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■オープニング本文 西暦1805年――。 オーストリアとロシアはイギリスとともに第三次対仏大同盟を組んでフランスに対して攻勢に転じる。 フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトは元帥たちを招集すると、アウステルリッツ西方に布陣して、同盟軍を迎え撃つ算段を立てていた‥‥。 ナポレオンは幾人かの元帥たちとともに、馬を駆り出立すると、戦場を見渡していた。 護衛の騎兵隊は神経をぴりぴりさせながら東方の敵軍に目を向ける。 「寒いな‥‥」 皇帝ナポレオンは既にこの時、同盟軍を誘いだす罠を計画していたが、元帥たちは主君ほどにこの戦いに確信を抱いていなかった。戦いとは常に不安定なものであり、何が偶然となって戦いのすう勢を動かすやもしれない。百戦錬磨のフランス帝国の元帥たちと言えども、今はまだ戦いの前の暗澹たる恐怖の中にいた。 「同盟軍は優勢です。我が軍は一歩間違えば敵の大軍にのみ込まれることでしょう」 「そう悲観したものではない」 ナポレオンは白い吐息を吐きだして、手をこすり合わせた。 「戦いは最後まで何が起こるか分からん。我が軍は今のところ不利だが、最後の瞬間に勝っていればいいのだ」 「そう願いたいものです‥‥」 元帥たちは、恐らく戦場となる高地を見渡すと、東に目を向けた。フランス軍七万五千を凌駕する同盟軍八万五千の軍勢が、攻勢に転じようとしていた。 同盟軍陣中――。 ロシア皇帝アレクサンドル1世は、将軍たちと卓上の地図を囲んでいた。 「陛下、ボナパルトは早々に兵を引き上げ、後退しつつあります。今が攻撃の機会です。フランス軍は連戦と相次ぐ強行軍で疲労の極にあり、たちまちのうちに瓦解することでしょう」 将軍たちの熱を帯びた口調に、アレクサンドル1世は思案顔で地図に目を落とす。 「どう思われますかな、フランツ殿」 もう一人のオーストリア皇帝フランツ2世もまた、思案顔で言葉を返した。 「連戦連勝のボナパルトが、急に撤退を開始したと考えるのは、早計に過ぎるでしょうな。あの男がここで撤退するなど、それはフランスの敗北につながります」 「同感です。ですが、これが千載一遇の好機であることも確かです。ここでボナパルトを叩けば、戦局は一気に我らのものになりましょう。フランス軍が疲労の極にあるのは間違いありません。あの男を、皇帝の椅子から引きずりおろしてやる絶好の機会なのです」 「‥‥‥‥」 そこへ斥候から報告が入る。将軍の一人が報告書に目を通すと、強い口調で言った。 「フランス軍は高地から完全に撤退しつつあります。そして南の右翼は弱体です。この機に敵の右翼を突き、ボナパルトの生命線を絶ってやりましょう。フランス軍を包囲せん滅する絶好の好機ですぞ。このアウステルリッツが、フランス皇帝の最後の戦場となるのです」 ロシア軍の老将クトゥーゾフ将軍とフランツ2世は何かを言いかけたが、アレクサンドル1世は立ちあがった。 「この好機を逃さず、ボナパルトの尻尾を捕まえる。全軍に攻撃の合図を出すのだ。フランス軍の栄光も今日でおしまいだ」 かくして、1805年12月2日、アウステルリッツ西方で、プラッツェン高地から撤退するフランス軍に対して、同盟軍は猛烈な攻撃を開始する。早朝、霧の中で戦いは始まろうとしていた‥‥。 ※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧
鬼啼里 鎮璃(ia0871)
18歳・男・志
