|
■オープニング本文 天儀本島、朱藩国――。 開拓者ギルド相談役の橘鉄州斎(iz0008)は、編み笠を持ち上げると、残暑の日差しが降り注ぐ晴天を振り仰いだ。 「‥‥香夜、光、蜜、智、俺は‥‥どうやって生きて行けばいい。失ったものの大きさを思えば‥‥俺は正直どうしてよいか分からない」 橘は吐息して、歩みを進める。彼がやってきたのは、朱藩のとある町だった。橘は何度か訪れたことがあり、勝手知ったる何とやら、橘は町の同心たちの詰め所に足を運んだ。 「邪魔するぜ――」 橘が踏み込むと、複数の目が向けられた。その中の一人が立ち上がる。 「よお鉄州斎。久しぶりだな」 褐色肌の巨漢が前に出てくる。砲術士の桂泰三である。志体持ちの銃士で、同心たちのリーダー格を務めていた。泰三はその昔、アヤカシ絡みで鉄州斎に救われたことがあり、今では朱藩におけるアヤカシ情報を鉄州斎に送っていた。 「それで、何か兆候があるそうだが」 橘は手近な銃を取り上げると、泰三に問うた。 「ああ、ここ最近、街道の旅人が忽然と消えちまう事件が頻発している。宿場町じゃアヤカシが襲ってくるんじゃないかとぴりぴりしているぜ」 「ふむ‥‥」 鉄州斎は先を促した。泰三が話を持ちかけてくるからには、確信めいたものがあるのだろうと思った。 泰三は顎をつまんで眉を寄せると、口を開いた。 「察しの通りだ。街道から離れた森の廃村に、どうやらアヤカシが住み着いたようだぜ。魔の森から出てきたんだろうな。どうにも厄介そうな連中だ。このままじゃ、旅人を襲うのに飽きて、村へ攻撃するのは時間の問題だぜ」 開拓者の出番だ。泰三は、この地域におけるいわば鉄州斎の目代わりであった。 「どんな奴らだ」 「俺もあんな奴らは初めて見た。蛇のような体を持ったぼろぼろの死人が10体前後、それから、ひときわ大きな幾つもの頭と腕を持った怪物だ。恐らく、大きいのが頭目だろう。森の中には、食い散らかしたものが散らばっていたぜ」 「分かった。よく知らせてくれたな」 「よお、ところで、香夜はどうしてる。がきどもも大きくなったろう」 「‥‥‥‥」 鉄州斎は瞑目して、 「故郷はアヤカシに攻撃されて壊滅した。一族のほとんども、香夜も光たちも死んだ」 「おい、まじかよ」 「ああ」 「お前、大丈夫なのか」 「分からん。俺もどう受け止めていいのかな‥‥」 鉄州斎は泰三に礼を言うと、神楽の都と連絡を取り、開拓者たちを呼び寄せるのだった。 |
■参加者一覧
無月 幻十郎(ia0102)
26歳・男・サ
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
燐瀬 葉(ia7653)
17歳・女・巫
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
紅狼(ib0589)
20歳・男・魔 |
■リプレイ本文 件の町に到着した開拓者たちは、ギルド相談役の橘鉄州斎(iz0008)と会う。 「よお橘殿」 無月 幻十郎(ia0102)は橘に会釈した。 「よく来てくれたな。幻十郎、みんなも。アヤカシはこちらの桂泰三が確認している」 橘に紹介されて、小奇麗ない服に身を包んだ偉丈夫が頭を下げる。 「蛇の姿をしたアヤカシと言うことですが‥‥」 井伊 貴政(ia0213)が問うと、桂は思案顔で頷いた。 「ええ。蛇のような胴体を持つ奴です。中に一体、大きな奴がいて、恐ろしい姿の奴がいましたね」 「相変わらず、アヤカシはどこにでも現れやすぅ。