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■オープニング本文 天儀本島武天国、龍安家の治める土地、鳳華――。 アヤカシの群れが、鳳華の中心部に集まりつつあった。いや、群と言うにはそれは巨大過ぎる。軍勢である。それを率いているのは、鳳華の七魔将――在天奉閻と侯太天鬼であった。 「アヤカシ軍、もの凄い数です」 龍安武将の直代神樹は、兄の龍安家頭首、龍安弘秀を振り仰いだ。 弘秀は頷き、望遠鏡を下した。 「アヤカシ軍の中級指揮官は多くが倒れているはずです。残るは、鳳華の七魔将でしょう」 言ったのは、筆頭家老の大宗院九門であった。 「だが油断は出来ん。下級アヤカシよりも厄介なものは混じっているだろう。それに、奴らは疲れを知らん」 先の戦で開拓者に救われた青木正則は、回復していて、軍議に加わっていた。 「ここで奴らを迎え撃つ」 龍安弘秀は、軍議に同席する家臣たちに言うと、卓上の地図に指を置いた。 「二十年前の記録によれば、アヤカシ軍は決戦が近付くにつれ、鳳華の中央に主力を集中させ、西への突破を図ったと言う。その時は、龍安家の始祖、大氏正が全軍を以って食い止めた。だが二十年前とは状況が違う。鳳華の七魔将の内、三体は撃破されているということだ。現在活動しているのは、侯太天鬼の鬼軍、天壬王の獣軍、天晋禅の特殊部隊、そして、在天奉閻のアヤカシ戦士団だ。敵の半数近くを魔の森に後退させた今、我々は二十年前より有利な状態にあるのかもしれない」 それから弘秀は、言葉を置いた。 「敵は天泉河の支流を渡河してくるつもりのようだ。まだアヤカシは増え続けているが、敵は動き出している。我々もここで奴らの足を止める。ここから先へは行かせん。その前に、在天奉閻と侯太天鬼を討つ」 「侯太天鬼‥‥栗原様の仇は討つ」 神樹は、きつく刀の柄を握り締めた。 「右翼には青木と大宗院、神樹は左翼に付け。俺は中央で奴らを止める。みな、心して掛かれよ。アヤカシどもにも、決戦の機運が高まっているようだ。魔将たちが合流しているのはその証だ。だがこの戦、負けるわけにはいかん。我が軍に退く道はない。希望はある。そして七魔将を討ち取ってきた開拓者たちの運と実力にあやかりたいものだな」 弘秀はそう言うと、顔を上げた。 「ではみな、準備に取り掛かってくれ。アヤカシどもを生かして帰すな。幸運を祈る」 そうして、龍安軍とアヤカシ軍との戦いは激しさを増していく。戦いの趨勢がどこへ向かっているのか、この時はまだ誰も知らなかった。 |
■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116)
12歳・女・巫
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
トゥエンティ(ia7971)
12歳・女・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ジークリンデ(ib0258)は川の上流に向かうと、ストーンウォールで川の流れをせき止め始めた。 「いよいよ敵も総力戦ですね‥‥これほどの大軍を投入してくるとは‥‥」 その傍らには、護衛役の騎士シュヴァリエ(ia9958)がいた。 「ああ、アヤカシどもも馬鹿ではないだろう。こちらの動きには気付くはず‥‥。だが、味方もそうはさせじと動いてくれるはずだ」 彼らが目を向ける先で、渡河を開始したアヤカシの莫大な軍勢が、動き始めていた。 「在天奉閻‥‥これで何度目どすか‥‥」 華御院 鬨(ia0351)は言って、刀を構えた。圧倒的な大軍が迫って来る。 「斉射用意!」 サムライ大将たちの声が高らかに鳴り響く。きりきり‥‥と兵士たちは矢を引き絞った。 「――ってえ!」 「水計が始まるまでには、敵の動きを封じなくては」 直代神樹も、言って最前線に身を置いていた。 