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
将門(ib1770)
25歳・男・サ
久悠(ib2432)
28歳・女・弓 |
■リプレイ本文 戦闘開始前、ロシア軍の師団長、白蛇(ia5337)は、アウステルリッツ近郊の住人たちと遭遇する。 「君たち‥‥ちょっと‥‥」 白蛇から呼び止められた住民は、おずおずと顔を上げる。 「‥‥この季節のこの空気‥‥何か変化が起きることはないかな‥‥」 「は、この天候ですと、翌朝は深い霧になるでしょう」 「霧?」 「はい、多分、高地は濃い霧に包まれると」 白蛇は、主君が明朝に攻撃を掛けようとしていたことを思い出して、眉をひそめる。 その晩、白蛇は高地の中央に進軍する。一時的に味方戦力が手薄になるであろう「中央方面」を突かれぬよう、月夜に紛れて戦場の中央を流れる川の手前側へ多数の「案山子」を立てて装備や服を着せておく。 「全ての方面に万全な人員を配置する事は不可能‥‥。なら‥‥人でない物達の力を‥‥借りよう‥‥」 即ち、霧と命を持たぬ案山子の兵。 戦場を巡回していたオーストリア軍の中隊指揮官、神鷹 弦一郎(ia5349)。 「ナポレオンか‥‥ああいうのを英雄と言うのだろうか。これまでの戦いも見事なものだった‥‥などと感心しているとまた部下に怒られそうだな。真面目に仕事するか」 「隊長!」と声が飛んでくる。 「明朝、川を渡って攻撃を開始するように、司令部から命令が来ましたよ!」 「ふむ、そうか‥‥上層部は右翼を突くつもりのようだが‥‥さて」 「隊長! また勝手に動いたらただじゃ済みませんよ!」 「ああ、いや、どうにも嫌な予感がするんだ‥‥今度は減俸どころか処罰されそう気がするな‥‥まぁ、いいか。その時その時で、自分の最善を尽くすのがうちのモットーだものな」 「隊長! また何言ってるんですか!」 弦一郎は肩をすくめると、考えにふけっていた。 「ナポレオンだかなんだか知らないけど‥‥フランス軍にこれ以上好きにさせたら神聖ローマだって‥‥。この戦い、絶対に勝利しないと」 浅井 灰音(ia7439)は神聖ローマ帝国生まれの傭兵。フランス軍が気に食わないという理由でオーストリア軍に傭兵として参加していた。小規模な傭兵部隊隊長を務めており、装備は銃剣が主流のこの時代にあって、中世さながらの剣と弓を装備していた。 オーストリア軍師団長メグレズ・ファウンテン(ia9696)は、ナポレオンの動きに明らかな疑惑を抱いていた。 メグレズは、「責任がすべて自分が負う」と兵士達や上層部に訴え、一個師団をクトゥーゾフ将軍のいるプラッツェン高地へと向かわせようとした。 メグレズの行動は同盟軍に混乱を生じさせたが、大急ぎでフランツ2世と連絡を取っていた。 「君の危惧は尤もだ。敵の右翼はもしかすると、弱体に見えるだけなのかもしれない。だが、今君の部隊を動かすわけにはかない」 フランツ2世からの文に目を落とし、メグレズは吐息する。しかし、メグレズの決意は変わらなかった。 「我々は直ちに中央のロシア軍と合流する。急げ」 「は、はい」 中将は敬礼して部隊の指揮に飛んでいく。 メグレズがやって来るのを、ロシア軍の老将クトゥーゾフは意外な顔で迎えた。 「貴公、何事か」 慌ただしくなっていく中央隊に、クトゥーゾフはメグレズを詰問する。 メグレズは、一指揮官として独断で増援に来たと説明する。 「恐らく敵右翼の動きは罠と思われます。彼らの機動力から考えますと、この高地を敵中央軍が抜き、敵軍右翼を攻撃しているわが軍を挟み撃ちにして湖に追い立て溺れさせる、という戦法で来るかと思われます。