予告状とか出してくれれば楽なんどすがぁ」 言ったのは華御院 鬨(ia0351)。 「橘はん、何を気にかけているんか知れやせんが、今はこちらに集中どすぅ。今を失敗すると余計に悩んでしまいやすよぉ」 「んー‥‥攻撃術を持ってないと、不安になるなぁ‥‥」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)はそう言って、思案顔。 「よ、橘、また会ったわね、しばらく、元気」 「まあな‥‥」 橘は肩をすくめる。 風葉はいつも軽口を言い合う、というか一方的にからかわれる橘の様子がおかしいことに薄々気付ていたが、気を回せるほど器用でもなかった。 「アヤカシの影に、今助けを求めている人たち‥‥絶対に失敗するわけにはいきません!」 フェルル=グライフ(ia4572)は怒りを露わにする。 「んー、手口からして相手は知能持ち。慎重かつ大胆にいかないとね」 藍 舞(ia6207)も頷いた。 「ん、一先ずは人質の人達を助けてあげへんとな。そこは一番気合入れていくで」 燐瀬 葉(ia7653)はそう言って、ぷりぷりと怒っていた。と、ちらりと橘を見やる。 橘さん、心配やんなぁ‥‥とりあえず目ぇ離さへん様にしよ。 それから、フェルルを見やる。フェルルさんは無茶しそーやから、要注意っ子と思ってます、じぃ‥‥。 「さてと、とりあえず、状況は確認して、準備はしてきたわけだが」 シュヴァリエ(ia9958)は、いつもの鎧兜を脱いで、素顔と生身を見せていた。みな、シュヴァリエが意外に小柄なことに驚く。 「街道を狙ってくるアヤカシか、囮班と救出班に分かれて、アヤカシを誘い出し、人質を救出する。どうだろう桂。アヤカシはまた出てきそうか」 「そうですなあ。うまく引き付けることが出来れば、囮に食いついてくるでしょう。あのでかい奴の動きが気にはなりますが、小物は問答無用で殺到してくるでしょうからな」 「そこでと言うわけではないが――」 オラース・カノーヴァ(ib0141)が言った。 「お前には人質救出のための道案内を頼みたい。俺たちは森の中は地理不案内だ。下手に踏み込んで、アヤカシから奇襲攻撃を食らうのもぞっとせんのでな」 「なるほど‥‥了解しました。俺も志体持ちのはしくれです。ご案内しましょう」 「助かる」 「というわけで、囮班・切り込み班と救出班に分かれて作戦開始や」 紅狼(ib0589)は、言って思案顔で顎をつまんだ。 「ワイにはあんま役に立つ魔法もあらへんし、戦闘において全力で魔法ぶっ放すだけやな。たどり着くまでの間は、なんや魔術師には見えんよう舞傘に扇で旅芸人でも名乗ろか、あんま物騒なもん振り回すのも色々不安与えそうやしな。とりあえずや、一番に犠牲者の出ないよう頑張っていきますわぁ!」 「よろしく頼む」 橘は開拓者たちに言葉を掛けてから、改めて地図を広げた。 「町から離れた森の中に廃村はある。ここがアヤカシの襲撃が多い場所だ。囮班はアヤカシを引きつけるためにここで待ち受けるか、ある程度踏み込むかだが」 オラースは、腕を組んで、みなに言った。 「廃村までは桂泰三に案内を依頼する。アヤカシに見つからない道を選んでもらう。近くについたら偵察結果を受けて誘き出すべき敵とそいつらを誘き出す順番と場所を決めて行動開始。姿を見せる。声をかける。物を投げる。などでアヤカシを誘き出す。逃げや回避に専念する。こちらから早く仕掛けるべきだ。民がいるとすれば、時間はないのだからな。