叫した。頭の中で幽霊の声が反響している。そして凄まじい激痛が全身を貫いた。
 ‥‥しぃ‥‥ねぇ‥‥。‥‥しぃ‥‥ねぇ‥‥。
 死ねと言う幽霊の声が男性の脳裏に木霊する。
 のた打ち回る男性が事切れるのに時間は掛からなかった。
「お前さん‥‥! き、きゃああああ!」
 妻の絶叫。
 幽霊のアヤカシは亡くなった男性の肉体を捕食していたのだ。

 安神の町、ここは神楽の都から歩いて一日程度の距離にある。武天と神楽の交通の要衝として栄えている町であった。
 町の近郊で起こった幽霊アヤカシの事件はすぐに神楽の都、開拓者ギルドへと持ち込まれた。
「安神の町の近郊に幽霊アヤカシが出ましてねえ。村は大騒ぎになってるんです。今のところ犠牲になったのは三人の家族。無事なのはもふら様だけだそうで‥‥」
 開拓者達に村の様子を説明する受け付けの青年は犠牲者の冥福を祈った。村は逃げまどう人で大変なことになっているそうだ。アヤカシは最初の家族を襲ったあとは村に留まり、方々を飛び回っているという。次の餌を探しているのだろうか。
「被害が広がる前にこの幽霊を撃退して下さい。村まではすぐです」
 そう言って、受付の青年は開拓者達を見送ったのである。


■参加者一覧
煙巻(ia0007
22歳・男・陰
悠(ia0196
17歳・女・志
儀助(ia0334
20歳・男・志
京子(ia0348
28歳・女・陰
武六(ia0517
20歳・男・陰
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
久万 玄斎(ia0759
70歳・男・泰
衛島 雫(ia1241
23歳・女・サ


■リプレイ本文

「雨‥‥か」
 儀助(ia0334)は灰色の空を見上げる。
「恵みの雨とはならなかったようだ」
 長身の老秦拳士、久万玄斎(ia0759)は白い髭を指で撫でながら呟く。
 二人の開拓者達が到着した時には、幽霊アヤカシの出現によって件の村は静まり返っていた。ただ沈黙が落ち、霧雨の雨音だけがしんしんと鳴っていた。
 儀助と玄斎は先行して村に入っており、油断無く周囲を見渡していた。
「幽霊アヤカシね‥‥面白そうじゃないか幽霊退治も」
「幽霊か‥‥俳句のネタにはならんな。手早く片付けて、村娘とお友達になって帰りたいところだわい」
 玄斎はそう言って快活に笑った。
「全く、玄斎殿は性懲りも無く。ま、無事に片付いたらの話ではあるが‥‥」
「然り然り、しかし肝心のアヤカシが見当たらんな」
 二人は手分けして村の中を見て回る。派手な格好に音を打ち鳴らしながら幽霊アヤカシの注意を引き付けてみる。

 続いて村に入った煙巻(ia0007)、悠(ia0196)、京子(ia0348)、武六(ia0517)らは村人たちの避難を開始する。
 家々を訪ねて回り、村人達の無事を確認する。
「大丈夫か、神楽の都から依頼を受けてやって来たぞ‥‥。安心しろ、アヤカシは私たちが倒す‥‥さ、アヤカシがやってくる前に避難を開始するんだ」
 煙巻は村人たちに手を差し伸べる。
「おお‥‥有難いことです。開拓者の方が来られるとは‥‥もう安心ですな」
 村人一家は煙巻の救いの手に感謝の念を込めて立ち上がる。
「さ‥‥これを着ろ」
 煙巻は姿を隠すために用意してきた蓑を村人達に手渡すと、改めて外を見渡した。囮の儀助と玄斎からまだ合図は無いが、念には念を。アヤカシが不意を突いて来ないとも限らない。
「こっちへっ! 大丈夫。うちが守ります」
 煙巻と同行していた悠は村人を匿うように辺りに目をやり、一家を逃がす。
「今のところアヤカシはどこぞへ行ってしまったようだな。さっさと民をまとめて避難させよう」
「そうですね。一刻も早くみなさんには避難してもらって、憂い無くアヤカシと戦えるようにしないと」
「よし、次だ、行くぞ悠さん」

 ――京子と武六もまた避難誘導に当たる。
「大丈夫ですか皆さん」
 京子は村人たちに蓑を手渡す。
「さ‥‥坊、これを着なさい」
 母親が子供に蓑を着せる。坊は蒼白な顔で、見た目にも健康状態が悪そうだ。
「お子さんは‥‥大丈夫ですか」
「ええ‥‥この子は生まれつき体が弱くて、医者からも長くは無いと言われてきました‥‥」
「そうですか‥‥」
 京子は男の子を気遣わしげに見つめる。肝心の男の子は開拓者と聞いて表情が明るくなる。
「みなさん本当にあのアヤカシと戦えるんですか? あの恐ろしい怪物と‥‥」
 京子はにっこりと笑う。
「安心しなさい。何としてもアヤカシは倒しますから」
 それから京子は武六に男の子を抱いて運んでくれるように頼んだ。
「武六さん、この子をお願いします」
「ああ、任せろ」
 武六は男の子を抱き上げる。
 子供と母親に蓑を被せ、二人は避難場所まで移動する。