逆を言えばこの高地を抜かれさえしなければ敵軍の思惑通り事は進まないでしょう。後でヨハン閣下から命令違反の咎を責められるでしょうが、敗退よりはマシです」 「すぐに戻りたまえ。戦場で勝手は許さん」 「私は残ります」 クトゥーゾフはうなってから手を振った。 「好きにしろ。戦闘は間もなく始まる。それから、貴君の判断が正しかったかどうかが問われるだろう。ボナパルトが何を考えているかは分からんが‥‥」 琉宇(ib1119)はオーストリア軍のラッパ吹きである。眠れない夜を過ごした。 「ラ・マルセイエーズは勇壮で華々しいよ。でも僕は音楽の国オーストリアの誇りを持って楽師をしているんだ」 琉宇は仲間たちに故国の音楽の話を聞かせていた。 「ちょいとオーストリアの音楽を聞かせてくれよ」 ロシア軍の兵士がやってくると、オーストリア兵も集まってきた。 「それほど仰々しいものじゃないんだけどね‥‥」 琉宇は楽隊の仲間たちと一緒に、ラッパを吹き始める。 オーストリア兵たちは手拍子を叩いて音頭を取り、ロシア兵たちはコサックを踊りだした。 ロシア軍の軍団長の将門(ib1770)は、その様子を見やりながら、コーヒーカップに口をつけた。寒い。温かいコーヒーは束の間の安らぎを与えてくれる。 「我が軍の士気は高いようだな」 「はい。楽隊の連中も、生来の陽気さです。兵士たちも負ける気持ちは全く持っておりませんな」 将門はコーヒーを飲み干すと、懐中時計を見やる。夜が明ける。 どんちゃん騒ぎでロシア兵たちと一夜を明かした琉宇は、楽器の手入れをしていた。起床ラッパが鳴り響き、琉宇の朝は始まる。 琉宇は遠目に、将軍たちの天幕を見やる。 「将軍達が作戦会議に入った。雰囲気では僕達に有利な流れになるみたい。そうだ、勝利のファンファーレを作曲しておこう」 琉宇はそう言うと、インクと羽ペンを取りだして、メモ帳に楽譜を書き始めた‥‥。 久悠(ib2432)はフランス軍、中央軍、スールト元帥配下の第4師団の擲弾兵である。実はこの女、生家の家族全てと愛する夫をスールト元帥絡みで亡くしており、深い憎しみを元帥に抱いていた。 7年前から復讐の為に軍隊に入り、ついにスールト元帥に接近することができた。この機に乗じて致命的な打撃を与えることを狙っていた。 久悠は事前に部隊の配給食に下剤などを混入し、部隊の士気と機動力を奪いに掛かった。関係ないものを巻き込むことにやや罪悪感があるものの、結局みな同じ穴の狢と割り切った。全ては復讐のため。 久悠は密かに機会を窺い、スールト元帥を殺害する好機を待つ。その瞬間のために生きて来たのだから‥‥。 「いよいよ決戦ですね。皆さん、庶民の底力を見せてやりましょう!」 鬼啼里 鎮璃(ia0871)は、フランス軍右翼にて、徴兵されて来た田舎のおっちゃん兄ちゃん達の隊長をやっていた。 「隊長さん、こんな遠くまで来ちまったが、俺たちは後悔なんてしてねえぜ。皇帝陛下と一緒に、そして隊長さんがここまで連れて来てくれたんだ! 同盟軍をやっつけて、故郷の家族たちに勲章の一つや二つ持ち帰ってやりてえ!」 「よし、それじゃみんな頑張って生き抜こう」 鬼啼里は兵士たちに指示を出すと、前線に草を編んで罠を仕掛けたり、撒菱っぽい金属片や硬くて棘のある者をばら撒いたり、事前準備を開始した。 鬼啼里の部隊は戦闘向きではない人間が殆どである。仕掛けたらとっとと撤退、の繰り返しで直接戦闘は避ける方針であった。 ラッパが鳴り響き、戦場が慌ただしくなっていく。 「良いですよね、実力のほどをわきまえてる人たちって。無駄な戦闘はせず、せこせこと足止めの小細工しつつ、犠牲者を出さずに『恐れ戦いて敗走』を装いますよ。