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■オープニング本文 夕暮れ、武天某村にて‥‥。 川の端に着物を着た美しい娘がうずくまっていた。娘は胸を押さえて、苦しげであった。 「助けて‥‥助けて下さい」 「何だ‥‥どうしたんだ?」 農作業を終えた村の若い男の一人が娘に近付いていくが――。 よせと他の村人は押し止めた。 「厄介ごとかも知れないだろう。放っておけよ、こんな川の端で見ず知らずの人間を助けて何になるんだ」 「でも‥‥本当に苦しそうじゃないか」 と、娘は立ち上がると、村人の方によろよろと歩いてきた。 村人たちはぞくっとした。娘のあまりの美しさに、村人達は目を奪われた。流れ落ちる黒髪は宝石のようで、透き通るような白磁の肌、斜陽の光に紅い瞳がきらりと反射した。よく見れば着物も上等な反物に見える。 「お、おい、行こうぜ‥‥俺なんか恐いよ」 「そ、そうよ。行きましょう」 と、娘はころころと笑声を上げると、着物の袖で口もとを覆った。 「ふん、下らぬ芝居をしたようじゃの。元よりわしには人間をたぶらかして遊ぶつもりなどない」 村人達は娘の豹変に呆気に取られた。 次の瞬間、娘の姿が消えた。いや、実際には村人に反射不可能なスピードで駆けたのだ。 直後に現れた娘の腕が、ずん! と男の胸を貫通して、心臓をもぎ取った。 娘は心臓をぺろりと舐めると、にいっと牙を見せて笑った。 「な、何なの一体‥‥!」 叫んだ村の女性の首が、このアヤカシの手刀で吹っ飛んだ。 娘の姿をしたこのアヤカシは、返り血を浴びて真っ赤に染まる。残酷な笑みを浮かべて仁王立ちする。 村人たちは徐々に状況を理解し始める。 「あ、あ、アヤカシ‥‥!? アヤカシだ!」 「馬鹿め、ようやく気付いたか。冥土の土産に覚えておけ、わしは川姫と呼ばれる者じゃ。さあ、狩りの始まりじゃ。逃げるがいい!」 走り出す村人達を、アヤカシ――川姫は赤い瞳で見据えて微笑んだ。 ‥‥惨劇が村を襲った。たった一人の、人間の娘の姿をしたアヤカシ、川姫に村人達は捕まった。老若男女問わず、川姫は民を一軒の家屋に閉じ込めた。 その後から、骸骨剣士のアヤカシが数体出現し、川姫は骸骨達を下僕のように扱って、村人を捕食し始める。 一人、また一人と村人の命が消えていく中、生き残った少年は壮絶なその光景を見つめていた。 少年は震えて動けなかった。これがアヤカシ‥‥人を食らう人外の化生。 「動けよ、俺の足‥‥何とか、動いてくれよ」 少年は勇気を振り絞って、走り出した。 ――神楽の都、開拓者ギルド。 武天から、村が全滅に近付いているという報告が入ってきた。 「おい確かなのか?」 ギルド員の青年は、風信機の向こうの武天支部の係員に尋ねた。 川姫と言えば単体で川辺に現れて、魅了や幻惑などの術を使って人間の男性をたぶらかし、捕食することで知られていた。 だが今回現れた川姫は勝手が違う。格闘戦技で村人を捕獲し、骸骨剣士を手下に持っているという。その格闘術も少年の話では或いはサムライや志士に匹敵するのではないかと思われた。 「だが何と言っても時間がないな‥‥まだ生き残っている村人が?」 「ああ。少年の話では、家屋に閉じ込められて、ゆっくりと食われているらしい」 助けなくては。 「分かった、一刻の猶予もないな。とにかく、開拓者を集めてみる。村の位置を教えてくれ‥‥ああ、それから、村の見取り図をこっちで作るから‥‥あと何か特徴的な地形とかは‥‥」 そうして、ギルドに、川姫に捕らわれている村人の救出依頼が張り出された。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
六道 乖征(ia0271)
15歳・男・陰
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
楊 才華(ia0731)
24歳・女・泰
立風 双樹(ia0891)
18歳・男・志
衛島 雫(ia1241)
23歳・女・サ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
