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■オープニング本文 武天某所、魔の森‥‥。 内部には瘴気が渦巻くアヤカシの生地は、静けさを保っていた。 無論人っ子一人いない、死のような沈黙が森を支配している。あるのは鎧をまとったサムライの亡骸であろうか、朽ち果てた骸骨のみである。恐らくここでもかつて魔の森を焼き払おうという試みがあったのだろうが‥‥。 と、不意に瘴気の渦が形を成して行き、次々とアヤカシが姿を成していく。 オオオーン‥‥オオオーン‥‥とアヤカシの群れは鳴いた。十、いやもう少しいるだろう、体から刃を生やした狼の姿をしたアヤカシたちは、走り出すと、獲物を求めて大地を疾走して行くのだった‥‥。 ‥‥山あいの街道を旅人達が進んでいる。大きな荷を運ぶ商人団から行商人、飛脚、籠持ち、放浪者、わけありの旅を続ける者など、道を行くものは様々だ。 そんな中に、旅を続けるサムライがいた。若い青年サムライは、氏族から公認されて各地の様子を見て回るように言い付かっていた。 「はあ〜、此隅の都に着いたら、少し都の美女にでも癒してもらおうかなあ‥‥とは言え遊郭に通うだけの銭は無し‥‥各地を旅するのもきつい仕事だよなあ」 若者は言って、編み笠を持ち上げた。初夏の陽光が降り注いでいる。それから吐息して、若サムライは歩き出した。 「まあ此隅に立ち寄るのは初めてだし、都見物も兼ねてゆっくりしていくか。この仕事はそれくらいしか楽しみがないからなあ」 と、そこへ前方から旅人達が逃げ込んでくる。 「大変だ! アヤカシだー! アヤカシが出たぞー!」 「アヤカシだと?」 青年は刀に手をかけると旅人の一人を捕まえる。 「おい、アヤカシが出たのか」 「あ、ああ‥‥狼みたいな怪物で‥‥とんでもない数なんだ。十匹以上はいて‥‥」 青年はそれだけ聞くと走り出した。 ――狼アヤカシは捕らえた人々をがつがつと貪り食っていた。獰猛な瞳に牙は血で赤く染まっている。 中に一体、大きな銀毛のアヤカシがいて、リーダー然と振る舞っていた。 アヤカシたちは残忍な瞳で辺りを見渡すと、唸り声で何かをリーダーに合図した。 リーダーアヤカシはぎらりと牙を剥くと、口が耳元まで裂けて吊りあがって笑うような咆哮を上げる。 すると狼アヤカシの群れはオオーン! と歓喜の咆哮を上げた。 そこへ到着した青年サムライ。抜刀すると、アヤカシとの距離を詰める。 「貴様ら‥‥何と言う、無辜の民を‥‥許さん!」 だが、アヤカシたちはしなやかな動きで青年を取り囲むと、このサムライに襲い掛かった――。 神楽の都、開拓者ギルド――。 武天の都、此隅近郊の街道に狼アヤカシが現れ、旅人を襲っていると情報が入ってきた。 「‥‥十体以上の狼アヤカシが街道で暴れ回っています。街道は人通りも多く、多くの民が犠牲になったとか‥‥」 受付の青年は犠牲者の冥福を祈る。 「逃げ延びた人の話では、若い剣客が一人で立ち向かっていたようですが、狼の集団に食い殺されれるのを見たそうです。恐らく氏族に仕える者で開拓者ではないでしょうが‥‥たった一人で立ち向かうとは‥‥無謀でしたな」 受付の青年は吐息した。 「放っておけば狼アヤカシは手近な村に向かうか、何れにしろ次の獲物を求めて動き出すでしょう。急ぎ現場へ向かって下さい。あ、そうだ、肝心なことを言い忘れてました。中に一体大きな銀毛の狼がいるそうです。リーダーでしょう。注意を払っておいた方がいいでしょうね」 そうして、開拓者達は出立の準備を整える。 神楽の都から、精霊門で武天の都、此隅へ向かうことになるのであった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
