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■オープニング本文 鳳華の首都、天承、龍安家の居城にて――。 頭首弘秀の娘、菊音は五歳。志体が現れるならそろそろではないかと、母親の春香は思っていた。そんなある日――。 菊音は春香から地断撃を教えられていた。 「さあ菊音、地面に向かって地断撃を撃ち込んでみなさい。気力を集中させて、一撃を撃ち込むのです」 「はい! 行きます! 母上!」 菊音は木刀を振り上げると、裂ぱくの気合とともに一撃を繰り出した。 「――!?」 春香は目を見張った。菊音の渾身の一撃が、大地を衝撃となって駆け抜け、岩を両断した。 「は、母上! 今のは!?」 菊音は春香を見上げる。春香は笑みを浮かべると、菊音の頭を軽く撫でた。 「やりましたね菊音。今のは紛れもなく地断撃です」 「母上! 私はサムライになることが出来るのですか!」 「そうですよ。菊音、良く頑張りましたね」 春香は嬉しさを満面に菊音を抱きしめた。菊音も嬉しくて涙がこぼれてきた。 「――弘秀さん」 春香はその足で、弘秀のもとを訪れた。 「どうした」 弘秀は目下東の魔の森から現れるアヤカシの攻撃に頭を悩ませていた。報告書に目を落として厳しい顔つきだった。 「菊音が、地断撃を覚えましたよ」 「何? 菊音が? 先だって清久郎丸がスマッシュを覚えたばかりだと言うのに。そうか、それはめでたい」 「菊音には立派なサムライになってもらいます。家も安泰というものです」 弘秀は苦笑する。 「喜んでばかりもいられん。東の戦線からは新たな敵勢が攻撃を仕掛けてきたと、報告が来ていてな」 「またアヤカシに動きが?」 「ここ最近のアヤカシの動き‥‥全く慌ただしい。それに統制されたアヤカシ兵など、油断ならないことだ」 「少し休んではどうですか。清久郎丸や菊音に言葉をかけて下さい。戦のことなら家老の大宗院でも対処できるでしょう」 「そうだな、ここしばらく二人の顔を見ていなかった‥‥」 春香は苦笑する。弘秀は吐息すると、眉間を押さえて立ち上がった。 ――東の大樹海、魔の森。 一つ目カラスの頭を持つ人型が瘴気の中を歩いていた。このアヤカシの名を闇帝羅と言った。 闇帝羅は死人や幽鬼の類が徘徊している場所に足を踏み入れた。死人たちのおぞましい咆哮が闇帝羅に向けられる。が、闇帝羅が『黙れ』と一声上げると、死人たちは恐れをなしたように後退する。そして、闇帝羅は死人の将たちを訪問した。 「早速だが、お前たちには動いてもらいたい」 「クカカ‥‥闇天羅様ですか‥‥最近お忙しいようですねえ」 「私は手持ちの兵があるわけではないのでな。尤も、だからと言ってお前たちに私の言葉を断ることは出来んが」 「仕方ありませんな。あなたの命とあらば‥‥」 「飢零魂、紫骸、庵妖――笹山丘陵の龍安軍を殲滅し、人里へ突進するのだ」 闇帝羅は三体のアヤカシの将の名を呼んだ。 飢零魂――骸骨の騎馬武者の幽霊。 紫骸――鎧兜に身を包んだ骸骨剣士。 庵妖――瘴気をまとったぼろぼろの龍頭人型の死人アヤカシ。 「闇帝羅様には逆らえませんなあ‥‥わしらは協力して戦うのは好きじゃないんですが」 「龍安軍は強固だ。ただ亡者の群れをぶつける程度では崩せん。だからお前たち兵団の将を使う」 「クカカ‥‥お任せあれ。近頃人間に遅れを取っておるようですが、わしらは甘くはありませんぞ」 「期待しているぞ」 闇帝羅の前で、三体のアヤカシの将は咆哮した。 ――東の最前線、笹山丘陵。 龍安軍の陣地は静まり返っていた。いつアヤカシが襲ってきてもおかしくはない最前線である。兵士たちは陽気とは無縁であった。陣には緊迫した空気が張り詰めており、兵士たちは黙々と武器の手入れをしたり焚き火をつついていた。砦には四六時中物見が立っており、斥候のシノビはほとんど眠らずに東へ注意を向けていた。 そんなある日、シノビの一人がアヤカシの動きを察知する。魔の森から出て整然と前進するアヤカシの軍団を確認して、本陣に報告する。 「アヤカシが動き出したか」 総大将の華月は頷いて問う。 「敵の総数は」 「定かではありませんが、数百はいるかと」 「ほう‥‥本格的な攻勢に出てきたな。それだけの数、奴らの陣容はどうなっているか」 「はっ。騎馬武者の幽霊アヤカシ、骸骨剣士、そして見たところ死人兵で構成されております」 「死人の軍勢か‥‥だが整然と前進してくる様子を見れば、敵将がいるのは確実だな」 華月は迎撃の用意を整えていく。 ――アヤカシ軍陣中。 飢零魂と、紫骸、庵妖たちは、整然と陣を敷いた。左翼に幽霊騎馬武者たち、中央に骸骨剣士、右翼に死人兵。死人兵と言うのは、瘴気をまとったぼろぼろの人型の兵で、鎧も着ていて槍や刀で武装していた。 「わしがまず打って出よう」 庵妖は言って、槍を突き立てた。 「我が死人兵は最も強靭だ。敵の左翼を最初に粉砕する」 「良かろう。では続いて我が骸骨兵たちを中央にぶつけよう。骸骨兵は死人兵より一撃は劣るが俊敏じゃ」 紫骸は言って、ほくそ笑んだ。 「ふむ、では最後に我が騎馬武者で敵右翼を突破するか。我が兵士の機動力を持って龍安軍を寸断する」 アヤカシの将たちは時間差をつけて龍安軍に衝撃を与える戦法を模索する。 「最後まで何があるかは分からんの。噂では昨今龍安軍は我らの将を立て続けに討っておるそうじゃからの」 「龍安軍のお手並み拝見と行こうか。尤も、これは奴らから学んだ戦法じゃがの」 三体のアヤカシの将は、天に向かっておぞましい雄たけびを上げると、死人や幽霊たちから悲鳴のような咆哮が鳴り響いた。 こうして、笹山丘陵の戦いが動き出そうとしていた。 |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
まひる(ia0282)
24歳・女・泰
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
柊 かなた(ia7338)
22歳・男・弓
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志 |
■リプレイ本文 「何やか、近頃のうちは芸人やなくて、武人っぽいどすなぁ。芸を見せる場所を作るのも仕事でええかもやす」 そう言って、龍安家お抱えの歌舞伎役者である華御院鬨(ia0351)は、最近の自身の鳳華における活動に自らを納得させるのだった。 「敵は動き出しているようですね。では私は各部隊にとらわれず、後方からの支援を可能な限り各部隊に行い、戦線の維持と防戦支援に尽力します」 言ったのは龍安家家臣の巫女玲璃(ia1114)。 「さて、敵がどれだけいようと、一匹たりとも抜かせはしない」 弟の思いを胸に、今、千王寺焔(ia1839)の心は平静だった。だが身にまとう闘気は以前に増して力強いものだった。それは環境の変化によるものか、自身の心の変わりようなのか‥‥。 ‥‥凰華の地を踏むのも久方ぶり、だな。戦いは激しさを増しているようだが‥‥さて、俺の弓が少しでも助けになると良いが。 「どんな敵であろうと、俺のやる事は変わらん。敵を射落とし、仲間のために道を開くまでだ」 神鷹弦一郎(ia5349)はおよそ三月ぶりに鳳華の土地を踏んだ。あの時とは比べるべくもなく、弦一郎はたくましくなっていた。 「華月さん」 鈴木透子(ia5664)は総大将の華月に歩み寄る。 「何か」 「幾つか提案があります」 「何だ、言ってみろ」 鈴木は師匠の言葉を思い出しながら、言葉を紡いだ。大軍同士の戦いはどうやったら終わらせることが出来るか、それを考える。鈴木は頷くと、口を開いた。 「あたしは、左翼への攻撃を押し返して、騎馬幽霊の突撃をしのぎ切れば、敵は攻め手を失って退却するのではと見ています。なので、丘陵に点在する森に兵を隠しておき、死人兵が攻撃を仕掛けてきたら左翼と伏兵とで死人兵を挟み撃ちにし、損害を与える案を提案します」 言って、鈴木は地上の駒を動かしながら、説明する。 「龍安軍の左翼は、死人兵に押されてじわじわと後退します。そして、敵の戦線が伸び切ったところで伏兵が死人兵を左側面から攻撃します。左から挟みならが敵を倒してゆくのです。伏兵の目的は死人兵に攻撃を諦めさせることなので、それが可能な損害を与えたらすぐに逃げます」 華月は思案顔で卓上の駒を見つめていた。 「悪くない案だが、攻め手を失っただけでアヤカシが後退するとは限らんな。まあお前さんもそう言うことを言いたいわけじゃないだろうが、左翼はそれでもいい。ふーむ、では中央と右翼も連携して受けに回るかな」 「もう一つ提案があります」 「何だ」 「騎馬幽霊対策にサムライたちに長い槍を持たせることを提案します。槍で上に向かって槍ふすまを作って弓兵などを守れば、遠距離攻撃が普通の騎馬幽霊は攻撃可能な高さまで降りてこれず攻撃がしにくくなるはずです」 「思念の刃や言霊だな。よかろう、槍衾を作るのは俺も考え付かんかった。アヤカシ相手とは言え、効果が期待できそうだな」 「ありがとうございます」 ‥‥最近、弟の様子がおかしい。最初は来るべき時が来たのかと恐怖したが、どうやら違うみたいだ。それは良かったのだが、ろくに食事にも手をつけず、酷く落ち込んでいる様に見える。だが理由を聞いても何も話してくれないのだ。いつも気丈に振舞う子なだけに心配だ。 柊かなた(ia7338)の心中は茫漠とした不安に包まれていた。柊は表向きは鳳華の民を守るために戦っていたが、真実は違う。いずれにしても、ひとたび戦が始まればやるべきことをやるしかない。自分にはそうすることしかできないのだから‥‥。 戦場か、懐かしい空気だ‥‥天ヶ瀬焔騎(ia8250)は張り詰めた空気に心地よいものを感じていた。 「さァて――久しぶりに思う存分、暴れてやろうじゃないか」 そこで、天ヶ瀬は友人の王禄丸(ia1236)を振り返った。 「なあ王禄丸さん――て、何ですそれ」 「今日はこちらの顔だ。なに、死兵の群れと聞いて気分が良いのでな」 王禄丸の顔は、百目の妖怪の面になっていた。異様な百目の面に、龍安兵たちからアヤカシと間違ってしまいそうだと声が上がっていた。 「僕は左翼の担当として、他の方達と連携しながら死人兵と戦いますかねぇ」 龍安家臣の井伊貴政(ia0213)は華月に言って肩をすくめる。 