「敵軍――もの凄い数ですね。みなさん! 攻撃開始です! アヤカシを一兵たりとも通さず生かさず!」 コルリス・フェネストラ(ia9657)の声に、弓術士たちは猛烈な勢いで矢を撃ち始め る。 龍安軍の凄まじい射撃が開始される。 渡河中のアヤカシたちは、バタバタと倒れて行き、次々と瘴気となって消失していく。 「あれは‥‥在天奉閻どすな」 鬨は望遠鏡でその姿を確認すると、神樹にそれを手渡した。 「来ましたね竜神」 コルリスも狙いを付けると、弓術士たちに牽制するように言う。 渡河中の在天奉閻は、川の真ん中で立ち止まると、もの凄い咆哮を上げた。 降り注ぐ矢の嵐。周囲ではもの凄い数のアヤカシ兵士が消滅していく。だが、アヤカシ達の勢いは衰えを見せず、続々と前進してくる。 「侯太天鬼‥‥」 鈴梅雛(ia0116)は、圧倒的な巨体を誇るその鬼の将軍の姿を確認する。 「時間が経てば、恐らく天晋禅も合流してくるでしょう。そうなれば、更に大変な戦いを強いられる事になります。何としても、候太天鬼を討ち取るか、敵軍全体に大打撃を与えなければ。川を渡る分、向こうも逃げ辛いと思います」 「あれが鬼の将軍か。油断は出来んな」 言ったのは大宗院。冷たい瞳で、その巨人的なアヤカシを見つめる。 「全軍射撃開始! 鬼どもを川に沈めてやれ! ここは我らの里! いつまでも蹂躙させるなよ!」 青木正則が言うと、弓の猛烈な攻撃が始まった。 凄まじい射撃が、鬼の群れを撃ち抜いて行く。 「人間ども! 降伏か死かではない! 貴様等には死しかないわ! はーはっはっは!」 侯太天鬼は、地を震わせるような咆哮を投げかけると、ざぶざぶと川を渡り始める。 「――今だ!」 シュヴェリエは言って、兵士たちに合図を下した。 ジークリンデも兵たちも、焙烙玉を次々に投げ込むと、壁の破壊に掛かる。 十分に蓄えられた水がほとばしり、鉄砲水となってアヤカシの集団に襲い掛かった。 水は勢い盛り上がって、怒涛となってアヤカシの集団を飲み込んでいく。 「ぬう?」 侯太天鬼にとってはさしたる脅威でもない水量だ。 「水攻めか、小賢しい真似をする奴がいる。だが無駄なことだ! 雑魚が幾ら死のうが、俺様を沈めることは不可能よ!」 その足元で、波に飲み込まれて行くアヤカシが激流の中で肉体を砕かれて瘴気に還元していく。 「やったわね‥‥!」 葛切 カズラ(ia0725)は遠目にその様子を確認して、ぐっと拳を握りしめた。 「これで敵の大軍を押し潰すことに成功した。さすがにアヤカシの集団も‥‥」 「ああ、幾ら敵が無尽蔵と言ったって。これだけの打撃を受ければ」 焔 龍牙(ia0904)と滝月 玲(ia1409)も、手応えを感じていた。 「さて、どちらであるか。鬼は死んだか?」 トゥエンティ(ia7971)は言って、大斧をぶうん! と一振りして大地を突いた。 「いや、まだ甘いな」 オラース・カノーヴァ(ib0141)は、確信を持って、呟いた。 「この程度で潰れてくれる相手なら、この戦、とうに終わっているさ」 それは正鵠を射ていた。波が引いて行くと、その向こうには、まだ無数のアヤカシの集団がざわざわと蠢いていた。 アヤカシの咆哮が天を突き破る。そこかしこで、アヤカシの咆哮が雷鳴のように轟き、対岸の龍安軍の鼓膜を震わせた。 「六角陣を敷くぞ」 オラースは言って、部隊を率いて迎撃に備える。 「小賢しい人間ども! 貴様らは俺様の手で引き裂いてやるわ! この鬼の将軍に、立ち向かったことを後悔する日が、今日だ!」 侯太天鬼が驀進してくると、アヤカシの軍勢も再び続々と前進してくる。 「さすがに、これで終わるほどではなかったな」 「いえ、戦いはこれからです」 シュヴァリエとジークリンデは、戦列に合流するべく動き出した。 「行きましょうシュヴァリエさん。狙い目は侯太天鬼軍です」 「分かった。