新崎舞人(ia0309)
18歳・男・泰
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
楠木 麻(ia0947)
16歳・男・志
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
向井・智(ia1140)
16歳・女・サ
空(ia1704)
33歳・男・砂
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志 |
■リプレイ本文 出発前――。 「詳細、ですか?」 ギルド員の青年は、出立間近の開拓者、空(ia1704)から問われて眉をひそめた。 「そーそー。どっちから来た人がどのくらい進んだ所で被害にあった、若しくは被害の声を聞いたとか? 後は周囲の村との位置関係とか。もう少し詳しく分からんもんかねえ」 「そうですねえ‥‥此隅へ向かう街道ですし、人通りも多いですから、どんな人が通っていたかは何とも。まあ村でしたら周りに幾つもあるようですし、聞き込めば何か分かるかも」 「まあ要するに行って調べて来いってことかよ」 「そういうことです」 「しょうがねえなあ‥‥」 空は肩をすくめると、「空さーん!」と仲間達が呼んでいる。 空は思案顔で「さてどんなものかな」と呟いて仲間達の元へ向かう。 ‥‥そんなこんなで一行は現場の街道に到着する。休憩を挟みながら走り続けて数時間、此隅から随分離れた山間の街道に到着した。 遺体はまだあちこちに点在していて、地面には真新しい血痕が残っている。地元の警備隊も忙しいらしい。全く手が回っておらず放置されている様子だ。尤もそれゆえギルドに仕事が回ってきたとも言えるが‥‥。 向井・智(ia1140)は血痕や亡骸を辿りながら厳しい顔つきであった。 「被害にあわれた方々には、冥福を‥‥。敵討ち、そして、これからの被害を防ぐ為にも、万民の盾を目指す者としても、このアヤカシ達の凶行は確実に止めなければ‥‥!」 心眼を使っていた空は思案顔で辺りを見渡した。 「さて、連中はどこへ消えたのかね‥‥と、こいつは?」 旅装束の刀を握っている遺体を発見。喉をざっくりと食われている。 「例のサムライか?」 空はアヤカシに立ち向かったサムライの亡骸を冷たい瞳で見下ろした。その内心は推し量ることは出来ない。 「この辺りにアヤカシはいないようだな、どこもひどい有様だが」 巡回して戻ってきた千王寺焔(ia1839)は唸るように言って険しい顔つきだった。 「この辺りで狼アヤカシが出たのは知ってるだろう。奴らの姿を見かけなかったか?」 水鏡絵梨乃(ia0191)は通りがかりの旅人たちに尋ねると、みな一様に震え上がっていた。 「全く持って恐ろしいことです‥‥噂では、あの狼たちは魔の森の方へ向かって走っていったとか」 「何、魔の森へ?」 開拓者達は顔を見合わせる。魔の森と言えばアヤカシの震源地である。 「ふむ‥‥森にねぐらでも持っているのだろうか?」 近郊の村に聞き込みを行っていた新崎舞人(ia0309)は、ここから北にある魔の森の情報を掴んできた。 「アヤカシが森へ入っていく様子を近くを通りがかった住民たちが目撃しています。襲われなかったのは幸運でしたが‥‥」 江崎・美鈴(ia0838)ばみなが聞き込みをしている間、水鏡や向井・智(ia1140)の後ろに隠れて顔だけ出していた、人見知りが激しいらしくて‥‥。 「魔の森とは厄介な、敵さんの縄張りでの戦いですか‥‥」 楠木麻(ia0947)は思案顔で顎をつまんだ。 「アヤカシの習性は分からないわねえ‥‥魔の森までこちらから出向くわけ? 