みなさんいいですね」 「おー!」 みんなで塹壕を掘って身を隠しつつ、敵軍が現れるのを待つ。 菊池 志郎(ia5584)は戦いの前夜、アウステルリッツの街へ入ろうとするところをフランス軍に止められた。 「勘弁してくださいよー、俺は同盟軍とは何の関わりもないんですから」 自分はパリで勉強する医学生であり、休暇で故郷に戻ってきたと説明するが、次の日の朝から大戦闘になる予定であり、このまま放して同盟軍に駆け込まれても困るということで留め置きされる。 「菊池とか言ったな、医学の知識があるなら負傷者の治療にあたってくれ。これから戦場は負傷者でいっぱいになるだろう」 否応なしに戦闘に巻き込まれていく菊池。 バロン(ia6062)はフランス軍の流れの傭兵。フリントロック式が主流のこの時代ではあまり使われていないスナイパーライフルを使用する狙撃手である。若い頃からライフル一つを相棒に戦場を渡り歩いて来たベテラン傭兵だ。 現状を確認して戦況を見極める。 「なるほど、確かに数の上では劣勢、なれど‥‥兵の練度、士気、必勝の策‥‥そして、大将の器。必要な物は全てこちらが上回っておる。この戦、もらった――」 同じ傭兵の荒くれ共と一緒に行動する。 「よおバロンの爺さん! 今日こそ俺たちの命運も尽きるかも知れねえなあ! だがそれも良いさ! 皇帝陛下と戦ってここまで来れた! 夢の中にいるようだったぜ! 俺たちは幸せだった!」 「くだばっちまいな! 俺はまだこれから皇帝陛下と一緒に歩いて行くからよ!」 「へ! 言ってくれるなあ爺さん!」 ――そうして、いよいよ戦闘が始まる。 早朝、濃い霧の中、同盟軍の左翼の大部隊が、高地を降りて川を渡っていく。 鬼啼里は敵軍と遭遇して、攻撃の合図を出した。霧の中でお互いの姿はほとんど見えない。至近距離に現れたロシア軍に鬼啼里たちは一斉射撃を浴びせた。 「何だ! 敵襲だ!」 ロシア軍の間にラッパが響き渡り、続々と前進してくる。 「よし、僕たちは逃げますよ。早く――」 次の瞬間――。 タタタタターン! とロシア軍の銃撃が来て、鬼啼里の部隊の兵士たちはばたばたと倒れた。 「隊長さん!」 「急いで! 早く助け起こして!」 バロンは、同盟軍が味方右翼へ殺到したのを確認して、勝ちを確信する。 「かかった‥‥! 急げ野郎共、突撃じゃ! この戦、もはや勝ったも同然。手柄を逃すなよ!」 大将首を目指して誰よりも早く驀進。 続々と同盟軍の左翼がフランス軍の右翼に殺到して行く。 浅井は同盟軍右翼にいた。リヒテンシュタイン公ヨハンとバグラチオンの部隊も激しい戦闘に突入していた。 浅井たちは遮蔽物を利用して、弓でフランス軍に奇襲攻撃を浴びせていた。 混戦の中、続々とフランス軍の右翼へなだれ込んでいく味方に、疑問を感じる。老将クトゥーゾフはしきりに高地の重要性を説いていたと聞く。 「‥‥? やっぱり変だ。何で右翼はあんなに‥‥? まさか狙いは中央!?」 浅井はこの時点で手薄となった自軍の中央へと移動を開始した。 ナポレオンは、同盟軍の一部が予想外の動きを見せていることを知らない。スールト元帥に手薄になったはずの高地を奪取するように伝達する。 「心得ました。ご覧下さい陛下。あそこにフランスの軍旗が翻るのも間もなくです」 スールト元帥は主力を率いて高地に総攻撃を掛けた。 しかし、兵士たちの一部の動きが鈍い。腹痛を訴え、兵の足が止まる。 元帥は動けない者たちを後退させると、攻撃を開始する。 久悠が行動を起こしたのはその時だった。スールト元帥の背後に接近していた久悠は、元帥を狙って発砲した。 「戦とは何の為の戦だ。