「井伊貴政か、最前線で良く聞く名前だな」 「部隊を任せて貰えるなら、部隊と一体となって陰陽師隊の壁となりつつ、咆哮で敵を乱しながらその数を減じた頃を見計らって、敵の戦線を押し戻すか撤退に追い込んだり、此方が片付けば戦況を見て他方面の援護へ回ったり出来ればと思います。‥‥その中で、敵大将の首でも取れれば儲けものかなぁ」 「ああ、よろしく頼むぞ。左翼隊は敵と最初にぶつかるようだし、兵を指揮してもらえるなら俺は全体を見る」 華月はそう言って、貴政に左翼隊の指揮を任せる。 貴政は頷いた。内心には期する思いがあった。先の雪花乃原の戦いで不覚を取ったことがショックではあった。油断していた訳ではないが、ただただ修行が足りないと痛感した。また女性陣の前で醜態を晒したのも個人的には痛恨の極みであったし、仲間を危険に晒した自分も許せないと言ったところであった。実際後者の方が彼の心を打ちのめした。だからこそ、表には出さないが、この戦いに期するものがあった。 「王禄丸〜、相変わらずアヤカシといい勝負してるね〜」 まひる(ia0282)はおかしそうに笑いながら、王禄丸の百目の面を指差していた。 「俺は件なのでな」 王禄丸は言って、巨体を揺らした。 それからまひるは龍安兵たちに向き直ると、一転真面目な口調になって檄を飛ばした。 「出来る限り、犠牲は出したくない。生きるために、守りたい人の為に戦っているのなら、自分たちも誰かにとってかけがえのない人だという事を肝に銘じろ。死んで首だけになってから褒められたって格好付くのは戦争屋だけだぞ。いいか、誰一人欠けずにこの難局を乗り切る。絶対にだ!」 この言葉は兵士たちに感銘を与えた。まひるが家臣になるのはこの戦が終わってからのことになるが、後々この言葉は鳳華の瓦版に掲載されて民の記憶にまひるの名を刻み込んだ。 「敵軍、前進してきます!」 伝令のシノビが飛んでくると、華月は迎撃の号令を下した。 「敵の陣形は斜線陣だ。まさか陣を敷いてくるとは驚きだが、警戒して当たるとしよう。左翼隊、最初に敵とぶつかることになるぞ。最も攻撃力が高いことが予想される。サムライ八〇と陰陽師二〇で迎撃。中央隊はサムライ六〇に泰拳士二〇、右翼にサムライ六〇、志士二〇、弓術士二〇を置く。各自、それぞれに最善を尽くせ。咆哮で敵陣を乱して各個撃破を基本とする。最初は鈴木の策に従い、敵を引き付ける。――では行くぞ、掛かれ!」 ――おおーっ! と兵士たちは戦闘隊形を取って迎撃の位置に着く。 最初に死人アヤカシとぶつかることになる左翼隊は、敵の突進に対して整然と後退を開始する。 上空では鈴木が龍に乗って伏兵を出すタイミングを図っていた。 「よし‥‥そのままそのまま」 鈴木は龍安軍の一糸乱れぬ行動に「お見事です」と呟いた。 突進してくる死人の群れはサムライたちの分厚い壁に阻まれることになる。サムライたちは受けを中心に二列横隊を敷き、その背後から陰陽師が式で死人たちを沈めていく。 貴政は最前線で兵を指揮しながら、上空の鈴木を振り仰いだ。 「任せて下さい鈴木さん。兵たちの日ごろの鍛錬もさすがですが」 貴政は目の前の死人に刀を叩きつけた。 ――ズバアアアアアア! と死人の腕が吹き飛んだ。 「敵を受け止めつつ、適度に後退して下さいね。伏兵の位置まで来たら一斉に反撃開始です」 貴政は左翼隊に指揮を出しながら、刀を振るった。 「あたしには大した腕は無いけどね。死人の足くらい折ってやるさ」 まひるは死人の太刀をかわすと、敵の足目がけて独自の流派で昇華させた蹴りを叩き込んだ。 ――ガキイイイイイイン! とまひるの蹴りが死人の足をへし折った。 千王寺は壮絶な一撃を撃ち込んでいく。死人の鎧ごと刀身がアヤカシの肉体を切り裂く。鮮血が舞い、千王寺の冷徹な赤い瞳が閃いた。 「お前たちを一体たりとも通しはしない」 そして、龍安軍は伏兵の位置まで死人アヤカシを引きずり込むことに成功する。 「今だ!」 鈴木は空から赤い旗をばらまいた。 「合図が来たぞ!」 「突撃!」 「掛かれ!」 木々の間から出現した龍安兵が死人の側面に向かって突進していく。 「――ぬっ!?」 死人アヤカシのボス、龍頭の庵妖は一瞬虚を突かれる。 「罠か‥‥確かにもろいと思えたが。小賢しい真似をする。ならば、勢い突き破るまで」 庵妖は天に向かって咆哮すると、アヤカシたちは怒りの咆哮を上げ、勢いを増して突撃してくる。 「アヤカシども、総攻撃に転じた模様です!」 「慌てないで下さい。こちらも伏兵と協力して敵の勢いを削ぐ」 貴政は踏みとどまって反撃に転じるように命令する。 「反撃だ! 奴らを一兵足りとも生かして帰すな!」 龍安軍も壮絶な反撃を開始する。 「くくく‥‥最後に力尽きるのはお前たちだ」 庵妖は前線に出てくると、長槍を振るって龍安兵を右に左に吹き飛ばしていく。 「奴は‥‥敵将と見た。貴政! あそこに!」 千王寺は貴政に駆け寄る。 「敵将ですか」 貴政と千王寺は庵妖に突撃する。スキル全開の一撃を撃ち込んだ。 「ぬおっ!」 庵妖の肉体が桔梗突で吹き飛んだ。 「敵将と見た! 覚悟!」 「これほどの威力を‥‥いずれ名のある龍安剣士か。面白い! 少しだけ相手をしてやろう!」 庵妖は貴政と千王寺と向きあう。 「――敵中央隊、突進してきます!」 「おいでなすったか‥‥来るぞ! 迎撃用意!」 華月は一斉に突撃してくる骸骨の集団に向かって刀を突き出した。 「左翼は拮抗していますね‥‥どこも手が足りなくなるでしょう。私は中央に向かいますので」 玲璃は一部の巫女を左翼に残し、中央隊に転戦する。敵の攻撃に合わせて神楽舞で支援する。 「いよいよ面白くなってきたな」 王禄丸は最前線に立つと、開戦一番、大斧を骸骨の頭に叩き込んだ。ドッゴオオオオオ! と砕け散る骸骨。瘴気に還元した。 「戦線を引く焔の騎志、天ヶ瀬‥‥参るッ」 業物とランスの突きで骸骨を叩き伏せていく天ケ瀬。 一方鬨は骸骨剣士を相手に舞うような一撃を叩き込んでいた。緩やかな風のように、鬨の横踏は歌舞伎の舞のようであった。 「そないに急いでどなするんや。うちの舞でも見てからでも、おそうないどす」 しなやかな一撃が骸骨を打ち砕いた。 ――キイイイイイン! と骸骨剣士の刀が天ケ瀬と激突した。 「弾いたかっ、さすがに弱くは無い‥‥か」 「やるな人間」 「何? アヤカシのボスかっ!」 立派な甲冑をまとった骸骨剣士はからからと笑った。 「いかにも、俺様は紫骸。俺に勝てる骸骨剣士はおらん」 それは紫骸のはったりであったが、一瞬天ケ瀬を戦慄させた。 「そこの骸骨、俺の百鬼夜行に加わらんかね。いや、私は大真面目だが」 「王禄丸さん――こいつは」 「みなまで言うな。今聞いた。紫骸とやらであろうな」 「何だと? 百鬼夜行? クカカ‥‥貴様どこかのアヤカシか。西方の森の統括か」 紫骸は王禄丸の百目の面を見てアヤカシと錯覚する。 「いやはや‥‥お目に適うとは嬉しいが、私は人間でね」 「人間だと?」 