簡単にはいかないものね‥‥」 霧崎灯華(ia1054)は保存食糧を頬張りながら、周囲に目をやっていた。 さて、どうするか。 アヤカシを捕まえるのは時間との戦いでもある。 「行くしかあるまい。何の成果もなしに都へは帰れん」 水鏡の言葉に一同重々しく頷いた、かくして開拓者達は魔の森へ向かうことを決める。 決断すると行動は早かった。開拓者達は疾風のように地を駆けていく。 ‥‥魔の森。 「さて、着いたな‥‥ここからが本番なわけだが」 水鏡は言って暗い森の奥を見つめる。 一同準備は良く、松明を持っていたので、明かりをつける。 「こっちだ。行くぞ」 焔は松明片手に森に踏み込んだ。 と、彼らの目の前に、狼アヤカシが一体姿を見せる。 「アヤカシ‥‥!」 「待て、様子が変だ」 人の腕をくわえたアヤカシは、開拓者達を見つめると、森の奥へ姿を消す。 「うにゃうー、狼アヤカシ覚悟しろー、でも無茶苦茶恐いー」 美鈴はぶるぶるっと体を震わせて、仲間達を見やる。 「気をつけて行きましょう、ここはおよそ人の手が及ぶ場所ではないのですから」 「さっきの野郎、こっちを観察していやがった。地の利は相手にありってところだぜ」 「情報ではアヤカシは十体以上。単独で襲ってくることはないでしょうね‥‥」 開拓者達は用心しながら森の中へ踏み込む。 オオーン‥‥オオーン‥‥。 アヤカシの咆哮が遠くから響いてくる。 重たい空気がのしかかってくる。見ると空気が淀んでいる。森の中は闇に包まれ、瘴気の渦がたゆたう。 開拓者達は警戒しながら進んだ。しばらく進んだところで、アヤカシたちが周りに近付いていることを空が心眼で知らせる。 「おいでなすったようだな」 松明をかざす開拓者たち。 木々の影の隙間から、駆け回る狼アヤカシの姿が見える。 獰猛な唸り声が森に木霊する。 「囲まれたか」 水鏡は落ち着いて周囲に目をやる。 と、次の瞬間、アヤカシが飛び出してきて一斉攻撃を掛けてきた。 瞬く間に乱戦に突入。 泰拳士の水鏡、新崎、美鈴らは素早い動きで狼の攻撃を回避しながら拳を、蹴りを叩きこんでいく。 銀毛のリーダーアヤカシは暗闇に浮かび上がるように、ゆったりと踏み出してくる。 焔は思わず剣を止めてその美しさに見とれた。 「白銀の毛を鮮血に染める大狼‥‥か」 だがそれも束の間、銀毛の狼は焔に突進してくる。 受け止めた牙が焔の腕にめり込む。 「ちっ‥‥!」 焔は噛み付いたリーダーアヤカシに刀を叩き付けた。 ざくっと、銀毛から血が舞い、リーダーアヤカシは離れる。 「こいつら‥‥意外に速いな」 水鏡は狼の速さが噂に聞いているより俊敏なところが気になった。無論、捕らえきれないほどではないが。 狼の攻撃をかわしながら、水鏡は踵落としを叩き込んだ。狼は「ぎゃいん!」と鳴いて後退するが‥‥。 「しぶといし‥‥噂に聞くより速い‥‥ここまで強いものなのか?」 「確かに速いですね。こんなに速い相手だとは‥‥」 新崎も狼をぶん殴って水鏡と背中を合わせる。 「うー‥‥にゃうー!」 美鈴はアヤカシを回し蹴りで吹っ飛ばす。美鈴は余裕もなく、必死であった。とにかく襲い来る敵を倒すのみ。アヤカシの攻撃を回避しながら拳と蹴りを叩き込む。 楠木は必殺の炎魂縛武を叩き込む、が、アヤカシは痛撃を受けながらも反転して立ち直る。 「効いていないのですか‥‥? いやそんなはずは」 「もしかして、力が上がっているんじゃねえか?」 ふと疑問を漏らしたのは空。槍でアヤカシを叩き落しながら呟いた。攻撃が、奇妙なまでに手ごたえが薄いのだ。 「魔の森では奴らの力が上昇するとか‥‥そんな情報あったか?」 「いえ‥‥聞いたことはありませんが。ふむ、そんな可能性もありそうですね。