蛇丸(ia2533)
16歳・男・泰 |
■リプレイ本文 開拓者達が到着した時、村には断末魔の叫び声が鳴り響いていた。 喪越(ia1670)は眉をひそめて舌打ちする。 「川姫ちゃんお食事中か? 殺し合いなんざ、俺等とアヤカシだけでやってりゃいいのに。風情の分からねぇ川姫ちゃんなんて、着物を刻んで目の保養にしちまうぞ!?」 するといつもは人懐っこい陽気な蛇丸(ia2533)の瞳が細くなり、冷たく光る。 「喪越の兄さ、みんな、気をつけて行こうきに。川姫は相当な武術の使い手らしいんね、妖しげな術にも警戒しないと‥‥厄介な相手みたいだのし」 「やれやれ、知恵が働くアヤカシっちゅうのは厄介やなあ。単純やったらましだったんやがな」 言ったのは天津疾也(ia0019)。弓の具合を確かめながら、思案顔で村の中を見やる。 真夏の日差しが照りつける中、天津は背中に冷たいものが走る。ふう、と吐息する天津。 「まあ引き受けた以上は、川姫とやらには御退場願いたいがね」 「‥‥村一つ‥‥欲張った後悔は、必ずさせる‥‥」 六道乖征(ia0271)の表情がかすかに揺らぐ。どこまでも残酷なアヤカシに食われる民人を思うと‥‥これも己が運命を祓う宿業かと思わず口もとがぎゅっと引き締まる。 「‥‥頭の回る敵なら‥‥頭を潰せばよい‥‥」 「川姫っちゅうのは大層美人らしいどすが、人々を幸せにしない美など、美ではおまへん」 美貌の志士、華御院鬨(ia0351)は言ってきっと前を見据える。鬨は正真正銘の心も男だが、普段は実家の歌舞伎で女形をこなしているのだった。 泰拳士の楊才華(ia0731)は顎をつまんでどこか遠くを見るように呟く。 「人に化けた川姫か。大人しく水遊びにでも興じてりゃいいものを。塵は塵へ。滅するのみだ」 村人達の叫び声に立風双樹(ia0891)の瞳が冷たく光る。 「‥‥‥‥」 ただ沈黙する双樹の胸のうちは凍土のように冷たかった。アヤカシは滅ぶべし‥‥。 「何れにしろ、知恵の回るアヤカシというのはそういるものではない。気を締めてかからないとな」 衛島雫(ia1241)は業物の柄に手を置きながら、仲間達を振り仰ぐ。 「行くぞ、川姫がどう出るか‥‥だが」 開拓者達は囮と強襲、奇襲、三つの班に分かれて村の中へ進んでいく。 果たして、対する川姫は‥‥。 囮班の双樹と鬨は村の中心にあるという家屋に向かった。 物影から心眼で周辺を探る双樹。 「確かに、あそこの中に沢山の人が捕まっているみたいですね」 「川姫は中どすか‥‥」 まあそれは予測のうちである。 「ほな、うちは正面から派手に動き回って見ますわ。双樹はんは他の皆さんへ連絡を入れておくれやす」 「分かりました。骸骨が出たらすぐに追いつきます。気をつけて」 双樹は疾風のように駆けて行く。 「さて‥‥どないもんでっしゃろ」 鬨は川姫がいるであろう家屋に向かって歩いていく。 建物の前まで来て、足を止める。‥‥中から悲鳴と叫びが響いてくる。 「どうも余り時間もおまへんな」 鬨はすうっと息を吸い込むと、家屋の敷地に入っていく。 「川姫はん、川姫はん、出てきなはれ、あんたを倒しに来ましたで。うちは神楽からおまはんを成敗しに来た開拓者どすえ」 しばらくすると、いきなり川姫本人と骸骨四体が姿を見せる。 「開拓者? わしの食事の邪魔をしに来たか」 鬨は後退しながら脇差を抜いた。 「馬鹿め、たった一人で死にに来たか」 「あら、美人だと思ったら、大したことおまへんなぁ。うちの方がずっとええ女どす」 鬨は下がりつつ川姫を挑発する。 「いい女?」 川姫の口が耳元まで裂けて、ぞろりと口の中の牙が露になる。 「わしの牙も相当に美しいであろう、これでお前を食らってやろう。泣き喚く様はさぞや美味であろう」 鬨は川姫と距離を保ちつつ、ゆっくりとアヤカシの群れを敷地外におびき出す。 「――鬨さん!」 そこで双樹が強襲班の仲間達を連れて駆け込んでくる。 「みなさん、こやつが川姫どす」 「ふふ‥‥揃いも揃って‥‥このわしを倒すつもりか‥‥人間風情が」 「川姫ちゃん美人だねぇ、でも性格ブスなんだねぇ、そして胸のサイズが今一つ」 喪越の挑発にも川姫は口もとに冷笑を浮かべる。 