愛する祖国、愛する者を守る為にその他全てを破壊してよしとされるならば、これが私の正義」 銃弾は元帥に命中する。 「何だ!」 「元帥が撃たれた!」 久悠はすぐさま逃亡するが捕縛される。 元帥の傷は浅かった。銃弾は腕を貫通しただけだった。 フランス軍に束の間混乱が起きるが、スールトは後方で指揮を取りつつ、同盟軍の中央部隊目がけて突撃して行く。 同盟軍の白蛇、弦一郎、浅井、メグレズ、将門らは、この時行動を開始し、突如出現したフランス軍の中央大部隊の攻勢に対する。 霧が晴れつつあったが、まだ視界は不良。フランス軍は、白蛇が立てていた案山子に向かって発砲し、足が束の間止まる。 「よし撃て!」 弦一郎は中隊に射撃命令を下した。兵士たちはフランス軍を撃ち抜いて行く。 将門は、フランス軍中央隊の動きを確認していた。 霧が晴れるにつれ、フランス軍の大部隊が明らかになる。 「もの凄い数だ‥‥フランス軍は最初から中央突破だ」 怯むことなく果敢に高地を登ってくるフランス軍を眼下に、メグレズは用意していた丸太の罠を解放する。巨木がフランス軍の歩兵を薙ぎ倒していく。 それでも、フランス軍は前進してくる。同盟軍の兵士たちは後退しながら、高地を登ってくるフランス兵に発砲する。 だがこの奇襲攻撃に反応した白蛇、弦一郎、浅井、メグレズ、将門らが、フランス軍の勢いを止めた。中央突破を阻止する。 「そこのフランス軍の将! 私は神聖ローマ帝国の傭兵、ハイネ! 貴方に一騎打ちを求める!」 「馬鹿な、ここから引っ繰り返すか! くくく、面白い。これだから戦はやめられぬ――ッ!」 バロンは最前線にあったが、浅井に一撃叩き込んで反転、撤退。 「やってくれたな‥‥大した奴よ! 給料分は働いた、野郎共、ずらかるぞ! ‥‥と、その前に、軽く挨拶しておくとするか!」 「ぬっ‥‥!」 浅井は銃弾を受けて倒れた。 戦況は混沌としていく‥‥。 「包帯が足りません、清潔な布はありませんか!」 菊池は激戦が続く戦闘の中にあって、フランス兵を手当てしていた。 他の医者・衛生兵達と協力しながら懸命に働きつつも、戦況の流れに気を配る。 「今まで逃げていると思っていたんですが、攻撃に転じている‥‥? さすがダヴー元帥ですね。巧妙です。‥‥え、パリで元帥の名声を知らない人なんていませんよ」 菊池はパリっ子らしく言って見せた。 鬼啼里は最後の最後、完全撤退の際に、部下を庇って怪我をしていた。 「隊長さん! 大丈夫だべか! 助けを呼んでくる!」 「あ、待って下さい」 部下が呼んで来たのは何と敵方のオーストリア軍。 「もう大丈夫だべ、隊長さん」 「あの‥‥ここ、敵の隊‥‥」 「ありゃ?」 かくして鬼啼里たちは捕虜となり、最終的には部下の解放と引き換えに、鬼啼里は後方の収容所送りとなった。収容所から鬼啼里が抜け出したのは、また別の物語。 琉宇は激戦の中にいた。 大砲の音が聴こえる‥‥。友軍のものなのか、敵軍のものか、入り混じっていて判らないけれど‥‥。 オーストリアに栄光あれ! 最期の力を振り絞ってラッパを取り出し、華やかな旋律を奏でるんだ‥‥! ソドミド、ミドド‥‥ 後世――大砲の中で彼の吹いたラッパの楽譜は世紀後半、ロシアのチャイコフスキーによって発見され「序曲1812年」の着想となる‥‥。 かくしてナポレオンは退却を命じる。だが同盟軍の方は損害が大きく、追撃出来るだけの余力はなかったと言う。 アウステルリッツの戦いは終結し、菊池は解放された。 「‥‥やれやれ、ばれやしないかと冷や冷やしましたよ」 一人になって医薬品の壜に隠した書類を取り出す。実は菊池はオーストリアの侯爵に仕えるスパイで、パリで集めた情報を運ぶ途中だったのだった。 |