 続々と避難場所まで集まってくる村人達を、巫神威(ia0633)と衛島雫(ia1241)が迎え入れる。
 避難のために用意したのは村の中でも開けた場所にある村の集会施設であった。
「私達は神楽の都の開拓者ギルドから来ました。必ずお守りしますから、焦らず慌てず騒がず避難してください」
 神威は言って村人達を家屋の中に送り込んでいく。
「本当に‥‥大丈夫なのでしょうか‥‥わたしゃ心配で‥‥犠牲になったのはうちのすぐ近くの方でねえ‥‥こんな間近でアヤカシから教われるなんて‥‥」
「大丈夫です、私達はアヤカシを倒すために来たんですから。安心して下さい。さ、早く」
 神威は不安そうにしている女性をなだめて背中を押した。
「これで全員か」
 雫は煙巻に尋ねる。
「ああ、これで全員だ。何とか間に合ったな」
 煙巻は降りしきる雨でびしょ濡れになった頭から流れ落ちてくる水を拭った。
「新手がいないとも限らん、見逃すわけにはいかんが‥‥」
 雫は、村人達でごった返す集会所を見やる。民はざわめいていて、お互いの無事を確認して右往左往している。
 と、その時だ、合図の笛の音が三回鳴った。
「来たか」
 煙巻は鋭い目つきで笛の音が鳴る方向を見つめた。
「行きましょう」
「儀助さんと玄斎さんが持ち堪えている間に、追いつきませんと」
「それじゃ神威、雫、ここを頼んだぞ」
 神威は頷く。
「任せろ、ここは死んでも通さん。命に代えても守る‥‥」
 雫は言って仲間達を見送る。
「そう肩肘張るな、まだ戦いは始まったばかりだぞ」
 武六はの言葉に雫の頬がやや紅潮する。
「お、お前達こそ、アヤカシにやられるなよ」
「やられるかって」
 武六はにやりと笑うと、仲間達を追って走り出した。

「さあ、来いよ幽霊」
 村の外れでアヤカシを発見した儀助はアヤカシと対峙していた。アヤカシはぼろをまとった骸骨のような姿をしている。確かに幽霊のように透き通っている。
 幽霊アヤカシは言霊のような知覚攻撃を行うというギルド員からの情報があった。何でも離れた場所から声で攻撃するらしい。
 それならば声を聞かなければいいのではないかと、儀助は耳栓をしていた。
 アヤカシは浮いた状態から儀助の上を旋回すると、特殊能力「呪声」を放った。
 ‥‥オオオオオ‥‥こ‥‥ろ‥‥す‥‥オオオオオ!
「くっ‥‥何だこりゃあ」
 頭に響き渡るアヤカシの声に儀助は頭痛を覚える。
 見ると、骸骨のような顔をしたアヤカシの口が吊りあがって、笑っている。
 ‥‥オオオオ‥‥こ‥‥ろ‥‥すぅ‥‥オオオオ‥‥!
「ちっ! 耳栓は無駄か!」
 儀助は耳栓を外すと、後退しておびき寄せる。
 アヤカシは追いすがってくる。
 そこへやってきた玄斎。
「おう、こいつが幽霊か」
「気をつけろ玄斎殿、事前情報どおり厄介な術を使いやがる。離れた場所から声で攻撃してくるぞ」
 二人は後退して仲間たちのもとへアヤカシを引きつける。
 が、そうする間にもアヤカシは空中から接近して呪声を叩きつけてくる。
 ‥‥こ‥‥ろ‥‥すぅ‥‥こ‥‥ろ‥‥すぅ‥‥! オオアアアッ‥‥!
「厄介な術を‥‥」
 玄斎は頭を押さえながら走った。
 どうやらアヤカシの呪声は一人にしか聞こえないようだ。
 二人は走って、戦闘予定地域までアヤカシを引き付けて走る。
 と、アヤカシが儀助と玄斎を抜いて飛び去り、一気に村人達が避難している集会所目がけて飛んだ。

 煙巻、悠、京子、武六らは飛びすぎていくアヤカシの姿を目撃して慌てて反転する。
「野郎‥‥! 舐めた真似をしやがって‥‥ゲフン、ゲフン、じゃなくて、舐めた真似をしてくれるなアヤカシ」
 煙巻は虚を突かれて一瞬素の状態になってしまった。
「あれが幽霊アヤカシか‥‥いかな瘴気が形を成しているのか‥‥」
 一人の陰陽師として、京子は一抹の興味に駆られつつもアヤカシを追う。