「この美貌で今まで多くの男を食らってきた。それが通じぬ時は力ずくで民人を食らってきた。わしらは常に飢えておるでなあ。開拓者であろうと美味であろう‥‥」 その頃、家屋の裏手に回った天津と六道は、壁を蹴り破って村人達の救出に向かっていた。 「俺たちは神楽の都から来た開拓者や。静かにな、川姫に気付かれたら厄介や。さ、今のうちに逃げるんやで」 天津は壁の穴をさらにこじ開けると、民を誘導する。 「‥‥みな、急げ‥‥静かにな‥‥」 六道も村人たちを誘導する。 「あの残酷な魔物が‥‥息子を‥‥私の息子を食べてしまった‥‥!」 女性は泣き崩れて、六道にしがみついてくる。 「‥‥気を確かに‥‥今は、逃げるんだ‥‥あいつは、僕たちが、倒すから‥‥」 しかし女性は泣き叫んで六道にしがみついてくる。六道は女性のみぞおちに軽く一撃を見舞うと、女性を昏倒させた。 「さちさん可哀想にな‥‥任せろ、この人は俺が運び出す」 村の男が女性を抱き上げる。 「頼んだぜ、開拓者の兄さん方、あの化け物を倒して、食われた連中の仇を討ってくれ」 そうして、村人達は粛々と避難していく。 「よし、片付いたな。外の様子はどうなっとる?」 天津と六道は警戒しながら外に向かう。 見れば、仲間たちと、骸骨を伴った川姫が対峙しているではないか。 「おおっと、これから始まるところやないか」 「川姫は‥‥どう、動くつもりなのか‥‥」 川姫はにたりと笑う。例のごとく口が耳まで裂けて牙を剥く。 「さて‥‥お前達の力を見せてもらおうかの‥‥」 川姫はさっと手を上げると、骸骨たちを解き放つ。 「行け骸骨達! 開拓者どもを切り殺せ!」 四体の骸骨剣士は開拓者達に殺到してくるが――。 開拓者達は骸骨剣士を一蹴、と言うほどでもないが、それほど苦労することなく骸骨剣士たちは討ち取られる。 「川姫、これでおまはんを守る盾は無くなってしまいましたなあ」 鬨は脇差を一閃して川姫に突きつける。 楊は川姫の背後にいる六道と天津をちらりと見やる。 「八対一だ。お前に勝ち目はないな。だが降伏などさせんぞ。民の無念晴らさせてもらう」 「川姫‥‥許しませんよ」 双樹はちゃきっと業物を構え直す。 「外道め! 民の仇だ、覚悟しろ!」 雫も怒りを露にすると、喪越はひたと川姫を睨みつける。その目は笑っていない。 「川姫ちゃん、覚悟はいいかな」 「最後まで手綱を緩めず――三つ数えて突撃しましょう‥‥行きますよ」 蛇丸は仲間達に手を差し出すと、腕を持ち上げる。 「一‥‥ニ‥‥三‥‥突撃!」 天津は川姫の背後から矢を放ち、六道の能面式が砕魂符、吸心符となって川姫の顔に襲い掛かる。 「陰陽ツープラトン!」 喪越の呪縛符が川姫にまとわりつき、鬨の、双樹の、雫の刃が、蛇丸と楊の拳が一気怒涛に川姫に叩き込まれる。 攻撃は全て命中――勝負あったかに思われた。 が、身を縮めるようにして開拓者達の攻撃を受け止めていた川姫がくつくつと笑い声を漏らす。 「残念じゃのう‥‥あるいはわしを倒してくれるやと思うたが‥‥八人掛りでもわしには及ばぬか?」 体に突き刺さった矢を引き抜き、めり込んだ開拓者達の拳を、雫の突きだけは紙一重でかわし、刃を生身で受け止めた川姫は、それらを押し戻し、にいっと笑った。 「確かに手ごたえはあったのに‥‥!」 双樹は川姫と視線が合って飛びのいた。開拓者達はやや気圧されて後ずさるが――こちらは八人、慢心はなかったが負けはしない。みなそう思っていた。 「冥土の土産にわしの名を教えておいてやろう。わしの名は川姫の一人――朱璽(しゅじ)。紅蓮の瞳を持つ者よ」 次の瞬間、川姫――朱璽の姿が疾風のように駆けた。 「‥‥!」 蛇丸は仰天して向かってくる朱璽の手刀を間一髪よけたが、頬を掠めて血が飛んだ。 「速い‥‥!」 六道は砕魂符を、喪越は呪縛符を飛ばすが、朱璽は猛烈なスピードで喪越に襲い掛かる。 あっという間の出来事だった。喪越には川姫の姿は見えたが、体が反応しなかった。 「喪越さん!」 雫が咆哮を使いながらとっさに割って入る。 