その可能性を無視は出来まい」 「ふむ、異論はあるか」 橘は開拓者たちを見渡す。みな思案顔で頷いた。 「よし、では索敵を行い、囮切り込み班はアヤカシを引き付ける方向で。泰三、道案内を頼むぞ」 「では行くか」 そうして、開拓者たちは森の中にあると言う廃村に向かって行動を開始する。 ・救出班 井伊 貴政 鴇ノ宮 風葉 フェルル=グライフ 藍 舞 ・切り込み(囮)班 無月 幻十郎 橘 鉄州斎 華御院 鬨 燐瀬 葉 シュヴァリエ オラース・カノーヴァ 紅狼 この編成で、開拓者たちは森の中へ踏み込んだ。先頭には泰三がいる。 「気を付けて下さい。もうすぐ、廃村に着きますからね」 藍は超越聴覚で感覚を研ぎ澄ませていた。 「アヤカシね。こんな人外の咆哮を上げるのは」 「何か聞こえるか」 オラースは藍を見やる。 「ええ、意味は全く判別不可能だけど、耳障りな声が聞こえるわ。ガウガウ、バウバウってね。でも獣じゃないわこんなざらざらした声は。何か、多分アヤカシ同士で意思の疎通を行っている感じ」 そうして、泰三が立ち止った。 「みなさん、見えますか。あそこです――」 泰三が指差した先に、異形の影がある。 「あれどすか‥‥」 「よく観察しておきましょう」 「あによ、あたしの出番ね」 風葉は人魂を解き放つと、羽虫の式を廃村の中へ送り込んだ。式の視覚と聴覚が風葉とリンクする。 「アヤカシを発見。数は‥‥ざっと見て10体ちょいね。龍の頭を持っている、上半身は鱗に覆われていて、下半身は蛇ね。なるほど、外見はぼろぼろの龍頭死人ってところかしら。刀剣で武装しているわ」 「人質は確認できますか?」 「ちょっと待って‥‥」 風葉は羽虫をコントロールして、家屋の中へ侵入させる。 「いたわ。藍、声をよく拾って。人がいる」 「了解、やってみる」 「うわ‥‥これはひどいけど‥‥」 それから、風葉はまた羽虫を飛ばして、村の中を探る。その時である。ひときわ大きなアヤカシを発見する。 「おっと、こいつがボスね。発見したわ。うーん、醜悪な外見ね。何とも凄い‥‥ぼろぼろの六つの龍の頭を持った巨人よ。腕も六本くっついてるわ。骨や筋肉の中身がむき出しになっている死人ね。凄い力がありそうよ」 と、ボスは突如、咆哮すると、手下のアヤカシ達を怒鳴りつけた。ぎゃあぎゃあと、小物のアヤカシ達は怯えたように喚きだし、家屋の中から民を一人連れだしてきた。 「あれは‥‥!」 フェルルは思わず声を出した。 「静かに。いよいよ時間がないな」 オラースは言って、仲間たちを見やる。 「民が食らわれるのを黙って見ているわけにはいきませんな」 幻十郎は言って、身構える。 「ここから囮班でアヤカシどもを引きつけましょう。もう待っていられません」 「行くぞ」 幻十郎、橘、鬨、燐瀬、シュヴァリエ、オラース、紅狼は飛び出した。 「へい!」 オラースは大声を上げると、アヤカシに向かって手を振った。 アヤカシ達は最初不意を突かれて何が起こっているのか理解できないようだったが、それも束の間のことであった。 開拓者たちは手近な枝や石を投げて、アヤカシを挑発する。 「こっちだぞ! お前たち!」 シュヴァリエは手を広げて、後退する。 ――ガオオオオオオオオオオ! アヤカシ達は咆哮すると、するすると刀を抜いて寄ってくる。ボスの巨人も食べようとしていた民を放り投げると、低い響くような声を上げると、立ち上がって突進してくる。 『人間‥‥食う‥‥』 人間には意味不明の言葉で、ボスの六龍在征は繰り返しながら向かってくる。 「走れ! 