今日はあんたを守る」 そうして、鬼軍は絶大な被害を出しながらも渡河を成し遂げ、じわじわと龍安軍に迫って来る。 「みなさん、気を付けて下さい。侯太天鬼の一撃をまともに受けたら、命が危ないです。魔将は、雛たちに任せて下さい」 「だがそれでは甲斐性が無さ過ぎると言うものだ。私も龍安軍の重責を担う者。今剣を振るわずしていつ栗原の敵を討つのか」 「戦場で逝くことが本懐などと、栗原殿を裏切るような真似は私が許しません。あなたをお守りするのも、俺たちの役目です」 大宗院に言ったのは滝月。 「全く、開拓者と言う連中は‥‥」 「行きます大宗院殿! あなたは全軍の指揮を取って下さい! あいつは、俺たちがかたを付けます!」 焔は言って、オラースと滝月とともに駆け出した。 両軍の凄絶な激突が始まる。オラースたちは激戦の渦中に飛び込み、六角陣を敷いてアヤカシの群れを歯車で切り裂くように突き進んだ。 トゥエンティは、弾丸のように駆けだすと、前線に出てきた侯太天鬼に一撃を叩き込んだ。 「食らうがよい! 我輩、今必殺の両断剣!」 大斧が侯太天鬼の足にめり込む。 「お前、我輩よりちょっとだけでっかいであるな!」 いやかなり大きい。 「馬鹿め! すりつぶしてくれる!」 侯太天鬼の蛮刀が一閃する、かに見えたその時、ジークリンデのアークブラストが炸裂した。侯太天鬼は雄叫びをあげてのけ反った。 「毒蟲招来! 体は強くても毒には如何よ!」 カズラは毒蟲を撃ち込んだ。小型のアレが飛び掛って齧り付き毒液的なのを流し込む。 「のおおおおおおお!」 侯太天鬼は咆哮して体をかきむしった。 「行くぞ鬼の将軍とやら! お前に何の恨みもないが、今日はこの世界のために逝ってくれ!」 シュヴァリエは長大な槍斧を叩き込んだ。 「ぬうあ!」 侯太天鬼の蛮刀が直撃するが、シュヴァリエは万力で止めた。凄まじい衝撃が体中の骨をばらばらにしそうだ。 「やるな鬼の将‥‥魔将と言うだけある」 「行くぞ侯太天鬼!」 焔と滝月も駆けつける。 「オラースさん、後を頼みます! 雑魚は任せます!」 滝月は短く言って、オラースに部隊を預けた。 「任せておけ。お前たちの露払いは引き受けてやる。この借りはいずれまたの機会にな」 「よろしく!」 滝月と焔は走り出した。 「――ガアアアアア!」 侯太天鬼の傍若無人な突進が龍安軍の戦列を突き破る。一気に兵士たちが切り裂かれて絶命する。 「みなさん! 離れて! 慎重に進んで下さい!」 雛は小さな声を張り上げたが、戦場の喧騒にかき消される。 そしていつの間にか、雛は侯太天鬼の前に転がり出ていた。 「お前は――!」 侯太天鬼の瞳が雛のそれと合った。 「あの時の! 今日は逃がさんぞ」 「栗原様の仇です。侯太天鬼」 雛は震える声で鬼の巨人を見上げた。 「でやああああああ!」 「行くぞ侯太天鬼! 栗原殿の仇だ! この代償は高くつくぞ!」 滝月と焔が激突する。 「白面九尾の威をここに、招来せよ! 白狐!!」 カズラが白狐を撃ち込めば、滝月と焔が侯太天鬼の右足にスキル全開の一撃を叩き込んだ。 集中攻撃に侯太天鬼の巨体が揺らぐ。倒れると見せかけて、侯太天鬼は笑声を上げた。 「はーはっはっは! 来たか雑魚ども! 命綱はもうないぞ! 俺様の前に出て、生きて帰れると思うな!」 「その余裕は、今日こそ叩き潰す」 「アークブラスト!」 シュヴァリエとジークリンデが連打を浴びせる。 「ぬうん!」 振り下ろされた侯太天鬼の蛮刀を、焔と滝月はかわした。 反転して、炎魂縛武に秋水、白梅香を叩き込む。二人の刀が閃光のように閃き、ざっくりと侯太天鬼の左腕を切り落とした。 「ぐごおおおおお! 何!」 「お前の命、もらっていく!」 焔は真紅の瞳で、侯太天鬼を睨みつけた。 「黄金の肉体を得たこの俺の腕が! なぜだ!」 「俺たちも力を付けたのさ。お前が力を蓄えたように。俺たちも戦いの中で成長する」 滝月は言って、刀を突き付けた。 