川姫の拳が雫の胴巻にめり込む。 「痛っう‥‥!」 雫は思わずうめいた。直撃を受けて、雫と喪越は激突して数メートル後方に叩きのめされた。 「ぐわっ‥‥! 生身で何つう馬鹿力‥‥!」 鬨は仲間達に声を掛ける。 「みなさん! 息もつかせず一気に攻めるんどす!」 双樹と楊、蛇丸に天津が一気に攻め掛かるが――。 川姫はぱぱっと腕を動かしながら体捌きで開拓者達の攻撃を捌いた。 川姫は素早く反転すると、鬨と双樹に拳を叩き込んだ。二人とも急所は外したが川姫の凄まじい一撃に跳ね飛ばされた。 「何ちゅう奴や‥‥とんでもない怪物やんけ」 天津は冷や汗をぬぐいながら矢を撃っていたが、それもかわす川姫。 「‥‥その目さえ潰せば‥‥」 川姫の顔に向かって砕魂符を飛ばす六道だったが、川姫はさっと振り返ると、一気に驀進。 「まずい‥‥!」 六道を庇って天津は川姫の前に立ち塞がる。川姫は天津と六道を掌底突きで吹き飛ばした。 「この怪物が‥‥!」 楊と蛇丸は川姫を挟み撃ちにして連撃を打ち込むが――。 川姫は楊に魅了の術を放って攻撃を封じると、蛇丸の腕をつかんで投げ飛ばした。強烈なまでに地面に叩き付けられる蛇丸、バウンドして数メートル飛ばされた。それから楊を回し蹴りで吹き飛ばす。楊は壁を突き破って飛んでいった。 「か‥‥わ‥‥ひ‥‥めぇ‥‥!」 雫は猛進して飛び掛かる――。その強烈な一撃を、川姫はひらりとかわしたが、かすかに刃が触れて、川姫の腕から血が流れるが、雫は反撃の頭突きを受けてよろめいた。 「ここまでか? 開拓者達よ。ならばわしがじっくりと食らってやるぞ。わしに巡り合ったことを後悔するが良い」 が、打ちのめされた開拓者達が一人、また一人起き上がってくる。 川姫は小首を傾げて開拓者達を見つめる。 「まだやる気か。このやり取りで分かったはず。お前たちの攻撃など通じぬとな」 「どうどすかな」 鬨は口から滲む血を拭って、川姫を冷静に睨みつける。 「何を?」 川姫はからかうような口調で鬨を見つめたが、はっとして額に手をやる。 鬨や双樹が当てた傷、川姫の頭が切られて血が流れ落ちていた。さらに――。 「ぐ‥‥何だ?」 川姫はよろめいた。陰陽師の式の攻撃が確実にダメージを与えていた。ふらつく川姫。そして、胸と腹には蛇丸と楊が命中させていた拳の跡が残っている。さらに天津の矢は体を貫通している。自身が思っているより、予想以上に川姫はダメージを受けていたのである。 「このわしに傷を‥‥やりおるな小僧ども」 川姫は不敵な笑みを浮かべると後退する。 「だがここまでがお前たちの限界よ、わしを倒すことなど出来ぬわ」 川姫はくつくつと笑みをこぼすと、反転して風のように逃げた。家屋を飛び越えてあっという間に小さくなる川姫の姿。 やれやれ‥‥と吐息する開拓者達。何とか打撃は与えたが、致命傷を与えるには今一歩及ばなかったようだ。 「全く、とんでもない奴だったなアミーゴ」 喪越は逃げた川姫を見送って額の汗を拭った。 村人の救出には成功したので、何とか成功と言っても良い戦いではあったが、川姫には開拓者達も決め手を欠いた。 「とにかく、あんな怪物は初めてだったきに、この次に会ったら必ず倒してやるんじゃ」 蛇丸は言って打ち付けた背中を伸ばした。 それから開拓者達は村人のもとへ向かった。何とかアヤカシを撃退したことを知らせる。 「もう大丈夫どす。アヤカシは逃げていきましたさかいな」 鬨は持ち前の演技で村人たちを元気付ける。大丈夫だ、安心するようにと、恐らく二度とアヤカシは来ないだろうと。 「まあ何や、とりあえず良かったなあ。これに懲りてしばらくでも川姫が消えてくれたらそれに越したことはない」 天津の言葉に雫は頷く。 「民が無事で何よりだな。此の身一つでも、護れる物があるということだ。私は守るべきもののために戦う」 「雫、かっこええなあ。まるでどこぞのお偉い英雄みたいやで」 「な、何を‥‥馬鹿な」 天津の突っ込みに赤面する雫。 さしあたり川姫の脅威は去った。差し当たりではあるが‥‥。村に平和が戻ったことを確認して、開拓者達は神楽の都へ帰還するのだった。 |