「アヤカシが来ます!」
 神威は背後の家屋を見やる。扉を閉ざしているので中は見えないはずだが‥‥。
「させるか‥‥アヤカシ! 敵はこっちだ! 来い‥‥!」
 雫の咆哮に引き寄せられで向きを変えたアヤカシ。まっしぐらに雫に向かってくる。
 ‥‥オオオオオオ‥‥グオアアアア‥‥! グアアアアア‥‥!
「ちっ!」
 呪声に顔をしかめ、雫は走ってアヤカシを引き付ける。
 低空飛行に入ったアヤカシに飛び掛ると、神威は気力を回して空気撃で空中回し蹴りを叩き込んだ。
 アヤカシはバランスを崩したように前のめりになる。
「お前の相手はこっちだ! 来い!」
 走る雫を追ってアヤカシは広場におびき出されてくる。

 ――アヤカシに追いついた開拓者達。
「一気にかたをつけよう。逃がさんぞ」
 煙巻は符を構えると、アヤカシを見つめる。
 アヤカシに接近した開拓者達は攻撃を開始する。雫の咆哮が効いている間が好機だ。
「全く、幽霊ならば幽霊らしく柳の下で大人しくしてればいいものを」
 煙巻は斬撃符を放った。符がカマイタチのような式に変化して高速で飛んでいくと、アヤカシを切り裂く。
「続いて‥‥」
 煙巻はもう一枚の符を取り出すと、呪縛符を放った。
「私らに向かって簡単に攻撃などは‥‥通じはしねぇって言ってんだろ! ‥‥っと、ゲフンゲフン」
 人魂のような式がアヤカシの回りに取り付き、その行動を抑制する。
「いきますよっ!」
 悠は突進。
「うちの突き、かわせる物ならかわしてみなさいっ!」
 脇差を構えて刀を突き出す、腰を落として腕を引いた中段からのフェイント突きを叩き込む。
 アヤカシは悠の一撃を食らって苦悶の咆哮を上げる。
 すでに開拓者達に取り囲まれて本来なら逃げてもおかしくないところだが、雫の咆哮が効いているために次々と攻撃を受ける。
「アヤカシは非常に興味深い対象です。こうして相対、観察出来る機会は貴重なもの。‥‥しかし、これは陰陽師たる者の特殊な感性でしょうね」
 京子は言って符を構える。こんな己が異端たる事くらいは承知している。
「受けよ、斬撃符! 吸心符!」
 カマイタチの式が飛んでアヤカシを切り裂き、また吸心符の美しい女性の姿をした式が戻ってきて生命力を吸い取る。
 武六も斬撃符を連発してアヤカシに打撃を与える。
 アヤカシは飛び回って逃れようとするが、何とか開拓者達に呪声で抵抗する。
 ‥‥オオオオオオ‥‥! グオオオオオ‥‥! こ‥‥ろ‥‥すぅ‥‥! オアアアア‥‥!
 知覚攻撃を受けた京子は頭に痛みを感じて眉をひそめる。こめかみを押さえて頭を軽く振る。
「これが噂に聞くアヤカシの知覚攻撃‥‥興味深い」
 儀助は太刀を構えると、幽霊アヤカシを見据える。
「炎魂縛武‥‥あの世に送ってやるぜ〜」
 儀助の太刀が紅い炎に包まれると、突進した儀助はアヤカシに渾身の一撃を叩き込んだ。
 ――太刀が直撃。
「これでも!」
 さらに悠がフェイント、巻き打ちを叩き込む。
 そしてアヤカシは絶叫すると、その体が崩壊して渦を巻き、最後に元の瘴気に還って霧散したのであった。

 ‥‥戦闘終結後。
 村に平和が戻った。人々の顔には安堵の笑みが浮かんでいる。
 悠は犠牲となった村人の墓に野草の花を添えていた。
「仇は討ちました‥‥二度とこんなことが起きません様に」
「会いたくも無いものに出会い、生活を命ごと奪われた人々には‥‥お気の毒でございました。せめて魂だけでも、安らかに‥‥」
 京子もささやかながら祈りを捧げる。
「今回は災難でしたが、ご安心なされ。アヤカシは無事に退治されました。今は生き延びたことを精霊たちに感謝しましょう」
 村人に言葉を掛けて回る武六。
 一方、玄斎は当初の予定通り? 村娘たちを誰彼構わずお茶に誘ってアタックしていたが、見事に玉砕。最後には間違って老婆を誘ってしまい、OKされてしまったので逃走する羽目に‥‥。
 民の喜びの声が鳴り止まない。そんな中、雫は犠牲者の家を訪れていた。しばらく見上げて、何かを呟こうとした、が思いとどまる。言葉にならない思いがこみ上げてきたのだろう。雫はただ一礼し、その場を後にしたのだった。