「くくくくく‥‥そうか、ならば、俺はまだ強くなる! まだ人を食らい、この地の悲しみを食らい、俺は無敵の鬼となる!」 侯太天鬼はするすると後退する。 「そうはさせませんよ」 「これ以上あんたの顔を見る気はないわよ! 出でよ白面九尾!」 ジークリンデとカズラの魔術と式が侯太天鬼の足を吹き飛ばした。 「う、おおおお!?」 ずるずると、方足を失って、バランスを崩して揺れる侯太天鬼。どうにか踏みとどまると、咆哮を上げて周囲の部下を叩きつける。 雛、カズラ、焔、滝月、トゥエンティ、シュヴァリエ、ジークリンデは、群小の鬼の群れを叩き潰すと、必死に逃げ出す侯太天鬼を追った。 「栗原様‥‥ひいなたちに力を貸して下さい」 開拓者たちは侯太天鬼の背後から急襲すると、連打を浴びせかけた。 悲鳴のような咆哮を上げて、蛮刀を振り回す侯太天鬼だが、残る足を、開拓者たちは打ち砕いた。 山のような巨体が揺れて、遂に地に落ちた。 「黄金の俺を! 貴様らごときに! だが俺はまだ死なん! 俺は何度でも蘇ってやる!」 侯太天鬼は片腕で引きずるように体を動かす。 「栗原殿‥‥俺たちがもっと手を尽くしていれば、こんな奴にあなたを奪われずに済んだ」 焔は天を振り仰ぐと、侯太天鬼の前に立ち塞がった。 侯太天鬼はきっと見上げる。 「人間どもが! 俺の名は消えん! 俺の名はこの地に刻み込まれ、それは消え去ることなく鳳華の民を苛むだろう!」 「言いたいことは済んだかアヤカシ。所詮お前たちとは相容れない存在だ。たわごとをほざく前に、叩き潰させてもらうぞ」 シュヴァリエは槍斧を振り上げた。 だが侯太天鬼は笑い出した。ふんぞり返って笑い始めた。 「お前たちに勝ち目はない! 在天奉閻を倒せるものか! あの竜神が最後にお前たちを倒すだろう!」 それが侯太天鬼の最後の言葉だった。開拓者たちは集中攻撃を叩き込むと、侯太天鬼の肉体を打ち砕いた。こうして、侯太天鬼は死に、鬼軍は崩壊して魔の森へ壊走していく。 「――む?」 在天奉閻は、爆発の罠に巻き込まれて、手をかざした。龍安軍の猛攻には、並行して罠が仕掛けれており、在天奉閻の謎の呪文である言霊を阻害していた。だが、完全に封じると言うわけにはいかず、また、少々の罠は在天奉閻は意にも解さない。 「また会いやしたどす‥‥。そないにうちの演舞を見たいどすか‥‥」 鬨は堂々と対峙して挑発気味に時間を稼ぐ。在天奉閻は咆哮とともにすうっと手を動かして、部下を呼び寄せる。 「竜神ゆうても大して多くないこっちの軍に躍起になっとる単なるお高い所にいる他の将と代わりありまへんどす‥‥」 鬨は挑発を試みるも、在天奉閻は意に介した様子もなく前進してくる。 「移動弾幕射撃を実行!」 コルリスは言って、兵士たちとともに矢を連射して在天奉閻への道を切り開く。 「朧!」 在天奉閻は手を僅かに動かして、矢を全弾受け止めた。 「在天奉閻‥‥うちが止めて見せますどす‥‥」 「たった一人でわしに挑むとは、命知らずな人間よ」 在天奉閻が歩き出すと、地面に仕掛けてあった焙烙玉が爆発して煙が舞い上がった。 鬨は距離を保って、様子を窺う。 「やはりこの程度では‥‥足止めにしかなりませんね」 コルリスは鬨のもとへ駆け寄り、狙いを定める。 在天奉閻を取り巻く兵士たちは、周囲のアヤカシ兵士を倒していく。 煙の中から悠然と姿を見せた在天奉閻は、ゆっくりと歩き出す。 「小細工でわしを止めようなど、出来る筈があるまい――?」 在天奉閻は、そこで鬼軍が崩壊していくことに気づく。 「ほう、侯太天鬼が死んだか。このぎりぎりの戦いで、驚かせてくれる龍安軍」 在天奉閻はそう言うと、反転してまた川へ向かっていく。 「魔の森から兵を呼び出す必要がありそうだな。この戦、まだ何が起こるか分からん。まさか、魔将たちがことごとく撃ち果たされるとは‥‥」 在天奉閻は、残存兵力の半数を龍安軍に叩きつけると、自身はまた川の向こうへ撤退して行ったのだった。 |