王禄丸は、天ケ瀬とともに紫骸と向き合う。 「状況は拮抗している。お前を速攻で倒し、雑魚は一掃するとしよう」 「何をほざくか人間が。俺様の剣術は死んだ理穴の修骸骨譲りよ!」 紫骸は大地を蹴ると、疾風のように襲い掛かってきた。 「百鬼夜行へようこそ!」 王禄丸はスキル全開の一撃を撃ち込んだ。白梅香が紫骸の肉体を浄化する。 「ランス、プラス、精霊剣――精霊剣、参式・流閃奏!」 天ケ瀬は精霊剣ランスでの突撃。尖を中心に波紋を伴いつつの打突を撃ち込む。 紫骸は二人の一撃に耐えて、反撃の一刀を撃ち込んで来る。骸骨とは思えぬ鋭い一撃が王禄丸と天ケ瀬を切り裂いた。 が、その背後から鬨が流し切りを叩き込んだ。 「鎧に身を包んで安心しとりやすんか」 「ぬう!」 紫骸は素早く反転すると鬨に一刀を叩き込んだ。 ――キイイイイイン! と鬨は紫骸の高速の一撃を見切って受け止める。 鬨は後退する。‥‥確かに強いどすな、腕が痺れますわ。 「敵幽霊、切り込んできます!」 右翼に切り込んできた飢零魂ら幽霊騎馬武者の前に、サムライ衆がさっと槍を持ち上げる。整然と並んだ槍衾が幽霊の接近を止める。 柊が号令を下すと、サムライ衆が咆哮を使ってアヤカシの列を乱す。 「狙うな。兎に角撃て、撃ち続けろ」 柊は弓術士たちに号令する。即射で100発を越える矢が次々と撃ち込まれた。 「五人張の強弓の威力‥‥その身で味わうがいい。アヤカシ共」 弦一郎は密集して身動きが取れない幽霊たちにバーストアローを叩き込んだ。 「ここを抜けられたら人里に被害が出る。死ぬ気で守れ」 柊は兵を鼓舞する。幽霊アヤカシの思念の刃が龍安兵を切り裂くが、整然と並んだ槍衾を持ち上げながらサムライたちは幽霊を突いた。 「己の死は、家族の、友の命を守る事と思え」 柊の厳しい檄が飛ぶ。兵たちは良く耐えて幽霊に打撃を与えていく。 「‥‥混戦だな。やはり容易くはいかぬかよ」 飢零魂は戦況を見やり、憮然と呟く。 その後戦況は膠着状態が続く。消耗戦になるかと思われたが、やがて紫骸と庵妖は後退し、兵を引いた。それに合わせるように、飢零魂も幽霊たちを引き上げる。結果として、鈴木の予測が的中することになる。 ――戦闘終結後、幾人かの開拓者が天承の龍安弘秀と春香のもと訪ねる。菊音がサムライになったことを祝いに来た。 「おめでとうございます姫様。龍安家に関わる身として、嬉しく思いますよ」 貴政が晴れやかな笑顔で言うと、菊音は背筋を伸ばした。 「ありがとう貴政。私も嬉しい」 「今度、菊音さんが志体に目覚めた記念にでも、舞に行きたいどすわぁ」 鬨がそう言うと、菊音はにこっと笑った。 「鬨、楽しみにしていますよ」 「菊音様には龍安の姫として立派になって頂きたいものです」 柊の言葉に、菊音は顔をほころばせる。 「私もいつか、民のために戦います。みなのように」 「ありがとうみなさん。ゆくゆくは菊音を厳しく指導していくつもりです」 春香の言葉に、菊音は平静を取り繕うのがやっとだった。 「ところでお屋形様――今の鳳華の状況はどうなっているのですか。ここ最近のアヤカシの動きは‥‥」 柊は改めて弘秀に問う。 「ああ。最近は人里にも化け妖怪の類が忍び込んでいて、アヤカシもこちらの動きを探っていると報告がある。それに魔の森は活動期に入っていると、最悪の可能性も考えられるが‥‥」 「そうですか‥‥」 それから三人は弘秀の前を辞した。 別れを告げ、柊は弟が待つ家に、職人技の美しい饅頭を買って帰った。 |