逃げるぞ!」 オラースの掛け声とともに、開拓者たちは走り出した。 アヤカシの群れは咆哮して追撃を開始する。 廃村は瞬く間に空っぽになった。 「行ったようね」 風葉は立ち上がると、きょときょとと周りを見渡した。 「あちらが引き付けている間に、民を確保しましょう。急ぎましょう。それに、うまくいけばアヤカシを挟み撃ち出来るかも知れません」 貴政は廃村の中へ踏み込んでいく。 フェルルも藍も後に続いた。 「手分けして、中を探すのよカザハ、フェル」 「行きましょう」 救出班の開拓者たちはそれぞれ手分けして家屋を探る。 そうして、開拓者たちは民を確保する。 「安心して、助けに来たわ。こんな格好だけど、見ての通り開拓者よ。もう大丈夫。アヤカシは行ってしまったから。今のうちに脱出するわよ」 藍は言って、震える少女に手を差し出した。 「開拓者なの‥‥?」 「大丈夫、さ、早く」 藍は少女を回収して、廃村の中に目を向ける。 仲間たちが次々と民を回収している。 「おーい! 生きている人はいますかー! 助けに来ましたよー! おーい!」 貴政は民を回収しながら、大声で呼びかける。 何人かの民がまた出てくる。 「助けだって?」 「た、助けが来た!」 桂も声を張り上げる。 「町の同心だ! 開拓者が助けに来た! 生きている奴は早く出て来い! 脱出するぞ! 早く出て来い!」 そうして、開拓者たちは民を回収すると、桂に生き残りを預け、囮班と合流するべく駆け出した。 藍は武天の呼子笛を取りだすと、救出の合図を吹き鳴らす。 ――適度に逃げていた開拓者たちは、合図の呼子笛が聞こえてきたところで、反撃に転じる。 「合図だ! ――さて、そろそろ行かせてもらおう」 幻十郎は刀を振るうと、アヤカシに向かって突進した。激突。龍頭死人と激しく打ち合う。 「唐竹割!」 大上段から一撃を繰り出す。アヤカシの刀剣を叩き斬って、その肉体を切り裂く。 ――ガオオオオオ! 「はあああああ!」 凄まじい気迫で、幻十郎はアヤカシに切り掛かる。 ちらりと横目で橘を見やる。 鉄州斎殿は家族を亡くされて、以前のような覇気が薄まっているように感じた。死ぬ気で護ります、傷を負うことになってでも庇います。必要は無いかもしれませんが‥‥。 橘はと言うと、鋭い立ち回りで、気合一閃、龍頭アヤカシを両断した。凄まじい一撃に衝撃波が大地を叩いて土煙を上げた。 「戦となればさすがだ、が‥‥」 幻十郎は橘を見やりつつ、アヤカシを押し返した。逃げるアヤカシを咆哮で足止めして止めを差す。 「一人でも多くの命を救うことが出来るなら、俺の刀には意味がある」 「ここで大将が出現するとは辛いどすぅ」 鬨は六龍在征の頭部に白梅香を叩き込み、頭一つを潰す。 「オオオオオオオオオ!」 六龍在征の一撃を横踏で回避しつつ、ちくちくと反撃する。 燐瀬は瘴策結界を使いつつ、混戦を把握しながら、神楽舞「武」で支援する。流れるように舞う燐瀬のスキルが、仲間たちの攻撃力を上昇させる。戦場にあって、燐瀬は懸命に美しい舞いを舞う。戦でなければ見る者を魅了するだろう。 「ようやく出番だ。待ちかねたか? 相棒」 シュヴェリエは斧槍を振り回し、アヤカシを流し斬りで叩き切った。続く一撃に振り抜き様に斧の反対側、槌部で遠心力をつけたブラインドアタックの一撃。突撃してくるアヤカシにハルベルトをドリルのように回転させ叩き込む。敵の刀をハルベルトの「刻み」で挟み込むように受け止め、そのまま捻って叩き折る。 ギャアアアアアア! と苦悶の声を上げるアヤカシ。 