これまでに聞いたアヤカシより堅さが増しているような気もします‥‥単にそれだけ強いアヤカシであると言う可能性もありますが」 霧崎は乱戦の中、アヤカシに向かって紅い鎖の式を飛ばしていた。 「――呪縛符、絡め取れ『紅鎖』」 放たれた符が紅い鎖となってアヤカシに巻きつく。 だが乱戦に霧崎も無傷では済まなかった。迫り来るアヤカシの攻撃をまともに食らって、吸心符で回復する。腕に噛み付かれた霧崎はアヤカシの紅い瞳を覗き込みながら、口もとには笑みが浮かぶ。 「そう来なくっちゃ面白くないわね」 霧崎は符をアヤカシの顔面に押し付けて吸心符で生命を吸い取った。アヤカシは苦悶の声を上げて後退する。 智と焔はリーダーアヤカシと相対していた。 激しい戦いの末に、銀毛の狼はあちこち傷を負って全身紅く染まっていた。 「さすがにリーダー、しぶといですね。ですが、頭さえ潰す事が出来れば、群は瓦解する筈――ッ!」 智は突進していく。 焔も智の横から飛び出してリーダーアヤカシに突撃する。 手負いのリーダーはそれでも智の重たい一撃をひらりとかわすが、焔の巻き打ちが直撃する。 「逃がしはしない! 智、今だ!」 焔は二刀を深く突き出した。リーダーは動きを止められてもがき苦しむ。 「でやあああああああ!」 智が飛び上がって、リーダーアヤカシの上から思い切り斧を叩き付ける。 「食らええええ!」 ぐしゃっと肉が砕ける音がして、リーダーアヤカシの動きが止まった。 やがて、リーダーアヤカシの肉が黒い固まりとなって落ちていき、最後には瘴気に還元して消滅した。 智は荒ぶる呼吸を整える。 「何とか‥‥やりましたね‥‥!」 リーダーを失った群れは、悲鳴のような雄叫びを上げると、一体、また一体と逃げ出していく。アヤカシも半数近くが開拓者によって討ち取られていた。 「逃がすか!」 「追うぞ! 一匹たりとも生かして返すな」 開拓者たちは三つの班に分かれてアヤカシに追撃をかけた。 A班、楠木麻、空、千王寺焔。 B班、江崎・美鈴、霧崎灯華、向井・智。 C班、水鏡絵梨乃、新崎舞人。 逃げるアヤカシを追い詰め、開拓者たちは確実に撃破していくが‥‥。 さすがに全滅させることは出来ず、森の奥に数匹のアヤカシを逃がすことになる。 「深追いは禁物だが‥‥?」 空が問いかけると、焔は厳しい顔で首を振った。 「仕方ありません。あとは開拓者ギルドに報告して、近隣の村に警戒してもらうしかないでしょう」 「あたし近くの村に残って様子見てみるわ。まあ何かあったらギルドに知らせるようにするわね」 霧崎は符を弄びながら森の奥を見つめるのだった。 ‥‥戦闘終結後。 ダメージは大した事なかったが、乱戦で細かい傷を受けた開拓者たちは、持ち合わせの薬草や包帯を使って傷のケアを行っていた。 「まあこんなものか。無事に依頼も終わったし、芋羊羹でもあれば言うことなしなんだが」 「しかし‥‥魔の森での戦いは注意が必要かも知れませんね。アヤカシが予想以上に強かったですから。空さんが言われたように、アヤカシの力が上昇するのかも」 傷だらけの霧崎に新崎は手当てしながら呟いた。 「はー、こしぬけたー」 森の外へ出たところで、美鈴はへたり込んでしまった。初戦闘にしては上出来であろう。 「智、傷だらけだねー、大丈夫?」 「大丈夫ですこのくらい。美鈴さんも良く頑張りましたね」 「にゃうー」 空は立ち上がった。 「さてと、んじゃ俺は先に帰るとするかな。みなの衆、お先に」 「あ、ボクも‥‥」 楠木も立ち上がった。 「ではまたな。神楽で会うこともあるだろうが‥‥」 水鏡は空と楠木を見送った。 残る開拓者達は魔の森を見上げた。アヤカシに毒された土地‥‥天儀には魔の森が拡大していると言う。恐らくこれからも足を踏み入れることになるであろう。 魔の森は静かに開拓者達を見下ろしていた。 |