「ブリザーストーム!」 オラースは扇子の先から吹雪を走らせる。 「動きは封じます! 止めを頼みますわ!」 紅狼は扇子を振るい、フローズを連発する。 数で押していくアヤカシ達。燐瀬を中心に、展開して、反撃する開拓者たち。 そこへ、救出班の開拓者四人が到着する。 「あによ、待たせたわね! あたしを裏方に使うなんて贅の限りを尽くしてるわね‥‥」 「行きます!」 貴政は突進すると、唐竹割でアヤカシを両断する。 フェルルも突撃、六龍在征に向かう。 「親玉ですね‥‥これ以上被害を出さないためにもここで絶ちます!」 「行くわよ。――うふふ、捕まえた。影縛り!」 藍は影縛りで六龍在征の動きを封じる。 龍頭死人のアヤカシを一体、また一体と葬り去っていく開拓者たち。 六龍在征は鬨にフェルル、幻十郎の猛攻に耐えつつ、六本の腕で牽制して後退する。 「逃がさん!」 加速した幻十郎が六龍在征の腕を吹き飛ばし、鬨が頭を潰す。 「――グオオオオオ!」 六龍在征はたまらず五本の腕を振り回して、開拓者たちを薙ぎ倒す。凄まじいパワーで吹き飛ばされる。 六龍在征は一瞬かがんで、飛び上がって後退する。 そしてするすると、龍頭アヤカシが開拓者たちの前に立ち塞がる。 「あきまへんな〜、無理ですか」 紅狼は扇子を構えつつ、逃走する六龍在征を見送るしかなかった。 ――ガアアアアアア! 突撃してくる龍頭アヤカシを開拓者たちは粉砕するが、六龍在征の姿は消えていた。 ‥‥戦闘終結後。 桂は開拓者たちに礼を言う。 「事件は無事に解決。ついでにアヤカシも退治出来たしな、親玉を逃がしたのは悔やまれるがな」 幻十郎は、橘に声を掛ける。 橘には堕ちてほしくないと心底思う。今まで様々な依頼で、いろんな事件を見てきた鉄州斎だから心のままに叫ぶことが出来ないのだろうかと思う。頭が先に理解してしまっているから。もしかして、まだ、涙を流せていないのでは? と考える。 「こんな時は、泣いちまってもいいと思うんだ」 「幻十郎、いつの日か、この気持ちを涙に変えることも出来るかも知れない。だが今は‥‥」 「橘さん‥‥」 貴政の声に、橘は小さく頷く。 「失ったものを忘れることはできない‥‥。たとえ依頼のさ中だろと、片時も忘れることは出来ない」 藍は生存者の少女を鉄州斎に預ける。 「貴方はその子をギルドに預けても良いし、自分で育てても良い」 「まあ待て、この子は町の人たちに預けてやるのが良いだろう」 藍は、彼らが献上品である可能性を考え、背後関係がないか調査する。連れていかれた人がいないかなど。 「こいつはそれらの中でも一番の小物、って事かもね」 だが、背後関係は見つからなかった。 そして、燐瀬が橘に言葉を掛けた。 「橘さんの御家族は、橘さんが生き残ってくれてる事が、唯一の幸せな事やね。橘さんは失ってしもうて、想像できへん程、辛いやろうけども。家族みんなの笑顔を一番大好きな人が、今も生きててくれてるんは、ほんま、唯一の幸福かもしれへん。できる限り、生き抜いて欲しいで。少なくとも橘さんを知る人達は、橘さんが生きてくれる事を望んでると思うで」 橘は、あの日から初めて笑みを浮かべた、ように見えた。 「そんなことを言われたのは初めてだ。香夜や子供たちに代わって礼を言うよ」 橘は軽く目を伏せた。 「橘さん、元気出してや」 燐瀬が言うと、シュヴァリエは仲間たちを顧みた。 「さあ、仕事も終わった、帰るぞ」 そうして、開拓者たちは、町に別れを告げると神楽の都へと帰路に着くのだった。 |